モンハン飯   作:しばりんぐ

35 / 84



そういえば最近料理してない。





小さな小さなネコの舌

 

 

「飛竜の卵……無事回収!」

「にゃー、納品して、組織に送って……んで、一つはボクらのにゃ!」

 

 まるで石窯のように照り付ける熱気。乾き切った大気に、砂の擦れる音が響き渡る。閑散としたその空間には、幾多の争いを感じさせる骨の砂が出来上がり、流砂に混じってまた一つ骸が消えていく。

 そんな世界、もとい旧砂漠に訪れたハンターもとい俺、シガレットはといえば、本日は重大な任務でこの場所に訪れていた。

 

「組織が求めたのは飛竜の卵。一個送りつけときゃ充分だろ」

「にゃ。ボクが運んだのは納品ボックスに入れとくにゃ」

 

 俺が運んだ卵をテントの横に立て掛ける傍ら、イルルは自ら運んだ卵を赤いボックスにそっと入れる。

 ベースキャンプに備えられたこの赤い箱は俗に言う納品ボックス。地域の特産品、卵や巨大鉱石などの清算物のために広く利用され、ほとんどの狩猟地には一台ずつ設置されている。本日もまた、この中身を確認するためにギルドのスタッフが訪れるのだろう。

 ゆっくりゆっくり、その箱から身を起こしたイルルは、ふと思い返したように言葉を漏らした。先程卵を拝借してきたあの巣について、少し。

 

「……何か卵、多かったにゃね」

「そうだな。おかげで獲りたい放題だけど」

「でも、あんなに沢山あったかにゃあ? いつもはハンターでも獲り切れる量しか置いてなかった気がするんだけど……」

「托卵って奴かもな、もしかして」

「にゃ? たくらん?」

「他の種類の動物の巣に自分の卵を置いてって、子育てを任せるやり方さ」

「にゃ、何だか卑劣な方法にゃ……。自分の子どもを自分の手で育てないなんて、その子が可哀想にゃ!」

「うーん、それはあくまでも俺らの主観であってだな……。実際子育てが下手な生き物も多いんだぜ。イャンガルルガとかもその筆頭だな」

「……もしかして、イャンクックの巣に?」

「おぉ、冴えてるな。ま、なんだ。種の繁栄のための手段って奴よ」

 

 せっせと大鍋を出しては薪の準備をするイルル。その横で適当なテーブルを取り出してはフライパンと具材を並べていく俺。いつも通りの何気ない会話をしながら、着実に料理の準備を整えていく。

 リオスベーコン、オリーブオイル、飛竜の卵、白銀に煌めくソースの材料、白ワイン。それらを順々に並べ終え、そっと一息。

 その美しい景色に、仄かな感嘆が漏れた。

 

「良い眺めだ……。さて、イルルよ。鍋もいいがフライパンも一緒に使うぞ」

「にゃ? 旦那さん……今日はパスタにゃ。先に麺を茹でるんじゃないかにゃ?」

「いいかイルル、それこそ素人が陥りやすい罠だ。気をつけろ」

 

 不服そうに首を傾げるイルル。そんな彼女の頭をそっと撫でながら、俺はカバンから小物を取り出した。

 木製の枠組みに囚われたガラス細工。その中で静かに息を顰める少量の砂。旧砂漠の光をガラスが照り返し、その中の砂が静かに煌めいた。

 

「にゃ……砂時計?」

「そう、砂時計。いいもんだろ? 五分刻みで時間を測れる優れものだぞ」

「でも、こんなもの……どうするのにゃ?」

「パスタはな、逆算が命なんだよ」

「にゃ……逆算?」

 

 逆算。

 その言葉は、本来の順序とは異なり、終わりの方から前へ前へ数えることを指す。そしてそれこそ、パスタの味を左右する重要なポイントとなるのだ。

 確かに、イルルのようにまず麺から用意したくなってしまうのも分かる。単純に考えたらソースを作るより麺を茹でる方が時間が掛かるからだ。だが、今回はそうもいかない。

 

「ほれ、イルル。持ってきたパスタ見てみろよ」

「にゃ……り、りんぐ……いね? って書いてあるにゃ」

 

