モンハン飯   作:しばりんぐ

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俗に言う番外編のようなもの。イルルちゃんの憂い。勿論彼女視点です。彼女の語尾は「にゃ」で、他のアイルーは「ニャ」。……うん、分かり辛い。





憂うネコは空を見上げる

 

 

「……にゃ~」

 

 青く澄み切った空に、照りつける太陽。

 黄色ともとれる色に染まった砂浜がこじんまりと浮くこの『ぽかぽか島』にボク――イルルは来ていたにゃ。

 ボクの旦那さんが、何やらギルドマスター直々にクエストを言い渡されてしまったからとかで、四人で狩りに行っちゃったの。そうなれば当然オトモであるボクはついていけないから、暇潰しのようにこのぽかぽか島に遊びに来てるのだ。

 旦那さんが向かったのは原生林。そこはこのぽかぽか島付近の村、チコ村に隣接する狩猟地ということで実はとっても近くにある。だからボクは別ルートを使ってここで旦那さんをお迎えしようという腹だったりする。どんなルートかと言われたら、それはアイルーだけの秘密、にゃ。

 ここで合流することは両者確認済みだから、ボクは旦那さんを待つばかりなのだ。入れ違いの心配は無用にゃ。

 

「暇にゃ~。考えてみれば一体いつクエスト終わるのかにゃ……?」

「あのハンターさんならさっと済ますんじゃないですかニャ? きっともうすぐですわニャ~」

 

 何となくぼやいていたら、後ろから飛んできた声がボクの耳に入ってきた。

 振り向いてみれば、せっせと箒を動かすアイルーの姿があった。ピンク色のエプロンにバンダナと、姉御肌を垣間見せるアイルー。このぽかぽか島の管理人さんだ。

 

「でも旦那さん、帰りによく寄り道するにゃ。だから何とも……」

「そうなのニャ? 自由なハンターさんですニャ。イルルちゃん、彼のことをよく知ってるんですのニャ?」

「……まぁ、大分長いことオトモしてるから……にゃ」

 

 ボクと管理人さんは何も初対面でもなく、随分前からの知り合いにゃ。昔ボクが紆余曲折あって、このぽかぽか島に流れ着いた時からお世話になってるんだにゃ。ボクにとってはお姉ちゃんみたいな感じの存在にゃ。

 ついでに、ボクに氷海でスカウト待ち出来るように斡旋してくれたのも彼女だった。アイルーのスカウト待ちには、アイルー間での順番があったりするんだにゃ。

 

「実際どう? 仲良くやれてるニャ?」

「うーん、旦那さん色々勝手な人だけど……ボクには優しいにゃ」

 

 ご飯にこだわりすぎるあまり、何回呆れさせられただろう? 何回クエストを棒に振っただろう? ハンターとしてはどうかと思う人だけど、それでいてボクには結構優しかったりする。

 ボクをスカウトしてくれて、優しく迎え入れてくれて。美味しいご飯や温かい寝床を与えてくれて。ボクが寂しくて眠れない夜は、そっと抱き寄せてくれて――――。

 ダメにゃ、考えていたら旦那さんが恋しくなってきたにゃ。

 

「本当? 酷いことされてないかしらニャ?」

「……美味しそうとは言われたけど……大丈夫にゃ」

「ニャッ!? 美味しそうっ!?」

 

 その言葉に管理人さんは驚いて跳び上がって――あ、折角集めたゴミが飛び散ったにゃ。砂も舞い上がっちゃって、これは掃除し直すのを避けられないにゃ。

 なんて考えながらその様子をボーっと見ていたら、管理人さんが凄い勢いでボクに問い詰めてきた。

 

「そ、それ! 大丈夫なのニャ!? イルルちゃんほんとは辛いんじゃないのニャ!? ど、どこかに噛まれた痕とか……!!」

「だ、大丈夫にゃ。言われただけだし噛んだりなんて……」

 

 あ、そういえば。この前じゃれてたら、耳を甘噛みされたような気がするにゃ。まぁ、痛くないから別に良いんだけど。これ言ったら管理人さんが益々荒ぶりそうだから、黙っておいた方が良いかな?

