感想評価はまさに調味料。味が決まる。
ぼんやりとした灯りが空間を照らす。
仄かでいて、薄暗くあって、淡く柔らかなその光。静かで、厳かで、それでいて和やかなこの空間を照らすその光は、この部屋の雰囲気にどこか合っていた。
――ここはアリーナ。ドンドルマ中央広場奥に位置する大衆施設だ。
ステージを囲うように連ねられた座席と、奥に佇むひっそりとしたカウンター。その座席に座っては酒を仰ぐ数人のハンター。その様子を眺めては、忙しなく動く箒を止めるアイルー。
一体誰が演奏しているかは知らないが、この部屋の中ではどこか心を落ち着かせる安らかな曲が流れ、みなそれに聞き入っているようだった。集会所にはない落ち着きと、静寂。それらを享受するにはピッタリの場所なのである。
ちなみに、ここは飯も悪くない。ブレスワインなんていう高級な酒もゴロゴロ入荷しており、専属のキッチンアイルーを数人雇っているらしく、様々な食材を様々な味で楽しめる。このアリーナで行われる演目を楽しみながら、または闘技大会の前後に一食、など楽しみ方は人それぞれだ。
まぁ、特に用もないのにただここの飯が食べたいという理由で脚を踏み入れる人間も、いないことはないらしいが。
「……む、美味い」
とりあえず注文したカルーアベルナミルク。グラスに注がれた白濁したその酒を、そっと口に流し込んだ。模様のように入り込むいくつもの氷が、互いにぶつかり合っては清涼な音色を奏でる。カランカランとなるそれは、味の良いお供だ。
ベルナミルクの濃厚な味。後味の悪くない甘み。アルコールが含まれていることもあまり意識させない、滑らかな口どけ。氷のそれにも負けないくらいの清涼感をもちながら、同時に深い甘みとコクを形成している。ただのベルナミルクのように、さらっと飲み干せそうだ。
そんな
「さて……」
ポーチからタオルを取り出しては、カルーアベルナミルクと一緒に注文したぬるま湯にそれを浸す。腕装具を外した素手に訪れる、ぬるま湯特有の熱くも冷たくもない中途半端な感触。それを感じながらも、十分に浸したタオルを構わず引き揚げた。
俺の左脚は、義肢だ。殺すべき宿敵を殺し損ね、挙句の果てに左脚の膝から下を奪われた。結果を生き急ぎ、周りも友人も、相棒さえも気に留めず先走った代償。それが、これだ。
これを手に入れる――否、脚に入れるには、友人であるトレッドや相棒のイルル、さらには出来れば避けたかった師匠の助けを借りることとなった。リハビリには時間が掛かったが、素材元が素材元だけに性能は十分である。
とはいえ、勿論義肢である限りはメンテナンスというのが不可欠である。日頃から手入れが必要だと、これを造ってくれたあの人物が言っていた。
「うげ、結構傷入ってる。やっぱあの跳躍は無理があったかなぁ」
そんなこんなでカバーとなる装甲部分の汚れを落とそうとタオルを走らすが、汚れに混じって薄い亀裂が走っていることに気付く。
傷自体は浅く大したことはなかったが、この装甲に傷が入っていることが多少なりともショックだ。それだけあの黒炎王が強いのか、俺の扱いが雑すぎるのか。おそらく両者とも該当するのだろうが。
なんて嘆いてもこの傷が治ることなどない。無為なことをするよりも、さっさと手入れを済ませてしまおう。そう思っては、もう一度酒を仰ぐ。甘みとアルコールが冴え渡り、視界が少し揺らついた。
「……シガレット? シガレットじゃない?」
「あん……?」
そんな俺の後ろから、唐突に俺を呼ぶ声が飛ぶ。
一体誰だろう。イルルはネコの会合があるとかで出掛けているため、ここにいる筈がない。かといってドンドルマに、彼女以外の知り合いがいることもない。俺に心当たりはない。
だが、聞いたことがある声だった。随分前に聞いたような気がする、凛とした声。記憶とにらめっこをする度に、それが思い起こされる。
「……あ」
「やっぱり。やっぱりシガレットだ。久しぶり」
