提督と加賀   作:913

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本編
一話


第二次大戦から、数百年後の未来。世界は環境保護と技術開発・経済成長の折衷により、百年ほどの停滞に包まれていた。

 

技術は進歩せず、人々は躍進を忘れて怠惰に浸り、世界はただただ資源を貪る。

戦争というものを大国は長らく忘れ、小国のみが貧しさに耐えかねて他の貧しい国から奪い取っていた。

 

そんな各国の停滞という名の平穏は、遂に破られることになる。

 

 

七大国の何れかが戦争に目覚めたか?

 

否。

 

七大国の間で外交上の齟齬が生じたか?

 

否。

 

 

もっと明確な外敵によって、この平穏は破られた。

 

それは、大小の艦艇の如き性能・能力を持つ未確認生物である。

 

彼女等は、『突如』現れた。比喩でも何でもなく、気がついた時には世界に巣くっていたのである。

 

小国が陥ち、占領されても七大国は情報を収集するだけだった。平穏とは、枷でもある。唐突に現れた脅威に対して一本化された指揮の元に武力制裁を行えるほど、彼等は精力的な神経を持ち合わせていなかった。

 

彼らがその重い腰を上げたのは、自国のシーレーンを破壊され、海岸線に艦砲射撃を喰らった時である。

 

ここに至って七大国ははじめて、その未確認生物達を明確に敵と認識した。

 

すぐさま国連でその未確認生物達に対する制裁措置がとられることになる。

そして彼女ら船舶を模した未確認生物たちには、それと同時に呼称が与えられることになった。

 

――――深海棲艦。

 

妖しさとその存在の不可解さ、何よりもその揺れるような不気味さが、これ以上ない程に未確認生物たちに合っていたと言える。

 

与えられた呼称が示す通りに海から現れた彼女等を制裁するにあたっては、当然ながら海軍が用いられた。

 

出撃前、七大国の大小の艦艇からなる国連艦隊はインタビューに対してこう答えたと伝わる。

 

『世界最大の海軍戦力が、負ける理由などは見当たりません』

 

そう言い残して艦隊が出撃し、そして。

 

 

誰も、生きて帰っては来なかった。

 

 

それからは、あっという間であった。

ほとんど全ての海上戦力を用いた侵攻が全滅という最悪の形で失敗したのだから、深海棲艦に敵う国などある訳もない。

 

停滞に包まれていた世界は戦火に包まれ、次々と国が滅んでいく。

 

遂には七大国の一角が陥ちた時、世界は終わりだと誰もが思った。

 

だが、世界は人を見捨ててはいなかったのである。

 

艦娘。誰が名づけたかすらわからないほど混乱した戦況の中、彼女らは突如現れた。

 

そう。またしても『突如』である。

 

彼女らは深海棲艦相手にその力を大いに発揮し、絶望的に見えた戦局を打開していった。

 

そして、遂に深海棲艦を根拠地に追い詰め、再び六の大国と二十五の国による国連艦隊が組まれ、決戦が行われたのである。

 

結果は、壊滅。全滅でないだけマシだが、それでも高練度の艦娘が数多失われたし、この敗北から立ち直れずに滅んでしまった国もある。

 

ここ、旧七大国の一員である日本もそうなりかけていた。

 

故に、軍は苦し紛れの一手を打つ。

 

『艦娘を扱える者ならば、官民問わずに戦線に投入する』と。

 

艦娘を扱うにはある程度の素養が必要であった。軍という組織の中にも数人、それらの才能を持つ者は居たのだが、今回の反攻作戦で殆どが死んでしまったのである。

 

そして、戦死した彼らに代わって五人の民間人が軍事教練を受けた低練度であるが故に生き残った艦娘を就けられて彼らは着任した。

 

彼らの活躍は目覚しく、一時は本土への上陸作戦すら行っていた深海棲艦を圧し返すこととなる。

 

そしてその原動力となった海軍三拠点の一つ、現在ルソン島スービックにある鎮守府。

 

周囲にうず高く積もった決済書類の山々の中に埋もれながら爆睡している一人の男を見て、加賀は深い溜め息をついた。

 

「提督」

 

「へんじがない、ただのしかばねのようだ」

 

往年の名作RPGの迷台詞が、顔に海軍の軍帽を掛けたままの彼から出る。

寝ていないことは、誰が見ても明らかだった。

 

加賀は、外面と言動に反してあまり気の長い方ではない。冷静ではあるが、彼女は相当に血の気が多いのだろう。

新人時代の時には頭に来た末に深追いし、中破した経験も持っていた。

 

故に、だろう。

 

「止めろ加賀」

 

「知りません」

 

怠惰の塊のようなこの提督に対し、無言で手が構えられたのは。

 

提督の異能を駆使した察知からの制止も虚しく、それはそれは見事な貫手が提督の腹に深々と突き刺さった。

 

