モンハン飯   作:しばりんぐ

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餅食べたい。





餅は餅屋

 

 

 市街地が、華やかな喧噪に包まれていた。

 普段ならさながらゼンマイ仕掛けの時計のように、緩やかな雰囲気に流されているここ、ドンドルマ。だというのに、本日はどうも条件が異なるようだ。まるで祭りでも行われているが如く、騒がしい人の群れで溢れているのだから。

 

「……何だこれ。勘弁してくれよ、歩きにくいじゃん」

「今日は何かのイベントですかね? 大繁盛じゃないですか」

 

 言葉にするなら、ゴミのように舞い上がる人だかりだろうか。行き交う人々が、流動性の壁のように俺の行き先を塞ぎ続ける。そんな忌々しい光景に、思わず溜め息が漏れた。覚束ない動きで右手が浮き、俺の後頭部を撫でるように掻く。

 一方でその光景を見ていた茶髪のガンナー、トレッドは感嘆の声を上げた。タンジアの港とはまた違う騒がしさが、彼には珍しく映ったのかもしれない。

 

「お祭りですかね? 楽しそうですねぇ」

「そうだな……。つっても、ドンドルマの広場なんざ毎日屋台出てるから、あんまり新鮮じゃないが」

「平和ですねぇ。巷の噂とはほど遠いじゃないですか」

「巷の噂?」

 

 不穏な言葉が耳に届く。

 見れば、眉間に皺を寄せたトレッドが語り出した。

 

「ドンドルマの都市伝説みたいなものですがねぇ。何やら行方不明になるアイルーが僅かながらいるとか何とか」

「何だそれ。初めて聞いたわ」

「僕もほんの少し耳にした程度ですけどね。……ちなみに、お宅のイルルちゃんは大丈夫ですか?」

「今日は眠いそうだから家の座布団でお昼寝中。ま、アイツに限っては大丈夫だろ」

「楽観的ですねぇ」

「ここに住んでる俺ですら聞いたことないんだ。大したもんじゃないと思うぜ」

「……ですね。それより今は、目の前の人だかりの方が気になります」

 

 トレッドの言う噂を、まるで単なる噂だと鼻で笑うように。ドンドルマの市街地は、いつも以上の活気で満ち溢れていた。

 大老殿に続く大広場に出れば、毎日雑貨屋やら武器屋やらが屋台を出している。クエストボードの前には大多数のハンターが集まり、バーやらパブやらは大盛況。アリーナを求め訪れる客はいざ知れず。ドンドルマという大都会は、毎日毎日がバルバレの大売出しのようだ。

 そんな街ではあるのだが、本日の潤い具合はそれをも凌駕する。一体何があったのだろうか。トレッドの言う、イベントでもやっているのか。

 

「あ、シグ。あれ」

「あん?」

 

 何かに気付いたように突然指を突き出すトレッド。その指の先には、この人の台風の目となる光景が浮かんでいた。

 広場の端、戦闘街ともなり得るこの市街地を囲む堅牢な城壁。その壁に、いくつもの円状の物体が並べられている。何重もの大きさの円と様々な配色を加えられたそれらは、紛うことなき『的』であった。

 つまり、大掛かりな射的。それが城壁をも利用して行われており、この大量の人間を集めていたのだ。そのために出店やらドリンクサービスやらを切り盛りしている、アイルーたちの姿も見てとれる。これが拡大し、この祭りのような騒ぎを引き起こしていたようだ。

 

「……何だ、ありがちな辻商いじゃんか」

「へぇ。安全な武器を使用、ハンターじゃなくても是非挑戦を……ですか」

 

 大量の人間によって撒き散らされた大量のゴミ。それに混じって散らばっていた広告用紙を手にとっては、トレッドは薄く笑いながら読み上げる。

 少し背伸びしてその射的の様子を見てみれば、なるほどどうしてたくさんの挑戦者によって賑わっているじゃないか。

 如何にもハンターですと言わんばかりの筋骨隆々の男や、日頃商業に精を出していますと言わんばかりの格好をした女が武器をとって、一心不乱に的を射ている。

 

