モンハン飯   作:しばりんぐ

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トライを思い出すあの村。





覆スープ器に返らず

 

「旦那さん、今日は珍しくモンスターを食べなかったにゃ」

「当たり前だろ。ロアルドロス亜種は流石に食えねぇよ」

 

 潮風香る海辺。照り付ける太陽と、青い空に浮かぶ雲が美しいこの景色。

 ――ここは孤島、その最南端に位置するモガの村だ。孤島の南海に板を重ねるようにして浮かび上がったこの村は、交易船を通してロックラックやタンジアの港と交流する、海路交易が特に発達した村だ。もちろん、資源が豊富であることで有名な孤島に存在するため、資材の枯渇に関しても全く縁のない、のどかな村である。

 そんなモガの村の桟橋を相棒のイルルと歩きながら、俺は何ともなしに先程済ませた狩りの内容を思い出した。

 

「あんなに毒持ってたらなぁ。海綿質にまで毒が染み込んじゃってるし、あれを食ったらいくら俺でも腹を壊すよ」

「にゃ、旦那さんでもとは相当なことにゃ……」

 

 先程狩ったのは、ロアルドロス亜種。

 水獣と称されるロアルドロスの亜種であり、原種は持たない『毒』を大量に保有している。本来原種が水分確保のために利用しているあの海綿質ですら大量の毒液に浸されており、ただの伸し掛かりでもそれを周囲に撒き散らすという厄介な生物だ。如何に俺がチャレンジャーであろうと、流石に何の用意もなしにそれを食べようとはしない。

 

「手段が無いことも無いんだが……どちらにしろ無い物強請りだし。水獣って、別にそこまで美味しくないしな」

「みゅ、実食済みなのかにゃ!」

「原種の方だが、まぁ一応」

 

 ロアルドロスは、大型の海竜種の中でも比較的弱い部類だ。水没林や砂原で生息しているものはともかく、先日遭遇した大海の王者ラギアクルスを筆頭に、強力な個体が多いのが海竜種である。

 その中でも比べれば大人しめのロアルドロスは、経験の浅いハンターでも対峙することが許可される、狩人にとってまさに登竜門とも言える存在なのだ。陸の登竜門がイャンクックだとするならば、海の登竜門は間違いなくコイツだろう。

 

「原種の方は毒を使わないのにゃ?」

「あぁ。大量の水を吐くだけだから、そんなに害はないぞ。美味くもないが」

「に、2度言うくらい旦那さんの口には合わなかったにゃね……」

 

 吐き捨てるような口振りに、苦笑いするイルル。そんな彼女の考察の通り、ロアルドロスの味は別段優れているというほどでもないのだ。

 味としては全体的に薄味。しかし食感がややボソボソとしており、口当たりがあまりよろしくない。水分を多く含んでいるだけに意外に感じたが、やはり大量の水分保有はあの海綿質に大きく依存しているようで、その他の部位の水分はこれといった特徴もなかった。

 そしてその海綿質だが、臭みがあって食えたものじゃない。まぁ、直に海水に浸し続けているのだから、そうなるのも当然だと言われれば当然なのだが――少し納得のいかないものだ。

 肝心な味も、まるでマングローブの葉のように塩分が多くて塩辛すぎる。歯触りも、歯に絡まるようで非常に不快だった。

 マシな部分と言えば尻尾だろうか。比較的淡泊で、かつ落ち着いた味であるそれは、尻尾らしい骨まわりの肉の噛み応えが中々良好であった。あれだけ剥ぎ取って肉焼きセットにくべるのが、一番シンプルかつベストな調理法かもしれない。それか、あの海の王者のように口の中にエビが挟まってたりしたら、それもまた一興なのだが。

 

 

 ――ラギアクルスとか、ガノトトスとか。海に住む大型のモンスターのお腹を調べると、時々キングロブスタとかが出てきますよ! 見つけてびっくり、食べて美味しい! まさに一石二ガーグァですねっ! ……うぅ、ガーグァなんて言ったら、お腹が……。シグさん、こんがり肉持ってたりしません?

