モンハン飯   作:しばりんぐ

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 あけましておめでとうございます。





鯛も一人じゃ旨からず

 

 

「旦那さん、はいあーん、にゃ!」

「……何だこの状況」

 

 晴天のドンドルマ。浮かぶ雲が美しく、吹き抜ける風は穏やかだ。暖かい外気に、我が家のソファーは満足気な軋み声を描く。

 そんな視界から、香ばしい肉の香りが照り付ける。その香りの源を箸で掴んでは俺に向けるイルルが、満足気に微笑んでいた。

 溢れる香りは鼻孔を突き抜けるように鋭く。舞い上がる肉汁は、砂金のように滴って。

 そんな鮮やかな肉と、ニコニコと華やかな笑顔を浮かべるイルルを見比べて、俺は小さく言葉を繋げた。

 

「……えっと、イルルさん? これは何なんだ?」

「にゃんにゃん。旦那さんが元気になったからその祝いに、焼き肉パーティーなのにゃ」

「……焼き肉パーティー……祝い……」

「旦那さん、この前こんがり肉の食べ比べしたいって言ってたにゃ。それでボックスにお肉貯めてにゃね? 今日それを使っちゃおうにゃ! はい、あーん!」

「いや、えっと……それはそうだけど、こんな形にするつもりじゃ……」

「いいからいいから! ボクの育てたお肉にゃ、さぁ食べて!」

「もぐぅ!?」

 

 突然焼ける、俺の唇。じゅぅっと、肉汁滴るそれが俺の口の中に猛突進を繰り出した。

 よく焼けたそれは、弾力性のある身が特徴的だった。若干ハリを無くした弾力性。ゴムのようでありながら、何とも言い難い柔らかさを秘めている。そして、噛む度に溢れる肉汁が、脂分の多いそれがくどいながらも、確固とした肉らしい味わいをもたらした。

 その脂分のためにそうたくさんは食べられないくどさだが、少量ならば問題ない。俺の口の中に、脂をどんどん塗りたくっていくそれ。その味は、この肉は――――。

 

「……ズワロポスか? これ」

「そうにゃ、豊富な脂が魅力のお肉にゃ。美味しいにゃ?」

「うん、美味いよ」

 

 その一言でぱぁっと顔を輝かせるイルルに、そっと手を添える。俺の手に頬を摺り寄せては、満足そうな声を上げる彼女。その様子はといえば、心の底から喜んでいるかのよう。どうやら、相当心配かけてしまったようだ。

 互いの頬と頬を寄せるようにその柔らかさを享受していると、庭からすっと横槍が飛んでくる。ランスの突進よろしく突っ込んできたそれ、もとい男は、やれやれといった感じに手の甲を額に乗せた。

 

「はぁ~、相変わらずアツアツだねぇ。焼き肉より熱いやこりゃ」

「……イズモ、お前何でここにいるんだよ」

「イルルちゃんに呼ばれたからに決まってるっしょ? あそこで野菜焼いてるアイツと同じく、ね」

 

 後ろで長髪をひとまとめにして、長い黒髪を靡かせる男、イズモ。ユクモ村を拠点として活動するコイツが、今俺の目の前にいる。

 その背後には、金網とにらめっこしながら野菜を焼くトレッドの姿が。イズモの言葉でこっちを振り向いては、右手のトングをゆっくり揺らした。

 

「トレッドまで……。イルルが呼んだのか……」

「ボクの知る限りの旦那さんの知り合いを呼んでみたにゃ。ギルドカードを漁って、にゃ」

「……枚数の少なさに驚いただろ? どうせ友達はいないよーだ」

「……って旦那さんがいじけると思って、ボクも友達を呼んでおいたにゃん」

「友達……? この前言ってた、ウルクススを一緒に狩ったっていう?」

 

 自然と口から流れ出た疑問を、イルルは首を摺り寄せて肯定する。

 先日、俺はオオナズチの毒によって腹をやられ、数日間床に()すこととなっていた。その際、イルルが作ってくれた特製おかゆの製作に関わったハンターがいるのだとか。

 一体どんな奴かと思っていたが、まさかこうも早く相見える日が来るとは。まぁ、イルル曰くその人物は遅れてくるそうだが。それまでは、折角イルルが催してくれた焼き肉パーティーを楽しむことが吉だろうか?