「おっ、武器も色々用意しているみたいですねぇ。軽弩、重弩、それに弓……。手厚いじゃないですか」

「つっても、仮に人に当たってもいいように全部ペイント弾になってるんだな」

「ありゃ、本当だ。的もインクだらけですねぇ」

「ペイント弾とペイントビン……。雑貨屋は繁盛しそうだなぁこの企画」

 

 赤色やら青色で彩られた的を見ながら、小さく息を吐いた。見たところ、そこまで突出した記録を出している人間はあまりいないようだ。みな中心から随分と逸れた箇所を射抜いている。

 

「へったくそだなぁ。あんな腕でよくやろうと思うよ」

「多分、あれがその要因だと思いますよ」

 

 めざといトレッドは、射的の受付台の横にある表彰台のようなオブジェを指差した。そこには、二枚組の鱗が寄り添うように飾られている。燃え盛る太陽のような鮮やかな真紅と、広大な大地を思わせる力強い深緑。

 そう、間違いない。あれは火竜の天鱗、そして雌火竜の天鱗だ。

 

「へぇ……G級相当個体の希少素材じゃないか? あれ」

「ですねぇ。確かにハンターからしたら生唾もの。商人にとっても、非常に縁起がよいものです。特にこの街では、ね」

 

 流し目で街を見るトレッド。ここ、ドンドルマは赤と緑の配色を重んじていることで有名だ。彼もそれを知っていたのだろう。自然と力の象徴、リオス科の飛竜の力に(あやか)っていることを。

 

「それであのイベントに参加ってわけか。ようやる」

「挑戦料は五百ゼニーですか、まぁそこそこですね」

「バカバカしい。さっさと飯屋でも行こうぜ」

「あ、二等はゴールドルナシリーズのレプリカ模型みたいですよ。等身大スケール」

「興味ない」

「三等は鎧玉一式セットだとか」

「いらん」

「四等は木彫り海竜の置き物」

「どうでもいい」

「ドンケツの五等は……ふーん、極上ザザミソですか」

「よし、参加するぞ」

「……へっ?」

 

 間の抜けたトレッドの声が広場に響く。しかしそれは、騒がしい民衆の声に飲まれ、誰にも気に掛けられることもなく消えていく。

 それを無視して受付台に向かえば、受付を担当しているらしい黒のツーサイドアップの少女が快く迎えてくれた。

 

「いらっしゃいませ! 挑戦ですか??」

「あぁ。ハンター一人で」

「はい! 頑張ってくださいね!」

 

 金を受け取って、華やかな笑顔を見せてくれる少女。そんな彼女に適当に手を振りつつ、俺は適当にライトボウガンタイプの銃を手に取った。最もスタンダードで使いやすそう、選択の理由はそれだ。

 そんな俺の背後からは、困ったように口角を上げるトレッドの姿が。小走りで俺に付いて来ては、何やらグチグチと不満を漏らしている。

 

「どうして急にやる気出してるんですか……」

「極上ザザミソだぞ? 滅多に取れないんだぜ? 食うしかないだろ。アレは俺のもんだ」

「えぇ……? 大体、君が銃使ってるのなんて見たことないんですが」

「タンジア時代じゃ一回も触らなかったしな。こっちじゃ触ってるぞ、三回くらい」

「少なっ……舐めてるんですか」

「何とかなるだろ、見とけよ」

 

 計九発のペイント弾を装填しつつ、空いている的の前に立つ。射撃ラインらしき白線を確認しつつ、左手で銃身を持ち上げた。使い慣れない重さが、ずっしりと両手にのしかかる。それを無視しつつ、静かに前を見た。

 距離にして、二十メートルかそこらだろう。風はなく、地形も平坦。条件としては随分と生やさしく感じる。これくらいなら、俺でも何とかなりそうだ。

 

