モンハン飯   作:しばりんぐ

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わんわんお!





狩人遠征録 ~Cigarette`s true face~
月に叢雲花に風呂


 

 

 水分が枯渇した世界。乾いた大気に舞い上がる粒砂は擦れ合い、より一層閑散とした世界を彩っていく。

 潤いを完全に失った大地は大きく罅割れ、この乾き切った世界の過酷さを主張しているかのようだ。そんな大地を、大気を、流砂を。甲高い声を上げながら泳ぐ魚竜種と、怒号を上げる人間、そしてネコの鳴き声が震わせていた。

 

 

 

 

 

「さぁ大人しくしろ!」

「や、やめろニャ! 近付くニャ!」

 

 旧砂漠の一角。砂漠と割れた大地が混ざりかけた様なこの場所で、俺は左手のボーンククリを振り抜いた。

 一度も強化をしていない、レア度も性能も最底辺のそれ。そんなボーンククリが弾き飛ばしたのは、原始的な装飾がなされた木の棒。狩場で見かけるネコたちが持っているような、シンプルなもの。

 

「そうもいかない、このままもふもふしてやる!」

「ミャア! や、やめっ――」

 

 そうして無防備にされた、目の前の黒い獣人――俗に言うメラルーは、迫り来る俺に対して怯えたように、ジリジリと後ずさる。が、そんなことをしても当然逃げ切れる訳もなく、伸ばした腕に絡み取られた。そして抵抗することも敵わず、今に至る、という訳だ。

 何もわざわざメラルーを襲うことが今回の目的ではない。用があるのは、このメラルーが持っているポーチなのだ。しかし、ネコから痛めつけて奪うというのは俺のポリシーに反する。ならば、俺らしい他の方法を取るのが良いだろう、要は懲らしめれば良い訳なのだから。

 

「フニャ、ニャアぁ……う、うぅ……ニャア……」

「ほれほれ、ここが良いんだろ?」

「ニャ、ニャア!?」

 

 くすぐるように忙しなくこのネコの腹を掻き回してみれば、メラルーは驚いたような声を上げる。しかしその表情は満更でもないようで、身を捩りながらも少し恍惚そうな声を漏らした。

 少しの間、目を細め、幸せそうにもたれ掛かってくる――。

 

「……はっ、やめ、やめるニャア!」

「ん、おっと」

 

 猛烈な勢いと羞恥心に任せ、焦ったように身をくねらせたメラルー。そのネコ特有の柔軟さと何処にしまっていたのか分からない腕力で無理矢理俺の腕から抜け出たコイツは、荒い息で肩を揺らしながらも俺を睨みつける。茶色の大きな瞳に力を込めながらも、どう罵倒すればいいか分からないようで。力なく顎を震わせるものの、響かせることはなかった。

 そうして居た(たま)れなくなったように、メラルーは両手の爪で砂を掻き分け始める。懸命に両手を振るうその姿は、どこか悔しさや名残惜しさを孕んでいるようにも見えたのは気のせいだろうか。

 

「気ぃ付けて帰れよ~」

「……おっ……覚えてろニャッ!」

 

 最後にそう捨て台詞を残し、頭を砂の中に突っ込ませる。そうして懸命に体を砂に吸い込ませ、短い尻尾も全て埋めてしまった。余程焦っていたのか、腰に巻いていたポーチも落としてしまう勢いで。

 照り付ける太陽光を反射するように光るそれを拾い上げてみれば、そこには小物や化粧品など一般人が好みそうな道具が乱雑に詰め込まれているポーチの姿が一つ。『彼』の言っていた秘密のポーチだった。

 

「よし、これで十個目だ。さぁキャンプに帰ろうか」

「……旦那さん、本当にぶれないにゃ」

 

 俺から数メートル空けたところで、事の成り行きを黙って見守っていた俺のオトモアイルー、イルルは呆れたように溜息をついた。

 今回の依頼は秘密のポーチを十個集めてくること。メラルーに盗まれたアイテムを回収するために、この旧砂漠に散らばった彼らから荷物を取り戻すのが俺の仕事だ。しかし当然メラルーを痛めつけて奪うなど俺がする訳がない。ではどうするか? 

