【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた   作:食卓塩准将

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ゴールデンウィークは執筆ウィーク!
ステイホームに適した趣味を持ってて助かりました


第2病 デートじゃない!

『──私と、付き合ってくれませんか?』

 

 “やってしまった”

 それが、園子の言葉を脳が認識した瞬間に俺が思った言葉だ。

 “地雷を踏まない”──それが、俺が前世の記憶を思い出してからずっと心に決めていたルールだった。

 渚に綾瀬、もちろん園子も……自分の周りにいる女子がみんなこぞってヤンデレの素質を持ち、一度病めば他者を害する事だって厭わない。その凶刃は俺自身にも向けられる。

 そんな未来を避けるためには、女子達との関係を上手に築く必要があった。とりわけ、誰かとの“恋愛関係”だけは絶対に避けなきゃいけない。

 

 それを分かっていたはずなのに、何で今こんな展開になっている? 

 答えは明確で明瞭で、だからこそ言い逃れのしようが無い程暗愚。──俺が今の状況に慣れてしまったからに他ならない。

 本来なら絶対にあってはいけない……『何でも言う事を聞く』なんて発言を、軽い弾みで口に出したのは、もはや油断と慢心以外の何物でもない。

 

 ──ああくそ! 分かってる、分かってるさ! 本当にマジで完璧に油断してた、園子が俺に『付き合ってくれ』と発言する可能性を微塵も考慮していなかった! 

 久しぶりに、本当に久しぶりに心の底から焦っている。この前まで咲夜達相手に感じていた焦燥感や心労も大概だったが、“この手”のストレスは夏休み前に渚と喧嘩して以降で初めてだ。

 

 だから俺は思い出す必要があった。

 数ヶ月前までの自分はどう切り抜けて来たのかを。この状況を打開する為に必要な物をどの様にして見つけて来たのかを。

 

 ほんの僅かな逡巡の後、答えに行き着いた。

 明確な回答ではないが、俺はいつもこんな時にはその場の状況や、相手の発言をよく見直して、思い返して、吟味していた。

 そうして、幾つかある抜け道を見つけて、そこに駆け込む事で地雷を避けて来たのだ。

 ならば、今回もそうするべきだろう。慌てふためいて混乱するのはもう終わり。

 “もう終わり”なんて状況は、自分1人の狭い思考の中に篭ってるからこそ陥る考え方。落ち着いて考えればどうとでもなる事の方が多いのだから。

 

 ──そんなアップダウン激しい思考を、体感では数十秒、実際は5秒程の間で巡らせた俺が見つけた園子への返答はこれだった。

 

「──どこに?」

 

 惚けた答えにも見えるが、これは問題の無い答え。

 園子は『付き合ってくれ』と言った。青春真っ盛りな男子高校生としては『恋人になってくれ』という意味に捉える方が自然だろう。

 だけど、俺にはそんな純情少年完全感覚ドリーマーみたいな事を考える余生は無い。下手打って病ませりゃ死ぬかもしれん中を生きてる俺は、園子の言葉をこう捉えた。

 

『行きたい場所があるから、一緒に来て欲しい』

 

 こう思ったのには理由が3つある。

 1つは、単純に言葉をその様に読み取る事が出来るから。

 

 2つ目は、新しい施設や興味のある所があっても普段の園子を見るに1人で行ってみる様な性格では無いと思うから。

 これについては園子に限らずよくある話。大型のテーマパークとか、絶対行けば楽しいと分かるし興味もあるけど、1人で行くには足が重いのと同じだ。

 

 そして3つ目は、柏木園子と言う人間を振り返れば、例え俺が『何でも言って』と発言したからって、こんなタイミングで告白をする人間では無い事が明確だったから。

 

 これらの理由を持って『どこに?』と返した。

 正解なら健全に話が進む。誤った判断だったら最悪の展開に一歩近づくのだが──っ、

 

「はい! 実はこの前新しいショッピングモールが出来たんですが、私が好きなブランドの店があるんです。だけどその、ああ言う場所に1人で行くのが慣れてなくて、良ければ──縁君? どうしました?」

