モンハン飯   作:しばりんぐ

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 グッラビッモス♪ グッラビッモス♪





味も掘り下げるこの心

 

 

 燃え盛る火柱。煮え滾る湧き水。じっくりと岩盤を溶かすマグマが、額に汗を滲ませる。

 いや、マグマだけのせいではない。そのマグマの向こうから俺を仕留めようとする奴の存在も、その一因かもしれない。

 焦りだろうか、恐怖だろうか。それとも、好奇心だろうか。武者震いを抑えられない俺の額に、頬に、背中に、じっとりと冷や汗が流れ落ちていく。

 

「……ッ! あーくそっ!」

 

 そんな俺に対し、奴は口内を光らせた。体内に圧縮された濃密なエネルギーが、徐々にその口の中へ集められている。奴から放出されるのは圧倒的な熱量を持った高密度の光。まるで噴火を思わせるような無慈悲な破壊現象。

 奴、グラビモスの代名詞とも言える熱線だ。

 

「あぶっ……!」

「みゃあっ!」

 

 慌ててしゃがんだ俺の頭上を走り抜ける熱線。地面も貫通するその威力。

 この地底火山の厚い岩盤を焼き尽すそれは、人間程度の耐久力ではとても耐える事が出来ないだろう。そんな目に見える脅威に俺の脚は少し震えるが、自分を奮い立たせるように、何とかその場から転がって離れた。

 

「……おいおい、またかよ……!」

 

 再び奴が口を光らせる。

 その大柄な体躯に一体どれほどのエネルギーを詰めているのだろうか。休みなくあの熱線を何度も放つ奴は全く疲弊の色を見せない。

 

「だ、旦那さん!」

「大丈夫だ、問題ない!」

 

 俺の目前まで迫った熱線を、当たるか当たらないか危ういその瞬間に身を翻して避ける。大きく身を(よじ)った動きで躱し、本来ならばその勢いを利用してグラビモスに斬りかかるのだが。

 残念ながら今回はそうもいかない。非常に腹立たしいことに、奴は溶岩の海に入り込んだまま延々とそこから熱線を撃ち続けているのだ。おかげで俺は反撃が出来ず、この通り回避に徹しているのである。

 

 はぁ、何故こうなってしまったのか。それは数時間前に遡る。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……あれ? 団長?」

「おぉ! シガレットじゃないか、久しいな!」

 

 先刻、ナグリ村。

 その日、俺は未知の樹海で掘り上げた謎の武器を研磨するためにナグリ村に来ていた。深い森に呑まれた遺跡の中で見つけたそれはきっと質の良い武器なのだろう。

 そんな期待を込めて訪れたこのナグリ村で、なんと我らの団と鉢合わせたのだ。

 

「アンタたちもこの村に来てたのか」

「ムスメっ子がみんなに会いたいとか言っていたからなァ。それでみんなで訪ねたという訳さ」

「ふーん……」

 

 ムスメっ子――確か、加工屋のとこで修行している女の子だったか? 残念ながら俺はあの子とは話したことがないから、彼女については何とも言えないけど。見た目の印象はアレだな、ロアルドロスに似てる。

 

 見渡せば。溶岩流れるこの活気付いた町の港に、赤い魚のような形をした船が隣接しているのが分かった。その他に、キャラバンの施設がいくつも町の中に展開されていることも。

 大柄な竜人が営む加工屋、かの料理長が鍋を振るう店に、商人風のご老体が座る奇妙な箱。

 そして、彼女が座るあのクエストボード。

 

「あら? あらあらあら? 何やら懐かしいお方が来てますね」

 

 運が悪いというべきか、認識されるや否や早速絡まれた。

 緑色の帽子や服に身を包んだ女性。黒く滑らかな髪に眼鏡と、どこか知的な印象を抱かせる旅団の看板娘。ソフィアだ。

 

「……どうも」

「ナグリ村になんて珍しい、一体どうされたんですか? ……またご飯ですか、まぁ、そうですか」

 

 眼鏡を光らせた彼女がひとりでにそう納得し始める。俺はまだ何も言っていないというのに。

 ここだけの話だが、俺は一時期この我らの団に所属していたこともあった。それこそ、旅団の専属ハンターとして。だがそれも一週間と長くは続かず、結局独り立ちしたのだった。

