提督と加賀   作:913

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対馬にて

対馬は日本の国防上での要所である。

 

基地を設置されれば常に日本の殆どが空襲の範囲に入ることになるのだ。

故にこの基地に駐屯している艦娘たちは先の討伐戦でも動員されず、精鋭として名を馳せている。

 

その鎮守府に所属しているのは航空母艦八隻と軽空母六隻、戦艦四隻を基幹とした八十隻。練度はいずれも五十を超えており、日本海側の鎮めとしては十分な戦力だと言えた。

 

南方艦隊への鎮めと資源地の堅守という任務を帯びている比島鎮守府の百二十隻と大本営の百五十隻には劣るものの、五十隻と言うのは北方のキスカ島を基幹とした群島型鎮守府の主である南部提督の百隻に次ぐ。

 

これは大本営が如何にこの方面を重視し、占領されることを恐れているかということを如実に表していた。

 

幸いにも日本海側の深海棲艦は弱く、エリート、フラッグシップと呼ばれる個体も少ない。

 

南方ではよく湧くフラッグシップ改と呼ばれる一般の深海棲艦の最終形態というべき個体も、ここでは湧いたことがなかった。

 

ここで未だかつて深海棲艦と大きな戦いが行われていないからなのか、それとも太平洋戦争時に海戦と言う海戦が行われていないからなのかはわからないが、この鎮守府に駐屯している艦娘と提督には幸いであることには変わりないであろう。

 

しかし今回に限っては、彼女等はその交戦経験の不足が祟った。

 

「交戦終了」

 

展開していた攻撃隊を収容し終え、加賀は呟いた。

無論対馬に居る彼女は、南方で提督に懸想している彼女と同一個体ではない。

 

極めて当然のことだが、対馬に居る存在が同時に比島に居ることはできないのである。

 

大本営は、索敵機というものを軽視しがち。

提督こと北条氏衡が時々漏らすフレーズは、この鎮守府にも遺伝していた。

 

と言うよりも、空母に索敵機を積んでいる余裕がないと言うべきか。

艦娘自身の練度は高い物の、この対馬鎮守府の艦載機は練度が低い。

 

対馬提督にとって艦娘は大事にすべきものだったが、艦載機は戦艦で言うところの所謂『優秀な弾』であり、消耗するのが前提の物だったのである。

 

故にその航空母艦の高い練度に比して未熟な艦載機が多かった。

もっとも、世間一般の枠から見ればエースと呼んでいい物も居たが、それでも敵と戦う時は艦戦・艦爆・艦攻をガン積みしている。

 

太平洋戦争時の現実の空母と同じように、良い機体に乗れたから敵の旧機体に必ず勝てる、というものでもない。

敵の旧機式艦戦に未熟な妖精が乗った烈風が何機も叩き落とされるなど珍しい事態でもなかった。

 

だからこそ空母には索敵機を積まない。一つでも多くの弾を積み、敵を爆撃し、雷撃し、敵の弾を止めねばならないのである。

 

自分の艦載機隊が今回も五分の一ほどの損害を受けていることを見てため息をつきながら、対馬の加賀は鎮守府に帰還すべく身を翻した。

 

同僚である赤城や蒼龍、飛龍もそれに続く。

 

「今回も、安定して勝てましたね」

 

比島に居る同一個体と比べれば随分と柔らかみある―――詰まるところはまだ甘さのある赤城は、同一個体と比べてもその鉄面皮さが変わらない加賀は、頷いた。

 

対馬鎮守府の担当である日本海付近は、強力な深海棲艦が湧きにくい。

五年程の統計でしかないが、そのことが証明されている。

 

「本土は色々あるみたいですけど、大丈夫でしょうか?」

 

「叛乱、だっけ。そんな余裕なんて無いのにね」

 

護国、という概念を刻み込まれて建造された後期型の艦娘らしく、二航戦の二人は本気で国の行方を案じていた。

因みに初期型である加賀等も、相当酷い目に合わない限りは『護国』という念を持っていたのである。

 

裏切られたからこそ、忠誠心の対象が概念から個人に変わってしまったわけであるが。

 

