モンハン飯   作:しばりんぐ

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 モチーフはとある温泉郷のあの味。今回マジ飯だけ。





味の八方美人

 

 

 付近に火山が存在するのであろうこの場所。地下には活動的なマグマが満ち溢れているであろうこの場所。温泉地特有の、鼻を突くようなこの香り――しかし臭いとかそういうものではなく、ただ優雅に、そして美しく。ここら一体を漂う空気は妙に澄んでおり、それがこの地特有の香りをより一層際立たせている。

 

 ユクモ村。一種の観光地ともなったその村に、俺たちが目指していた村に。長い長い旅路の果てに、やっと辿り着いたのだった。

 

 

 

 

「懐かしいな。何だ、全然変わってないじゃないか」

「にゃあ、嗅ぎ慣れない匂いだにゃあ……」

 

 雑草が控えめに顔を出している石垣。それが階段状に積み重ねられており、その段を彩るようにバルバレではまず見られない独特の意匠の門が待ち構えている。

 ガーグァが引く荒々しいネコタクに運ばれながら辿り着いたその道は、やはり観光街化が進んでいるのだろうか。集落の見所を幾つも提示したような旗が立ち並んでいる。

 

「……ちょっと現金な感じにもなった気がする」

「稼げてるんにゃね、きっと」

 

 その陳列した荒稼ぎの代理役に、俺は思わず溜息をついてしまう。自分の記憶の中のユクモ村はもっと上品で御淑やかな印象があったのだが。

 まぁ、当時は町の様子にも住民の態度にもまるで気に掛けなかったものだから、そんな記憶も信憑性に関しては頼りないかもしれない。あまり気にしない方向で良いだろう。

 

「取り敢えず、入ろうか。宿とかの手続きしなきゃだし」

「にゃんっ!」

「……おや、旅のお方かい? ユクモ村へようこそ!」

 

 そうして踏み出した俺たちに向けて、威勢の良い声が響く。見上げれば、この石垣の階段に腰かけながら、人の良さそうな笑顔を浮かべる男の姿があった。見た目まだ若い青年といったところで、この村らしい落ち着いた配色の衣服を着込んでいる。

 さながら門番だというように座りながらも腕を組んで、新たな来客の姿を見ては嬉しそうに頷く彼。間違いなくこの村の住人だろう。

 

「やぁどうも、俺たちはしがない旅行者だ。通っていいかい?」

「もちろん! この村は温泉もあるし飯も美味い! 楽しんでいってくれ!」

 

 満面の笑顔でそう鼓舞する彼に会釈しながら、キョロキョロと辺りを見回すイルルと共に石垣を越え、いよいよユクモ村へと入っていく。同時に目に入ってくる独特の建築模様。赤色を主体とした装飾が施された町並み。そして鍋に煮えられ、コトコトと揺れる卵のような何か。漂う硫黄のような香りも相まって、いよいよユクモ村へ来たと実感できる。

 

「聞いたかイルル、飯も美味いってよ」

「にゃ……旦那さんはそればっかりなんだから、もう」

 

 薄く漂う温泉の香りの中に、うっすらと嗅いだことのある香りが混じっている。数日前にドリンク売りを名乗っていたアイルーが手掛けたドリンク。あれと似たような匂いが混ざり込んでいるのだ。彼も品を無事に仕入れることが出来たらしく、今はここでドリンクの販売に精を出しているのだという。機会があればまた覗ってみるのもいいかもしれないな。

 そしてもう一つ。目の前の音を立てる卵の形をした模型のようなものからも、何だかいい香りが漂っている。温泉のような温かみのある匂いに乗せられているのだろうか。何とも不思議な香りだ。

 

「にゃあ、これって……」

「イルル、気付いたか? この卵みたいな奴から出てるよな」

「にゃ……卵の中に卵か、にゃ?」

 

 首を傾げるようにそう言うイルル。そんな彼女の言う通り、この卵の模型から漂っているのは確かに卵の香りだ。しかし、俺が今まで取り組んで来た調理法とは少し異なる香りを漂わせている。

 というよりは、調理する環境の違いからくる香りの違いだろうか?

