あけましておめでとうございます。
「旦那さん、はいあーん、にゃ!」
「……何だこの状況」
晴天のドンドルマ。浮かぶ雲が美しく、吹き抜ける風は穏やかだ。暖かい外気に、我が家のソファーは満足気な軋み声を描く。
そんな視界から、香ばしい肉の香りが照り付ける。その香りの源を箸で掴んでは俺に向けるイルルが、満足気に微笑んでいた。
溢れる香りは鼻孔を突き抜けるように鋭く。舞い上がる肉汁は、砂金のように滴って。
そんな鮮やかな肉と、ニコニコと華やかな笑顔を浮かべるイルルを見比べて、俺は小さく言葉を繋げた。
「……えっと、イルルさん? これは何なんだ?」
「にゃんにゃん。旦那さんが元気になったからその祝いに、焼き肉パーティーなのにゃ」
「……焼き肉パーティー……祝い……」
「旦那さん、この前こんがり肉の食べ比べしたいって言ってたにゃ。それでボックスにお肉貯めてにゃね? 今日それを使っちゃおうにゃ! はい、あーん!」
「いや、えっと……それはそうだけど、こんな形にするつもりじゃ……」
「いいからいいから! ボクの育てたお肉にゃ、さぁ食べて!」
「もぐぅ!?」
突然焼ける、俺の唇。じゅぅっと、肉汁滴るそれが俺の口の中に猛突進を繰り出した。
よく焼けたそれは、弾力性のある身が特徴的だった。若干ハリを無くした弾力性。ゴムのようでありながら、何とも言い難い柔らかさを秘めている。そして、噛む度に溢れる肉汁が、脂分の多いそれがくどいながらも、確固とした肉らしい味わいをもたらした。
その脂分のためにそうたくさんは食べられないくどさだが、少量ならば問題ない。俺の口の中に、脂をどんどん塗りたくっていくそれ。その味は、この肉は――――。
「……ズワロポスか? これ」
「そうにゃ、豊富な脂が魅力のお肉にゃ。美味しいにゃ?」
「うん、美味いよ」
その一言でぱぁっと顔を輝かせるイルルに、そっと手を添える。俺の手に頬を摺り寄せては、満足そうな声を上げる彼女。その様子はといえば、心の底から喜んでいるかのよう。どうやら、相当心配かけてしまったようだ。
互いの頬と頬を寄せるようにその柔らかさを享受していると、庭からすっと横槍が飛んでくる。ランスの突進よろしく突っ込んできたそれ、もとい男は、やれやれといった感じに手の甲を額に乗せた。
「はぁ~、相変わらずアツアツだねぇ。焼き肉より熱いやこりゃ」
「……イズモ、お前何でここにいるんだよ」
「イルルちゃんに呼ばれたからに決まってるっしょ? あそこで野菜焼いてるアイツと同じく、ね」
後ろで長髪をひとまとめにして、長い黒髪を靡かせる男、イズモ。ユクモ村を拠点として活動するコイツが、今俺の目の前にいる。
その背後には、金網とにらめっこしながら野菜を焼くトレッドの姿が。イズモの言葉でこっちを振り向いては、右手のトングをゆっくり揺らした。
「トレッドまで……。イルルが呼んだのか……」
「ボクの知る限りの旦那さんの知り合いを呼んでみたにゃ。ギルドカードを漁って、にゃ」
「……枚数の少なさに驚いただろ? どうせ友達はいないよーだ」
「……って旦那さんがいじけると思って、ボクも友達を呼んでおいたにゃん」
「友達……? この前言ってた、ウルクススを一緒に狩ったっていう?」
自然と口から流れ出た疑問を、イルルは首を摺り寄せて肯定する。
先日、俺はオオナズチの毒によって腹をやられ、数日間床に
一体どんな奴かと思っていたが、まさかこうも早く相見える日が来るとは。まぁ、イルル曰くその人物は遅れてくるそうだが。それまでは、折角イルルが催してくれた焼き肉パーティーを楽しむことが吉だろうか?