「いや、問題ない。ただ猛烈に自分が好きになっただけ」

「……はい?」

 

 五分五分……いや、7:3で3の方な賭けが的中して、思わず腕だけでガッツポーズを決める。

 園子にはだいぶ変な目で見られてしまったが、この際それはどうでもいい。

 慌てる必要は、無かった。何の問題もなかったのだ! それが分かっただけでもう今は充分過ぎる。

 

「それじゃあ、次の土曜日に駅前で集合……で良いですか?」

「うん、分かったよ。時間は何時からにしようか」

「午前中から動きたいですけど、どうです?」

「問題ない問題ない、なら10時とかは?」

「はい! それでお願いします」

「じゃあ、よろしく」

「はい、ではまた明日!」

 

 そう言って、園子は一足先に帰っていった。

 その姿を見送って、さぁ俺も待ってる渚の所に向かおうと決めたその時、ふと気付いた。

 

 いや、確かに恋愛関係とかそういう事にはならなかったけどさ。

 ……これ、見方によっては普通にデートじゃね? 

 

「──いやいやいや、いやいやいやいや」

 

 言葉に出して聴覚情報として脳にも認識させる事で、心と体に『これはデートではない』と言い聞かせる。

 だけど、土曜の午前から若い男女がわざわざ集まって出かけるって、そんなの誰がどう見ても、少なくとも俺がそういう事してる人見たらまずデートだって──

 

「いやいや! いや違うし! 違うから! そういうのじゃねぇから!!」

 

 否定しようとしても、すればする程、反発する様に自分の中で大きくなっていく言葉。

 

 “それ、デートじゃね? ”

 

「うおおおぉぉぉぉ……違うんだぁ……そんな意図は無いんだ……」

 

 膝をつき、頭を抱えて懊悩する。

 恋人とかの話じゃ無いのは良かった。明確な修羅場直行じゃ無いのも助かった。あくまでもこの前の礼で買い物につきそうだけ。

 でもそれを、渚や綾瀬が知ったらどう認識する!? 

 ほら、やっぱり側から見たらデートじゃね? 

 

「うっそ、俺とうとう、地雷踏んだ?」

 

 もう約束をしてしまった。自分から集合時間まで決めといてやっぱ無しなんて、それこそ人間的にアウトな行為。

 やるしかない、行くしか無いのだ。

 

 ……とは言っても、園子に礼をしたいのは本心だし、仮にデートと思われる可能性があるにしたって、あの場で無理だと断る事の方が厳しいと思う自分もいる。

 

「──しゃあない、よな」

 

 膝立ちから立ち上がり、制服に少しついた埃を手で払い落とす。

 やましい気持ちが無ければ良いのだ。これデートだと浮かれなければ良いのだ。誠実に過ごせば、決して修羅場なんて起こさない。

 

「ちゃんとやれよ、俺……こうなったらやり切るしかねえからな……ファイトー!」

 

 小声で言い聞かす様に呟いて、俺は何とか精神を安定させる事に成功した。

 直後、そんな俺を背後から撃ち抜く様に、

 

「──さっきから、何してるの?」

「おわああああああ!」

 

 もう帰ってるかと思った綾瀬の怪訝な声が俺を襲った。

 

「きゃ! な、なによ急に……」

「あ、綾瀬さん!? え、いつからいた?」

「綾瀬“さん”って……たった今だけど?」

「そ、そうですか……」

 

 どうやら園子との会話自体は聞かれなかったらしい。良かった。

 

「何安心してるのか分からないけど、さっきから1人で崩れ落ちたり立ち直ったり、見ててだいぶ不気味だけど……何してたの?」

 

 恥ずかしい姿はまるまる見られたらしい。最悪だ。

 

「ええとまぁ、さっきまでの挙動については見なかった事にして欲しい。てかそうしてください、お願いします」

 

 ただでさえ最近はろくにコミュニケーション取れてないのに、あんな所見られては半ば幼馴染関係終わったのでは? なんて思いつつ綾瀬に忘却を乞う。

 綾瀬もそんな俺の姿を見て何を思ったのかは窺い知れ無いが、取り敢えず『まぁ、いいけど……』と頷いてくれた。

 