橙交じりの金の髪。癖毛なそれに生えた、犬耳のような頭装備。黒と灰色で構成された獄狼竜装備を身に纏った目の前の少女は、翡翠色の瞳をそっと細めては嬉しそうに笑みを溢した。
見たことがある。会ったことがある。ユクモ村へ旅立つ前に、数回共に狩りに行ったことがある。
そうだ。あのアルセルタスを初めて食べた時や、伝説とも言える存在のキリン亜種と巡り合わせてくれた少女、その人だ。確か、名前は。
「えと、ハラヘッタさんだっけ……?」
「……前の名前間違いよりは幾分かマシね、うん。五十歩百歩だけど」
笑顔が固まり、額に青筋が浮かぶ。そんな彼女は淡い溜息を洩らしながら、そっと俺の横の、空いている方の座席に座った。
いい加減に名前を覚えろと、不満そうに吐き捨てながらも、彼女は久しぶりの再会を楽しんでいるらしい。
「こんなところでどうしたんだ? ここはバルバレじゃないぞ」
「ふっふーん、このヒリエッタさんを甘く見ないでほしいわね。近々G級ハンターに抜粋されるって話が上がったの。だから今日は講習会。で、その帰り」
「……マジか、知らぬ間に随分頑張ってたんだな。おめでとさん」
「ありがと。……で、アンタはどうしたの? アンタこそ、ここはバルバレじゃないわよ?」
「ハッ、悪いな。俺は一足先にG級ハンターだ。見ろこの装備」
「うわ、よく見たらそれ、レックスZじゃない! てか、早いわね。しばらく見ないと思ったらアンタはG級になってたのかぁ」
「……ようやく戻ってきたって感じだけどな」
「え? 何って?」
「何でもないよ。……飲み物だけじゃなんだ、何か食い物頼もう」
適当に彼女をあしらって、給仕のアイルーに注文を入れる。本日のオススメはアリーナ式特製肉じゃがということで、それを二人前頼んでおいた。それと空になったカルーアベルナミルクの入れ違いとして、ポッケレモンサワーも。
「レックスZってフルフェイスじゃなかったっけ? カタログ読んだ時は、厳つい頭だった気がするんだけど」
「蒸れるからフルフェイスは嫌いなんだ。オーダーメイドでヘッドギアタイプにしてもらった。ほら、レックスSのあれみたいにさ」
「あー、なるほどね。よく見たらしっかり耳までカバーされてるじゃん。耳栓機能もあるわけか」
「そうだよ。前の装備よりはちょっと重いのがあれだけど」
「いいじゃない。私ももっと強い装備が欲しいなぁ。これもそろそろ年季が入ってきたし」
「大剣ハンターにはディアブロXシリーズが人気らしいぞ」
「ちょ、ちょっとゴツ過ぎかしら……」
何気ない会話に花を咲かしながら、俺はようやくタオルで汚れを落とし終える。白銀の装甲は、汚れをなくし薄く輝き始めた。錆びないように水滴を落としつつ、そっと一撫で。鋼特有のひんやりとした温度と、滑らかで硬質な感触が伝わってくる。状態は良好、傷は塗装でもしとけ、といったところだろうか。
今度は膝下に巻き付いたベルトを外しつつ、肉と義足の接合部分にタオルを入れる。この部分ばっかしは蒸れるのも仕方ないので、念入りに手入れしなければならない。不純物との間接であるため、幾分デリケートなのだ。
一方で、その仕草にようやく違和感を感じたのか。ハラヘッタ――じゃない、ヒリエッタは訝し気に俺に声を掛けてきた。達人ビールの香りが、そっと舞う。
「シガレット、何してるの? 装備の手入れ?」
「ん? あぁ、ほれ」
「え、何これ? 脚装備――え、えぇ!? あ、脚っ!?」
興味をもった彼女に向けて、その左脚を手渡した。銀に光る重厚なその脚。一見脚装備にも見えなくないが、肉の脚を入れる隙間はない。重く精密な作りが、それとは異なることを静かに主張している。
ヒリエッタはヒリエッタで、何となくそれを受け取ったものの、赤らめた頬を震わせた。白銀の鋼で出来たその脚に驚き、重いだ固いだと連呼している。
「折角だ、持っといてくれ」
「はぁ!? ちょ、え、ど、どういうこと?」
「見りゃ分かんだろ」
「……義足? シガレット、アンタ一体……」
