提督と加賀   作:913

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十三話

「うん、ああ……なるほど」

 

日本の土を踏み、暫し。

着いた瞬間から端末を取り出し、そこらに用意されたベンチに腰掛けながら通信を行う提督の隣に、加賀は周りを見渡した後に腰掛けた。

 

一見したところ、おかしな人影はなし。

加賀などの航空母艦を象った艦娘は、艦載機を使わずとも常人より遥かに優れた視覚を持つ。その視覚をもってしても視認できないならば、仇なす狂漢は居ないと判断できた。

 

「じゃあ、帰りの便は要らない、と。……いや、キャンセルは利く。

それにしても、済まなかった。こちらにはノウハウがないから、そちらを頼るしかなかったとはいえ―――」

 

何の話をしているかは見当がつかないが、端末から僅かに漏れる声から、それが長門提督のものであることがわかる。

長門提督を頼った、と言うならば大体目鼻がつくというもの。

 

「彼女が帰ってくるのかしら?」

 

「そ。戦艦の育成ノウハウは向こうの方が一枚も二枚も熟達しているからな。研鑽を積ませてくれるように頼んどいたんだけど、正解だったみたいで何よりだ」

 

正解ということは、それなりに練度を高めて経験を積み、帰ってくるのだろう。

 

六隻が揃い、自然発生型の旧式艦娘と新式の入れ替えが行われる半年前、戦線が安定した時に殆ど唯一陸路や海路を通して一時的にとはいえ国交を繋げた国に熟練の艦戦搭乗員・雷撃機搭乗員・爆撃機搭乗員を教師として送り込むことで手に入れた、艦娘。

それから半年と少しを共に戦い、客将のような扱いで遇していた彼女は、『指揮下の艦娘を見捨てることはできない』という彼の決断に同意と賛辞を示した。

 

何なら母国であるドイツに来て改めて共に戦うかとも提案されたし、ドイツに来なくとも唯一指揮下に入っている戦艦として全力を尽くすとも言ってくれたのである。

だが、客将扱いで迎え入れた彼女を沈めては後の日本とドイツの関係に罅が入りかねないと感じた彼によって本国に送還され、その頃はまだ安全だった航路を通って―――半ば無理矢理連行されるような形で大本営づきの精鋭艦隊に護衛されて帰っていった。

 

その彼女が、どうやら単艦で北海を通って深海棲艦の勢力圏である東部大西洋を突破、喜望峰にあった敵深海棲艦の洋上補給基地を襲撃して燃料と弾薬を強奪した後にインド洋まで出るという奇跡的な大航海を成し遂げて帰ってきた―――らしいのである。

 

尤も、彼女自身は流石にスマトラ島で力尽きた。

舵はまともに切れず、砲塔もあちこちが破断しており、管制装置も大破。挙句の果てには強奪してきた燃料を詰めていたドラム缶を撃ち抜かれて遂に体力が尽きたところを大本営の官吏に拾われて本土に送られることになる。

 

このままドイツに戻すのは最早不可能に近いということで、彼女は戦艦鎮守府こと北方鎮守府に送られていた。

スマトラ島まで来て、あと一歩というところで燃料が尽きて行き倒れるあたり、彼女は自身の前身となった艦が持つ幸運だか不運だかわからない運を受け継いでいたと言えるだろう。

 

「……鈴谷恐怖症が、治っていればよいのだけれど」

 

「……そだね」

 

機動部隊と対をなす、水上部隊。

加賀と双璧をなしていた嘗てのエースが帰還したことは、二人にとっても相当に嬉しいニュースであった。

 

戦艦という分厚い装甲と強力な火力を持つ艦種に太刀打ちできるのが空母しかいないと言うのが、比島鎮守府長年の悩みの種だったのである。

 

空母こそ揃っているが、敵も空母には事欠かない。

 

古参である鈴谷がル級のFlagship、それも改というような化物をワンパンで沈めたりして何とかしているとはいえ、所詮は重巡。正面切っての殴り合いで勝つというより、横から殴るというような工夫を必要とされた。

 

だが、前線限定とはいえ卓犖とした指揮能力と如何にも戦艦といった火力を持つ彼女が帰還すれば、その悩みは一応の解決を見る。

相変わらず、力のル級・技のタ級を複数相手にしなければならないところは変わらない。だが、こちらにも戦艦が居るという安心感は筆舌に尽くしたがたいものがあった。

 

「兎に角、もうすぐ来るらしいから」

 

「……む」

 

その浮つくような懐かしみと嬉しさが感じられる一言に対して、加賀の心は不満と嬉しさが半々と言ったところだった。

 