「……」

「……っ」

 

 静寂が互いの周りを包む。

 ああそうです。何度も言うが、今の俺達の間には少し深くて割と高い壁がある様な感じだ。前の様な互いに自然と会話が生まれたり、沈黙してても気まずくない関係では無い。

 会話のネタが尽きてしまえば、当然、後に残るのは互いの沈黙。

 

「……あの、さ」

「じゃあ私、帰るから」

 

 先に口火を切ったのは俺だが、仕掛けたのは綾瀬の方が早かった。

 ふい、と俺から目を逸らして、別れの言葉と共に俺の左隣から通り過ぎようとする綾瀬。

 そんな綾瀬の姿を見て──このまま見送ったら最後、もう二度と綾瀬との関係を直すキッカケが訪れ無い様な、不吉な確信を覚えた。

 

「待って」

 

 そう短く告げて、綾瀬の左手首を掴む。

 大した力も込めてはいなかったが、綾瀬は抵抗する事も無く静かに立ち止まった。

 こちらを向き直す事はないまま、静かに言う。

 

「……何?」

 

 冷たい口調では無い、ニュートラルな雰囲気。

 綾瀬もきっと、俺と同じ気まずさを感じているに違いない。だからこそどうにか、“普通”を装っているんだろう。

 しかし、過去の俺達のやり取りを振り返れば間違いなく断絶を感じる声色だ。

 

 それを間近に浴びながらも、怯む事なく──この行動が地雷になる可能性を考慮した上で敢えて──俺は言った。

 

「い……一緒に帰ろうぜ。久しぶりに、さ」

 

 初めの言葉を噛んでしまったが、些細なミスだ。ミスの範疇に入らん。

 

「だめよ」

 

 即拒絶された。終わった。

 ああもうこれで綾瀬との関係も途絶確定か……そんな諦観に呑まれて掴んでいた手の力を緩めようとしたが、直前に綾瀬の言葉が続いた。

 

「渚ちゃんが……待ってるでしょ」

 

 待った。

 断る理由が俺自身じゃなく、渚が居る事だと言うのなら、まだ勝機はある。

 一緒に帰るだけの事に勝機もクソもないのは自分でも分かってるが、とにかく、俺と一緒に居たくないからってワケじゃねえだけで充分だ。幾らでもカバー出来る。

 

「そうだけど、別に3人で帰るのなんて初めてじゃないだろ?」

「でも……」

 

 とは言え、流石に躊躇う気持ちの方が大きいのが見て取れる。

 どうしたって、保健室の件が頭にチラつくのは仕方ない。

 出来るだけそこを避けて会話をしたかったけど、やっぱり無理だと判断。なら逆に敢えて切り出してみる事にした。

 

「この前渚に言われた事、気にしてると思うけど」

「っ!」

 

 後ろ姿がびくんと揺れる。

 そこには意識を向けずに、俺は言葉を続けた。

 

「一緒に帰る位、“幼なじみ”なら“普通”の範囲内だと思うんだ」

「──普通?」

「そう。家がご近所さんで、帰る方向が同じで、幼なじみのクラスメイトで、部活も同じ。なら一緒に帰るのだって、自然な流れじゃないか?」

 

 まだまだ、もう少しだけたたみかけろ。何なら少し誇張しても構わん。

 

「友達なら──っ」

 

 自分で発した言葉に何故かチクリと引っ掛かりを覚えたのを強引に無視して、言葉を続ける。

 

「友達なら、当然の範疇を超えてない。渚だって何も言わないよ」

 

 反面、心の中では色々思う事だらけなのは言うまでも無い。

 だけど、その分渚に溜まった不満は俺がサンドバッグになる位の覚悟はある。

 

「何か言ってきたら、俺が間に入るから……まぁ、完璧に止める自信は無いけど……だめかな?」

「……本当に良いの?」

「良いよ! もちろん!」

 

 綾瀬の口から『でも』とか『だけど』以外の言葉を引き出せた。最後のダメ押しとばかりに、力強く綾瀬の言葉に応える。

 ……これで『やっぱり一緒に帰らない』と言われたら、もう諦めるしかないけど。

 しかし幸いな事に、次に綾瀬の口から出た言葉は俺を意気消沈させる物でなかった。

 