 

「……待てよ、俺のギルカを見たってことは、ヒリエッタまで呼んでるのか?」

「にゃあ、この前旦那さんを運んでくれた人にゃね? 誘ってみたにゃ、来るかどうかは分からないけど」

「――ヒリ……エッタ?」

 

 首を傾げては困ったようにそう言うイルル。その言い分に納得して、小さく息を吐く俺。

 そんな折りに、やや不可解そうな色に染まった声が飛んできた。肉を焼いていたイズモの、その口から。

 

「どうしたんだ? 知り合いか?」

「いや、ちょっと……聞いたことある名前だなぁって」

「……ふぅん?」

 

 彼らしくない、歯切れの悪い返事。それで口を満たしながらも、彼は少し戸惑うような素振りを見せた。

 そんな彼の焼く肉からは、悲痛な悲鳴が舞い上がる。

 

「……イズモ、肉が焦げてますよ」

「うえっ!? やべぇ!」

 

 慌てたイズモが肉をひっくり返すが、そこには黒蝕竜もかくやという程漆黒に染まった塊が。グズグズに崩れるその肉塊に、注意を促した当人、トレッドは小さなため息をついた。

 料理に関しては定評があるイズモだ。認めたくないが、今の俺を作った大きな要因の一つにアイツはあるのだと思う。だからこそ、アイツがそんなミスをするのは何だか珍しいと感じた。それほどまでに、彼にとってヒリエッタという言葉に因縁でもあるのだろうか。

 

「――ここね。お邪魔するわ、シガレット。……うわ、何この臭い」

 

 噂をすれば影が差す。

 その言葉を証明するが如く、庭の門が突然開け放たれた。そこから足を踏み入れてくる、ジンオウUシリーズの少女。ヒリエッタ、その人だ。

 

「おっす、本当に来たんだな」

「シガレット……随分顔色良くなったじゃない。元気そうで何よりね」

「おかげさんで。ま、折角来たんなら肉食ってけよ」

「うん、そうさせてもらうわ」

 

 どっさりと、持参したのであろうアプケロスの生肉を取り出すヒリエッタ。先日オオナズチに共に挑んだ時より幾分良い顔をしている彼女は、それらを取り出しては金網の空き地に並べ始める。

 そんな彼女に釘付けになっていたイズモ。彼は何度も彼女を見ては、何かを思い出すように首をひねっていた。

 

「んー? あれー? ……何か、何だろ。うーん」

「……? 何、どうしたのアンタ」

「え、いや、え? ……お宅が、ヒリエッタ……さん?」

「えぇ、そうよ。アンタは?」

「い、イズモだ」

「そう、イズモね。覚えとくわ」

 

 簡素な返事で会話を切ろうと、ヒリエッタは足首をずらす。半身翻すようにずらされた足首。それに伴って、胴体も足の向きに同調する。

 しかしそのまま体が動く前に、彼女の動きは止められた。すっと伸ばされた、イズモの手によって。

 

「あ、ちょっ、待ってくれ」

「……? 何よ?」

「……あのさ、オレら……どっかで会ったこと、ないかい?」

「……はぁ?」

 

 あまりにも唐突に飛び出した、イズモの言葉。それを飲み込んでは、ヒリエッタは怪訝そうに眉を動かした。

 トレッドは唖然とトングを落とし、イルルはあんぐりと口を開ける。俺はといえば、突然過ぎるその言葉に俺自身の言葉を失った。何とも使い古された台詞回しだと、そう判断せざるを得ない。

 そう感じているのは、ヒリエッタも同様なようだが。

 

「……そんな古典的なナンパ法、今じゃ通じないわよ」

「い、いや、ナンパじゃなくてさ、その……何でも、ないです……」

「……? まぁ、いいわ。ついでに、そっちのガンナーさんは何て言うの?」

「え、僕ですか? 僕はトレッドと申します、どうぞよろしく」

 

