モンハン飯   作:しばりんぐ

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不定期更新でえろうすいません。





美食眠りし福袋

 

 

「イルル、シッ!」

「にゃっ?」

 

 太陽の光を遮る樹木。まるで柱のように立ち並んだそれらが覆い尽くした空間の中で。

 俺は、探し求めていた『あるもの』をようやく発見した。

 

「静かに……音を立てるなよ」

「……??」

 

 未だ未開拓な部分が数多く残るここ――未知の樹海。

 そこを我が物顔で歩き続ける、とあるモンスターの群れ。

 彼らに気付かれないように、イルルを抱えて大樹の陰へと身を隠す。

 

「……旦那さん、どうしたのにゃ?」

「シッ、静かに……」

 

 彼らは、数多い脚を忙しなく動かしている。

 何かを求めるように、一心不乱に動かしている。

 その一本一本の動きを凝視しつつ、彼らの後を追跡だ。イルルの言葉も、今だけはあえてスルーする。

 

 その頭部には、強靭な顎が供えられていた。

 脚は六本にも渡り、鋭い鉤爪が大地を荒く掻きむしる。

 太く逞しい胴体は、青色の紋様に彩られていて。

 その胴体の先には、鋭い針が伸びている。恐ろしく光る針が、伸びている。

 

「……ただのオルタロスにゃ?」

「ただのとはなんだ、ただのとは」

 

 そう、今俺が凝視しているのは――オルタロス。一見何の変哲もない甲虫種のモンスターだ。

 

 オルタロス。

 遺跡平原や地底洞窟を闊歩する、小型の昆虫。

 小型といえど、それは他のモンスターに比べた時の話。アルセルタスや、ゲネル・セルタスのような、あれくらい大きな種に比べればまだ小さいだけである。人と並べば、その体躯はそう変わらない。ドスヘラクレスやセッチャクロアリのような昆虫とは一線を画すモンスターだ。

 とはいえ、それほど脅威のあるモンスターという訳でもない。好戦的でもなければ、恐ろしい毒をもっている訳でもない。性質は比較的温厚で、危害さえ加えなければ人を襲うことも滅多にないのである。

 

「……どうして、オルタロスを追い掛けてるのにゃ?」

「なんだイルル、知らないのか」

 

 オルタロスがようやく『例のブツ』を発見し、嬉しそうに鳴き声を上げた頃合いだった。あぁなると奴らは周りへの注意が散漫になるため、俺はようやくイルルと目線を交わす。

 

「アイツ、たぶん食べれるぞ」

「…………」

 

 久しぶりに、イルルのドン引きする顔を見た。

 

「……あ、流石に尾の針は食わないからな」

「そういう問題じゃないにゃ」

 

 続いて呆れ顔。

 何だか、こういうやりとりも懐かしい。

 

「オルタロスを食べる……? 旦那さんはボルボロスなのにゃ?」

「俺をあんな石頭と一緒にするな。ちゃんと論理的に話している」

「普通の人はあれを食べようなんて考えないと思うにゃ。野良のアイルーだったら……思うかもしれないけど」

「虫って意外に栄養価高くて、食材としては優れてるんだぜ……っと。ほら、イルル。あれ見てみな」

「うにゃ?」

 

 俺に促されるままに、彼女は首を動かした。

 その視線の先には、思いのままに顎を動かすオルタロスたちの姿。

 そんな彼らの足元には、青みを帯びたキノコの群れが。

 

「……食事中にゃ?」

「うーん、半々かなぁ」

「半々?」

 

 一見すれば、確かに食事中のようだった。

 虫の群れがキノコに群がって、取り憑かれたかのように顎を動かす。確かに、食事中と言っても差し支えないだろう。

 しかし、俺はそれに異議を唱えたい。

 確かにそれは食事中のようだけれど、実は彼らはそれだけではないんだ。

 

「あれは宝探しだ」

「宝探し?」

「そう、宝探し。それもとっても素敵なヤツ」

 

