【完結】ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない兄になって死にたくなってきた 作:食卓塩准将
最早いらない前書きですが、原作要素は薄い、今作の補完になる話です。
では
堀内たちの車に乗せられて、俺と渚は二人が今住んでいるという家に向かう事になった。
車に乗せられている間、渚は堀内たちと何処から来たのかとか、今何歳なのかとか、他愛もなければ当たり障りもない会話をポツポツと交わしていた。
俺も聞かれた質問には愛想悪いと思われない程度に答えていたが、頭の中は殆どが、現状把握ないし落ち着きを取り戻す方向でいっぱいになっていた。
未だに、後部座席から見る二人の後ろ姿を視認していても、自分の見ているものが信じられないでいる。
あの時、俺は確かに、病院で死んだ瑠衣の姿を見た。 悪夢のような話だったが、夢でもなければ幻でもない。 葬式にも出席したし、墓前にだって立った。
瑠衣は、間違いなく死んでいる。
……なのに、今、こうして、俺の目の前には成長した瑠衣が居て。 そして……、
「っ……」
「お兄ちゃん? 大丈夫? 顔色良くないけど」
「ん、平気。 車乗るの久しぶりだったから、少し酔っちゃったかもな」
動揺が顔に出ていたのか、隣の渚に心配された。 正確には車酔いではないが、現状に酔いまわされてる様なのは事実なので、あながち嘘でもない。
そんな俺の様子をバックミラーでちらっと覗きながら、瑠衣が言う。
「和君の運転、結構荒っぽいところあるもんね。 私も最初のころは車酔いしちゃった事あるし」
「は、はは……いえ、単に俺が車に慣れてないってだけですから、お気遣いなく」
「そうだぞ。 瑠衣の方が運転荒っぽいくせに。 この前お義父さんがぽろっと愚痴ってたんだからな」
「え、ええ? 本当それ!?」
ああ、これだ。 この二人の関係。 これもまた俺の冷静さを失わせている要因だ。
この二人、今は結婚しているときた。 死んだ筈の瑠衣が生きていて、しかも堀内と結婚している。 こんな状況、驚愕かつ複雑すぎて、どう感情に現せば分からな……いや、違うな。
分からないっていうのは、違う。 確かに信じられない事のオンパレードで、受け入れ難い事実のフルコースではあるけれども、それでも、確かに素直に喜ばしい事がある。
「……生きてるんだな」
ぽそっと、誰の耳にも入らない様な声で漏らして、自分自身に聞かせた。
そう、俺の記憶とは違って、この世界では、瑠衣は生きている。 生きているんだ、生きていてくれてたんだ。
理由はまだ分からないけれど、俺の記憶している過去とこの世界の過去とで何かしらの差異があったのは間違いない。 でも、それはこの後分かるから良いんだ。 何はともあれ、瑠衣はあの『雨の日』を越えて今日まで生きていた、それだけは、本当に、心の底から嬉しい。
……でも、それだけじゃない。
もう一つだけ、どうしても引っかかる事がある。
それは瑠衣だけじゃない、堀内にも言えることだが、二人の表情が、
会話自体は陰険なモノとは違う。 夫婦の近しい距離間から生まれる会話は、時折大きな声や笑い声を混ぜていて、そこは何もおかしくはない。
でも、だけれど、二人を知ってるからこそ分かる事がある。 会話の合間合間、口が開いて言葉を紡ぐまでの間。 二人が見せる表情は、かつての様な朗らかさを明らかに失っている。
明るく会話をしていても、どこか無理をしているような……心の底にいつも何か重い物を負ってるような。
言ってしまえば、
それが、どうしても気に掛かる。
「ついたぞ、ここだ」
「あまり奇麗じゃないかもだけど、許してね」
二人が言うように、車は二階建ての一軒家の前に止まった。
もしかして、とも思ったが、二人が住む家は俺の記憶にある紬家の家ではなく、普通に初めてみるモノだった。
「お邪魔します」
「……おじゃまします」
テンプレな挨拶もそこそこ、案内されるままに居間に上がった俺たちは、出されたお茶や菓子には手を付けず、本題に移ることにした。
「早速ですけど、教えてください。 頸城縁さんはどういう方だったんですか」