 

「まさか全てのメラルーを撫で回してポーチを奪うなんて……前代未聞だにゃ」

「いいじゃないか、平和的な方法だろ?」

 

 メラルーも痛い思いをせず、俺は安全にポーチを回収することが出来る。両者有益、至って平和的な解決法だ。

 それだというのに、イルルは少し不服そうな表情を崩さない。心なしか俺を見る視線もやや冷ややかだ。まるで、不倫をした旦那でも見るかのような。

 

「大体何でそんなにネコをあやすのが上手いのにゃ……。謎にゃあ」

「んー? ……慣れてるから、とでも言っておこう」

 

 呆れたように。困ったように。行き場のない思いを吐き出すようにそう呟いたイルルの言葉。それを適当に流しながら、俺は拾い上げたメラルーのポーチを自身のポーチの中にしまい込んだ。ポーチにポーチを入れるとは、これ如何に。

 まぁ、これで依頼は完了目前だ。あとはこの秘密のポーチたちを納品ボックスに収めればいいだけのこと。

 

「さ、行くぞイルル」

「にゃー……」

 

 であれば、意気揚々とベースキャンプに戻ればいい。それでメインターゲットは達成され、無事クエストクリアだ。

 それで終着のはずなのだが、どうもイルルの機嫌が悪いようで。尾をくねくねと揺らし、俺の促しに対する返事も不機嫌さを全面に押したような声だった。

 足取りも少し乱雑で、俺の後ろを歩く彼女は地面を覆う砂を鬱陶しそうに蹴り上げている。一体どうしたというのだろうか。

 

「イルル? 一体どうしたんだ?」

「……別に……。何でもないにゃ」

 

 しかし問い掛けてみても返事はやたらと簡素。素っ気ない声しか返ってこない。俺とも目を合わせようとせず、顔を背けてしまう。まるで倦怠期に突入した夫婦の中に漂っているような空気が、何故かこの旧砂漠の端に漂っていた。

 どうして急に機嫌を悪くしたのだろう? 俺がこのクエストを受注したから? 旧砂漠という環境が気に入らないから? 相手がメラルーだから? 俺がメラルーを好き放題したから――?

 

「……あ。イルル、お前もしかして……妬いてんの?」

 

 そう問い掛けた瞬間、ピクリと彼女の肩が震えた。同時に足取りも不安定な動きへと変わる。動揺を堪え切れなくなったように震わした体は、彼女の平衡バランスを奪い去るように。そのまま、重力のままに地へと押し倒そうとした。

 そう、まるで糸が切れた人形の如く。

 

「……おっと」

「にゃ、ふにゃあ……」

 

 そんな倒れかける彼女を優しく受け止める。倒れかけるその小さな体を両腕で掬い上げたために、両腕の中に収まった彼女の顔と俺の顔がものの数cmという距離に迫った。

 大きく見開かれた彼女の青い瞳に、俺の不思議そうな顔が映り込むほどの距離の近さ。その突然の事態に、イルルは先程までの態度とは一変。焦りと動揺を最大限に含んだ表情で口元を引き攣らせた。

 

「大丈夫か? ……図星みたいだな。もふもふされたいんだろ?」

「にゃっ、ち、違う……っにゃあっ! ボ、ボクはそんな……っ! ……にゃ、にゃあぁ~~……」

 

 そんなこんなで、旧砂漠には新たなネコの鳴き声が響き渡ることとなり――。

 俺が回収したこのポーチが『彼』の手元に戻るのには、もう少し時間が掛かりそうだ。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「ただいま戻ったぞ。ニャン次郎、これでいいか?」

「ニャニャ! 旦那ァ、助かったでさァ。おかげで全部回収できたでやすニャ」

 

 所変わってバルバレ集会所。無事納品を終えた俺は、旧砂漠からバルバレへの長い旅路を終え、ようやくこの集会所に戻ってきたのだった。そんな集会所の広間でキョロキョロと辺りを見回す風来坊風のメラルー、『転がしニャン次郎』は、俺を見つけるや否や嬉しそうに飛び跳ねた。

 そう、彼こそ今回の依頼人。散らばった荷物を回収するために俺に依頼した、運搬業を営むネコだ。

 

「しかしまぁ相変わらず手癖の悪いネコたちだったな。……おっと悪い、別にメラルーを悪く言うつもりはないんだが」

「いやいや、世間一般のメラルーどもの評価はそんなもん。気にしなくて良いですニャ」

 