 俺の言葉の意図がよく分からないらしく、イルルはこてんと首を傾げた。

 その仕草に頬が綻びつつも、彼女の頬を右手でもふもふとしながら言葉を繋げる。

 

「あれはな、特産キノコを探してるんだ」

「にゃ?」

「俺たちハンターもよく探すだろ? あれだよ」

「旦那さんがいつもキノコの群生地漁って持ってくるやつ?」

「そうそう、それそれ。味良し、香り良しの万能食材だな」

「……あの子たちも、それを探してるのにゃ?」

「おう。オルタロスはグルメでな、しかもその味の良さをみんなで共有しようっていう心意気の持ち主なんだ。いやまぁ俺の想像なんだけど」

「にゃ、にゃあ……?」

 

 もふられて、くすぐったそうに目をパチパチとさせるイルル。その目には、まだ『何言ってんだコイツ』の色が抜け切っていない。

 

「特産キノコは、小指ほどの大きさしかない小さなキノコだ。それ故に、発見するのもなかなか骨が折れる」

「……旦那さん見てると、そんな感じしないんだけどにゃあ」

「それは俺がキノコ探しのプロだからな。これだけ場数踏むと匂いで分かるぞ」

「……そ、そうかにゃ」

「話が逸れたな。そんでな、あいつらオルタロスはな、見つけた特産キノコを丁寧に丸呑みするんだよ」

「にゃ?」

「そしてそれを巣まで持って帰る。それが奴らの習性だ」

「……もしかして、それを群れのみんなに分けてあげるために?」

「たぶんな。いやぁハートフルストーリーなモンスターだぜ」

 

 甲虫種であっても、仲間を思いやる姿には尊敬の念を覚える。

 旦那を砲弾にしてぶっぱなすあの虫も見習ってもらいたいもんだぜ。

 まぁ、どうであろうと結局食べるんだけど。

 

「さて、そろそろいいだろ。イルル、オルタロスの様子、見てみなよ」

「にゃ? さっきより、お腹が膨らんでるにゃ?」

「だな。お腹がパンパンに膨らんでるよな」

「……もしかして、あの中に?」

「うん、特産キノコがぎっしり詰まってるんだ」

 

 細身だった腹は、今や見る影もない。

 随分と張りの良い、鞠のような姿へと変貌していた。

 あの中に詰まってるのは何か? 明白だ。奴らが一生懸命探し集めた特産キノコが、ぎっしり詰まっている。

 

「ちなみに、特産キノコってそのまま食べてたらどんな味がする?」

「にゃ? ……キノコらしく歯応えあって、けれどクリーミーでマイルドな旨み?」

「うんうん。そんな特産キノコだけど、ちょっと変わった食べ方が実はあるんだ。食通の中で定評のある、とある魔法を使ってな」

「……魔法?」

「ズバリ、熟成」

 

 そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 腰に携えた大包丁に手をかけながら、オルタロスに向けてゆっくり歩み寄る。

 

「熟成は、いいもんだ。肉でも魚でも一緒。鮮度はもちろん大事だが、じっくり素材を熟成させるのもいい。また違う味の深みが出る」

「……それとオルタロスが、どう関係するのにゃ……?」

「オルタロスの腹袋には、どうやら特殊な酵素があるらしい」

「にゃ?」

「それが体内の特産キノコを熟成させ、グレードを格段に向上させる――――食通は、それを『熟成キノコ』と呼ぶ」

 

 そこで一旦言葉を区切って、一気に駆け出した。

 目指すは、キノコの群れから離れようとする甲虫種たち。

 腹に大量の特産キノコを詰めて、満足そうに唸るオルタロスども。

 

 そんな彼らに向けて、俺は大包丁を解き放った。突然の襲来に彼らは驚きの声を上げるものの――その腹が邪魔して動きが遅い。

 もはや、まな板の上のガノトトス。

 

「一匹目!」

 

