新キャラ登場回。
「にゃ? ユクモの木……にゃ?」
「あぁ、この村は林業で栄えててな。ユクモの木ってのはブランドものなんだぜ」
ユクモ観光。
このユクモ村に訪れ、もう既に三日ほど経っていた。宿と村を行き来しながらこの村の味見をする日々。何と美味しい時間なんだろうか。
そんなこんなで、本日もまた新たな味を確かめてみようと、俺とイルルはユクモ温泉街に足を運んでいたのだった。
「それを……買ってどうするのにゃ?」
「先日加工屋に剥ぎ取りナイフ兼包丁を作ってもらっただろ? なら何故木材を欲しがるのか、分かるよな?」
新たな味、という言い方には少し語弊があったかもしれない。正確には、味へ到達するための手段を求めているのだ。
ユクモの木。
良質で、非常に強靭な木材だ。その特性ゆえ、ハンターの武器としての需要があるほどの高級ブランドとなっている。ユクモ林業の顔とも言える品であり、それ相応に需要も多い。この村の住人は勿論、商人や観光客など外部からこれを求め村に訪れる者も多いのだ。当然ながら、かく言う俺もその中の一人である。
「にゃあ……もしかして、まな板かにゃ?」
「おっ、御名答~」
首を傾げながらも、おずおずとイルルは解を導き出した。
包丁と対を成す、料理人の相棒。そう、まな板だ。
先日相応の額と引き換えに加工屋の主に提供してもらった剥ぎ取りナイフ。贅沢にも千刃竜の伐刀角を主素材として加工してもらったそれは、加工屋の粋な計らいで包丁のような形状へと生まれ変わっていたのだ。
偶然にしろ、加工屋の気分にしろ、俺にとっては好都合以外何者でもない。ならば、それと対を成す上質なまな板を用意せずして何とするか。
「ユクモの木はあの木材店に並べられてたし、買って行こう。……ほら、見えてきた」
「……みゃ?」
路地の角に差し掛かったあたり。俺の記憶が正しければ、この先には普段沢山の客で盛況している木材店があったはず。
だが、疑問を漏らすようなイルルの声が、漂う違和感に現実味を帯びさせた。普段あるはずの騒がしさがない。熱気を帯びているかのような活気もない。列が出来るはずの客の姿も、今は店の前で立ちつくす男ただ一人のみ。
「あれ? 何だこれ……俺たちがここに着いた日はもっと盛り上がってたよな?」
「にゃあ。今日は定休日かにゃ?」
「定休日……うーん、そういうのはもっとしっかり決めてるだろうけど」
「あれかにゃ? 店主さんの体調不良で臨時休業とか、にゃ?」
「――――ところがどっこい、そんな
その奇妙な光景に漏れ出た俺の声。よく分かってないながら軽く考察を漏らすイルルの声。
そこに、一人の男の声が割り込んで来た。加工屋のようにしわがれている訳でもない、成人男性らしい低くも高くもない声。そしてどこかで聞いたことある声。
どこだっただろうか。確か、孤島で雌火竜と交戦していた時に――――。
「あっ……あぁ!! お前、まさか……“イズモ”か?」
「よーぅ。久しぶりだなっ、シグ!」
店の前に立っていた男。紫と白を基調とした装備に。袴といい着物のような形といい、如何にもユクモらしい装備に。何処か海竜種を彷彿とさせる、独特の質感をもつその装備に身を包んでいた男。リンゴを片手に、しゃくっとそれを齧りながら、彼は快活な様子で俺に手を振った。
かつて俺が組んでいた、そして七草粥の作法を俺に教えてくれたあのユクモ村のハンター、その人だった。
「にゃ? 旦那さんの知り合いさんかにゃ?」
「おうネコちゃん、オレとコイツは旧友よ。何度か狩りにも行ったもんさ。……そういう君は彼のオトモかな?」
「この子の名はイルル、俺の相棒だよ。……それよりもさ、何でお前ここにいるんだよ?」
俺とイズモの反応を交互に見ながらも、何となく察したのであろうイルル。それでも彼女はおずおずと、目の前のイズモという男に向けてお辞儀をする。
そんな姿を微笑ましそうに見るこの男は、昔と変わってない軽口を交えながらも、俺の質問に応えようと大仰に振る舞い始めた。
「ここはユクモだぜ? オレの駐留地なんだから、オレが何処に居ようと勝手でしょ?」
「あー……言い方が悪かったな。じゃあ、何でわざわざ俺らの前に現れたんだ?」