「……待てよ、俺のギルカを見たってことは、ヒリエッタまで呼んでるのか?」
「にゃあ、この前旦那さんを運んでくれた人にゃね? 誘ってみたにゃ、来るかどうかは分からないけど」
「――ヒリ……エッタ?」
首を傾げては困ったようにそう言うイルル。その言い分に納得して、小さく息を吐く俺。
そんな折りに、やや不可解そうな色に染まった声が飛んできた。肉を焼いていたイズモの、その口から。
「どうしたんだ? 知り合いか?」
「いや、ちょっと……聞いたことある名前だなぁって」
「……ふぅん?」
彼らしくない、歯切れの悪い返事。それで口を満たしながらも、彼は少し戸惑うような素振りを見せた。
そんな彼の焼く肉からは、悲痛な悲鳴が舞い上がる。
「……イズモ、肉が焦げてますよ」
「うえっ!? やべぇ!」
慌てたイズモが肉をひっくり返すが、そこには黒蝕竜もかくやという程漆黒に染まった塊が。グズグズに崩れるその肉塊に、注意を促した当人、トレッドは小さなため息をついた。
料理に関しては定評があるイズモだ。認めたくないが、今の俺を作った大きな要因の一つにアイツはあるのだと思う。だからこそ、アイツがそんなミスをするのは何だか珍しいと感じた。それほどまでに、彼にとってヒリエッタという言葉に因縁でもあるのだろうか。
「――ここね。お邪魔するわ、シガレット。……うわ、何この臭い」
噂をすれば影が差す。
その言葉を証明するが如く、庭の門が突然開け放たれた。そこから足を踏み入れてくる、ジンオウUシリーズの少女。ヒリエッタ、その人だ。
「おっす、本当に来たんだな」
「シガレット……随分顔色良くなったじゃない。元気そうで何よりね」
「おかげさんで。ま、折角来たんなら肉食ってけよ」
「うん、そうさせてもらうわ」
どっさりと、持参したのであろうアプケロスの生肉を取り出すヒリエッタ。先日オオナズチに共に挑んだ時より幾分良い顔をしている彼女は、それらを取り出しては金網の空き地に並べ始める。
そんな彼女に釘付けになっていたイズモ。彼は何度も彼女を見ては、何かを思い出すように首をひねっていた。
「んー? あれー? ……何か、何だろ。うーん」
「……? 何、どうしたのアンタ」
「え、いや、え? ……お宅が、ヒリエッタ……さん?」
「えぇ、そうよ。アンタは?」
「い、イズモだ」
「そう、イズモね。覚えとくわ」
簡素な返事で会話を切ろうと、ヒリエッタは足首をずらす。半身翻すようにずらされた足首。それに伴って、胴体も足の向きに同調する。
しかしそのまま体が動く前に、彼女の動きは止められた。すっと伸ばされた、イズモの手によって。
「あ、ちょっ、待ってくれ」
「……? 何よ?」
「……あのさ、オレら……どっかで会ったこと、ないかい?」
「……はぁ?」
あまりにも唐突に飛び出した、イズモの言葉。それを飲み込んでは、ヒリエッタは怪訝そうに眉を動かした。
トレッドは唖然とトングを落とし、イルルはあんぐりと口を開ける。俺はといえば、突然過ぎるその言葉に俺自身の言葉を失った。何とも使い古された台詞回しだと、そう判断せざるを得ない。
そう感じているのは、ヒリエッタも同様なようだが。
「……そんな古典的なナンパ法、今じゃ通じないわよ」
「い、いや、ナンパじゃなくてさ、その……何でも、ないです……」
「……? まぁ、いいわ。ついでに、そっちのガンナーさんは何て言うの?」
「え、僕ですか? 僕はトレッドと申します、どうぞよろしく」
所在なさげに言葉を失ったイズモと、不思議そうに彼を見るヒリエッタ。何だか、奇妙な組み合わせだ。
