モンハン飯   作:しばりんぐ

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 みなさま、よいお年を。





ゆく飯くる飯

 

 

「うぉらぁ!」

 

 俺の吠える声と共に、斬撃音が響く。

 豪快に振り切られた片手剣。テオ=エンブレムの橙色の軌跡が、眩しくきらめいた。

 

「ゴアッ!?」

「うにゃー! そこにゃー!」

 

 振り切って硬直する俺を庇うように、背後からイルルが飛び出してくる。まるでランスの突進のような勢いで、目前の竜の目元を穿った。

 悲鳴と共に仰け反る竜。かの卵の番人と名高い深緑の飛竜、リオレイア。彼女が痛みのあまりに悲鳴を上げる。

 

「よっしゃ、いいぞイルル!」

「うにゃんにゃ! 噛み付きくるにゃ!」

「対処頼む!」

「了解にゃっ!」

 

 後ろへと跳躍し、そのまま剣を腰に収納。イルルが竜の牙を弾く傍らで、俺は金色の平原に仕込んだロープへと手を掛けた。

 この遺跡平原を覆う金色の草は、俺の膝丈にも届きかねないほど背が高い。それらを掻き分けたロープの先には――――。

 

「イルル、下がれよ!」

「にゃーっ、ば、爆弾きたにゃっ!」

 

 音を立てて転がり始める、大タル爆弾G。ロープをくくり、高台に置いておいたそれを今、俺は勢いよく手繰り寄せた。少々頑丈に作ったために、転がる程度の衝撃では炸裂しない。

 これは爆発させようと思ったら――そうだな、爆発性の粉塵とかが欲しいところだ。

 

「らぁっ!」

 

 自らに向けて猛突進する大タル。それに弾かれる寸前で、俺はロープを手放した。そのまま真横に跳躍。跳躍し、右足を軸にして急旋回だ。勢いに乗るように、剣を携えながらリオレイアへと襲い掛かる。

 

 目の前に、巨大なタル。

 中に詰まった、大量の火薬。

 側面から迫るハンター。

 粉塵を湛えた、紅蓮の切っ先。

 

 斬撃音が、爆音に全て呑み込まれた。

 飛竜の頭部を斬り裂いて、その摩擦で粉塵へと火花が走る。その火花によって小さな爆発が生まれたかと思いきや、それは一直線に大タルへと手を伸ばした。

 あとは深くは語るまい。とにもかくにも、起爆成功だ。

 

「ガァ……ッ……」

 

 あまりの熱量に、奴の鱗は黒く焦げていた。ふんわりと、どこか香ばしい匂いすら漂い始める。

 季節は寒冷期へと入りつつあった。温暖期を終え、あの一連の事件のあった季節の変わり目も越えて。肌寒い時期へと入ったこの遺跡平原で、爆破の熱と底冷えする寒さに襲われる。肌がぴりぴりとして、剥がれ落ちるが如く嫌な感覚だった。

 リオレイアも、流石に今のは堪えたようだ。寒さもあってだろうか。動きが、やや緩慢のようにも見える。

 

「業炎袋とかがあれば、あれで無理矢理体温上げそうだけれど……この子は上位個体相当かな。まだ若そうだ」

「にゃあ、いつまでも体あっためれる訳でもないと思うし……たまたまいいタイミングなだけだったのかもしれないにゃ?」

「ある程度年齢重ねて円熟してる奴の方が旨いし、そうだと嬉しいな!」

「や、やっぱりそこが判断基準なんにゃ……」

 

 話しこむのもいいが、今は奴を仕留めるのが先だ。

 怒りに満ちた顔で唸る奴に止めを刺すのが、先だ。

 

 強く大地を掻き鳴らす爪。不自然なほど高く振り上げる尾。大きく、翼を掲げるその筋肉。

 やることは一つ、雌火竜の奥の手だ。

 

「来いやぁぁッ!」

 

