提督と加賀   作:913

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十五話

「ビスマルク、何をしているのかしら?」

 

「ドイツから持ってきた戦略SIMをしているの。暇つぶしにはもってこいなのよ?」

 

『Die Vereinigten Staaten』、『Frankreich』、『China』、『Japan』、『Russland』、『Deutschland』、『Vereinigtes Königreich』、『Italien』。

 

Szenario einsと銘打たれた項目を選択すると、それらの候補が出てくるあたり、割りとレトロな趣きがあった。

 

「上から合衆国、フランス、中国、日本国、ロシア、ドイツ連邦共和国、イギリス、イタリア。初期シナリオだから数が多いのが特徴なの」

 

「では、次のシナリオでは減るの?」

 

「Genau.中国とロシアが消えるわ」

 

いずれも深海棲艦に叩き潰された国であることを考えると人類の詰みっぷりがわかるが、加賀はあえてそこを無視した。

 

それよりも、気になることがあったのである。

 

「横についている星は何?」

 

「難易度。星の数が滅亡しやすさだと思ってくれて構わないわ」

 

最も滅亡しやすいのが星の数が5個の中国とロシア。次点で4個のイギリスとフランス。3個はイタリアで、2個には並んでドイツと日本。1個はアメリカ。

 

これが深海棲艦黎明期の勢力図であるとすれば、この星の数は異様なまでに的確だった。

 

「アメリカは飛び抜けた人材が居ない代わりに資源・艦娘数が豊富で、ドイツはまあ、人材・資源・艦娘数が万遍ない配分の初心者向けね。日本は資源・艦娘数が少ない代わりに公認のバグが居るから難易度が低いのよ」

 

専用イベントが用意されている上に専用思考プログラムまでもが組まれ、気がついたら勢力を伸ばしている日本。

『ここで操作を覚えなさい』とばかりに資源・人材・艦娘数の三要素恵まれたドイツ。

数の暴力・大正義アメリカ。

 

これがビスマルクのやっているゲームの三大勢力であり、黎明期における三巨頭であった。

 

「ドイツは艦娘の元となる艦艇があまりいないようだけれど?」

 

「計画だけでも残っていれば艦娘が生まれ得る……ということらしいわ」

 

そちらにも情報は渡したハズよ?、と。

少し不思議な顔をしながら訝しむように首を傾げるビスマルクの眼に、虚偽はない。

 

そもそも、能力に相応しいプライドと気位を持っている彼女が嘘をつくことは策略関係でなければ全く無いのだ。

嘘をつかず、己を恥じず。飽く迄も陽の当たる道を歩むことを決めたその姿には相応の努力とプライドがあった。

 

「計画だけでも、いいと言うの?」

 

「ええ。そちらの未完成艦はよく知らないから詳しく『誰が』とは言えないけど……計画だけでも艦娘という物は、生まれ得るはずなの」

 

話が一区切りついたと考えたのか、ビスマルクは陣営選択をドイツに決める。

迷ったら取り敢えず母国でプレイするというのは、彼女にとって鉄板だった。

 

「だから、ほら。未完成艦も各国に配置されているでしょう?」

 

示された先には、確かに未完成艦を含む艦隊がアメリカ方面で深海棲艦とドンパチやっている。

ゲーム内での出来事を鵜呑みにしたわけではないが、確かにドイツではその認識が普遍的なものらしい。

 

ドイツ連邦共和国海軍監修と銘打たれているらしいパッケージも、ピコピコやっている彼女の右脇にはあることだし。

 

「日本はどうなの?」

 

「専用AIを組まれているだけあって、強いわ。まあ、ある程度伸びたら奪還が止まっちゃうからプレイヤーが操作した方が強いというのはあるようね」

 

「……そう」

 

「…………提督もいるわよ?」

 

直進すればすぐのところを迂回に迂回を続けたような聞き方しかできない加賀が持っていこうとしている到達点を、彼女は直進して正確に突いた。

ビスマルクと加賀が同じような思いを抱いていることは、互いに認識しきっていることである。

 

この状態で彼女の目指す会話の到達点を予想できなければ、とても前線指揮官など務まろうはずもなかった。

 

「…………見せてもらえるかしら?」

 

「相変わらず回りくどいのね、あなた」

 

「余計なお世話です」

 

自覚し、自省してもどうにもならないことを他人に指摘されるほど癪に障ることもない。

ビスマルク本人に嫌味や馬鹿にしたような気持ちがなくとも、語風が呆れたようなものであっても、ムカつくことには変わりがないのである。

 