「そこの白髪の兄ちゃん! このゲームは九回勝負だ! 九発の得点の合計点が兄ちゃんのスコアとなるぜ!」

「配点はどうなってるんだ?」

「中心が百点! その周囲が十点で、あとは一点だ! 外したらもちろん無得点だかんな!」

「なるほど……。ついでに、景品に必要な得点は?」

「一等は九百点満点しか認めないぜ。あとはまぁ、入賞は三百点からかな」

「三百、ね……」

 

 目の前の審判の男曰く、五等は最低三百点超えしなければ得られない。つまり、三回は真ん中を射抜かなければ、俺はザザミソを手に入れられないというわけだ。言い換えれば、九回中たった三回のクリアでいい。ぬるすぎる条件なこった。

 小さく鼻で笑い、銃を構えた。白い銃身が、太陽の光を浴びては反射するように輝き始める。そこに映る何の変哲もない的。今からハチの巣にされるというのに、逃げようともしない。

 見えない銃口を、的の中心へと向けた。震える左手を抑えつけ、頭の中で射線を描く。

 

「……おい。アレって、最近急にのし上がってきたハンターじゃないか?」

「ん……白髪にレックスZシリーズ……。間違いない、シガレットだよアイツ」

「へぇ、実力派ってことで有名らしいな。んで、今からその腕が見れるってわけか」

 

 何やら外野が騒がしくなってきた。野太い声の野次馬たちが集まって、まるで試すような顔で俺の様子を窺い始める。見たところ鎧を着込む者も多く、そのほとんどが同業者のようだ。

 一方のトレッドはといえば、その様子を見ては苦笑いを浮かべている。嫌な注目を浴びるとでも言わんばかりの、引き攣った表情だ。

 

「何か、ハードル上がってますよ。シグって有名人ですよねぇいつも」

「いやぁ、それほどでも」

「……悪い意味でですよ。タンジア然り、ね」

 

 困ったように笑うトレッド。人目を避けたがる彼らしい素振りだった。

 それを無視しつつ、小さく息を吸い、それを止める。目線は的から外さないで、静かに銃を構え直した。銃口は真っ直ぐ的の中心に向き、引き金が引かれることを待っている。的も全く動くことなく、訪れるであろう銃弾を受け入れようとしていた。

 右手の人差し指が、軽く引き金に触れる。細く軽いそれを囲うように包み、関節にそっと力を入れた。銃口は、確実に的に向いている。銃身を支える左手は、ぶれることなく銃身を押さえ続けている。

 外す要素など、全く無い。そう確信した俺は、静かに引き金を引いた。

 

 軽い破裂音が響く。

 人の群れに押されていた空気が、小さな発砲音で塗り替えられて。

 水気を含んだ着弾音が、静かに、後を追うように弾けた。

 

「――ふぅ」

「……マ、マジかよ」

 

 弾けた箇所は、ものの見事。渦巻く的の中心――では、ない。

 どころか、的の外。石造りの城壁に、赤いインクが張り付いていた。

 

「やっぱり……」

 

 顔を覆うように嘆くトレッド。予想していたと言わんばかりに眉を歪ませるその姿が、妙に挑発的だった。とりまきのハンターたちも拍子抜けだと言わんばかりに俺から目線を外し始める。

 

「なんだ、大したことなさそうじゃんよ」

「所詮噂の独り歩きって奴かねぇ」

「おっ、三連射……って、全部スカじゃねぇか」

 

 ゾロゾロと、俺を囲んでいた人の群れも離れ始め、それと同じようにペイント弾も的から離れていく。いつの間にか、的の周りに四つの模様が完成していた。

 

「あれ……? おかしいな」

「おかしいのはむしろ君ですよ……」

 

 騒がしさが薄れ切ったこの場所で、乾いた俺の声が漏れる。トレッドの困惑の声も、俺の耳には上手く入ってこなかった。

 四発。射出したそれら全てが、ものの見事に的から外れてしまっている。もう既に三百点を超えているつもりだったのだが。

 

「四発とも全部外れ! 兄ちゃん、未だ無得点だ。頑張れよ!」

「……ま、肩慣らしってことで。次からが本番だ」

「物は言い様ですよねぇ、ほんと」

 

