モンハン飯   作:しばりんぐ

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 伏線回収で忙しいのだ(風呂敷広げ過ぎたアホの末路)





骨の功より飯の功

 

 

「……鳴り止んだ」

 

 古代林のベースキャンプ。

 満点の星空に包まれたこの場所で、イズモはフライパン片手に夜空へ耳を澄ましていた。

 いつかの凍土で聞こえたような声が、先ほどまで鳴り響いていた。

 森の中を彷徨い続けていた時に聞こえた時は、流石に自分がおかしくなってしまったかと思っていた。が、今の今まで聞こえたことを認識し、その疑惑は湯気の如く雲散霧消していた。

 

「イズモ……?」

「ヒリエッタ、起きてたの?」

「今目が覚めた……。アンタ……そんな起きてて、大丈夫なの……?」

「オレのはただの疲労だから。ぐっすり休ませてもらったし大丈夫さぁ」

 

 そう言って、彼は屈託なく笑う。

 ベースキャンプのベッドで横になる包帯だらけの彼女――ヒリエッタも、そんなイズモの様子を見て安心したかのように浮かせた肩を再び寝かした。

 

「……みんなは?」

「……いろいろあって、それぞれキャンプを出て行ったよ」

「いろいろ……?」

「とりあえず、シグがバルファルクを追い払ってくれた」

「えっ……本当!?」

「わっ、安静にしてて。傷が開くよ」

「う、うん……」

 

 驚きのあまり起き上がりかけた彼女を、イズモは押さえて寝かしつける。

 彼女はバルファルクの猛攻を受け、大怪我を負っていた。助けに行ったはずのイズモに何故か看病されている今の状況を前に、ヒリエッタは恥ずかしそうにタオルケットを鼻までかける。しかし、不思議と嫌な気分でもないことを心のどこかで感じていた。

 

「オレもずっとキャンプにいたから、詳しいことはよく分からないんだけど……シグとイルルちゃんがバルファルクへ追撃を仕掛けてくれて、そのまま撃退できたみたいなんだ。赤い彗星が空に消えていくのは、オレも飛行船技師の人たちも見てる」

「そうなんだ……」

「だけど、その後シグが地盤の崩落に巻き込まれたみたいでね」

「え……?」

「イルルちゃんが慌てて助けを呼びに戻ってきた。ルーシャさんと一緒に、今はシグの捜索に出掛けてる」

「地盤の……崩落?」

「うん。実は、ここには地底湖があって、巨大古龍の縄張りになってたんだ」

「えっ、それって……」

「オレたちも、一度その撃退をしててさ。その時に使ったポイントを教えたから、二人とも地下には辿り着けると思うけど……」

 

 そこまで言って、イズモは先程まで響いていた"声"については触れなかった。

 ヒリエッタは、あの件については部外者だ。眠っていて聞こえていなかったのならば、無理にその話を聞かせる必要もない。そして何より、この戦いはシグのものだから――。

 彼はそう思い直して、フライパンの上のものに薄茶色の細かな粉を振りかける。

 

「とりあえず、オレたちは大人しくしてようよ。ヒリエッタも食べる?」

「……それ、何?」

「古代林は熱帯気候だからさ、バナナが良く育つんだ」

「バナナ? あ、ほんとだ……」

 

 フライパンの上で音を立てているのは、縦に両断された身をさらに三等分に分割されたバナナだった。

 バターの香りを十分に吸って、黄色と茶色の比率を濃くしたその身は、先ほどイズモがかけた粉末を吸い上げ、より香ばしく仕上がっている。 

 

「奥地に群生しててね。オレもバルファルクの気を引く傍ら、これ食べてたんだ」

「……バナナって、生で食べるイメージがあったんだけど、焼くの?」

「うーん、まぁ生でもいけないこともないけど。でも完全野生のものだから、ちょっと固いかな。それに種も太くて気になるし。切って取り除いた方が食べやすいなっ」

「そうなのね……」

「バターと砂糖で絡めて焼いて、シナモンパウダーをかけたら完成。柔らかいし、甘くて美味しいし、栄養も抜群! どう?」

「……ありがと。いただくわ」

 

