提督と加賀   作:913

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二十話

「第一次攻撃隊、全機攻撃完了しました。損害は雷撃機一、爆撃機一。敵の損害は重巡四、軽巡三、駆逐四。第二次攻撃隊の発艦を求むとのことです」

 

蒼龍の報告を聴き、加賀は微かに一つ頷く。

 

「五分後に第二次攻撃隊を全機発艦。その後に第一次攻撃隊の艦載機の帰還作業に移ります」

 

敵戦艦の射程距離に入ることなく、三艦の航空母艦からなる機動部隊は僅かな余裕と相当の警戒をもって水上を直進していた。

加賀が敵航空母艦の艦載機を一機残らず叩き落としていたものの、敵航空母艦が四隻で終わるとも限らない。

 

航空母艦同士の戦いにも備え、加賀は直掩に艦戦を充実させている。

が、戦艦に比べて防御力に劣る航空母艦にとっては、回避行動も重要。故に、別な海域にも索敵機をやっていた。

 

「索敵機から入電。『敵増援ノ可能性ハナシ』」

 

「現在の艦隊が敵の現有戦力、ってことかな?」

 

「であろう、と思われます」

 

ビスマルクが巧みな砲火の集中運用と攻撃指揮で練度の低い寄せ集めの自艦隊を統率し、何とか轟沈艦を出さずに立ち回っている。

優秀な機動力に任せて攻撃と回避を繰り返すという彼女の艦隊運動は、低練度な艦とやると燃料消費が激しい上についてこれないというデメリットしかないものでしかなくなってしまう。本来は『敵の砲火に当たらず、自艦隊の砲火を集中できる』、人型という小回りの利く形状を活かした艦娘ならではの合理的なものなのだが、それにこだわってばかりでは敵に負けるよりも早く状況に負ける。

 

「五分」

 

「第二次攻撃隊、全機発艦!」

 

放たれた矢が爆撃機と雷撃機の群れへと変わり、数秒のラグもなく編隊へ。

南方海域の猛者たちと戦い続けてきただけに、キビキビとしたその速さには練度の高さが光っていた。

 

一方で、蒼龍と飛龍の放った第一次攻撃隊によって隊列をズタズタに引き裂かれた敵艦隊の混乱に付け込むようにして

ビスマルク率いる残存艦隊は敵戦艦を何れも大破・轟沈に追い込むことに成功。敵旗艦である戦艦棲姫もビスマルクの砲撃によって障壁となっていたシールドが破断され、四基ある砲塔の内三基の旋回装置を故障させている。

 

敵水雷戦隊を第一次攻撃隊が叩いた今、隊列を崩した敵に対して最早速度を落として距離を敢えて詰めないようにするなどという調節は必要なかった。

 

「長門、損傷した艦艇を揚陸してちょうだい」

 

「承知した」

 

旗艦である戦艦棲姫をビスマルクとの真っ向からの殴り合いで砲火力を四分の一以下にまで抑えられ、一翼を成していた水雷戦隊までを壊滅に追い込まれた敵を一点突破し、大破・中破等の損傷艦艇を長門と数隻の護衛艦に任せて回頭する。

 

彼女の指揮下に残された艦艇は五隻でしかないが、何れも練度四十を越える艦だった。

平均六十の日本での軽機動重巡戦隊や、本国での混成部隊を率いていた彼女からすれば満足のいくものではないが、それよりも先程まではマシであろう。

 

何せ、実戦経験の無い艦までを引き連れて逃げ延びねばならなかったのだから。

 

「目標、敵重巡洋艦リ級Flagship。敵右翼に砲火を集中しなさい」

 

回頭し、再びのすれ違いざまに砲撃を敵重巡洋艦に叩き込む。

叩き込まれた砲弾は二撃めで敵のシールド防御を打ち破り、忽ちの内に轟沈に追い込んだ。

再度装填し、戦艦棲姫に砲撃を仕掛けるべく距離を詰める。

 

「シズミナサイ……!」

 

同時に、戦艦棲姫が唯一稼働可能している砲塔の二門をビスマルクに向けた。

 

「Feuer!」

 

中盤から旗艦同士の殴り合いの様相を呈してきた

この横浜大木の艦隊決戦であったが、戦艦棲姫の

放った二弾ははたき落とされ、三十八センチ連装砲

からカウンター気味に応射された一式徹甲弾が戦艦

棲姫の艤装を完全に仕留めきったことで終焉した。

「三人居なければあんな無様は晒さないのよ」

 

ポツリととんでもない事を言い放ち、ビスマルクは大腿部まで伸びた軍服めいた艤装のポケットから一枚の札を取り出す。

 

それを静かに前に翳すと、沈み行く戦艦棲姫の艤装と魂魄が光の束となり、水底に変わって札へと吸い込まれた。

 

「グラーフの忠告も馬鹿にならないものね。流石はドイツの科学力、と言ったところなのでしょうけど」

 

空に見える二編隊が残敵を掃射し、煤一つ付いていない身体を静かに揚陸させる。

艤装を解き、凝った首を軽く回して解し。

 

横浜に於ける彼女の戦いは、一隻も犠牲を出さず、己も損なわないという理想の勝利という形で終わりを告げた。

 