 バサッと首に巻いたマントを仰がせながら、ニャン次郎は静かにそう呟いた。彼は数少ない、人間社会に溶け込んだメラルーだ。基本的にメラルーというのは好奇心が有り余るほど旺盛で、同時に気になったものは掠め取ってでも奪おうとする習性をもつ。そのため、アイルーに比べるとどうしても信用されにくいのだ。

 ニャン次郎はそれを理解しながらも、心の何処かで憂いを感じているらしい。ぶちまけてしまった運搬中の荷物を根こそぎメラルーに奪い取られるという、このような事態になればそう思うのも仕方がないだろうが。

 

「……ま、とにかく。これで仕事は再開できそうか?」

「ええ、おかげさんで。……と言いてぇところですがねェ……」

「にゃ? まだ何か……後ろのアイルー……誰にゃ?」

 

 どうも歯切れの悪い返答で口籠るニャン次郎に、イルルは少し不信そうに首を傾げる。

 だが、詰問しようと開いた口は、彼女の視界に映ったもう一匹のネコの影に阻まれた。様子を窺うようにニャン次郎の後ろから事の成り行きを見守っていたアイルー。ねじり鉢巻きを頭に巻いた、どこか威勢の良さそうなアイルーだった。

 

「ん……? お前は……?」

「おぉ旦那! 聞いてくだせぇ聞いてくだせぇ!」

「にゃ……何か元気の良さそうなアイルーだにゃ……」

 

 目線が合うや否や、このアイルーは滑舌の良い、よく響く声を上げる。まるで板前や大将を思わせる威勢のいい声に、イルルは思わず体を震わせた。ピクリと、雪の様に白い毛並みを(なび)かせる。

 一方の俺はこの突然の接触に思わず顔を(しか)めるが、それに気付いたこのアイルーはおもむろに自己紹介をし始めた。『ユクモ村のしがないドリンク売り』、それが彼の名乗りだった。

 

「こちらのニャン次郎の旦那から評判のハンターさんがいると聞いてやってきやした! 何でもネコ助けに魂を注いでるのだとか!」

「……ちょっと話が盛られてる気がするが。まぁいいや、ニャン次郎の紹介か?」

「いやぁ、コイツが困って困ってどうしようもないとのことでさァ。ここは旦那の出番しかない、ってわけでやすニャ、ええ」

「……またユクモ村絡みかにゃあ……?」

 

 若干たじろいでいるイルルとは対照的な、元気も図々しさも人一倍なドリンク売りのアイルー。経緯は兎も角、俺を頼りにわざわざこのバルバレまで訪れたという。ここは期待に応えて依頼を聞くというのが筋というものだろう。

 そんなドリンク売りの彼が語る事情とは、一体どのようなものなのだろうか。彼は荒げる声に一休みを置いてから、舌顎を上下させ始めた。

 

「実はね、ユクモ村が現在観光客が爆発ユクモ的に増えてましてね! ドリンクの材料が追い付いてないんでござんす。このままじゃお客さん方に迷惑かけちまう!」

「お? ドリンク? それってどんな奴なんだ?」

「よくぞ聞いてくれやした! 温泉といえばドリンク! ドリンクといえば温泉! ドリンク無しの温泉なんざ、ただの熱い水でさァ!」

「……つまり、温泉に入りながら飲む、美味しい飲み物のことでやんすよ、旦那」

 

 気を落ち着かせたはずが、ドリンクを語るに再び熱を入れ始めるドリンク売り。熱く語るあまり俺の質問に対する回答は発せられなかったが、横で聞いていたニャン次郎が呆れながら補足してくれた。

 つまり、彼の言葉を意訳すれば、そのドリンクとは温泉のお供として欠かせないものらしい。ユクモ的には、紅葉の下で温泉に浸かりながら飲むドリンクが最高のひと時なのだとか。

 熱く、それでいてサラサラとした上質な湯に全身を包ませながら。夜空に浮かぶ満月とそれを彩る紅葉を楽しみながら。そこで飲むドリンクは言い様のない幸福感を与えてくれるのだと、かつてのユクモ村在住の友人は熱く語っていた。 

 

「……ふむ、面白そうだな。分かった、受けようその依頼」

「おぉ! 流石は旦那、男前でやんすな!」

「にゃ……やっぱりそうなるのにゃあ……」

 

 まさに美味との遭遇。ネコとネコの諍いに首を突っ込んだら思わぬ味に巡り合えたものだ。彼が作るドリンクとは一体どのような味なのか。友が言っていた楽しみ方は俺にどんな刺激を与えてくれるのか。俄然興味が湧いてきた。