 原因は彼女。ソフィアとの決別である。

 

「貴方の様な猟奇的な方がいらっしゃるとは……少し困りましたねぇ」

「誰が猟奇的だ、誰が」

「モンスターを食べるなんて、忘れませんよ。貴方が彼を食べようとしたのは」

 

 彼? あぁ、ブラキディオスだ。

 確かに俺がまだ下位ハンターだった時、たまたま遭遇したブラキディオスを興味本位で食べようとしたのは事実。まぁ、調理法が分からずどうしようもなかったけど。

 しかし、それ以来何故か彼女とは冷戦状態なのである。全くもって意味が分からない。

 

「別に何でも良いだろ。俺にはお前が何に怒っているのかが分からない」

「今のままでは分からないでしょう。それに分からなくても別に良いです、我らの団には新しい専属ハンターさんがいらっしゃいますから」

「……へぇ」

 

 俺にはもう用はない、とでも言うような口振りでソフィアはそっぽを向いた。お前から話し掛けてきただろ、というツッコみは自重しておこう。俺としても話していて楽しくはないので別に構わないし。

 それにしても、我らの団に新たな専属ハンターがついたのか。俺が知らない内にメンバーの変遷があったみたいだな。そもそもの話、屋台の料理長がこのキャラバンに加入していたのも最近――それこそ飛竜オムレツを作った頃に知ったばかりなのだから。

 

「あいつはまだまだ駆け出しだが……きっと大物になるぞ!」

「……何だ、団長か。一体どんな奴なんだ?」

「インナーでダレン・モーランに立ち向かったハンターさんです。誰かのために戦う……あぁ、何と素晴らしいことでしょう。ご飯のためなどというどこぞの利己的なハンターさんとは違いますね」

 

 唐突に絡んできた団長の口振りからに、キャラバンからはかなり信頼されているようだ。

 それにしても聞いたことがある。パンツ一丁で古龍に相対したという、まつ毛の長いハンター。それが今このキャラバンにいるということか。

 

「……ちょっと会ってみたい気もするな、そいつ」

「残念ながらアイツは今原生林まで飛んでいるからなァ、今は難しいかもしれないぞ」

「別に会わなくていいので、貴方は貴方でやる事をやれば良いじゃないですか?」

「……はいはい」

 

 素っ気ないソフィアの口振りに俺は思わず溜息をついた。

 彼女がモンスター好きなのは知っている。その情熱故にモンスターの味まで探求する俺のことが気に入らないのだろう。俺とてモンスターは好きだから、初めは彼女と意気投合したものだが。

 まぁ過去に縋りついてもしょうがない。昔は昔、今は今だ。真のモンスター好きはモンスターの味まで知りたくなる、俺の中のその思いは変わらないのだから。

 俺は俺で、さっさと武器を研磨して次の獲物を探せば良い。

 そう思った、その時だった。

 

「大変だ! 地底火山にグラビモスがっ!!」

 

 慌てて村に駆け込んで来た土竜族の男の切羽詰まった声が、この煮え立つナグリ村で木霊した。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 まぁそんな訳で、ナグリ村にいたハンターは俺だけだったから、見事にグラビモス狩りに引っ張り出されたのである。

 人間が入れないところから延々と熱線を放ち続けているこの腰抜けグラビモス。正直鬱陶しくてたまらない。

 

「これで六回目だぞ……! 何なんだよコイツ!」

「あーうー……卑怯にゃあ!」

 

 イルルは頑張ってブーメランで応戦しているが、それもあの分厚い外殻には全くの力不足だ。何度も弾かれ、弱々しく溶岩の中に落ちていく。

 奴の外殻は灼熱の溶岩にも耐えうるほどの耐久力を持つため、ブーメランが大して効かないのもしょうがないと言えるが。

 

「……ちっ!」

 

 大きく跳び退いて熱線を躱したものの、これではこちらが消耗されてばかりだ。何という出来レース。

 相当臆病なのか、それとも狡猾なのか。いずれにせよ奴はあくまでも熱線で勝負を決めようとしているらしい。

 

「……仕方ない、コイツを使うか」

 