痛い。これは、喰らったならば物凄く痛いだろう。

何せ、彼の初期艦であり現在までの秘書官であるところの加賀は、徒手格闘特級という卓絶した格闘能力の持ち主。貧弱な元一般人の耐えられるところではない。

 

が。彼はまず、ここで耐えた。

 

「仕事しなさい」

 

極寒のシベリアの冷気を思わせる視線が、提督の身体を貫く。

氷雪の如き冷厳な視線とゴミを見るような諦めと侮蔑の瞳の中には、一片の好意すら存在してはいなかった。

 

「やってない、理由はあるんだ」

 

「……何ですか」

 

それでも尚返事をしてくれるあたり、提督は案外嫌われていないのかもしれない。

そもそも、彼は彼女以外の艦娘の前では普通に立派な提督なのである。変にテンションが高くなったりするのは腐れ縁というべき加賀の前だけだった。

 

仕事をサボるのは、いつものことだが。

 

「これを見給え」

 

仕事の手を止めながら更にサボりの理由を弁明しようとする彼に、加賀は特にその仕事の滞りを是正するでもなく一言で問うた。

 

「……何?」

 

「大本営からの通達」

 

好意の欠片もなかった冷厳な瞳にわずかな暖かみが灯り、言葉の端にもほんの僅かな期待が宿る。

『もしかしたら、来たのかもしれない』。

そんな彼女の期待を知ってか知らずか、提督は自信有りげに胸を張り、堂々と答えた。

 

「ご叱責です」

 

「期待した私が馬鹿でした」

 

ぴらりと揺れる手紙を掴み、無造作に提督の手から奪い取る。

 

『大本営』の黒インクが常の手紙とはまた違った重みを感じさせるそれを、加賀はその細い白魚の指で以ってこれまた無造作に開いた。

 

「『北方提督は最早八海域を制圧。そちらも二海域に充足することなく深海棲艦を駆逐すべし』ですか」

 

彼女の行動に、一般的な感傷とか緊張とかいったものは無縁に見える。

 

が、これでも提督の叱責を自身の失態として捉え、一層奮起せねばと思うくらいには彼女も彼を想っていた。

 

「そ。辛いもんだよね」

 

「……攻略を急がせますか?」

 

一年を掛け、仮称スービック鎮守府はルソン島近海から南方資源地との補給線を確固たるものとし、その資源を遠く三拠点の一つである横浜鎮守府に各資源1000の4000対1のレートで資源と高速修復剤を只管備蓄。成果はともかく余剰資源だけならば各鎮守府と比べても群を抜いている。

艦載機も補給補填などの事前準備に適した提督の持つ霊格のお陰で最上に近いものが揃い、練度も一日二回のルーチン出撃によって最高にまで上がっていた。

箭についた二層の矢印めいた印こそが、その証である。

 

食料も本土と何ら変わらぬ上質な物を大量に運輸して来ることで、艦娘たちは資源と食料に恵まれている非常に水準の高い生活を送れていた。

 

他の鎮守府と比べても配慮の行き届いた環境であるが故に、彼女らの士気は非常に高い。一旦号令をかければ南西諸島海域などは忽ちの内に制圧するであろう。

 

「俺は君たちの戦闘に潤沢な資源を投入できるように資源地を戦略的に確保・維持するのが役目だから、攻めるなら加賀さんに任せるよ」

 

「では、二週間後に攻略を開始します。提督が収集した情報を使用させていただけますか」

 

「いいよ。四海域分だけど、どこまで?」

 

「全てです」

 

加賀という正規空母をモデルとした艦娘は、外見的魅力に優れる。クールビューティの権化であるかのような怜悧さを感じさせる美貌に、一房靡くサイドテール。彼女らしからぬ癖っ毛もまた、その魅力を引き出している。

更に、スタイルもいい。出るところは出ているし締まるところは締まっている、理想的な体型だった。

所謂美脚というべきすらりとした脚に黒のニーソックスを履いている時はもう、絶対領域と呼ばれる部分にしか目がいかないほどの圧倒的な、魅力。

 

まあ、彼女は如何にも『できる女』のような外見をしている。少し頭の弱いところもあるが、彼女は基本的な面では相当に優秀な艦娘であり、女性だった。

 

「どうよ」

 

「まあまあね」

 

素直じゃない反応を示し、加賀はじっくりと見終えた四つのファイルを閉じる。

敵編成のパターン、思考回路。予測進路にこちらが使える海路がいつ開き、いつ閉ざされるか。閉ざされた場合の退路はどこにするのか。

 

通常何十にも及ぶ試行錯誤と幾隻かの艦娘の犠牲によって手に入れられるであろう情報と敵方の装備と味方の装備の対比がわかりやすく数字で示され、そこにはあった。

 

「作戦は任せるけど、退き時は俺が判断する。いいな?」

 

「そんなものは今更でしょう」

 

その会話からキッカリ二週間後。

命の保証などどこにもない海色に、艦娘たちが出撃した。


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