モンハン飯   作:しばりんぐ

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 ぽかぽか島って覚えてます? 一網打尽の術好き。





一網打尽

 

 

「うおおぉぉぉ! よっしゃあああぁぁぁッ!」

 

 思わず飛び出た歓喜の咆哮。開いた口を震わせるそれに、俺の横にいたイルルはビクリと体を震わせた。

 珍しいことに、ペンを握っては紙とにらめっこしていたイルル。そんな彼女が、ただでさえ大きい尻尾をさらに膨らませ、一体何事かと俺の方を注視している。

 一方、その視線の先には、歓喜に悶える俺───と、一通の封筒。俺を歓喜の渦に呑み込んだ張本人の姿が、そこにあった。

 

「な、何にゃ旦那さん……いきなり大声出して」

「当たったんだ! 当たったんだよ! クジの一等賞が!」

 

 滾る心を抑え切れず、俺はその封筒から一枚の紙切れを取り出した。

 ───どんな重さのゼニーよりも価値がある、たった一枚の紙切れを。

 

「……ちょ、超……高級……お、お食事券……にゃ?」

「そう! 超高級お食事券! とうとう当選したんだ!」

 

 思えば、長い道のりだった。

 ドンドルマに移住して、アリーナのレストランに通い続けて。通う度にスタンプカードに印を押して、一定量貯まったらクジを引く。何が当たるかは分からない、勝率も低い高難度のクジだ。これまで何度も挑戦してきたが、便所紙や巾着袋など値打ちの低いものしか当たらなかった。一等賞である超高級お食事券を狙って何度も挑戦してきたが、一向に当たらなかったのだ。

 それが、今。今、ここに。

 

「……夢みたいだなぁ。これをずっと待ち望んでいたんだもんなぁ……ッ!」

「にゃー、高級お食事券と何が違うのにゃ? 新鮮なご飯が食べれるとか、そういうんじゃないのにゃ?」

「バッカお前、そんなしょぼいもんじゃないぞこれは。これはな、貴族やギルドのお偉いさんしか食べないような、超! 超!! 超!!! ……高級な食材を食べることができる、非常に貴重な券なんだよ」

「にゃ……そんな、そんなに凄いのにゃ?」

「おうともさ。噂によると龍頭をさらに厳選した龍之蟀谷(こめかみ)だとか、真紅蓮鯛とか、そういうのが食えるらしい。一線級のハンターでさえ滅多にお目に掛かれない超高級食材なんだぞー。凄いぞー」

 

 俺の熱弁に困ったように髭を揺らしては、イルルは控えめに苦笑する。少し熱く語り過ぎてしまっただろうか。引き気味の彼女を前に、俺は小さく咳き込んだ。

 

「……こほん、まぁ、なんだ。こいつが使える日は丁度五日後だ。その日は、何があっても俺は狩りに行かないし他の予定も入れないからな。ラオシャンロンが空飛んできても、俺は絶対この日はアリーナに行くからな!」

「わ、分かったにゃ……。好きにしてくださいにゃ……」

 

 呆れたように返事をしては、イルルは黙々と自身の作業に戻る。お食事券を大事に封筒に戻し、それをそっと鞄に潜り込ませて。丁寧に丁寧にそれらをこなした俺は、ふと思い出したかのように彼女の姿をじっと見た。

 潮風香る、この空間。チコ村の海岸沿いに作られたこの海小屋は、一般的なリビングをそのまま再現したような、そんな形だった。窓からは青く澄んだ空が映り、白く眩しい光が飛び込んでくる。さざ波の音が部屋中で木霊して、優しい潮の香りが鼻孔をくすぐって。何とも穏やかな世界だ。

 そんな部屋に備え付けられたテーブルの上で、イルルはせっせと何かを書いている。足が地面に届かない椅子に座って。ぶらぶらと、後足の肉球で潮風を蹴りながら。一心不乱に何かを書き続けていた。

 

「なぁ、何書いてるんだ? さっきから」

 

 アイルーは言葉こそ巧みに話すものの、いざ文字を書こうとなると尻込みする者が多い。やはり話し言葉と文字の認識は異なるようで、文字を上手く書くことができるアイルーはあまり多くないのだ。この目の前のアイルーに関しても、これまで何かを書いている姿なんて、滅多に見たことがなかったのだが。