 そうして再び銃を構え直した時、俺の横から歓声が沸き起こった。

 俺とは違う、別の誰かを囲うようにできた人混み。そこから湧き上がったそれは、その挑戦者の成績を如実に物語っている。

 

「……なんだ?」

「あっ……凄いですよ。あの人、真ん中を見事に撃ち抜いてます。やりますねぇ」

 

 視線の先には、人混みの中心には。

 そこにいたのは、一人の可憐な少女だった。白とも金とも言えぬ、淡い髪色。伸ばしたそれを後ろで一つに束ね、細い体を白い鎧で包んでいる。青く澄んだ瞳は、一寸の狂いなく的を見据えており、構えたヘビィボウガンタイプの銃で再び的の中心を撃ち抜いた。

 

「うわっ、やべぇなアイツ。……何かあの構え方、操虫棍みたいだな」

「ですね。それにあの鎧……ベリオXシリーズですよ。彼女もハンターのようですね」

「何だよG級かよ。あっ、また真ん中……待てよ、アイツ今三百点超えたぞ! やべぇ!」

「おや、四百点目。どうやらザザミソに興味があるようではないみたいですね」

「ほっ……ならいいや」

 

 歓声が沸き起こる中、俺はもう一度精神を統一する。残るチャンスは五回。その中で三発当てなければ、極上ザザミソは望めない。当てるしかない。

 

「――ふぅ」

 

 灰色の城壁。その鈍重な色に囲まれた純白。白い白いその的は、穢れないその体を露わにしている。何とか、何とかその中心を汚したい。そんな思いを込め、俺は再び引き金を引いた。

 青色のペイントが、その色を上書きする。またもや灰色を――では、ない。その美しい白を。

 

「おっ……当たったぞ! おい見ろよトレッド、当たったぞ!」

「えぇ当たりましたね。たった一点のゾーンに」

「兄ちゃんの得点は計一点だ! 頑張れよ~」

 

 再び隣が湧き上がる中で、寒い風が吹いた。

 五発目を見事に射抜いたその少女のギャラリーが、上げる歓声。それが容易く、俺の声を掻き消してしまう。吹いた風も、たちまち歓声による温風で吹き飛ばされてしまった。

 

「すげぇぜあの子! とんでもねぇな!」

「あぁ! 見た目もあんな可愛くて、それであの腕前たぁ痺れちまうぜ!」

「……凄いですね。瞬く間に満点を五連発。そうそう出来ることじゃないですよ」

「お前が言っても皮肉にしか聞こえない」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、トレッドは照れるように鼻の下を指で擦る。そのわざとらしい動作が非常に癇に障るが、あえて無視だ。

 銃口を伸ばすように、低い体勢で銃を構える少女は、棒でも振り回すかの動作で銃を持ち直し、小さく息を吐く。染み出る汗を拭いながら、的を見直すその姿はとても凛としていて、言葉に表しにくい美しさがあった。

 

「シグ、どうせ当たらないからさっさと撃ち切ってくださいな」

「うっ、うるせぇ! 見てろよ!」

 

 そうして撃ち出した弾は、ものの見事に城壁を塗装する。ドンドルマ清掃委員会の仕事をまた一つ増やしてしまった。

 そんな俺の横にやってきては、心配するように俺のマントを引っ張るスタッフらしきアイルー。いつもなら抱き上げるなどして対応するも、流石の今はショックのあまり頭を撫でるので精一杯だった。

 

「ハ、ハンターさん。頑張ってくださいニャ」

「あ、あぁ……」

「おや、そこのアイルーさん。ドリンク売ってます?」

「ニャ、ドリンクはあっちのアイルーに頼んでくださいニャ」

 

 トレッドがそのアイルーに話し掛ければ、当のアイルーは俺から離れ、トレッドに近寄った。彼と密着しかねない距離で、人混みの向こうを肉球で指す。

 

「んん……どれですかね?」

「あれですニャ。あの茶色の毛並みの」

「あ、あの子ですか。分かりました」

 