 

 

 エビというワードに反応するように脳を過ぎった、"彼女"の言葉。こんがり肉をせがみながら、悪戯っぽく微笑んでいた彼女の言葉。

 ご丁寧に過ぎってくれたが、お生憎様。先程言った通り、ロアルドロスからエビが獲れることはない。

 

「……ま、とにかくアイツのことはもう忘れよう。無事討伐完了することが出来た。これでいいだろう?」

「にゃ、確かにそうにゃ。で、どうするにゃ? もうユクモ村に戻るのにゃ?」

「そうだな。交易船に乗せてもらいたいものだが……ん?」

 

 彼女の言葉通り、クエストを完了した今ここに残る必要性もあまりない。そのため、なるべく早い便でユクモ村へと戻ろうとしたのだが。

 村の中央部で、望遠鏡片手に空を見ては溜息を吐く交易船の船長の姿が目に入った。長く鋭い太刀を背負った大柄の竜人族の項垂れる姿は、中々に印象的だ。それにしても、もしかすると何かあったのだろうか?

 

「あの……船長? どうしたんだ?」

「おぉ、ハンターさん。どうもこうもないゼヨ。見てくれ、あの空を」

 

 細い目を何度も伸び縮みさせながら、彼は俺に望遠鏡を手渡してくる。そうして指し示した方角。

 その遠方には、灰色とも黒色とも言える薄気味悪い色に染まった雲が、レンズ越しに浮かんでいた。

 

「にゃ……旦那さん、どうしたのにゃ?」

「……あっちゃー。こりゃあ荒れそうだぞ」

「その通りゼヨ。これじゃあ船は出せそうにないゼヨ!」

 

 不思議そうに俺の脚装備を引っ張るイルルのために、俺はしゃがんでは彼女に望遠鏡を手渡す。それを持っては興味深そうに覗き込むイルルを眺めていると、船長は困ったようにそう呟いた。右手で、その立派な顎髭を擦りながら。

 

「あ? マジかよそれ。じゃあ、ここで足止めってか?」

「あの規模の雲なら、間違いなく嵐に突っ込むことになるゼヨ。長年にワシの勘がそう言ってるゼヨ!」

 

 何やら備忘録のようなものを取り出してはそれとにらめっこし、自信有り気にそう頷いた船長。勘より書物に頼り切っているというツッコみは置いといて、船に関しては彼は間違いなくプロのはずだ。こういった事情にも詳しいだろう。

 

「嵐が過ぎるまで、この村で大人しくしてるのがいいゼヨ。なぁに、ここは確かに小さいが、趣きのある良い村ゼヨ。ドントウォーリー……ゼヨ!」

 

 熱いグッドラックサインでそう頷く彼に、俺は若干気圧されながらも頷き返しておいた。

 何かがずれているというか、いまいち頼りにならなさそうな人物であるが、彼がああいうのならばこの村から船が出ることもしばらくないのだろう。となると、その期間だけこの村に残らねばならなくなる。

 

「参ったな……どうするか。船は出せないらしいしな……」

「みゃぁ、嵐の航海は本当に怖いにゃ。大人しくしてようにゃ……」

 

 両手を伸ばしては、その二つの肉球でそっと俺の服を摘まんでくるイルル。心なしか、瞳もやや潤み気味だ。必死に俺に懇願するような、そんな印象だろうか。

 思えば彼女も、嵐の海にはかなりのトラウマがあったのだ。そんな彼女を再び荒れた海に放り出すなど、あまりにも酷過ぎる。

 

「……そうだな。折角だし、この村でゆっくりさせてもらおう。おいで、イルル」

「みぃ、にゃあん……」

 

 そっと微笑んでは、彼女の両脇を掴んで優しく持ち上げた。そうして腕に乗せながら、俺は村の港部分に背を向ける。

 イルルはイルルで大人しく俺の腕の中で収まっては、安心したかのように喉をゴロゴロと鳴らした。俺の首元に摺り寄せる彼女の毛並みがくすぐったい。

 風向きからして、先程確認した雲はいずれこの村にも流れてくるだろう。ならば、早いうちに宿を確保した方が良い。そう判断した俺は、温かいイルルを抱え直しながら、この村の村長宅に向けてそっと足を踏み出した。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 モガの村は、小規模の漁村だ。