「その言い方は酷くねっ!?」
確かにこの村は彼――イズモが住居を構え、ハンター活動の拠点としている村でもある。故に彼が村の何処に居ようと彼の勝手というのは尤もだろう。
だが、何故わざわざ俺たちの前に現れたのか。いや、言うなれば何故あえてこの木材店の前で待ち構えていたのか、それが腑に落ちない。
「あの……イズモ、さん。柔な事態じゃないってどういうことなのにゃ?」
「おーネコちゃん、君はこの白髪と違って話が早いコだねっ。お兄さん君みたいなコ好きだよ」
「にゃっ……」
彼の開口一番の、この事態の重さを示唆するような一言。それが引っ掛かっていたらしいイルルは、少し躊躇いながらもイズモに問いを投げかける。
早くも色々と問い詰める俺に嫌気が差していたのであろうか、彼は嬉しそうにイルルの頭を撫で回し、腰のポーチに手を伸ばした。そこから取り出されたのは、何枚も重ねてまとめられた書類の塊。
「ただの定休日じゃなくて、店主の体調不良でもなくて。――仕入れに問題が生じているために臨時休業……って言ったらどうする?」
「あ? 仕入れに問題だぁ? 仕入れ先って渓流だろ? ……って、つーことはもしや」
「モ、モンスターの仕業、かにゃ!?」
俺の言葉を繋ぐように響いた、核心を突く一言。柔らかな毛並みに覆われた彼女の口から放たれたそれは、一直線にイズモの下へと飛び、その答えに彼は薄く口角を吊り上げた。しゃりっと、彼の齧るリンゴが快音を立てる。
渓流といえば、その快適な環境故に様々な生物が好んで住み着いた緑豊かな生態系だ。飛竜種や鳥竜種、牙獣種はもちろん、最近では海竜種もその姿を見せるようになってきたと聞く。それこそ、目の前で不敵な笑みを見せるこいつの装備も、おそらく海竜種のものではないだろうか。
「察しが良いねぇ。尾槌竜、ドボルベルク。件の犯人はコイツだよ」
「うげ……。これまた面倒臭い奴が来たもんだ」
「……みぃ? ど、どぼる……? 旦那さん、知ってるのにゃ?」
イズモが答えた、件のモンスターの名。どうやら初めて聞くのであろうイルルは、その聞き慣れない響きに首を傾げながらも俺の方へと視線をずらしてくる。ドボルベルクとは何ぞやと、その瞳が訴えかけてくる。
ドボルベルク。尾槌竜という名が示す通り、尾がまるで槌のように発達した大型の獣竜種である。さながら丘のような巨体に、その体格故の圧倒的な体力、そして主食である樹木を薙ぎ倒して食い散らかすというのが主な特徴だ。
「にゃ? じゃあ、そのど、どぼる……ってのは草食なのにゃ? だったら、木材店が営業できないのって」
「そそ、そいつが木を食うわ暴れるわで商売上がったりっ! ……って訳だね。んで、これが狩猟依頼書」
「成程、つまりイズモがそいつを狩ってきてくれるんだな。いってらっしゃい早くしろよ」
「ちょっ、酷くねっ!? 何で君らにここまで説明したかで察してくれよ!」
面倒な事態に巻き込まれそうだったのではぐらかしてみれば、イズモは大振りな身振り手振りで自分の行動をアピール。要は俺たちにも狩猟の手伝いをさせようという魂胆らしい。
コイツと狩りに行くことは出来れば避けたかったので──理由は明白だろう──素っ気ない態度をとったものの、イルルはイルルで俺の対応を諌めようとしたのか、俺の右手を両手で掴んではギュッと力を込めてきた。
「旦那さん、お友達には優しくしないとダメにゃ、めっ!」
「む……まぁ、そうだな。コイツに任せてまな板作るの遅くなったら堪んないし」
流石にイルルに強く言われてしまえば、先日の船での負い目もあってだろうか。俺としても少し躊躇ってしまう。丸く青い二つの瞳の圧力はなかなかどうして大きいようで、俺は気圧されながらも首を縦に振らざるを得なかった。
「あぁ、ネコちゃん! 君は本当に良いコだ! ご褒美に撫で回してあげるよ!」
「に゛っ……!」
一方で、イズモといえばイルルの言葉に感極まったのか。彼女を撫で回そうとその袴に覆われた脚を踏み出して――――。
気安く触るなという意味も込めて、取り敢えず腹に拳をあてがっておいた。さながら砕竜のように。
◆ ◆ ◆
ドボルベルクというこのモンスター。
奴の最大の特徴とは、一体何だろう?