 所在なさげに言葉を失ったイズモと、不思議そうに彼を見るヒリエッタ。何だか、奇妙な組み合わせだ。

 一方で、トレッドとの自己紹介も終え、ここにいる全員が顔と名前を一致させる状況ともなった。こんな一癖も二癖もある奴らを集めたイルル。我が相棒ながら、恐れ入る手腕だ。

 当の彼女は、イズモの突然のナンパに困惑気味なようだが。

 

「にゃにゃ……何にゃこの状況……」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「ちょっバカ! 何冷やした肉をそのまま焼いてくれちゃってんの!?」

「何よ、うっさいわね! だったら何だっていうのよ」

「常温に戻してから焼くのが鉄板でしょーがっ! 折角の肉がゴムみたいになるって分かんないのかなぁ!?」

 

 飛び交う怒号に、けたたましい喚き声。

 焼き肉を巡って、俺の目の前には波乱万丈な光景が浮かんでいた。

 見事に焼き肉奉行を発動させたイズモ。この状況は、その一言に尽きる。

 

「……はぁ」

「いやいや、トレッドお前他人事(ひとごと)みたいな溜息ついてんなよっ! 自分のレアオニオン見てみろ!」

「え? いやよく焼いてますけど」

「バッカ! 焼け方が枯葉まっしぐらなんですけど! ホイル使ってホイル!」

 

 爛々と輝かせる瞳。それを当てられて、トレッドは困ったように眉を顰めた。

 イズモは、食にうるさい。俺がタンジアギルドにいた頃から、こんがり肉の焼き方にもいちいち口出ししてくる奴だった。

 付き合いの長いトレッドは慣れたものだろうが、ヒリエッタはそうはいくまい。現に、彼女はものの見事に苛々している。俺がいつかの熱いお茶の話をした時よりも、幾分か酷く。

 

「ヒリエッタ、ピーマンは丸ごと焼くべきだよっ! センスもってセンス!」

「扇子ぅ? 焼き肉するのに扇子なんか……使えないこともなさそうね」

「使えるじゃなくて、もつもんでしょセンスってのは!」

「持って使う、でしょ? てか扇子じゃなくてもうちわの方が向いてるんじゃない?」

「その扇子じゃなーいっ! もっとこう、なんだ……研ぎ澄ます方!」

「扇子研いでどうすんのよ!?」

「ミツネ片手剣ですね本当に有り難うございました! じゃなくて!」

「何が言いたいのか全然分かんないんですけど」

「もっと調理の仕方しっかりしてくれよってことさぁ!」

「だああぁ! シガレットみたいなこと言ってんじゃないわよ!」

「えっ」

 

 突然やり玉に上げられ、素っ頓狂な声が漏れる。

 見れば、凄まじい火花をぶつけるイズモとヒリエッタの姿があった。お互い肉を焼きながら、熱い主張をぶつけ合う。

 ヒリエッタは干渉されるのを嫌う、ネコみたいな奴だ。しかしイズモは料理に関しては過干渉。この上なく相性は悪いのかもしれない。

 だが、あれだけ素を出して怒るヒリエッタには、少し引っ掛かるところがあった。人見知り気味な性格だと、俺は認識していたのだが。

 

「……何か、犬猿の仲に見えて息ピッタリだなお前ら」

「にゃあ」

「夫婦漫才みたいですねぇ」

「誰が夫婦だ誰がっ!?」

「ちょっとやめてよこんなのと!」

 

 しかしヒリエッタの様子は、どうもいつもと違うように思えた。

 俺とゲネル・セルタスを狩った時より、自我に忠実に動いているように見える。その様子は、少し楽しそうだ。イズモの迷言も、あながち間違いでもないのではと、そう感じてしまう程に。

 そんな当のイズモはといえば、焼き上げた肉を一つ摘まみ上げ、ヒリエッタ用の皿に落とした。食えと言わんばかりの顔で、図々しく。

 

「……いいわ、食べてあげる。アンタの言う調理法ってのがどんなもんか、見てやるわ」

「おうとも。しっかり味わってほしいね。イルルちゃんにも、ほいっと」

「にゃ、有り難うにゃイズモさん」

 