 なんて思いながら、彼女の後ろから覗き込む。一体、彼女は何を書いているのだろうか。懸命にペンを擦らせるその紙へと、俺は視線を伸ばし───

 

「みっ、見ちゃダメにゃっ!」

 

 ナルガクルガもあっという瞬発力で、イルルはその紙を覆い隠した。俺が見ようとしたその紙は、ふわふわの体毛に瞬く間に呑み込まれてしまった。

 

「お、おぅ……どうしたんだ、急に」

「み、見ちゃダメなのにゃ……」

 

 じっと、その碧い瞳に力を入れるイルル。何故そんな頑なに拒むのか。そう尋ねようとしたものの、懸命な彼女の表情に俺はその言葉を呑み込んだ。

 ───心なしか、彼女の頬が紅潮しているようにも見える。うっすら滲み出した瞳の影響だろうか。

 

「お願い……み、見ないでにゃあ……」

「あ、ご、ごめん。ごめんって。泣かないでくれ。ほら、俺あっち行くからさ」

 

 耳を伏せて、尻尾を下へ下へ垂れさせて、そうして懸命に俺に訴えかけてくるイルル。

 彼女が一体何をしているのかは分からなかったが、どうやら地雷を踏んでしまったことだけは分かる。じゃあ、俺に見られたくないものを俺の横で書くなよって言いたかったが───ここは敢えて我慢した。

 そっと彼女の頭を撫でて、俺は踵を返す。とりあえず距離を置こうと、俺はドアノブへと手を掛けた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 照り付ける太陽。鼓膜を蹴り付ける、爽やかな波の音。

 チコ村の浜から少し離れた小島。ぽかぽか島と名付けられたそれは、今日も活気に満ちたアイルーたちで(にぎ)わっていた。

 

「おっす」

「ニャー! シガレットさんだニャー!」

「いらっしゃいだニャー!」

 

 この島には、原生林に狩りに行く際に度々立ち寄っている。そうでなくても過去にオリジナルネコまんまを提供したこともあって、ここのアイルーたちからは随分な信頼を得ることができたようだった。

 そんなこんなで、アメショ柄だったりトラ模様だったりするアイルーたちが近寄ってくる。もふもふとした生き物たちが足に擦り寄ってくるので、俺はしゃがんでは彼らの目線に高さを合わせた。

 

「よー、元気してたか?」

「ニャー、みんな元気だニャ」

「島に流れてきたガノトトスを挑発するぐらいには元気だニャー」

「えっ」

 

 ぴょんぴょんと跳ねる彼らの言葉に沿うように、そっと島の奥へと目を追いやってみれば。

 そこには、確かに特徴的な背びれが悠々と海を泳いでいた。魚竜種を代表する水棲モンスター。そう、ガノトトスだ。

 

「ニャー、お久しぶりですニャ、シガレットさん」

 

 思わぬモンスターの姿に驚いていると、今度は横から別の誰かが現れる。

 桃色のエプロンを着こなした可愛らしいアイルー。手にした箒で砂を擦りながら、彼女は髭を少し揺らしていた。

 

「……管理人さん、あのガノトトスはいつから?」

「三日か、四日くらい前……ですかニャ」

「最近やってきた感じなんだ。被害とかは?」

「今のところは……。でも、水ブレスを一回吐いてからは、若い子たちがあんな感じに挑発し出す仕舞いですニャ」

 

 憂うように溜息をもらす管理人さん。そんな彼女の瞳の先には、まだまだ若いアイルーたちがお尻を叩いてはガノトトスに挑発を繰り出している。

 

「何やってんだあいつら……」

「危ないからやめてって言っても、やめてくれないですニャ。多分、自分たちの方が強いって思ってるんですニャ」

「……危ないなぁ。いつか痛い目見るぞあいつら……」

「ニャン。シガレットさんは丁度いい時に来てくださいましたニャ」

 

 横を見れば、キラキラとした顔で俺を見つめる彼女の姿がある。「もちろん、あのガノトトスを何とかしてくれるよね」と顔に書いてあるかのようだ。

 

「ごめん、俺泳げないし」

 

 しれっとそう言っては踵を返す。そもそも水の中に潜り続けるモンスターを狩るなんて、カナヅチの人間からしたら無理な話だ。であるならば、ここにいるアイルーたちの雇用主である、我らの団ハンターにでも頼んでくれと。俺はそう言いたい。