「──分かった。じゃあ、一緒に帰りましょ」

「……っ、うん!」

「だからその、手……」

 

 おずおずと、ゆっくりとこちらを振り向いて──正確には俺の手を見て、

 

「そろそろ、離して?」

「ん? あぁ! ごめん!」

 

 綾瀬の手首を掴んだままだった。慌てて手を離すと、綾瀬は掴まれていた手首を僅かに見た後、改めて俺を見て言った。

 

「行きましょ、渚ちゃんが待ちくたびれちゃう」

「だな、渚は怒ると恐いんだ」

「──うん、知ってる」

 

 本人には絶対聞かせちゃならない会話を挟みつつ、俺達は足早に校舎を出て行った。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「──でね、私も驚いちゃって大きな声出したらクラスの人が皆こっち見て……恥ずかしかったぁ」

 

 帰り道。俺が綾瀬とも一緒に帰ろうと言うと、渚は文句の一つも言わずに了承した。

 何かしらのプチ修羅場は覚悟していた分、こうもあっさりと話が進むと拍子抜けだったが、何も起きない事が一番だ。

 

 今は、今日渚が4限の授業で起きた出来事を話している。

 どうやら、窓を開けていたらバッタが入ってきて渚の机に止まったらしい。

 家の家事一式を俺と半分こして切り盛りしてる渚だ、そんじょそこらの女子とは違って虫1匹程度で普通なら驚きはしないが、流石に不意打ちは話が別だろう。

 

「で、そのバッタどうした? 思わず潰した?」

「そんな事しないよ、私の声に驚いたのかな、すぐに飛んで外に出たんだ」

「そりゃ良かった、バッタのお腹には寄生虫が居るからな。もし潰したら渚の机に──」

「もう! そうやってワザと気持ち悪い事言うのやめて!」

「その机からジワジワと渚に近づいて、渚の毛穴から体内に──いてててっ! 耳引っ張るな!」

「お兄ちゃん? 私、やめてって言ったんだけど、聴こえなかったかなぁ?」

「聴こえてます! 千切れるから許して! ごめん!!」

「──もう、最初から言わなきゃ良いのに」

「すみませんでした」

 

 引っ張られた右耳をさすりながら、俺は渚に謝った。

 その間、綾瀬は終始無言だったが、

 

「大丈夫……?」

 

 控えめな声色で心配の声をかけてくれた。

 “ありがとう、大丈夫”そう返答しようと口を開いたが、それより先に、綾瀬が会話に混ざるのを待ってたと言わんばかりに渚が言った。

 

「綾瀬さん、お兄ちゃんってからよく学校の出来事は聞いてますけど、何か変な事してませんか?」

「えっと……そうね、縁は……」

 

 急に話を振られた綾瀬はたじろいで、俺をちらちら見つつ答えた。

 

「そこまで、変な事はして無いかな。強いて言うなら……」

「強いて言うなら?」

「最近ちょっと、ため息こぼす所が増えたかも」

「ため息? ……そうですか」

 

 正直、結構驚いた。

 最近の綾瀬とは疎遠になっていたから、渚に最近の俺の姿を聞かれたって答えられないと思っていたから。

 むしろ、渚はもしかしたらそうやって俺との距離感の断絶を、綾瀬に自覚させようとすらしてたかもしれない。

 それに対して、綾瀬が口にしたのはまさに最近の俺に当てはまるモノだった。

 

 ため息の原因は、言うまでも無く綾瀬との事。

 自分としてはそこまで自覚は無かったけど、増えたと言及する位に、綾瀬は俺を見ていたのだ。

 ……そっか、俺が綾瀬を気にしてたのと同じ様に、綾瀬もまだ、そうか。

 少しだけ、安心した。

 

「お兄ちゃん、ため息なんてどうしたの? あまりため息こぼすと幸せが薄くなるってお母さん言ってたよ?」

 

