提督と加賀   作:913

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二話

「またブラック鎮守府にメス入れられたね」

 

「貴方の同期?」

 

「うん。伊勢提督のとこ」

 

民間からの提督は本名ではなく就けられた初期艦の名前に提督が付け加えられて通称となる。

この場合は日本海方面の制圧が主な任務であった、航空戦艦伊勢を初期艦とした提督のことであった。

伊勢提督と呼ばれた彼の制圧した海域は七。北方方面の長門提督に次ぐ成果を上げていた伊勢提督は、更迭。所謂左遷されたことになる。

 

「俺より優秀なのに、勿体無いことだ」

 

「貴方がピーキーなだけだと思うのだけれど」

 

トントンとリズミカルに戦闘詳報へ判子を押していく提督は、空いている左手で一束の書類を掴んだ。

現在まで生存し、軍に残っている民間出身の提督を含む全提督に課せられた年に一度の霊格検診の結果表のまとめのようなものである。

 

「……やっぱ上位二人は平均値高いな、これ」

 

上位二人とは、言うまでもなく適性のみで選ばれた民間出身の長門提督と伊勢提督のことであった。

艦娘の力は提督の適性プラス艦娘の性能で計算することができる。

つまり、攻撃適性・防御適性・速度適性・幸運適性四つと登用する艦娘の火力・装甲・速度・運で求められるのだ。

 

後はまあ、艦種ごとの指揮適性や艦娘に指示を強制するための適性である拘束適性のようなものがある。

 

「伊勢提督は拘束適性がずば抜けてるからこんなことになったのかもしれないわね」

 

「そうだな」

 

伊勢提督の拘束適性はA。殆どの艦娘に意思を無視して永続的に指揮下の艦娘に自らの指令を順守させることが出来るほどの強力な霊格の持ち主であった。

 

長門提督がCであり、今隣の秘書艦にピーキーと謳われた加賀提督がEである。Cだと数時間にわたって強制が可能であり、Eだと数分も保たない。というか便宜上彼はEに分類されているだけであり、実際はもっと低かった。

 

駆逐艦にすら弾かれるような拘束適性の低さでは、航空母艦や戦艦などは小石に躓く方がまだ止まってくれることになるであろう。

 

《出撃していた艦隊が帰投しました》

 

天井についたスピーカーから出た大淀の張りのある声が耳朶を打ち、加賀が喋りながらも規定の帰路とは別な航路で帰ることを指示していた十二隻の船と十二隻の支援艦隊が鎮守府に戻ってきたことが知らされた。

 

「これで四海域解放ですね」

 

「そうだな」

 

通常六隻しか入れない海域の制限を霊格のハッキングによって書き換えた提督は、その仕事道具であるパソコンを開く。

 

 

艦娘以外は、深海棲艦の領域に入ることができない。

 

海域には六隻しか入ることができない。

 

海域によっては艦種の制限をも守らねば中心部には辿り着くことができない。

 

 

このような三条に代表されるような制限をハッキングし、書き換えるのが加賀提督の得意技であった。

 

「防衛システムはこんなもんでいいかな?」

 

「ええ」

 

攻めやすくなるように緩く書き換えた制限を緩くする前、即ち嘗ての物以上に厳しくし、限られた戦力で燎原の火の如く迫りくる外部からの侵入を防ぐことに専念させる。

精鋭艦十二隻を三つある航路が集うくびれのような地点に配置し、侵入を二倍の戦力で以って撃滅するというのが、提督の使える唯一の戦法であった。

 

「貴方は、伊勢提督のようには―――」

 

「ん?」

 

加賀が目端に何らかの感情を込めて提督を一瞥し、逸らす。

怜悧な秘書の如き印象を持たせる彼女らしからぬ言葉の詰まりに、提督は少し視線をやった。

 

四海域もの広大な海を一息に解放したが故に、大本営への報告書を書く時間が足りないのである。

 

「いえ、何でもないわ」

 

「何でもないなら手伝ってよ。俺、レポート嫌いなんだよね」

 

チラリと、加賀は提督を見た。

屈託ない笑顔と、困ったような挙措。どこかに愛嬌があるその言動は、自分が初めて彼にあった時から随分と変わっている。

 

死んだ目は生気を取り戻し、肌に感じるようなとてつもない虚しさは何とか内に収まった。

 

癖の有りすぎる部下にもまれて虚構に身を投げている暇がなくなったとも言うが、その割には彼が暇となっている時間に時々見に来たりしても目が死んでいる、というようなことはなくなっている。

 

「提督、少し休まれますか?」

 

そもそも彼は望んで軍人になったわけではない。十五を数える全鎮守府に対して何回かに渡って行われた民間からの提督と軍事教練を受けた新米との交代を望むか望まないか、と言う人事アンケートの際も迷わず『辞めたい』と書いていた。