 ───そんな俺のマントを掴む肉球。逃がすまいと深く爪が喰い込むそれに、俺は思わず足を止めた。

 

「……管理人さん?」

「……泣かせたそうですニャ?」

 

 笑顔。

 とても華やかな笑顔で、彼女はそう言った。

 ───全く目が笑っていない、威圧感溢れるその笑顔で。

 

「先程海小屋で、イルルちゃんを泣かせたそうですニャ?」

 

 いつぞやの俺の頭についた歯形を思い出す。まるでビースト状態にでもなったかのようなあの管理人さんの姿を想起したからだろうか。喉が勝手に、生唾を飲み込んだ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「よっしゃあ! ガノトトスを獲るぞお前らァ!」

 

 俺の掛け声に応えるかのように、背後からはネコの重ね色が飛び交っている。釣竿を掲げ、尾を立たせ、ふんすと鼻を鳴らすアイルーたち。頼りないが、勇ましくもあった。

 そんな彼らの前に立つ俺───と、古ぼけたバリスタ。海岸沿いに備えられた甲板の上に、それはあった。

 

「まさかこんなもんまで用意しているとは……ぽかぽか島、恐るべし」

「矢は撃てないけど、網は撃てるようになってますニャ。みんなで頑張って修理したんですニャ~」

 

 一方、俺たちの様子を見ては満足そうに髭を揺らす管理人さん。錆びが見えるバリスタを撫でては、豊満な毛に覆われた胸を自慢げに張った。

 そんな彼女を適当にあしらいつつ、並び立つ若いアイルーたちに向き返る。一連の流れをもう一度確認しようと、ワクワクの表情を抑えられない彼らに向けて口を開いた。

 

「……よし、作戦はこうだ。まず俺がこのバリスタを撃つ。それまでお前たちは精神統一でもしていてくれ」

「ニャー! 何だかつまらないニャそんなの!」

「おっと、お前たちの見せ場はその後だぜ? さて問題だ。その釣竿の先の糸は、どこに繋がっているでしょうか」

 

 彼らにそう確認すると、みんな小首を傾げ始めた。勢いだけで集まったのがよく分かる光景だ。改めて作戦を確認したのは正解だったようだ。

 

「このバリスタは何を撃てるか分かる奴」

「矢ニャ!」

「話聞いてたのお前」

「網ニャ!」

「ん、正解」

 

 空回りしたトラ模様の子の横で、正答を発したアメショ柄のアイルー。二人の頭をさっと撫でつつ、俺は問いに問いを重ねた。

 

「じゃあ、俺はこのバリスタで網を撃つけどさ。それでガノトトスを絡めて……その後はどうなる?」

「……ニャ? 暴れる……ニャ?」

「そうだな。そりゃ死に物狂いで暴れるだろうなぁ」

「網にかけるだけじゃ、ダメなのニャ?」

「網なんてそんな頑丈じゃないぞ。ほっといたら抜けられちまうよ」

「ニャ! じゃあ、逃げられる前にガノトトスを捕まえればいいのニャ!」

「捕まえるって、もう網に捕まえてるのニャー」

「それじゃ何も変わってないんじゃないかニャ?」

「ニャー。何て言うか、そのままガノトトスを引き上げるっていうか、何て言うかー」

 

 口々に話し出しては議論を始めるアイルーたち。あぁでもない、こうでもないと意見を並べては答えを探し求めている。その横で、まるで我が子の成長を見守るかのような顔をする管理人さん。知恵を絞る若いアイルーたちを前に、完全に保護者目線になっているようだ。

 ワイワイと盛り上がる彼らを見ながら、俺はそっと彼女に声を掛けた。

 

「さっきの説明じゃ、やっぱりよく分かってなかったんだなこいつら」

「ニャー。シガレットさんは先生みたいですニャ。あの子たちもあれこれ考えることができて楽しそうですニャ」

「いやー、この子たちは誘導しやすくて助かるわ。うちのオトモは時々何考えてるか分かんないことが多くて、さ」

「……それはきっと、見方が変わったからですニャ」

「見方?」

 

 目を伏せて、溜息をついて。管理人さんは、妙に引っ掛かる口振りでそう呟いた。まるで意図の分からないその言葉を穿つように、俺は首を傾げる。

 

「『ただの旦那さん』じゃ、なくなったからですニャ」

「……うん? それってどういう───」

「分かったニャッ!!」

 