 力一杯叫んで、俺も左の剣を強く引き絞る。腰を捻り、迎撃態勢を整えた。

 一瞬だ。一瞬のミスが命取り。刹那のタイミングを逃した方が負けだ。

 

 どんなタイミングかっていえば――奴の巨大な尾が、俺を薙ぐ瞬間。

 

「ガアアァァッ!」

 

 跳躍する竜足。舞い上がる巨体。草の根ごと巻き上げる、毒液を滴らせた尾。

 リオレイアの奥の手、サマーソルト。それが俺に向けて襲い掛かってきた。

 狙い目は、尾の先から片手剣一本分ほど。毒腺が多く含まれて肥大化した尾を繋ぐ、まさに首の部分だ。そこを横から断つように、俺は引き絞った体を解放する。俺の周囲を二度薙ぎ払う軌跡を、今奴に向けて叩き込んだ。

 一撃目、その恐ろしい尾を弾く。

 二撃目、その首の部分を引き裂いた。

 

「決まったにゃ!」

 

 真っ先に、イルルがそう言った。

 次いで、支えを失った尾の先が落ちる音が響く。

 そして響くのは、バランスを失った飛竜の落下音。

 俺の何十倍とある質量が墜ち、凄まじい風圧がかかる。思わず吹き飛ばされてしまいそうだったが、剣を突き刺しては何とか耐えた。

 

「……解毒、完了……ッ!」

「何にゃ、その決め台詞……」

「ついでに背中の棘とか残ってるから実はまだ完了してない」

「ぜ、全然しまらないにゃ!」

 

 断ち切られた断面からは、どくどくと血潮が溢れ出す。放っておけば、彼女は出血多量で死ぬだろう。そうでなくとも、しばらくはろくに動けまい。

 とはいえそれを悠長に待つ意味がある訳でもなく。あえて彼女を長く苦しませる必要もない。心苦しいが、俺は自分が食べるために左の剣を振るう。

 

「……いただきます」

 

 この世の全ての食材に感謝を込めて――なんて、ちょっとくさすぎるかもしれないが。

 とにもかくにも、狩猟完了だ。

 

 振り下ろした切っ先が雌火竜の首筋を断ち切る。

 金色の平原が、赤黒く染まった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「飛竜と鳥竜って似てるよな」

「にゃあ、まぁ確かに……骨格は似通ってるにゃ」

「そんでもってさ、鳥竜と鳥って似てるよな」

「にゃ……そりゃ、"鳥"竜だから?」

「じゃあさ、飛竜と鳥も、似たようなもんだよな?」

「……今、自然な流れのようでものすごーい飛躍が入ってきたような気がするにゃ」

「マンドラゴラと栄養剤グレート」

「それ秘薬にゃ」

 

 イルルに呆れられる横で、俺は肉の塊をまな板の上に置いた。

 先程狩猟した飛竜、リオレイアから剥ぎ取ったもの――雌火竜のむね肉。ベースキャンプの簡易キッチンに良く似合う、武骨ながらも野性味溢れた美味そうな肉だ。

 大きさは、俺の両掌から若干はみ出す程度。重さにして、五百グラム程だろうか。

 

「じっくり血抜きしてたけど……それどうするにゃ?」

「欲言えば卵と絡めたりしたいんだけどな」

「にゃあ、季節が季節だからにゃあ。卵は無かったにゃあ……」

「ってことで、この肉はロースにする。レイアロース」

「レイアロースにゃ?」

「鴨っているじゃん。鳥の。あんな感じだよ。鴨ロースならぬレイアロース」

「にゃ、にゃるほど……?」

 

 納得したのかしていないのかよく分からないイルルだったが、まぁそれは置いといて。

 まず始めに、余計な肉や皮、脂を丁寧に取り除く。

 

「にゃあ、処理するのにゃ?」

「おうよ。薄皮とか脂とか、余計なものが多過ぎるからな」

 