その丘のような巨体か?
湾曲した厳めしい角か?
まるで槌のように肥大したその尾か?
――俺が思うに、コイツの異色たる所以は獣竜種らしからぬその運動能力だろう。何故ならこいつは、獣竜種の中で唯一空を舞うことが出来るのだから。
「おっと、飛んだ飛んだ!」
「にゃっ……うそぉ……っ!?」
まるで台風のように木々を薙ぎ倒したかと思うや否や、あの巨体はいつの間にか宙を舞っていた。
見上げれば。高く聳え立つ樹木に、天を貫く竹。縫い合わされた空と雲は色の明暗をはっきりとさせ、何とも美しい景色を創り出していた。その絵の中を悠々と泳ぐ竜の姿には、一種の感慨の念を抱いてしまう。
「離れよっか、危ないぜネコちゃん!」
「イルル……動けッ!」
だが、その絵もせいぜい一瞬のものだ。所詮翼を持たない獣竜に、空を浮き留まることなど叶わず、とうとう重力にその身を掴まれた。そうして風を斬りながら、一直線にこの大地へと身を落とす。その下の人間たちを、木々もろとも叩き潰そうと言わんばかりに。
そんな圧巻の光景に、初めて遭遇したであろうイルルは身が竦んでしまったのだろうか。避けようともしないで、ただひたすらその光景に見入っていたのだった。
「はっ! ……みゃぅっ!」
このままでは、彼女が潰れるのは避けられない。そう思った時には、俺は全速力で彼女の下に駆け付けて――――。
彼女の体ごと、巻き込むように転がり込む。ネコの小さな悲鳴と、体が草木や地面と擦れる音。その直後に鳴り響く凄まじい地響きが、俺の耳の中を右から左へ一気に駆け抜けた。
間一髪であの巨体に巻き込まれることは避けたものの、少しでも遅れていたら、俺もイルルも原型を留めていなかっただろう。そう思うと、どっと嫌な汗が溢れてくる。
「ふぅ、何とかなったな。イルル、大丈夫か?」
「にぃ……ご、ごめんなさいにゃあ、旦那さん……」
取り敢えず一息ついて、未だ腕の中で震えるイルルの様子を窺ってみれば。彼女はおっかなびっくり俺の顔を見て、申し訳なさそうにそう漏らした。
まぁ、獣竜種が飛び上がるなんて光景は、誰だって初めて見たら驚くものだ。あまり気を落とす必要はない。そう返そうと口を開いた瞬間――イズモの軽口と、それを上書きするかのような斬撃音が鳴り響いた。それも俺の頭上で。
「ナイスぅ! 相変わらずの瞬発力だねぇ!」
「うわっ……あっぶねぇな! 俺らのすぐ上を斬るなよ!」
「だいじょぶだいじょぶ! ちゃんと考えてっからさ! ……さぁて、気も練ってきたぞぉ……」
見上げれば、イズモの振るう太刀が俺の真上で弧を描く。尾槌竜の血を浴びて、刃がより研ぎ澄まされていくようだった。妖しく光るその刀を静かに背中の鞘に納めながら、イズモは小さく息を吐く。まるで呼吸を整えるようなその吐息は、これからの展開に備えて心を鎮めさせようとしているかのよう。
そんな彼の持つ太刀――飛竜刀【朱】。火竜の甲殻を思わせるそれは、鋭い斬れ味と熱を併せ持つ一品だ。ましてやドボルベルクは火に弱く、相性は抜群と言えよう。
「……お前の太刀捌きは怖いんだよ、少しは自重しろよな」
「そう言う君は、前までガチャガチャ武器鳴らしてたのにねぇ。今じゃ片手剣なのかぁ。……あれかい?