一方で、トレッドとの自己紹介も終え、ここにいる全員が顔と名前を一致させる状況ともなった。こんな一癖も二癖もある奴らを集めたイルル。我が相棒ながら、恐れ入る手腕だ。
当の彼女は、イズモの突然のナンパに困惑気味なようだが。
「にゃにゃ……何にゃこの状況……」
◆ ◆ ◆
「ちょっバカ! 何冷やした肉をそのまま焼いてくれちゃってんの!?」
「何よ、うっさいわね! だったら何だっていうのよ」
「常温に戻してから焼くのが鉄板でしょーがっ! 折角の肉がゴムみたいになるって分かんないのかなぁ!?」
飛び交う怒号に、けたたましい喚き声。
焼き肉を巡って、俺の目の前には波乱万丈な光景が浮かんでいた。
見事に焼き肉奉行を発動させたイズモ。この状況は、その一言に尽きる。
「……はぁ」
「いやいや、トレッドお前
「え? いやよく焼いてますけど」
「バッカ! 焼け方が枯葉まっしぐらなんですけど! ホイル使ってホイル!」
爛々と輝かせる瞳。それを当てられて、トレッドは困ったように眉を顰めた。
イズモは、食にうるさい。俺がタンジアギルドにいた頃から、こんがり肉の焼き方にもいちいち口出ししてくる奴だった。
付き合いの長いトレッドは慣れたものだろうが、ヒリエッタはそうはいくまい。現に、彼女はものの見事に苛々している。俺がいつかの熱いお茶の話をした時よりも、幾分か酷く。
「ヒリエッタ、ピーマンは丸ごと焼くべきだよっ! センスもってセンス!」
「扇子ぅ? 焼き肉するのに扇子なんか……使えないこともなさそうね」
「使えるじゃなくて、もつもんでしょセンスってのは!」
「持って使う、でしょ? てか扇子じゃなくてもうちわの方が向いてるんじゃない?」
「その扇子じゃなーいっ! もっとこう、なんだ……研ぎ澄ます方!」
「扇子研いでどうすんのよ!?」
「ミツネ片手剣ですね本当に有り難うございました! じゃなくて!」
「何が言いたいのか全然分かんないんですけど」
「もっと調理の仕方しっかりしてくれよってことさぁ!」
「だああぁ! シガレットみたいなこと言ってんじゃないわよ!」
「えっ」
突然やり玉に上げられ、素っ頓狂な声が漏れる。
見れば、凄まじい火花をぶつけるイズモとヒリエッタの姿があった。お互い肉を焼きながら、熱い主張をぶつけ合う。
ヒリエッタは干渉されるのを嫌う、ネコみたいな奴だ。しかしイズモは料理に関しては過干渉。この上なく相性は悪いのかもしれない。
だが、あれだけ素を出して怒るヒリエッタには、少し引っ掛かるところがあった。人見知り気味な性格だと、俺は認識していたのだが。
「……何か、犬猿の仲に見えて息ピッタリだなお前ら」
「にゃあ」
「夫婦漫才みたいですねぇ」
「誰が夫婦だ誰がっ!?」
「ちょっとやめてよこんなのと!」
しかしヒリエッタの様子は、どうもいつもと違うように思えた。
俺とゲネル・セルタスを狩った時より、自我に忠実に動いているように見える。その様子は、少し楽しそうだ。イズモの迷言も、あながち間違いでもないのではと、そう感じてしまう程に。
そんな当のイズモはといえば、焼き上げた肉を一つ摘まみ上げ、ヒリエッタ用の皿に落とした。食えと言わんばかりの顔で、図々しく。
「……いいわ、食べてあげる。アンタの言う調理法ってのがどんなもんか、見てやるわ」
「おうとも。しっかり味わってほしいね。イルルちゃんにも、ほいっと」
「にゃ、有り難うにゃイズモさん」
イルルにも手渡しながら、イズモはしてやったりとあくどい笑みを浮かべる。
見たところ、ファンゴの肉とガーグァの肉だろうか。丁度いい焼き目に、金網色のついた表面。炭火焼特有の鼻孔を貫くような爽やかな香り。何とも芳ばしい。