 

「あぅあぅ! あんちゃんよ、それが気になるのかぇ?」

「ん、あぁ。まぁ……な」

 

 思わず模型の前で考察に耽っていた俺に、突然横から声が浴びせられた。熟した声帯特有の、少し空気を貯めたような声。それでもまだまだ活気のある、よく張った声。

 振り返ってみれば、そこには小柄な竜人の姿があった。白い髪と皺をよく肥やすその姿は、竜人としてもかなりの年月を経験してきたことが分かる。

 

「アンタは?」

「ワテはこの村の加工屋よぉ、あんちゃんらは……観光客といったとこかいのぅ?」

「にゃあ、そうですにゃ」

 

 人の良さそうに笑う彼は、少々甲高い声を上げながら左手で担いでいる大きな鎚を持ち直した。その様から、彼の言葉通り加工屋ということは一目瞭然だ。そんな彼の背後には燃え滾る釜を飲み込む店が悠然と構えられている。十中八九彼の店なのだろう。

 

「なぁおっちゃん、この卵は何なんだ?」

「これは……蒸し器みたいなもんかのぅ、温泉卵を作っとるんやぁ、あぅ!」

「にゃ? 温泉……卵?」

 

 聞き慣れない響きに、イルルは不思議そうに首を傾げた。温泉という言葉と卵という言葉。全く別の意味を指すそれらを組み合わせた独特の言葉に、聞いたことがない者は思わず聞き返してしまうのも仕方がないと言えるかもしれない。

 そんな彼女に対し、加工屋の老人は意気揚々と頷いて、その卵の模型の揺れる蓋を持ち上げた。

 

「ほぃ、これ見てみんさぃ。こいつらが温泉卵だよぅ」

「……にゃあ? ゆ、ゆで卵かにゃ……?」

 

 湧き上がる湯気と硫黄の香り。沸き立つ熱湯に浸かるように、コトコトと茹でられていたのは何の変哲もないただの卵だった。

 しかしお湯で茹でられたのか、温泉で茹でられたのか。一体どのような分量で調理されているのか、という違いはある。つまりこれらは一見ゆで卵のように見えても、決してただの茹でた卵ではない、ということだ。

 

「うーん、割ってみた方が早いんだけどなぁ。おっちゃんよ、これって貰っていいのか?」

「あぅあぅ! 折角だしなぁ、一個ずつ持って来なぁ!」

 

 納得がいかないとでも言わんばかりに尾を振るイルルに、是非ともこの卵の中身を見せてやりたい。そんな思いで加工屋の竜人にそう尋ねてみれば、彼は柔和な笑みを浮かべながら卵を一個取り出し、器に乗せて手渡してくれた。ご丁寧に、つゆも添えて。

 一方、受け取ったイルルはこれまた不可解は表情で鼻をひくつかせている。何故塩ではないのかとでも言わんばかりの、何とも微妙な表情だ。

 

「有り難うよ、おっちゃん。よしイルル、その辺のベンチ行くぞ」

「にゃ、にゃあ……」

 

 納得いかなさそうなイルルの手を引き、湧き出るお湯に揺れる奇妙なオブジェを目指す。加工屋付近に設置されているそれは、一種の休憩場としての役目も果たしているようで。さながら噴水とベンチを用意された公園のような造りとなっていた。

 沸き立つお湯と紅葉が織り成す風情豊かな景色の下で、ユクモの木を使って出来たであろうそのベンチに腰を降ろし温泉卵を食べる。中々に風流なシチュエーションじゃないか。

 

「さて、じゃあ割ってみようか」

「にゃあ、旦那さん……そんな割り方でいいのにゃ? 何だか生卵でも割るみたいにゃあ」

「うん。これでいいんだよ、これで」

 

 卵の腹を器の縁と合わせ、ある程度の力で数回打ち付ける。一番膨れ上がっている部分を何度も打たれ、卵の腹は徐々に割れながら(へこ)んでいった。それと同時に、罅割れる音を奏でていって。

 そうして漏れ始めたのは、水分を多く含んだもの特有の音。その音が響き始めたのなら、殻はもう破れたと言って良いだろう。では、それを半身ずつ裂くように両手を添えて。

 