「うるせぇ、どうでもいいだろそれはよぉ!」
武器を持ち直すイルルからそっと手を離し、今回担いできたイフリートマロウを引き抜いた。それも、彼の言葉を霧散させるような勢いで。居合を思わせるその鋭い斬撃は、ただ一直線にその太い尾へと飛び込む。
甲殻を何重にも張り合わせたかのようなその巨大な槌を。その甲殻の合間で静かに息を押し殺す
「にゃっ! ど、どぼる……るくが立ち上がるにゃ!」
「ドボルベルクな、分かってる!」
あやふやなイルルの指摘。彼女の言う通り、しばらく地に伏して沈黙していた尾槌竜だったが。
一転、荒い鼻息と共にその両脚を再び地に立てた。同時に土を抉っていたその槌も浮き上がっていく。危うくそのままかち上げられそうだった俺の体だったが、タイミングを合わせてバックステップ。軽い跳躍でその槌を躱しながら、回し蹴りならぬ回し斬りを仕掛けて一呼吸置く。
「さて……一体どれくらい交戦してるっけ?」
「大体日が昇り切る前から戦ってるにゃ。凄いタフにゃね……」
「コイツのタフさは折り紙付きだからねっ! きついきつい!」
そう。クエストが開始されてから、早くも日は傾き始めていた。だというのに奴は一向に弱りを見せず、それどころかなお力強く地団太を踏んだ。そうしてその分厚い喉を震わせ、天高く吠え上げる。一向に去らない人間たちが気に喰わないのだろうか、いよいよ堪忍袋の緒が切れたらしい。
鼻から荒い息を漏らしながら、奴はそっと身を屈める。巨体を畳むように体勢を低め、尾の先に力を溜めるかように。
「だ、旦那さん! 尻尾にゃ!」
「だな! イルルも下がれよ――っとぉ!」
言い終わらない内に、尾槌竜はその代名詞たる槌を解放した。尾の根元から先まで一瞬で振り切られたその塊は、遠心力も相まって凄まじい烈風を巻き起こす。同時に散らばるのは土、砂利、そして木々。ただ尾を振っただけのそれが、天然の散弾を作り出した。
俺はいつものように身を翻しながら大きく跳び避けて、イルルはでアイルー特有の柔軟さを存分に生かした連続ステップで華麗に躱した――のだが。イズモだけは違った。彼は右手で太刀の柄を握りながら、勢いよく飛び込んだのだった。
「――ッ!? イズモ、お前何を――」
「ここだぁ!」
強烈な勢いで振り抜かれた巨大な槌。まだ勢いが殺し切れていないそれに、イズモは────何と、飛び乗った。
いや、それだけではない。飛び乗って、そのまま勢いよく跳躍。驚いたことに、彼はあの尾を土台に天高く舞い上がったのだ。靡く黒い髪と、揺れる衣装が空に溶け込んでいく。
「行くぜぃ……!」
そして、彼は宙を舞いながらも背中の太刀を抜き放った。練り込んだ気を解放し、光る刀身を縦横無尽に振り回す。
滑るような斬り払い、薙ぐような一文字。そして
「す、凄いにゃ!」
「へっへーん。どうよネコちゃん、オレ……格好いいだろ?」
「……最後の一言さえ無ければ決まってたのによ」
彼が放ったそれ──俗に言う気刃大回転斬りが斬り裂いたのは、ドボルベルクのその太い脚。同時に血飛沫が舞い、奴は痛みのままに体勢を崩す。
しかし怒り故の根性からか、そのまま倒れることはなかった。片足に踏ん張りを効かせ、怒りを露わにしながら向き直すドボルベルク。だが、その筋肉には疲労の脈があった。
「うーん、このまま転倒までもっていけると思ったのになぁ。やっぱりしぶといねっ」
「いや、きっとあと少しだ。俺に任せな!」
太刀を再び背に収めながら、イズモは困ったようにそう呟く。確かに奴はなかなか隙を見せようとしない。屈強な尾槌竜の中でも、特に力を付けた個体なのだろう。