「まあ、私達を引っ張り出していないということはそれなりに余裕があるのではないかしら」

 

本気で重大時になれば、なりふり構わないだろう。

冷静な現実感覚を持つ加賀からすれば、大本営はまだ切羽詰まっているわけではない。建造の元締めや艦娘の機密を握っているだけに、まだまだ底力があるのだ。

 

少なくとも各鎮守府はそう信じていたし、その認識は間違いではないだろう。

何せ、二百隻ほどの艦艇と艦娘及び深海棲艦を対象とした研究施設を持っているのだから、その戦力は不気味でもあった。

 

「……それにしても、最近深海棲艦の挙動が不気味ですね」

 

赤城が漏らした言葉に、殆ど全員が頷く。

各鎮守府に攻め寄せ、一次攻撃の後に手応えのなかった鎮守府に第二波を撃ち込むのかと思えばそうでもない。

 

兎に角統一性を欠き、作戦に粘りがないのだ。

 

この頑強な抵抗であっさりと敵を蹴散らしたこの鎮守府に向けて、Eliteでもない戦艦ル級を五隻と空母ヲ級四隻、随伴の駆逐艦と軽巡を三隻ずつと言う適当な有り合わせの艦隊で派遣したことでもわかる。

 

戦艦二隻、航空母艦六隻と軽空母二隻、重巡四隻と軽巡四隻、駆逐艦二十隻という大艦隊でこれを迎撃、今は鎧袖一触に滅ぼした帰りだった。

 

「いつも統一された戦略が行われていたわけではありませんし、そう気に病むこともないんじゃないですか?」

 

飛龍の一見慢心に取れる言葉も、一理ある。

事実として深海棲艦の行動は不可解なことが多かった。

 

レイテで加賀提督こと北条提督の艦隊が敵の姫級を複数含む艦隊を撃滅した時、深海棲艦はまだまだ余力がありながらも退いて戦線を立て直し、結果として日本に態勢を整え直す時間を与えている。

 

主な奇妙と言えばそれだが、大小様々な奇妙が積み重なった末に、この戦局の硬直があった。

 

個々が独立して、統一されないまま波状攻撃を仕掛けられているような気がするのである。

 

「……でも、これが統一されたらと考えるとゾッとしませんね」

 

「もうすぐクリスマスなのに、どこも案外余裕ないよね……」

 

掛け合いの相手である前向きで陽気な飛龍とは違い、慎重派な蒼龍は思わずといった形でそう呟いた。

元々、戦力でも練度でも負けている。辛うじて戦線を維持できているのは大本営が戦力の補填に走り回り、或いは冷徹に切り捨てて多を生かしてきたからだった。

 

それに反発したのが那須元中将であり、耐え切れなかったのが北条中将であろう。

旧型を見捨てる代わりに最新鋭艦を集めた艦隊の提督にすると言われ、新しいポストがあるとわかってなお保身を計れなかったのが彼なのだ。

 

新世代の提督の指揮下である自分たちにそのことはわからないし、自分たちの提督もわからないだろう。

だが、本来は大本営も北条提督を使い潰す気はなかったはずだった。

 

「何とか、かの二勢力の関係を修復できないものでしょうか」

 

「無理だと思うなー。上がそれを受け入れても、下がうるさいでしょ」

 

翔鶴が言い、瑞鶴が返す。

流石にベテランなだけあって、この六隻は非常に視野が広かった。

 

だから、だろう。

 

彼女等を根こそぎ葬るべき罠が、戦略レベルで用意されていたのは。

 

この帰還途中の平和な会話を、既に艦載機を放った敵は聴いていたわけではない。聴いていたからこそ、攻撃を仕掛けたわけでもない。

 

ただその敵たる深海棲艦は、彼女の前では警戒など無意味であるということを、彼女も彼女の相棒も随伴艦たちも知っていた。

 

『慢心モ、油断モ、警戒モ、無意味デス』

 

移動式のフロートに巣食った、腰まである白髪を綺麗に後ろに流した深海棲艦の口元が黒い茨のような艤装に包まれている。

 