 合点がいったように笑い、礼を言うトレッド。同時に、再び隣の的から歓声が湧き、その声もそれに掻き消されてしまった。

 トレッドがそちらに目を移すと、アイルーはそそくさと彼から離れ始める。その急ぎ足には、少し違和感を覚えた。

 

「三連発、しかも全弾命中!? やべぇぜ、こりゃ満点有り得るんじゃね!?」

「格好良すぎるぜ! 俺感動しちまったよ!」

「あと一発だ! 嬢ちゃん、外すなよー!」

 

 いよいよあの少女はラスト一発のようだ。最後の、最高の一打を放とうと、その小さな口でもう一度息を吸い始める。

 そんな彼女に負けじと、俺も銃を持ち直した。残り三発。俺に残されたチャンスはそれだけだった。条件なら俺も彼女も変わらない。一発のミスも許されない、そんな条件だ。

 

「……ん?」

 

 そうして握り締めた左手。力を込めたそれを開き、銃身に再び伸ばして。

 その時、違和感に気付いた。左手が、妙に白い。

 

「何だこれ」

 

 まるで小麦粉に手を突っ込んだような、そんな白さだ。薄い粉が大量に皮膚に纏わりつき、指紋の隅々までに行き渡っている。

 何故だ? 銃を持っていたらこんなことになるか? 銃身に粉なんて付いていないはず。

 俺が最後に触ったものは、なんだ?

 銃以外で、最後に触ったもの――――。

 

「……あ、まさか」

 

 左手といえば、先程スタッフらしきアイルーをさっと撫でたばかりだ。まさか、それが原因か?

 そんな思いを秘め、先程のアイルーが歩き去った場所へと目線を移した時だった。

 ――あのギャラリーの中から、突然の怒号が飛んだ。野太い男性の、焦りと怒りを含んだ声。

 

「さ、財布がねぇ! スリだ! 誰だゴラァ!」

 

 その声に驚いたのか、先程のアイルーは小さく飛んだ。再びあの白い粉を撒きながら、慌てるように逃げ出す。そのあからさまな態度から、あのネコがスリの犯人であることは間違いなさそうだった。

 

「スリ……あっ、俺のもねぇ!」

「私のも! 誰かあのアイルーを捕まえてー!」

「おい、トレッド! お前は!?」

「や、やられましたねえ。シグも……みたいですね」

 

 困ったように鼻を鳴らすトレッドは、両手をヒラヒラさせながら俺の所に戻ってくる。

 同時に周りの人間たちも、突然の事態に慌てふためき、このイベントは未曾有の大混乱に包まれた。溢れる人の波に、アイルーの姿は溶けていく。

 

「みんなっ! 道を開けて!」

 

 その時、少女の声が飛んだ。見た目に違わず、可憐で透き通った声。先程まで銃を握って的を睨んでいた少女が、その銃を構えていた。人混み――の中を走る、アイルーに向けて。

 

「ペイント弾だから、怪我はしないよね! ごめんね、我慢して!」

 

 そう言って撃ち放った弾。最後の一弾のそれが、空間を、人混みを突き破ってネコへと迫る。風を斬る音が、喧噪も切り裂いた。

 だが。そのアイルーはといえば、ギリギリのところでその弾を躱した。軽く跳ぶように、そっと。

 

「的じゃないんだ、避けるよなぁ普通」

「シグ、銃を貸してください! あとあの子を追い掛けて!」

「は? どうした急に」

「いいからさっさとしやがれですよこのチンカスがァ!」

 

 半ば奪い取られるような形で銃を渡し、半ば蹴られるような形で走り出す。いつもの胡散臭い笑みを沈め、あの目つきの悪い瞳を露わにするトレッド。何かしら、策があるんだろう。

 アイルーを追い掛けるか、ザザミソをとるか。苦渋の決断だったが、ザザミソを捨てるなんて死んでも避けたかったが、仕方ない。

 

「……ッちくしょう! 待てやそこのアイルー!」

「ニャー! か、堪忍してニャー!」

 