「攻撃指揮は流石の卓抜さだな、ビスマルク」

 

「あなたこそ、よ。長門」

 

賞賛の言葉を微笑で流し、暫しの間世間話に勤しむ。

この二人は、半年ほど同一の鎮守府に所属していた。

 

秘書艦と客将という極めて渉外的な立ち位置ながら、この二人の仲は非常に良い。

ビスマルクからすれば長門は彼女にとって妹のような存在であるとある重巡洋艦と最期を共にした艦であり、長門からすればビスマルクは己の理想とする艦隊決戦を実際に―――ドイツ方は艦隊と言えるほどの規模ではなかったが―――やってのけ、世界屈指の巡洋戦艦を殆ど瞬殺してのけた北海の姫。

 

お互いがお互いに親しみと敬意を持って接している以上、更には互いに真面目な性格をしている以上、余程のことがない限り衝突することは有り得ないといえる。

 

如何にも和の武人と言った風情の長門と、風雅と貴品ある貴族を思わせるビスマルクの二人が笑語しているその光景に、他の艦娘は立ち入れないような風を感じていた。

 

話してみるとそうでもないが、外国人とはただそれだけで遠慮や怯みを生ませてしまう。

偏見でしかないが、島国、それも深海棲艦によって閉鎖されてしまっているこの世に於いては、しかたなかった。

 

金髪碧眼の艦娘と言えば代表的なところで愛宕がいるが、彼女は目尻が下がった温和そうな風貌をしている。

気の強さと誇り高さを感じさせるキッとつり上がった切れ長の碧眼とシミ一つない新雪の如き肌は、『如何にも』な印象を与えていたのだ。

 

繰り返すが、実際はそうでもない。気は強いし誇り高いが、彼女は幾分か丸くなっている。

 

前よりは余計なプライドが剥がれ、素の部分が出てきていると言えた。

 

「あの!」

 

そんな風貌に何度か躊躇い、小柄な少女が声をかける。

 

吹雪。彼女は特型駆逐艦と呼ばれる新型駆逐艦のリーダー格であり、自然と特型駆逐艦皆のまとめ役となることが多い。

今回もまた、比較的軽傷な他の特型駆逐艦をゾロゾロと引き連れ、彼女は皆に押されるようにやってきた。

 

「何かしら?」

 

長門との会話を一旦切り上げ、ビスマルクは軽く見下ろすような形で吹雪を見る。

身長差的に仕方ないことではあるが、それにしても3、40センチの身長差は大きかった。

 

「あ、あの……」

 

少し怯んだような様子で人差し指を突き合わせ、地面を見ては上にあるビスマルクの高い鼻梁とアクアマリンのような薄い碧色へと上下に漂わす。

 

明らかに威圧してしまったような感じがあることを、ビスマルクはピンと感じ取った。

彼女は、別段鈍い質ではない。特に『姉様姉様』と慕われることが多い都合上、年下の気持ちには敏感だった。

 

「別に焦らなくてもいいのよ?」

 

膝を曲げて腰を落とし、視線を合わせる。単純な目線合わせではあるが、これが案外と効果的であることを、彼女は経験から知っていた。

 

「あ、えーと」

 

まだ少しごもりながらも、吹雪は一回唾を飲み込み、庇ってもらった時に見た勇壮さとは打って変わった優しげな美人顔を見つめる。

大人の女性らしい非常に落ち着いた物腰と、髪が風に靡く度にふわりと香る硝煙とは無縁の花のような匂い。

 

戦っている時に抱いた憧れとはまた別な憧れを抱きながら、吹雪は薄れた緊張を振り払いながら口を開いた。

 

「私と皆を助けてくれて、ありがとうございます!」

 

「いいのよ。気にしなくて」

 

彼女には、これ以上ない程ドヤッと言う顔が似合うであろう。

 

隣に立つクソ真面目な性格をしている長門にすらそう思わせるあたり、彼女のドヤ顔は凄いものがあった。

 

「友軍を助けるのは友邦として当然の義務だもの」

 

鎖骨と胸の間の平坦な部位に指先を置き、目を瞑って胸を張る。

 

ドヤッ。

 

そんな擬音が似合う彼女の耳朶を、規則正しい革靴の音律が打ったその途端、ビスマルクの眼がパチリと開く。

 

「ビスマルク、お疲れ様」

 

「Admiral……」

 

振り向いた無傷のビスマルクに安堵しながらも、加賀を斜め右後ろに引き連れた提督は更に歩みを進めた。

あの褒められたがりのビスマルクも、一皮剥けて大人になったものだ、と。

 

何やらの感慨と共にそんなことを思い、提督はいつもの言葉を口にした。

 

「流石の防御力と攻撃指揮、ってとこかな。見てて安心できる戦いぶりだったよ」

 

「ええ、そうでしょう?」

 

この時点で何か怪しい雲行きを感じた彼は、僅かな不安と共に次なる言葉を待つ。

 

そして。

 

「いいのよ?もっと褒めても」

 

外面と内面が変わっても、ドヤ顔と本質は変わらない。

鈴谷と似たようなものを感じながら、提督は背中から腹に突き通すような視線を受け、犬のくせに猫のように目を細めるビスマルクの軟らかな金髪を撫で回した。


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