 渚が会話の矛先を俺に向け直した。

 流石に“綾瀬との事で悩んでた”と明け透けに言うわけにもいかない。しかし、全く違う事を言って渚に純度100%の嘘を吐くのも嫌だ。

 ……仕方ない。こうなったら、さっき園子を相手にした時の様に少し前までの俺が使ってた手段を掘り起こそう。

 つまり、真実と織り交ぜて話す。

 

「綾瀬が八宝菜上手に作るだろ?」

「え、八宝菜? ……確かに綾瀬さんの八宝菜上手だし、私も敵わないと思ってるけど……それが?」

「俺も敵わないけど、でもやっぱ上手に作ってみたいと思うわけだよ。それで今度材料買って作ろうかと思ったんだがさ」

「……う、うん?」

「八宝菜ってコスト掛かるじゃん。食材の。野菜とかは安く売ってるタイミングで買えば良いけど、でもエビとかイカとかは割といつも値が張るし、何より調味料だよな、1回の消費量が馬鹿にならない。だから簡単に手が出せなくてよ」

「……それで、ため息こぼしてたの?」

 

 そう聞いたのは綾瀬の方だった。

 もちろん、それが全ての理由ではない。ここだけの話、本当に綾瀬の八宝菜並に美味しいのを作りたいと思ってたし、それに掛かるコストで躊躇ってたのも本当ではあるが。

 けど、いずれにせよ“綾瀬”について悩んでため息こぼしてたのは本当だったから、単に嘘を吐くのとは違って迷いなく言葉を出せた。

 だからこそ、渚も呆れつつも疑う事なく俺の言葉を飲み込んで言った。

 

「もう、お兄ちゃんそんな事で悩んでたの? だったら素直に綾瀬さんに教えて貰えば良いじゃない」

『え?』

 

 思わず、綾瀬と同じタイミング、同じ言葉で反応する。

 だってそうだろう、綾瀬にあれ程牽制してた渚が、教えて貰えば良いなんて事言うと誰が思う? そんな事、まず考える事すらまず無いだろう。

 

 所が、当の渚はと言うと、驚かれたのが不本意だと言わんばかりに不満げに頬を軽く膨らませて言った。

 

「もう、お兄ちゃんも綾瀬さんも驚き過ぎ。私の事なんだと思ってるの?」

 

 独占欲高過ぎるヤンデレ妹予備軍。

 なんて、答えるわけにもいかないので苦笑で誤魔化すが、渚は続けて言った。

 

「別にその位で文句なんて言わないよ。私も、綾瀬さんが料理上手なの分かってるし、悔しいけど八宝菜は勝てないと思ってるから。でもお兄ちゃん」

「な、なんだ?」

「どうせなら、競うより別の強みを作った方が良いんじゃないかな?」

「と言うと、八宝菜以外で上手に作れるようになれと?」

「そう!」

 

 成る程。

 すっかり、話の趣旨が料理にもつれ込んだが、まぁ構わないだろう。こっちの方が話の内容も帰り道に適して、何より健全だ。

 

「なら、そうだな……全く違うジャンルってのもアリだけど、敢えて同じ中華で行くなら、酢豚とか本気で手を出してみたいかな」

「酢豚? 良いと思う、豚肉なら安く買えるしね」

「そうだな。少しパイナップルが高いくらいだし、やっぱ酢豚を攻めてみるか」

「え、ちょっと待ってお兄ちゃん、今なんて?」

「縁、あなたまさかパイナップル入れる派なの?」

「え、2人してどうしたよ急に」

 

 さっきの渚みたいに、今度は俺が2人から疑問視されて困惑する。

 何だよ、酢豚にパイナップルは公式でも入る食材だろうが。

 

「お兄ちゃん、パイナップルはダメだよ。あれは全体の和を乱すから」

「私もたまに酢豚は作るけど、パイナップルは無しかな……食感も味も他と違い過ぎて、どうしても食べてる時に気になるし」

「えー! そこが良いんだろ? 味だって調和取れてると思うけど」

「絶対ダメだよお兄ちゃん! 酢豚にパイナップル入れるなんてそんなの、せっかくの食材にドブを混ぜるようなモノだって!」

「そこまでは言わないけど、絶対おすすめしない」

 