 邪魔な人間を掻き分けて、一心不乱にネコへと走る。肉の脚が大地を鳴らし、鋼の脚がその身を鳴らす。重さの違うそれらを振り回しながら、全力を足へと振り撒いた。

 それでも、ネコとの距離は縮まらない。流石はアイルーというべきか、彼らの全速力は人間の全速力より数段上手だったのだ。小さな影が徐々にその身を小さくしていくことに、俺は一抹の焦りを募らせる。

 

 その時だった。間の抜けた発砲音が、この広場に響き渡る。丁度三発、俺の背後から。

 それが俺を追うように飛んできたと思えば、それは軽々と俺の頭上を飛び越えた。そうして、前を走るアイルーに向けて――――。

 

 いや、明らかに高すぎる。アイルーはおろか、人間よりも高い。建物の屋根を射抜かねないほどの高さ。一体何を狙って、トレッドは撃ったのか。

 その答えは、簡単だった。懸命に走るアイルーの、その上。市街地特有の巨大な紙広告。棚引くそれの、頭上。紙全体を支えるか細いその部分に、三発のペイント弾は静かに着弾する。

 紙が濡れるとどうなるか。そうなれば、当然脆くなる。濡れた紙はその強度を瞬く間に霧散させるのだ。重い我が身を支えきれない程度には、脆く。

 脆くなれば、次に待ち受けているのは言うまでもない。それが、覆うようにアイルーへと襲い掛かった。

 

「……ニャッ? な、何ニャー!?」

「隙あり!」

 

 突然落ちてきた巨大な紙の広告に、アイルーは思わず急停止。目の前のそれに目を丸くしては、ネコの悲鳴を上げた。

 そんなネコに向けて両手を伸ばし、その柔らかな毛並みを抱き締める。先程のように、白い粉が舞った。

 

「あっ、お前! 何だこの粉、石灰か!?」

「や、やめてくださいニャ! ひっ、ひにゃっ!?」

 

 俺の腕の中で暴れるコイツを抑え続ければ、その度に白い粉が舞う。舞う度に、このネコの本当の毛並みが露わになった。

 黒く、深い色をした毛並み。光を呑み込むその光沢が何とも美しい。その毛並みは、メラルーのそれだった。

 

「……お前、メラルーじゃんか。この粉で白く塗ってたのかよ」

「ニャ、ニャあん……ふみゃっ。か、勘弁してくださいニャ……」

「スッた財布を出しな、じゃないと悪戯するぞ」

「ニャゥ……みゅぅ」

 

 尻尾の付け根を軽く叩くと、その度にネコは変な声を上げる。撫でることと掻くこと、叩くことを織り交ぜながら攻め続けると、とうとう観念したのか、アイルーはその身を投げ出した。俺にもたれつつ、背負っていたドングリポーチをごろりと落とす。

 

「ご、ごめんなさいニャ……ワタシ、お金がなくて……」

「お金がなけりゃ物を盗んでいいのか?」

「うぅ、他に方法が浮かばなかったんだニャ。群れから追い出されて、どうすればいいかわかんニャくてっ……」

 

 財布が入っていたのだろうポーチを回収しつつ、宥めるようにネコの背中をそっと撫でた。その度にネコは小さく泣き、小さな嗚咽を漏らす。

 荒れた毛並みに、手入れの行き届いていない尻尾。どうやらこのネコなりに色々あったようだ。

 

「やるわね、貴方」

「……あん?」

 

 ネコの嗚咽に混じるように響く声。

 振り返ると、一人の少女が立っていた。淡い金の髪を揺らす、凛とした少女。先程まで的を狙っていたその碧い瞳を俺に向けては、感嘆するように頷いていた。

 

「……勘違いしてるようだが、あの紙を撃ったのは俺じゃないぞ」

「違うわ、そっちじゃなくて。そのネコちゃんを宥める手腕。私が驚いたのはこっちよ」

 

 少女はそう言っては俺の方に近付き、そっと屈む。ネコに目線を合わせては、優しく微笑んだ。そうして、両手を伸ばしてはそのネコを優しく撫で始める。その撫で具合が心地いいのか、メラルーは容易く喉を鳴らした。

 