渚が対面の二人に問いかける。 それに対してまず応えたのは、瑠衣だった。
「縁はね……いつも、何かに縛られて生きてる、そういう人だった」
「縛られてる……? その、何にですか」
「色んなもの。 家族の事とか、周囲からの事とか、彼の生きてる環境全てが、彼を縛り付けていた。 ……縁自身は、何も悪いことしてなかったのにね」
瑠衣の言葉に続いて、堀内が言う。
「あいつの父親がな、犯罪起こしたんだ。 この街は空がしょっちゅう雲で蓋されてるから、話が広まるのも早くてな。 父親の因果が、子の縁に向いたんだ」
「みんな、縁と縁のお母さんを避けてた。 ううん、避けるだけじゃなくて、中には責める人達もいた。 それで縁のお母さんも、自分から命を……」
「そういう事、だったんですね……」
言って、渚が横目で俺をちらと見た。 大まかな話はすでに聞いてるモノだったが、改めて明確に話を聞いた今、渚の中でどんな心境に至っているのだろうか。
話は続く。
「私は、縁と小さい頃に一緒だったの。 さっき言った縁のお父さんが罪を犯してから、離れ離れになって、次に会ったのは、私が高校生になった時だった」
「幼馴染、だったんですか?」
「うん。 そういう事になるのかな……私はそう思ってたけど、縁にとってはどうだったんだろ。 最後まで聞けないで終わっちゃった」
「お二人は、当時は仲が良かったんですか?」
「小さい頃はいつも一緒にいたよ。 年も二歳違いだから、周りからは兄妹みたいってよく言われたし、私も縁お兄ちゃんって呼んでたな……懐かしい」
「そう、だったんですね……」
渚がもう一度俺を見た。 何か、言いたいことでもあるんだろうか。
頸城縁が、偶然とはいえお兄ちゃんと呼ばれていた事に驚きでもあったのかも知れない。 その辺りの話は全く話していなかったから仕方ない。
「ではその、高校生になって再会してからの二人は、どうだったんですか?」
「その時は、私は同じ学校に縁が居たって知らなくて、たまたま入学式の前に縁を見つけて、そこから話すようになったんだけど、彼はその頃にはもう、私の記憶とはかけ離れてた」
「口を開けば、割と面白いし、普通にノリがよかったんだけどな」
それはお前の強引なノリに拒否するのもうんざりしたからだ、とつい言いだしそうな自分を抑える。 今は聴きに徹しなければ。
「うん。 和君の言う通り、いざ話すようになれば、雰囲気は変わったけど、縁は変わらず私にやさしく接してくれてた。 でも、私と会う前に色んな事があったんだと思う。 縁は私と一緒にいる時間を、悪いと思ってたの」
「それは俺に対しても同じだったな。 あっ俺は高校2年の時からあいつの友達だったんだけど、ずっと俺と居ない方がいいとか、迷惑かけたくないから話しかけるなって口にしてた。 3年になって瑠衣と会う頃には言わなくなったけどね」
だからそれはお前があまりにもしつこくめげなかったからで……っと、いけないいけない。
「……お二人が、頸城さんにとっての数少ない心の助け、だったんですね」
渚が今までの話を、渚なりに総括する。
それは正しいまとめ方だ。 当時の俺も口にこそしなかったが、周囲に流されず俺に話しかけてくれた瑠衣と堀内の事を、ありがたいと思ってた。 だからこそ迷惑掛けたくないと思ったし、距離を取ろうともしたんだ。
……考えてみれば。 それは少し前までの園子とも通じる在り方だったのかもしれない。 園芸部と
だから、ヤンデレCDの知識を持っていたのに、当時の俺は園子に力になろうとしたのかもな。 今となっては、もう、気にするまでもない話だが。
───話が脱線した。 とにかく、当時の俺にとって二人の存在は大事なものだった。 それは間違いのない話だが。
二人の口から出たのは、意外な言葉だった。 いや、心外な言葉というべきか。
「───ううん、たぶん、違うと思う」
「後悔しても遅いのは分かってるが、余計な事ばかりしちまったかなって、思ってるよ」
『え?』
余りにも予想外な両者の発言に、渚はもとより、聴きに徹するはずの俺まで驚きの声をあげてしまった。
な、なにを言ってるんだこいつら!? 『たぶん違う』!? 『余計な事をして後悔』!?