 どうしようもなさそうに溜息をつくイルルと、満面の笑みを浮かべながら肉球で拍手をこなすドリンク売り。そんな彼から依頼書を受け取ると、そこには今回のメインターゲットが記入されていた。その依頼書を飾っていたのは、流石の俺も予想外だったそのモンスター。

 

「えっと……え? コイツを狩ればいいのか?」

「いや、正確にはコイツに取り付いているアレでやす、アレ。その名も――――」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「ウオオオオォォォォンッ!!」

「おっと危ねぇ!」

 

 まるで狼の遠吠えのような怒号と共に、俺に大きな影が差し掛かる。巨大な手の形をしたそれは、木漏れ日を大きく享受しながら。跳ね上げた水滴を振り撒きながら。一心に俺を叩き潰そうと、強烈な速度で大地を打ち付けた。そのあまりある勢いに、エリアを覆う水も盛大に跳ね上げる。

 舞い上がる大量の(しずく)と、それに紛れて大きく回り込む俺。全身を込めて前脚を振り下ろしたその隙を突くように、俺は回り込みつつ手にしたフロストエッジで奴の後ろ脚を斬り付けた。

 

「旦那さん、気を付けてにゃ!」

「分かってる、大丈夫だ!」

 

 躱されたことにすぐさま気付いた奴は、振り向くように俺を睨みながら――今度はその四肢全てに力を込める。そうして力任せに俺を振り払おうと、凄まじい勢いで大地を蹴った。流石は無双の狩人、その通り名は伊達じゃない。

 突進に持ち込んだその巨体は、群がるハンターを弾き飛ばすのも目に見えるような速度だ。だが、如何に強力な技であろうと、当たらなければどうということはない。

 

「よっと!」

 

 ギリギリまで迫ったそれを、俺は身を翻して躱す。同時に吹き飛ばされた大量の水滴が、まるで雨のようにこの原生林の一帯に降り注いだ。

 俺もアイツもそんなことにはお構いなしに、再び向かい合うように対峙する。その大きく発達した前脚で滑る体を地に縫い付けつつ、俺に振り返るその姿。その様は、俺と奴のどちらが狩る者なのか、分からなくさせてくれる。

 

「まずいにゃ旦那さん! 充電を始める気だにゃ!」

「分かってる! 目を塞げよ!」

 

 俺と向かい合いながら唸り声を上げる奴――無双の狩人、ジンオウガ。その体が唸り声と共に青く発光し始め、同時にあたりから青い粒が吸い込まれるように集まっていく。いや、あれは粒ではない。

 今回俺が持ち帰らなければならないもの。

 ドリンク売りがドリンクを作るために欲しているもの。

 そう、雷光虫だ。

 

「こいつを――」

 

 ジンオウガは、雷光虫と共生関係を持つ風変わりなモンスターである。この場合、ジンオウガが自らを活性化させるため、より多くの電力を得るために、周囲の雷光虫を掻き集めているのだ。

 そして、それこそが今回の標的。ジンオウガに寄生し、自らを活性化させた『超電雷光虫』。かのドリンクの材料となるというそれが、今俺の目の前に集まっている。

 

「食らいなッ!」

「ガウァッ!?」

 

 そんなジンオウガだが、一定以上雷光虫を集めている最中はほぼ隙だらけと言っていい。雷光虫を集めることに集中し過ぎるあまり、本来躱せるものも躱せなくなってしまうのだ。

 そんな奴は閃光玉の恰好の的。目が眩むあまり、隙を晒してまで雷光虫を集める行為を中断してしまうその様は、どこか皮肉めいているようにも見える。

 

「突撃にゃーっ!」

「うおっと、無理すんなよ!」

 

 刃薬を取り出して剣を強化しようとした矢先、俺の横を白と黒の影が駆け抜けた。(なび)かせる雪のように白い毛や、黒い装飾と青く透き通った光を放つ角が彩るその影。手にした武器を振り回しながら果敢にジンオウガに突っ込むその姿は、この狩猟場にはどこか不釣り合いな可憐さも同時に孕んでいる。

 察しの通り、その影の正体はオトモアイルーのイルル。しかし、今までのマフモフSネコ装備ではない。以前狩ったキリン亜種の素材を用いたキリンUネコシリーズだ。

 

「にゃ、にゃにゃっ!」

「グルルゥ……!」

 