 ヒリエッタが頷くと、イズモは嬉しそうに頷いて、フォークでその身をさらに小さく切り取った。

 それを、ヒリエッタの方へと差し向ける。

 

「はい、あーん」

「えっ……」

「手、使えないでしょ? いいからいいから」

 

 ヒリエッタは、自分の手を見て、イズモの顔を見て――頬を少しだけ、恥ずかしそうに染めた。

 包帯だらけの腕を引っ込めて、彼女は大人しく口を開ける。

 

「……どう?」

「……甘い」

「そっか。オレも食べようっと」

 

 目を逸らしながらも咀嚼し続ける彼女を見て、イズモは嬉しそうにそう言った。そのまま同じようにフォークでバナナを摘まみ、口に入れた。

 焦げ目のついたその表面は、パリッとした感触をまず届けてくる。続いて広がるのは、バターを含んだとろっとした味わい。それにヒリエッタは驚いて、その翡翠色の瞳を大きく見開いた。

 バナナ特有のまろやかな甘さが、バターとシナモンの香りで際立ってくる。ただただ包み込むように、柔らかい。暖かな毛布にくるまれるような、そんな甘さだった。どこか安心感を覚えるその味に、イズモは二つ目を口に加え入れる。見れば、ヒリエッタの口ももう少しで空きができそうで、彼はさらに別のバナナをフォークで突き刺した。

 

「……すごい、甘い」

「ほんとだね。焼くと香ばしくて、悪くないかも」

 

 イズモの言葉に頷きながら、彼女は目を閉じて咀嚼する。凝り固まった心がゆっくりほぐれていくような、そんな感覚に身を浸していた。

 イズモを助けようと必死になっていて。

 まわりを急かすようにとにかく声を荒げていて。

 ――昔から、いつも一つのことに頭がいっぱいになっていたなぁ、と彼女は何となく思った。哀しいことや辛いことの向こうに、よく果物を食べながら街を家族で歩いていたことを思い返す。今では考えられないような、綺麗な衣装に身を包んでいた、帰ってこない日々。そんな記憶を呑み込むように、口の中で溶けたバナナを呑み込んだ。

 バナナを食べ終えて、喉を小さく、ごくんと鳴らしたヒリエッタ。

 彼女が、おずおずと、イズモに向けて弱々しい声をかける。

 

「……イズモ」

「ん?」

「ごめんね、私……アンタを助けに来たはずなのに、こんな風で」

「何言ってんの。気にしなくていいよ。オレはこうして、君の力になれるのが嬉しい」

 

 彼がそう言うと、ヒリエッタは困ったように質問を重ねた。

 

「……なんで?」

「え?」

「あの時――私を助けてくれた時も、そうやって言ってくれたけど、なんで……?」

 

 その言葉にイズモは少しだけ眉をぴくりと動かして。

 それでも、フォークに刺したバナナを口に入れる。それを黙って咀嚼し続けた。ヒリエッタは、彼が食べ終わるのを、真摯な瞳でじっと待つ。

 ごくん、とそれを呑み込んで。盛り上がった喉仏が大きく上下してから、彼はゆっくり口を開いた。

 

「……あー、やっぱり果物っていいなぁ」

「え?」

「ちょっとだけ、果物の話をさせて? 話したいんだ」

「……イズモは、果物が好きなの?」

「うん。特にリンゴが好き」

「リンゴ?」

「そうだよ。本当に腹が減って、もう死にそうだと思ってた時に初めてリンゴを食べたんだ。それが本当に美味しくて……それからずっと、ね」

「ふうん……」

 

 イズモは、どこか懐かしむようにそう言った。

 その言葉に、ヒリエッタは何とも言えない表情で歯切れの悪い相槌を打つ。

 