 腹を括った俺は、今回の狩猟に持ち込んだアレを勢いよく地面に押し付けた。ドクロマークが描かれたそれは、一見すると何の変哲もないただのタル爆弾だ。しかしこれは他の爆弾とは決定的に違うポテンシャルを秘めている。

 王都ヴェルドに雷名を轟かせる、とある出版企業が手掛けたこの爆弾。こいつは何と、跳ねるのだ。文字通りジャンプし、遠距離爆破をすることが出来る非常に型破りな爆弾なのである。

 その名も――――。

 

「ジャンプタル爆弾だ! 吹っ飛べ!」

「にゃー……そのまんまのネーミングだにゃ」

 

 イルルの憂いを掻き消す様に火薬音を響かせるそれは、大きく跳ね上がった。そしてそのまま弧を描くように溶岩の上を跨ぎ、見事グラビモスの鼻っ柱に直撃する。

 その瞬間、溶岩の上に新たな光が瞬いた。

 

「グォオッ!?」

 

 予想だにしない攻撃手段に、グラビモスは驚いたのか何とも頼りない声を上げる。

 爆炎に包まれて。瞼を射抜く閃光に飲み込まれて。

 そうして爆心地となったその鼻の角は、ものの見事に折れていた。

 

「ハッ! ざまあみろ!」

「……にゃ、あのグラビモス怒ったにゃ!」

 

 その痛み故か、それとも大事な角をへし折られたからか。

 荒々しく鼻から息を吹き出す奴は、重苦しい声で低く響く咆哮を上げた。そして少し頭を下げるような姿勢を取り、両脚で地面を蹴り上げる。豪快に溶岩を押し退けてこちらに走り出す荒技。俗に言う突進だ。

 

「良いぞ、こっちに来い!」

 

 その巨体を余す事無く使った突進。並のハンターならばその凄まじい迫力に思わず背を向けて逃げ出すだろう。そうでなくとも、一旦奴の射線から離れるのが普通だ。

 だが、生憎俺は普通じゃない。

 

「にゃっ!? 旦那さん!?」

 

 迫り来る奴の巨体が俺を押し飛ばす、その瞬間に俺は大きく身を翻して跳んだ。

 まるで俺の周りの空気を押しのけるかのような勢いで跳び避けて、その勢いを保ったグラビモスへと斬りかかる。空回りした奴の、その背中へ。

 

「せいッ!」

 

 大きく飛び上り、その加速力を利用した斬り上げは、奴の肉を綺麗に斬り裂いた。勿論何も考えずに斬り込んでも、その熱い甲殻に弾かれてしまう。

 だが甲殻と甲殻の隙間なら話は違う。接合部だけに、そこの耐久性は非常に低いのだ。だからリーチの短い片手剣でも、そこを狙えば効率良く奴を弱らせることが出来る。

 

「旦那さん! 尻尾くるにゃ!」

「むっ!」

 

 しかし、当然奴も無抵抗ではない。怒りのままに全身を使い、まるで巨大な鎚のように尾を振り回した。当たればただでは済まないその尾だが、逆に言えば、当たらなければどうということはない。足と尾の隙間をスライディングで潜り抜ければ、全く問題ないのだ。

 

「よっこいしょっと!」

 

 そうして生まれた隙に、俺は肩に担いだ大タル爆弾を設置する。

 片手剣はその軽さと小ささ故、抜刀していても動きを阻害しない。剣を口に咥えていれば、残った腕の隙間でアイテムを使うことができるのである。

 そうして手早く設置したそれを、奴が慌てて振り向いたそのタイミングに合わせ――――。

 

「グオオォォッ!?」

 

 振り被った片手剣の端で起爆。すぐさま回避で爆風から身を守る。

 瞬発力がモノを言うこの技で、手痛い一撃を負ったグラビモスは苦しそうに声を上げた。そのまま、踏ん張り切れなくなったかのように横転した。痛みに悶えるように、奴は身を擦らせ呻いている。

 一方の俺は何とか爆風を躱し切り、勢いよくグラビモスに片手剣を突き立てた。そこにイルルも加わり、総攻撃を仕掛けていく。

 

「これでも食らえにゃーっ!」

「……やっぱこの甲殻は食えそうにないな……!」

 

 苛烈な斬撃の嵐にグラビモスは唸り、それを振り払うかのように立ち上がった。

 そして怒りのままに俺たちを薙ぎ払わんと口の中に再び熱を溜め始める。

 