だが、いくら強かろうが奴が生物であることには変わりはないのだ。生物であれば、限界が必ずある。きっと奴も、そろそろ耐え切れないはず。
「……にゃ? 何にゃ、何で背を向けて……」
突然奴は俺たちに背を向けた。逃走でも図っているのか。そう感じさせるような、あまりにも露骨なその行動。イルルも思わず疑問の声を漏らしたが。
直後、奴は腰を振り上げ、その尾を高く高く舞い上げた。そう、背を向けるということは、同時に尾もこちらに向けるということ。わざわざ俺たちに背を向けたのは、逃げるためでなく――その自慢の尾で俺たちを叩き潰すためだったのだ。
「にゃ、にゃあっ!?」
「うおっとぉ、あっぶないねぇ!」
「……っと、隙あり!」
だが、あまりにもその動作は大振り過ぎる。見え見えで避けやすいのだ。
もちろん、その尾の質量故に大地は大きく揺れるため、その震動に巻き込まれては堪ったものではないが。それこそイルルのように何とか避けたものの、その震動によって動きを封じられてしまう場合もある。
だが、跳んで避ければ問題は何もない。
「シグ、腹だ! 腹を狙え!」
「分かってる!」
イズモは仰々しくも宙で一回転しながらそれを躱し、俺は跳びながらドボルベルクの側面へと回り込んだ。尻尾を引き上げることで精一杯な奴に向けて、その隙を射抜くように地を蹴って。そうしてイズモのように跳躍し、その腹とは捉え難い分厚い腹に向けて剣を振るう。
するとどうだ、奴はやっと観念したかのようにその太い四肢を投げ出したじゃないか。
「転倒したにゃ! 旦那さん、頑張ってにゃあ!」
「シグ、コブだ! 背中のコブを刺しちゃって!」
イルルは剣を振り回しながら、イズモはコブを狙えと鼓舞し始める。何ともツッコみたいその光景だが、俺はあえて無視してドボルベルクの、まるで丘のようなその背中に飛び乗った。
突然の衝撃に、ドボルベルクは驚いたかのように暴れ始める。が、そんなことは関係ない。指を喰い込ませ、必死にしがみ付いて。そうして、イズモの言うそのコブに向けて、金色に輝く新剥ぎ取りナイフを突き立てた。
「くぅ……こんのッ! 暴れんな山野郎!」
「旦那さん、負けないで! にゃんにゃあーっ!」
「――――ところでネコちゃん、シグが乗ってるあのコブの秘密って知ってる?」
尾槌竜の野太い声と、イルルの黄色い声援。そして肉を抉る刃の音の中に──イズモから発せられた、魅惑的な言葉が鳴り響く。
その唐突とも言える台詞に、流石のイルルも困惑しながら彼を見上げた。その表情はどこか、俺と狩りを始めた頃のものに似ているような気もする。
「にゃ……? な、何にゃ?」
「……実はな、あのコブは食べれるんだよ。奴の脂肪分が蓄えられてるんだよ!」
「にゃあ……にゃあ?」
イルルの瞳は、「この人は一体何を言っているんだろう」と言わんばかりに見開かれていた。弱々しい声を上げて倒れ込むドボルベルクに目もくれず、目の前のハンターの言葉に唖然としている。デジャヴと言うべきか、何だか見たことある光景だ。
一方でイズモは、文字通り転がり込んで来たチャンスを当然逃す訳もなく。目を見張る切り替えようで、件のコブに向けて鋭く太刀を振るい、損傷した部位を激しく斬り刻んだ。
「ここには濃厚な旨みが凝縮されててねぇ、美味しいのさっ!」
「へぇ、そいつは楽しみだ。んで? 一体どういう傾向の食材なんだ!?」
「んー……結構トロッとしてて半固体っていうか。熱したらあんかけみたいになるぜぇ、ほら大回転斬りィ!」