 俺に促されるまま、パスタの袋をカバンから取り出した彼女は、その袋に書かれた言葉をたどたどしく読み上げた。ざっと袋を眺めたようだが、その言葉が妙に気になっているらしい。

 

「リングイネな。茹で時間は何分って書いてある?」

「にゃ、九分にゃ」

「よし、じゃあ一分前……八分で切り上げるぞ、そいつは」

「にゃ……なんでにゃ? 早く上げたら固いままにゃ」

「ソースに和える時間も考えなきゃならんだろ」

 

 フライパンを火にくべながら、背中で彼女に返答する。その言葉を呑み込んではうにゃーだか、ふみゃあだか声を上げていたイルルだが、ついにはよく分からなくなったのか、(おもむろ)に砂時計を触り始めた。

 パスタをアルデンテ風に仕上げるには、工夫するべき点がいくつかある。

 まず、一分早く上げる。これは必須条件だ。さらに、麺の真ん中にうっすらと芯が残るくらいが望ましい。裁縫針の先のような、それくらい繊細な細さでいいのだが。

 

「ま、とはいえ鍋は沸かしといて損はない。やっといてくれ」

「にゃー、何か複雑にゃ……」

「カルボナーラは分刻みの手順が命なんだぜ。さぁさぁ、働いた働いた」

「みゃ、カルボニャーラ……懐かしい響きにゃ」

 

 少し意味深に呟いたイルルは、せっせと焚火に鍋を寄せ始める。彼女の体に合わない巨大なその鍋は、砂漠にも負けない熱を静かに受け入れては、自らの体内に眠る水に気泡を浮かべた。

 上手くパスタを茹でるには、パスタの十倍の量の水が必要となる。卵を運ぶ前にオアシスの水を汲んで持ってきたのだが、それもまた卵に負けず重労働だった。まぁそれも美味い飯のため。そう考えれば自ずと力が湧いてくるものだ。さながら強走薬を飲んだように。

 どうせ水を使うなら、ダイミョウザザミの水ブレスを鍋で受けてそのまま持って行くのもいいかもしれない。その方が面白そうだし、変わった風味になりそうだ。

 

「……んなさん、旦那さん!」

「――おっと、何だ?」

「にゃー、また良からぬことを考えてる顔にゃ。……ま、それはともかく大分煮えてきたにゃー?」

「お、じゃあ塩振るか。塩はどこだったかな」

「いつも思うんだけど、この塩って意味あるのにゃ? ケチった方が良い気がするにゃ」

 

 不意に、カバンを漁る手が止まった。

 聞き捨てならない言葉を聞いたから。理由はまさに、それだ。

 ゆらりと振り向くと、困ったように顔を歪めるイルルの姿があった。ゆっくり近づけば、それに合わせるように少しずつ後ずさりする。俺の顔色を窺っては、少し怯えているような、そんな表情だ。

 

「イルル」

「だ、旦那さん……? どうしたのにゃ……?」

 

 テントに背がへばり付き、後ずさる場所もなくしたイルル。そんな彼女にそっと手を伸ばし、小さな顔を両手で包む。

 目の前まで近づいたイルルに向けて、その大きな瞳に俺の顔が映るくらいのその距離で、俺はそっと口を開いた。

 

「お湯に塩を振る意味を教えてやろう。よく聞けよ?」

「にゃ、にゃあ……?」

 

 そのまま抱き上げられては、俺の腕の中で手足を硬直させる。その小さな体は、おずおずと戸惑いながらも、静かに俺を見上げていた。俺の言葉を待つように、じっと。

 

「まず一つ、下味つけ!」

「し、下味付け?」

「そう、湯に塩を入れることで、そこで茹でられるパスタにもさっと塩味を付けるんだ。大差ない程度の違いだが、これがあるとちょっと嬉しい」

「だ、旦那さんの価値基準にゃ、後半は!」

「二つ目、コシを出す!」

「にゃ。ちょっと麺類らしいにゃ、それ」

「そうだな。塩はパスタのデンプンを引き締めるんだ。だからコシが出る」

「みゃあ、な、なるほど……」

「そして最後。アツアツになる」

「にゃ?? アツアツ??」

「塩がお湯の沸点を上げる。故にアツアツだ」

「む、むむ……っ。ね、猫舌の天敵にゃ!」

 