 包丁を使って少しずつ肉を裂く。弾力性がありつつも柔らかい、良質な感触が手に届いた。

 うっすらと血の色が刃の中に溶けていく。まだまだ新鮮な証拠だろう。

 

「…………」

「旦那さん、肉を見る目がマジにゃ」

「当たり前だろ。薄い膜とか残ってたら食感マジ最悪だからな。白い脂とか膜とか、一つも残したらクエスト失敗なんだぞ」

「にゃ、にゃあ……」

「そうだ、イルル。鍋とフライパン用意してくれるか? 鍋は気持ち小さめで」

「にゃ? 分かったにゃ」

 

 パタパタと彼女がテントの中へと潜るのを横目に、俺はさらに余分な皮を剥ぐ。それから竜肉を手に持って、均等な間隔で包丁を走らせた。

 端から端へ、横長の肉のその長さをなぞるように、横へ、横へと切り込みを入れていく。その間隔もなるべく均等に、見栄えの美しさも忘れない。

 

「……旦那さん、何してるのにゃ?」

「こうすることで脂が出やすくなるんだよ。焼いた時にな」

「にゃあ……焼くのに、鍋も使うのにゃ?」

「味付けのためにはこいつが必要なのさ」

 

 イルルから受け取った鍋に、ポーチに詰めた調味料をばらまいていく。

 まず醤油。大さじ五杯ほど。

 次にみりん。これも大さじ五杯ほど。

 最後に酒。今日は贅沢に、大吟醸・龍ころしだ。これも大さじ五杯。

 

「それくらいの鍋で大丈夫かにゃ? ちょっと小さすぎたかもしれないにゃ……」

「大丈夫大丈夫。熱すると縮むから、これくらいが丁度良い。さてさて、鍋を熱しつつフライパンにも火をかけてっと」

 

 竜脂で表面を擦り付け、香ばしい匂いを昇らせる。焚火のパキパキと弾ける音に、雌火竜の品の良い香りが合わさってきた。

 

「味の煮汁は、肉が焼けた頃合いにぐつぐつ煮えてるが望ましい。ってことでイルル、鍋の火加減は任せた」

「うにゃー。やってみるにゃ」

「おう。じゃあ俺は、レイアの肉をっと」

 

 肉を手で持ち、皮目の部分を下にする。それをぐっとフライパンに擦り付けると、激しい音が弾け飛んだ。

 

「にゃー、良い音にゃあ」

「肉焼く音ってこう……病みつきになるよな」

 

 始めに皮目を焼けば、美味しそうな焼き色がつく。さらに余分な脂も焼いて落ちる。まさに一石二鳥だ。鳥だけに。いやこれ竜肉か。

 さて、焼くのはざっと二分ほど。そこまで長い訳でもない。懐から取り出した砂時計を見つつ、空いた手でキッチンペーパーを拝借。それを丸め、溢れ出た脂を吸い上げていく。

 

「そろそろかな」

「にゃあ、お肉の焼ける良い香りにゃ~」

「ひっくり返すとどんな色かな……よっこいせっと」

「にゃ、こんがりとしてていい色にゃ!」

 

 橙色にほんの少しの黒色を混ぜた、発色のいい茶色のような。脂できらきらと光るその色は、まさに芸術的だ。何とも綺麗で、美味しそう。

 裏返して、肉の方を焼いて。それでも要領は同じ。少しばかり火から離しつつ、溢れ出る脂を吸い取るのだ。

 

 飛竜の肉は、鱗や甲殻に包まれている。そしてその接合部には、脂と弾力性に富んだ膜がついているのだ。そう、まるで鳥皮のように。

 これがまた、歯応えがあって美味しいんだ。やはり、飛竜と鳥はよく似ていると感じさせられる。

 