 イルルにも手渡しながら、イズモはしてやったりとあくどい笑みを浮かべる。

 見たところ、ファンゴの肉とガーグァの肉だろうか。丁度いい焼き目に、金網色のついた表面。炭火焼特有の鼻孔を貫くような爽やかな香り。何とも芳ばしい。

 

「……うにゃ、ファンゴの肉、美味しいにゃ! 柔らかな歯応えに、丁度良い塩加減! 噛む度に溢れる肉汁がまた美味しくて、何度も噛みたくなってしまうにゃ。だんだん噛むところがなくなっていくの、寂しいにゃ」

「うっ……何このガーグァ!? 私が焼いたのと全然違う……食感も、風味も。え、何これ、ほんとにガーグァ? 肉の臭みとか全然感じられないし、すっごい食べやすい……! 何これ!?」

「ふっふーん。これがオレの実力よ……」

 

 二人の迫真染みた感想を耳にしては、イズモは満足げに鼻の下を指で擦った。

 イルルはともかく、ヒリエッタも唸る味とは。何だか気になったので、俺も一つ肉を口にした。イルルの皿から、そっと一つ拝借する。

 

「うもッ……これは……」

 

 決め手は、生姜だろう。それが一口入った感想だった。

 タレに染み込ませたのは、間違いなく生姜。念入りに混ぜ込んだのためか、違和感なく自然な味わいを形成している。それをよく肉に漬け込んだらしい、後付け感のない爽やかな味わいを作りだしていた。

 ヒリエッタの言う、肉の臭みがないというポイント。その立役者こそ、この生姜なのだろう。

 

「はーん……ファンゴはともかくとして、ガーグァに生姜とは斬新だな。でもまぁ、良い感じじゃん」

「渓流直々のお肉たちだかんね、美味さは保証するよ」

「くっ……悔しいけど、この味は私には出せないわね……」

「でしょでしょ? もっと褒めていい……って、ヒリエッタ! 君が焼いてる肉、焦げてる! 焦げてる!」

「はわっ!?」

 

 バタバタと、慌ただしくも金網に向き始める二人。やはり何だか、同調するものがそこにあった。とても今日初めて会ったようには見えないくらいに。

 イルルもそれに驚いて、ぴょんとそちらに跳んでいった時、奇しくもトレッドが俺の横に座り込んできた。ぎしっと、古びた我が家のソファーが唸る。

 

「シグ、食べますか? アプトノスにモスを持ってきましたよ」

「おっ、センキュ―。美味そうじゃん」

「アプトノスは脂たっぷりサーロイン、モスはバラ肉です。焼き加減はイズモには劣りますが、ね」

 

 紙皿に乗せられたそれは、大振りに切り取られたアプトノスの肉と、段々状が美しいモスのバラ肉だった。

 アプトノスのサーロイン。見た目はもはや、ステーキである。切り分けられ方も、焼き目も。網焼きステーキ、そのものだ。

 バラ肉の方は、滴る肉汁が美しい何とも魅惑的なものだった。脂身の輝きが、太陽光を享受して。それが眩しくて堪らない。溢れる唾液が止まらない。

 

「んじゃ、いただきまーす」

 

 まずは一口、サーロイン。

 口に入れた瞬間、じゅわっと溶けるその食感。ズワロボスとは違う脂の味に、不覚にも感嘆の声が漏れた。

 まず何と言っても、柔らかい。新鮮な大トロのように、口内の温度でさっと溶け始める。唾液が肉汁に絡んでは、濃厚な脂分が一気に放出された。そこにはズワロポスのような歯応えある食感はなく、ただただかなりの脂肪分があるだけ。しかし、その味わいは滑らかで、喉越しもいい。新鮮な肉であることは間違いなさそうだ。

 

「ふむふむ……」

 

 続いて口に入れたバラ肉。もちろん一度お茶で口内を洗浄してから、である。

 階層のように味が連なったそれは、まさに肉の塔だ。

 細い繊維を束ねたような、強靭な塊となった層。それらを繋ぐ。ぷるぷるとした脂身。噛めばその階層が崩れ落ち、分け隔てられた部屋(あじ)が一つになる。まるで建造物を容赦なく破壊する、ティガレックスになったかのような気分だ。