 最後のポイントだけには相容れなかったのか、イルルは牙を見せた。小さな小さなその口が開き、可愛い牙と塗れた桃色の舌が見える。

 鳴き声を上げながら抵抗しようとするイルルを、俺はそっとフライパンの前に降ろした。彼女のその手にリオスベーコンも添えながら。

 

「……ついでにな、リングイネってのはネコの舌って意味なんだ。ちょっと可愛いよな」

「な、何か同胞を料理するような気分だにゃ……」

「ネコの舌は俺に任せろ。イルルはベーコンをやってくれ。まずこれから焼いて、ソースを作る。頼めるな?」

「にゃ……」

 

 小包にされたリオスベーコン。既にブロック状に切り分けられたそれを広げては、イルルは無造作にオリーブオイルに手を掛ける。

 そんな彼女の姿を確認しつつ、俺は鍋に塩を振り掛けた。ごく少量、それでいい。煮え立つ海に細かな雪が舞う。海に溶けるように消えていく塩の煌めきが何とも美しい。

 

「にゃー、旦那さん。ベーコンを焼けばいいかにゃ?」

「おう。弱火でじっくり。十分くらいかけて焼いてくれ」

「にゃっ? そんなに? 強火でさっと焼けばいいんじゃないのかにゃ?」

「じっくり焼いたほうがカリカリになって美味いんだ。何かこう、脂がキュッと出てくる感じでな……」

「にゃ、にゃあ……分かったにゃ……」

 

 渋々了承するや、彼女は油を敷いたフライパンの上にベーコンを落としていく。肉が焼け、脂の弾ける音が響いた。溢れる音色に、燃える香り。肉特有の、脂の燃焼される匂いが堰が切れたように漏れ出してくる。心なしか、腹の虫がぐぅと唸った。

 一方の俺はといえば、逆立ちをする砂時計を見ながらボウルに生クリームやら塩やら黒胡椒を注ぎ始める。ベーコンを十分焼き、麺を八分茹でる。その誤差二分、カルボナーラのソースを作るには充分な時間だ。

 黒点模様の目立つ白いソースをさっと掻き混ぜては、テントに立て掛けておいた独特の模様の卵を持ち上げる。固く、重く、力強い。

 

「にゃ、それは何の卵にゃ?」

「おそらく轟竜だと思う。少し黒みがかってるから、亜種かもしれんが」

「にゃっ、だったら旦那さんの装備とお揃いにゃー!」

「そうだな、これの素材元さんだな」

 

 軋む暗色の鎧に目を向けながら、イルルは花が咲くように笑う。風に靡く背中のマントが、目の前の同胞を前に喜んでいるかのようだ。

 彼女の言う通りこれはレックスZシリーズ。ハンターに復帰して、リハビリを終え、やっとバルバレに戻ればドンドルマの修繕も粗方終わったと聞く。そうしてさっさと拠点を移せば、早速入り込んできた依頼がそれだった。地底火山に現れた黒轟竜を何とかしてくれ、と。

 

「リハビリがてら黒轟竜と戦うなんて、正気じゃないにゃ……」

「お前と、師匠もいたし。実際何とかなったし問題ないだろ?」

「でも、珍しく食べなかったにゃね。大人しく装備に換えてて、旦那さんらしくないにゃ」

「おっとっと……食えない部分は、という訂正が入るぞ」

 

 苦笑いする彼女を余所に、割った卵から中身をそっと別ボウルに流していく。鮮やかな黄色に、透明の粘液。リオスの卵とは違うこれまた派手なその配色に、俺は思わず感嘆してしまった。その卵、量にして五、六人分くらいはあるのではないだろうか。

 とはいえ必要なのは二人分。そっと溶いたその卵から二人分の量だけ、優しく生クリームの眠るボウルへと流し込む。

 

「旦那さん、二分経ったにゃ」

「おっと、悪い悪い。パスタ茹でないとな」

 

