提督と加賀   作:913

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四十九話

提督は『クリスマスまでには帰ってくる』という由緒正しき未帰還フラグを建てておきながら、キッチリそのフラグをへし折った。

いわば彼が使ったのは『敢えてへし折ることが可能なフラグを建てることによって不慮の事故を防ぐ』というような高等テクニックだったのだが、そんなことは本人も聴いた艦娘たちも知りはしない。

 

帰還してから二日後。提督はビスマルクを連れて繁華街に繰り出していた。

 

「で、何をしに行くの?」

 

「クリスマスですよ、ビス子さん」

 

大きめの靴下に詰められていたであろう大量の手紙を肩掛けバッグから数通だしてチラチラと見せながら、提督はどこか得意げな顔で二日後にあるイベントを告げる。

その得意げな顔を見て。ビスマルクは少し驚いた。

 

この顔を見るに、大本営から艦娘をいたわるべく予算がついたのだろう。ブラック企業めいた雰囲気のある日本が、こんな切羽詰まった状況で催し物にたいして経費を出す余裕を持っていたとは。

 

この比島鎮守府は割りと本気で余裕があるが、こんな余裕がある鎮守府は日本どころか世界にもそうはない。

その働きをいたわるためにも、この判断は良い部類に入るのではないだろうか。

 

「経費で落とせたのね?」

 

「自腹です」

 

いつもの艤装を纏っている時の履いてないファッションとは打って変わって、ビスマルクはキチンと長めの脚にフィットするデニムを履いている。

トレードマークの軍帽は被っていないし、メリハリの付いた身体のラインが浮き出るボディスーツは着ていない。

 

代わりに着ている黒いセーターと灰色のコートの暗さに、砂金が河となって流れているかのような金髪がよく映えていた。

 

平たく言うと、美しい。それだけに、少し黄昏れたようにそっぽを向く姿も、通り過ぎる人々の目を惹いてしまう。

 

『こんな美人相手に何やってんだ』というような視線に四方八方から貫かれ、提督は少し居た堪れなくなった。

 

「おい、ビス子」

 

「何かしら?」

 

とは言っても、ビスマルクが黄昏れていたのは殆ど一瞬に過ぎない。彼女は元来明るい性格をしていたし、切り替えも速い。

このようなある意味『いつものこと』をいつまでも引き摺るほどヤワではなかった。

 

「何故黄昏れる」

 

「それはまあ、ある意味予想通りだったからよ」

 

正直なところ予想外であってくれた方が良かったと、ビスマルクの言葉が告げている。

何が予想外であってくれた方が良かったのかは彼にはわからないが、クリスマスパーティーをやることに関しては悪感情を抱いていないように思えた。

 

彼女としては、開催費が経費で落ちて欲しかったのであろう。理由はよくわからないが。

 

「で、プレゼントを買いに行くわけかしら?」

 

「うん」

 

主な対象は駆逐艦。軽巡・重巡・空母組は対象外となっている。

サンタは居ないが子供たちにプレゼントを渡す二十代前半の提督は、ここに居た。

 

因みに対象者は八十七人。一人二千円の旧代相場のお手軽コースでも174,000円であり、物価の高騰を考えれば百万に届くことは疑いがない。

 

なにせ、ビス子が持参したゲームが筐体だけで十五万。提督も加賀に仕事を任せた時にする、携帯用のアレが、筐体だけで十五万なのだ。

 

カセットはダウンロード方式を取っているから安いが、筐体はそうはいかないのである。

 

「合計金額は?」

 

「3,756,800円。食費は除外、クリスマスプレゼント非対象者へのお疲れ様賞は込みで」

 

提督は無自覚で軍閥を率いているようなところがあるとはいえ、紛いなりにも軍人。つまるところは公務員。

アイドルやら何やらが廃れた世紀末世界においては、スポーツ選手やら何やらに次ぐ高給取りだった。

 

「まあ、これはいいんだ。まだまだ金はあるし、使い道もないし」

 

年収の五分の一が一日で消し飛ぶクリスマスパーティーとは何か、とも考えなくもないが、参加人数が尋常ではない。

当たり前かな、と金銭感覚が麻痺しかけた頭で頷き、ビスマルクはふとした疑問を口にした。

 