「まずいにゃ! また熱線にゃ!」

「分かってる、下がるぞ!」

 

 攻撃の手を止め、脱兎の如く奴から離脱。あと数秒でも遅れていたら、こんがりハンターになっていただろう。

 薙ぎ払った熱線は物凄い勢いで地を焼き、グラビモスの周りを文字通り一掃した。さらに熱線を放てば、奴はまるで排熱するかのように、腹から橙色のガスを出す。地面に生えたキノコまで、容易に焼け焦がしてしまう熱風だ。なんともったいない。

 

「にゃ……っ!?」

「ん……?」

 

 そんな恐ろしい一連の動作だったが、奴の反撃はそれだけでは終わらなかった。熱線を放っても休むことなく、すぐさまその力強い翼をはためかせたのだ。

 そう。あろうことか、奴はその巨体を浮き上がらせた。圧倒的重量を秘めた、その甲殻の塊を。それを持ち上げるほどの翼とは――――。

 

「……もしかして美味いかも?」

「こ、こんな時に何言ってるんだにゃ!」

 

 イルルの焦りの声と共に、奴が地面に降り立った。いや、正確にはその重量を生かしたボディプレスと言ったところか。

 そんな見え見えの攻撃には当たらない。勢いよく飛び避けた俺は、まるで風を切り裂くように片手剣を構え、グラビモスに向かって走り込む。そうして、すれ違いざまに脚を切り刻んだ。

 

「にゃ~……旦那さん、惚れ惚れするにゃ~」

「イルル、ぼさっとしてないであいつを引き付けてくれ。その間に俺は爆弾の調合をするから」

「にゃ、了解にゃ!」

 

 四つん這いになってグラビモスの足元に駆け寄ったイルルは、その手に持った王ネコ剣ゴロゴロで懸命に奴の脚を叩き始める。それを鬱陶しそうに見たグラビモスは追っ払う様に尻尾を振り回し始めるが、やはりその高さ故に当たらない。

 その隙に俺はせっせと爆薬を空きタルに詰めては、大タル爆弾を二個新たに用意した。それに加え、ポーチに入ったカクサンデメキンの擦り下ろし粉末を投入。

 

「……よし、さぁ畳みかけるか!」

 

 イルルを撃退しようと体を錐揉(きりも)みさせるグラビモス。

 そんな、奴の足場にある段差を利用して一気に飛び上った俺は、勢いのまま斬り上げ、直後重力のままに落下する。その落下運動に身を任せ、俺は再度剣を振り下ろした。

 その勢いが功を奏したのか、グラビモスは弱々しい声を上げて倒れ込んだ。

 

「背中もらいっ!」

「手が滑っちゃったら、ボクが受け止めるから安心してにゃ!」

 

 そんながら空きの背中に飛び乗った俺は、固い甲殻の隙間に剥ぎ取りナイフを突き立てる。

 背中に人間が乗ってきたら、どんなモンスターだって間違いなく嫌がるだろう。グラビモスもその例外ではなく、懸命に俺を振り落とそうと暴れ始めた。

 そんな奴の上で攻撃を続けるのは至難の業だが、この攻防に打ち勝てば、こちらにとって非常に有利になる。故に俺は必死にナイフを振るい続けるのだ。

 何度目だろうか。ナイフを突き付けた瞬間、岩が割れるような、鋭い音が響いた。それと同時に、背中の甲殻が音を立てて剥がれ落ちる。その音は、甲殻は、踏ん張りが効かなくなって倒れ込むグラビモスの、下敷きになった。

 

「にゃー! チャンスにゃ!」

「おう、行くぞ!」

 

 勢いよく飛び出したイルルの突進と、俺の片手剣が火を噴く。彼女の王ネコ剣ゴロゴロがスパークを散らし、俺の苛烈な斬撃は大きな血飛沫を生み出した。

 この立て続けの負荷には、流石に堪えたのか。グラビモスは何とか立ち上がったものの、その動きはどこか苦しそうだった。身を震わせて俺たちを威嚇しながらも、疲労の色は目に見えている。

 チャンスだ。そう感じた俺は、勢いよく剣を振るった。今までの攻撃よりももっと早く、強く。疲労した奴にできる限りの傷を与える。早く味を確かめたい俺は、その考えで頭が一色に染まった。