 

「管理人さんは心配し過ぎにゃ~」

「だ、だって、イルルちゃんの身の上を知ってるから……私……」

「にゃあ。管理人さんは優しいにゃ。旦那さんと同じくらい優しいのにゃ」

 

 悲しそうに目を伏せる管理人さん。そんな彼女の仕草が何だかくすぐったい。ボクのことをいつも考えてくれるその姿勢は、旦那さんとどこか似ていて、一緒にいると何だか安心する。

 それにしても、身の上かぁ。ボクがこのぽかぽか島に流れ着く前の話だにゃ。それも今とは全然違うハンターさんにオトモとしてついていた。

 

「……ボクは今の生活に満足してるにゃ。心配しなくても大丈夫にゃ」

「で、でも……うぅ……。こ、こうなったら帰ってきたハンターさんに直談判ですわニャ!」

 

 何やら喝を入れるように肉球で頬を叩いて、管理人さんはチコ村の方へ行ってしまったにゃ。

 これは旦那さん、帰ってきたらネコパンチされるかもしれない。別に旦那さんが悪い訳じゃないし、管理人さんが悪い訳でもないけど。でも管理人さん、心配性だしにゃぁ。

 

「……あ、あのイルル、さん」

「にゃ?」

 

 とてとてと走っていく管理人さんを見つめていれば、何やらボクに話しかけてくるアイルーの姿が。

 弱々しく垂れ下がった耳に、自信がなさそうにボクを見る大きな瞳。いつもはチコ村の浜辺でウロウロしている臆病なアイルー、ニコだ。今日は珍しくぽかぽか島にまで訪れているみたい。正直、ボクに話しかけてくるのも珍しい。

 

「どうしたのにゃ?」

「み、身の上って何かあったのニャ? 何だか不穏そうで……」

「あー……盗み聞きとは感心しないにゃ?」

 

 悪戯っぽくそう言うと、彼は申し訳なさそうに垂れた耳をさらに垂れさせた。

 とまぁそれはともかく、尋ねられたのなら答えるのが筋ってものかな。旦那さんならきっと、そう言うと思うにゃ。

 

「何のことはないにゃ。ただボクが以前オトモしていたハンターさんが、ちょっと問題ありだっただけだにゃ」

「も、問題……?」

「とっても強いハンターさんだったけど……凄く粗暴で怖い人だったのにゃ」

 

 ボクがここに流れ着く前――それは、そう、ドンドルマ。ドンドルマという町で暮らしていた頃だ。

 その時もボクはあるハンターさんのオトモをしていた。G級と呼ばれる凄腕のハンターさんで、町に来襲する古龍も撃退してしまうとても強い人だったのにゃ。だけどその性格はちょっと歪んでいて、周りの人間にもアイルーに対しても粗暴で近寄り難くて。ちょっと失敗しただけで殴る蹴るは日常茶飯事で、とにかく生傷が絶えない日々が続いたにゃ。

 それでもその功績のせいか、そのハンターさんはギルドからの信頼は厚かった。だから突如出現した強力なモンスターの撃退や、危険が蔓延した他の地区への遠征など、様々な依頼を請け負っていたのだけれど。

 

「……そ、それにはイルルさんもついていったのニャ?」

「もちろんにゃ。オトモだからにゃ」

「……こ、怖くはなかったのニャ? 嫌になったり……しなかったのニャ?」

 

 しょぼんとした顔をしながらも、ニコは的確にボクの心の痛いところを射抜いてきた。管理人さんがボクを心配する所以とも言える、あのハンターさんの態度と行動。

 

「……怖かったにゃ。失敗したら痛いことされるから、狩りの時間は何時も緊張で息苦しかったにゃ」

 

 まるで綱渡りをしているようだった。少しのミスで激しく糾弾されるから、失敗しないように常に気を配っていて。

 ちょっと足を滑らしただけで真っ逆さまに落ちてしまう、綱渡りのような時間だった。

 

「でも、逃げようとかは思わなかったかにゃ。頑張ってオトモを続けたにゃ」

「ど、どうして? どうしてイルルさんは……」

 

 非常に困惑した様子でボクの話を反芻しては、ニコは理解できないと言わんばかりにオロオロと首を振った。まるで出口のない迷路に迷い込んだように。答えのない問題を前に狼狽するように。