 振り下ろした包丁で、胴と腹を両断する。司令塔と支えを失った腹はどすりと落ちて、重りを無くした胴体は勢いよく横転した。

 振り切った勢いを、そのまま遠心力に上乗せて。弧を描く刃を振り払い、威嚇音を上げる個体の頭を叩き割る。背後から針をチラつかせる奴には、回し蹴りを入れた。

 

「旦那さん!」

 

 はっとイルルの声が届いたかと思えば、彼女が放ったブーメランが風を斬る。俺の隙を突こうとした残りのオルタロスを、一瞬でバラバラにした。

 とっと着地しては、天眼装備の裾を風に揺らすイルル。相変わらず器用な奴だ。

 

「わりい、助かった!」

「うにゃ、切り込み過ぎにゃ」

 

 そう(たしな)められつつ、残った最後の一匹の頭部を砕く。

 右手に備えた鍋が鈍重な声を上げた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……六匹分かぁ。まぁ良い量集まったな」

「だ、旦那さん……それ何にゃ……?」

「ん?」

 

 手を合わせて深く目を瞑った後、早速解体作業に取り掛かった俺。

 そんなこんなで取り出したその部位を見ては、イルルは引き攣った声を上げていた。

 

 掌に収まる大きさの塊。

 妙に柔らかい質感に、ゴロゴロとした感触。

 剥き出しになった、深い青色の物体。

 

「腹袋だよ。オルタロスの腹袋」

「……腹袋?」

「そ。胃袋とは違って、一時的に食べたものを保管する器官……なのかなぁ? ここにたくさんの特産キノコが詰まってる」

「……もしかして」

「そう。例の酵素があるのもここだ。今この中で、特産キノコは熟成キノコへと進化を遂げつつある」

「……じゃあ、今からそれを……?」

「あぁ、調理してみよう。きっと旨いぞ!」

 

 幸せな重量を感じる俺。

 その一方で、深い溜息をつくイルル。

 やっぱりこの人、頭おかしいにゃ――なんて。

 そんな言葉が聞こえたのは、気のせいだったかな。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「これ盾にゃ?」

「鍋だ」

「でも旦那さん、さっきこれ右手に持って盾として使――」

「盾として使えないことはないけど鍋だ」

「でもこれでオルタロスを」

「どうせ今から料理しちゃうし。結果は一緒一緒」

 

 片手剣として一応武器登録がされている大包丁。そのペアとして供えられた大鍋は、盾としても鍋としても使える優れものだ。

 そんな盾に――訂正、鍋に勢いよく油を注ぐ。

 

「……そんなに油入れてどうするのにゃ? 揚げるのにゃ?」

「うん。キノコは天ぷらにすると旨いんだぞ」

「天ぷらにゃ? 天ぷら粉がないと――」

「持ってきたぞ」

「……愚問だったにゃ」

 

 さっとポーチから天ぷら粉を出せば、彼女はどこか諦めたように笑う。そんな彼女に向けて、菜箸をずいっと押し付けた。

 

「油の様子見といてくれ。箸に気泡がついてきたらいい頃合いだ」

「にゃ、にゃあ……っ」

 

 わたわたとした様子で鍋に箸を突っ込み、ぴちょんと油が跳ねる。

 そんな彼女を横目に、俺は汚れを落とした腹袋を手に取った。

 

 計六個の腹袋。オルタロスから丁寧に剥ぎ取ったそれを、塩揉みして汚れを落としたもの。

 腹袋の感触は、何とも言えない弾力性に満ちていた。ぶよぶよ、とまではいかないが柔らかく、しかし一定に固さもある。形はどうも崩れにくいようで、たくさんのキノコを詰められるだけの頑丈さはあるようだ。

 一般的な個体の腹袋は透明度が高く破れやすいが、これはどうも違うらしい。破れにくいことで定評のある、極上の腹袋だろうか。

 