 だが、その先の言葉はアイルーの雄叫びによって遮られた。隠し切れない喜びを如何なく撒き散らすその姿。愛嬌のあるその仕草が、俺の思考を引き戻す。

 

「シガレットさん、分かったニャ! ガノトトスを引き上げればいいのニャ!」

「そのための釣竿なのニャ!」

「つまりボクらの釣竿でガノトトスを釣り上げるのにゃ!」

 

 どうだ、と言わんばかりに胸を張るアイルーたち。思考の結果辿り着いたその答えに、俺は思わず顎を擦って頷いた。そうして、彼らの頭を一人ずつわしゃわしゃと撫でる。

 

「うんうん、その通り。じゃ、もう分かるよな? この釣竿の先の糸は、どこに繋がっているでしょうか?」

「網ニャー!!」

 

 最後は一斉に、元気の良いネコの声が轟いた。花マルを上げたいその答えを受け止めて、俺は改めて立ち上がる。そうして向かうは、我が物顔で海を裂くガノトトス。これから釣り上げられ、さらには調理される憐れな獲物。

 

「よし……じゃあ、始めるぞ。全員準備!」

 

 了解ニャ、と口々に飛ばしては、彼らはその可愛らしい口を引き締めた。一方の俺はバリスタを構え、その照準を悠々と泳ぐガノトトスに向ける。

 そう。あとはガノトトスに網を当てればいい。アイルーたちの準備は完了している。あとはこれを、俺がアイツに当てれば全てが終わる───

 ───何か忘れているような気がするのは、気のせいだろうか。

 

「よっと……ッ!」

 

 瞬間射出される網。弾丸上に丸められたそれは、瞬く間に大気を切り裂いていく。そうしてそれは、一心に深い青に。深い深い青色に飛び込んだ。

 

「……やべ、外した?」

 

 そう、それはまるで見当違いなところに。宙をスローモーションで漂うそれは、僅かにガノトトスの尾びれに触れるかどうかという位置へと───

 

「問題なしですニャ! みんな、引き上げ開始ですニャ!」

 

 突然声を張り上げる管理人さん。それに沿うように、今度はアイルーたちが一斉に竿を引いた。

 同時に。弾丸上になっていた網が広がる。それは俺の予想していたものの三倍はあろうかという大きさで、勢いよくガノトトスの尾びれを絡み取った。

 

「え、えっ、何これ」

「ニャー、イルルちゃんから貴方のノーコンぶりは聞いてるのですニャ。そのための、一網打尽の術なのですニャ!」

 

 一網打尽の術。

 そう呼ばれたこの網は、確実に従来のものよりサイズの大きいものだった。もしこの網が普段のものだったら、俺はあのガノトトスを逃がしていただろう。しかし、従来のものより大きく作られたそれは、ガノトトスの半身に何とか食らい付いている。

 同時に奴は自由を奪われ、アイルーたちからは竿で引き上げられて。バシャバシャと水面を荒く掻き回していたが、ついには激しく飛び上った。

 

「ウニャーっ! いっけぇーっ!!」

 

 アイルーたちによる全力の引き揚げ作業。小柄な彼らも、集まればそれは大きな力となる。そう証明するかのように、その何倍もの大きさのガノトトスを吊り上げた。

 

「おっ……おおぉッ! やったぞ!!」

 

 ドタン、と。大柄な魚が甲板に打ち付けられる。ビタン、ビタンと跳ね回るそれは、紛うことなき魚だった。ただ少し、かなり大きいが。俺の知っているガノトトスに比べると、かなり小さいが。

 それが、何度か跳ねた後にぐったりと首を落とした。ヒレの血の気も、黒ずみつつあるようにも見える。

 

「……ニャ、動かなくなっちゃったのニャ」

「ニャー、死んじゃったのニャ?」

 

 元々急な衝撃に弱いガノトトスだ。それも、この体格から察するに、コイツはまだまだ未成熟な子どもな個体なのだろう。突然網にかけられて、いきなり宙に引き上げられて。そうしてそのまま、固い甲板へと叩き付けられた日には、ショックの連続でストレス死してしまってもおかしくないのかもしれない。

 微動だにしなくなってしまったその体に触れながら、俺は一呼吸を置く。そうして、この戦いの功労者であるアイルーたちへと振り返って、一言だけ添えた。

 

「……さぁ、食べようか!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……うん、良い感じ。ガノトトスープの完成っと」