「……アンタ、もしかして」

「うん、きっと私と貴方はネコ好き(どうるい)ね」

「なるほど……。アンタもやるじゃん」

「ふふ、お褒めいただきどーも」

 

 そっと、柔らかくそう笑う少女は、俺からこのネコを抱き寄せる。優しく包んでは、その背中をゆっくり撫でた。ゴロゴロと音を立てるネコに、それを受け止める少女。何だか微笑ましい光景だ。

 少し頬を綻ばせていると、彼女は静かに立ち上がった。腕の中で収まっていたメラルーも、驚いたのか喉を鳴らすのを止める。おっかなびっくり、彼女の顔を窺った。

 

「物を盗むのはよくないよ。ちゃんとこれは返そうね?」

「ニャ、ごめんなさい……。でも、ワタシどうしたら……」

「……ちゃんと謝ったら、一緒に帰ろう? 私、今ルームサービスしてくれる子探してるの」

「ニャ、そ、それって」

 

 そのネコがそう言い終わらない内に、彼女は踵を返す。ドングリポーチを手にしては、再び広場に向けて歩き出した。その前に、少しだけ立ち止まりつつ。

 

「私の名前はルーシャ。ドンドルマのハンターよ」

「……俺はシガレット。同上、だ」

「あ、じゃあまた会えそうかな? その時はよろしくね」

「……おぅ」

 

 彼女の背中に向けて、素っ気なく返す。それを受け取っては、彼女はまた歩き始めた。向こうから走ってくるトレッドとすれ違いながらも、静かに広場へと消えていく。風に揺れる仄かなポニーテールも相まって、その姿はまるで絵画のようだった。

 一方、慌ててこっちにやってくるトレッド。走る男の姿など、まるで絵にならない。

 

「……何とか問題解決したみたいですね」

「まぁな。全く、折角のザザミソがパーだよ」

「合計得点一点、お疲れ様でした」

 

 そう言っては、小包された白い固形物を手渡してくる。いや、固形というよりは半固形になりそうな、妙に柔らかい物体。

 渡してきたトレッド曰く、これは健闘賞らしい。入賞を逃した者に送られる、申し訳程度の品なのだとか。

 

 悔しさを感じながら、それをそっと噛み千切る。もちもちと柔らかく、歯応え十分なそれ。まごうことのない、餅だ。

 ねっとりと、しっとりと、もっちりと。餅特有の食感が、俺の口の感覚を支配する。歯形を描くように柔らかく崩れていくそれを舌で受け止めながら、また再び細かくしていく。柔らかく、それでいて歯応えがあり、固い。簡単には噛み切れないそれを噛み続けながら、そこから溢れ出る味わいに俺は思わず目を細める。

 そのもちもちさが拡散するのは、仄かな甘みだった。まるで三色団子を思わせる、淡く、柔らかく、それでいて優しい甘み。とろりと溶けていくその餅から、風味のように溢れ出ては、撫でるように口内に塗りたくっていく。食感とリンクしたその風味は何とも上品で、それでいて大らかだ。噛む度に甘さが広がって、その度に優しい気持ちになれるような、そんな気がする。

 

「……餅は餅屋、ですよ」

「……ほんと、その通りだな」

 

 息を吐くように、和やかな気持ちがそのまま口に出た。餅の柔らかさを含んだような、そんな気分だった。

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『健闘賞:餅』

 

・餅     ……80g

 

 






新キャラが立て続けに出る。


ルーシャさんの髪色は、白寄りの金色です。ヒリエッタさんより薄く、淡い感じ。金髪碧目という完全な趣味の表れですが。アユリアちゃんが可愛いからポニテにしてしまいました。

射的のお祭りって感じですかね。シガレットさんの銃の腕はクソってことを書きたかった回でもあります。勿論、新キャラを使う機会に向けての伏線回なんですがね。
今回のペイント弾は、液体性です。ハンターさんたちが使うのは匂いを閉じ込めたような奴ですが、今回のは現実のそれというイメージでおなしゃす。むしろオストg……スプラトゥーンみたいな感じ。

閲覧有り難うございました。感想や評価、待ってます。


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