「博打はしないの?」

 

娯楽が断線しがちなメディアと、ゲームだけ。毎日が息が詰まるような緊張感にある軍人は、得てしてその気鬱を発散させる為に様々な娯楽に手を出すことが多い。

 

博打は、その代表格であろう。勝ちも負けも派手なところが、どこか彼らの琴線に触れるのかも知れなかった。

 

「暇潰しにやってたよ。だけど、出禁喰らった」

 

「出禁?」

 

「うん。イカサマ対策に加賀さん連れてって、適当に賭けてたらあれよあれよいう間に一財産築けちゃってさ。それにまあ、それからは顔出せるほど暇でも無かったしね」

 

おおっぴらなイカサマをしようとすれば加賀が物理的に潰し、下手な小細工をしても提督が勝つ。

 

彼は生来運が良かった。日常生活に於いてはそうでもないが、勝負事に対する時のそれは尋常なものではなかったのである。

 

「Admiralも、大変だったのね」

 

「まあねぇ」

 

やはりビスマルクは陽性だと、提督は改めて感じた。

この手の苦労話を加賀とやると、語気が暗くなる。それはそもそも暗い話なのだから当然のことなのだが、ビスマルクにはその陰性を陽性に転換できる才能があるらしい。

 

声に含まれた明るさもあるのだろうが、元来陽気なのだろう。そこのあたりは、加賀には無い魅力だった。

 

(俺が政略の話を持ち込むのも、不思議とビス子の方が多いからな)

 

政略には暗さが付き纏う。

元々明るい性格とは言えない加賀にこのような話を振れば、恐らく確実に暗くなった。

 

しかし、何となくビスマルクと話せば明るくなる。暗いドブを覗き込むような行為をしていることには変わりないが、そのドブの暗さが僅かなりともマシに見えることは確かだった。

 

「まあ、今はとりあえずあの娘たちのプレゼントを買うことに専念しましょう。何もこんな時に、話をすることもないわ」

 

「全くそのとおりだ」

 

常に三歩ほど斜め後ろを慎み深く付いて来る加賀とは違い、ビスマルクは常に隣を歩く。お国柄の違いとも言えるし、個人的な性格の違いとも言える。

何にせよ、加賀はこの隣を歩けるビスマルクを羨んでいるのもまた、確かだった。

 

じゃあお前も隣に来いよと思われるかもしれないが、そんな簡単で単純な思考回路をしていれば加賀は提督ととっくに結ばれていたはずである。

 

少し気後れしあっているのが、提督と加賀の関係の進行ペースの致命的なノロさの原因であろう。それに引き換えビスマルクと提督の間には気後れなどというものはない。

その辺りの関係も歩き方一つで表れているのだから面白かった。

 

「物価というものが高くなったのに、人はいつでも逞しいわね」

 

艦船として建造された時にハイパーインフレーションを見てきたビスマルクに、その時の記憶があるかは定かではない。

加賀の場合はミッドウェーで沈没する時の記憶がある様な口振りがあった。

 

自分で口に出そうとはしていないが、加賀はそのような風を匂わせることがある。

ビスマルクも死ぬ寸前の記憶がある様な口振りであったし、実際に話しているのも聴いたことがあった。

 

最期の記憶だけがポツリとあるのか、平均的に記憶があるが最期の記憶が色濃いのか。

 

そこのところはわからないが、何となく経験があることは察せられる。

 

「三倍になっても、何となくうまく回っている。いつ決壊して高転びするのかはわからないけど」

 

「高転びする前に、戻ると良いわね」

 

多分無理だろうということくらい、経済に疎い提督にもわかっていた。当然、ビスマルクにもわかっていた。

 

しかし、現状認識と願いは必ずしも一致するものではないし、一致せねばならない理由もない。

 

そもそもビスマルクは兵士であり、提督は一指揮官に過ぎない。政治に関しては門外漢、と言うよりも管轄外。ビスマルクには素養があるが、学んだだけで実践してみたわけではないのである。

軍人は経済

を保持することが仕事であるが、この状態でそれを求めるのは些か酷というものだった。

 

「本当にね」

 

彼の一手ではシーレーンの完全な保持などできはしない。

 

