モンハン飯   作:しばりんぐ

78 / 84



いよいよメインディッシュです。





旨いものは最後に食べる

「げほっ! ぺっぺっ! うわ何か口に入った! 何だこれ!」

 

 壁に剣斧を突き立てて、落下の衝撃を押し殺した。

 そうして辿り着いたこの地の底は、光も満足に届かない薄暗い空間が広がっている。

 落下と同時に何かが舞い上がり、跳ねる水の音を聞いた。

 

「ぺっ……何これ……骨……?」

 

 口の中に入り込んだ、小さくて固いもの。

 石かと思って吐き出してみれば、それは確かに骨だった。噛み砕かれて、劣化に劣化を重ねた骨。

 

「……何だ、これ」

 

 水の音を感じた通り、そこには確かに水が広がっていた。

 古代林の地下に広がる地底湖、もしくは地下水脈。この広大な地下空間は、大量の水を含んだ湖だったのだ。

 ――そこまではいい。地底湖なんて、よくある話だ。大老殿の管轄内であるデデ砂漠にも、かつては地底湖があったと聞いたことがある。

 だが、ここの光景は、そんな他のフィールドとは比べ物にならないほど異様だった。

 

「……骨? みんな、骨なのか?」

 

 その地底湖を覆い尽くすように、骨の山が広がっている。

 壁にも、天井にも、地底湖の底までも。全て白く濁った骨が隙間なく敷き詰められている。

 竜一頭分なんて、そんな生やさしい量ではない。数にして、一体何十頭分になるのだろうか。考えるだけで頭が痛くなる。

 

「はは……なんだこりゃ。俺、頭がおかしくなったのか? それとも、落下の衝撃で死んだのか?」

 

 だとしたら、ここは地獄か何かだ。

 もしくは墓場かもしれない。名前を当てるとすれば――『竜の墓場』、だろう。

 

「……はは……はぁ」

 

 しっかりしろ、俺。

 ここは一体どこだか知らないが、俺は自分が生きているかどうかを確かめる術を知っている。

 俺の感覚に従え。俺の全てを呑み込むんだ。

 

「……うおっ、さむっ!」

 

 ビュオォ、と洞穴が笛のような音を奏でる。

 どうやら、俺の推察通りこの洞穴にはいくつもの入り口があるらしい。それが風の通り道となり、まるで慟哭のような不気味な音を立てていた。

 とはいえここは、太陽光が満足に届かないほど地下深い。海抜が一体どれほどなのかは分からないが、この湖はもしかすると海に繋がっているかもしれない。闇のように深いそれが、随分と冷えた風を伝えてくる。

 

「……これをこのまま食べるのは、もったいないよな」

 

 ポーチに忍ばせた手が、夜食として入れてきたおにぎりに触れる。

 しかし今はあえてそれを離し、俺は別のものを取り出した。

 

 がちゃん、と音を立てながら、それは骨の上に(そび)え立つ。

 ドンドルマのハンター支援事業の一環として作られた便利アイテム『ネルスキュリン』。影蜘蛛をモチーフとした、金属製の六本足が伸びた七輪だ。その用途はずばり、野外調理。中心に火炎液ストーブを押さえ、六本足の上に小型鍋を置く。

 マッチに火をつけ、ストーブの口に着火。まるでワイングラスをひっくり返したようなその構造は、下層の液貯めと上部の搾り口に分けられる。下層に貯まった火炎液を少しずつ上部へ輸送し、それが炎に反応して長時間燃焼を起こす仕組みである。

 そこから伸びる炎に鍋の底を当てて、水を注ぐ。

 

「感覚に従う唯一の方法――旨いもんを食う。これしかないよな」

 

 旨い、を感じれるなら、俺はきっと生きている。

 だったら俺は、ここでまず飯を食うのだ。

 

 この地下水の水は随分と濁っており、骨のカスと肉片で汚れきっていた。飲料水として空きビンに水を詰めてきたが、正解だったようだ。

 

「……さて」

 

 炎を見て落ち着きを取り戻す。

 やはり料理は偉大だ。

 火の獲得こそ、人間の最大の功績と言っても過言ではない。

 

「さぁ……どうしたもんかな」

 

 落ち着きを取り戻し――まずは現状分析。

 ここは一体何なんだ? 見渡す限りの骨、骨、骨。

 あの自然豊かな古代林の地下に、こんな空間が広がっていたなんて。とてもじゃないが、想像が及ばなかった。

 