「ほう、ならあんかけスープとか良いかも……なッ!」
イズモが背中のコブを斬り刻む傍ら、俺は減気の刃薬を塗り込んだイフリートマロウで、その武骨な頭部を荒々しく打つ。剣を握る手を動かしながら、口は目の前で沈黙する味を語ろうと上下に激しく動いていた。それは彼も同じで、会話しながら剣を振るう。それも、尾槌竜が怒りのままに再び立ち上がる瞬間まで。
締めと言わんばかりに減気を上乗せしたブレイドダンスを打ち放つ横で、イズモは再び大回転斬りを放った。そう、再び“あの瞬間”が訪れたのだ。
「うおっ……と、って……やっべ」
空を裂き、まるで血染めしたかのように紅く染まる刀身。その峰が、防具に包まれた俺の脚をそっと崩した。振り抜いた直後だったため威力はもう殺されていたが、足払いを仕掛けるには十分だった。
「あっ……てめっ! またっっ……!!」
荒々しく身を捩りながら起き上がる尾槌竜。バランスを崩した俺は、ものの見事にその巨体を押し当てられる。
武骨な甲殻が俺の胸を打ち、奇妙な感触の何が俺の口へ───―。
「もがっ!?」
「だ、旦那さん!」
そのまま吹っ飛ばされた俺の下へ、慌てた様子でイルルが駆け寄ってきた。そうして心配そうに俺の顔を覗き込み、口の中に入り込んだものを引っ張り出そうと手を添えてくる。
一方のドボルベルクは正に怒り心頭。鼻からも、背中のコブからも興奮に染まる息を吹き出して、太刀を収めるイズモを睨みつける。やはりコブは相当な弱点なようで、そこを一心に攻め立てたイズモを一番の脅威と見なしているようだ。
「うにゃっ……にゃ? き、キノコにゃ?」
「げほっ……あー、ドボルトリュフかな? どうりで美味いと思った」
「みゅ……あの状態で味まで確認済みなのかにゃ……!」
イルルが俺の口からすっぽ抜いたのは、薄黒い光沢が魅力的な希少食材――ドボルトリュフ。ドボルベルクの表皮に自生するというこのキノコは、今し方実感したようにかなりの旨みを含み、それ相応の価値をもった高級食材として知られている。これはあんかけスープに入れたら美味しいんじゃなかろうか。
だが、ゆっくり考えてもいられない。まだ今回のメニューとなるあんかけは用意できていないのだ。
「おっ……何か
「にゃっ、またアレかにゃ……!」
怒りのままに尾を振り上げ、尾槌竜はゆっくりとその身を回転させ始めた。周囲を薙ぎ払うように、木々を薙ぎ倒すように。そうして、ゆっくりと運動の軸を脚から尾の先へとずらし始める。
「地味に痛かったが……良いキノコが獲れたからさっきの転ばしはチャラな、イズモ」
「ごめんよ。……ところでそのキノコ、あんかけスープにするなら具材にピッタリじゃないかなっ?」
「そうだな、俺もそう思ってたところだ。……他には何が良いと思う?」
「この辺りなら……特産タケノコとか?」
まるで台風のように荒れ狂うドボルベルク。回転する尾は最早竜巻と言っても過言ではなく。奴の暴れる一帯の木々は、無事に立っているものが一本たりともない。これはユクモ林業も上がったりだろう。
そしてその速度もいよいよ最高速度へと迫り始めたようで、耳を
「いいじゃないか。それと……何か肉類も欲しいな」
「ん、ファンゴとかガーグァとか? この辺りならそれらがいいんじゃね?」
「んーそうだなぁ。どうせならガーグァ狙って、卵も獲って……」
「おっ、つまり卵あんかけか! それ良いね! 採用採用っ!」