「にゃ……? あれ? こ、これは……」

「あぁ、これが温泉卵だよ」

 

 そうして引き離されたその空間を埋めるように、一つの小さな塊が落ちた。

 白い膜に包まれた半固体のようなそれは、しっとりと器に寝そべってはその柔らかな身を震わせる。紅葉から漏れる光を浴びて。温泉から湧き立つ香りを帯びて。そうして輝くその卵はゆで卵にはない瑞々しさと、生卵にはない上品さを併せ持っていた。

 

「さて、じゃあこれにつゆもかけてっと……」

「にゃあ、不思議だにゃあ。茹で方次第でこんな風になるのにゃ?」

「茹で方だけじゃないぞ、ユクモ温泉だから味も格別なんだよこれが」

 

 イルルも俺のやり方を真似、自らの器に温泉卵をそっと落とした。その満月のように美しい円は、器の表面を緩やかに滑りながらその白を擦り付ける。

 そんな月を彩るようにつゆという秋雨を注げば、それは一つの秋の景色となるだろう。反射するようにつゆに映る紅葉の模様もまた美しい。

 

「さて、こうしてつゆに浸した卵はな……崩さずにつるんといただくのが良いぞ」

「にゃ、一口で食べるってことかにゃ?」

 

 少し自信なさげにそう尋ねるイルルに頷いて、俺は器の縁を口で咥えた。そうして伝ってくるつゆと白身を飲み干すように、そっと器そのものを傾ける。

 滑らかな表面はそのまま重力に従うように流れ始め、縁と唇を繋ぐようにゆっくり口内に潜り込んでくる。舌の上には柔らかな膜のような感触が横たわり、同時に風味良いつゆの香りも湧き上がってくる。

 

「にゃあ~っ」

 

 そんな俺の様子を見ては、イルルも決心したように器を持ち、一口にその卵を口の中に入れた。彼女の小さな口に丸々一個の卵が入り込み、同時にその身を弾けさせる。

 おそらく初めて体験したであろうその食感に、彼女は驚いたように眼を見開いた。そう、半凝固状態に留まった卵白。そして半熟にしてとろみを生かし続けている卵黄のその独特な食感に。

 

 先程まであの卵型蒸し器で茹でられていたこの卵は、まだ仄かな温もりを残していた。まるで親鳥に温められた卵のような、安心感溢れる豊かな温度。それが舌に伝わると同時に、その卵白の張りのある食感、そしてそれを包むように広がったつゆの、それも出汁の効いた味わいが広がってくる。魚介類系の出汁でも使っているのだろうか。

 この出汁の中でひっそりと佇む隠れた旨みに、俺は思わずそう邪推してしまう。この辺りには渓流と呼ばれる水源豊かな土地もあり、そこから獲れた川魚を使っているのかもしれない。

 そんな出汁と卵白に包まれた卵黄は、外界と関係を断つが如く空気に触れようとしてこなかった。ずっと卵白と殻の中に閉じこもり、外気を一切浴びず、その身をゆっくり熟させている。

 だが、その時間もとうとう終わりを迎える事となったのだ。俺の口の中で、俺の舌の上で。ゆっくり佇むその卵に向けて、下顎と上顎が動き出す。合わさるように当てがった俺の歯は、容易にその卵白を斬り裂いていく。

 

「……うん、うんうん。これこれ……!」

 

 そうして溢れ出た卵黄。ねっとりと、しっとりと。とろみと粘り気を混ぜ合わせたような、その食感がつゆと卵白で濡れた舌を上書きした。まるで塗り潰すように、覆い隠すように。

 卵白の薄い味とは、対極とも言える程主張の強い味。旨みと甘みを内包したその卵らしい味に、長々と熟すことに労力を費やしたであろう温泉特有の風味が混ぜ込まれている。口の中をとろとろと撫でるその味わいは、まさに味の芸術。紅葉に浮かぶ満月に勝るとも劣らない美しさ。

 

「……な? イルル。生卵ともゆで卵とも違う、面白い味だろ?」

「にゃあ、その二つを足して二で割ったような……そんな味にゃあ」

 