 サーロインの溶けゆく脂肪分とは違う、ねっとりとした脂身。こちらはいくつもの層が絡まった、独特の歯応えが売りだろう。柔らかく、されど固くもあり。そうして噛む度に、甘い甘い脂がどんどん放出されていく。肉の塔の名は伊達じゃない。

 

「……うんうん、まぁまぁいいんじゃねぇの?」

「イズモに食わすと文句言われそうですがねぇ。焼き加減が甘いとか、火の量は意識したのか、とか」

「めんどくさい奴だよなぁ。よっしゃ、ここは俺も少し凝ってやるかぁ」

 

 俺は意気揚々とソファーから腰を引き上げた。そうして、タレに浸したリノプロスの肉を金網へと突き落とす。

 じゅうじゅうと、落ちるや否や豪快な音を立て始めたリノプロス肉。似たようなアプケロスの肉同様、この肉は顎を鍛える力強い感触が売りの肉である。あちらはもはや砂肝に近い、ゴリゴリとした感触なので、肉の味として並べるのは少しお門違いではあるが。

 そんな俺に向けて、背後からトレッドの声が飛んできた。薄く、淡く、囁くような声が。

 

「焼きながらでいいです。少し報告したいことがあるので、耳を傾けてくださいな」

「……件のことだな?」

「えぇ。淆瘴啖……ですが、今も元気に過ごしてますよ。先日また一人、同僚が撃退されました。ガンランスが食べられちゃったそうですねぇ」

「ふーん。まぁ、生きてるようで何よりだ。他の奴には食わせない。アレは俺の獲物だかんな」

「……またあの時みたいな暴走はして欲しくないですが。回収する方の身にもなってくださいよ」

 

 あの時。

 突然現れたイビルジョー。長年追い続けてきた、淆瘴啖イビルジョー。

 それを目にした時には、俺はいつの間にか七星剣斧【開陽】を手にしていた。逸る気持ちを抑えられず、いつの間にか奴と対峙していた。

 ――その代償として、左脚を失ったが。だけれども、それで分かったこともある。

 

「大丈夫、もうあんなことはしないよ。……分かったからさ」

「……? 分かった、とは?」

「イルルにあんな思いを二度とさせたくないって、分かったからさ。あんな独りよがりなことは、もう二度としないよ」

 

 泣き腫らした顔。痛んだ毛並み。

 あの時を思い出すといつも浮かび上がる、痛ましいイルルの姿。俺が左脚以上にショックを受けた、彼女の悲鳴。もう二度と、あんな姿は見たくない。

 

「……それに、失礼だとも思ったんだ」

「失礼……? それは、イルルちゃんに?」

「いや、それもあるけど、一番には淆瘴啖にさ」

「へぇ……それはまた突拍子もない心境の変化というか、何というか」

「うん、まぁ。アイツだって、ただ必死に生きているだけなんだから。一方的に憎しみをぶつけるのはお門違いなんじゃないかって、思った訳さ」

 

 例えば、俺が今焼いているリノプロス。

 地底洞窟で群れで暮らしていた奴らを、俺が片手剣を振りかざして仕留めたものだ。今やただの肉片となり、炙られた金網の上で悲鳴を上げている。

 俺のやっていることは、淆瘴啖と何ら変わらない。

 生きることとは、食べること。食べることとは、生きること。そのサイクルの上では何ら変わらないのだ。俺がモンスターを狩ることと、モンスターが人を襲うことは。

 所詮世界は弱肉強食。生きるか死ぬかは己次第。そんな師匠の言葉が、俺の脳裏を()ぎった。

 

「─だから俺は、決めたよ。今度は復讐者じゃなくて、ハンターとしてアイツの前に立つ。そんでもってアイツを狩って、食ってやる!」

「え……アレを?」

「旨いまずいは塩加減って言うだろ? この肉みたいに美味くしてやるぜ」

「……なーんか、微妙に使い方間違ってるような気もしないでもないですが……どれどれ」

 