 となれば、当然足の反応速度は落ちる訳で。疲労困憊ながらも突然屈ませた奴の体に、俺は反応する手を逃す。

 

「……ッ! しまっ――――ぐっはっ!!」

「だ、旦那さん!」

 

 視界が反転する。強く頭を打ちつけられ、芯の方が鈍く痛む。

 自分に群がる敵を追い払う様に繰り出されたタックルは、懐に飛び込んだ俺をしっかりと射止めたのだ。それによって、俺は大きく吹き飛ばされる。

 幸いなことに、俺に直撃したのは威力高まる胴体部分ではなく、軸となる脚であったため致命傷にはならなかったが、それでも十分に痛い。痛すぎるぞちくしょう!

 

「す、すぐ笛吹くにゃ!」

「ば、馬鹿! 前を見ろ!」

 

 俺が怪我をしたことで動揺したのか、イルルは慌てて回復笛を取り出して奏でようと試みる。

 そのせいで、前から迫るグラビモスを見ていなかった。俺の指摘も、もう遅い。彼女が振り返った時には、白い鎧は目の前に――――。

 

「にゃっ!?」

「イルルーーッ!!」

 

 グラビモスの突進をモロに食らったイルルは、大きく弧を描いて跳ね上がった。

 痛む体に鞭を打って、俺は彼女が地に身を打ち付ける前にスライディングで受け止めるのだが。

 

「……こ、これは効いたにゃ……」

「大丈夫か!? おい! しっかりしろ!」

 

 脳震盪でも起こしたのか、イルルは意識がやや混濁しているようだった。それに打撲の影響か、身体を動かすのも苦しそうだ。

 このまま戦闘を続行することは出来ないだろう。そう判断した俺は、取り敢えず彼女を優しく地に寝かし、再びグラビモスに相対する。

 

「……ごめんな、俺のせいだ。……待ってろ。すぐにコイツをバラシて、美味いもん食わしてやっから」

 

 その言葉が彼女に届いたかは分からないが、背後から安心したようなネコの鳴き声が聞こえた気がした。

 一方のグラビモスは、力強く唸りながら再びこちらに突進を仕掛けて来る。たった今イルルを打ち払った力。まさに暴力そのものだ。その圧倒的な迫力に、思わず回避したくなってしまう。

 だが、今度は避けない。背後のイルルのためにも避けられない。だったらどうするか? このまま奴の暴力を受け入れるのか?

 

 ――――否。

 

 

 

 

 

「……鬱陶しいわッ!!」

 

 

 

 

 

 突進してくる奴に向けて敢えて走り込んだ俺は、今の俺にとって奥義とも言えるこの技、『昇竜撃』を繰り出した。

 左手の剣で、奴の頭を左から右へ弾く。その勢いのままに、奴の下顎を、右手の盾で打ち付けて。その瞬間に、俺は両脚に渾身の力を込めて飛び上った。つまりこの技は、盾を用いた強烈なアッパーなのだ。

 そんな衝撃に、頭を揺さぶられた奴はというと。

 

「ゴォォオオォ……?」

 

 目眩(スタン)

 そう、余りあるその衝撃に耐え切れず、グラビモスはその巨体を投げ出して倒れ込んだ。脳に響いているのか、混乱したかのように(うめ)き声を上げている。懸命に手足を動かしてはいるものの、立ち上がる気配はなかった。

 

「おつかれさん、お前……強かったぜ」

 

 そんな奴の目の前に、俺は先程調合しては段差の影に隠すように置いていた大タル爆弾『G』を、二個。奴の頭のすぐ真横に二個、そっとずらす。

 そうして、圧倒的な危険度を孕むそれを、迷いなく片手剣で振り抜いた。

 直後、地底火山に噴火の様な轟音が鳴り響く。竜の悲鳴が、爆音に紛れて反響していた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……にゃ……?」

「イルル、大丈夫か?」

 

 無事狩猟を全うする事が出来た俺は、せっせとグラビモスの剥ぎ取りを始めていた。

 丁度その時に、イルルが意識を取り戻したようで、弱々しい彼女の声が俺の耳に届いた。振り向いた先には、ゆっくりと体を起こす彼女の姿。

 やや危うい動きで立ち上がろうとするイルルを、慌てて支え、抱き上げる。それでようやく現状を認識したのか、彼女は感嘆の声を上げた。

 