 口周りの毛を黄身で濡らしながら、感嘆するようにイルルはそう呟いた。どうやらその予想外の味に驚いたのか、器や卵の殻を見ては感嘆したように尾の先を軽く揺らしている。

 そんな彼女の姿に苦笑しながらも俺はハンカチを取り出して、そっと彼女の口周りに押し当てた。そうしてやっと口元が汚れていることに彼女は気付いたらしく、少し恥ずかしそうな鳴き声を上げる。

 

「……これでよし、気に入ったか? この卵」

「にゃ、にゃあ。 ……でもちょっとボクには熱くて、最初はよく分かんなかったにゃあ」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「あぅ? 猫舌にもいい温泉卵……かぇ?」

「あぁ。如何せん、あの卵はコイツには熱かったようでな」

 

 空になった器と空になった殻を先程の店に返した後、俺たちはもう一度先程の加工屋の老人に尋ねた。もう少し温い温泉卵はないものか、と。

 そんな突然の注文に彼はどうしたものかと顎を撫でながらも、困った客は放っておけないとでも言わんばかりに鎚を構え直す。そうして鎚を向かいの雑貨屋の方に向けながら、少し躊躇する仕草を見せつつも喉を震わせ始めた。

 

「あぅ、あの雑貨屋がなぁ。何やら開発中の新しい食を試してぇそうでなぁ。何だったら、行ってみるかぃ?」

「にゃ……まだ試作ってことかにゃ?」

「い、一体どんな奴なんだそれ!?」

 

 その妙に歯切れの悪い口振りにイルルは不思議そうに首を傾げ、一方の俺はというと『新しい食』と称された魅力的な単語に思わず脳を揺さぶられてしまう始末。

 新しい――それも開発中という。つまりまだ世に出回っていない味……言うなれば、未開の味という訳だ。何とも、興味の尽きない話題性を孕んでいるように感じるのも無理ないだろう。

 そんな俺たちの反応に加工屋の老人は少し苦笑いしつつも、まるで話を仕切り直すように指を立てた。まるで、交換条件でも提示するかのように。

 

「ワテは加工屋よぉ。何か作らしてくれたらこの話、教えてもいいでぇ?」

「……成程、ギブアンドテイクって訳ね」

 

 これ以上の情報には対価が付く。そう言い放った彼に俺は少し溜息を吐くものの、ある種の真理だと納得しながらポーチから『アレ』を取り出した。

 先日の海路で手に入れた乱入者の置き土産。

 落としてしまった剥ぎ取りナイフの代用にもなった、素晴らしい斬れ味を内包したもの。

 

「千刃竜の伐刀角。これを剥ぎ取りナイフに加工してくれないか? 言い値で払おうじゃないか」

 

 武器とくるか、防具とくるか。それとも装飾品だろうか。そう期待していたであろう彼の予想を斜め上に行くその注文に、彼の柔らかな細い眼は大きく見開かれた。

 まさかまさかの剥ぎ取りナイフ。それもわざわざモンスターの素材を贅沢に使ったものとは。そう言わんばかりに感嘆の声を漏らす彼だったが、彼の加工屋魂に火が付いたのか、口角を上げながら俺の目を見つめ返してくる。

 

「あぅあぅ! 任されたぃ、やっとくでぇ。……んじゃ、雑貨屋にこう言っときなぁ。――『温玉アイス』ってなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村は山間の谷を中心に栄えているために平地が少なく、町の構成も全体的に詰め寄ったものとなっている。そのため村の最奥――集会浴場前広場も、広場というにはやや狭いと感じる旅行客が多いようだ。

 だが、ここには昨今の観光客増加に伴って足湯場を新たに設置させたようで、住民や観光客の憩いの場ともなっている。

 

「さぁ、足湯に浸かりながら食べようじゃないか。この『温玉アイス』というものを」

「にゃあ。す、凄い組み合わせだにゃ……」

 

 そんな足湯場に腰かけながら、足をお湯へ投げ出す俺とイルル。

 足の皮膚を、毛穴を、節々を。包むように絡みつくしっとりとしたその温泉は、やはりただ沸かした風呂とは根底から異なっているようだ。肌触りは勿論、心地よさも段違いである。お湯自体にとろみのような感触が混じっており、温度も血流をよく促進させてくれそうだと思わせるくらいに高い。