「ち、違うんですか? お二人の話を聞くに、生前一緒に過ごす事が多かったと思ってましたが」
「私たちは友達だと思ってた。 でも」
「あいつにとっては、ただひたすらに、生きづらくなる枷になってた。 今となったら、そう思っちまうんだよな」
「それは、その───」
「なんでですか?」
渚の言葉を遮って、俺が言った。 それは、俺が聞かなきゃいけない事だ。
「どうして、お二人の存在がぉ……頸城縁さんにとって枷になってたと、思うんですか?」
「……縁は、昔はとても明るい顔をする人だったの。 よく言ってた、この街はいつも曇り空だから、暮らしてる人もうす暗い顔ばかりしてるって」
「それが、なにか」
「再会した時の彼は、最初に言ったように周りから理不尽な目に遭って、すっかり暗い顔になってた。 彼が言ってた、曇り空みたいな顔に」
「そうかもしれませんが、だからこそ、あなた達が救いになってました。 お二人が居たからこそ、彼の人生は」
「お兄ちゃん、落ち着いて」
「───、すみません、ちょっと熱くなりすぎました」
渚の言葉で一気に我に返る。 危ない、もう少し話してたら、装う事を忘れて完全に当事者のつもりで話していたところだ。 もっとも、既にだいぶ怪しいが。
だが意外な事に、二人は俺を不審がるのではなく、ポカンと驚くに留まっていた。 話の内容や話し方よりも、先ほどまで黙っていた俺が熱く話し出したことの方が印象に残ったのかもしれない。 だとすれば不幸中の幸いだ。
「……ありがとう、そう言ってくれると、少しは救われるわ」
「一瞬、本当にアイツがそう言ったような気すらしたよ。 最も、あいつが今の俺たちを見たら、結婚してて驚くだろうけどな」
「……それは、間違いなくそうだと思います」
冗談交じりに本音を告げて、話を続けてもらう。
「それで、結局のところ、何が彼にとって枷になったと?」
「あいつさ、死ぬ一カ月くらい前から、その頃転校してきた奴に執拗に絡まれてたんだよ」
羽瀬川の事だろう。
「絡まれること自体はアイツも慣れてて、見てても上手に相手にしてなかった。 でも、それはアイツが自分の身だけを守る為に持ったスキルで、アイツの周りを守るものでは無かったんだよな」
「……っと、言いますと?」
「本人に相手にされないから、縁が仲良くしてた奴に対象が変わり始めてた。 それが俺だったらまだ良かったんだが、そいつが目を付けたのが」
「私だった」
知ってる。 羽瀬川が瑠衣に興味を向け始めていたのも知ってた。 だから俺は一層、瑠衣と距離を取ろうとして、最悪の結果になった。
既に目を付け始めてから距離をとっても、瑠衣を守れる奴が完全に居なくなるだけだって事を、その時の俺は全く理解していなかった。 馬鹿な、本当に馬鹿な話だよ。
「その人は、私に手を出そうとして、私も拒否したけど。 放課後屋上に居た時に、その人が何人も生徒を連れて私の所にやって来て」
「……」
正直、聴きたくない箇所だ。
だって、それはまさに俺の後悔である、瑠衣が死ぬ時。 その瞬間を、瑠衣の口から聞いてることになるんだから。
『俺が瑠衣のそばにいれば守ってやれたかもしれない』。 そんなどうしようもないifばかりを考えてしまう、取り返しのつかない過去。
屋上で羽瀬川に襲われた瑠衣は、逃げるさなか背にしていたフェンスが壊れたことによって、屋上から───、
「そこに、縁が来てくれたの」
「───え?」
今、なんて?
誰が来た?
「縁がね、和君もだけど、来てくれて……助けてくれたの」
「え、えっと、は? 来たんですか? 頸城さんが? 助けに来たんですか」
あり得ない。 嘘だろ? 俺が?
「ああ。 最初は瑠衣から距離を取ろうとしてたんだがな。 前に俺が縁に言ってたんだ、『あの手の人間はほっとくと増長する』って。 それを気にしてたから、急いで瑠衣の所に行くって言いだしてさ……二人で学校中探して、本当に偶然、瑠衣が危ないところに出くわしたんだ」
ああ───。
その言葉も、俺は知っている。
確かに、確かに、堀内から言われた言葉だった。
この世界の頸城縁は、しっかりと、堀内の言葉を頭に入れていたのか。
だから。 だからか。 だからなのか。 それでなんだな!