「淆瘴啖は、ここにいる、か……?」

 

 今は、奴の声は聞こえない。だが、さっきまでは確かに、この地下から奴の声が響いていた。あの地震のような振動も、奴が壁に全身を叩き付けていた音だろう。凍土で対峙した頃から、よく見てきた奴の癖だ。

 骨が固まってできたこの地下の壁は、随分と弱く、壊れやすい。その震動が、微かに地上に伝わっていたのだろうか。

 

「……あ。これ、魚竜種の骨だ」

 

 そこには、比較的劣化の少ない魚竜の骨が流れ着いていた。

 鋭いながらも頑丈で、細いながらも折れることはない。力を加えても柔軟に弧を描きつつ、しかし力強く元の形に戻る。この形状からして、おそらくガノトトスか、もしくはその近縁種か。それにしてはサイズが小さいから、もしかするとこれは幼体のものかもしれない。

 

「これ出汁に使えるかも……。ん、おっ! 貝もいるじゃん!」

 

 辺り一面は骨ばかり――とすっかり思い込んでいたが、どうやらここにも命の連鎖はあるらしい。親指と人差し指で作った輪より一回り大きな貝が、骨と岩の隙間に佇んでいた。

 殻だけかと思いきや、持ち上げてみればずっしりと重い。

 裏返してみれば、ぷりぷりに締まった身が露わになる。ちょっと不気味なビジュアルだが、どこか懐かしい感じがした。

 

「市場で見かける奴に似てるなぁ。こいつの方がデカいけど。近縁種かな……煮れば食っても大丈夫だろ、うん。それに良い出汁が出そうだ」

 

 市場で買った貝と同様に、殻の凹凸が少ない面からナイフを忍ばせた。これが近縁種なら、こちら側に貝柱があるはずだが――――。

 

「……ビンゴ」

 

 手応えを感じてナイフを引き戻してみる。剥ぎ取りナイフでは些か大きすぎたようだが、貝柱は確かに断つことができた。

 隙間から指を入れて、身と殻を剥がす。ぺりぺりと剥いでいくと、肉厚な身が手に乗った。思った通りだ。俺の記憶にある貝とよく似ている。こうして剥がすと、身と肝が分離してしまうのも一緒だ。満足に砂抜きをさせてやる余裕はないため、こうやって肝だけ取ってしまうか。

 

「……もったいない、けど、まぁじゃりじゃりを食ってもなぁ」

 

 外せば、まるで鳥竜種の頭のような形だった。そんな肝を自然に還し、身の方はナイフで細かく切り込みを入れていく。

 鍋に入るようにカットした骨と、刻んだ貝の身をさっと下茹でし、一度水を入れ替える。今度は最初から煮出し、たっぷりと出汁を出してもらおう。同時に、地上の探索で拾っていた深層シメジ、そしてチルテピン種のトウガラシを指で潰して入れる。あとは、申し訳程度の塩と薬草を少量。

 

「うんうん、いい匂いが漂ってきた」

 

 煮詰めていくと、少しずつ鍋の中身が白濁していく。どうやら、この貝からは相当良い出汁が出るらしい。貝の旨みを含んだ香りが、この地下空間で溢れ始める。魚竜の骨の出はいまいちよく分からないが――いずれにせよ、この出汁の主役はこの正体不明の食材たちだ。一体、どんな味になるだろう。

 煮だって小さな気泡をいくつか浮かべ始める鍋を見つつ、俺はポーチからようやくあれを取り出した。

 見た目は、巨大な深緑の葉の塊だ。しかし中身は、俺が夜食用に作っておいたおにぎりが一つ。古代林に群生していたバナナの葉を包みに使わせてもらったのだ。

 

「よしよし、骨は取り出してっと。シメジは……やっぱりシイタケの戻し汁みたいにはいかないよな。茹でてるだけだし」

 

 トウガラシのおかげでほんのり赤みを帯びたその出汁の中に、おにぎりをそっと落とす。

 お湯を浴びてその形を崩す米の塊は、その中身に詰められたものをぽろりと解放した。

 

「ふっふっふ……中に詰めた焼きサシミウオの切り身……ちょっと乱切りしちまったけど、こうやって汁の中でほぐせば問題なし。うんうん、良い感じ」

 