「オレ、ヴェルドの孤児だったんだ。スラム街でゴミを漁って暮らしてた」

「……ヴェルド……」

「盗みをよくやったよ。パンを盗んで、ハムを盗んで。店の人に殴られることもあれば、グループの頭に殴られて奪われることもあった」

「…………」

「あっちは特に、ここより冷えててさ。もうお腹が空いて、動けなくて、凍えそうで。本当に、もうオレ死ぬのかな……って思ってた」

「……それで?」

「その時に、一人の女の子が俺にリンゴをくれたんだ。綺麗な服を着た、鮮やかな金髪に翡翠色の瞳……その子が、真っ赤なリンゴを手渡してくれた。あれがなかったら、オレはあそこで死んでたと思う」

「…………それ……って」

「……あの時、()がリンゴをくれたから、オレは今があるんだよ」

 

 そう言いながら、イズモは彼女の手を取った。包帯だらけのその手を優しく包み、じっと彼女の瞳を真っ直ぐ見る。

 ヒリエッタも、どこか信じられないと言いたげな瞳で彼を見た。エメラルドみたいだ、とイズモは脳の片隅でどこかぼんやりとそう思った。

 

「イズモ……って、そんな、うそ……」

「覚えてる? それから、オレのことをよく気にかけてくれた貴族の女の子。暇を見つけては、会いに来てくれたよね」

「……覚えてるわ。ちっちゃくて、やせ細ってて。どうにかしてあげたいって、幼いながら思ってた」

「一緒に遊んだり、お菓子を貰ったり。本当に楽しい時間だった。オレ、幸せだった」

「……うん、うん……」

「君の家がなくなって、君がいなくなって……だからオレは、ヴェルドを出たんだ。もう一度会いたくて。ハンターになって、トレッドとキナ臭い契約までしてね」

「そう……そうだったんだ……っ」

「会えてよかった。ずっと君を探してた。あの時救えなかった君を、救えて良かった」

「……だから、かぁ。どこかで会ったことないか、なんて変なナンパしてきたのね」

「…………あれは、自分でも恥ずかしいこと言ったなぁと今でも反省してます。忘れて……」

「ふふっ、やだ。忘れない。ずっと覚えてる」

 

 ヒリエッタは、そういたずらっぽく笑って、彼の手を握り返した。傷の痛みでその力はとても弱々しかったが、イズモにとってはそれだけで十分だった。

 ぽろぽろ、と彼の瞳から涙が零れ落ちる。

 

「あ……ごめ、ん」

「……いいよ。大丈夫。大丈夫だから」

 

 同じように瞳を潤わせていたヒリエッタが、優しくそう言った。

 馬鹿みたいに優しい声だ、とイズモはその声を頭の中で反芻させた。

 

 

 

「――ふふ。でも、よかったぁ。イズモが無事でいてくれて」

「こう見えてオレ、しぶといからさ」

「うん……知ってる……」

 

 それなりの時間が経ってから、ヒリエッタがほっと一息ついてそう言った。

 イズモはちょっと得意気にそう言うが、そこにもう少しだけ言葉を加えつける。

 

「……あ、でも、もうちょっと早く来てくれたらいいのに、とは思ったよ」

「え?」

「三日前に、飛行船が降りるのを見たんだ。だけどみんなが来てくれたのは昨日だったからさ。オレ、二日間辛かった!」

「……?」

「二日はやっぱり長かったよー! オレ頑張った! もっと褒めてくれていいよ!」

「……どういうこと?」

「ん?」

「私たちが着いたのは、つい昨日よ……」

「……なんだって?」

「三日前は、私たちじゃない。その時は、私たちはまだベルナ村を経ったばかりだわ」

「……ほんとに?」

「えぇ、間違いないわ」

「……じゃあ、その飛行船、一体誰が……?」

 

 三日前に来た飛行船が、てっきりシガレットたちだと――イズモは、そう思い込んでいた。しかし、彼らが到着したのは昨日のことであり、別の誰かがそれより前にこの古代林に足を踏み入れている。

 何気なく口走ったことが、どこかすっきりとしない事実を明らかにした。どこか後味の悪い思いを感じたイズモは、それを口にしたことに若干の後悔を覚えるのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「――な、何が……?」

 