 そんなこんなで焼き上がったリノプロミート。

 まずは強火でこんがり炙り、焼き目がついて来たら少し位置をずらす。そうして弱火へ移し、ゆっくりじっくり優しく焼き上げていけば、仕上げとしてアルミホイルに包む。十分に中まで火を通せば完成。目の前のリノプロミートの出来上がりである。

 それを目の前にして唸るトレッドに、何だ何だと俺の肩にへばりつくイルル。夫婦漫才を続けながら寄ってくるイズモとヒリエッタ。幾つもの視線が、目の前の肉へと注がれる。俺の取り分が、減った。

 

「にゃ、旦那さん! それからとっても良い匂いがするにゃ!」

「おうイルル。俺の魂込めたこんがり肉だぞ。食べてみるか?」

「……酒に、ハチミツに、醤油に――あと、林檎かな?」

「御名答。流石イズモだな……香りだけで当てるとは」

「林檎? この肉に林檎が使われてるの?」

「おろした林檎は肉を柔らかくしてくれるんだよねぇ。色々と重宝するのさぁ。オレ林檎大好き」

 

 俺から解説という役割を奪ったイズモの言葉のままに、ヒリエッタは興味深そうにリノプロミートを持ち上げた。イルルはイルルで興味津々な様子で、俺が摘まみ上げた肉に小さな口を寄せてくる。トレッドはといえば、既に咀嚼し始めている始末。

 豚肩を思わせる、豊満な肉回りのリノプロミート。それを丁寧にタレ漬けして、中までしっかり焼いたのだ。その出来栄えには多少なりとも自信がある。

 

「うーん、美味しいですね。何かこう……美味しいですね」

「トレッドのボキャブラリーは相変わらずだねぇ。もっとこう香りが、とか食感が、とかないの?」

「香り……何か、フルーティーな感じだにゃ。爽やかで、食べやすいにゃあ。醤油タレのあっさりとした味付けもまた良好というか」

「でも思ったより柔らかいのね、これ。噛む度にほぐれていくし、その度に淡い風味が鼻を抜けていくわ。美味しい……」

 

 それぞれが俺の育てた肉を味わって、恍惚そうな表情を浮かべていた。

 ただ一人、イズモを除いては。

 

「悪くはない。……けど、林檎じゃ些か力不足かもねぇ。肉の臭いがまだ少し残ってる。生姜とかニンニクとか使っても、もっと美味しくなりそうだねっ!」

「……何でタンジアの人たちはこうもご飯にうるさいんでしょうねぇ」

 

 満足そうに肉を頬張るイルルと、また始まったと言わんばかりに溜息をつくヒリエッタ。

 その視線の先で肉とにらめっこをするイズモを見ては、トレッドが虚しそうにそう呟いた。トレッド自身が、その言葉の例外でありながらも。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「どうでもいいけど、ケルビの肉とかもあれば良かったのにね」

「あー、あとガウシカとかなぁ」

「そういえば、そんな肉たちもありましたねぇ。すっかり忘れてました」

 

 昼下がり。

 みなそれぞれが肉を焼き、食べたい肉を摘まんだ頃。そろそろ肉に対する探求心も薄れ、みなの食欲が落ち着いてきた頃だった。

 ふと、ヒリエッタがそんな言葉を漏らした。

 言われてみれば、網に転がっているのはモス肉、ファンゴ肉、ガーグァ肉、アプトノス肉、アプケロス肉、ズワロポス肉、そしてリノプロス肉。そこにケルビやガウシカの姿はない。

 そんな肉たちを眺めていると、俺の膝の上でもぐもぐし続けていたイルルが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「にゃ! そういえば、ボクの友達はケルビの肉持ってくるって言ってたにゃ」

「友達? そういや、まだ来てないな。流石にもう……やっぱ来ないんじゃないか?」

「ううん、狩りに行ってからって言ってたから。多分、もうそろそろ……だと思うにゃ」

 

 この焼き肉パーティーが始まって、もう随分と時間が経っている。それだというのに、イルルの友達だという人物は現れない。本当にここに来るのだろうか。

 なんて考えていると、ビンに入ったお茶を飲み終えたイズモが、軽く息を吐きながらもイルルに問いを投げかけた。ネコの耳が、ピクリと動く。

 