 タンジアの港はもちろん、ユクモ村にも及ばない。木造の民家や屋台が連なるその様は、間違いなく田舎だろう。そんな何も無いはずの村だが、人情というものは溢れているのだろうか。

 村長は、船が出るまでの間彼の家の一室を貸してくれると約束してくれた。

 

「わはは! 災難じゃったなハンターさん。まぁ、こんな何もない村だがゆっくりしていくとよい」

「恩に着るぜ、村長。世話になるよ」

「にゃ、よろしくお願いしますにゃ!」

 

 色の抜けた髪に浅黒い肌。長い時間を生き抜いてきたことがよく分かるその顔を微笑ましては、彼は愉快そうにそう笑った。

 キセル片手に煙を吐くその姿は、まさに海の男といった風貌である。歳を重ねても、気力の衰えにはまだまだといった感じだろうか。

 

「時にハンターさん、アンタこの辺りの人間だな? 何年か前にもこの村に来てたのぅ。覚えとる覚えとる」

「えっ。えぇーっと……人違いじゃないか?」

「いんや、ワシを見くびってもらっても困る。まだまだ耄碌(もうろく)しとらんわい。あれじゃな、毒怪竜の装備を着た剣斧使いのハンターさんじゃな?」

「……にゃ、旦那さん。その顔は合ってるって顔にゃね?」

 

 頑張って思い出す、そんな素振りもせずにさらりとそう言った村長。その言葉は、武器も防具も的確に解を射抜いていた。

 自信に溢れたその言葉の通り、どうやら俺のことは鮮明に覚えているらしい。開いた口が塞がらないとでも言うように自然に開いた口をイルルが見ては、悪戯っぽくそう言ってきた。

 

「忘れんよ。物凄い殺気出しとったしな。仕留めた火竜の損傷具合もよく覚えとる。そうじゃ、左目を潰しておった。あんな惨たらしくモンスターを狩るハンターはそうおらんよなぁ」

「……一応、面識はなかったはずなんだけど」

「返り血塗れのハンターなんぞ見たら誰だって印象に残るわぃ」

「……あれかにゃ? 旦那さんって、昔は荒れてたのにゃ?」

 

 不思議そうに、それでいて興味ありげにそう聞いてくるイルル。そんな彼女に向けて少し困ったような苦笑いを向けては、その毛並みの良い頭をそっと撫でた。

 村長が言う俺は、タンジアギルド時代の俺だ。はっきり言って黒歴史ものなので、なるべく話したくはない。純真無垢な彼女になら尚更である。

 だというのに、彼の口は塞がらない。まるで壊れた蛇口のようだ。

 

「じゃがまぁ、大分印象は変わっとるな。オトモとも仲が良さそうじゃないか」

「にゃ、旦那さんは素敵な旦那さんなのにゃ!」

 

 赤の他人だというのに、まるで身内事のように嬉しそうに頷く村長。そんな彼に便乗しては、イルルは誇らしげに胸を張った。

 村長の厳つい手がイルルの頭をわしゃわしゃと撫でるのを見ながら、俺は少し笑みを零す。色々と口を(はさ)んできたが、悪い人ではなさそうだ。

 

「雰囲気も昔より柔らかい。やはりハンターはそうでないとな」

「……そ、そういうもんか?」

 

 惜しげもない微笑みを俺に向けてくる。年長者故の余裕というか、矜持というか、そんな大らかな表情だ。幾重にも浮かんだ皺と焼けた肌が、夕陽を浴びては薄く光る。

 いや、光るといえば彼のその瞳だ。その優しい表情の中で、彼の双眼だけが怪しく光っていた。その眼はまるで、ハンターのそれだ。

 

「……だが、その瞳の色だけは変わってない。変わったのはあくまでも上辺だけ……かな? その奥で燃え滾るのは、まるで――――」

 