 白濁した汁に、白い米が溶けていく。

 ほんのりとした朱色に、サシミウオの鮮やかな橙色がほぐれていく。

 少しだけ炊いて、味と熱が通ればいい。それほど長い時間火を付けている必要もない。

 

「うん、完成だ!」

 

 バルファルクとの戦闘で疲れた俺を、心身ともに癒してくれる最高の一杯。名付けて――『深層出汁のおにぎり雑炊』だ。

 旨みと甘みが溶け込んだ香りが、鼻腔を抜ける。同時に、この豊かな香りが地下空間に広がっていった。

 

「いただきます……」

 

 ずずっと、その出汁をすする。

 瞬間、深い海の香りが、俺の体中を駆け巡った。

 

「あっ……いい……これ好き」

 

 これはまた、濃厚な味わいだった。もっと薄味を想定していたのだが、貝の旨みがふんだんに詰め込まれた風味がとても強い。口全体が魚介になったような気分だ。

 貝の旨みに隠れつつも、魚特有の優しく、それでいて弱々しい風味が舌に残る。だが、これはあの骨のものか、それともサシミウオのものか。あの骨からこんな旨みが出るような気も正直しないので、サシミウオのものかもしれない。ほんのり感じるピリ辛具合がまた絶妙で、体の芯からポカポカ温まってくるような気がした。

 それらに浸されたおにぎりの味わいは、もう筆舌し難い。普段なら冷めてどこか固い食感が残るおにぎりが、再び水を吸って柔らかくなっている。しかも、その吸った水が最高に旨いのだ。ともすれば、その米が一体どうなっているか――もう説明するまでもないだろう。

 

「うおっ、この貝すげーな! 身がぷりっぷりだ!」

 

 噛むと、とても力強い歯応えを感じる。噛む度に、中に込められた旨みが溢れ出す。

 海のしょっぱさと、甘さと、苦さと、抱えきれないほどの旨みを混ぜ合わせたかのような、そんな味。噛む度に染み出す。海そのものの旨みのようなそれが、出汁に乗って溢れ出す。まるでこの世の旨みを凝縮したような、そんなきめ細かい味だ。味の密度が、他のものとは段違いであると言わざるを得ない。

 

「はぁ~~……あったまる。身に沁みるぅ……」

 

 ほぐれたサシミウオの塩気が米によく絡む。シメジの独特の歯応えが、これまた心地良い。キノコの香りが、ちょうどいいアクセントだ。うん、この味、小さい頃は苦手だった味だ。

 貝もそうだ。この独特のクセが、俺は昔苦手だった。だが、今になって思うと――こうして苦手だったものほど、美味しいんだよなぁ。

 "美味しい"いうのは、今俺が生きている証そのものだ。

 

「心も体もあったまる。これは雑炊にして正解だぁ……」

 

 風が、独特の香りを運んでくる。

 骨が、カタカタと音を立てる。

 

 心も体も満たされた。バルファルクとの戦いで少々痛手は負ったが、もう気にならないくらいだ。

 とはいえ、所詮はおにぎり一個分。物足りない量でもある。

 

「……さ、メインディッシュだ」

 

 ネルスキュリンからストーブを外し、その六つ足を重ねるようにして畳む。

 鍋の中身は最後の一滴まで飲み干して、空いた空間を埋めるように調理器具を詰め込んだ。

 

 パキパキと、背後から骨が踏み砕かれる音が響く。

 

「お前も、匂いにつられてきたのか?」

 

 ポーチに全ての道具を詰め込んで、口に残った魚の骨を吹き出して。

 俺はそっと、背後から歩み寄る巨体に向けて身を翻す。

 

「会いたかったぜ。――淆瘴啖」

 

 隻眼の恐暴竜が、そこにいた。

 黒々しい体色に、全身傷だらけのイビルジョー。

 

 間違いない。この顔、この傷痕、べっとりとこびりついた血の痕は、まさにあいつのものだ。

 奴は低い唸り声を上げる。ようやく獲物を見つけたと言わんばかりに、口から変色した涎を溢らせる。

 淆瘴啖、イビルジョー。俺が探し求めたアイツが――氷海で逃して、そのまま死んでしまったと思っていたアイツが今、目の前にいる。

 

 骨の山を強く踏み締めて、奴は吠えた。あの耳の奥にまで染みついた声が、この地下空間で反響する。

 

「随分気が立ってんな……! どうしたお前、ガリガリじゃねぇか!」

 