「ちなみにちなみにイルルちゃん。その友達って何て言うんだぃ?」

「にゃっ。ルーシャさん、っていうのにゃ」

「んー? ……ルーシャ? どっかで、聞いたことがあるような」

「イズモ……君、女性の名前に対して聞いたことあるって言ってばかりですねぇ」

「いや待って。まるでオレが軟派野郎みたいじゃないかよぅ」

「あら? 間違ってないんじゃないかしら、ナンパさん」

 

 呆れるように首を振るトレッドに、悪戯っぽい笑みを浮かべるヒリエッタ。それに慌てては身の潔白を証明することに勤しむイズモを見て、イルルはよく分からないとばかりに首を傾げた。

 一方で、俺は彼女の言葉を聞いて思考が一瞬止まる。

 ルーシャ。俺も聞いたことがある、その名前。ルーシャといえば、ここ最近ネコ談義で花を咲かせている同業者じゃないか。そんなアイツが、イルルの友達? いや、まさかそんな。

 

「――ここ、ここかぁ! ごめんねイルルちゃん、遅れちゃった!」

「あ、ルーシャさん! いらっしゃいにゃあ!」

 

 またもや影が、我が家を差した。

 突然開け放たれた扉。光差すそこから、白い鎧に身を包んだ人物が現れる。

 後ろで結ばれた、薄い金色の髪。白銀の鎧を着こなす、凛とした姿。そんな少女が担ぐ、宙に四肢を投げ出したケルビ。異様過ぎる光景だ。

 そんな彼女に向けて、イルルは嬉しそうに声を上げた。一方、イルルを見ては幸せそうに顔を綻ばせる彼女。その姿は間違いなく、俺の知るルーシャ本人である。

 

「……ルーシャ……お前」

「うぇ!? シガレット!? 何でここに!?」

「いや、ここ俺んちだから」

「嘘!? じゃ、じゃあ……イルルちゃんの旦那さんって、貴方だったの!?」

 

 一人騒がしく荒れるルーシャに、俺は若干気圧される。かと思いきや、膝の上のイルルはぴょんと飛び下りて、心配そうにルーシャの傍へと駆け寄った。

 先程まで集中砲火を食らっていたイズモは、もうそっちのけ。本人すら、俺の目の前の状況に釘付けになっている。

 そんな一人舞台の主演女優はといえば、駆け寄ってきたイルルを突然抱き寄せ、おもむろに正座し始めた。一心に、俺の瞳を見つめながら。

 

「イルルちゃんの旦那さんに、折り入って頼みがあります」

「……何だよ。改まって」

 

 随分賑やかな女だ。そう感じながら、今度は静かに佇む彼女に向けてそう声を掛ける。

 すると、彼女は小さく深呼吸した。まるで何か大きなことでも言うように。態度を改めるかのように。

 そうして、そっと放った。テオ・テスカトルもかくやというほどの、衝撃的な言葉を。

 

 

 

「旦那さん! お宅のイルルさんを、私にくださいっ! 絶対に、幸せにしてみせますから!」

「……………………は?」

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『こんがり焼き肉セット』

 

・こんがり肉     ……お好みで。

    ・モス

    ・ファンゴ

    ・ガーグァ

    ・アプトノス

    ・アプケロス

    ・ズワロポス

    ・リノプロス

    ・ケルビ

 

・野菜詰め合わせ   ……お好みで。

 

 






 ずっと書きたかったこんがり肉の食べ比べ。素材によって絶対味違いますよね、あれ! 味の描写は、紺田照の合法レシピの力を借りております。あれ最高。
 キャラクター同士の触れ合いにもチャレンジしました。人が増えると書くのもきついっす。これまで出したメインのキャラクターたちが全員顔を合わせるという、作者的には卒倒しそうな状況です。なんだこのカオス。
 シガレットの心境の変化を始め今回の幾つかのポイントには、また後日補足を入れたいと考えてます。近いうちです(話数的に)(更新が近いとは言ってない)

 今年もちまちまと、モン飯を書いていきますので、どうぞ今年もよろしくお願いします。


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