 核心を突くようにそう言葉を綴り続ける村長。そんな彼の、射抜くような言葉が口から放たれる。

 と思いきや、それは思わぬ形で阻まれた。くるるる……という、どこか気の抜けた音によって。

 

「……うん?」

「にゃ、ごめんなさい……」

 

 振り返れば、顔を赤らめつつもお腹を押さえるイルルの姿があった。恥ずかしそうに髭を動かしては、尻尾を二、三度左右に振る。

 どうやらお腹が空いたらしい彼女は、腹の虫を押さえることが出来なかったようだ。その顔は羞恥に溢れ、恥ずかしさからか青い瞳も若干潤っている。

 

「……お腹空いたよな。村長、この村でどこか美味い店ってある?」

「お、おぉ。そうじゃな。ハンターならば、ギルドカウンターの横の屋台がもってこいだろう」

「サンキュー、ちょっと行ってくる。ほら行くぞイルル!」

「にゃ、にゃっ」

 

 慌てる彼女の手を引いて、俺は足早に歩き出した。足をもつれさせながらも、イルルは俺に付いてくる。

 そんな彼女に微笑みながら、村長に対しては静かに背を向けた。まるで、触れられたくない事実に蓋をするように。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 その店は、カウンターの横に縮こまった、とても小さな屋台だった。

 ほぼ一人用とも言えるくらい小さなカウンターテーブルに、一人用の座椅子。その奥で、せっせと何かを(こしら)えているアイルー。

 

「どうも、やってるかい?」

「ニャ、いらっしゃいませニャ。……お二人様ですかニャ?」

「にゃー、それでお願いするにゃ」

 

 そんな彼は、俺たちの姿に気付いては快く迎えてくれた。

 蒼と水色の縞模様が特徴的な頭巾に鮮やかな赤がよく映えたズボンと、全体的に派手な格好をしているそのアイルー。その手に持った木箱を棚に置いては、俺をマジマジと見始める。その瞳は、既視感に満ちていた。

 

「……? 何にゃ?」

「ニャ、ハンターさんにどこか見覚えがあって、ニャア?」

「……人違いだろ。それより注文いいかい?」

 

 座椅子は一つしかない。そこに腰かけて、その俺の膝の上にイルルを座らせては、流すようにそう言った。骨が喉に引っ掛かったような顔をしながらも、その言葉に対応するアイルー。イルルは彼からメニュープレートを受け取って、興味深そうにそれを覗き込む。

 何ということか、彼も俺に見覚えがあるらしい。孤島に赴いた時に立ち寄った程度だったはずなのだが、現実は非情だった。タンジアの港にさえ行かなければ問題ないと思っていた俺の読みが、甘かったのだろうか。

 

「みゅぅ、ハヤシライス風ドリア……にゃ?」

「おぉ、丸鳥と海藻の冷麺……美味しそうじゃん」

 

 現実逃避をするようにそのプレートに目を移せば、そこには何とも食欲を誘う名前がいくつも並んでいた。

 そうだ、確か彼はシー・タンジニャで修行を積んだというさすらいのコックさんだ。ハンターズギルド公認の三ツ星レストランの腕前は伊達ではないということか。

 

「あー、ごめんなさいニャ。船が止まって流通がその……アレでして。今そのプレートの上二つしか出せないのニャ」

「……にゃ?」

「上二つ……? ギィギハンバーグと、女帝エビフライ……これか?」

 

 目を泳がせつつそう言うコックさん。その言葉が指すメニューを口にしてみると、彼は控えめながらも頷いた。その仕草に、思わず俺は落胆する。冷麺というのが非常に気になったが、食べれないのは残念だ。何だか出鼻を挫かれたような、そんな気分である。

 思い返せば、俺も交易船が停滞したがためにこの村から出られないのだった。他の船もやってこないからこそ、食材が手元にないのかもしれない。

 そんなこんなで今食べられるのはギィギハンバーグと女帝エビのフライ。エビはともかく、ギィギとは。なんてタイムリーな食材なんだ。どころか、皮肉染みているようにも思える。

 