 彼がそう思うのも無理はないかな。誰だって、この話の流れならボクがオトモを続けるのは違和感があると思う。だけど、ボクは思考放棄していたわけじゃない。ちゃんと意志を持ってオトモをしていたにゃ。

 

「――――だって、ボクは人間が好きなんだにゃ。当てが他になかったのもあるけど、それ以上にハンターさんの役に立てるのが嬉しかったのにゃ」

「う、嬉しい……?」

 

 不思議そうに首を傾げたニコに、ボクは満面の笑顔で頷いた。

 ボクの両親は、それはそれは人間にお世話になったのにゃ。ボクが物心つく前からずっと、人間と助け合いながら暮らしてきたようで、ボクも人と暮らすことの大切さと楽しさを教わってきた。

 だから、二人がいなくなってからも、二人の教えを胸にハンターさんの戸を叩いたのにゃ。

 

「分からない……。僕には分からないニャ。どうして、どうして……」

「……でも、そんな時間も終わりが来たのにゃ」

 

 数か月間か、もしくは一年間だったかもしれない。長いことそのハンターさんにお世話になっていた頃、随分珍しい依頼が流れ込んできた。それは海を越えた町からの緊急要請。詳しくは分からなかったけど、何やら危険なモンスターが現れたようだったにゃ。それには移動手段として船が必要で、数日間船旅をしなければならなかった。

 その時だった。海の上で、見たことのないモンスターに襲われたのは。

 

「……ニャッ! こ、怖いニャ……! 一体どんなモンスターが……!?」

「ボクが覚えているのは、紫交じりの黒い体と口しかない顔、そして……まるで腕のような翼だったにゃ。それで黒い煙を湧き出していて…」

 

 モンスターリストにも載っていないモンスター。ボクもハンターさんも初めて見るモンスターで、その悍ましい風貌に戦慄した。

 船旅というのもあって、ハンターさんも油断していたのだろう。懸命に応戦したけれど、準備もままならなくて歯が立たなかった。そうして激戦に耐え切れず船が大破して――――。

 

「……もしかして、それでイルルさんはここに流れ着いたのニャ?」

「そうにゃ。ボクは運が良かったにゃあ。……だけど、あのハンターさんがどうなったかは分からないにゃ」

 

 ボクは幸いにもこのぽかぽか島に漂流して、管理人さんに助けてもらえた。だから今こうして元気に生きている。

 でも、ハンターさんはどうなったのだろう? 普通に考えたら、生存は絶望的だ。だけど、プライドの高いあの人のことだ。もしかしたら生き延びているかもしれない。

 

「や……やっぱり怖いニャ。ハンターさんもモンスターも怖いニャア……」

「にゃあ。間違ってないかもにゃ」

 

 ニコが漏らしたその声に、冗談めかしてそう返す。別に、深い意味を込めた訳ではないけれど。

 しかしそえおどけたせいか、ふと彼は何かが思い当たったかのように、不思議そうな顔をした。その小さな尻尾を軽く振りながら、ボクの目をおずおずと見始める。

 

「……何にゃ?」

「あの、そんなことがあったのにどうしてオトモを今も続けてるんだニャ?」

 

 ――何だ、何を聞いてくるかと思えばそんなことかにゃ。わざわざ改めて聞き直すから、少し緊張したけれど、いらぬ手間だったにゃ。

 その理由なら、ボクはもう話している。だから、はっきりと答えることが出来るのにゃ。

 

「決まってるにゃ。ボクは人間が好きで、人間の役に立ちたいから……にゃ!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 彼――ニコは、臆病の抜けないアイルーにゃ。ボクも旦那さんに臆病だ臆病だとよく言われるけど、ニコはそんなボクよりも数段臆病なのだ。それも彼なりの理由があるからだとかで、ボクが偉そうに口を挿むのも野暮ってものだけど、どうしたものかなぁ?