「ニャー! 良い匂いだニャ!」

「ニャニャニャ……早く食べたいニャ~」

 

 島に備えられた釜戸から、力強い熱気が漏れる。その上で悲鳴を上げていた鍋のフタを開ければ、瞬く間にその匂いを拡散していった。

 切り身のように解体されたガノトトスの身は、煮込まれることによって薄桃色の柔らかそうな塊へと変貌している。その横では、ゴロゴロと乱切りされた四つ足ニンジンやヤングポテトがスープへと身を浸し、繊維に沿って切り分けられたオニオニオンがスープに淡い脂を浮かしていた。そこから溢れる、どこか酸味のある優しい香り。ガノトトス―プの完成である。

 

「はーい、順番だぞー。ちゃんと一列に並ぶんだぞー」

「ニャー」

 

 一人ずつ木の器を持っては、この釜に向けての列を形成するアイルーたち。その子たちから器を受け取って、ガノトトス―プを注ぎ込んでは、また肉球の元へと返す。ニャ-にゃー言いながら浜辺の方に歩いていくアイルーたちは、喫食する姿を少しずつ増やしていった。

 そんな中に、慣れ親しんだ白い毛並みが現れる。

 

「……にゃ。お、お願いしますにゃ」

「おう、イルル。さっきは悪かったな。これ食って機嫌直してくれ」

「にゃー、別に怒ってないから大丈夫にゃ。旦那さん、ありがとにゃ」

 

 優しく微笑んでは、彼女は俺から器を受け取った。そうして、浜辺の方へ向かう───と思いきや、俺の横にすとんと座り込む。

 

「……どうした?」

「にゃ。旦那さんが食べるまで、待ってるにゃ」

「……そうか。じゃ、さっさと済ませようかねぇ」

 

 前を見れば、アイルーの列も尻尾が見え始めていた。残りは僅か。器にスープを注ぐ速度も、次第に上がっていく。

 そうして最後の器にスープを注いだ時、それを渡す肉球はそこにはなかった。そう、自分の分である。

 

「……よし、食べようか。お待たせ、イルル」

「にゃー。いただきますにゃ」

 

 俺の横で座り込むイルルの、その横に俺も座り込む。彼女に微笑みかけつつも、俺は木製のスプーンを握った。彼女もまた、その肉球でスプーンをきゅっと握り、その中身を口の方へと流し始める。

 まず、一口。スープを口へと流し込む。そこへ、瞬く間に溢れる旨み。

 ガノトトスの骨を長時間煮詰めたその出汁の風味が、あっという間に鼻孔にまで拡散された。ガノトトスの出汁(ブイヨン)をベースに、その身や野菜で煮立てることによって出来たコンソメスープ。それが、このガノトトス―プのコンセプトである。魚らしい淡泊な出汁がベースとなっているためか、スープの色は淡い橙色で、非常に澄んでいる。味もまた、優しく、そして大人しい口どけだ。べっとりと口内に残るようなものではなく、さらりと喉の奥に流れていくような、そんな味わい。そこに隠されたポッケレモンの刺激的な酸味が、スープの甘さを際立たせる。

 

「あー、いいなぁこれ。シンプルにうめぇ」

「にゃー。ガノトトスって、結構柔らかいんにゃね。ほろほろと身が崩れて食べやすいにゃ」

 

 スプーンでガノトトスの切り身を崩しながら、口に運ぶイルル。俺を待っている時間を利用しては、良い感じにスープを冷ましていたらしく、はふはふとその切り身を口にしながらも満足そうに喉を鳴らしていた。

 そんな彼女の姿に誘われるように、俺もガノトトスの肉を口に入れる。その味わいは、一言で言えばクセのない白身だった。その身自体の味は淡泊だが、スープの味を崩さない、調和のとれた味わい。そんなところだろうか。また、その身は柔らかく、歯を立てれば瞬く間にほろほろと崩れていってしまう。その断面からは、凝縮したスープの旨みを染み出してくる。ガノトトスの骨を出汁に利用しただけあって、その身との相性は抜群だ。

 また、野菜ともよく調和している。ヤングポテトは柔らかく煮込まれ、甘い口どけによく合っていた。四つ足ニンジンの甘さにも唸るものがあり、切り身の合間の口休めに入れたい味だ。スープによく浸されたオニオニオンの甘さも、これまた折り紙付きである。柔らかく煮込まれたそれは、スープの甘さを優しく助長してくれていた。