全ての疑問と見出した答えが合致し、目まぐるしい量の感情の波が、決壊したダムのように俺の中で全てを飲み込んでいく。
そんな俺の心境を知らずに、二人の言葉は続いていく。
「瑠衣はすぐに助けた。 でも、あいつは……縁はそれだけじゃ止まらなかった。 後にも先にも、あんなに怒った頸城縁を見たのはあれが最初で、最後になっちまった」
「えっと、じゃあ頸城さんが亡くなられたのは、その時に……?」
渚の問いは、疑問の体をなしてはいたが、確信に依った発言だ。
聴くまでもない、きっと、怒り狂ったこの世界の頸城縁は、羽瀬川と取っ組み合いにでも発展して、最後は例のフェンスにでも寄って。
「そう、なの。 相手と喧嘩になって、偶然体が寄りかかってたフェンスが脆くて、一緒に落ちて……そして、縁は……」
「瑠衣、もういい。 そういう事だ。 そうして縁は死んでしまった。 俺も目の前で呆然と見てるだけで、助けられなかった」
「それが、頸城さんが亡くなられた理由だったんですね……。 って、お兄ちゃん、どうしたの?」
「お、おい、大丈夫か?」
急に渚が驚いた顔して俺を見る。 次いで堀内まで深刻な顔をし始めて、言われた俺が驚いた。
「ごめんね、嫌な話だったよね? はい、これで涙拭いて」
そう瑠衣に言われて、差し出されたハンカチを見て───そこで僅かに綾瀬を思い出しながら───、そこまで言われて、初めて自分が泣いている事に気づいた。
気づいたら最後、一気に抑圧されていた感情が、さらなる涙と嗚咽になって、表に出てきてしまった。
「あ、あれ……すみ、ません……こんなつもりじゃ、なかったんですけどね? はは……ははっおかしいな」
嬉しい。
本当に嬉しい。
瑠衣が生きていた事が。 生きている理由が。
よくやった、この世界の頸城縁に、形容しがたいほどの感謝を賛辞を述べたい。 無様に生きて死んだ
それが分かって、改めて瑠衣が生きている事が真実心に染み込んできて、それで、涙が出てきたんだ。
瑠衣に何もしてやれなくて死んだんじゃ無い。 頸城縁の死が、その後10数年に渡る、いやもっとこれから先も続く瑠衣の未来に繋がったんだ。 こんなに嬉しい事は、無い。
でも。
「お二人が自分を枷だと言ったのは、そこからなんですね」
見透かした俺の言葉に一瞬間を置いて、堀内が首肯する。
「そうだよ。 俺たちがあいつの言う通りに関わりを辞めていれば、アイツが死ぬことはなかった。 今となってはそう思うばかりなんだ」
「……うん。 私たちは縁と一緒にいて本当に楽しかったけど。 縁にとっては、苦しみの種でしかなかった。 事実、私が理由で、縁は死んだもの。 私が、縁と一緒に居たいって気持ちを押し付けてたから……」
「そ、それは違うと思います! 悪いのはあくまでも瑠衣さんを襲ったり、頸城さんをいじめようとした人じゃないですか!」
「だとしても、私たちが彼を追い詰める要因になったのは、間違いないよ」
「そんな……」
渚が力なく言葉を失う。
こればかりは、完全な第三者である渚にもどうにもできない領域だろう。 どこまで行っても、どんなに話を聞いても、当時を生きてきた二人にしか分からない世界なのだから。
それを知ってるからこそ、渚も何も言えなくなって沈黙するほかないんだ。
「お兄ちゃん……」
渚が何か言ってほしいように、俺に言葉を促す。
いつの間にか俺と同じくらい、話に感情移入してくれてる渚に、感謝と愛おしさを抱くが、俺はそれに対して、黙って首を振るだけだった。
「どうして……?」
主語のない疑問だが、言いたいことは分かる。 渚にとっては第三者だが、俺は違うだろうと言いたいのだ。
でも、これは既に俺にとっても別の話になっていた。
元より、俺は野々原縁。 渚と同じ、本来なら完全に赤の他人の話だ。 今は親戚をよそっているが、それにしたって、瑠衣たちにどうのこうの言える立場ではない。
では、
……もちろん、言いたい事はある。 でもそれは、この世界に生きた
「お話、聴かせていただいてありがとうございました。 つらい経験を話して貰ってすみません。 親戚には話せませんが、俺も渚も、今日の話をちゃんと胸にしまっておきます」