 

「うぅ……。理解できないニャ……」

「……もしかしてニコは人間が嫌いなのにゃ?」

 

 この子はモンスターだけじゃなく、人間にも怯えている節がある。もしかしたら生粋の人間嫌いでもあるのかもしれない。

 なんていうボクの考えは、大した働きもしないまま消滅した。彼が首を左右に振ったのだ。

 

「そんなことないニャ。怖い人はちょっと苦手だけど……でも人間が嫌いなわけじゃないのニャ」

「そうなのにゃ? じゃあ何がそんなに理解できないのにゃ?」

「……イルルさんがそれでもオトモを続けるのは、それは怖さを克服したってことで良いのニャ?」

 

 不安そうに、それでいて瞳の奥にうっすらとした期待を潜ませながら、ニコはボクにそう尋ねてきた。

 怖さを克服した、か。そうと言われればそうかもしれないし、違うかもしれない。今でもあの時の怖さはぶり返す時もある。夜、悪夢に(うな)されることもある。

 それでも。それでも今は、シガレット(だんな)さんがいてくれるのにゃ。怯えたり、震えたりするボクを優しく撫でてくれる。悪夢に魘されて眠れないボクをそっと包み込んでくれる。だから――――。

 

「……ニコも勇気を出して優しいハンターさんを探してみるにゃ。良いハンターさんは、きっとニコのことを優しく迎えてくれる。……ボクは旦那さんに救われたんだから、にゃあ」

「……それが克服の鍵……ニャ?」

 

 おずおずと尋ねてくるニコに、ボクははっきりと頷いた。そんなボクの顔を何度も確かめては、彼は少し緊張した様子で細い髭をピンと張る。そうして、自分の肉球を見ながら、「僕にも出来るかニャ?」と小さな声で呟いた。

 ボクは、そうやって戸惑う彼に向けて一歩前に出て、彼のその頭をそっと撫でた。旦那さんが、いつもボクにしてくれるように。

 

「大丈夫にゃ。ニコならきっと克服できるから、もっと自信を持つにゃ!」

 

 

 

 

 

「――――それとさらに求めるなら、美味い飯も弱点克服に良いんだぞ。それこそ穀物と野菜類の組み合わせのようにな」

「フニャッ!?」

 

 ボクにされるがままだったニコが、全身の毛を逆立てる。

 というのも、いきなり声を掛けてきた人間――シガレットこと旦那さんが乱入してきたからだ。ボクがニコと話し込んでいるうちに帰ってきてたのかにゃ――って!

 

「だ、旦那さん!? ど、どうしたのにゃその傷!」

 

 見れば旦那さんの頬や腕には、まるで牙獣種の爪のような鋭い何かで引っ掻かれた痕があった。旦那さんが狩りに向かったのは甲虫種だから、こんな傷はつかない筈なのに。

 しかし旦那さんは何食わぬ顔で、特に気にする素振りもしないまま「あー……」と無気力そうに答え始めた。

 

「いやな、管理人さんに急に引っ掛かれてな。……てか今も頭に噛み付かれてるんだよ」

 

 そう言う旦那さんの頭の上には、牙を剥き出しにして噛りつく管理人さんの姿があった。

 荒い鼻息で、旦那さんの白髪に牙を埋めている。まるで憑りつかれたような顔の管理人さんだったけど、ボクとニコの姿を確認するや、静かにその牙を収めた。あんな管理人さん、初めて見たにゃ。

 

「……か、管理人さん……どうしたのニャ? 一体何が……」

「ニャア、イルルちゃん……困ったハンターさんですわニャ……」

 

 ニコが困惑しながら彼女に問い掛けると、憂うような素振りで、管理人さんは旦那さんの頭から飛び降りた。その様子を何食わぬ顔で見ている彼。一体どんなトラブルがあったのかな?

 

「旦那さん……。管理人さんと何があったのにゃ?」

「いやさ、チコ村に着いたら何かこいつが待ち構えててな? それで俺に聞いてきたんだよ。『イルルのことをどう思ってるのか』って」

 

 な、何てこと聞いてるの管理人さん。そんなまるで、姑のような質問を。

 それで、旦那さんは何て答えたんだろう? 心なしか、期待にボクの胸は高まってきたにゃ。

 そんな鼓動を抑えながら、ボリボリと頭を掻く旦那さんの答えを待っていれば。ニコは不思議そうに首を傾げ、管理人さんは呆れたように大きな溜息をついた。

 そうして、旦那さんが放った答えは――――。

 

「それで俺は言ったんだよ。『美味しそうなくらい可愛い』ってな。……そしたらこの体たらくだ」

 