彼女の言葉には応えないで、足先を見る。右脚より随分短くなってしまったそこには、義足同様鋼の器具が取り付けられていた。義足と足の接合部分。最も金属に押し付けられる、左脚最大の急所だ。
如何せん過度の運動をすればそれ相応に負担が掛かり、それは一挙にこの部分へと襲い掛かる。義足自体のメンテナンスと同時に、自分の体を見ることもまた重要だ。特にここは、怪我をしてないか。裂けてはいないか。最悪、壊死してないかなどのチェックを要する。
幸い、大した損傷はなかった。つまり、あの黒炎王戦のような戦い方でも、俺の体は幾分かはもつということだ。その証明は、今の俺には有り難い。
「……ま、アンタも話したくなさそうだし、私もそう聞かないわ。ハンターだもの、怪我なんてよくあることだし。私の師匠も、隻腕だったしね」
「へぇ? 師匠がいたんだ。てっきり我流かと思ってた」
「武器の修業はあんまりだったの。師匠、大剣はあんまり使わないし。これは我流よ。教えてくれたのは、やっぱり生きることかな。ハンターとして、人間としての生き方」
「ふぅん……。参考までに、その師匠は人間だよな?」
「うん、そうだけど? ゴッツい親父って感じよ。い、いくせ……何とかっていう太刀を右手だけで振り回す脳筋だったわ」
遠い目で、されど懐かしそうな目で。どこか嬉しそうに語る彼女の横顔は、彼女が如何にその師匠という人物を信頼しているかが伝わってくる。
人間どころかアイルーだわ、俺とは喧嘩ばかりで最終的に喧嘩別れを迎えているわと、あのクソ師匠とは大違いだ。
「今は何処で何やってるのかなぁ……」
「……ハンターなんだ。意外なとこで会えたりするんじゃないか?」
「……そうかもね。でも、義肢を用いるハンターは初めて見たわ。初めて会った時からそうなの?」
「いや、あの時はまだ足があったよ。まぁいろいろあって、義足用意して、リハビリがてらG級まで昇ったわけだ」
「アンタって人はまた……無茶苦茶ね。まぁいいわ。でも、義足なんてどこで用意したのよ? 見たところかなり精巧みたいだし、そこらの加工屋ってわけじゃなさそうだけど」
俺の義足を見渡しながら、彼女は的を射た質問を並べてくる。洞察力のある彼女らしい、筋の通った疑問だった。
一体これを、どこで誰に作ってもらったのか。その質問は、これまでの空白の時間を埋める核心的な答えを導き出す。即ち、トレッドの成果そのものだ。
彼はタンジアギルドの抱えるG級ハンターかつギルドナイトという要職であり、これまでも公私混同しながらも星の数とも言えるハンターの中から標的となる人物を探し、文字通り炙ってきた。人を探し出すことにおいては、彼の右に出る者はいないというのが俺の見解だ。
そんな彼だからこそ、トレッドには、この世界の何処かにいるとある人物の居場所を探してもらうように頼んでいた。そう、それは。
「……ヒリエッタはさ、伝説の職人って知ってる?」
「もちろん知ってるわ。有名な人物よね、古龍の武具の製作にも大きく関わったっていう。加工職人の中でも一、二を争う有名人じゃないかしら」
「そうそう。それと同時に、滅多に会える人物じゃないことも知ってるよな?」
「各地を転々としてるらしいからね。会ったことあるってのも、全然聞かないわ」
「そうなんだよ。それでも、彼の技術なら安心じゃん? 頼みたいじゃん?」
「まぁ、そりゃ生唾ものだけど……」
「だから、彼なら実用的な義足も作れるんじゃないかってなってね」
「……嘘でしょ? まさか、じゃあ……その脚は、伝説の職人製の……」
「……と思うじゃん? 会えなかったんだよなぁこれが」
「は?」
間の抜けた声が、アリーナに木霊する。凛とした彼女らしからぬ、あんぐりと空いた口が印象的だった。開いた口が塞がらないとはよく言ったものだ。
そう、俺は伝説の職人に会うことはできなかった。トレッドも随分頑張ってくれたが、彼に相見えることはなかったのだ。トレッドの力をもってしても、伝説の職人は捕まらない。まるで霧のように、霞のように、彼はこの世界の何処かに身を顰めてしまった。流石のオオナズチも驚きだろう。