「そっか。 ありがとう。 縁も、君達の事は知らないけど、一人でも縁の事を分かってくれた人が居るだけで、浮かばれると思う」
「二人とも、わざわざ瑞那まで来てくれてありがとうね。 帰りは電車でしょう? 駅まで送るわね」
「先に言われたな。 車で送るよ。 ……じゃ、行こうか」
「最後まですみません。 ご厚意に甘えさせていただきますね。 渚、帰るよ?」
「……うん。 和人さん、瑠衣さん、ありがとうございました」
結局最後まで、渚は納得する様子もなく、車に乗ってからは終始沈黙のまま、駅までついた。
駅に着くと、電車が来るのはちょうど2分後と言ったところだった。
俺たちは急いで改札口まで向かい、先に渚が二人に頭をぺこりと下げてから改札を通ってホームに行く。
俺も渚に倣って、二人に最後の礼を述べようと───おそらく、最後の別れを告げようと───、二人に振り向いた、その時だ。
「俺たちさ、来年子供が生まれるんだ」
急に、堀内がそんなことを言い出した。
「そうなんですか、おめでとうございます」
それ以外、何も言える言葉がない。 素直に喜ばしいと思える。
「最後にさ、俺から聞いていいかな。 時間ないのにごめん」
「なんです?」
「……どうして、瑠衣の旧姓を知ってたんだ?」
「和君……?」
「言ってたんだよ。 さっき家で、瑠衣の事、紬さんって。 俺たち一回もその名前出してなかったよな? なんで……知ってたんだ?」
余りにもさりげなく俺が口にしていた失言を、こいつは、聞き逃していなかった。
ふふ、流石だよ、頸城縁の友人なだけあって、面倒くさい奴だ。
でも、この世界の俺は知らなくても、
「……さすがに、それくらいは聴きましたよ。 親戚の集まりの時に。 まさか結婚してるとまでは、知りませんでしたが」
それくらいが、安パイな嘘だろう。 許せよ、和人。
「そっか。 だよな……ごめんな。 なんか君、全然雰囲気も顔も声も違うのに、なぜか変に、アイツに重なって見えちゃってさ。 つい、変な事聞いちゃったわ」
「───!!」
やめろよ。 せっかく、抑えてるのに。 出しゃばらないように、我慢してるのに。 最後の最後になって、いつもお前は急にそういう事をし出す!
「私も、……私もね」
瑠衣、頼むから、もう黙って、
「最初、縁のお墓の前に君が立ってるの見て、本当に、縁が居るように見えてたの。 だから、かな……君と渚ちゃんが一緒にいるの、昔の私と縁を思い出しちゃってた」
「もう、会う事ないかもだけどさ。 君たちは、長く生きてくれな。 目の前で親友に死なれるのって、想像以上に心に来るから、さ」
「これからも、元気にね。 幸せに楽しく、だよ」
だから、それを。
今、全然幸せそうじゃない顔で。
今、全く楽しめていない顔で。
今も、ずっと後悔し続けてるその口で。
自分たちが素直に幸せになれてないくせに、人に言うのをやめろよ!!!!
「……はい。 ありがとう、ございます。 お二人ともお元気でっ」
限界まで心を締め付けて、水一滴分の感情すら押し殺して、俺はかりそめの言葉を口から放ち、踵を返す。
後は改札を抜けて、電車を待って、電車に乗って、帰るだけ。
それで、この時間は終わる。 今日という、長くて短い物語は終わる。 渚も待ってるんだ、さっさと行こう。
足を一歩前に踏み出し、改札に帰りの運賃をチャージしてあるカードをかざして、
『──────本当に、それでいいのか?』
「っ!」
手が止まった。
いや、何をしている。 止めるな。 行け、行けよ。 もう
『そうしてまた、逃げて終わるのか?』
違う、逃げてるわけじゃない。 本当に、出る幕がないんだ。 資格がないんだ。 だから、
『だから?』
だから……、俺は、もう、
「違うよな?」
「え?」
「悠くん? 違うって、何が?」
口に出た、この言葉は、ほかでもない、
今日一日、ずっと頸城縁の記憶と意識に身を委ねていた、『
ああ、そうさ。 違うぞ、何をせせこましい理屈としゃらくさい理論で身を固めているんだ。 馬鹿らしい! ああ馬鹿らしい!