「じゃ、俺ハンバーグ」

「ボクはエビフライが良いにゃ」

「単品ですかニャ? セットにしますかニャ?」

 

 注文を質問で返され、慌ててメニューに視線を落とす。

 そこには確かに注意書きでセットメニューの詳細が書かれていた。追加料金でライスとサラダ、トマトスープが付くらしい。

 

「……二人ともセットで」

「ニャ、かしこまりましたニャ!」

 

 セットメニューと確認するや否や、彼はテキパキとした手付きで調理に取り掛かり始めた。頭の頭巾を気合を入れ直すように巻き直し、唾付けた肉球で髭をサッと整える。

 一方で、俺の膝の上でくつろぐイルルはといえば、何かを企むような微笑みと共に俺に疑問を投げかけてきた。

 

「それにしても、旦那さんはもしかして有名な人だったのにゃ?」

「……いや、そんなんじゃないさ。ただ悪目立ちしてたとか、だと思う」

 

 目を合わせずにそう返すと、彼女は耳をピクリと動かし始める。すんすんと鼻を鳴らしては、そっと俺の胸に擦り寄ってきた。「もっと詳しく聞きたいにゃ」というひとことを添えて。

 面倒だったが、彼女の意思を無下にするのも気が引ける。どちらにしろ料理が出てくるまで時間が掛かるだろうし、少し話してみてもいいかもしれない。もちろん余計な詮索をされないように、改竄に改竄を重ねるが。

 

「……じゃあ少し昔話をしよう。昔々、タンジアの港にとあるハンターさんがいました。彼はとっても強いハンターで、依頼書に載ったモンスターと対峙すればそれを片っ端から滅多打ちにする凄惨な日々を送っていましたとさ」

「滅多打ち……村長さんが言ってたような感じかにゃあ?」

「初めは鳥竜、果てには海竜。現れるモンスターを狩り続け、実力だけはギルドからも認められるくらいになったそうです」

「にゃん、旦那さんは強いにゃ! 当然にゃ!」

 

 自慢話でもするように、やや尊大な語り口調で自伝を連ねる。それに反応しては、何故かイルルが誇らしげにそう頷いた。まるで自分のことのように、さも嬉しそうに表情を緩ませるイルル。

 そんな可愛い相棒に向けて、「ところが」という言葉を落とす。

 

「そのハンターさんはとある目的のためにハンターをしていました。でも目的のためにやりたい放題していたので、ついにはギルドに怒られちゃったのです」

「にゃっ? 怒られたのにゃ?」

「そうしてハンターさんはタンジアに居られなくなり、船に乗ってバルバレに行ってしまったのだとさ。めでたしめでたし」

「ま、待ってにゃ! 終わるの早すぎだし、全然めでたくないにゃ!」

 

 端折りに端折った自伝を並べれば、即座にイルルからの怒涛のツッコみが入ってきた。真面目に話せとでも言いたげな彼女はその二つの肉球でさらなる暴露を要求してくる。

 そんな面白可笑しいアピールを適当にあしらいながら、ふと、その目的について思いを馳せた。

 ――まだ生きているだろうか、アレ(・・)は。

 

 

 

 

 

「……お待たせしましたニャ。ハンバーグセットとエビフライセット、お待ちどうニャ!」

「お、待ってました」

「にゃっ、話の途中にゃ! ……にゃんだけど、良い匂いにゃあ」

 

 思ったよりもお早い到着のディナーたち。狭いカウンターテーブルを彩ろうと、鮮やかな食の花々が顔を出した。赤と茶色を混ぜ合わせたような、綺麗な焼き目を残したハンバーグと、それに覆い被さるように広がった白と透明のコントラスト。その薄い色を染め上げるように光る、橙色の小さな泉。

 片や、薄めた茶色を丁寧に塗り固めた長い物体が二本。薄い粉末を散りばめるそれは、ランプの光を魅惑的に反射する。その衣から顔を出す、立派な頭と立派な尻尾。濃厚な赤に染まったそれは、揚げられてもなお女帝と呼ばれた矜持を失っていないように見える。何とも鮮やかなエビフライだ。