「にゃ、にゃあ。旦那さん、そろそろこっちが沸くにゃ」

「……おぉ、了解。じゃ、この肉を今度はそっちに入れるぞ」

「にゃ? まだ中までは焼けてないんじゃないかにゃ?」

「いいんだ、これから蒸し煮するから。あくまでも焼き目がつけばそれでいい」

「にゃあ……それでこの鍋なのにゃ~」

「おうよ。それにほら、焼いて若干縮んだだろ? ……ぴったりだ」

 

 持ち上げた肉をそっと落とせば、鍋はそれをすっぽりと呑み込んだ。

 焼く前であれば少しばかりはみ出てしまいそうだったが、今はぴったり入り切るほどへと縮んでいる。故に、これくらい小振りな鍋が丁度良いのだ。

 煮汁の中で溺れる肉に、そっとキッチンペーパーを被せた。少しばかりはみ出た部分を包み込むように。肉の全てを煮汁で満たすかのように。真っ白なそれは、少しずつ煮汁の色に染まっていく。

 

「さて、こっからが大変だ。心してかかるぞ」

「にゃ? どうするのにゃ?」

「まずは当たり前、鍋にフタをする」

「にゃあにゃ、フタにゃね」

 

 イルルが被せてくれたフタを見て、俺は小さく頷いた。嬉しそうに微笑むイルルの頬を撫でながら、もう片方の手で砂時計を握る。

 

「さて、今から三十秒の間弱火にかけるぞ」

「にゃ、三十秒にゃ?」

「これまでで六秒ほど経ったからあとざっと二十秒ほどだな」

「うにゃあーん、小刻みにゃあ~……」

「で、三十秒経ったら、火から一旦遠ざけるんだ」

「にゃ、熱するのをやめるってことにゃ?」

「そういうことだな。はい三十秒」

「にゃ、にゃっ!」

 

 俺の掛け声に、イルルは慌てて鍋を掴む。その小さな手に俺も自らの手を添えて、一緒に鍋を持ち上げた。ちゃぽんと、肉が揺れる音色が響く。

 

「さて、これからこいつを一分半放置する」

「にゃ?」

「フタはしたままだけど。そして一分半経てば、また三十秒火にかける」

「にゃにゃっ……?」

「それを計三セット行うぞ」

「にゃ、なんでまたそんな面倒くさい方法を……?」

「やんわり火を通した方がよく味が浸みる。手間を惜しまない料理が旨さの秘訣だ」

「にゃ、それはそうだけど……」

「ついでに、三セット終わったら今度は一度竜肉を取り出して、ひっくり返すんだ」

「ふみゃ?」

「それから煮汁を沸騰させて、沸いたらまた入れる。もちろん、ひっくり返したままでな」

「……まさか」

「そのまさかだよ。同じことをまたやる。今度は上下裏返した状態でさ」

「……また三セット?」

「おう、また三セット」

「……にゃ、にゃあ……も、物凄い手間暇というか、何というか……」

「さぁそろそろ一分半だ。この鍋をまた火にかけるぞ」

「ひにゃあ~……」

 

 憂いに満ちたイルルの溜息が、竜肉の蒸される香りの中に溶けていく。

 彼女がこの工程の意義を消化するまでは、もう少し時間がかかりそうだ――――。

 

 

 

 

 

「――――さて、そろそろいいだろ」

「にゃ、やっとにゃあ……」

「まぁそう言うなって。さて、と……とりあえず肉出さなきゃ」

「火が通り過ぎちゃう、的にゃ?」

「そうそう、そういう的にゃ」

 

 語尾を真似したら、イルルが少しだけむっとする。怒っていても可愛らしい。しかし頭をなでなですると、すぐににへらと顔を綻ばせた。相変わらず、表情豊かな奴だ。

 しかしまぁ、いつまでも可愛い相棒を愛でている訳にもいかず。ここまで丁寧にこなしてきた肉を無駄にすることは、できる限り避けたいところ。そう考えながら、この肉の塊をさっと取り出した。

 

「っとと……イルル、ボウル! ボウル取ってくれ!」

「にゃ、は、はいにゃ!」

 