「……うにゃ、ファンゴの肉、美味しいにゃ! 柔らかな歯応えに、丁度良い塩加減! 噛む度に溢れる肉汁がまた美味しくて、何度も噛みたくなってしまうにゃ。だんだん噛むところがなくなっていくの、寂しいにゃ」
「うっ……何このガーグァ!? 私が焼いたのと全然違う……食感も、風味も。え、何これ、ほんとにガーグァ? 肉の臭みとか全然感じられないし、すっごい食べやすい……! 何これ!?」
「ふっふーん。これがオレの実力よ……」
二人の迫真染みた感想を耳にしては、イズモは満足げに鼻の下を指で擦った。
イルルはともかく、ヒリエッタも唸る味とは。何だか気になったので、俺も一つ肉を口にした。イルルの皿から、そっと一つ拝借する。
「うもッ……これは……」
決め手は、生姜だろう。それが一口入った感想だった。
タレに染み込ませたのは、間違いなく生姜。念入りに混ぜ込んだのためか、違和感なく自然な味わいを形成している。それをよく肉に漬け込んだらしい、後付け感のない爽やかな味わいを作りだしていた。
ヒリエッタの言う、肉の臭みがないというポイント。その立役者こそ、この生姜なのだろう。
「はーん……ファンゴはともかくとして、ガーグァに生姜とは斬新だな。でもまぁ、良い感じじゃん」
「渓流直々のお肉たちだかんね、美味さは保証するよ」
「くっ……悔しいけど、この味は私には出せないわね……」
「でしょでしょ? もっと褒めていい……って、ヒリエッタ! 君が焼いてる肉、焦げてる! 焦げてる!」
「はわっ!?」
バタバタと、慌ただしくも金網に向き始める二人。やはり何だか、同調するものがそこにあった。とても今日初めて会ったようには見えないくらいに。
イルルもそれに驚いて、ぴょんとそちらに跳んでいった時、奇しくもトレッドが俺の横に座り込んできた。ぎしっと、古びた我が家のソファーが唸る。
「シグ、食べますか? アプトノスにモスを持ってきましたよ」
「おっ、センキュ―。美味そうじゃん」
「アプトノスは脂たっぷりサーロイン、モスはバラ肉です。焼き加減はイズモには劣りますが、ね」
紙皿に乗せられたそれは、大振りに切り取られたアプトノスの肉と、段々状が美しいモスのバラ肉だった。
アプトノスのサーロイン。見た目はもはや、ステーキである。切り分けられ方も、焼き目も。網焼きステーキ、そのものだ。
バラ肉の方は、滴る肉汁が美しい何とも魅惑的なものだった。脂身の輝きが、太陽光を享受して。それが眩しくて堪らない。溢れる唾液が止まらない。
「んじゃ、いただきまーす」
まずは一口、サーロイン。
口に入れた瞬間、じゅわっと溶けるその食感。ズワロボスとは違う脂の味に、不覚にも感嘆の声が漏れた。
まず何と言っても、柔らかい。新鮮な大トロのように、口内の温度でさっと溶け始める。唾液が肉汁に絡んでは、濃厚な脂分が一気に放出された。そこにはズワロポスのような歯応えある食感はなく、ただただかなりの脂肪分があるだけ。しかし、その味わいは滑らかで、喉越しもいい。新鮮な肉であることは間違いなさそうだ。
「ふむふむ……」
続いて口に入れたバラ肉。もちろん一度お茶で口内を洗浄してから、である。
階層のように味が連なったそれは、まさに肉の塔だ。
細い繊維を束ねたような、強靭な塊となった層。それらを繋ぐ。ぷるぷるとした脂身。噛めばその階層が崩れ落ち、分け隔てられた
サーロインの溶けゆく脂肪分とは違う、ねっとりとした脂身。こちらはいくつもの層が絡まった、独特の歯応えが売りだろう。柔らかく、されど固くもあり。そうして噛む度に、甘い甘い脂がどんどん放出されていく。肉の塔の名は伊達じゃない。
