正確には、借りたいっていうより食べたい。
バルバレではあまり見られない建築様式。ユクモ風の代名詞とも言える襖に障子、そして畳。やや
日が沈んだ今、この集会浴場へと続く廊下から月明かりでも差し込んでいれば、その美しさにさらなる拍車が掛かっていただろうが――。
「……雨、やまないな」
渓流を覆う空は薄暗く。霊峰を包む雲は低く唸り。
屋外へと開けた廊下に映るのは、見渡す限りの曇天であった。重い豪雨がこの村に降り注ぎ、荒れる風はそっと山を撫でていく。
この部屋はゲストハウス。ハンター専用の言わば集合住宅のようなもので、この村に常駐するハンターがこぞって利用する施設である。それこそ俺のような、一時的に滞在するハンターたちに最も好まれており、今利用しているのももちろん俺だけではない。
ついでに、イズモのように普段からこの村に住んでいる人間は一軒家を持っていることが多い。そのため、幸運なことに彼はここにはいないようだ。
「……ったく、何でわざわざこんな時間に……」
そんな狭い部屋の中で、俺は静かに身支度をしていた。壁に立て掛けられた番傘を手に持ち、財布やポーチを背負ってはこの部屋をあとにしようと扉に手を掛ける。その扉を開ける前に、もう一度部屋に目を転じた。
背後に鎮座するベッドには、自らの尾を枕に丸くなったアイルーの姿が一匹。俺のオトモアイルー、イルルがすやすやと可愛らしい寝息を立てていた。
「――ちょっと、行ってくるよ」
そんな彼女を起こさぬように、雨音に溶け込むような声でそう言っては――そっとその扉を閉める。
木の軋む音と廊下を踏む足音、そしてそれを洗い流すような雨音だけがこのゲストハウスを奏でていた。
◆ ◆ ◆
まるで滝のような雨が続き、紅い瓦の上を滑るように流れていく。豪雨に見舞われたこのユクモ村はその身を激しく濡らし、それが数々の露店に閉店を余儀なくさせていた。そんな寂れた通りを傘差すままに歩き、目的地を一直線に目指す。
俺が目指すのは、この通りの奥にある小さな店。こんな雨の中だというのに健気にも営業し続ける飯処だ。
雨の匂いに乗せるように漂う、その店より出でる香り。醤油ベースの魅惑的な香りから、味噌の奥深い匂い。その他豚骨のようなものから、一体何か見当も付かない不思議な香りまで。
「……お、あったあった。ここだな……」
そんな香りに誘われるまま、辿るまま。雨に濡れた道に靴を濡らすこと数分。この狭いユクモ村の隅で、縮こまるように身を屈める一軒の店が、今俺の目の前に聳え立った。
おそらく個人経営なのだろうその小ぶりな店は、何とも香しい匂いと薄く光る紅い提灯を存分に輝かせている。
『熊手アシラーメン』――それがこの店の名前だった。
「いらっしゃいませぇ! お好きな席へどうぞ!」
「どうもー。……えっと――」
「――シグ。こっちです、こっち」
店内も至って普通の、個人経営らしい庶民的な内装が特徴的だ。威勢の良い壮年の男性と御淑やかな女性が厨房に立つ、おそらく夫婦であろうこの二人が営む小さな店。
そんな狭い店の真ん中に並ぶカウンター席。そこに座る一人のハンターが、俺に向けて手招きしていた。
「……全く、こんな時間指定しやがって。しかも雨じゃんかよ畜生」
「雨については悪かったって思ってますけど……まぁ、君なら来てくれると思ってましたから」
そう言っては薄く笑うこの目の前の男。フロギィXシリーズであろう、丁寧に
彼の名はトレッド。先日俺に手紙を送ってきた人物、そして先日共に狩りを行なった人物、その人である。
「わざわざ俺にためにタンジアからここまで来たのか? ご苦労なこった」
