提督と加賀   作:913

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はこだて様、R.M様、評価いただき感謝です。
U-cha!!!様、十評価ありがとうございました!

あと一個で六十個。もはや目が眩みそうです。
というか皆加賀さん好きね(断定)。


五十四話

「クリスマス、か」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、別に何がどうということでもないんだけどね」

 

初期メンプラスビスマルクプラス五航戦を集めてのクリスマスパーティーの如何に成功させるかという会議で、提督は木曾の問いを受けて露骨にため息を付いた。

自分が大学生の頃はこんな美人軍団と共に円卓を囲むようなことはせず、男臭い連中と繁華街を歩くカップル共に舌打ちをしながら焼肉屋に入って酒をかっ食らっていたものである。

 

それがどうしてこうなったかというような悩みはあったものの、それ以上に時代というものの変遷を感じずにいられない。

 

五年前は家を爆撃されて母方の実家に居た。

四年前は今以上にじゃじゃ馬ではあったが人間不信になっていなかった純真な加賀と赤城と共に呉鎮守府に居た。

三年前は艦娘たちとは冷戦状態で、一人寂しく酒を飲んでいた。

二年前は艦娘たちからそれなりの信用は得ていたが三年前とは比べ物にならないほどに戦局が悪化していて、飲む酒もなかった。

一年前はまだ戦っていて、皆で戦勝祝いのような形で少し飲んだ。というか、少ししか飲めなかった。

 

今、酒も食糧もある。プレゼントすら用意出来ている。

 

「別に俺が何をやったわけでもないけど、こうしてみると感慨深いもんだよ」

 

日本酒を飲んでいる木曾と、ビールを飲んでいるビスマルク、その頃いなかった五航戦以外のその場に居るほとんど全員が、手酌で酒を飲んでいた提督の感慨深げな視線から目を逸らした。

 

大なり小なり、目を逸らした艦娘たちは提督を信じられなくなったり、辛くあたったりなどしている。

それは些か以上に仕方ない環境に放り込まれたから仕方ないとはいえ、本来善人である艦娘たちには開き直ることができていなかった。

 

提督に皮肉るような意図がないとはいえ、である。

 

「そ、そうだね……」

 

珍しく本島の鎮守府に帰ってきた飛龍が目を逸らし、逸らした先の蒼龍も目を逸らす。

 

「だ、だよね、先輩?」

 

その先に居た赤城は茶を啜り、なんの躊躇いもなく加賀を見て、加賀は心中であたふたとした後に少し咳払いをする。

 

ぶん投げられた問いを、何の後ろ向きな感情も抱いていない五航戦にぶつけるわけにもいかず、加賀は処理を迫られていた。

 

「……提督。感慨に耽るのはいいけれど、今は先を見ることが肝要よ」

 

「まあ、そーだね」

 

貧乏くじを引いた加賀が、無意識で彼女らの痛いところを抉り抜いた提督の追撃を阻み、場は一先ず安定する。

 

時は12月23日。駆逐艦中心のクリスマスパーティーは明日。空母寮や重巡寮や軽巡寮でも、謂わば前夜祭が行われていた。

 

その頃対馬では惨劇の幕が開かれていたのだが、そんなことは彼女らは知らない。年に一度の大規模休暇だったのである。

 

そのコミュ力と非凡な実力を買われていつもは外洋で兵站警護と輸送船団の護衛に従事している鈴谷と、支島の支部をパターンを変えてぐるぐると回り続け、防空と鈴谷と同じくらい輸送船団の護衛に従事している二航戦も、この日ばかりはお休みだった。

 

支島鎮守府は大淀が管理する物と、鳥海が管理する物がある。

 

それぞれ三十隻ずつの戦力が振り分けられており、輸送船団の護衛は任されていないことから、本島の鎮守府と戦力は拮抗していた。

 

「鳥海は明日、大淀は明後日やるらしい。索敵も警戒も輸送船団の護衛も任せて、我々は骨を休めよう」

 

一応の計画は立てていた為、ただの穴埋めで済んだ会議はお開きとなり、すぐさま宴会が始まる。

 

「この修羅場な世界に祝福をってことで、おつかれさーん!」

 

「おーっ!」

 

ノリのいい鈴谷が音頭を取り、各艦娘もめいめい好きな飲み物をグラスに入れて乾杯する。

 

周到且つ入念に警戒網を敷いたからこその恐ろしく平和な空気が、この比島鎮守府には流れていた。

 

「鈴谷、おつかれー」

 

「ほんっと、疲れたぁ……調整とかそう言うのがマジ面倒かったんですけど」

 

渉外、と言うのか。艦娘が一手に輸送を引き受け、護衛も艦娘がこなすことを考えれば単純にその必要人数は膨大なものとなる。

必然的に、細々とした輸送ならばともかく大規模な輸送ならば民間の輸送業者を頼るしかない。

 

その手の業者との交渉を、この鈴谷は担当していた。謂わば縁の下の力持ちとでも言うべきか。

 

「でもそのお陰で、暮らしも戦いと安定してきている。ありがとな」

 

「まあ、いいけどさぁ。いい加減鈴谷も戦いたいなーって」

 

鈴谷の練度は八十代前半。九十代が三人居るこの鎮守府では、七位にランクインする。

つまり、『高練度の艦娘を突っ込んで艦隊を組め』と言われれば、あぶれるのだ。

 