 ぴょこんと跳ねては、慌てて持ってきてくれたボウル。そこに肉を落としつつ粗熱を取る。鍋も火から避けて、少しばかり冷めさせる。

 

「……両方とも冷めたら、どうしようかな。肉に黒胡椒でもまぶしたいけど……うーん」

「にゃ、まぶしたらダメなのにゃ?」

「この後は弁当箱に詰めるんだ。この煮汁と肉を一緒にな。だからまぶしても、全部煮汁に落ちちゃいそうだなぁって」

「にゃ、なるほど……。って、それじゃ、汁漏れとかもしそうだにゃ」

「だな。汁漏れ防止のためにこんなものを持ってきたぞ」

「にゃ、何にゃ……?」

 

 困惑した様子で俺を窺うイルルに向けて、俺はボックスから巨大な皮を取り出した。

 彼女の青い瞳を埋め尽くすほど大きく、びよんと伸びる重厚な皮。心なしか、触れている指先がひんやりと冷えてくるような気さえした。

 

「にゃ……それって」

「ヒント。最近刺身にした奴」

「にゃっ……」

「でも不味かったから、フライにした奴」

「にゃあーっ! サボアザギルにゃ!?」

「正解。これ、化け鮫の皮」

 

 俺が取り出したこの一枚の皮は、化け鮫ザボアザギルの皮だ。

 体内に貯めた液体を漏らさず、なおかつ通気性は悪くなく。温度が低いため食材の保存にも役立つ優れもの。これがあれば、汁漏れ対策はばっちりだろう。

 

「さて、どっちにしろ肉の熟成には数時間かかる。そろそろ家帰るか」

「にゃ、にゃあ……今は食べれないのにゃ」

「食いしん坊さんだな。珍しい」

「あんなに手間暇かけたから、どうせなら今すぐ食べたいっていうあれにゃ……我慢するけど」

「よしよし、お預けさせてごめんな。……そうだ、折角だしこいつをメインにした料理を、今日の晩飯にしようか」

「にゃ?」

「この寒い季節にぴったしの、あったかい奴。さ、帰ろうぜ」

「にゃあ……?」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 目の前でほかほかと湯気を立てるどんぶり。

 米か? いや、違う。どんぶりには並々と汁が注がれている。

 パンか? いや、違う。パンとはまた異なった、深い出汁の香りに溢れている。

 スープか? いや、違う。具と汁の分量が、スープの比ではない。具が、明らかに多い。

 

「……麺、にゃ?」

「おう、ユクモ地方ではよく食われてたもんだ。ソバっていってな、まぁ……なんだ、穀物の一種だな」

「にゃあ……それが、麦みたいに麺になるのにゃ?」

「そうそう。味や香りは麦のそれとは全然違うけど。さ、食べようか」

 

 今俺たちの目の前にあるもの。マイハウスをほかほかと温めてくれるそれは、ソバと呼ばれる麺料理だ。しかもネギと件の肉をたっぷりと乗せた贅沢な一杯。カモネギソバ――ならぬ、レイアネギソバ。語感はいまいちだな。

 大鍋に濃淡それぞれの醤油と出汁、さらにドスシイタケの戻し汁。そして酒とみりんを加えためんつゆにソバの乾燥麺を湯掻き、どんぶりへと盛り付けるだけ。至ってシンプルな、されど上品な一品である。

 とにもかくにも完成だ。温かいうちにいただこう。

 

「にゃっ、喉越しが独特にゃ……っ」

 

 うどんとは違う食感だ。拉麺のそれとも大きく異なる。

 少しばかり麺が細いのだろうか。食感はやや簡素とも言えるもので、さらりと喉へ流れていく。噛み応えもコシがあるとは言いにくく、簡単にほぐれてしまう。口の中に一度入れればその押し固めた身を全て崩してしまうような、そんな感覚だ。

 しかし、味はどうだろう。麦とは違う、独特の味わいが口いっぱいに広がってくる。

 