 2人して滅茶苦茶否定してくるじゃねえか。

 もはや誤魔化すための方便だった酢豚が、俺の中のメインコンテンツになりつつある。

 と言うか、そこまで言うんなら是が非でもパイナップルを入れた美味しい酢豚で2人を納得させたい位まで、今の俺は反骨心を滾らせ始めていた。

 

「オッケー、そこまで言うなら今度俺が絶対美味いの作るからな。そんでもって2人を手のひら返しさせてやる」

『絶対無理』

「2人して同じ事言うな! 今の内に手のひら返す練習しておくんだな!」

 

 そう俺が息巻いた所で、タイミングが良いのか悪いのか、綾瀬の家の前まで辿り着いた。

 本当はもう少し会話を続けたい気持ちだが、今日はこの位が良い所だろう。

 図らずも、最後は以前の様な距離感で会話をする事が出来た。それだけでも十分だ、何も問題は──あっ。

 

「ふふ、それじゃあ手の平返し出来るか楽しみにしてる。……またね」

「あ! 綾瀬、その……」

「──何?」

「えっと……」

 

 唐突に思い出したのは、今度の週末に約束した園子との件。

 それを綾瀬に言うべきか悩み、思わず呼び止めてしまった。

 だけど、どう伝えれば良い? 

 最近疎遠になりかけて、ようやく会話が出来たと言うのに、渚もいるこの状況で──いや渚にも言わなきゃいけないと分かってるが、とにかく、下手に伝えても逆に疎遠が深まるだけにしかならない気がする。

 

 とは言え、言わないなら言わないで後から禍根が生まれるのも不本意だ。

 それを分かりつつも、結局どう話を切り出せば良いか分からず、結局、

 

「──また、明日」

「……? うん、また明日」

 

 そう言葉を濁らせて、終わらせるしか無かった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その日の夜。

 夕飯を終えて風呂も入って、課題や明日の予習をぼちぼち進めていた俺の部屋の扉に、トントンとノックする音が響いた。

 

『お兄ちゃん、今ちょっと良い?』

 

 声の主人はもちろん渚だ。

 俺はもうすぐ終わりつつあった予習の手を一旦止めて、椅子から立ち上がり直接扉を開いて渚を部屋に招いた。

 

「どうした?」

「あ、ごめんね……勉強中だった?」

「大丈夫、もう終わった所だから。むしろタイミング良くて流石って感じ」

「もう、変な所で褒めないでよ。調子狂っちゃう」

 

 照れ笑いしつつも、渚は俺のベッドに腰掛けた。

 俺は教科書ノート類一式を片付ける意図もあって、椅子に座り直した。

 用具一式を鞄にしまいつつ、話を進めた。

 

「どうした? 勉強で分からない場所があったか?」

「ううん、そうじゃないの。でも聞きたい事があるのはその通りかな」

「──なんだ?」

 

 この時点で、俺は渚が何を聞いてくるのかを半ば分かっていた。

 さっきの帰り道の姿を見れば、渚なら簡単に思い浮かぶモノだろうから。

 

「さっき、綾瀬さんに本当は何を言おうとしてたの?」

 

 やっぱり。それだ。

 正味、渚の前であんな姿を見せてしまった時点で問い詰められるのは時間の問題だと思ってたが……タイミングを掴むより先に渚から来たか。

 こうなってしまったら、渚にはもうここで素直に言うしか無いだろうな。

 

 夜、俺の部屋、渚が訪れる。

 シチュエーションだけ見れば、まんま前世で聴いたヤンデレCDの渚編まんまだ。

 ここで嘘や誤魔化しをしたら最後、どうなるか分からない。

 努めて冷静に、事実と理由を述べるしか無いだろう。

 

「今度、園子と新しいショッピングモールに行く約束したんだ」

「へぇ、どうして?」

「前に、咲夜と園芸部の存続について講堂で話をしたろ?」

「うん。あの後私もお兄ちゃんの妹だから、凄く色々聞かれたんだよ? 大変だったなあ」

「それは、ごめん」

「良いよ大丈夫。話、続けて?」

「あぁ。それでだな、あの前の日に結局使わなかったけど咲夜とやり取りした動画を園子に隠し撮りして貰ってさ。園子には園芸部の件で迷惑掛けた上に、そんな事までして貰ったから、お礼に何かしたくて」