 淆瘴啖は、随分やせ細っていた。

 あの筋骨隆々とした姿は、今や見る影もない。一本の糸に何とかしがみ付いて生に執着しているような、そんな状態だ。普通のイビルジョーならば、もう既に餓死していてもおかしくはないだろう。

 限界状態か、極限状態か。何と言えばいいか分からないが、いずれにせよ奴は極度の飢餓状態だ。あの血走った眼は、もう物の判別も何もできていないのかもしれない。

 

 振り上げられる鎌首。それを、俺は横に跳んで躱す。

 しかし奴は、構わずその顎を力強く咬み慣らした。骨が木屑のように割れ、奴の口内に溶け込んでいく。骨であっても口にせずにはいられない状態――いや、むしろこいつは骨を食ってでも生を繋いでいたのか?

 

「……いや、まさかな」

 

 ボリボリと骨を砕いて呑み込む奴の姿を見ていると、あながち間違いではないかもしれない。

 こいつがずっとこの地下空間にいたのだとすれば、一体何を食べてきたのか。この骨しかない空間で一体どうやって。

 

「……その様子じゃあ、これはお前が積んだ屍じゃないってことか」

 

 これだけの数を口にできているとすれば、淆瘴啖がこれほどやせ細っているのが説明できない。いくら代謝が激しいといえど、これだけの骨の量があれば淆瘴啖でも十分食い繋げることができる量だ。

 と、すると。

 

「じゃあ、この骨の山を作ったのは誰なんだ……」

 

 あの氷海の戦いからは、随分と時間が経っている。その間をこいつはこの空間で過ごしてきたとすれば、今こうして骨と皮だけ残った死霊のような姿になっているのも頷ける話だ。

 じゃあ、この骨の山は一体誰が? 生態系を食い尽くすこいつがやせ細っているなら、ここは一体何が原因でこんな環境になったんだ?

 ――いや、そもそも、こいつはどうしてここにいるんだ。

 

「うおっ!」

 

 考える時間は、与えてくれないようだ。

 矢継ぎ早に、奴はその極悪な牙を振り下ろしてくる。避ける度に奴は骨を噛み砕き、その欠片を弾き飛ばした。

 

「……ッ! ここは厄介だな!」

 

 例えるなら、奴が動く度に、その顔周りに細かな散弾が舞い散るような――そんな状態だ。

 俺は奴の股下をくぐり抜け、腹下と尾を狙う。とはいえ、尾を満足に再生させる栄養も取れなかったようで、随分と短い尾なのだが。

 

「ハァッ! ……ちっ、相変わらず皮が厚いな! 切っ先が重い!」

 

 あの脂肪も筋肉も随分萎んでいるというのに、振り上げた剣には重い感触が残る。傷を受け続けて厚くなった皮は、相変わらず剣士の難敵だ。

 振り回される尻尾。

 大したことはない。短い。

 

「とうっ!」

 

 斧に変えた獲物を抱え、屈むようなステップでそれを回避。

 肩に乗せた斧をそのまま振り上げ、左脚の付け根へ食い込ませる。

 

「ぐっ……!」

 

 じぃん、と腕が痺れるように痛んだ。確かなダメージは与えているのだろうが、こちらへの反動も相当に強い。

 しかし、そう悠長に腕を慣らすわけにもいかなかった。

 淆瘴啖が、吠える。

 逆鱗に触れたかのように、凄まじい怒号を上げた。

 ――同時に、溢れんばかりの龍属性のオーラが顔を出す。血中に含まれた龍属性が古傷を破って表出し、その凄まじい体温によって気化。それがドス黒いオーラとなって舞い上がる。頭頂部どころか体中の傷痕からそれが溢れ、奴は獣竜の姿から一変、魔霧を纏った悪魔と化した。

 

「出たな……!」

 

 死にかけだというのに、奴はそれも厭わないで吠え続ける。こんな状態を続けていれば、奴は間違いなく死ぬだろう。

 

「賭けに出たか……いいぜ、来い!」

 

 このままゆっくり餓死するか。

 それとも、寿命を縮めるリスクを負ってでも、ようやく見つけた餌を口に入れるか。

 奴がそれを考えて選択できるとは思えないが、いずれにせよ後者をとったのだ。

 俺も奴に合わせて剣斧の姿を変える。滅龍ビンを解放。そのエネルギーを剣斧内部に留まらず、外へと放出させた。

 ナイフで切り裂いたピンの隙間から、奴とは打って変わって随分と澄んだ龍のオーラが溢れ出る。

 