 懸命に武器を振り回すイルルに、視界を遮られながらも振り払おうとジンオウガはその体を無理矢理一回転させた。遠心力も相まって強烈な勢いを生み出したその回転に、イルルは巻き込まれ吹き飛ばされる。

 思わず悲鳴を上げそうになるその瞬間。だが、その心配は杞憂だった。軽い体が宙を舞うものの、彼女は平然と着地をこなしたのだ。

 

「大丈夫か!?」

「全然問題ないにゃ!」

 

 やはりと言うべきか、今までの装備とは段違いの性能を誇るキリンUネコシリーズ。キリンの上皮を思わせるその圧倒的な防御力は、装備となっても失われていない。彼女へのプレゼントとしてあの装備を贈ってみたが、どうやら予想以上の功を奏しているようだ。

 一方、何とか視力を取り戻したジンオウガは、目に見えて不機嫌そうに唸る。唸りつつ、その鋭い瞳で俺を睨んだ。そうして、犬歯を露わにしたその口で酸素を吸い、背中の光を強めながら身を屈ませる。

 

「……ッ! 何か来る!」

 

 そう思ったが早いか。屈んだ体を大きく振ったジンオウガの背中から、青く輝く球体が緩やかに飛び出した。

 大気を滑るように走るそれは、まるで意思を持っているかのように弧を描く。その奇妙な加速がさらに続き、いよいよ俺の視界を埋めるほどに迫った。原生林の青い水を塗り潰すような、光る青。電気が意思をもったような、青い光――――。

 

「っと! やべっ!」

 

 咄嗟に振り上げた右腕。そこに装着された氷を固めたような盾が、その光弾を危うげながらも弾き飛ばす。盾に遮られた光は、衝突の瞬間、まるで統制を失ったかのように四散した。一つの塊だったはずのそれは、いくつもの粒子となって散り散りになっていく。

 いや、粒子ではない。この一つ一つがまるで意思を持つかのように大気に溶け込んでいる。つまり、これは。

 

「雷光虫……? 今のも雷光虫か。つーことは……」

 

 淡い期待を胸に右手の盾を見やれば、そこにはまだ数匹が盾に付着していた。

 氷の盾の上を動揺するように這っているそれらは、そこらの雷光虫と何ら変わりのない普通の雷光虫のようだ。今回必要なのは活性化された超電雷光虫。この雷光虫では少々物足りない。

 

「どうやら放出されたらある程度の力を失うようだな。こいつらを持って帰ったところで意味なし、か」

「旦那さん、大丈夫かにゃ!?」

 

 盾の虫を振り払い、刃薬で光るフロストエッジで風を鳴らす。懸命にジンオウガを引き付けようとしているイルルが、俺の様子を心配してか声を掛けてきた。

 そんな彼女を鬱陶しそうに見ていたジンオウガだが、再び俺が近付いてくるのを見るや否や、警戒するように唸り声を上げる。そうして、今度こそ俺を轢き殺そうと、再び両前脚後脚で大地を蹴り飛ばした。

 瞬間、大量の水飛沫が舞い、ジンオウガの体が俺の視界を一瞬で圧迫する。このまま弾き飛ばされてしまいそうなその勢い。勝負の行く末を簡単に決めてしまうその威力。

 だが、それを攻撃に転じてしまえば、どうということはない。

 

「遅いッ!」

 

 バックステップ。

 ただのバックステップが、ジンオウガのタックルを空を斬らせた。着地と着水が同時に起こり、再び原生林に雨が舞う。その中で、雨と共に躍り出た一筋の斬撃がジンオウガの胴を斬り上げ、同時に上から斬り下ろした。

 

「グオォッ!?」

 

 何のことはない、回避の勢いを利用したジャンプ斬りと斬り下ろしの二連撃。だがそれがジンオウガの平衡感覚を器用に打ち抜き、結果奴は転ぶように怯んだのだった。

 そうなればもうこちらのものだ。大きく隙を晒したその背中。その背中に向けて、俺は大きく跳躍する。

 

「流石だにゃ旦那さん! 頑張ってにゃ!」

「おう、任せろ!」

 

 加速によって急激に流れる視界の端で、俺を鼓舞するように武器を振るうイルルの姿が走った。同時に気流が耳を渦巻く音と共に彼女の声援も届く。

 そんなオトモの期待も込めるように、雷狼竜の背中に飛び乗った俺は、その白と青の堅殻を削るように剥ぎ取りナイフを突き立てた。火花が散るほどに電流が溢れるその背中は、人間が乗り込むには些か過酷の様にも思えるが、ここは時間との勝負。