「いえ、仕事の関係ですよ。君に会うのはあくまでもついでです。タイミングが良かったもので」
からかうようにそう口にしてみては、彼は眉を
昔からまるで変わってない理知的な態度でそう言っては、軽くお冷を口に含むトレッド。その口振りからして、どうやら未だにキナ臭い仕事を続けているようだ。
「……言っとくけど、今は協力はしないからな。やるならイズモでも連れてってくれ」
「いえ、情報収集が先です。"狩猟"にはまだ早い───」
影のある笑みでそう漏らしては、彼はカウンターに立て掛けられた本店のメニュー表を俺に手渡してきた。まるでこの話はこれで終わりとでもいうように。
そうして俺の手に渡ってきたメニュー表だが、そこには魅力的な品が幾つも描かれていた。この店はその名の通り、『ラーメン』と呼ばれる独特の料理を扱っている。
濃厚なスープをたっぷり包むどんぶりに、そのスープを泳ぐ麺。そしてその水面に浮かぶ様々なトッピングが最も特徴的な、物珍しい麺料理だ。
「僕はもう決めたから、君も何か頼むといい」
「んー、そうだなぁ。どれも美味そう……そそられるな」
ガーグァの鶏がらスープを贅沢に使った一品。ファンゴの肉を十分に熟成させた特製チャーシュー麺。特産タケノコで出来たメンマを乗せる追加トッピング。
そんな、目移りしてしまうような品が並ぶ中で、俺は少し気になる名前を見つけた。それはこの店の名前を冠している品……そう、『熊手アシラーメン』だ。
「……なぁ、店主さん。このアシラーメンってのは」
「おぅ、それはそこの渓流の青熊獣の手を贅沢に使った、この店目白押しだぜ!」
店主曰く、このラーメンが当店で最もオススメの品なのだとか。店の名前にも使われるほどなのだから、そうなるのも妥当とも言えるが。
それにしても、アオアシラの手を使った料理とは珍しい。あの厳つい手を食べることなど出来るものなのか。
「……じゃあ、俺はそれで」
「へい、アシラー一丁! 隣のあんちゃんは?」
「僕はチャーシュー麺で。あ、メンマ乗せでお願いします」
見た目に似合わないガッツリとしたトレッドの注文に、店主は笑顔で頷いては奥さんらしき女性と早速調理に取り掛かった。複数並ぶ大きな鍋を掻き回したり、背後で佇むボックスから食材を出したりと、何とも忙しない。
そんな調理風景をぼんやり眺めていると、トレッドが一呼吸置いて口を開く。新たな話題を並べようとするように。
「そういえば、聞きましたよ? 君が乗り合わせた客船がモンスターの襲撃に遭って、君がそれを撃退したって」
「……あぁ、あれな。別にそんな大した働きはしてないよ。……てか、それってもしやタンジアにまで伝わってんの?」
「えぇ、しっかり」
恐る恐る彼にそう尋ねてみれば、彼はにっこりとした笑顔でそう頷いた。そのあっさりとした肯定に、俺は思わず頭を抱えてしまう。
タンジアに俺の戦闘履歴が伝わった。つまり俺がこの地方に来ていることが、タンジアギルドにまで伝わってしまったということだ。
別に、だからといって何か問題が生じるわけでもないが、この論点は俺の内面にある。つまるところ、気まずいのだ。
「ギルドマスター……何か言ってた?」
「もう怒ってないからこっち戻ってこいっ……とか。あと、あの子も会いたがってましたよ」
「あー……めんどくさいめんどくさい。いいよいいよ、俺は会いたくないから」
元々、あの頭の固い連中に属していては意味がないと感じてタンジアギルドを離れたのだ。今更戻る意味なんて全くない。会いたいと言われても――今会ったところで絶対に気まずいだけだろうし、俺は御免