 取り敢えずボウルは置いといて、今度はパスタの袋を手に取った。袋を裂いては、これまた小奇麗な麺の束を突き刺すように鍋に入れる。

 両手で持ったそれを、左右逆方向に捻じるように手を放すと、それらは円を描くように鍋の縁を伝って散らばっていった。根元からどんどん熱されて、直線だった麺が弧を描き始める。

 

「旦那さん、格好つけて入れるにゃあ」

「おうよ、格好良いだろ? ……って、そうじゃなくてな。こうやって入れると麺がくっ付きにくくなるんだよ」

 

 (はや)すような彼女の言葉。それを適当にあしらいながら、鍋で踊る麺を軽く掻き回す。流線形を作りだすそれらを菜箸で混ぜながら、その一本一本を解す作業。気泡に麺が煽られる様が、何とも面白い。

 二分ほど掻き混ぜたら、菜箸を上げて鍋の横にそっと置いた。後は鍋に身を任せながら、俺は再びソース用のボウルを手に取る。

 

「さて、もうちょい掻き混ぜないとな」

「にゃ、肉焼きあと七分……長いにゃ。パスタは混ぜなくていいのにゃ?」

「茹ってるから、お湯が勝手に掻き回してくれる。俺は混ぜなくてもいいってわけさ」

「にゃんと……」

 

 驚くイルルの傍ら、俺はボウルの中身を混ぜ終える。白と黄色が混ぜ合わさり、和やかで温かな色を作り出すそれ。甘く、華やかな香りがした。

 それを先程のテーブルに置きつつ、少し腰を下ろす。キャンプに置かれた小さな椅子が、弱々しい悲鳴を上げた。

 

「疲れたかにゃ? 足の調子はどうにゃ?」

「大丈夫、問題ないよ。……そうだ、この前知り合いに会ったんだけどさ、この脚が鋼龍で出来てるって言ったら大層驚いてたぞ。面白いよなぁ」

「……その鋼龍の相手させられる身にもなってほしいにゃ。何度も空に巻き上げられて、びっくりしたにゃ」

「悪い悪い、感謝してるよ。軽いイルルはよく飛びそうだもんな」

「にゃー、腰が痛いにゃ、あれ」

「はは、古龍はやばいってこともよく分かったろ」

「むぅ……。旦那さんが好きなその片手剣、それも古龍のやつにゃんね?」

「お、そうそう。こっちは炎王龍って奴のだけどな」

 

 キャンプに隅に立て掛けられた片手剣、テオ=エンブレム。橙色に染まった重厚な剣に、厳かな装飾が施された太い盾。その盾に収納された、第二の剣が特徴的な片手剣だ。

 元々は古代の遺物である風化した剣だったが、たまたま掘り当てたそれを磨き、炎王龍の素材をつぎ込んだ結果出来上がった。素材元だけに性能は申し分ない、大業物だ。

 

「て、ておにゃんとかってやつだっけ……」

「めちゃんこ強いぞ。G級ハンター四人がかりでも撃退で精一杯だ。俺の前の装備なんて、アイツにコゲ肉にされたからな」

「そ、そうだったにゃ……。ユクモノドウギが懐かしいにゃあ」

 

 どこか懐かしそうに頬を緩ませるイルル。そんな彼女の瞼の裏には、いつかの俺の上位装備が焼き付いているのだろうか? 生憎ドンドルマに降り立ったあの古龍によって、過剰なくらい熱調理されてしまったが。

 そんなこんなでふと砂時計に目を移すと、そろそろその身を果てさせようとしていた。微かに残る砂が、弱々しくその身を落としていく。

 

「折り返し地点だな。イルル、そろそろ白ワイン入れるから準備してくれ」

「分かったにゃー!」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 溢れる白い湯気。金色に染まった泉に佇む、絹糸のように美しい麺。それらに巻き取られながらも、淡い赤色と脂の風を送るベーコン。全体に掛かった轟くような卵の色は、厳かながらもどこか勇ましい。濃厚な卵黄の香りがクセのあるチーズの匂いに絡まって、余計に風味を増している。