「……うん、このつゆ、即興の割に結構良い感じじゃん」

「どこかキノコの香りがするにゃ。美味しいにゃ」

「だな。戻し汁入れて正解だったわ」

 

 醤油ベースの風味に出汁の味の深み。さらにキノコの香りと旨みがじっくりと顔を出す。湯掻いて味を染み込ませた麺は、噛めば噛むほどそのつゆの味を口の中で撒き散らした。噛むのに苦労しないから、口の中が即座に出汁とキノコの香りでいっぱいになる。これはたまらない。

 

「ドスシイタケの戻し汁ってほんと旨味が強いよな」

「うにゃ。はふ、はふ……そんでもって、お肉が美味しいにゃあ……」

 

 あつあつの一切れを、イルルは一生懸命口にする。

 レイアロース肉から染み出る煮汁と脂が、めんつゆに光沢を上乗せしていた。

 

「どうよ。手間暇かけたからこそ、この味なんだぜ。頑張った甲斐があったろ?」

「うにゃ、これ凄いにゃ。リオレイアがこんな味になるにゃんて。何て言うのかな、こういう味……」

「ユクモ風の味って奴か?」

「そうにゃ、それにゃ。やっぱりこれ、全部ユクモ地方の味付けなのにゃ?」

「そうそう。俺の故郷もユクモ地方だったからなぁ。なんだかんだ、こういうのをつい作っちまった」

 

 持ち上げた肉は、ぷりっぷりだ。新鮮で、脂のきらめきが美しい。桃色の肉につゆと煮汁の濃い色が足されて、見ているだけで食欲がそそられる。

 それを早速一口。つゆが跳ねるのを感じながら、一枚丸ごとを口に入れた。

 

「……うん、うん」

 

 これだ。

 口に入れた瞬間に、勢いよく広がってくる香り。

 甘さと旨みを溶かしたような味わいに、豊富に含まれた脂身の独特の風味。それらをひとまとめにする煮汁の甘辛い匂い。鼻を通って、より一層香りが増してくる。噛めば噛むほど、増してくるのだ。

 食感も、何と例えればいいのだろうか。柔らかい。かといって、噛み応えがない訳ではない。身はしっかりとしているために歯に適度な食感を残し、脂身は柔らかいため簡単にほぐれていく。その度に肉の旨みと煮汁の味が染み出してくるため、もっともっと噛みたくなってしまう。

 もっとだ。もっと頬張りたい。

 

「こりゃ最高だ。ソバによく合うわ」

「ネギもいいにゃ。この爽やかな味にシャキシャキ感が輝くにゃ!」

「斜め切りにしたから、歯応え抜群だよな。よく出汁を吸ってやがる。うめぇ」

 

 もぐもぐと、肉を噛む音が響く。

 かと思えば、シャキシャキとネギが刻まれる音色がやってきて。

 そこにずるるっ、とソバがすすられる音も追加。まるで食事の大合奏だ。

 

「麺料理ってのは音を出して食べてもいいってのが変わってるよな」

「にゃあ、作法的にそれはオッケーなのにゃ?」

「オッケーだよ。あ、でもパスタは駄目だ」

「にゃあ?」

「ユクモ地方の麺料理だけオッケーなんだ」

「にゃ……なんかよく分かんないにゃ」

 

 困惑した様子でイルルは首を傾げ、そんな彼女の姿に俺は苦笑いする。

 確かに、音を立てて食べてもいいなんて変な食べ物だ。とはいっても、麺をすするというのは結構コツがいるんだけど。アイルーの口で出来るかどうかは、生憎俺も知らないが。

 

「……ユクモ地方では、この寒冷期の中に歳末っていうものがあってな」

「にゃ?」

「要は、年の変わり目のことなんだけど。俺らもバルバレにいた頃に祝ったりしただろ?」

「にゃあ……なんか、粥とか食べたにゃあ」

「そうそう、それそれ」

 