「……うんうん、まぁまぁいいんじゃねぇの?」
「イズモに食わすと文句言われそうですがねぇ。焼き加減が甘いとか、火の量は意識したのか、とか」
「めんどくさい奴だよなぁ。よっしゃ、ここは俺も少し凝ってやるかぁ」
俺は意気揚々とソファーから腰を引き上げた。そうして、タレに浸したリノプロスの肉を金網へと突き落とす。
じゅうじゅうと、落ちるや否や豪快な音を立て始めたリノプロス肉。似たようなアプケロスの肉同様、この肉は顎を鍛える力強い感触が売りの肉である。あちらはもはや砂肝に近い、ゴリゴリとした感触なので、肉の味として並べるのは少しお門違いではあるが。
そんな俺に向けて、背後からトレッドの声が飛んできた。薄く、淡く、囁くような声が。
「焼きながらでいいです。少し報告したいことがあるので、耳を傾けてくださいな」
「……件のことだな?」
「えぇ。淆瘴啖……ですが、今も元気に過ごしてますよ。先日また一人、同僚が撃退されました。ガンランスが食べられちゃったそうですねぇ」
「ふーん。まぁ、生きてるようで何よりだ。他の奴には食わせない。アレは俺の獲物だかんな」
「……またあの時みたいな暴走はして欲しくないですが。回収する方の身にもなってくださいよ」
あの時。
突然現れたイビルジョー。長年追い続けてきた、淆瘴啖イビルジョー。
それを目にした時には、俺はいつの間にか七星剣斧【開陽】を手にしていた。逸る気持ちを抑えられず、いつの間にか奴と対峙していた。
――その代償として、左脚を失ったが。だけれども、それで分かったこともある。
「大丈夫、もうあんなことはしないよ。……分かったからさ」
「……? 分かった、とは?」
「イルルにあんな思いを二度とさせたくないって、分かったからさ。あんな独りよがりなことは、もう二度としないよ」
泣き腫らした顔。痛んだ毛並み。
あの時を思い出すといつも浮かび上がる、痛ましいイルルの姿。俺が左脚以上にショックを受けた、彼女の悲鳴。もう二度と、あんな姿は見たくない。
「……それに、失礼だとも思ったんだ」
「失礼……? それは、イルルちゃんに?」
「いや、それもあるけど、一番には淆瘴啖にさ」
「へぇ……それはまた突拍子もない心境の変化というか、何というか」
「うん、まぁ。アイツだって、ただ必死に生きているだけなんだから。一方的に憎しみをぶつけるのはお門違いなんじゃないかって、思った訳さ」
例えば、俺が今焼いているリノプロス。
地底洞窟で群れで暮らしていた奴らを、俺が片手剣を振りかざして仕留めたものだ。今やただの肉片となり、炙られた金網の上で悲鳴を上げている。
俺のやっていることは、淆瘴啖と何ら変わらない。
生きることとは、食べること。食べることとは、生きること。そのサイクルの上では何ら変わらないのだ。俺がモンスターを狩ることと、モンスターが人を襲うことは。
所詮世界は弱肉強食。生きるか死ぬかは己次第。そんな師匠の言葉が、俺の脳裏を
「─だから俺は、決めたよ。今度は復讐者じゃなくて、ハンターとしてアイツの前に立つ。そんでもってアイツを狩って、食ってやる!」
「え……アレを?」
「旨いまずいは塩加減って言うだろ? この肉みたいに美味くしてやるぜ」
「……なーんか、微妙に使い方間違ってるような気もしないでもないですが……どれどれ」
そんなこんなで焼き上がったリノプロミート。
まずは強火でこんがり炙り、焼き目がついて来たら少し位置をずらす。そうして弱火へ移し、ゆっくりじっくり優しく焼き上げていけば、仕上げとしてアルミホイルに包む。十分に中まで火を通せば完成。目の前のリノプロミートの出来上がりである。