 拳ほどの大きさのそれには、小指ほどの大きさのキノコがたくさん詰まっている。これを水溶き天ぷら粉に浸し、高温の油の中に落としたとなれば。

 一体どんな料理になるか、楽しみでならないぜ。

 

「さて、と」

 

 金属製のボウルに天ぷら粉を注ぎ、さらに適量水を注ぐ。それを箸で混ぜ合わせつつ、ダマが無くなり次第腹袋を投入。もちろん、下味付けに塩胡椒は忘れない。

 青色のそれに、淡い黄色が差していく。上から塗りたくられるように、腹袋は少しずつその色を変えていった。

 

「……こんなもんかな」

「旦那さん、油ふつふつしてきたにゃ」

「お、どれどれ」

 

 イルルの呼ぶ声に鍋を覗いてみれば、黄金色の油は鼻をくすぐるような香りを熱気に乗せて飛ばしてきた。菜箸にまとわりつく気泡も、程よく小さいものが大量だ。温度にしてみれば、百七十度に近いと見える。

 

「うんうん、良い感じ。じゃ、早速一つ」

 

 静かに獲物を待っていた油は、腹袋が投入された瞬間にその牙を露わにした。

 じゅわわ、と激しい音が樹海に反響する。菜箸についていたのとは比べ物にならないほどの気泡が、一心に腹袋へと喰らい付いた。それと同時に天ぷら粉は激しく悲鳴を上げ、全身を黄色い鎧で覆おうとする。

 まるで本性を現したアリジゴクと、必死に抵抗するアリのような。何とも奇妙な光景だ。

 

「良い音だなぁほんと。揚げ物は音色も最高だ」

「うにゃ、油飛んでくるにゃ……」

「あぁ、嫌だったら離れてていいぞ」

「にゃ、じゃあボク、ポーチの整理でもしてるにゃ」

 

 イルルが無念そうな顔で鍋から離れる。やっぱり、毛並みに油がつくのは嫌なのだろう。

 彼女が離れる間も、ぱちぱちと激しい音が鳴り続ける。衣は徐々に固まりつつあったが、中身がどうかは分からない。ちゃんと火は通っているのだろうか。

 

「旦那さん旦那さん」

「ん? どした?」

「ポーチにこんなもの入ってるにゃ」

 

 煮え滾る塊を転がす俺を呼ぶイルル。彼女の方を振り向けば、そこには小さな封筒が一枚あった。

 

「あぁ、それって……」

「お師匠さんからの手紙にゃ。もしかして、まだ読んでないのにゃ?」

「うん。こういうのって何かあんまり開けたくないじゃん。めんどくさいし」

「折角送ってくれてるんだから……それに、もしかしたら何かあったのかもしれないのにゃ」

「はっはー。師匠に限ってまさかまさか。ついでにそいつも揚げちまうか」

「ば、馬鹿言わないでにゃ!」

 

 ギュッと庇うように、イルルは手紙を隠す。天眼の鮮やかな衣の中で、茶封筒がくしゃっと悲鳴を上げた。

 

「ま、冗談はともかくとして……そろそろいいだろ」

 

 あんまり揚げ過ぎてもかえって不味くなる。程よく水分を含んで、程よく張りのある食感にしたいものだが――如何せん、この食材は初挑戦だから勝手が分からない。

 ころっと、皿に上がった腹袋の天ぷら。見た目は上々だ。肉団子を天ぷらにしたようにも見える。

 とりあえず、割って中身を見てみよう。なんて考えながら、包丁を取り出して。衣に刃をあてがってから、さっと両断。中の腹袋も、一振りで二分割する。

 

「……おぉ」

 

 ほくほくだ。ほくほくと、湯気が溢れてくる。

 断面からは零れた衣、柔らかくなった腹袋の皮、そして中に詰まったキノコが顔を出していた。中のキノコにまでしっかり熱が通っているらしく、上品なキノコの香りが樹海の中へと溶け込んでいく。