資源地を保持し、堅守する。彼は自身の能力をその程度だと規定していたし、現に彼自身の能力は戦争に向いているものではなかった。

 

後方支援と、関係調整。補給を絶やさず、友軍との連携を密にすることくらいしか、彼はできない。

 

いっそ自嘲的な眼で、彼は自らを見下していた。

 

「今、北と中央と南で分かれているが」

 

ビスマルクがその手の歴史にも詳しいと知っている提督は、主語を出さずに例のみを挙げる。

 

「我々は平家みたいなものさ」

 

「あなたは平家の、誰?」

 

「維盛」

 

「水鳥の音に驚いて逃げた人でしょう、それは」

 

「その程度さ」

 

それは無いだろうというビスマルクの視線を受け流し、買い物カゴに商品を几帳面に積みなから自戒した。

 

その程度の男が優秀な部下を使っているのは、自分の意見に意固地にならないからだと、彼は幾度も己を戒めている。

 

(どちらかと言うと、その父親だと思わないでもないけど)

 

ビスマルクの思った父親とは、平重盛。平家一門の調整役である。

何かと暴走しがちな一門の面々に待ったをかけ続けているところなど、非常に似ている。殆どのキャリアが後方支援と陸軍との折衝交渉だった提督からすれば、親近感を覚えても良さそうなものだった。

 

言えば『そんなに有能でも人格者でもない』と突っぱねられるだろうが、事実として彼が居なくなった瞬間に戦力の大半は消え去るだろう。

 

別に瞬時に轟沈するわけでもないが、士気や何やらがガタ落ちするのは目に見えていた。

 

「一航戦の二人は?」

 

「赤城は盛俊、加賀が重衡。二航戦は纏めて忠度、五航戦は姉が知盛、妹が教経かね」

 

盛俊は平家一の侍大将、重衡は美濃源氏・近江源氏の討滅や水島の戦いで完勝した常勝将軍。忠度は文武両道の達人、知盛は平家最後の総大将、教経は文字通り矢が尽き刀が折れるまで戦った猛将。

 

盛俊・重衡・忠度が全員一の谷の奇襲に敗れて結果的に死んでいることを考えれば、提督の言わんとしているところが自ずと知れた。

 

「やる気はないわけね」

 

「ない。怖いから、勝てる戦を勝手知った場所でやる」

 

来たらやるが、来なければ放置。基本的に内部での騒乱には日和見をするのが彼の基本スタンスである。

だから南部中将こと長門提督も、那須退役中将もとくに声をかけようとしなかった。

 

彼等からすれば、自分たちや大本営、各鎮守府に資源を供給している提督の鎮守府を敵にしようとはしなかったし、過去何度かあった政変もどきでも完全に沈黙しているだけで何もしていない実績から、味方に付けることを諦めている。

 

深海棲艦南方艦隊を完全に抑え込んでいるだけで、御の字だと思っていた。

 

大本営はそれに満足していないが、彼は元々あまり内ゲバに介入する気もなかったし、今回の珍しくやる気を出した介入で、もうほとほとやる気が尽きている。

叛乱の動機に共感出来てしまったし、もうこれ以上醜い人間を見ることにあまり積極的にはなれないのが本当のところだった。

 

「正直なところ、南方資源を囲い込んでいれば早々本土は飢えないし、艦娘達も実力を発揮できるはずだ。あとは本土の方々に任せよう」

 

「……」

 

本音を言えば、それはどうかしらとビスマルクは言いたい。内乱が現に今本土で起こっているわけだし、四国に一艦隊が上陸したいう風聞もある。

この風聞は提督を異能を利用した壇で示されたものであるから、ほとんど間違いのない情報なのだ。

 

どちらかを叩き潰すなりなんなりして内乱を強制終了させるか、その調整能力を活かして何とか講和させる他にない。

何にせよ、深海棲艦という強力な外敵と戦うには人類と艦娘は一丸となるしか打開策はなかった。

 

(まあ、今からどうにかなる問題でもないわね……)

 

当人たちの間で一応の解決がみられるまで放置した方がいいだろう。下手に首を突っ込めば思わぬ反撃を被ることにもなる。

 

でも一応手は打っておこうと、ビスマルクはあることを提案した。


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