それを目の前にして唸るトレッドに、何だ何だと俺の肩にへばりつくイルル。夫婦漫才を続けながら寄ってくるイズモとヒリエッタ。幾つもの視線が、目の前の肉へと注がれる。俺の取り分が、減った。
「にゃ、旦那さん! それからとっても良い匂いがするにゃ!」
「おうイルル。俺の魂込めたこんがり肉だぞ。食べてみるか?」
「……酒に、ハチミツに、醤油に――あと、林檎かな?」
「御名答。流石イズモだな……香りだけで当てるとは」
「林檎? この肉に林檎が使われてるの?」
「おろした林檎は肉を柔らかくしてくれるんだよねぇ。色々と重宝するのさぁ。オレ林檎大好き」
俺から解説という役割を奪ったイズモの言葉のままに、ヒリエッタは興味深そうにリノプロミートを持ち上げた。イルルはイルルで興味津々な様子で、俺が摘まみ上げた肉に小さな口を寄せてくる。トレッドはといえば、既に咀嚼し始めている始末。
豚肩を思わせる、豊満な肉回りのリノプロミート。それを丁寧にタレ漬けして、中までしっかり焼いたのだ。その出来栄えには多少なりとも自信がある。
「うーん、美味しいですね。何かこう……美味しいですね」
「トレッドのボキャブラリーは相変わらずだねぇ。もっとこう香りが、とか食感が、とかないの?」
「香り……何か、フルーティーな感じだにゃ。爽やかで、食べやすいにゃあ。醤油タレのあっさりとした味付けもまた良好というか」
「でも思ったより柔らかいのね、これ。噛む度にほぐれていくし、その度に淡い風味が鼻を抜けていくわ。美味しい……」
それぞれが俺の育てた肉を味わって、恍惚そうな表情を浮かべていた。
ただ一人、イズモを除いては。
「悪くはない。……けど、林檎じゃ些か力不足かもねぇ。肉の臭いがまだ少し残ってる。生姜とかニンニクとか使っても、もっと美味しくなりそうだねっ!」
「……何でタンジアの人たちはこうもご飯にうるさいんでしょうねぇ」
満足そうに肉を頬張るイルルと、また始まったと言わんばかりに溜息をつくヒリエッタ。
その視線の先で肉とにらめっこをするイズモを見ては、トレッドが虚しそうにそう呟いた。トレッド自身が、その言葉の例外でありながらも。
◆ ◆ ◆
「どうでもいいけど、ケルビの肉とかもあれば良かったのにね」
「あー、あとガウシカとかなぁ」
「そういえば、そんな肉たちもありましたねぇ。すっかり忘れてました」
昼下がり。
みなそれぞれが肉を焼き、食べたい肉を摘まんだ頃。そろそろ肉に対する探求心も薄れ、みなの食欲が落ち着いてきた頃だった。
ふと、ヒリエッタがそんな言葉を漏らした。
言われてみれば、網に転がっているのはモス肉、ファンゴ肉、ガーグァ肉、アプトノス肉、アプケロス肉、ズワロポス肉、そしてリノプロス肉。そこにケルビやガウシカの姿はない。
そんな肉たちを眺めていると、俺の膝の上でもぐもぐし続けていたイルルが、ふと思い出したように口を開いた。
「にゃ! そういえば、ボクの友達はケルビの肉持ってくるって言ってたにゃ」
「友達? そういや、まだ来てないな。流石にもう……やっぱ来ないんじゃないか?」
「ううん、狩りに行ってからって言ってたから。多分、もうそろそろ……だと思うにゃ」
この焼き肉パーティーが始まって、もう随分と時間が経っている。それだというのに、イルルの友達だという人物は現れない。本当にここに来るのだろうか。
なんて考えていると、ビンに入ったお茶を飲み終えたイズモが、軽く息を吐きながらもイルルに問いを投げかけた。ネコの耳が、ピクリと動く。