その言葉を受けてむき出しの肩を少しすくめたビスマルクの欧米人らしい一動作には、自然と漂う気品があった。

到底気品などは付きそうもないオーバーリアクションをしても上品さすら感じさせるあたり、『ドイツ貴族のご令嬢』と揶揄されるほどの、凡そ戦場に立つ者とは思えないほどの挙措の華やかさは健在だと言える。

 

「……運営と統率と情報以外の全てがアレですね」

 

「外から見たらそんなものだということでしょう?」

 

「かもしれません」

 

配下を纏める力である、統率。

指揮した艦隊をいかに攻撃的に運用できるかの示準となる、攻撃。

攻撃。(二回繰り返されている

指揮した艦隊をいかに防御的に運用できるかの示準となる、防御。

諜報戦の要であり、情報工作においての適性を示す、情報。

補給戦の要であり、補給の維持においての適性を示す、運営。

 

98/89/100/97/99と言う高水準で纏まった能力は、その経歴をよくよく表していた。

絶望的に見えた戦場に部下を引っ張っていき、個性的で癖のある部下を纏める統率は、高い。事実、あの時の決死の演説は理知的な質である加賀の理性すら超え、『勝てるかも知れない』と思わせたのだから相当だろう。

 

実際、彼の艦隊が防御に徹した時の粘り強さと正面からの殴り合いに徹した時の気狂いっぷりは、模擬戦で戦った加賀が手を焼くほどだった。

 

ただ、攻撃における巧妙さは全く無い。防御における巧妙さも全く無い。だから、この二要素は低い。

堅実で、粘り強い。正規教育を受けていない者特有の嗅覚と非凡さにかけるが、『補給が途絶えない』『部下が諦めない』『士気が衰えない』という三要素によって、長期戦に引きずり込まれた場合の強さと言ったら、なかった。

 

情報は、強い。敵限定だが、感知させる向きを固定すれば無類の精度と範囲を誇る。

 

運営も、強い。こと補給においての巧緻なルート確保とズレた計画の調整においては、まんまドイツ軍人なビスマルクがやった日本人の感覚を超えた―――そしてドイツがよくやり、補給が尽きて負ける―――急進機動戦に滞りも遅れも起こすことなく燃料・弾薬・鋼材と工作艦を送り続けた。

 

第一次大戦のシェリーフェンプランからバルバロッサ作戦に至るまで『補給が追いつかない』という何も学んでいないような気がするドイツ製の電撃戦に追いつけるあたり、その他の能力の追随を許さない別格ぶりが伺える。

 

「私は、99/48/74/100/100が妥当だと思うわ」

 

「防御は要塞と固定火力だよりですからもう少し低いでしょう。運営は100を超えています。認められていませんが」

 

伸び切った補給線を縮め、戦術に悪影響を与えない程度に撤退させたり進撃させたりする手綱の取りっぷりが優れているだけであり、現場の強さは現場の指揮官の強さだと言えた。

 

しかし、一応外聞的にはそれは指揮官たる提督の手柄である。

彼が『加賀とビスマルクがよく戦い、よく防いだからです』と言っても、一回自力で奇跡を起こしてしまった以上は謙遜に見えてしまった。

極端に言えば、レイテで二隻の航空母艦を以って姫級・鬼級を含む敵の艦隊複数に勝とうとした彼は、無謀を嗤う嘲笑と無能を責める罵倒に値する。

しかし彼は、それを成功させた。結果的に『霧を利用して慚減して、疲れ切ったところに全力を払底して攻めかかる』という策は正しかったのだ。

 

九割五分が運の勝利であるとはいえ、周りからするならば嘲笑し、罵倒した常人こそが馬鹿だということになる。

一度成功し、それから勝ち続けてしまうと、その人格や欠点すらが肯定されるのだ。

 

だからこそ、彼は初期の六人とドイツから来た一艦、第二次補填によってきた艦娘には『勘違いをするな、見誤るな』と戒めている訳である。

 

で、その彼はといえば。

 

「大本営曰く、此度の事件により、秘書官制度を導入したことを見直さねばならないのでは、ということですが、皆様はどうお考えでしょうか?」

 

殉職し一階級特進した横浜鎮守府司令官である中将の後任となった新米中佐は、ある意味『渦中の人』だった。

彼は、本来は徐々に制御を受け付けなくなってきた大湊警備府の提督とそこの親提督派の艦娘を更迭・退役させ、後任となるはずであった。

 