 吹っ飛ばされて、骨の山を転がった。

 確かに俺は、淆瘴啖に引導を渡そうとしたはずなのに。あの頭に、剣斧の切っ先を向けていたはずなのに。

 気付けば、俺は骨の山を転がっていた。

 一体何が起こったのか。一瞬のうちに脳に叩き込まれた情報を、必死に整理する。

 

 突き付けた剣斧が、弾かれる。

 突然暴れ出した淆瘴啖によって、その切っ先が奴を仕留めることはなかった。

 淆瘴啖は、まるで死を拒むかのように暴れ狂う。

 あの時、氷海で見せたような半狂乱の状態に近かった。本当に、恐怖に怯えているかのような(おのの)き具合だった。

 そんな奴の巨体が、骨の中に引きずり込まれる。

 この地底湖の底へ、骨の山から伸びた長い骨に絡みつかれて――――。

 

「……そうだッ! あれは一体……」

 

 俺の記憶が正しければ、まるで蛇のような骨だった。

 いや、骨でできた蛇って言った方が正しいか?

 

「……うっ!?」

 

 突然、俺の足元が青く光り出す。

 俺の立つ骨の隙間から、青い粘液が溢れ返ってくる。

 

「何だッくそッ!」

 

 慌てて、横に跳んでそれを避けた。

 畜生、動く度に左目がぐじゅぐじゅと痛みやがる。

 

「……な……」

 

 粘液の噴出は拍子抜けなくらいあっさりと終わり、かと思えば背後から骨が割れる音が響く。

 慌てて振り返った俺が見たのは――――。

 

「……っっ」

 

 異形としかいいようのない奇妙な物体だった。

 骨だ。

 骨の塊が動いている。

 まるで亀の甲羅のような巨大な骨と、そこから伸びる二本の骨。まるで双頭の生き物が、骨の奥から悠然と現れる。

 

「……何だ、こいつ」

 

 正直なところ、化け物以外なんでもなかった。

 骨が動いている。骨が、意思をもって動いているようにしか見えないのだ。

 これが、例の双頭の龍か? とふと思う。

 龍歴院が調査していた古代林。そこで飛空船が行方不明になる事件が多発し、調べてみれば地下に巨大な古龍がいたとのことだったが――もしかしなくても、これがそうなのかもしれない。

 

「……けど、何だ、これ」

 

 長い首の先には、これまた見慣れない竜の首がついている。それも、頭蓋骨だ。カタカタと顎を鳴らす姿は、獲物を前に心躍らせているようにも見えるし、一方でどこか傀儡めいているようにも見えた。

 しかし、それよりも気になる点があった。

 

「首が、ない……?」

 

 双頭のうち、片側があまりにも短かい。まるで半ばで噛み千切られたかのような、そんな風貌だ。

 砕かれた骨の中からは、不気味な肉の断面と、そこから滴る青い血が顔を見せている。竜にしては、鮮明なくらい青い色だ。

 ――いや、よく見ろ。あの噛み痕を、俺は何度も見てきたはずだ。あの噛み痕を、俺は追い続けたはずだ。

 

「淆瘴啖……淆瘴啖が、食ったのか」

 

 乱立した牙に抉られたその断面図は、イビルジョーによるもので間違いない。それに、あのサイズとなると淆瘴啖ほど長寿な個体に違いないだろう。

 ――じゃあ、こいつか? こいつが、淆瘴啖をここに連れてきたのか?

 

 

 

 その骨が、吠える。

 まるで慟哭と怨嗟が織り交ざったようなその声が、この地下空間を震わした。

 

「ぐっ……!」

 

 耳が痛む。その衝撃で、左の眼孔も酷く痛い。

 その咆哮に身を竦ませたその瞬間に、右だけになった視界が奴の首を映す。その喉奥から溢れる、まるで絵の具のような色に染まったその青を。

 

「んの……ッッ!」

 

 横に跳び避けた瞬間、青い軌跡がこの暗闇を塗りたくった。

 絵の具のような青。

 ひたすらに深い青色に染まったそれが、骨を絡み取るようにして水に溶けていく。

 あの青を、俺は見たことがある。

 

「あの時の、氷海の時のあれか! あの時いたのかっ! あそこに!」

 

 応、とでも答えるように骸の頭がうねり、俺に目がけて落ちてくる。

 頭突きか?