「それで、ショッピングモールに行く事になったの?」

「うん」

「ふーん……そっかぁ」

 

 そう答えて、何かを考える様に渚は天井を見ながら、足をふらふらさせる。

 仕草は可愛いが、そんな単純な感想を抱けるだけの余裕は無い。

 一気に逆上……は、ヤンデレCDの『野々原渚』ならともかく、今の渚はしないと思うが、それでも次にどう反応するか分からず真綿で首を絞められる様な緊張感が俺を圧迫する。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「お、おう……」

「それって、デートだよね?」

「ブフォッ!」

 

 当初、自分の中に渦巻いてた疑問を渚から持ち出されてしまい、堪らず狼狽してしまう。

 

「違う、側からみればそうかもしれないが、俺と園子は決してそんなつもりでは」

「柏木さんはそう言ったの?」

「いや、言ってない」

「でも思ってるかもしれないよね?」

「それは、本人にしか分からないよ」

「少なくともお兄ちゃんの言う通り、私から見れば……多分綾瀬さんから見てもデートにしか思えないかな」

「……そんな事無いです、本当です」

 

 渚はそんな俺の言葉に耳を傾けてるのかいないのか、構わずに話を続ける。

 

「お兄ちゃん、私に初めて部活に入るって相談した日の事、覚えてる?」

「え? それは覚えてるけど」

「その時お兄ちゃんと私がどんな会話した、覚えてる?」

「それは──」

 

 思い出す。当時、俺は渚の許可を得た上で部活動に参加しようと決めていた。

 そのために渚に相談を持ちかけた所、こんな会話をしたのだった。

 

『部活とか言って、本当は女の人と一緒になる時間を取りたいだけじゃないの?』

『考え過ぎだ! 誰がそんな自殺行為するか!』

『なら、約束する?』

『約束? 何をさ』

『約束、私に隠れて、女の人と一緒になったり、イチャイチャしない。 ね?』

『いや、それって結構無理──』

『出来ないの?』

『いやそうじゃなくて、急に声のトーン下げるの止めて怖いから。 そうじゃなくて、まだどの部活にするかも決めて無いし、イチャイチャとかはともかく、女子と一緒になるなってのは、集団生活送る上でも無理というか……、逆の立場で考えてみろ、かなり厳しいぜ?』

 

 そうして、最終的には『女目的で部活をしない事』と、だいぶ条件を優しくして許可をくれた。

 そこまで話すと、渚は『そうだったよね』と頷いた後、ブラブラしてた足を止めて言った。

 

「──約束、破ったよね」

「っ!!」

 

 瞬間、渚の纏う雰囲気が変わった。

 一気に背中に鳥肌が立ち始める。

 危ない。まだ会話の域に止まっているが、これから俺の一挙手一投足でその後が決まる状況だ。

 逆上こそしないが、静かなまま、渚が『行動』に移る可能性は大いにある。

 想定しうる最悪を避けるために、本気で渚との会話に臨む事にした。

 

「渚、もっかい言うけど、俺はデートのつもりはないし、今回はあくまでもこの前のお礼がしたいだけだ」

「でも、それなら他にやれる事あるよね? 部活動の事とか」

「部活動じゃ幾ら頑張っても“お礼”にはならないだろ? プライベートでも何でも、普段出来ない事でお礼がしたかったんだ」

「……」

「もし、疑いが晴れないのなら、当日は1時間に1回電話してくれても良い。何なら、渚も一緒に行こうか?」

 

 それが俺のトドメの言葉だった。

 普通ならそこまで話を持って行かない場所まで、敢えていく。

 1時間ごとの電話も、同行も、渚が本気で俺と園子の関係を訝しんでるなら飲み込むだろう。

 だけど、もし俺の言葉を信じる、ないし納得したのなら──、

 

「──はぁ」

 

 やや長い沈黙の後に、ため息を吐いてから渚は言った。

 