戦友に会えるのは、嬉しい。彼女にとっては赤城以外に数少ない背中を預けられる実力者なのだから、その喜びはひとしおだろう。

しかし、しかし、だ。

 

加賀は、硬派な美人である。

その戦艦も、硬派な美人である。

 

加賀は可愛げのない性格をしているという自負があるが、その戦艦の性格には案外と可愛げがあった。

 

そして何より、『大本営による本国送還』が無ければ提督をとられていたのではないかと思うほど―――元々彼女のものではないが―――二人は仲が良かったのである。

 

それに、年月をかけての再会。

 

赤城曰く、男女の仲というものは離れていた二人が再会した時に発展しやすいものだとか。

 

(…………負けません)

 

ぐっと拳を握り込み、加賀は静かに闘志を燃やす。

そちらには再会という切り札があるだろうが、こちらにはずっと一緒にいたと言うアドバンテージがあるのだ、と。

 

加賀は心中で複雑な思いを巡らせ、静かな闘志を燃やしながら好敵手を待つ。

遠くからでも聴こえる、ヒールのような形をした脚部艤装が立てる硬質な音。

 

モーゼを通すが如く開いていく人混みを当然とばかりに睥睨しながら、そのドイツ艦は現れた。

 

「Lenge Zeit nicht gesehen」

 

「Das ist das erste Mal in einem Jahr……」

 

非常に流暢なドイツ語が互いの口から漏れ、まるで映画のような非日常的なワンシーンが何でもない埠頭で繰り広げられる。

地味にドイツ語もできるこの男、案外とやれることの幅が広かった。

 

言っていることは、『久しぶりね』という言葉に対して『一年ぶりだね』と返したに過ぎないのであるが、本場に類似した所謂ネイティヴな発音のおかげで、見ている一般人にそんな瑣末事は頭に浮かぶよしもなかった。

 

「Ich habe dich vermissd, Admiral!」

 

「Me auch」

 

感極まったとばかりにハグをしてきたビスマルクを受け止め、くたびれた風情のある軍帽に手を乗せる。

 

「Willkommen zurück, Bismarck」

 

172センチあるビスマルクより頭一つ分上の提督は、ぽんぽんと軍帽を叩くようにして撫でながら身体を離した。

後方から、殺人ナイフのような殺気。

 

「何を話していたのかしら」

 

平坦な発声がより一層の恐怖を煽り、提督はビスマルクと呼ばれたドイツ艦娘に見せた大人の対応はどこへやら、ものの見事に完全に怯む。

 

「Bitte, wirst nicht so boese, kaga=san」

 

「日本語を喋りなさい」

 

「お、怒んないでよ、加賀さん」

深い海を思わせる蒼い眼を瞬かせ、ビスマルクは一人呟いた。

 

Es kann eine Chance sein.

 

まだチャンスがあるかもしれないわね、と。

 

「加賀」

 

「何かしら」

 

彼女にとっての相棒である赤城とは違う、競い合うべき好敵手として。

ビスマルクは、敢えて彼女を呼び捨てにしている。

 

「あれはほんの挨拶をしただけよ?」

 

「……なるほど」

 

挨拶の裏に含まれた主語を読み取り、その隠された主語が示す宣戦布告を、加賀は素早く読み取った。

 

「何にせよ、変わりの無いようで何より……と言っておこうかしら」

 

「そちらこそ、そのしぶとさには敬意を払います」

 

皮肉を交えながらも再会を祝し、互いに認め合っている二人はひとまず手を交わす。

仲が悪いわけではないし、勿論嫌い合っているわけではない。旧日本陸軍と旧日本海軍のように角を突き合わせて相争うわけでもなかった。

恋敵であることを除けば、この二人は案外と気が合うのである。

 

それに、この二人は自分たちが公的に軍人としてふるまわねばならない時にいがみ合っていたらどうしようもなくなるということを知っていた。

 

「私情はどうあれ改めてよろしく頼みます、ビスマルク」

 

「こちらこそ、再びよろしく頼むわね」

 

指揮官である提督を蚊帳の外に、主力部隊の長同士が和解する。

比島鎮守府の両翼が揃えば、と。

大本営によるビスマルクの強制送還を受けてから何度も愚痴のようにこぼされてきたその願望が、遂に叶った瞬間だった。

 

忠誠心に於いても能力的にも、今はどちらも加賀が勝る。

 

これからの戦の展開が楽しみだと思わせる程の成長株を二人、両隣に侍らせ、提督は横浜鎮守府へとくりだした。


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