 

「紅葉見て、足湯浸かって、アイス食う。何というか、独特だよな」

「……それを言うならアイスに温泉卵が乗ってるのも独特過ぎるにゃあ」

 

 そう。イルルの指摘の通り、現在雑貨屋で開発中である温玉アイスという代物は、何とポポミルクを使ったソフトクリームアイスに温泉卵が乗っているという革命的な品だったのだ。

 温泉卵にさえ目を瞑れば、見た目は透明なカップに入った特に変哲もないアイスである。底には輸入したのであろうチココーンのコーンフレークが散りばめられ、それを覆い隠すようにソフトクリームが広がっている。ゆったりとカップの中で横たわるバニラソフトはとても白く、滑らかそうな見た目と濁りない甘い香りが魅力的だ。

 とまぁ、ここまではいいのだが。何とその上にはあの温泉卵の姿がある。まるでバニラソフトという雲海の上に美しい満月が輝いているかのようだ。

 

「雑貨屋のおばちゃん曰く、卵を溶いてクリームに混ぜ込むのが良いらしいな。これなら熱くないし、イルルも食べやすいんじゃないか?」

「にゃ、そうだけど……。でもやっぱりこの組み合わせは謎すぎるにゃあ」

 

 今まで肉料理との組み合わせに多く使ってきたからだろうか。イルルはアイスという甘いものと卵を組み合わせることにまだ抵抗があるようだ。その料理を作ってきたのは主に俺なのだから、そうなった責任は俺にもあるわけだが、俺としては案外この組み合わせも別に悪くないと思う。

 

「イルル、考えてみなよ。ホットケーキとかの甘いもんだって卵使ってるんだぜ? そう考えたらこれだって全然アリだろ?」

「にゃ、でもあれは焼いてるし……。みぃ、食べたら一緒、かなぁ……?」

 

 配布されたスプーンでアイスを掬ったものの、まだ納得がいかず渋り続けるイルル。そんな彼女を横目に、俺は一口そのバニラアイスを口に含んでみた。

 取り敢えず、バニラ単体のお味をば。

 

 舌に乗ったそれは、口内の熱でさらりと溶けてしまう。それと同時に、内包していたであろうバニラの甘みを舌に向けて一気に拡散した。

 まるで拡散弾のように広がったそれはいとも簡単に俺の舌を包み込み、爽やかな甘みを浸透させ始める。するりと味覚を通り過ぎ、まるで残り香のように後腐れなく感じさせるような。

 そんな、すっきりとした甘さだ。

 

「さて、ではこれに卵を混ぜ込んで……っと」

 

 今度はスプーンを使ってその白を裂いた。張りも固さもあまり感じさせない柔らかな感触。それがスプーン越しに伝わったかと思えば、そこからまるで湧き出る源泉のように、黄身が顔を出し始める。濃く、深い黄色。口内では確認できなかったその色に、何とも鮮やかで美しいその色に。そんな風流な絵を前に、俺は思わず感嘆してしまう。

 生卵のようにありのままの黄身なのかと言われればそうではなく、あくまでも加工された食材である。そう主張するかのように、独特なとろみと明暗が醸し出されていた。その色合いが、何とも美しい。

 

「にゃあ。……これは綺麗だにゃあ……」

 

 白いソフトクリームに絡み付くように、濃い黄色がとろりと染み込んでいく。白と黄色のコントラストは、コーヒーにミルクが溶け込むように徐々にその境界線を曖昧にしていき、やがて白とも黄色とも言い難い奇妙な色へと仕上がった。同時にその感触もアイスのような軽やかものから、重厚感が妙に増えているようにも感じられる。黄身が溶け込んでいるからだろうか。

 

「さて、これならどうだ……?」

 

 そうしてとうとう混ぜ込まれた温玉アイス。イルルも感化されたように卵を混ぜ込み、アイスの甘い香りと温泉卵の濃厚な匂いを絡ませた。それをそっとスプーンで掬っては、その魅力的な色彩に瞳を輝かせる。

 

「いただきますにゃっ!」

「おぅ、いただきます」

 