余談だが、何故六隻なのかと言えば深海棲艦が作る領域には、入ることができる艦娘に制限が課せられることが多いからである。

基本的にはその手の小細工に長けた深海棲艦がまだ出てきていない為か、『六隻まで』というオーソドックスなものが大半になっているが、それでも充分に小賢しかった。

 

提督は何故かその深海棲艦側の領域をハッキングできる為、嵐のような物量で殴り殺せるのではあるが。

 

「鈴谷は確かに強いよ。でも俺は何よりも、そのコミュ力を評価してるんだけどね」

 

「それは嬉しいけどさー」

 

前任者を交代させるには、過失がなくてはならない。鈴谷にとっては残念ながら、提督にとってはありがたいことに、鈴谷に過失は今のところはない。

過失を作れば交代できることを、或いは交代のきっかけを作れることを鈴谷もわかっているであろうが、彼女は自分の欲望の為に公務を蔑ろにできるほど不真面目ではなかった。

 

だが、一個の戦力としての鈴谷が魅力的なことは確かだろう。

ドイツから来たビスマルクの鼻っ柱を叩き折り、今に至るまでのトラウマと重巡洋艦に対する警戒を生ませたのは彼女なのだから。

 

「やっぱ重巡の本懐は戦闘じゃん?」

 

「それはそうだけども、補給も大事だからなぁ……」

 

正直なところ。

戦力としての鈴谷を必要とする程の敵が今は居ない。

 

「そんな敵が出たら、頼むよ」

 

「ぶーぶー。提督のケチぃー!」

 

頬を膨らませて何だかんだ言いながらも、公務はこなす。

その辺りは全幅の信頼を置いているため、提督はどこで使うかと言うことを相談することを思案し、思いついた。

 

「飛龍、ちょっといいかな」

 

「はい。何かありましたか?」

 

ぶーぶー言っていた鈴谷が飲み物のおかわりに行くということで別れ、提督は飛龍に声を掛ける。

 

外洋で警戒任務に従事してるだけあって、飛龍の肌は健康的な小麦色に焼けていた。

 

「警戒任務の時って、敵に出くわす?」

 

「まあ、輸送船団に手を出させる前に敵を叩くのが任務だからね。敵には出くわすし、叩きに行くよ」

 

提督の異様な広範囲を誇る索敵網をリンクさせて、敵が接近し次第激撃に向かう。

敵わないようならば、輸送の中止を護衛艦隊に伝え、付近の三島の内のいずれかに救援を乞うというのが飛龍を旗艦とした二航戦の任務だった。

 

「鈴谷って入れてやれるかな」

 

「心強いけど……輸送船団との揉め事で頭が痛くなりそうじゃない?」

 

「それはそうなんだけども、戦いたいらしくてさ」

 

「うーん。まぁ、こちらは全然構わないんだけど―――」

 

後任はどうするかというものを考えたほうがいいという的を射た指摘に、提督はもっともだと頷く。

 

個人の力量に頼っているようでは、いまいちシステムとして確立させたとは言い難い。

 

「誰がいいかね」

 

「木曾とかは?」

 

「戦闘部隊の隊長なのに、いいもんかね」

 

「そう言ったら、鈴谷だって元は艦隊率いてブイブイ鳴らしてたわけだし……言ってみたら案外すんなりと通るかもしれませんよ?」

 

赤城が隙の無い研ぎ澄まされた刃のような武人なら、木曾はおおらかな東洋豪傑風の武人だと言えるだろう。

 

人に好かれやすい、そんな頼れる雰囲気を持っていた。

 

「……案外、ベストかもな」

 

「ふふん、どぉよ。意外と私も見てるでしょ?」

 

「うん。正直なところ、そっちは蒼龍の担当かと思ってたよ」

 

戦闘指揮官としての側面が強過ぎる飛龍の意外な一面に驚き、感心する。

軍艦と言う数値化されたステータスを持っているから勘違いしがちだが、艦娘は内面の成長で戦力として強くなりもするし弱くなりもする。

 

カタログスペックだけで判断できるわけではないところが、艦娘は兵器だと断言できない証拠だといえるし、状況の改善への布石になり得るのではないか。

そんなことを考えつつ、提督は彼に任せられている『情報収集権・人事権・開戦権』の三権の内の一つを使うかどうかをも思案していた。

 

(もう一戦隊預けてもいいのかもな)

 

一航戦はその制圧力から、一隻プラス重巡洋艦二隻プラス戦隊で組ませ、分裂させている。

二航戦・五航戦は分裂させていないし増員もしていなかったが、二航戦は増員してよいのかもしれない。

 

「提督?」

 

「…………ん、いや」

 

急に黙ったのを訝しんだのか、飛龍が片眉を顰めて首を傾げた。

こう見ると二航戦は普通に女子大生、といった感じだろう。

 

歴戦の、が枕詞に付きかねない覇気と壮気があるから、普通にではないが。

 

「飛龍は、もう一戦隊率いれそうか?」

 

木曾に頼んで、加賀とビス子に相談する。

割りと色々やることが増えたことを認識しつつ、提督は飛龍に問うた。

 

こちらがどうするにせよ、まずは本人の意志を訊いてからである。

 

本人のことで蚊帳の外に置かれたくはないだろうという、提督の気遣いだった。


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