 七草粥を作るとか言って、いろんな具材を入れた頃が懐かしい。

 何年前だったかなぁ。トウガラシも入れてしまって、イルルは少し不満そうだったのをよく覚えている。

 

「あの時も、食べたような気がするけど。その歳末に食うソバを、年越しソバって呼んでたんだ」

「年を越すソバ、なのにゃ? ……なんで、あえてソバなのにゃ?」

「いろんな意味があるらしいよ。体にいいから、いろんな毒を取り除くとか」

「にゃあ。体にいいのにゃあ、これ」

「家族の縁が長く続きますように、みたいな意味もあるらしい」

「にゃあ。縁、にゃあ……。ボクたちの縁も、入るかにゃ?」

「入るんじゃないかな。俺らも家族みたいなもんだろ」

「うにゃあ」

 

 イルルに手を差し出すと、彼女も小さな手を寄せてきた。すっぽりと、その小さな手が掌に収まってしまう。ふわふわな毛並みと柔らかい肉球が、俺の肌をくすぐってきた。

 

「にゃ、旦那さんくすぐったいにゃあ」

「……肉球、ぷにぷにだなぁほんと」

 

 桃色のそれを擦ると、イルルが嬉しそうに笑う。天眼装備の尻尾を揺らしながら、きゃっきゃと子どもみたいに笑っている。

 

「……あと、断ち切るみたいな意味もあるらしい」

「にゃ?」

「去年のしんどいことを断ち切ってリフレッシュしよう的な? そんな意味もあるらしいぜ」

「……にゃあ?」

「だから噛み切りやすいソバが年越しに選ばれたとか、何とか」

「……何か、さっきのと矛盾してないかにゃ?」

「それは俺も思った」

 

 長続きさせたいのか断ち切りたいのかよく分からない。諸説あるのは分かるけど、確かに矛盾の塊のようだ。

 

「まぁ、所詮は験担(げんかつ)ぎみたいなもんだしな。俺あんまそういうの信じてないし」

「……それより、味が大事っていうつもりにゃね?」

「流石イルル。よく分かってんな」

 

 ずず、とつゆを啜る。

 醤油の甘さと若干の辛さを、出汁がひとまとめにしている。キノコの香りが、すうっと鼻を抜けていく。

 良い味わいだ。これくらいの味があれば、新年を快く迎えれそうだ。

 

「年明けの一杯は、旨いソバに限るぜ」

「……旦那さん、ドンドルマはまだ寒冷期に入ったばっかりにゃあ」

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『レイアロース』

 

・雌火竜のむね肉    ……500g

・醤油         ……大さじ5杯

・みりん        ……大さじ5杯

・大吟醸・龍殺し    ……大さじ5杯

・黒胡椒        ……適量

 

 

『レイアネギソバ(2人前)』

 

・レイアロース     ……500g

・ジャンゴ―ネギ    ……1本

・料理酒        ……50cc

・みりん        ……50cc

・薄口醤油       ……50cc

・濃口醤油       ……50cc

・出汁         ……小さじ1杯

・ドスシイタケの戻し汁 ……大さじ4杯

・乾燥ソバ麺      ……2玉

 






あけましておめでとうございます!!


現実世界では年末ですけど、モン飯世界では冬に入ったくらい。11月くらいでしょうか。ドンドルマ風強そう。
いやほんと……全然更新しなくて本当に申し訳ないです。他の作品に浮気してました。モン飯放置している間に、匿名非匿名合わせて7個か8個くらい作品書いてしまいましたわ。いやほんと何してるんでしょう私。
モン飯は少しずつながらもご飯とか考えつつ、ストーリー完結まで目指したいです。誰やこんな長いシナリオ考えた奴……私かぁ! タイムマシンあったらぶんなぐりにいきたい。
今年もよろしくお願い致します。惰性ですがちまちまと更新していき(たいと思い)ます。

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