いよいよ最高速度に到達したらしいドボルベルク。その回転速度は凄まじく、いよいよ周囲の木々や砂利を弾き飛ばすほどになった。回る尾の高さも目を追うごとに上がり、身体と大地を縫い付けているその脚もいよいよ緩み始めている。飛び立つのもいよいよ目前だ。
「にゃっ……飛ぶっ、飛ぶにゃ!」
「……じゃ、それでいこうか。鍋はキャンプの使えばいいよな」
「だなっ。じゃあアイツからはコブとキノコ獲って……別途タケノコやら肉やら卵を集めれば────
────完成だっ!」
目の前でじっくりと、温かな湯気を舞わせる鍋。その中には薄茶色のとろみと、柔らかな卵黄が絡み合っていた。
そのとろみの正体は、ドボルベルクの活動エネルギーともなっていたあの栄養満点のコブ──に貯められていた脂肪分を溶かしたもの。やはりあの時にはもう相当弱っていたらしく、難なく討伐を終えたドボルベルクの戦利品の一つだ。
そう、ドボルベルクは既に一つの料理へと姿を変えていた。
そのあんかけに絡む卵黄はもちろんガーグァの卵であり、小さく刻まれたガーグァのもも肉もこのあんかけスープの中に沈んでいる。そして食べやすいサイズに切り分けられたドボルトリュフ、特産タケノコも──。
「うんうん、良い香り。いやぁ上手く出来たみたいだねっ。さぁさぁ食べようぜ」
「にゃ~、良い匂いにゃあ。あんな武骨なモンスターがこんな香り放つなんて……びっくりにゃ」
「だな。アイツの肉はあんまり美味しそうじゃなかったが、コブは別だな。ほんとこれあんかけじゃないか」
これはごく普通のあんかけです、とこの鍋を出されたら特に疑いもせず信じてしまいそうだ。そう感じるほど、あのコブの中に詰まっていた脂肪分はあんかけに酷似していた。
そんなあんかけスープの中に包まれた山菜や肉たちは、じっくり煮込まれた故にしっとりと、美しい食材としての色を放っている。如何にもユクモ風な出来栄え、といったところか。
「さて、じゃあ食べようぜっ! オレはもう待ち切れないよ」
「にゃあ、ボクもにゃ。早く食べたいにゃあ」
「うん、じゃあいただきます」
それぞれの器に鍋の中身を
そんな光景にうっとりしながらも、わざわざイズモが人数分用意していたらしいレンゲを用いてそのスープを一口、口の中にそっと落とした。
「んっ……これはうまいっ……!」
まず舌に絡みつくのは、この鍋の主役とも言えるドボルベルクのコブ──そのあんかけだ。
ねっとりとした食感。とろみを豊富に溜め込んだ感触。アツアツのそれに内包された旨みが、そのとろみから染み出してじっくりと舌の上で溶ける。まるで出汁や調味料を厳選した一流飲食店で出されるあんかけのような、深く甘く、そして濃厚な風味だ。
いや、あんかけだけではない。あんかけの中に混ぜ込まれたガーグァの卵が、柔らかく、甘く、温かな味をじっくりと広げてくる。あんかけと混ざり合うように。舌を優しく包むように。
特産タケノコは如何にもタケノコらしい、しっとりとした味とコリコリとした食感を口内で咲かす。ドボルトリュフはそこらのキノコとは一味も二味も違う、風変わりな、それでいて奥の深い味を形成し始めた。肉の味にも負けない濃密な風味。しっとりとした食感でありながらも、肉の脂に拮抗するその味。流石は高級食材と言えよう。
だが、この二つの食材は、その味の強さ故に独特のクセを持つ。それが少し舌に残るために好みが分かれる要素でもあるのだ。
しかし、今回はどうだろうか? タケノコやキノコだけではない。あんかけが、これらを包み込んでいる。つまりあんかけの優しいとろみが、この独特のクセごと包み込み、後味もやんわりと優しい味に仕立てているのだ。