一方で、そんな俺の答えを聞いたトレッドは、呆れたように小さく鼻を鳴らした。絶妙に動いたその眉が、何だか挑発しているように見える。少し腹立たしい。
「まぁ、君ならそう言うと思ってましたけど」
「……わざわざそんなことを伝えに、俺に会いに来たのか?」
「違いますよ。僕が君に伝えたいのは、君が海上で交戦したあのモンスターたちのことです」
妙に腑に落ちない言い方をしつつ、トレッドはその懐から一枚の報告書を取り出した。恐らくギルドから拝借してきたのだろうそれは、雨でその身を少しばかり湿らせていたものの、その内容ははっきりと保っている。
そんな薄汚れた書類を、彼は神妙な顔つきで俺に手渡してきた。俺の手に渡ったそれに描き残されていたのは、長ったらしい文章と、見覚えのある竜が描かれたスケッチ。
「……ん? ラギアクルスとセルレギオス? こいつらが――って、これ……」
「えぇ。つい先日、タンジアギルド近海の砂浜で発見されました」
そう、このスケッチはつい先日俺が交戦したであろうモンスターたちだったのだ。それも、あの時の姿のままではない。一体何があったのか、浜に打ち揚げられた死体となっている。
刀角も翼爪も砕けたセルレギオスに、甲殻や尾が損傷したラギアクルス。何とも痛ましいその姿を砂浜に横たえる彼らだったが、両者とも俺が違和感を感じたあの特徴をもっていた。
「……打撲痕? セルレギオスにも……つか、何でラギアまで死んでるんだよ」
「実は、あの海域に潜んでいたのは彼らだけじゃなかった。……ってことですよ」
お冷をグッと飲み干して、トレッドはそう静かに呟いた。彼が言いたいのは、あの海上にはまだ他のモンスターもいた、ということだろうか。
そう推察する俺に向けて、彼はもう一つ口を開いた。あの時、他に違和感はなかったか、と。やたら神妙な顔つきでそう尋ねてくるその雰囲気から、この事態をギルドが相当重く捉えていることが分かる。
「違和感……違和感……。あ、そういえば妙な光が見えたな」
「光……ですか?」
「あぁ。燃えるように赤かったり、穏やかな青味を帯びてたり。遠すぎて何の光か分からなかったけど」
あの時の曖昧な記憶を掘り起こしながらそう答えると、トレッドはその答えを何度も反芻しては納得したかのように頷いた。昔から変わっていない、顎に曲げた人差し指を当てる癖のままに。
「……やはり、ギルドの見解は間違ってなかったようですね」
「一体どういう事なんだ? 話が見えないんだが」
一人で勝手に納得されては俺が困る。一体どういう意図でこの話題を振り、どういう結論が得られたのかきっちりと教えてもらいたいものだ。
そんな俺の思いを汲んでくれたかのように、トレッドはその薄い唇を引いた。垣間見える奥歯のその奥から、予想外の事実が顔を出してくる。
「……大海龍の出現ですよ。恐らく君が見たのは、ナバルデウスの発光……!」
「……は? あれって随分前にモガの村のハンターが討ったんじゃ」
「生き延びていたか、もしくは別個体か。いずれにせよ、ギルドの目を調査に回したのは正解だったようですね。やはり正体は古龍でしたか」
大海龍、ナバルデウス。その名の通り、海に住む非常に巨大な古龍だ。その大きさはラギアクルスなど比較にならず、その危険性もまた段違いである。
かつて孤島の近海に出現し、モガの村に大きな被害をもたらしたという報告があったと聞く。俺も書類上の情報しかもっていないが、その個体はモガの村専属ハンターが討ち、無事平穏を取り戻したのだとか。
「ギルドは……それなりに対策をとってるみたいだな」
「えぇ。G級ハンターの派遣、観測号の周辺近海監視を強化。そして住民に向けての注意喚起……など」