では何故今ここに義肢があるのか? ヒリエッタがそう感じるのももっともである。
「やっぱそれ、その辺の加工屋のもんなの?」
「いや、そんなちゃちなもんじゃない。もっと高性能だよ」
「じゃあ、一体誰が造ったのよ。ワケ分かんないわ――って、ちょっと待って」
「お?」
不機嫌そうに首を傾げるヒリエッタ。そんな彼女だったが、ふと何かに気付いたように考え込み始めた。艶やかな唇に、そっと人差し指が触れている。
そんな彼女の背後から、大皿を運ぶアイルーが一匹。溢れる鮮やかな香りが、そっとテーブルに舞い降りた。とろりとした光を帯びた肉じゃが、らしき一品。乱切りされたサラミがごろりと入り、よく焼けたタマネギと蒸かされたジャガイモが良い色を帯びている。それらを覆うように被さったあんかけのようなソースがまた珍しい。紅白色の繊維状のものが少しずつ散りばめられ、アリーナ式というだけあって独自性に満ちた肉じゃがだった。
添えるように置かれたポッケレモンサワーもまた心地良い。パチパチと溢れる気泡がまた、食欲をさらに高揚させる。
「レモンサワーにアリーナ式特製肉じゃがお待ちどう、ニャ! 肉じゃがはモガニを使ったあんかけソースを使ってますニャ。ソースに入った繊維状の肉は、モガニの身ですニャ~」
「ほう……こりゃまた面白いメニューだな。いただきまーす」
「……シガレット」
噛み応えのあるサラミ。大きく切り分けられたそれは、サラミ特有の噛み応えを色濃く残している。オリーブオイルで加熱されたのだろうか、噛む度に爽やかな風味を生み出して、味わい深い脂を口内に塗りたくっていく。
よく熱されたジャガイモは、ホクホクとした柔らかくも固くもないあの食感を作っている。噛む度に少しずつほどけ、口内でじっくり溶けていった。そのジャガイモの控えめな味に、あんかけ特有のとろみと甘みが混ざり合う。
モガニが使われていると聞いたが、もしやモガニの甲殻でも使って出汁を摂ったのだろうか。艶やかで深い潮の味が、しっとりとあんかけに絡んでいるような気がする。噛めば噛むほど、口の中でジャガイモが溶け、タマネギの甘みと絡み合う。時折顔を出すモガニの身も、ジャガイモに鮮やかな旨みを落としていく。風味も相まって、何とも不思議な食感だった。
一方で、ヒリエッタはジャガイモを箸で摘まんだまま静止している。味より思考に耽っているような、そんな印象だ。
「食わないのか? 冷めちまうぞ?」
「あのさ……気になることがあるんだけどさ。伝説の職人って、弟子をとってなかったかしら? 人間でありながらその技術をものにしたっていう、凄腕の……」
「……何だよ、察し良いなぁ」
タマネギの甘みと風味、サラミの脂とクセのある味、あんかけの滑らかな食感。それらを染み込ませたジャガイモを何度も噛んで、ごくりと呑み込む。喉を滑るその感触が、何とも心地良い。
そんな口内を、喉を。濃厚な味で満ちたそれらを、爽やかなポッケレモンサワーで洗い流す。強い酸味と、弾ける気泡。一転変わったフルーティーなその味に、俺の味覚は混乱状態だ。ホロロホルルもビックリではなかろうか。
蓄積されゆくアルコールを感じながら、ジョッキをドンとテーブルに置いた。口から垂れる水滴を手の甲で拭い、ホッと一息つく。そうして、まっすぐヒリエッタを見返した。
「御名答。この脚は、その弟子である工房のおばちゃんに作ってもらったんだ。件の職人は見つからなかったけど、ジャンボ村にその弟子がいると聞いてね。すっとんでいったよ」
「……その脚で? 一人で?」
「バッカお前、船に決まってんだろ。知り合いとかオトモに付き添ってもらったんだよ」
「アンタ……私以外の友達いたのね。てっきり一人ものだと思ってたわ」
「うるせぇ、お互い様だろそれは」
伏せるように笑う彼女の冷やかし。それを適当にあしらうと、彼女は微笑ましそうに笑った。間違っても、手持ちのギルドカードの枚数は聞かないでもらいたい。