 俺がジンオウガを怯ませるのが先か、ジンオウガが俺を振り落とすのが先か。

 

「――クウゥゥンッ!?」

 

 勝ったのは、俺だ。勢いよく、執拗に。同じ部位を何度も何度もナイフで削った結果、とうとう耐え切れなくなったかのようにジンオウガは大きく体勢を崩した。

 痛みを放出しようとするが如く、全身を転がす狼。露わになる、その背中。

 

「背中がガラ空きだ! それチャンスチャンス!」

「いたにゃ! 雷光虫だにゃ!」

 

 転げ回り、露わになったその背中。幾つもの青い粒子が付着したように見えるそれは、背中を覆う体毛に隠れつつも、完全に隠れ切れてはいないらしく。

 つまり――本来ジンオウガに隠れている筈の超電雷光虫が、取ってくださいと言わんばかりに俺の目の前で曝け出されたのだった。

 

「ほれほれ獲れ獲れ!」

「にゃにゃ! 逃がさないにゃーっ!」

 

 突然外気に晒された超電雷光虫は、目前に迫った捕食者たちを前にその身を電流で焦がす。懸命に身を守ろうと、俺たちを退けようと輝くものの、所詮は無駄な足掻き。

 ドリンク売りが支給してくれたこのボロ虫あみは、彼らの抵抗虚しくもあっさりと雷光虫を吸い込んだ。

 

「よっしゃ! 獲れた獲れた!」

「一、二、三、四……。やったにゃ! 依頼達成にゃ!」

 

 俺とイルルが振るった虫あみの中には計五匹の超電雷光虫が収まっていた。ドリンク売りが要求していた虫の必要個数は三匹。あとはこいつらをベースキャンプの納品ボックスに収めれば、クエストは無事完了だ。

 一方でようやく体勢を立て直したのか、ジンオウガは荒い息と共にその身を転げ起こした。そうして憎々し気に俺とイルルを睨みつけるのだが――。

 

「んじゃあなジンオウガ! 達者に暮らせよ!」

 

 そんな奴の視界に映り込んだのは、ハンターが地面に謎の玉を投げつける光景と、そこから湧き上がる緑色の奇妙な煙だけだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「さぁ旦那、出来たですぜぇ。是非ご賞味してくんせぇ!」

「お、きたきた。それじゃいただこうかな」

「……見た目は思ったより普通だにゃ」

 

 夜も更けてきたバルバレ。

 その町並みは、今宵も変わらない満点の星空と空に浮かぶ上弦の月に彩られていた。漂う大砂漠の空気は少し肌寒いが、今俺が身を浸しているものはそんな冷えた大気から俺を守ってくれている。

 バルバレの大通り。その隅で静かに佇む、とある事情でバルバレに残された我らの団の料理長のキッチンには一人の人間と、二匹のネコの姿があった。

 

「しかし料理長も粋なことしてくれるねぇ。まさかこの大鍋を風呂代わりに貸してくれるとは」

「……まぁ、洗って返せという条件付きだけど、にゃ」

 

 そう、今俺が身を浸しているのは鍋風呂。残念ながらただ水を熱しただけの──それも鍋で──風呂だが、空に浮かぶ美しい夜空を楽しむことは可能だ。そんな条件の下、ドリンク売りの彼は俺へのお礼としてドリンクをご馳走してくれるという。

 そうして彼が俺の下へ届けてくれたドリンク。製法は企業秘密ということで隠し味に超電雷光虫が使われていることしか分からなかったが、そのドリンク自体は薄い黄色で輝く、ごく一般的なドリンクのようにも見えた。しかし中には細かい気泡が幾つも浮いており、その見た目はラムネのような炭酸飲料のようでもある。

 

「んじゃ、あの月に乾杯と洒落込もう」

「……キザっぽいにゃ」

「乾杯ニャ! さぁさぁいただいて! グイッといっちゃって!」

 

 やたら熱く鼓舞するドリンク売りに苦笑いを浮かべながらも、俺はそっと彼が渡してくれたビンに口を付けた。ガラスでできたそれは、冷やかに俺の唇に触れるが、その温度差を埋めるように、そっとビンから液体が流れ込む。