今行われているのだろうその対策を、指の本数に
そんなG級ハンターの一人である彼なのだが――何やら、「これが主題ではない」と言わんばかりに眉間に皺をよせ、その細い瞳をさらに細めて俺を見つめ直した。
「……何だよ?」
「監視が集中した……ところまでは良かったんですけど、ね。それによって思わぬ隙が出来ちゃったんですよ」
「……? 他が手薄になった、とか?」
その口振りから予想できることを、何となく口にしてみれば、帰ってきたのは「御名答」という言葉。その芝居掛かった仕草に呆れながらも、彼の次の言葉を待った。その暇を埋めるようにお冷を口に含んで、溢れる潤いをそっと飲み込んで。
だが、彼が発した次の言葉はそう易々と飲み込めるものではなかった。
「そう、手薄になって……それで、あのモンスターを見失ってしまったんですよ。――君の探し求めてた、アイツがね」
「……それって、つまり……」
「君のような前例を出さないために、ギルドは躍起になって監視してたんですけどねぇ。最後に火山で観測されてから、以降行方を眩ませてます」
空になったコップが掌からすり抜けて、小気味良い音を反響させた。ガラス質と木材が奏でる奇妙な音。それが、思考に溺れる俺の耳を横切っていく。
トレッドの話が本当ならば、あのモンスター――
「一応言っておきますが、奴と遭遇したら即刻撤退が原則。命令無視の交戦なんて処罰対象レベルですからね? ……まぁ、その制度を作った原因さんにはこんな忠告、余計な世話でしょうけど」
「――参考にしとくよ」
「……だといいんですけど」
お冷を注ぎ足しながらそう笑って答えたものの、トレッドは訝しむような顔で不満げな相槌を打った。その口振りから、まるで俺を信用していないことが分かる。
原因さんという言葉の通り、彼がそう感じるのも些か仕方がないのかもしれないが、この店の一角に何とも重い沈黙が流れ込ませるのは少し厄介だ。
そんな微妙な空気を吹き飛ばすように、店の主は野太い声でカウンターにそれを置いた。独特の装飾がなされたどんぶりに、湧き上がる湯気。そのどんぶりを満たす豊満な味と、その香り。
やっときた。そう、ラーメンだ。
「へぃお待ち! アシラーメン一丁に、ファンゴ麺一丁ね!」
「おっ、きたきた。きましたよ……っと」
「ですね。この話はもう終わりにして、食べましょうか」
俺の目の前に現れたそれは、豚骨ベースらしきスープに身を浸した黄金色の麺。それを覆うように広がった大量のもやしと刻まれたまだらネギ、そしてとろりとした肉汁を漏らす大盛りの肉。
これがアオアシラの手、なのだろうか?
「へぇ、それがアシラーメン……。僕も初めて見ましたよ」
「そういうお前のは如何にもチャーシュー麺って感じだな。……ん? 俺のメンマないな」
「この店はデフォルトがもやし、注文でメンマに変更なんですよ。言えば良かったですか?」
「そうなのか。いや、もやしで全然大丈夫、問題ない」
生憎つい
まずは香り。レンゲで掬ったスープより溢れるそれを、鼻孔を広げて精一杯味わう。よく効いた豚骨の深みに、薄い出汁の香り。豚特有の飽和脂肪酸で満たされたその香りは、独特の匂いと一種の臭みを内包していた。
だが、この臭みも豚骨ならではの香り。別段悪いことでもなく、むしろこれがなければ豚骨とは言えないだろう。
香りを十分に鼻で頬張って、今度はそのスープをそっと口の中に入れた。アツアツのそれは舌の上をゆっくり這い、一直線に喉へと流れていく。緩やかな河の流れのようなそれは、その流れに沿うようにじっくりと、念入りに舌へ味を塗り込んでいった。