あの二人に声をかける資格があるのは、別の世界に生きた
何も知らない野々原縁だけじゃ言えないだろう。 知ってるからこそ
なら、言えばいい。 言ってしまえ。 そんな勝手に作った縛りなんて、野々原縁が従う理由は、無いんだから。
「あーー、ったく。 もう、そうだよ。 その通りだよ。 そうだよな」
ありがとう、
「全くよ、どうしようもねえな、二人して!」
「ゆ、悠君!?」
身体を二人の方に向き直して、開口一番俺は言った。
急変した俺の言動に、二人は驚愕する。 ああ、急に何を言い出したのかと思ってるんだろう。 だが知ったこっちゃない、こちとらお前たちに会ってからこっち、ずーーーーっとそういう気持ちになってたんだからな。
「瑠衣、あんなに太陽みたいな笑顔浮かべてたお前はどこに行ったんだよ? 久しぶりに会った俺がすっかり街の人間らしくなったって言ったが、俺から言わせたら今のお前がまさにそうだよ」
「それに、とんでもない勘違いしてやがる。 お前たちが俺にとって枷だった? 死ぬ原因だった? 冗談じゃない、冗談じゃないよ!」
「俺はな、一人でも何とか生きて行けたかもしれない。 二人と会わなかったら、高校卒業してたかもしれない。 でもな、でも!」
「そしたら俺はきっと、そのあとの人生で勝手に死んでたよ。 きっと。間違いなく自分で死んでた。 お袋みたく、ドアノブにタオル掛けてゆっくり自殺してたさ! なぜかわかるか?」
「なかったからだよ、お前らと会わなかった人生には、まともに、純粋に、心から楽しいって思える記憶が無いから。 だからきっと死んだ!」
涙が、また勝手にこぼれだした。
「逆なんだよ! お前たちは、俺にとって、あの頃の俺にとって、どうしようもない位に生きる理由だったんだ、糧だったんだ! 勝手に絡んで人の言う事も聞かない和人のおかげで2年の時は楽しかったし、3年になって瑠衣と再会した時、お前の方から俺を見つけてくれた時、本当に、……嬉しかったんだ」
だから、俺は、
「だから、大事だったんだ。 だから俺は死ねたんだよ! 瑠衣。 お前以外の人間の為に、俺が死んだりするもんか。 お前たちと一緒に居た時間が何より楽しかったから、俺は死んだんだ!」
「それを、自分たちのせいだなんて、言わないでくれよ。 俺が死んだことで、お前たちの将来が曇り空になるなんて、言わないでくれよ」
「俺は、死んだけどさ。 でも、だからこそ、お前たちには、死ぬまで幸せでいて欲しいんだ。 それが我がままだとしても、それだけが、頸城縁として生きた人間の最後の願いなんだから」
そうだ。 それを忘れていた。 たとえ死に方は違っても、今わの際に願う事は、同じだったはず。
『どうか、瑠衣が幸せでありますように』。
なら、俺が
「きっと、どんな世界に居たって、どんな死に方したって、変わらない。 頸城縁にとって、瑠衣が幸せでいることが、何よりの願いなんだからさ」
ああ、言った。 言い切ってやったさ。
だから、今度こそ、もう終わり。
「───なんてきっと、二人が一緒に生きた頸城縁さんなら、言うんじゃないかと思います」
『……』
俺の言葉に、何を感じたのか。 二人は黙って……いや、堀内はうっすら、瑠衣はハッキリと涙を流しながら、俺を見つめていた。
冷静に考えれば、今日あったばかりの子供が知ったようなでぺらぺら口にしただけ。 一方的だが、仮にそう受け取られても、悲しいが構わない。 とにかく、二人の中にある後悔が、消えるきっかけに成ってくれれば、それでいい。
そう思っていた俺の背後から、渚が思わぬ声をかけた。
「もう電車来るよ、急いで!