 何だか、期待したボクがバカだったにゃ。

 管理人さんが襲い掛かる訳だにゃあ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「――――それでさっきの続きだがな。飯を食べれば大概の弱点は克服できるんだよ」

「ほ、本当なのニャ!?」

 

 話がひと段落ついて――ボクが管理人さんに一生懸命説明して、何とか分かってもらえたにゃ――浜辺でのんびりすること数十分。

 一方で何やらせっせと鍋を二個も取り出しては、その火加減とにらめっこしていた旦那さんが、おもむろに口を開き始めた。顔こそ鍋に向けたままだけど、その口振りは明らかに独り言ではなく、ニコのに向けての言葉のように思える。実際ニコは旦那さんの言葉に反応し、期待するような眼で彼を見上げていた。

 

「弱点属性を適切な食事さえ取れば抑えられるように……な」

「……ネコ飯の話にゃ?」

 

 首を傾げるニコの代わりにツッコみを入れてみるものの、旦那さんは鍋の中身の不思議なスープの味見をし始め、ボクのツッコみをスルーしてしまう。

 彼が準備した二つの鍋には、それぞれ異なるものを熱しているみたい。一つは鍋から漂ってくる香りからして、それはお米を炊いているというのは分かるだけれど――もう一つは、一体?

 

「……うん。良い味だ。あとは少し火を弱めて……っと」

 

 そのもう一つの鍋は、どうやら汁物のように見える。その味を確認した旦那さんは満足そうに頷いて、鍋の下に広がる火を弱め始めた。

 匂いから察するに、しょうゆベースの何かかにゃ?

 

「……あ、あの、ハンターさん……。僕の弱虫は……治せるのニャ?」

「んー……ちょっと待ってな」

 

 待ち切れないと言わんばかりにニコが問いかけるものの、旦那さんはそれを適当に流してポーチから焦げ茶色の固形物を取り出した。

 あの形状、色、そして香り。間違いないにゃ! あれはハリマグロの肉を焼いてから乾燥させた保存食、マグロ節だにゃ!

 

「にゃあ。マグロ節だにゃあ。良い香りにゃあ!」

「ニャ……お腹空いて来たニャ」

 

 基本的に、アイルーメラルーは魚が大好きだ。そんな大好物を旦那さんが丁寧に削り出した日には、もう涎が止まらないのにゃ。

 それにしても、旦那さんは何を作ろうとしているんだろう? お米にマグロ節、そして謎のしょうゆスープ。ボクにもニコにも想像つかない。まさに旦那さんのみぞ知るってことかな。

 

「よし、それじゃご飯盛り付けるか!」

 

 マグロ節を削り切った旦那さんは、お皿に炊けたライスを盛り付けて、その上にマグロ節を(まぶ)していった。さらにその上からあのスープをかけていく。汁かけご飯のような印象だけど。

 そんなホカホカのご飯に、旦那さんはさらに不思議なものを振り掛けた。透明の小さな容器に詰められたそれは薄い色をした粉末状の物体で、見た目はふりかけそのもののように見える。

 

「完成だ。我流マグロネコまんま!」

 

 そんなこんなで、旦那さんが完成と定めたその料理。

 旦那さんがネコまんまと称したそれは、キッチンアイルー間でまかないとかで出されていそうなご飯だったにゃ。

 それを旦那さんは、スプーンを添えながら優しくニコに渡した。その行為に困惑する彼に向けて、優しく微笑みながら。

 

「ほら、イルルも食べな」

「……あ、有り難う、にゃあ」

 

 わざわざボクの分まで盛り付けてくれた旦那さん。その手に乗ったホカホカご飯を、ボクにも優しく渡してくれる。ボクはそれを受け取りながら、鼻をくすぐる良い香りに思わず口角を上げてしまった。

 

「まぁ……つまり俺が言いたいのは、美味い飯を食えば元気が出るってことだよ」

「元気が出れば克服できるニャ?」

「あぁ。元気が全ての源だからな。……さぁお食べ」

 