「剣鬼形態だ。お前の肉を、浄ってやるよッ!」

 

 ――生憎、食べられるほどの肉は残ってないかもしれないが。

 それでも俺は、お前を狩る。

 今日ここで、決着をつけてやる。

 

 地団太をバックステップで躱し、振動が届く前に跳ぶ。

 そのまま奴の膝を起点に上をとり、切り上げながら跳躍。同時に、真上から振り下ろし。

 奴は怯むように足をもつれさし、しかしその勢いを反転。空中の俺に向けてその口を振りかざした。

 

「ちっ、こんのッ!」

 

 宙で体を逸らし、奴の左目に向けて刺突を放つ。それが眼孔から伸びた封龍剣の柄を弾き、奴は甲高い悲鳴を上げた。

 

「くっ……お前ッ!」

 

 仰け反って、頭を大きく振り回して。

 それと同時に、奴の口内からドス黒い光が渦を巻く。

 閃光。続いて、衝撃波。

 

「うおっ……!」

 

 螺旋を描くように吐き出されるそれは、もはや奴の血反吐かもしれない。あるいは、ただの吐瀉物か。

 しかしそれは間違いなく龍属性そのものであり、涎と共に拡散。それが気化し、黒い霧となってばら撒かれる。

 剣斧を背にしまってとにかく走った。背後の骨が、その霧に呑まれて黒く染まる。大気が、ドス黒く焦げていく。

 

「お返しだッ!」

 

 その霧が晴れたところで、俺は駆け出した。

 奴に向けて。大量に吐いて視界が狭くなった奴の、その頭に向けて。

 

「ハァッ!」

 

 ビンのエネルギーをばら撒きながら、その剣を地に擦らして走る。大量の骨が俺と共に舞い上がり、一瞬奴がきょとんとした気がした。

 その目元に向けて、剣を振り上げる。エネルギーの放出がその斬撃を後押しし、続けざまにもう一度切り上げた。

 

「オラァッ!」

 

 顎の牙が何本か砕け、細かな破片が舞い散るが、今はそれも気にしない。振り上げた剣を斧に変え、そのまま振り下ろす。

 打点の高い斧の一撃。それに頭頂部を叩き付けられ、淆瘴啖はその頭を骨の山へと突っ込ませた。

 ハンターの攻撃でも、ここまであからさまに抵抗力も見せないなんて。やはりこいつは、弱っている――――。

 

「――いや、この感じ……ッ!」

 

 斧を再び、剣の姿に変えようとグリップを握った瞬間だった。

 骨と、そこに埋め込まれた頭の隙間から、一際強いスパークが走る。

 慌てて出すのは、イナシの構え。同時に、足元から赤黒い波動が溢れ出した。

 

「ぐあっ……!!」

 

 物理攻撃ならイナせるものの、足元が炸裂したとなればどうしようもなかった。弾け飛んだ衝撃で、俺は背後に強く飛ばされる。

 まるで噴火するかのように、奴のオーラが炸裂。大量の骨が舞い上がる。湖の中に溢れ出した龍の瘴気が、何かに反応して暴発したらしい。まるで、水中で誤爆させたタル爆弾のようだった。

 

「あぐっ……くそッ!」

 

 背中から落ちて、バルファルクの最後っ屁の痛みを思い出す。骨の凹凸が防具越しに俺の背中を激しく叩き、余計に痛んだ。

 それでも素早く体勢を整えて、奴に追撃しなければ――――。

 

「……ッッ!!」

 

 迫る牙。

 轟く怒号。

 顔をずぶ濡れにして、水気を魔霧に溶かし込んで、奴は迫る。

 その口が俺を食おうと開き切った。

 

「させるかッ!」

 

 腰にぶら下げていた小タル爆弾のフックを外し、投擲。奴の口の中に放り込む。

 同時に俺は空いている腕で顔を庇い、武器を持つ手を起点に跳躍。爆風と共に背後に跳んだ。

 奴は、吠えた。口の中で炸裂する爆薬もまるで気に留めず、俺が一拍前にいた空間を抉り取る。同時に、骨を激しく咬み慣らした。

 

 炸裂する骨。

 虚しく噛み砕かれる骨の屑。

 散弾のように舞うその破片。

 白濁した色のそれが、俺の左半分に迫った。

 