「縁……!?」
「ああ、今行くよ!」
このタイミングで、渚が本名で呼び出した。
でもちょうどいい、俺は渚に返事して、勢いよく改札を通って、渚の隣に行く。 確かに、電車は既にホームに向かってくるのが見えるところまで来ていた。
「ま、待って!」
瑠衣の声。 それ自体に応えるつもりはなく、しかし、俺は今一度、改札の向こうにいる二人に振り向いた。
「ごめんなさい、最後に1つだけ。 俺の名前は野々原、野々原縁です」
「縁……、嘘だろ? まさか、本当に」
「縁、縁なの……? 私、ずっと」
その問いに答えることはせず、だけれど、俺は最後にもう一回だけ、
「和人! 瑠衣の旦那になったんなら、絶対に瑠衣を泣かすなよ! 悲しませたりしたら、墓から出てきてぶっ殺してやるからな!」
「ああ……ああ!」
「そして、瑠衣」
「うん……何? 縁」
「やっぱ、瑠衣は笑顔でいるのが一番だよ。 来年には子供生まれるんだろ? なら、今のうちに笑顔取り戻せよな。 お前の笑顔は、世界で一番なんだから」
「うん……分かった。 私、頑張る、頑張るからね」
電車が来た。 ドアが開く。 二人の方を向いたまま、体だけ車両の中に入る。
ああもう、本当に時間がない。 だから、次にいう言葉が本当に最後だ。
「二人とも、結婚おめでとう!! こっから末永く生きろよ! 生きて、生きて生きて、生きてくれ! どうか…………どうか、幸せにね!!」
そして扉が閉まった。 電車は速やかに駅を離れ、瞬く間に二人の姿は見えなくなり、やがて瑞那からも遠ざかっていく。
最後の俺の言葉に、二人がどう答えたかは分からない。
けど。 けれども。
「お疲れさま、お兄ちゃん」
「……ありがとう、渚」
俺たち以外、誰もいない車両の中で。 渚にゆっくりと頭を撫でられながら。
止めどなくあふれる涙をなすが儘にする俺の中に、もはや思い残すものは無かった。
さようなら、瑠衣。 和人。
どうか、幸せに。
・・・
二人が去ったあと。 堀内和人とその妻、瑠衣は、過ぎ去った電車の残滓を見るように、その場にたたずんでいた。
何人かが怪訝そうに二人を見やるが、そんな視線など意に介さず、そのまましばらくしてから、瑠衣が和人に言った。
「縁が、来てくれたんだね」
先ほどまでここにいた少年。 最後に自身の名を縁だと明かした少年。 彼が最後に自分たちに見せた振舞いや言動は、確かにかつて自分たちが共に過ごした男のそれであった。
だが、死人が姿を変えて現れるなどあり得ない話である。 当然鼻にかけるまでもない戯言であるが、和人はその言葉に頷きを返した。
「言われちゃったな。 曇り空みたいな顔するなって」
それは、生前の彼が最も嫌うものだったから。 ならば、
「ちょっと時間かかりそうだけど、戻らないとな。 昔の俺たちに、ううん昔以上に!」
「そうだね。 じゃないと、お墓から出てきちゃう」
「ははは、どっちの縁が来るのか、それはそれで気になるけどな!」
「もうっ!」
二人でひとしきり笑いあって、そうして、二人はこれが久しく心から笑った瞬間だと気づいた。
「やっぱ縁だな。 こんなに笑ったの、アイツと居た時以来だ」
「うん。 でも、もう縁抜きでも笑えるようにならないとね」
「ああ。 アイツに言われたが、瑠衣の笑顔は、世界で一番だからな」
「……うん!」
瑠衣がそう答えた直後、
「あっ───空が」
いつの間にかあれだけ空を埋め尽くしていた雲が消え果て、空には瑞那にとって久方ぶりの太陽が浮かんでいた。
「ああ、空が青い……」
「……奇麗だ」
瑠衣が歓喜に溢れる表情で、空を見上げる。 和人はそんな瑠衣の様子を見て、胸中で決意を固める。 先ほど、少年の姿を借りた親友に言われた言葉を握り締めて。
「貴方だけが背負う話じゃないよ?」
瑠衣が言う。
「二人で。 幸せになっていこう? 改めて、これからもよろしくね、和君」
「……ん。 よろしくな、瑠衣」
かつて二人と一緒にいた彼が何よりも愛した、太陽のような笑顔を。
この先は、二人で守って、未来に持っていこう。
雨が晴れた後、二人の道には、燦燦と照らす陽光が差し込んでいた。
END.
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
後ほど、活動報告で今回の細かい話などしようと思います。
では