解説するが、ジャンボ村とはお世辞を混ぜても辺境にあるとしか言えない、ド田舎の小村だ。近年はある程度発展し、多少なりとも充実した設備を備えた村となったが、ユクモ村などと比べるとやはり見劣りしてしまう。そんな村の工房を切り盛りしているおばあちゃん。それが伝説の職人の弟子、その人だった。
「でもま、それで無事造ってもらえたんだ。いくら積んだの?」
「人聞きの悪いこと言うなよな。積んだのは積んだけど、ハンターなんだ。依頼との等価交換も織り交ぜたさ。……知り合いとか、オトモとかが」
「人任せね。……ま、その脚じゃしょうがないか。……で? どんな依頼だったの?」
「この脚を見たら分かるかもな」
ヒリエッタが椅子の横に立て掛けていた俺の義肢を持ち直し、そっと彼女に向けて見せた。白銀色のその表面に、アリーナの淡い光が映り込む。
見た目は、鋼を装甲として用いている。それ以外は至って普通の義肢といったところだ。骨となる柱を中心にスプリングが渦巻き、それが足首あたりまでカバーされている。
人体工学に基づいて設計されたらしいそれは、詳しいことはよく分からなかったが、取り敢えず人間らしい足の動きを八割方再現出来ているらしい。もちろん、リハビリあっての賜物なのだが。
「……鋼かしら? 鉄鉱石の採掘でもしたの?」
「そんな甘っちょろいもんかよ。実はな、これモンスターの素材なんだぜ?」
「はぁ? 鋼をもってるモンスターなんて、そんなの鉱石食べてる奴でも……って、待って。ちょっと待って。それってもしかして」
まるで喉でも乾いたかのように。彼女の喉はごくりと生唾を飲み込んで、その小さな喉仏が小さく頷いた。
そうして漏れ出た、彼女の言葉。その小さな言葉のために動かされたその小さな口は、弱く、淡く、それでいてはっきりと、その名を呼んだ。彼の者の名を。
――クシャルダオラ。
それは良くも悪くもジャンボ村と縁が深いモンスターだ。古龍の代表格と言っても過言ではなく、最も研究が進んだ種でもある。
リオレウスなどとは違う四肢と一対の翼の強靭な肉体を持ち、その巨大な翼で暴風を巻き起こす。そんな危険な存在が、たまたま俺たちがジャンボ村に訪れた時に同じく飛来したのだった。
「クシャルダオラの別名は知ってるよな?」
「"鋼龍"。鋼の如き鱗を纏う龍……。まさか、それが?」
「あぁ。俺は療養中だったから見ることは出来なかったけど、知り合いたちは密林で見事に会ったそうだ」
「そ、その鋼龍はどうしたの!? ま、まさか討伐したの……?」
「うわ、急に乗り出してくんな。……アイツらも撃退で精一杯だったよ」
「そ、そう……。ごめん」
「未だ誰も仕留めたことはないらしいからなぁ。やっぱ古龍は格が違うや」
突然身を乗り出しては声を荒げたヒリエッタ。俺の両肩を掴んでは、互いの顔が触れかねないほど近くなる。彼女の口から、達人ビールと肉じゃががブレンドされた香りが漂ってきた。
一体何に動揺したのか知らないが、返答通りクシャルダオラは討伐できていない。ジャンボ村から追い払ったのは確かだが、飛んで逃げられてしまえばもう追い掛けることなどできなかった。
工房のおばちゃんが出した、クシャルダオラの迎撃依頼。村に付いているハンターは修行中だったり、黒狼鳥を追い掛けるので必死だったりと役に立たなかったらしい。たまたま訪れた俺たちしか頼れる者がいないと、必死の形相で懇願された。
実際に狩りに向かったトレッドにイルル、師匠とたまたま居合わせた覇竜の太刀を背負ったハンター。その四人が、鋼龍の飛び立つ姿を見たと言っていた。
「……でもま、手傷は負わせたし、撃退できたらしい。そんで幾つか鱗が剥げた。それが今、この脚になってるわけさ」
「そう……私、鋼龍の素材なんて初めて見たわ。鋼龍には会いたいのに、なかなかお目に掛かれなくて」
「へぇ? 蒼火竜や幻獣の亜種に巡り会う幸運の持ち主も、鋼龍には会ったことないんだ?」