 

その度に癖の有りすぎる部下が人事異動を行おうとした大本営に対し、連署で抗議運動を起こすが故に続投が決定しただけである。

 

大本営も主力機動部隊の一・二・五航戦と世界最強の練度を誇る水雷戦隊である一・二・三水戦に反対されては流石に人事異動をぶっ込めず、今に至った。

 

加賀は、何だかんだで辞表を叩きつけて辞めない程度の責任感を持つ彼にはそれなりに感謝している。

民間からの提督は後任がいるとわかったらそうやって辞めるケースやわざと問題行動を起こして辞めるケースもあるのだが、彼は変なところで真面目だった。

 

「……加賀さん、それは『早く仕事やれ。さもなくばとっととくたばれ』という認識でよろしいのですか?」

 

いつになく慎重に、提督は加賀に声をかける。

この提督も自分が辞めたいといった時に連署で抗議運動を起こすのが習慣である暴れ馬な精鋭たちを形だけでも止めようとしてくれたことには感謝していた。

 

まあ、一度決めたことは曲げない頑固者の彼女には非常に珍しい意志の軟らかさで一時間も保たずに全面降伏したのだが、それでもである。

 

「いえ」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「じゃあ任せた」

 

基本的に、面倒なこととかわからないことは下手に知ろうとせずに先任士官であり誰よりも現地を知る艦娘に丸投げするのが彼一流のやり方であった。

 

これは別な言い方をするならば無責任とも言うが、艦娘は中々にいい性格をしている者が多い。

要は、丸投げを信頼ととるような性格をしている者がその過半数を占め、その占められた過半数の艦娘の中に指揮官クラスが多く居たのが彼の幸運であろう。

 

彼女らは叩き上げの軍人らしい理屈ではない嗅覚とも言える第六感で作戦を提案し、その提案された作戦を加賀が無理はないものかと見聞し、提督が万全を期す準備と物資を整えてハンコを押すのがこの提督の主な仕事だった。

 

所謂放任主義というやつである。

 

「加賀さーん」

 

「何ですか」

 

怠惰にうつ伏せに寝転び、脚を振りながら提督は頼りになる秘書官の名を呼んだ。

こんな適当に呼ばれている時点で、ろくな用事があるわけもない。

 

そうわかっていながら律儀に返事を返してくれている辺り、加賀は案外甘かった。

 

「伊勢提督ってさ」

 

「はい」

 

「伊勢のこと好きだったんだってさ」

 

手に持つゲームをぴこぴことやりながら、提督は伊勢提督の伊勢にあたる自分にとっての加賀をチラリと見て、呟く。

 

「悲恋だよね」

 

「何故ですか」

 

何も考えないで垂らした釣り針に噛み付き亀のようにがっぷりと食いついた加賀の反応は、少々彼には過剰に見えた。

いつもならば何を問うにせよ、書類に向けた姿勢は崩さないはずである。

 

今はその平静さを保つどころか、語気を僅かに荒げているような感すらあった。

 

「何故、って?」

 

「何故悲恋だと断ずるのですか」

 

「そりゃ、結局離れ離れになったからだろうよ」

 

加賀のいつになく差し迫ってくるような追求に驚きながら、提督は大本営並みの感想を述べる。

所詮、彼の適当な発言の根拠などは適当な予想と月並みな感想を元にしているに過ぎなかった。

 

加賀が心中で考えたような深い意味などは、全くと言っていいほどないのである。

 

「どしたの」

 

「……いえ、別に」

 

僅かに荒げた語気を元の落ち着いたものへと戻し、加賀は提督に少し頭を下げて卓上の書類へと向き直った。

加賀の心情は、いつもいつも提督には測りかねるところがある。

 

「あ、烈風改」

 

「烈風改?」

 

「烈風改。何やかんやで開発したから矢筒に挿しといたら?」

 

序盤に出撃し、制空権確保の要である敵空母の艦戦、一朝一夕には育たない敵の精鋭艦攻・艦爆隊の尽くを撃墜した加賀にこそ、この装備は相応しい。

 

彼が積極的な攻略に乗り出さなかったのは、この烈風改が開発し終えるかし終えないかという微妙な時期であったからでもあった。

 

「いい装備ね」

 

「この怠け者の俺が解析からのレシピ調査に物凄く心血を注いだんだから、その評価は当然って感じかな」

 

自信有りげな提督を冷めたような目で見返し、加賀は若干その冷気に怯んだ彼から視線を外す。

 

「…………まあ、私も認めてはいます」

 

その僅かなデレが提督には聞こえていないことは、言うまでもない。


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