「にゃあ! 旦那さん、討伐したのにゃ?」

「あぁ、何とかな」

 

 彼女の視線の先で佇む、全く動かないグラビモスに、剥がされた甲殻。そしてその横で用意された串。

 

「……グラビモスも食べる気にゃ? ……本気かにゃ?」

「こいつはせせりが美味いと聞いたからな、焼き鳥風にしてみようと思う」

 

 まるで椅子のような絶妙な段差の岩壁にイルルを座らせてから、俺は剥ぎ取りナイフを取り出した。

 その切れ味をよく確認してから、奴の首の甲殻に刃を通す。隙間から忍び込ませたそれを巧みに使い、ゆっくりと首の甲殻を引き剥がしていく。すると、中からは、何とも良く脂の乗った赤い身が見えて来た。

 

「グラビモスのせせり……。飛竜は鳥じゃないにゃ」

「同じことだよ。どちらもよく動かす分首の筋肉が多い。だからとても締まっていて食感が良いんだ。何かこう、弾力があってだな……噛むほど脂が出てくる感じかな? いやこれは鳥の――もっと言えばガーグァのなんだがな。何にせよ一羽からはちょっとしか取れないし、それはグラビモスも変わらないから凄く貴重で美味しいと思うんだよ、俺は」

「……相変わらずご飯のこととなると饒舌だにゃあ」

 

 呆れたような声を漏らすイルルは放っておいて、俺は改めてそのせせりを見る。

 普段目にする甲殻とは、天と地の差があるくらいのそれは、見るだけで、肉の柔らかさと保有している脂が分かってしまう。どころか、まだ食べてないというのに、俺の口の中に涎を染み出させるほどのインパクトがあった。

 

「よし……早速切り分けるか」

 

 見ているだけでは意味がない。改めて自らを奮い立たせ、その赤い身にナイフを突き立てた。すると、思った以上に滑らかな感触が伝わってくる。もう少し固いかと思っていたのだが。

 まぁ、それはそうと切り分けるこちらとしては有り難い。そのせせりを少しずつ、一口サイズに切り分けては串に刺していく。せせりの量は少ないというが、グラビモスはその体躯故に大量にとれそうだ。手持ちの串は十本しかなかったが、それも簡単に埋まってしまった。

 

「よし……これで良いな。イルル、そこにあるポーチから塩を出してくれ」

「塩?」

「下味つけという奴だ。焼く直前に振ると良いんだぞ」

 

 渋々と動き出したイルルは適当に投げ出されているポーチを漁り出し、面倒臭そうな顔をしながらも中に入っている塩を取り出した。

 ――のだが。そのポーチに入っていた、別のビンも見つけたらしい。不思議そうに見つめては、首を傾げていた。

 

「ビン……? 弓でもないのに? ……旦那さん、これ何にゃ?」

「お、それは俺がこの前作ったタレだよ。それを試したかったから今回は焼き鳥風って訳さ」

「にゃ、にゃるほど……」

 

 そう、このナグリ村に来る前に作っておいたタレ。焼いた肉と好相性なタレだ。そこそこの手間をかけて作ったから、それなりの自信はある。

 取り敢えずイルルから受け取った塩を軽く振り掛けてから、その肉をじっくり溶岩に近付ける。一度に焼けるのは二本ずつだが、まぁ良いだろう。

 

「ちょ、ちょっと旦那さん、溶岩で焼くのにゃ?」

「触れない程度に近付ければ大丈夫。それにこれくらい高熱の方が良いし。普通の炎じゃグラビモスは中々焼けないんじゃないかな」

「……確かに、にゃ」

 

 溶岩の中を潜行するグラビモスだ、きっと並の炎では焼けないだろう。それに納得したのか、イルルもハッとした顔で頷いた。

 さて、ここで突然尋ねてみるが、どうして肉は焼くと美味しくなるか知っているだろうか?