 今度はそれを、そっと口の中で含んでみれば。

 まず待ち構えていたのは、卵の濃密な食感。そしてあの幾層にもなった奥深い味だ。今回はつゆこそないものの、このとろみと風味は温泉卵ありのままの味とも言えるだろう。

 そんな卵は今、つゆの代わりにポポミルクソフトに溶け込んでいる。そっと口の中で溶けるその甘みを、まるで卵が引き止めんと包み込んでいるようだ。

 するとどうなるか? アイスが簡単には溶けない。つまりそっと現れるはずのあの甘さが、卵のおかげでじっくりと舌に染み込むように現れる。あっさりとし過ぎてやや物足りなかったあの味を、より長く感じられるようになっていた。

 いや、それだけではない。助長されているのだ。アイスのその甘さが。卵の濃厚な風味が。卵の旨みがアイスの甘みと共に混ざり合うことで、より風味豊かに味の層を深めている。

 

「……にゃあぁん、これは美味しいにゃあ。冷たくて食べやすいし、甘くて卵も美味しくて……最高にゃあ!」

「うんうん、コーンフレークもいいぞ。カリカリとした食感に卵のとろみがついて口に優しい」

 

 噛むと細かく崩れていくのが普段のコーンフレークだが、卵のしっとりとしたとろみに浸されることでその食感は崩れ、そっとクリームに溶け込むような――そんな食感へと形を変えている。

 それはコーンフレークの良さを潰してしまうのではとも思うが、むしろコーン本来の甘さが卵によって触発されたように染み出し始め、どこか懐かしい甘みを創り出しているようでもあった。

 

「うん、温玉アイス……いいじゃないか。この組み合わせは大正解だ」

「にゃあ、美味しいにゃあ……。ネコにも嬉しい一品だにゃ」

 

 イルルは大層このアイスが気に入ったようで、満面の笑みで咀嚼し続けている。 

 元々、猫舌の彼女が食べやすい温泉卵を求めて加工屋の老人に話を聞いたのだ。特性剥ぎ取りナイフのためにそこそこ良い値段を持ってかれたが、イルルのこんな笑顔が見られたなら、その甲斐あったというものだろう。

 

「卵って八方美人だよな。どんな食材にも同調出来るし」

「にゃ、ちょっと棘のある言い方にゃあ……言いたいことは分かるけど」

「八方美人って言葉はさ、何処から見ても欠点のない人って意味から転じたって説もあるんだ。卵はその点では通ずるよな、我らが卵に欠点はないのだから」

 

 肉料理にも。汁物にも。麺にも、ご飯にも。そして、アイスにも。卵というのはどんな料理にも合うのではないだろうか。そう思うほど、卵の順応性は高い。

 そしてその新たな順応の道を切り開いたこの村には是非恩恵に与りたいものだ。ならば、早めに手を打つべきかもしれない。

 

「ふむ……組織に伝えるか。ユクモ支部を作るべきだって」

「みぃ、チコ村に連絡しとくにゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

『本日のレシピ』

 

~温玉アイス~

 

・ユクモ温泉卵    ……1個

・ポポミルクソフト  ……90g

・チココーンフレーク ……20g

 

 






後日、ユクモ村に突然謎のアイルー達が訪れたそうな。


さてさて、第2章4話です。今回は前回とは一転して戦闘要素皆無のただ観光してご飯食べるだけの回となってしまいました……。期待していた方々、申し訳ない。いやね、やっと到着したんだし、まず観光しなきゃなぁって。その癖観光といってもただ卵食ってるだけなんですがw そしてモンハン飯全体で見ても卵回はこれで3回目です。やはりシガレットが例の組織に属しているため結果的に卵に注目してしまうのだなぁ、なんて犇々と感じております。
さて、描写……というより例の温玉アイスなのですが、あれ実際に存在するんですよね。とある温泉郷にあるのですが……知ってる方はいるのだろうか。ユクモ行くならやっておきたいと常々思ってまして……。普通に美味しいので、良かったらググってみてください。別に再現は簡単ですし、お勧めですよ~。美味しいですよ~。

ではでは! 次回はちゃんと狩りもします!

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