 火竜と轟竜のコラボレーション。ティガルボナーラの完成だ。

 

「にゃ~! 美味しそうっ!」

「うんうん、我ながらいい出来だ。さっそく食べようぜ」

 

 二人前のそれを、半分ずつ二枚の皿に落としていく。金色の麺がゆっくり垂れていくその様は、どこか美しい。ところどころに撒かれた黒胡椒の小さな柄もまた金色のソースによく合っており、それがまた良いアクセントとなっていた。

 

「にゃぁ……凄いにゃ。卵がトロトロにゃ。いり卵みたいになってないにゃ」

「ふふん、褒めても何も出んぞ。さ、いただきますよっと」

「いただきますにゃんっ!」

 

 右手のフォークで少量の麺を突き刺しては、それをゆっくり持ち上げる。左手のスプーンはその麺に(あて)がい、包むように優しく巻いた。

 アツアツのそれにそっと息を吹きかけて、熱を優しく逃がす。息を吹きかける度に、麺に絡みついた鮮やかなソースは少し身を捩らせ、その姿が余計に食欲を促進させた。かかる息のお返しのように、カルボナーラ特有の濃厚な香りを返してくるのがまた面白い。粋な演出をしてくれる。

 そうして口に入れやすくなったそれを、一口。入り切らず尾のように伸びた一本の麺が、閉じた口から伸びた。つるんとそれを(すす)りつつ、奥歯をよく使って麺を楽しむ、咀嚼する。

 

 溢れ出る、濃厚な卵の旨み。甘さと旨さを混ぜ合わせたそれは、肥えた俺の舌を唸らせるには十分な威力をもっていた。卵本来の舌に塗りたくるような味。それが今は麺に塗りたくられ、噛む度にその味を口の中で拡散させていく。リオスベーコンの芳醇な肉の味と脂もその中に混じり、肉らしい味が後からじっくり顔を出してきた。

 カリカリとした食感のベーコンは、噛めばその旨みを瞬く間に飛び出させて、混ざったチーズは爽やかな酸味のような味を広げさせて。散りばめられた黒胡椒は口内を刺激する鋭い辛味を、その身を磨り潰す度に麺に乗せていく。麺という主役を引き立てる様々な味達も、麺に負けない味を、もしくは麺を助けるような味を生み出していた。

 火竜の脂と、轟竜の甘み。生物として、争いを避けられぬこの二種が、今このカルボナーラという場では仲良く羽を寄せ合っている。噛む度に、味わう度に、呑み込む度に。口内を過ぎ去る幾つもの麺が、俺にそんなイメージを抱かせた。

 

「……うん、これ最高」

「ふぅふぅ、あ、熱いにゃ。……でも、美味しいにゃあ」

 

 つるつるとして、それでいてコシのある麺。ちょっとやそっと歯に力を入れるだけでは噛み切れず、麺の力強い弾力を感じさせる。旨味の絡んだそれは、噛む度に染み込んだ旨みを絞り出すため、その食感も相まって何度も何度も噛みたくなる仕上がりだった。そう、噛むのが楽しい。

 そんな麺をはふはふと冷ましながら啜っては、イルルは嬉しそうに微笑む。幸せそうで、どこか懐かしそうな、そんな表情だ。

 

「……イルル、何か嬉しそうだな」

「にゃあ、お母さんが作ってくれたカルボニャーラを思い出したのにゃ。アレはいり卵みたいになってたから、こっちの方が美味しいけど……にゃん」

「へぇ、イルルのお母さんか。もしかしてキッチンアイルーだったのか?」

「にゃ、そうにゃ。ボクの両親はある猟団に雇われたアイルーたちなの。お父さんがオトモアイルーで、お母さんがキッチンアイルー」

 

 噛む口を休め、懐かしそうに語り始めるイルル。優しく目を細める彼女の姿から、彼女が如何に両親を愛しているかが何となく伝わってくる。

 