 

「女帝エビフライは言わずもがな、添えられたタルタルソースを使ってくださいニャ。ギィギハンバーグはユクモ風に、大根おろしとポン酢で仕立てておりますニャ」

「にゃあ、タルタルソースにゃ。たまごの白身がつぶつぶになってるにゃあ……」

「ユクモ風、か。ハンバーグとしては珍しいな」

 

 サラダとエビが皿を共有する傍ら、別の小鉢に乗ってやって来たタルタルソース。それを箸で掬っては、クリーミーさとよく残るたまごの色の混ざり具合に感嘆するイルル。

 その一方で、俺はハンバーグの身を少し箸で割いて、その肉に染み込む白と橙の正体を理解した。今彼が言ったものだ。白と透明を広げる大根おろし、そして橙色の泉を湧き出たせるポン酢である。

 

「ちょっと小粋に食文化のコラボをしてみた……それがそのハンバーグのコンセプトですのニャ」

「ふぅん……ギィギの肉っていうのもまた趣があるなぁ。早速いただこうっと」

「いただきますにゃ!」

 

 先程切り込みを入れたハンバーグ。それをそのまま箸でゆっくり分離させ、その上に十分な量の大根おろしを乗せた。

 そこから滴る水分が、薄く染まるポン酢がハンバーグの肉の隙間へと染み渡っていくのを確認しながら、ゆっくり箸で摘まみ上げる。するとどうだ、ギィギエキスの濃厚な風味が、その断面から染み出してきたじゃないか。十分に中まで加熱したことで生臭みをなくしたそれは、ポン酢の風味も相まって非常に爽やかである。含まれる脂の量に反し、あっさりとした味が予想できるだろう。

 なんて、いつまでも見ていてもしょうがない。この美しい景色をいつまでも見ていたい気もするが、肝心なのはやはり味だ。そう意気込んで、俺はその魅惑的な物体を一思いに口に入れた。

 

 瞬時に広がる、ポン酢の風味。酸味と旨味を黄金比率で混ぜ合わせたようなそれは、まるで鼻孔を貫くように、口に入れた瞬間俺の体の中を駆け巡った。

 挽肉状にした肉を捏ねて、固め、焼き上げたそれ。断面はほろほろと崩れ、口の中でその塊を緩やかに溶かしていく。昆布の出汁を思わせる、凝縮した旨みが特徴的なギィギエキス。それを贅沢に閉じ込めたその一口は、肉らしい味をポン酢の中に落としていく。

 柔らかく溶ける部分もあれば、頑固に残る固形部分もある。噛む度にそれが口の中で混ざり合って、一枚肉ではない混ぜ合わせの料理だからこそ出来るハンバーグらしい食感を歯茎に残していった。

 そこに覆い被さる大根おろし。シャリシャリとした歯触りの良い食感は、肉の脂をすっと洗い流していく。大根らしい色の薄い味と、そこに染み込んだポン酢の風味。あっさりとしたその爽やかな味は、肉による味の偏りを防ぎ、ギィギエキスのクセの強さを飲み込んでいた。

 

 ご飯に合わせてみてはどうだろうか。思い立ったそれを実行するように、俺は新たにハンバーグを裂き、口に入れる。それが溶け切らない内に急いで茶碗から米を大きく摘まみ上げては、ハンバーグの味に染まり行く口へと放り投げた。

 

「……美味いっ! 柔らかい米の味が、ポン酢とハンバーグの味でゆっくり染まっていくのが分かる。まるで米もハンバーグと一体化したみたいだ。肉の食感に米の柔らかさが混ざり合って、噛むのも面白いよ」

「にゃ、エビフライも美味しいのにゃ! 衣はサクサク、中はプリップリ! 味わいも濃厚で、タルタルソースのこってりした味によく合うのにゃあ」

「ニャ、そう言ってもらえると嬉しいですニャ。スープ、今つけますんでちょっと待ってくださいニャ」

 