こってり濃厚、クセのあるこの味わい。豚の風味に、うっすら浮いたニンニクが舌の上で混ざり合う。
「……あぁ、美味いなぁ。スープが良い感じ」
「匂いを感じ、スープを楽しみ、次は麺ですか?」
「おうよ。細麺が何とも美しいな」
レンゲを左手に移し、右手で箸を握り。そうして繰り出した箸の先に絡み取られたのは、白濁した濃厚なスープをよく滴らせた黄金色に光る細い麺。光を反射するその様は眩しく、何とも神々しい。
その魅惑的な一本一本を、ゆっくり口に近付ける。これから舞い降りる美味が待ち切れないのか、染み出る唾液も何だか味が付いているようだ。
「……いただきますっ!」
そう意気込んで、アツアツのそれを口一杯に頬張った。細い癖に妙に腰があるその何とも言えない食感を楽しみながら、歯でそれを細かく刻んでいく。
すると染み出るスープの旨み。何ということか、スープは麺に絡みついているだけではなく、その一本一本の奥深くにまで染み込んでいるようだ。麺事態の素朴の味が濃厚なスープに絡まることで、味の構造化により磨きがかかっている。紛れたニンニクが麺に乗って、喉奥でその風味を弾けさせるのもまた面白い。
「のどごしがまたね、いいねぇこういうの。もやしもシャキシャキしてて、スープによく合うよ」
「シグ、熊の手の方はどうです?」
肉厚なチャーシューをかじるトレッドが、少し興味深そうに聞いてきた。そんな彼の視線の先にある肉。とろりとした肉汁を、豚骨スープに絡ませる件の肉――そう、アオアシラの手だ。
脂身を豊満に含んだその身は食べやすいサイズに刻まれているようで、かなり大きな肉の塊だったことが分かる。まぁ、アオアシラの体格を考えればそれは当然なのだろうが。
「今食ってみるよ。おぉ、思ったより柔らかい感じ……」
「当店自慢のアシラ手だよ、是非ご賞味あれってね!」
そう声を張り上げては満足げに頷く店の親父さんに会釈して、俺はその肉をゆっくり口に入れた。
第一印象は、つい先日食べたあんかけのそれに近い。肉を覆うなめらかな汁がどこかあんかけのようだが、その肉自体は物珍しい食感であった。ぶるりとしており、熱に溶けていくかのようだ。
「何かゼラチンっぽいな……。つか、豚足みたいな味だ。……親父、まさかこれ豚足だったり?」
「似てるのは否定しないが、それは正真正銘のアシラ肉だぜ。甲殻剥がして、毛をピンセットで抜いて……そりゃあもう手間が掛かるのさ」
「ほぅ、確かに。何だか、女性に人気そうな気がしますね。コラーゲンとか多そうです」
「おっ、分かってんなァ茶髪の兄ちゃん!」
訝しむようにそう漏らすと、店の親父は心外だと言わんばかりにそう反論した。その横から箸を伸ばしたトレッドが肉を摘まんでは感嘆し、そんな彼の言葉に親父さんは嬉しそうに頬を緩ませる。何ていうか、気さくな店主だ。
さっきまで漂っていた微妙な空気は、今はもうない。彼の手掛けたラーメンがそれを流してしまったかのようだ。もしくは、アシラのとろける食感の中に溶け込んだのだろうか? 何にせよ、このような美味の前にはその他の有象無象など霞んでしまう。
――そんなことより、もっとこの味を楽しみたい。そう思った俺は、再び箸を繰り始めた。
◆ ◆ ◆
あの魅惑的な一杯をスープの一滴まで平らげ、勘定を済ませた頃。ゲストハウスを出て、悠に一時間は過ぎたユクモ村。
降り続く雨は一向に止まず、どころか雷まで呼んでいたようで、何とも鈍重な太鼓の音色が空を覆っていた。
「……いい時間になってきたな。そろそろ帰るとするよ」
「えぇ、話が出来て良かったです。何て言うか、シグは変わりましたね。イズモや"あの子"にちょっと似てきてません?」