「そこまで言われたら、もう私だって何も言う事無いよ。本当に電話したり一緒に行ったりなんてしたら、それこそ私が変だもん」

「渚……」

「分かった。お兄ちゃんの言う事信じる」

「ありがとう、なら──」

「でも! その前に」

 

 渚はすくっと立ち上がり、俺の真ん前まで来ると、顔を近づけて詰め寄る様にしながら言った。

 

「あの時なら、私もお兄ちゃんのために頑張った気がするんだけどなー?」

「え、まあ、たしかに」

「ベッドで死んだ顔みたいになってたお兄ちゃんを元気つけたのは、どこの誰だったでしょうか?」

「渚、だな」

 

 その通り。一時期俺の精神が病んで潰れかけて、咲夜を殺そうとすら考え始めてた馬鹿な俺を止めてくれたのが、他ならぬ渚だった。

 

「それなのに、私は柏木さんみたいにお礼された記憶ないけど、おかしいって思わない?」

「それは、まあ……確かに」

「それなら、お兄ちゃんは柏木さんより先に、私にお礼をするべきじゃないかな?」

 

 笑顔で言うが、有無を言わさせ無い迫力はそのままだ。

 

「……だな。確かに、順番が間違ってた」

「うん、分かってくれたなら良いの」

「それなら、何をすれば良いかな……家事はいつも分担してるし、勉強見るのもお礼にならないし……」

「そーだなぁ……それじゃあ」

 

 そう言って、渚はとたとたとベットに戻り、そのまま横になった。

 その行動の意図が分からず、ポカンとしていると、渚は頬を少し赤らめて言った。

 

「ほら、お兄ちゃん何してるの? 早く寝る用意して」

「え、ええ?」

「お礼、だよ。今日は私と一緒に寝て。それがお礼」

「マジか!?」

「マジです」

 

 思いもよらない提案に、椅子から転げ落ちそうになったのをどうにか留まった。

 この歳で同じベットに寝るのは、いくら兄妹でもどうかと思うが……もはや渚は布団を被って就寝態勢に入っている。

 もうこれは素直に一緒に寝るしかない。そう決めた俺は明日の用意を手早く済ませて、電気を消して渚の隣に横たわった。

 

「……ふふ、お兄ちゃんと一緒に寝るの、久しぶり」

「そうだな」

 

 真横で渚の囁く様な声が耳朶に響く。

 

「俺、寝相悪いかもしれないから、その時はごめんな」

「いいよ、大丈夫」

「狭く無いか?」

「平気だよ、ありがとう」

 

 薄暗い部屋の中で、それでも渚が笑顔で答えたのは分かった。

 

 やがて口数も少なくなり、お互いに意識が闇の中に溶け始めそうになる。

 隣に聞こえる渚の呼吸も、段々と静かにリズミカルな物になっていくのが分かった。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん?」

「ん?」

「ちゃんと正直に言ってくれて、嬉しかった」

「……うん」

「ねぇ、もう1個、お願いしても良い?」

「なんだ?」

「腕枕、してもいい?」

「寝心地は保証しないぞ」

「大丈夫だよ、お兄ちゃんの腕だもん」

「そっか」

 

 少し照れ臭いが、ここまで来たらもう構わん。

 俺は左腕を伸ばして、そこに渚の頭を乗せた。

 渚は『ん〜!』と小さく喜びの声をあげると、最後に、

 

「お兄ちゃん」

「ん?」

「おやすみなさい」

 

 そう言って、スイッチが切れたおもちゃの様に静かに眠りについた。

 

「──うん、おやすみ渚」

 

 俺も、そう返事して、瞼を閉じる。

 急な添い寝になったけど、不思議とストレスや疲れが払拭されてる感覚を覚える。

 この歳になったらもう無いと思ってたが、家族と一緒に寝るっていうのは、案外リラックス出来るものだと分かった。

 

 まだ、綾瀬との関係修復は終わってないし。

 渚と綾瀬との間にある問題も、残ったままだけど。

 今日だけは、俺に全幅の信頼を寄せて眠った可愛い妹の体温を感じながら、眠ってしまおうと決めたのだった。




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