「ちなみにちなみにイルルちゃん。その友達って何て言うんだぃ?」
「にゃっ。ルーシャさん、っていうのにゃ」
「んー? ……ルーシャ? どっかで、聞いたことがあるような」
「イズモ……君、女性の名前に対して聞いたことあるって言ってばかりですねぇ」
「いや待って。まるでオレが軟派野郎みたいじゃないかよぅ」
「あら? 間違ってないんじゃないかしら、ナンパさん」
呆れるように首を振るトレッドに、悪戯っぽい笑みを浮かべるヒリエッタ。それに慌てては身の潔白を証明することに勤しむイズモを見て、イルルはよく分からないとばかりに首を傾げた。
一方で、俺は彼女の言葉を聞いて思考が一瞬止まる。
ルーシャ。俺も聞いたことがある、その名前。ルーシャといえば、ここ最近ネコ談義で花を咲かせている同業者じゃないか。そんなアイツが、イルルの友達? いや、まさかそんな。
「――ここ、ここかぁ! ごめんねイルルちゃん、遅れちゃった!」
「あ、ルーシャさん! いらっしゃいにゃあ!」
またもや影が、我が家を差した。
突然開け放たれた扉。光差すそこから、白い鎧に身を包んだ人物が現れる。
後ろで結ばれた、薄い金色の髪。白銀の鎧を着こなす、凛とした姿。そんな少女が担ぐ、宙に四肢を投げ出したケルビ。異様過ぎる光景だ。
そんな彼女に向けて、イルルは嬉しそうに声を上げた。一方、イルルを見ては幸せそうに顔を綻ばせる彼女。その姿は間違いなく、俺の知るルーシャ本人である。
「……ルーシャ……お前」
「うぇ!? シガレット!? 何でここに!?」
「いや、ここ俺んちだから」
「嘘!? じゃ、じゃあ……イルルちゃんの旦那さんって、貴方だったの!?」
一人騒がしく荒れるルーシャに、俺は若干気圧される。かと思いきや、膝の上のイルルはぴょんと飛び下りて、心配そうにルーシャの傍へと駆け寄った。
先程まで集中砲火を食らっていたイズモは、もうそっちのけ。本人すら、俺の目の前の状況に釘付けになっている。
そんな一人舞台の主演女優はといえば、駆け寄ってきたイルルを突然抱き寄せ、おもむろに正座し始めた。一心に、俺の瞳を見つめながら。
「イルルちゃんの旦那さんに、折り入って頼みがあります」
「……何だよ。改まって」
随分賑やかな女だ。そう感じながら、今度は静かに佇む彼女に向けてそう声を掛ける。
すると、彼女は小さく深呼吸した。まるで何か大きなことでも言うように。態度を改めるかのように。
そうして、そっと放った。テオ・テスカトルもかくやというほどの、衝撃的な言葉を。
「旦那さん! お宅のイルルさんを、私にくださいっ! 絶対に、幸せにしてみせますから!」
「……………………は?」
~本日のレシピ~
『こんがり焼き肉セット』
・こんがり肉 ……お好みで。
・モス
・ファンゴ
・ガーグァ
・アプトノス
・アプケロス
・ズワロポス
・リノプロス
・ケルビ
・野菜詰め合わせ ……お好みで。
ずっと書きたかったこんがり肉の食べ比べ。素材によって絶対味違いますよね、あれ! 味の描写は、紺田照の合法レシピの力を借りております。あれ最高。
キャラクター同士の触れ合いにもチャレンジしました。人が増えると書くのもきついっす。これまで出したメインのキャラクターたちが全員顔を合わせるという、作者的には卒倒しそうな状況です。なんだこのカオス。
シガレットの心境の変化を始め今回の幾つかのポイントには、また後日補足を入れたいと考えてます。近いうちです(話数的に)(更新が近いとは言ってない)
今年もちまちまと、モン飯を書いていきますので、どうぞ今年もよろしくお願いします。