 味わいとしてはレモン風味の飲料といったところか。ほどよい酸味と、ほんのり口内に広がる甘さがそう感じさせた。まるで麗水を滴らせる滝のように緩やかに流れ込んできたそれは粘り気もほとんどなく、あっさりとしたのどごしが魅力的だ。口内を洗い流すように弾ける炭酸が、静かな刺激を孕んでいるようにも感じられる。舌をそっと撫でる優しい甘さと、少し喉奥を覆うような苦味。そして柑橘類特有の爽やかな酸味が、口内から喉へ流れ落ちる麗水を彩っていた。

 超電雷光虫は一体どのような要素だったのだろうか。虫らしい味は一切感じられず、ドリンクらしいさっぱりとした風味だけがただただ口内に残っている。もう少し強いクセがあるのかとかと思ったが――。

 

「旦那、もしや雷光虫を探してやすかァ? ご安心を! 雷光虫は隠し味! そう口に残るものではないですぜぇ」

「ん、おぉ。確かに言われてもなかなか気付けないな、これは。まさに隠し味だ」

「ちょっと残ってる苦味がそれかにゃあ……?」

 

 ドリンク売りの言う通り、確信をもってこれが超電雷光虫の味と言える結果とはならなかった。一体どのような製法でここまで味の精度が高いドリンクを作ることが出来るのか、俺には想像もつかない。彼のプロとしての技量を垣間見たような気がする。

 見上げれば、満点の星空。淡く輝く半月。生憎今宵は満月ではなかったが、上弦の月というのも中々風流だろう。少し肌寒い風は反って風呂の温かさを助長させ、より風呂とドリンクの濃い関係性を強くする。ただの風呂でさえこれなのだ、本場の美しさはこれとどれほどの差があるのだろうか?

 

「……こりゃあ爆発ユクモ的に人気が出るわけだ。納得するよ」

「にゃあ、ボクも温泉ってやつに入ってみたいにゃあ。ただのお湯じゃないんだにゃ?」

「えぇそりゃあもう! 肌に良し健康に良し、素晴らしい名湯が待ってますぜ!」

 

 ドリンクの滑らかなのどごしに思わず吐息が漏れた。美しい夜空を見ながら、風呂に身を浸しながら一杯。何と風流なことか。

 近年、爆発ユクモ的に観光客が増えた結果、大海原を運行するユクモ村行きの客船なども用意され始めたそうだ。その話を聞いた時こそ何のことやらと一蹴したものだが、こうもドリンクと風呂の良さを思い知らされては考え直す必要がありそうだな。

 それどころか、俺自身もユクモ村に少し興味を抱き始めた。数年前に何度か訪れたきり、食材以外の情報を一切取り入れなかったユクモ村。今は一体どのようになっているのか? 村はどのように発展しているのだろうか? 郷土料理や懐石料理は、一体どんな風になっているのだろう。

 

「……よし、決めた。イルル、俺たちもユクモ村に観光に行こう」

 

 

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『ユクモドリンク』

 

☆ドリンク売りアイルーの頑なな拒否により、今回のレシピは非公開である。

 

 

 






タイトルには特に意味は込めておりません、ノリですノリ。


まぁそれはともかく、新章の始まりです。題材は察しの通りエピソードクエスト第一弾。湯煙り繁盛記の一部ですね。コノハさんは登場ならず、多分ユクモ村でタボウノキワミなんでしょう……。
はい、皆まで言わなくとも分かっております。更新が……ね、随分間空いてしまってね。前話から1ヶ月以上空けてしまいましたとさ。もう、何て言うか明らかに文章力落ちたなっていうのが書いてる度に感じさせられて……辛かったです(泣)
免罪符にするつもりはありませんが、1月2月のスケジュールが中々過酷でして……。まとまった執筆時間を設ける事が出来ませんでした。ましてやモンハン飯は1話あたり10000字を超すという割とこってりした仕様ですしなおさら、ね。でもこれでも結構削ってるんですよね、本当はもっと詰めたい内容があったりするんですが、長くなり過ぎてバランスが悪くなるので泣く泣くカット、と……。動画の尺とかじゃないけど、内容の編集って難しい。そう感じるしばーるでした。
これからは随分とゆとりある生活を3月中までは営む事が出来そうなので、そこそこの更新頻度となると思われます。それでは、次回のメニューで会いましょう!

さて、何故突然ドンドルマではなくユクモ村になったのか、それは次話で明かしますので、しばしお待ちを。


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