「あ~っ、いいねぇ。こういうのほんといいねぇ! 頑張って狩猟した甲斐あったなぁ」
「にゃあ。それに……これでユクモの木が採れるにゃね、旦那さん」
「そうだな。ほれ、イルル。あんかけ
「にゃっ……あむっ」
目的が達成されると言わんばかりの嬉しそうな顔で見上げてくるイルルに、俺はレンゲで掬ったガーグァの肉片を差し出した。イルルはそれを喜んで頬張っては、また一つ可愛らしい声を上げる。
引き締まったガーグァの、繊維の細いももの肉、淡泊で食べやすいそれはあんかけの濃厚な味によく絡み合っており、これまた面白い味になっている。口の中でゆっくり
「……にゃー、それにしても二人とも息ピッタリだったにゃ。旦那さんの料理癖は、イズモさんが関係してたりするのにゃ?」
「おーネコちゃん。それがなぁ、オレだけじゃないんだなこれが。実はコイツも青い頃があってよ──」
「おいやめろ、余計なことするのは大回転斬りだけにしとけ」
「え゛っ……よ、余計? いや、転ばしたけど……余計? ねぇあれ余計?」
「旦那さん、イズモさん大活躍だったから余計じゃないのにゃ! 親しき中にも礼儀あり……もっと優しく、にゃ!」
「うっ……わ、悪かったよ」
「あああっ! 君は本当に良い子だよイルルちゃん! ご褒美にお兄さんがもっふもふにしてあげるね!」
イルルに一喝されて、俺は大人しく肩を竦めた。どうしようもない気持ちを飲み込むように、レンゲで掬ったスープを一口飲み込んで気を静めようとする。するのだが───―。
そんな彼女の一言に感極まったのか。イズモは感激したように表情を咲かせ、イルルを宣言通りもふもふしようと立ち上がった。そして、両手をわきわきと動かしながら彼女に迫る。
これには黙っていられるだろうか?
「にゃっ……やめてっ……!」
答えはもちろん“否”である。こんな奴に俺の相棒を触らせるなど反吐が出る。
ということで迫るイズモの前に立ち塞がり、胸倉を掴んだ。今度は腹に拳など生温い。ブラキディオスだって驚くような、ヘッドバットだ。
「てめぇやっぱ死んでこいっ!」
「ぶっはっ!?」
「にゃっ、旦那さん!? イ、イズモさーんっ!」
~本日のレシピ~
『ドボルあんかけスープ』
・ドボルコブ ……160g
・ドボルトリュフ ……4個
・特産タケノコ ……5個
・ガーグァ卵 ……1/2個
・ガーグァもも肉 ……200g
何 な ん だ こ の オ チ
いやぁ……新キャラ出すと、何だかはっちゃけてしまいますね。という訳で新キャラ登場回でした。それも第1章最終話に密かに登場したユクモハンターさんその人です。あの頃はユクモ装備でしたが、今はそれなりの年月が経っているので彼の装備やステータスも変わっております。
イズモさん、黒髪長身の男性。シガレットよりは背が高く、表情も穏やか。朗らかでノリの良い性格が特徴です。太刀を担ぎエリアルスタイルで戦うお人です。ついでに装備はミツネSシリーズ。本当は彼が泡だらけになっているところをシガレットさんいツッコんでもらったり、ドボルの突進を鏡花の構えで斬り返すシーンを考えていたのですが……文字数の都合で泣く泣くカット(それでも長い)。今回、心残り多いですほんと。それこそ調理描写も丸々スキップとかね、期待していた方々には申し訳ないです。
第1章がひたすら味の開拓をする傍ら、第2章は毛の生えたようなストーリー性をつぎ込む所存です。これからもちょっとずつサブキャラやシガレットさんの背景に触れていくことになるでしょう……。よろしければ次回も是非。