 いやむしろ、打撃のようだ。頭を、まるで道具のように粗末に振るう。

 

「おいおいおい、何だコイツ!!」

 

 まるで鞭のようにしなるその首。

 しかし、太さは鞭どころではない。大木だ。骨でできた大木が、眼前に迫る。

 

「うらァッ!!」

 

 構えた剣斧を振り上げて、弾くようにいなした。

 頑丈な淆瘴啖の素材だけあって剣斧はまだ無事だが、俺の肩には多大な負担が襲い掛かる。ここまでの体格の相手には、やはりイナシは厳しそうだ。

 なんて考えていた瞬間だった。

 奴の頭が骨の中に沈み込む。頭の重さに骨の大地が耐えられなかったようで、奴は大きな隙を晒した。

 

「ここだッ!」

 

 剣斧を振り下ろす。

 その目元に向けて振り下ろす。

 

 骨が割れ、青い血が溢れ出した。

 左目が、穿たれる。

 左目が穿たれたというのに――奴は、まるで反応を示さない。

 

「……何だ、この違和感」

 

 続けざまに斧で連打し、さらに剣で斬り付ける。それでもその頭は、まるで意に介さずゆっくりと骨の海から顔を出した。

 おかしい。

 どんな生物であれ、目は急所なはずだ。

 目のないフルフルでもない限り、目元を穿たれたら大きな反応を示すはずだ。あの淆瘴啖ですらそうだったんだから。

 それでもコイツは、深々と目に穴を空けられても何も気にせず打撃を繰り返している。一体、どうなっている?

 

「死角取ったぞ――――」

 

 それでも、俺は奴の側面に回り込んだ。

 奪った左側へ入り込み、再び剣を構える。

 その瞬間だった。

 

「――なっ、嘘だろ!」

 

 奴は、そんなこともまるで関係ないと言わんばかりに首を振る。

 死角の俺も、見えていないはずの眼で捉えたとでもいうのか。

 

「ぐっ……」

 

 振り上げられた腕に当てられ、そのまま骨の大地を転がった。

 舞い散る破片と、バルファルクにやられた痛みが俺を苦しめる。左目に至っては、もはや痛い痛くないという問題ですらない。感覚がほとんど分からなかった。

 

「くっそ……この野郎……」

 

 まずい。

 バルファルクに続いて淆瘴啖にやられ、休憩の隙間もなくこいつが現れた。

 しかも、古龍だと? バルファルクやクシャルダオラどころではない。体格から考えれば、超大型モンスターと捉えてよさそうだ。

 そんな奴と、こんな逃げ場のない地下空間で鉢合わせるなんて。

 いや、むしろ俺が軽率に奴の縄張りを踏んだのか。

 

「……っかぁ~。下手こいたもんだぜ、俺も」

 

 このまま、俺は死んじまうのだろうか。

 ようやく淆瘴啖を仕留めれる、というところで再びこいつに漁夫の利を取られちまった。

 あぁもう、俺は本当に肝心なところでダメな奴だ。

 

「……淆瘴啖、食いたかったなぁ」

 

 深い眼孔の奥から、赤黒い光を見せるその骨の塊。

 先程の青い粘液とは一変、龍光らしきものが溢れ始める。

 

 畜生。俺もここまでか。

 イルル――悪い。淆瘴啖、俺の代わりに食ってくれよな――――。

 

 

 

 赤い光が集束する。

 その光ごと、一筋の線が穿った。

 

 直後、炸裂音。火薬の弾ける炸裂音だ。

 奴の頭を突いて、胴体の奥までその線は貫いた。同時に、その弾道が激しく炸裂する。骨の鎧もものともしないその一撃に、奴は野太い悲鳴を上げた。

 

「な……」

 

 一体何が?