その護衛用の艦娘を得る為と、運営と統御の経験を積む。

そういう理由で、最も近場にある横浜鎮守府に研修に来ていたの、だが。

 

まさか横浜の榛名提督が討たれ、研修に来ていたはずの横浜鎮守府の後任提督を務めるとは思っていなかったであろう。

 

「このようなことが起こったからこそ、腹蔵の部下を秘書官に固定することで被害を防ぐべきではないか?」

 

キスカ・アッツ方面からなる北方を拠点とする長門提督―――南部信光中将は、古参にありがちな意見を述べた。

古参―――と言うか、地獄の戦場を前期型と呼ばれる旧型の艦娘と共に駆け抜けた提督は、秘書官との信頼関係の帯紐が堅い。

 

一方で、後期型の艦娘を指揮する提督は『癒着を生まない為』ということで一年周期で指揮する鎮守府を変更させられる。

 

故に、その信頼関係を是とする考えには馴染が薄かった。

 

「大本営は、『秘書官を固定することで近辺を警護する艦娘が突き止められ、結果としてすり替わられたのでは』、と考えているようです」

 

「つまり、どうなる?」

 

「持ち回りになる、ということになるかと思われます」

 

「だが、それでは事務が疎かになるだろう。仕事は一日一日で必ずしも内容が変わるものではないのだ」

 

仕事に悩ませられていることを思い出して頷く提督もいれば、身の安心を優先して顎に手を当てる提督もいる。

それぞれの性格が表れている反応を議長席から一望し、横浜鎮守府に新任した一条兼広提督は手元のメモに視認した情報を書き込んだ。

 

ここに居るのは、警備府以外の主要鎮守府の司令官。軍閥化を防ぐ為にも各司令官の性格と思考を掴み、適切な対処と待遇を行わねばならない。

その為に大本営は、裏を勘ぐるほど経験を積んでいない従順な新米を表向きは『横浜鎮守府の後任だから』という理由でもって議長としたのである。

 

長門提督こと南部中将は、反対。

呉の鈴木少将は、反対。

佐世保の小山田中将は、賛成。

舞鶴の宇佐美少将は、反対。

宿毛の西園寺中将は、賛成。

鹿屋の安芸中将は、賛成。

岩川の遊佐少将は、反対。

佐伯の安東中将は、賛成。

柱島の熊谷中将は、賛成。

 

「スービック鎮守府司令官、北条閣下はどう思われますか」

 

少し上ずる声を抑制しつつ、一条中佐は実質的に日本を救ったレイテの英雄に意見を伺う。

 

思わず鎮守府の旧名を言ってしまったところに、一条中佐の緊張が現れていた。

 

「賛成でも、反対でもない」

 

「詳しいお考えを伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「秘書官を持ち回りするのは、大本営の命令であるから反対はしない。が、秘書官となった艦が狙われる危険を加味すれば練度・実務共に秀でた艦に絞るべきだと考える」

 

スービック鎮守府と言う旧名を訂正するでもなく、周りから見たら英雄、身内から見たら敬愛すべき大凡人たる彼は述べる。

 

それはただ単純に『練度の高い艦娘と入れ替えるほどの手練が擬態能力を持っているならば、低練度の艦娘を秘書官にするということは死を招くのでは』ということと、『加賀・赤城・蒼龍・木曾・ビスマルクじゃないと仕事がキツイ』という切実な悲鳴があった。

 

だが、周りからすれば『現場の提督にもある程度の裁量が持てるような、なお且つ大本営の意向を反映した』妥協案を提案したことになる。

 

反対派の提督と賛成派の提督の間をうまく宥め、大本営が一番手をこまねいている自身が妥協することで大本営の顔も立てていた。

 

隷下の戦力との帯紐を斬る気はないが、軍閥として大本営に反抗する気はない。

暗にそう示すようなその一言は、反対派の提督にも頷けるところであった。

 

「大本営によろしく頼む」

 

「了解致しました」

 

謹直に敬礼し、何やら手元のボードに書き込んだ瞬間、再建中の鎮守府の壁が崩れ落ちる。

 

茫洋と光る二つの眼に、死体と見紛うばかりの青白い肌。

長い黒髪に、盾と砲が複合されたような黒い艤装。

 

深海棲艦が、そこには居た。

 

 

 


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