「――――ッ!?」

 

 最後に、骨が舞う光景が目に映って。

 次の瞬間、視界が半分になった俺。

 

「ぐぁッ……あ……ッ!」

 

 反射的に動いた手に、どろりと生温かい感触が伝わってくる。

 左目が、燃えるように熱い。

 

「あっ、があぁぁぁぁぁッッ!! 目がッ……ッ」

 

 血が止まらない。

 眼球がまるで心臓に脈動し、信じられないほどの痛みが襲い掛かる。

 左の顔面が跳ねまわっているみたいだ。

 脳髄の奥までほじくられているかのような、そんな痛み。

 

「――ッはッ、ハァッ……くそっ、くそくそくそッ! くそが……ッ!」

 

 水面に、俺の顔が映る。

 鋭く尖った骨の破片が、左眉から真下に俺の顔を薙いでいた。どくどくと血が溢れ続ける。

 目は――開けない。深々と抉られて、眼球はきっともう――。

 

「……ッッ!!」

 

 半分映る視界の端に、その巨体を大きく屈ませる奴の姿があった。

 同時に跳躍。あの巨体が俺に襲い掛かる。

 痛みのあまり足がもつれ、思うように動けない。奴の足の爪が俺を羽交い絞めるのも、ほんの一瞬だった。

 

「ぐッ……」

 

 片目を失った奴と、目が合った。

 左目を穿たれた奴と、目が合った。

 

「てめぇ……」

 

 どうだ、と奴が言っているような気がした。

 俺と同じになった気分はどうだ、と。

 

「……最悪だ。くそ……」

 

 左目潰しが、最後には自分の左目も潰されたか。

 俺がお前にしたように、お前も俺の左目を潰したか。

 

「――最悪にいてぇんだよ、クソッ……。やりやがったな……ッ!」

 

 ミシミシと、俺の体が悲鳴を上げる。奴の体重がかかり、防具の凹凸が割れていく。

 やせ細っているとはいえ、淆瘴啖は大柄だ。その重さに俺の肺は圧迫される。ひゅーっ、ひゅーっ、と力ない息の音が聞こえた。

 なんだ。これ、俺の息の音か。

 

「どけ、どけよ……」

 

 ようやく食にありつける。

 そう言わんが如く、奴は涎を滴らせて大口を開けた。強酸性のそれが俺の髪や周囲の骨に垂れる。オオナズチの頬当てが、音を立てて溶けていく――――。

 

「――どけよこの野郎ッ!!」

 

 その大口に向けて、剣斧を突き出した。

 もはや残量も半分となったビンが迸り、奴の口の中で瞬く。

 口内で弾ける波動に、流石の奴の悲鳴を上げた。同時に足の拘束も緩み、俺は身体を転がしてそこから逃れる。

 左目は相変わらず猛烈に痛い。

 視界も何も映さず、俺は右半分しか見ることができない。

 しかし、今はそれで十分だ。右目だけでも、奴の姿はよく見える。

 

「けっ、いい意趣返しじゃねぇかよ……あぐっ、いってぇな……」

 

 淆瘴啖は、忌々しそうに唸る。

 ずっとずっと、自分の口に入らない獲物を、牙を剥き出しにして睨んでいる。

 

「いいぜ。手向けだ。俺の左目はくれてやる。――だけどな、意趣返しっていうなら、俺も黙ってねぇぜ!!」

 

 迫るタックルを躱し、剣で薙いだ。

 振り回される尻尾をスライディングで躱し、手にした骨を投げつける。

 それに一瞬怯んだ奴の左半身へ、駆け出した。奴の死角に潜り込むものの――しかしその動きを視認した奴は慌ててその首を振り下ろす。

 ――ビンゴだ。いつもいつも死角ばかり狙われて、奴はそうはさせまいと直線的な攻撃を仕掛けてきた。こうくるだろう、と思っていた手は見事当たり、俺は半身だけ逸らすことでその牙を躱した。

 

「――お返しだッ」

 

 そうして、がら空きになった下半身。

 奴のやせ細った左足を駆け登り、この巨大な剣を振り上げた。

 

 ビンの底に少しだけ残った緋色の液体が、激しくスパークを上げながら剣斧全体に行きわたる。奴のオーラにも負けないほど、鮮明な赤を。その赤を、刺突として奴の左脚へと突き付けた。