 何が、奴を仰け反らせた?

 

「……だが! 今は!」

 

 考えている暇はない。

 折角できた大きな隙だ。これを逃す手はない。

 剣斧を大きく振り被り、斧から剣へと姿を変える。その切っ先を解放させ、ビンのエネルギーを放出。内包するエネルギーが一つの出口から溢れ出した。

 その衝撃が、俺を後押しする。その流れに身を任せ、俺は駆け出した。

 

「らあああぁぁぁぁッッ!!」

 

 骨に足を取られる。剣に擦られ舞い上がる骨が鬱陶しい。

 それでも俺は、走り続けた。奴の喰い千切られたもう片方の首に向けて走る。

 その断面を向けろ。その骨の下の肉を見せろ。

 この剣斧を突き立ててやる――――。

 

「――あ」

 

 もう片方の首が、うねる。

 俺を認識して、その空虚な瞳で俺を見た。

 骨の大木が、再び俺に迫ってきた。

 剣斧の反動で走る今、俺にそれを避けるなんて細かな芸当はとてもじゃないが不可能だ。

 まずい。しくじった――。

 

 カン、と甲高い音が二度響く。

 同時に、その大木の骨が激しく炸裂した。

 

「……ッ!」

 

 今のは、見えた。 

 斬裂弾だ。斬裂弾が首の骨を裂いた。奴の首が痛みに暴れ、その度に青い汁が降り注ぐ。

 一体誰だか知らないが、誰かが俺を助けてくれている。

 今分かるのは、それだけで十分だった。

 

「さぁ――――」

 

 跳躍。続いて、首の断面に向けて剣斧を突き立てる。

 肉の奥まで埋まったそれを、解放だ。詰まった属性を、今解放するんだ。

 

 澄んだ龍炎が、チリチリと肉の隙間から溢れ出る。

 剣斧が震える度にその量は増えていく。

 

「――たんと喰えッッ!!」

 

 炸裂。

 奴の首の中で、剣斧が擦れ合って着火。漏れ出た龍炎は、爆風と高熱に成り変わる。

 その反動で俺の体は弾かれて、剣斧を突き立てるようにして受身を取る。

 大きく引き裂かれたその首からは、どす黒い色の粘液が零れ落ちていた。青色と、くすんだ龍の色。裂けた身は黒く、どこかぬめりを帯びている。

 

「……こいつは、一体何なんだ」

 

 先程撃ち抜かれ、さらには俺が患部をえぐったというのに。

 奴は悠然と、動き出す。

 その骨の首を海に沈め、ゆっくりと体の向きを変え始めた。それはまるで、船が旋回するかのように――――。

 

 淆瘴啖はどうなったのか?

 あの狙撃の主は誰なのか?

 

 そんな疑問を置いてけぼりにするかのように、奴は本性を現した。

 

 恐ろしいまでのその雄叫びに、この地下空間が青く染まる。

 

 それはまるで、物語に出てくる死者の国のようだと。

 後から思い返すことがもしできたとしたら、俺はきっとそう思うのだろうな。

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『古代林印の焼きバナナ』

 

・バナナ(古代林産) ……2本

・バター(雲羊鹿製) ……適量

・シナモンパウダー  ……適量

・砂糖        ……極少量

 






狙撃竜弾ってかっこいいよね。


イズモとヒリエッタは某曲がモデルとなっています。とある時代、とある場所の、乱れた世の片隅の出来事なんです。
本編で描くのもどうかと思ってたけど、そのまま放置するのは流石に意味不明なので書くことにしました。シガレットに影響を与えたイズモに影響を与えていたのは、実はヒリエッタだったっていう話。こうやって人間関係が繋がっていくの、個人的にはすごくエモく感じます。マジエモい。
さてさて、いよいよラスボス戦です。オストガロアくん。モンハン飯のラスボスは、イビルジョーを超える大食漢なのでした。モンハン恒例の、メインモンスターが前座って奴ですね……。哀しい。何でもかんでもラギアクルスノセイダーズ。
閲覧有り難うございました。

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