 俺たちの感想を聞いては、彼は満足げに頷いた。そうして、厨房の大きな鍋が煮えるのを確認しつつ、器を二つ用意し始める。

 そんな様子を見ながら、イルルは幸せそうな溜息をついた。箸越しに持つエビフライを、しゃおっと齧って。

 

「ふみゃあ……。こんな美味しい魚介類を食べれるなんて、孤島地方は素敵だにゃあ」

「……タンジアの港にはな、シー・タンジニャっていうもっとデカいレストランがあるんだ。そこの飯も凄いぞ、彼並の腕前のアイルーが何人も務めてるんだからな」

「にゃ。好きにゃのね、やっぱり。……旦那さんは恋しくないのにゃ?」

 

 そっと首を傾げながら、イルルはそう尋ねてきた。嬉々として語る俺を見ては、何かを感じ取ったかのように。どこか母性を感じさせる優しげな表情で。

 そんな彼女の言葉が指すのは、シー・タンジニャのことだろうか。それとも、タンジアギルドのこと、か?

 

「……まぁ、しょうがないな。覆水盆に返らず、起こったことは覆せないものさ」

 

 少し自嘲気味に、そう呟いた。お冷を飲んで一息つきながら、そっと目を伏せる。

 俺とてタンジアギルドに名残がない訳ではない。だがやはり、あそこで(くすぶ)っていては俺は俺の目的を果たせない。そう感じたのは紛れもない事実なのだ。

 もし人生の中で大きな転機が起こるものとするならば、その時がそれだったのだろう。

 

「ニャニャニャ~……フニッ……フニャアァッ!?」

 

 目を伏せ、黒に染まった視界。その向こうから聞こえる、鼻歌。

 薄目を開けると、鼻歌を歌いながらよそったスープを運ぼうとするさすらいのコックさんがあった。

 だが不幸なことに、突飛な声を上げては、彼は脚を(つまづ)かせ、大きく前のめりになる。前のめりになった彼はそのまま、両手の器を大きく放り投げて――――。

 

 瞬間、開きかけていた視界がトマト色に染まった。

 そこに収まっていたスープは、しっかりたっぷり、俺へと目掛けて飛んできたのだ。サラダを摘まんでいた俺の頬を、赤いスープが垂れていく。トマトの熟れた香りが、鼻を通った。

 

 慌てふためくネコの声。潮風が濡れた肌を撫でるのを感じながら、ただぼうっと、ネコに体を拭かれていた。

 それでも言えることがただ一つ。確かにこぼれた水をそっくりそのまま盆に返すことは出来ないかもしれない。だが、スープなら別だ。器に戻らずとも、口には入る。僅かに感じられたそのトマトの濃厚な旨みを味わい、俺は一言口にした。

 

「覆スープ器に返らず。でも、美味しいな」

「……旦那さん。全っ然上手くないにゃ」

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ギィギのユクモ風ハンバーグ』

 

・ギィギミンチ   ……300g

・レアオニオン   ……1個

・パン粉      ……50g

・山菜組大根    ……1/3本

・塩胡椒      ……適量

・ポン酢      ……たっぷりと

・卵        ……1個

 






久々の更新です。


お店のモチーフは某県某市の某レストラン。タイミング悪く、マジでハンバーグとエビフライしか食べれなかったのでネタにさせていただきました。でも味はマジでよかった。私はエビフライを選びましたが、ハンバーグも少し分けてもらったのでそこの描写もっと。肉厚で旨かったですねぇ。
とはいえ私が食べたのは元々はエビフライなので、それをメインにしようとしていたのですが。いつの間にかハンバーグに変わっていた回。読み返していたら、キリン回の時にエビ書いてたし被ってしまうじゃないかということで急遽変更になりました。アドリブで変えた結果この通り収拾がつかなくなる。
余談ですが、あちらは剥き海老だったので、少し話は違いますかな。エビフライはエビフライとして、おやつ感覚で登場させるやもしれません←
エビフライといえば、国語の教材で『盆土産』というものがありまして。あれが非常に飯テロで給食前の生徒をえらく苦しめていたんですよね。飯テロの業は深い。

ではでは。


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