ボロボロと口の中でほぐれるサラミ。濃く重い脂を絞り出し、肉らしい旨みを口いっぱいに広げていく。それを楽しみながら、からかうような言葉をヒリエッタにかけると、彼女は心外そうに頬を膨らませた。
「会ったことなら、あるの。ハンターになる前に……」
「え……それって、生身で?」
「うん。十年は前の話かな、あの古龍を見たのは」
懐かしむように、痛みを抱えるように。苦悩と懐郷感を複雑に混ぜ込んだその表情で、けれど吐き捨てるような口振りで、ヒリエッタは言葉を綴り出す。
掃き溜めのような毎日だった。彼女の第一声はそれだった。
「歪んだ欲情を押し付けられる毎日でね、外の光なんて感じなかったわ。人口のランプしか見えない薄暗い部屋で、染み付いた臭いの酷い部屋で、私はいつも息を詰めていた」
「…………それって」
「……でもね、あの古龍が、クシャルダオラが。私に光を見せてくれた。建物ごと吹き飛ばして、だけど」
「多分、それは故意じゃないんじゃ」
「分かってる。向こうにはそんな気持ちはそれっぽっちもなくて、どころか私にも気付いてなかったと思う。ただ目の前の邪魔なものをどかした。ただそれだけ」
静かに息をついては、彼女は再び達人ビールを口にする。ごくりごくりと飲む度に、彼女の喉仏は忙しなく動いた。その仕草が妙に艶めかしくて、俺は少し調子が狂ってしまう。所在なさげに、左脚を嵌め込んだ。
「――だけど、その時の景色を私は未だに忘れられない。空はとても広くて、雲は波のように流れてて。そんな世界を独り占めするように、大きな大きな翼を広げるクシャルダオラ。とっても格好良かった」
「……じゃあ、それが?」
「うん。これが、私がハンターになったきっかけ。もう一度鋼龍に出会って、今度は私の存在を感じてもらいたいの」
そう言っては、彼女は照れくさそうに笑った。
雨後の、雨露で煌めく花のような――そんな笑顔だった。
「……もし依頼が回ってくるようなことがあったら、俺も呼んでくれ。力になるよ」
「ん、頼りにしてるわ。シガレット」
白い歯を見せる彼女の笑い方。初めて会った時のあのバサルモスのような仏頂面ではない、快活そうな笑顔。こんな笑い方もできるのか。
あのお堅い印象よろしく、彼女も何かしら事情を抱えたハンターだったわけだ。それも、目標があのクシャルダオラだとは。全身が鋼に包まれた古龍であり、書士隊には外骨格と称させるその体――――。
「……外骨格っつーと、蟹みたいなのを言うんだよな?」
「ふぇ? な、何急に……」
「つまり、クシャルダオラは蟹のように
「…………はぁ。アンタって、やっぱ無粋だわ」
~本日のレシピ~
『アリーナ式特製肉じゃが』
・ドンドルマンポテト ……8個
・モスサラミ ……150g
・レアオニオン ……1/2個
・オリーブオイル ……大さじ一杯
・モガモガーリック ……1片分
・塩胡椒 ……適量
・モガニあんかけ ……300g
・モガニ ……60g
解説回となりました、第三章第二話。
実は第二章終わりから二年近く経過してるんです。リハビリとか昇進とか、その他諸々合わせて、ね。
左脚の解説と、久々のヒリエッタさんの登場。彼女の過去もちょっと明かされましたね。脚についてはなんと鋼龍の素材使ってたり。そりゃ踵落としでスタンも狙える訳だ。
まぁ、解説してない部分も一杯ありますし、まだまだ未公開の部分もあります。それはおいおい、この章で明かされていくのでしょう。
たくさんの感想評価有り難うございました。冒頭の通り、私にとっては調味料のようです。いただければ、モチベが上がりモンハン飯自体の味が上がる。違う点と挙げるとすれば、かけすぎという概念が存在しないことでしょうか。いくらかけても、多過ぎなんてありません。ですので、これからもよろしくお願いします←
皇我リキさんからファンアートをいただきました! 今回久々の登場となった彼女です。絵をいただくのも相当な活力になりますね! こっちの方も食卓待機してますね←
【挿絵表示】
ではでは!