くぐもったような、片言のような喋り方は、そのせいなのかも知られなかった。

 

その移動式のフロートの横に立つのは、白い尾のようなサイドテールに、美しくこれまた白い後ろ髪を持った深海棲艦。

紅い目には浮かぶ感情は凪いでいながらも、どこか仄かに激情がある。

 

通常の個体よりも髪の長い重巡ネ級と、黄金の左眼に切傷があり、右眼が白い仮面に覆われた雷巡。

 

たった四隻で、この艦隊は一方面を担当していた。

 

第二波と呼べる寄せ集め艦隊で釣り、周囲に予め配置しておいた空母群で一挙に殲滅。そのまま対馬を占領する。

 

それが、この二人の姫級と重巡ネ級と雷巡チ級の亜種を統率する深海棲艦の上位個体が立案した作戦だった。

 

『ここで、滅ぼす』

 

統率する個体は、後に言うところの空母棲姫。

すらりとした、けれど感情をあまり感じさせない淡白な喋り方をする空母だった。

 

移動式のフロートに巣食った深海棲艦の上位個体―――所謂姫級から第一次攻撃隊が発艦し、それから五分遅れて空母棲姫の艦載機群が飛び立つ。

 

数十分前にアウトレンジで放たれたこの艦載機群を、先の対馬艦隊が事前に察知することはついぞ無かった。

 

第一次攻撃隊は、空から湧き出たように唐突に、六隻の空母群の直上に現れたのである。

 

「な―――」

 

驚きの声を上げることも許されぬまま、まず加賀が被弾した。

三発の爆弾と四発の魚雷を受け、瞬く間に脚が膝まで海水に漬かっていく。

 

咄嗟に空を見上げた赤城も五発の爆弾は回避できたものの、雷撃で足を止められ、続いた六発目に中破させられ、トドメの七発目で沈められた。

 

飛龍と瑞鶴は飛行甲板を楯にして一発の爆弾を防いで損傷したものの、結果的に雷撃の回避に成功したが、蒼龍と翔鶴は同じような末路を辿る。

 

我に返った駆逐艦たちが対空射撃を打ち上げるにあたって数機が火を吹いた。

 

あまりの出来事に呆然としている彼女らに、更なる爆撃と雷撃が襲いかかる。

艦娘の戦いは、艤装そのものが人間大に縮小されているだけあって本来のものより射程が短い。本来半ば敵の艦影が視認できるような近距離で戦うことが多かった。

 

それは空母も同じことであり、電探の射程もそれほど長くない。だからこそ提督の索敵範囲が異様に広い異能が珍重されるのである。

 

完全に虚を突かれた艦娘たちは、電探を持っている艦娘は電探を、持っていない艦娘は視界に頼って艦載機が飛来してきた方向に目を凝らした。

 

「水上電探に感あり!」

 

「何故今まで気づかなかった!?」

 

後ろから聴こえた僚艦の怒声混じりの問いに、電探を持った駆逐艦娘はわけがわからないと言うような面持ちで振り返る。

 

「わかりません……位置からして、少なくとも三分前には察知できていたはずなんです!」

 

「対空電探も同じような状況です。敵はステルス機能かそれに類する物を備えていると思わえます」

 

では何故今頃になってステルス機能を解いたのか。

 

わからないことが、多すぎた。

一先ず艦隊を立て直し、中破未満で済んだ飛龍が悔しさと不甲斐なさに唇を噛み締めながら鎮守府に状況を報告する。

 

《大雑把でもいい。すぐさま戦闘詳報に纏めて大本営と比島に報告をあげろ。大本営ならば心辺りがあるかもしれない。比島も同様だ。付近の鎮守府に援軍要請を―――》

 

そこまで言って、飛龍の耳を爆音が震わせる。

付近で起こった物では、無い。

 

「提督!?」

 

ショットしたようなかすれた音声と後方にあがる黒煙が、事実を物語っていた。

 

『……これで、投了よ』

 

色素が抜けたような白い肌に、血を凝縮したような赤い瞳を持った姫級が、静かな絶望を告げていた。


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