 手に帰ってくる感触は、鈍く、とても重い。それでも、刺突を後押しするバルファルクの炎のままに、俺は両腕にさらなる力を込めた。

 

「斬れろォォォッッ!!」

 

 左膝の、その下へ。切っ先から伸びた淆瘴啖の牙と天彗龍の爪が、奴の分厚い皮を引き裂いていく。

 中の骨まで届いた感触が、金属のように固い何かを削った感触が腕に届く。

 俺は、そのまま剣斧を解放した。負荷のあまり諤々と震えるそれを、必死に突き立て続ける。奴の膝のその奥に詰めたまま、暴れ狂う奴の猛攻に耐え続ける。

 淆瘴啖は、この世のものとは思えないほどの悲鳴を上げた。

 それはまるで、この地下空間を吹き抜ける慟哭のようだ。泣いているような、嘆いているような、悲痛な声。

 その声を、弾ける剣斧が全て呑み込んだ。

 

「…………っっ!」

 

 支えを失い、俺は宙を転がって骨の山へと落ちていく。

 響いたのは、重いものが崩れ落ちる音。支えを失って、為す術もなく朽ち果てる音。

 メキメキと、柱が折れるような音だった。悲鳴は呻き声へと変わり、散乱する骨の騒音へとなり変わる。

 体格の割に細いその膝まわりが、力なく折れ千切れている。剣斧の爆破の衝撃で皮も弾け飛んで、奴の足は骨の上を転がっていった。

 

「……へっ、どうだこの野郎……俺と同じになった気分はどうだ」

 

 淆瘴啖は吠える。

 あの時――俺が奴の左目を潰した時のような、怒号と慟哭を混ぜ合わせたような声が響いた。

 

 左目を潰した。

 左目を潰された。

 

 左脚を潰された。

 左脚を潰した。

 

「――似た者同士だよな、俺ら」

 

 淆瘴啖は、唸る。

 

「俺たちは互いに、互いを食い合ってるだけ。生きるためには、誰かを殺さなきゃいけないんだから」

 

 低い唸り声が、この空間を震わし続ける。

 

「市場で切り分けられた肉を見て、それだけで全て分かった気になんてなりたくない。他者を食うってことは、そいつの全てを背負うことだ。俺の今の体は、たくさんの命が糧になってくれたからこそある……んだと思う」

 

 動けない奴は、唸りながらも俺を睨む。

 

「お前もそうだろ。お前も……ただ生きてきただけなんだ。生きて生きて、ここまで来たんだ。だから、俺はお前を恨んでいない。もう、な」

 

 剣斧を引きずりながら、一歩、また一歩と歩く。

 自由を失って身を伏せる奴に向けて、一歩ずつ強く踏み締めた。

 

「俺はハンターだ。ハンターとして、お前を狩って……お前を食う。俺が生きるために」

 

 淆瘴啖のその頭に向けて、ビンの枯れ果てた剣斧を突き付ける。

 とうとう、この時が来た。

 いろんな思いを胸に武器を取ってきたけど、今はどこか晴れやかだった。

 本当にいろんなことがあった。哀しいことも、辛いこともたくさんあったけど、そのおかげで今がある。そう思うと俺は、どうしても奴にこう言いたくなってしまうんだ。

 

「ありがとうな、淆瘴啖。お前の命、いただきます――――」

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『深層出汁のおにぎり雑炊』

 

・おにぎり(サシミウオの切身) ……1個

・水              ……400ml

・深層の謎の貝(身のみ)    ……1個

・深層シメジ          ……20g

・チルテピン種トウガラシ    ……10g

・薬草             ……少量

・塩              ……適量

・深層の謎の魚竜の骨      ……40g






あああ!!これを言わせたかった!!


シガレットさん大成長の巻。いやほんと、ほんと頑張ったね……!(親バカ)
もう、もうこれでモンハン飯完結でいいな。いやほんと、こんな綺麗な感じでまとまるとは思ってなかった。互いに互いを食い合って、互いに互いの体を穿った二人は、実は鏡写しのような存在なのかもしれないね。ハンターという存在に私たちは肩を持ちがちだけど、やっていることは実は何ら変わりはない……っていうお話。
さぁこれで完結、ってしたいのは山々なのですが、まだ回収できてない伏線がいくつかあることにお気づきな方もきっと多いはず。もう数話だけ、お付き合いくださいませ。
それでは!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。