「猟団の人たちは二人の仲を快く迎えて、ボクにも優しくしてくれたのにゃ。温かい人たちに囲まれて……ボクの人間好きはここからきてるかもしれないにゃあ」

「ふぅん……。何気にそれは知らなかったな」

「確かに、話したことなかったかもしれないにゃ」

「イルルはやたら献身的だし、人が好きなんだなぁとは思ってたけど、そういう理由があったんだな」

「にゃあ。誰かの役に立ちたい……のかにゃ」

「役、ねぇ。にしても、いり卵風ね。卵入れる前に火を止めるとか、茹で汁を残しておくとか、そうした工夫をすればそうはならないよ。いつかお母さんに教えてあげるのもいいかもな」

「……にゃあ、教えてあげたかったにゃ」

 

 何気なくそう返したら、イルルは困ったような顔でそう笑った。

 教えてあげたい、ではなく教えてあげたかった。その言葉が指す意味は、口にしなくても察せられる。思わず、両手の動きが凍り付いた。

 

「……悪い、心ないこと言っちまったな」

「にゃんにゃん、大丈夫にゃ」

 

 絞り出した声に、イルルは優しく強がりをする。垂らした頭に、そっと肉球が触れた。

 我ながら迂闊だったものだ。海を渡っても、故郷から遠ざかってでもオトモをし続ける彼女だ。家族に連絡する素振りも、手紙を書いている姿すら見たことなかった。いつも傍にいる俺だからこそ、その背景なんて容易に想像できるのに。

 

「今のボクにも、ちゃんと居場所があるから」

 

 触れていた肉球が離れたと思ったら、フォークとスプーンが皿に触れる音が響く。そうかと思えば、今度は柔らかいものがそっと俺の体に触れた。

 隣でパスタを口にしていたはずのイルル。当の彼女は、パスタなんてそっちのけでもぞもぞと俺の膝に乗り始める。胸に頭を預けては、嬉しそうに喉を鳴らした。

 

「イルル……」

「旦那さん……にゃあ」

 

 そんな彼女の、カルボナーラで濡れた口周りをそっとタオルで拭きながら、俺も同じくフォークを置く。

 空いた手で彼女を抱き寄せては、そのふわふわの胸の毛に顔を埋めた。そっと、頬に塗れたものが触れる。小さな小さな、ネコの舌だった。

 

「そうだな……。俺も同じ気持ちだよ」

「にゃ、旦那さん……ほんと?」

「居場所をなくしたのは、俺も一緒だから。俺たちは似た者同士なのかも、な」

 

 こつんと、温かい彼女の額に俺の額を手繰り寄せる。お互いの顔が目の前に映るその距離で、俺は小さく笑った。それにつられたように、イルルも照れくさそうに笑う。

 家族であれ、故郷であれ、はたまた所属ギルドであれ、俺も居場所のない人間だ。そんな俺が求める拠り所、それは彼女も同じなのかもしれない。口にしよう、その名前を。

 

「卵シンジケートは、最高の居場所だよなぁ」

「……えっ? にゃ、え、にゃぁ……」

 

 漏れ出たその言葉を聞いた彼女は、まるで見当違いだとでも言うような鳴き声を上げた。何だか呆れも含まれているような、そんな気もした。

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ティガルボナーラ』

 

・リオスベーコン  ……40g

・オリーブオイル  ……大さじ1/2杯

・白ワイン     ……40cc

・轟竜の卵     ……1/5個

・ポポチーズ(粉) ……10g

・黒胡椒(粗挽き) ……小さじ1/2杯

・生クリーム    ……20g

・塩        ……適量

・リングイネ    ……120g

 

☆お好みで粉チーズや黒胡椒などを!

 

 

 






居場所は旦那さんとイルルは言いたかったんでしょうねぇ。


久しぶりに料理できましたね。ここ最近全然料理してなかったので、何だか久しぶり。そして猛烈に書きにくかったです(血の涙)
今回は『まめこの料理のきほん丸わかり』という著書を参考に書いております。これまでもうんちくなどでお世話になってましたが、今回はだいぶ手助けさせてもらいました。書きながら、なるほどと感じております←

感想評価有り難うございます。どうか粉チーズのようにどんどん振り掛けてくださいな。パスタ茹でながら待っております。

ではでは。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。