 淡い暖色に包まれたキノコは、特産キノコとは訳が違う。香りが段違いだ。出汁にタンジア地方の昆布を使ったか、適当な市販のものを使ったか。それくらい確固たる違いが存在する。深みだ。香りの深みが違う。

 衣はカラッと仕上がっており、鼻を通り抜ける柔らかい匂いがする。それがキノコの香りと混ざり合って、非常に鼻が心地良い。さらに腹袋も良い香りを――――と言いたいが、どうやらそんなことはなかった。腹袋に関しては、少しばかり酸味のような臭いがする。うーん、香りはちょっと残念だ。

 

「食べれそうだな。イルル、半分どうだ?」

「にゃ、じゃあ……」

 

 アツアツのそれを手に取りつつ、皿の方をイルルへと手渡して。

 おずおずと彼女が受け取る様子を見ながら、俺は一口、天ぷらを頬張った。さくっと、小気味良い音が響いた。

 歯触り、良い感じ。天ぷら特有のさくさく感が、口いっぱいに広がってくる。さく、さくと顎を伝って耳に音が届いてくる。その固さと唸るような歯応えに、噛むのが止まらない。固い衣を噛み砕くのが楽しい。

 

「……んぉ……っ!」

 

 何だこれ。もちもちだ。

 さくさくの下から、もちもちが溢れ出てきやがった。

 何だこれ。何だこの、大根餅みたいな食感。これって、これって――――。

 

「んにゃー、何だかもちもちしてるにゃ。これ、オルタロスのお腹なのにゃ?」

「……イルルもやっぱりそう思う?」

「んにゃ」

 

 極上の腹袋は、破れにくい。

 そんな話は確かにあったけれど――――まさか、こうももちもちになるなんて。破れない訳じゃない。ぐっと噛めば、簡単に断ち切れてしまう。けれど、俺の歯には柔らかさと弾力性を持ち合わせた独特のもちもちさが、否応なしに伝わってくる。これは何とも、面白い食感だ。

 とは言っても、これ自体にはあまり味がないらしい。ちょこっとだけ、変な臭いもするし。油の匂いに紛れつつも、酸っぱい香りは鼻の奥を舐めるように広がっていく。

 ――――のだが。

 

「……あー、キノコ最高」

 

 それをも塗り潰す、圧倒的なまでの香りの良さ。

 

 品格。

 

 風味。

 

 後味。

 

 どれをとっても申し分ない、後を引かぬキノコの香り。

 (つや)やかで、(たお)やかで、渋さと甘さを溶かしこんだような贅沢な香りだ。

 もちろん、熟成キノコの良さはこれだけではない。噛み応えもまた素晴らしい。繊維に沿って噛めば、さらりとその身はほぐれていく。繊維に逆らってみれば、バツンと景気の良い音が響く。それと同時に、キノコの奥深い味が広がってきた。

 

「うにゃー! 美味しいにゃ! キノコの味が濃いっ、濃いにゃあ!」

「だろ! 特産キノコとは段違いだろ! 長い時間丁寧に出汁を染み込ませたような味だろ! 旨みが、喉の奥でギュッと濃縮されるだろ!」

「凄いにゃ凄いにゃ! 高級なお吸い物みたいにゃ……甘い寄りの旨みなのにゃ~。うにゃ、凄い……」

「あー、これは天つゆいらないな。というか、無い方がいい。キノコの味だけでもう十分だ」

 

 女帝エビとタンジアの昆布にノブナガツオ節でとった出汁にじっくりと浸してきました、なんて。そんなデマがついて回りそうなほど、濃い旨みが染みついている。ほつれた繊維から染み出すように、旨味が際限なく溢れてくるのだ。

 こんな満足感のあるキノコなんて、他にあるだろうか。淆瘴啖の前で食べたキノコたちも、これには及ばない。毒テングダケはそこらのキノコの十倍旨い、なんて噂も聞いたことあるが、これとどっちが上なのか。いつか是非とも検証してみたいもんだ。