 少し緊張しているようなニコだったけど、彼に促しに頷いてご飯を食べ始めた。それを確認しつつ、ボクもゆっくりそのご飯を掬ってみる。

 白く光るお米が、薄い醤油色のスープで身を濡らし、その上でマグロ節が静かに風に靡いている。ご飯に降りかかったこの粉末は、陽の光を反射してキラキラと眩しい。

 そんな魅惑的な一杯を、ボクは一息に口の中に入れて頬張った。香りの通り、あのスープはしょうゆベースだったみたい。しょうゆのあっさりとした味が、口いっぱいに広がってくる。勿論ただしょうゆだけで作られているのではなく、深い味わいが形成されていた。きっと何かを出汁に使っているのにゃ。

 一方で、その味に絡まれたお米は、もちもちとした食感を十分に残していて、その食感故にしょうゆスープによく合っていた。そしてボクたちアイルーにとっての本命、マグロ節が、魚特有の濃厚な風味を醸し出す。カツオ節があっさりとした淡白な味を主体としているならば、マグロ節はそれよりも濃厚で力強い味が特徴的なのだ。それが口いっぱいに広がれば、ネコにとってはもう堪らない。一度食べたらやみつきになるような調和具合が、ボクのスプーンを動かす手を止めさせなかった。

 

「……美味しいニャ。スープの味が味わい深いニャア」

「あぁ、そいつはワカメクラゲで出汁を取ってるんだ」

「そうなのにゃ? 出汁を取ったら美味しいのにゃ!」

 

 ワカメクラゲと言えば、あまり高級でもない食材だ。味もそれほど評判が良い訳でもなく、知名度もあまりない。

 だけど、出汁を取ったらこんなに味が深くなるみたい。それは初めて知ったにゃ。毎回思うけど、旦那さんはどうしてこういう細かい知識に詳しいのだろう?

 

「ハンターさん、ハンターさん。このふりかけみたいのは何ニャ?」

「これはな、アルセルタスの羽だよ。唐揚げにしたそいつを粉末状に砕いたんだ。塩気が効いてて美味しいだろ?」

「にゃあ!? アルセルタス……にゃ!?」

 

 驚いたにゃ。まさかこれ、アルセルタスだったなんて。

 でも言われないと気付かないかな。味も旦那さんが言う通り、良い具合の塩気が効いていて良いアクセントになるし、パリパリとした食感もまた面白い。甲虫種も馬鹿には出来ないにゃあ。

 

「……食は命のエネルギー源だ。何事もまず食ってこそ……ってな。だからもっと食え」

 

 飯を喰わねば、強くはなれない。

 そう言って旦那さんは、ニコとボクの皿におかわりを注ぎ始めた。旦那さんいつも盛り付け量が多いから、アイルーのお腹なら一杯で十分なのに。

 それでもニコは一生懸命食べ始める。きっと彼も、自分の弱点を克服したいと思っているのだろう。そんな彼の様子に、旦那さんは満足そうに頷いた。ボクは少し呆れながらも、ニコがいつか自分の弱さと向き合える日が来る。何となくだけど、そんな風に感じた。

 

 

 

 

 チコ村――ぽかぽか島も含む――は狭い。

 だから旦那さんがあんな料理を作り始めれば、その良い香りは村中に充満してしまった。そうしてアイルーたちから旦那さん式ネコまんまの注文が殺到し、旦那さんはしばらく疑似料亭を開くことになっちゃったにゃ。

 ――――ニコは食べ過ぎで動けなくなっていたにゃ。

 

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『シガレット式マグロネコまんま』

 

・ゼンマイ米      ……4合(今回)

・マグロ節       ……260g

・しょうゆ       ……適量

・ワカメクラゲ     ……少量(出汁)

・徹甲虫の羽唐揚げ粉末 ……大さじ1/3杯

 

 






管理人さんの話し方難しい。
まぁそれはともかく、今回はイルルの裏話とアイルー同士の関わりを書きたかった回でした。よくオトモを蹴るハンターさんがいますけど、やっぱり可哀想!オトモアイルーを含めた……みんなを大事にして……みんなのために、生きようね!

シガレットという実力者の眼にはイルルは臆病に映るかもしれませんが、実際のところ彼女は彼女で他のアイルーより度胸があったりします。じゃないとオトモも続けられないし。
ついでに前のイルルのご主人のモチーフはプロハン様、もしくは効率厨様ですね。昔見てた実況生主がモデルというのは内緒。

ではまた次回。


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