 

「……にゃ?」

 

 そう尋ねてみれば、分からないらしいイルルは可愛らしく首を傾げる。仕方ない、彼女のために説明しよう。

 その答えは、焼くことで肉の表面――タンパク質が固まり、その肉の中にある旨みが逃げることが出来なくなるからだ。さらに焦げ目のおかげで風味や香りが加わるのも、美味しくなる一因だろう。

 そしてそのように美味しくする絶対的な要素がこれ。初めは強火で一気に焼く。そうすることですぐに肉の表面が固めるのだ。逆に言うと、弱い火力で焼いていると旨みの消失を防ぐ壁が出来ず、どんどん旨みが逃げて行ってしまうのである。

 他に焼く時には調理器具を温めておく必要があるが、今回は溶岩であるため割愛しよう。というか、そもそも温まっている。それも尋常じゃないほどに。

 

「ざっとこんなもんだな」

 

 とまぁ、そんな点に気を付けて焼けば、この通り綺麗な焦げ目をつけた美味しそうな焼き鳥――じゃない、焼きグラビモスの完成だ。

 じゅうじゅうと音を立てて泡を作る脂と、それに伴い漂う肉の香り。それを間近で感じていた俺の口角は自然と上がっていた。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 そんなこんなで十本全て焼き上げ、さらにそこに俺特製のタレをじっくりとかける。

 煌めくしょうゆベースのタレが、焼けた肉の表面を潤していく。見た目、香りとも非常に素晴らしいものだ。

 そして、その味もきっと旨いはず。

 

「いただきまーす!」

「いただきますにゃ!」

 

 もう辛抱堪らない俺は、思いのままにそのせせりに噛り付いた。

 その身は、一般的に親しまれるガーグァのモノよりやや固い。重く、豊かで、非常に噛み応えのある感触だ。軽く噛むだけでは歯が押し返されてしまうその肉を、顎に力を入れて噛み締めると、今度はそこから肉の脂が溢れ出してきた。

 その量は並の肉より多く、また非常に強い香りをもっている。芳醇とでもいうべきだろうか。濃厚な脂が、俺の口内を支配していく。

 

 そんな美味いグラビモスのせせりだが、今回はそれに絡むタレもある。しょうゆベースに、まだらネギとユクモニンニクの風味を効かせた味わい。ネギ特有の喉にかかるような青い香りを放ち、ニンニクはその肉故の臭みを押し殺した。その代わりのように、柔らかな、甘みに近い旨みを生み出していく。

 単体だけでは味は良いものの、少し肉としての旨みが強過ぎるそのせせりを、タレはそのあっさりとした味でバランスを整えている。肉の臭いを和らげ、爽やかな風味に整えているのだ。脂が豊富なのに爽やかと、非常に矛盾した現象だが、これは確かにその矛盾を体現していた。

 

「美味いな、これほんと……」

「肉だけだと味が偏っちゃうけど、このタレが良いにゃ。味が整えられるにゃ」

「あー。タンジアビールが欲しくなってきた」

「たんじあ?」

「ここよりずっと向こうにある港町だ。ビールが旨いんだ」

 

 

 

 

 

 さて、これで村の脅威となるモンスターを討伐することができた。

 それにグラビモスという思いがけないモンスターから、新たな旨みを知ることもできたのだ。怪我させられたのもどうでも良くなってくるくらいの旨み。

 

 これだ。これだから、狩猟地での飯はやめられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ~本日のレシピ~

 

『グラビモスのせせり 焼き肉風』

 

・グラビモスのせせり  ……35g

・タレ         ……お好みに。

(1本あたり)

 

 

『シガレット特製タレ』

 

・しょうゆ       ……120CC

   ……ユクモ大豆

   ……ウォーミル麦

   ……モガ塩、その他  

・みりん        ……120CC

   ……ココットライス等

・砂糖         ……大さじ1~2杯

・まだらネギ      ……まだら部分を10cm程度

・ユクモニンニク    ……1個

・ガーグァの鳥皮    ……少量

 

 






イメージとしては、シガレットさんはスタイリッシュボマー。しかもボマーと罠師のスキルを発動させている設定。あの体術は、仲間がボックス漁ってる間ステップを刻みまくった結果修得したそうです(大嘘)
今回は珍しくガチ戦闘で料理はあっさりとしたものでしたが、安心してください。次回は本格的に行きますよ!
 
高評価を入れてくださった方、有り難うございました! 非常に励みになります! それではまた次回!


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