 

「こりゃたまんねぇや。残りもどんどん揚げようぜ。キノコ祭りだ!」

「うにゃ、賛成にゃ!」

 

 乗り気になったイルルがせっせと皿の準備をし始める。

 そこに俺が、揚げた塊をどんどん乗せて。その傍らに天ぷら粉を十分に腹袋に練り込んで。

 どんどん出来上がる腹袋の天ぷらに、未知の樹海はキノコの香りで満ち溢れていった。

 

「何か、福袋みたいだなぁこれ」

「福袋?」

「色々お得なものが詰まった袋さ。何が出るかは分かんないけど。この味はもう、幸福そのものだなって」

「うにゃ~。確かに、こんなのをたくさん食べれるならとっても幸せなのにゃ」

「……そういえば、お腹が金色に輝くオルタロスが、稀に見られるらしい」

「金色……? にゃ?」

「あぁ。それはきれいな腹袋と呼ばれ、高級食材としての価値があるとか何とか」

「旦那さん、これ金色のにゃ?」

「なっ……!」

 

 いくつもの腹袋がからっと揚がった頃。イルルがポーチの影に隠れていたものをそっと取り出してきた。

 そこには、黄金色に輝く一つの物体が。眩い色に満ちた腹袋の姿が、そこにあった。

 まさか、知らぬ間に手に入れていた? それを、ポーチを整理していたイルルが幸運にも見つけてくれた?

 

「まさか……まさかこれって……!」

「うにゃ、まさかまさかにゃ……!?」

 

 幸福そのものだなんて言ったけれど。

 まさか本当に、幸福を運んでくるなんて――――。

 

 慌てて天ぷら粉を塗りたくって、さっと油へ落とす。

 じゅわわ、なんて音が鳴り響いたと思えば、衣には丁度いい色が差してきて。

 そろそろ熱も通っただろう。アツアツのそれを取り出しては、さっと一刀両断。片割れ即座に口に入れた。

 

「んもっ……! これは……!」

「にゃっ、にゃっ……?」

 

 咀嚼。

 金色のそれを、思いのままに咀嚼する。

 じゅっと、中身が俺の口の中で溢れ出す。

 

 ――――これは。

 これは、もしかして。

 

 

 

「……甘い」

「……にゃ?」

「……これ……ハチミツ……うおぉ……」

「にゃ、にゃあ……」

 

 金色の腹袋に見えたそれは、黄色の腹袋。

 黄色の方に詰まっているのは、大量のハチミツだった。

 ただただねっとりとした甘さが、舌を全て塗り潰していく。揚げ物にハチミツって、何というミスマッチ感。

 

「……ま、福袋にも当たり外れあるし……」

「……旦那さん、どんまいにゃ」

 

 甘すぎるハチミツの香りは、それはそれは熟成キノコのそれを塗り潰すほどだった。

 世の中そんなに甘くない。

 オルタロスの腹袋を食べて、俺は改めてそう実感した――――。

 

 でも案外、これはこれで悪くないかも?

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『熟成キノコ入り腹袋の極上天ぷら』

 

☆一人前

・極上の腹袋  ……1つ

・熟成キノコ  ……腹袋次第

・天ぷら粉   ……適量

・水      ……適量

・塩胡椒    ……お好みで

 






 実感の仕方がおかしいとは言ってはいけない。


 虫料理かキノコ料理かよく分からないものが出来上がってしまった。書く前はゲテモノのつもりだったけど、いざ書き始めてみたら結構おいしそうに思えてきたの巻。
 いやでもオルタロスだろ冷静になれ。

 大根の唐揚げなる変わったものを食べたことあるんですよね。なんか凄いもっちりしてたんですよね。大根餅と言い、大根はふわふわになるんかな。よくわかんないです。
 閲覧有り難うございました。
 次からはそろそろストーリーを進めたい。早いとこ完結させたいです。バルファルクどこいった??
 ではでは。

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