 

「……なんか、ほっこりするな。実家のような安心感っていうか、家庭的な味がする」

「うにゃあ。優しい口どけだにゃあ」

 

 ほうっと一息ついて、イルルの方を見る。彼女もその視線に気付いては顔を上げて、にこっと微笑んだ。そんな可愛らしい口に残った切り身の一部を指で掬いつつ、俺も口元を綻ばせた。

 先程のせいで彼女の機嫌を損ねてしまったかと思っていたが、そうでもないようだ。恥ずかしそうに髭を揺らしつつも、照れた表情で笑う彼女を見ながら、俺は心の内でほっと胸を撫で下ろした。そんな様子を見ては、バターのように柔らかな毛並みを風に揺らすイルルが、こてっと小首を傾げている。

 

「なんか……あれだな」

「うにゃ?」

「このスープ、パン浸して食べたい味だな」

「にゃ、にゃあ……」

 

 ふっと思ったことを口にしてみれば、イルルは困惑した様子で首を傾げた。釜の横のテーブルに器とスプーンを置いて、俺は立ち上がる。先程の海小屋に、パンやバターがあったはずだ。それを取りに行ってくると、彼女に向けて言葉に変えた。

 バターをたっぷり塗ったパンに、あのスープを浸したらどうなるのだろう。バターの塩っ気のある味と、甘みに溢れるスープの味わい。そこにレモンのアクセントが加わると、一体どのような味になるか、想像もつかない。イメージするだけで、涎が溢れてきてしまう。

 なんて考えながら口元を拭っていると、ふと見たことのある影とすれ違った。

 小柄な体。アイルーらしい、淡い色の体毛。臆病一色に染めていたあの表情。それを、力強い表情に変えている。さらに、甲冑のような装備を身に纏っていた。

 

「……あれは、ニコか?」

 

 思えば、あのネコまんまの時以来ではないだろうか。委縮した様子で、チコ村の浜辺に座り込んでいたあのアイルー。臆病なあまり、管理人さんからも呆れられていたあのアイルー。顔つきと装備こそ変わっていたが、その姿はあの時のままである。

 そんな彼が向かったのは、器を持って座り込むイルルのところだった。ふと、イルルが彼のことをあやしていた当時の光景がフラッシュバックする。あれからも、チコ村であった時は交流があったそうだ。二人が並んでいる姿を見るのは、俺としては随分久しぶりな気がするが。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。今は、あのスープにパンを浸すことが重要だ。そう感じながら、踵を返した、その時だった。予想だにしなかった言葉が、背後から飛んできた。

 

 

 

「───イルルさん……僕、イルルさんが好きニャ! 僕と……僕と! つ、付き合ってくださいニャ!」

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ガノトトス―プ』

 

・ガノトトスの骨類     ……300g

・ガノトトスの切り身    ……800g

・四つ足ニンジン      ……6本

・ヤングポテト       ……8個

・オニオニオン       ……7玉

・ポッケレモン       ……2個

・水            ……6L

・塩            ……大さじ3杯

・昆布           ……1枚

・草食竜の卵(卵白)      ……1個

・胡椒           ……適量

 

 






 お勉強アイルーのとこのメアリー・スー感よ


 再び間が空いてしまい申し訳ありません。いやーほんと書く時間がなくてなくて! モンハンワールドくんもしばらくはやれなかったし、ここ最近はほんと意味不明なエブリデーでしたねぇ。3月こそゆったりできますけど、四月からの新シーズンは以前ほど暇人ではいられないようなので、定期的な更新というのが難しくなってしまいそう。でも、更新はしていくので気長に待っていただけたら幸いです。突然死さえしない限り、この作品だけは完結させるつもりですので。
 超高級お食事券、あったらいいのになぁ。本当に一握りの人しか食えないような高級食材を食べることができる、食通眉唾ものっていう認識でお願いしまーす。食事効果とかじゃなくて、本当にすごい飯が食える的な。あれが当選する確率は、超心珠がドロップする確率といい勝負なんでしょうね。欲しい。
 最後は突然の展開となってしまいましたが、そこの補足は次回の更新でちゃんとするのでご安心をー。それでは、また次回の更新で!

 ……日間ランキング、100位まで載るようになってたんですね。知りませんでした(/ω\)


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