「はっ? ……何だそれ。ちょっと心外だな」
番傘を開く俺に向けて放たれたトレッドの言葉。妙に引っ掛かるその言葉。
思わず歪んでしまった表情を見ては、何が可笑しいのだろうか、彼はクスリと小さな笑いを溢した。俺としては全く面白くないのだが。
「だって、以前の君はモンスターを殺すことしか考えてなかったじゃないですか。それが今や美食家みたいに……。絶対あの二人の影響でしょうよ」
「むっ……いや、"アイツ"はともかくイズモと同列には見られたくないな、撤回しろよ!」
笑いをこらえるようにそう漏らすトレッド。その不本意な言葉に抗おうと声を荒げた瞬間、空に光が走った。
まるで閃光玉のように強烈なそれは、直後低く重い轟音を響かせる。空を覆う雷雲がただ唸っただけなのだが、その音は大気を震わす咆哮の如く凄まじい。その思いもよらぬ迫力に、少し肝を冷やしたのはここだけの話だ。
一方のトレッドは、その雷光を見て思い出したかのような素振りで新たな話題を俺に投げかけてきた。それも、まるで何かを企んでいるかのような表情で。
「そういえば、嵐龍って知ってます? 君がタンジアを去った後でこのユクモ地方に現れた古龍なんですが」
「……? いや、知らないな。どんな奴だったんだ?」
「何て言うか、空飛ぶワンタンみたいな奴でして」
「な……マジかよ!? 滅茶苦茶そそられる響きじゃないか……! 茹でたらいけるのか?」
ワンタンのようなモンスター。
一体どのような味がするのか、茹でたら食べれるものなのか。そう考えるだけで俺の口内にじんわりと涎が染み出始めた。ラーメンを食べたばかりだというのに。
だが、そんな高揚も彼の薄い笑いに妨げられる。思った通りだと言わんばかりに笑うその様子は、俺を苛立たせるには十分だった。
「ふふ、イズモも同じこと言ってましたよ。茹でたら食えるか、とか。ほらやっぱり似てるー」
「……ッ!?」
人を小馬鹿にするように眉毛を動かす彼に、決定的なその一言。してやられた、と思った頃にはもう遅い。
言いくるめてやったと鼻を鳴らす彼に反論も出来ず、俺の声なき声はゆっくり曇天に溶け込んでいった。まるで、口の中で溶ける熊の手のように。
~本日のレシピ~
『熊手アシラーメン』
・麺 ……80g
・アオアシラの手 ……150g
・もやし ……230g
・まだらネギ ……適量
・ユクモニンニク ……1.5個
・特製豚骨スープ ……500ml程度
☆お好みで塩胡椒なども。
帰ってきたらイルルが旦那がいないと泣きながら待ってそう。可愛い。
引き続きシガレットの過去を掘り下げる回。サブキャラ登場、トレッドさん。フロギィXシリーズのライトボウガン使いさんです。彼の話す事態とは? シガレットの過去に関わるモンスターとは? 時折出てくる『あの子』とは? 伏線をシビレ罠のように置いていくスタイル。
そんなつまらない話は兎も角、ラーメンっていいですよね。私本当にこれが大好きなんですよ、やっぱり旨い。モンハン飯もラーメン食べてたら思い付いた作品だから、やっと書けて感慨深いですね。
ファンゴで豚骨……チャーシューも出来る。メンマは特産タケノコあるし、棍棒ネギとかまだらネギとかあるし──なんてラーメン食べながらモンハン版ラーメンを考え始めたのが、事の始まりだったわけです。
あっ、そういえば一個伏線回収しましたね、ナバルデウスさんです。朧げに書いたつもりだったんですけど、多くの方が気付かれた模様。感想ではネタバレ回避のためスルーさせていただきました、すみません。
また次話で会いましょう、それでは!