モンハン飯   作:しばりんぐ

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 随分久しい彼女の再登場。あとブシドー双剣強すぎて引いてる。





幻を喰らうもの

 

 

 毎度の如く人に溢れ、人に満たされるバルバレ。

 その街を大きく飾る、バルバレギルドの本部。我々が集会所と呼ぶこの場所も、本日もハンターという人種によって溢れ返っていた。さながら大量発生した飛甲虫(ブナハブラ)のように。ボスに統制された狗竜(ジャギィ)の群れのように。

 そんな騒がしいこの集会所内で、重厚な音を立てる巨大な球体を背にした小柄な老人――つまりこのギルドの長、ギルドマスターと顔を向かい合わせながら俺はエビをつまんでいた。

 

「シグ君、災難だったね。アレに遭遇することとなるとは……」

「ん? あのリオレウスのことか?」

 

 噛み応え抜群の、それでいて繊維を(ほど)いていくような繊細な味の女帝エビ。

 海底で凝縮された旨味を噛めば噛むほど溢れ出させるそのエビは、程よい塩味も相まって非常に風味豊かだ。だが、俺は敢えて顎を止めることで少し味覚を休ませる。空いたその顎を言葉に働かせれば、ギルドマスターは顎に生えた量の多い髭を擦って、ただ困ったようにため息をついた。

 

「アレは我々の管轄外だった。まさかのこの地にまで飛来してこようとはね……」

「明らかに並の個体ではなかったな。あいつは一体何なんだ?」

 

 先日出かけた採取ツアーという名の重要な任務の中で、俺はそいつと出会った。

 赤黒い甲殻が、まるで焦げたようにさらに黒々しくなったその姿。揺らめく炎を連想させる紋様を広げた、巨躯を支える強靭な翼。そして何より、並の個体とは比べ物にならないほどの圧倒的な火力。大地を融解させ、あらゆるものを焼き払うただただ無慈悲な息吹。

 俺もまるで歯が立たなかったそいつは、ギルドマスター曰く遠方から来た個体らしい。

 

「"黒炎王"。龍歴院では、奴をそう呼んでいる」

「黒炎王? 何とまぁ、見た通りというか何というか……」

 

 龍歴院――それはこのバルバレギルドから離れた高山の上に位置する、これまた大規模な独立組織だ。

 ベルナ村という高山の小さな村と、ギルドと龍歴院。それぞれ異なる組織や集落が集まり、それに伴いハンターや研究者など様々な人種も集まった結果、今のベルナという集落が存在する。古代林というこれまた謎の多い広大な森林地帯を主な研究対象とし、日夜研究員とハンターがその森の謎の解明のために奮戦しているらしい。

 俺も一度その村を訪ねたことはあるが、生憎ベルナチーズを使ったフォンデュ料理が非常に美味かったことしか覚えていない。濃厚でコクがあり、舌の上にしっとりと絡みつくチーズ。それを贅沢に使ったフォンデュの中に様々な野菜や肉を浸して、溢れんばかりのその旨味を絡み合わせ、鼻孔を擽るその蠱惑的な香りを精一杯享受する。同時に染み出る唾液を飲み込み、空虚な口内にその旨味を広げていく――――。

 

「シグ君? どうしたんだい?」

「――じゅる。……な、何でもない。それで? 黒炎王ってのは?」

「あれは特異中の特異個体だよ。龍歴院では『二つ名』を持つモンスターとして、非常に危険なモンスターとして動向を探っているらしい」

「ふぅん。二つ名、ねぇ」

 

 非常に危険なリオレウス。その特性と危険度を考慮して与えられた二つ名、黒炎王。

 余りあるその力に敗北を喫するハンターは後を絶たず、それどころか死傷者の数は留まることを知らないために、龍歴院は特別な許可がない限り狩猟を許可しないよう方針を変えたらしい。

 そんな監視対象をみすみす逃がしてこの地方まで飛来させるとは、龍歴院も有能なハンターをあまり所持していないと見える。まぁ、基本的にモンスターは神出鬼没であり、ましてやリオレウスは広範囲を飛翔して度々移動する、活動範囲が非常に広いモンスターだ。このような事態を招くのも仕方がないと言えるが。

 

「結局あの火竜はどうなったんだ?」

「特に居つくこともなく、またどこかへ飛び立っていったよ。方向から察するにココット村の方かもしれない。依然として警戒態勢は続いているね」

「狩猟したハンターは……いないのか」

「――この爺さんがね、許可出せないって言って誰も狩りに行けなかったのよ」

 

 残ったエビの尻尾を口に放り込みこみながらギルドマスターの話を察して、奴を倒したハンターがいないことを何となく呟いてみれば、まるで補足するかのような声が後ろから飛んできた。その声に振り返ると、声の主は少し不機嫌な様子で俺の隣にどすりと腰を下ろす。

 橙が少し混じった金の髪に、翡翠のように透き通った瞳。ジンオウUシリーズに身を包んだ、どこかで見たことある少女だった。あの時――そうだ、ゲネル・セルタスを共に狩猟した時以来だ。

 名前は、何と言ったかな。確か――――。

 

「おぉ、久しぶりだな。……えっと、カラアゲッタさん?」

「誰よそれ!? 確かに唐揚げは食べたけど混合させないでよ! ヒリエッタよ、ヒリエッタ!」

 

 ヒリエッタ――そうだそうだ、確かそんな名前だった。

 如何せんあの時食べた徹甲虫唐揚げが美味し過ぎて、あちらに全ての印象が持っていかれてしまったようだ。

 当時と変わらず、鋭い目つきと近寄り難い雰囲気を持っている。が、少し顔を見知っただけにあまり他人行儀な感じではないな。こういう接し方をされた方が、俺としても話しやすい。

 

「そんなことよりよ、どういうことだ? 許可が出せない?」

「あの危険度を考慮してこそ、だよ。特別な許可が与えられたハンターしか許可できないというギルドの意向さ。君たちの安全が第一なんだ、分かっておくれ」

 

 ヒリエッタのどこか引っかかる発言をギルドマスターに問い掛けてみれば、彼は申し訳なさそうに目を伏せた。いつもの愛嬌ある笑顔とは程遠い、憂いに満ちたその表情に彼女は小さくため息をつく。まるで行き場のない思いのために何とか行き場を捻出しようとしているような、そんなため息だ。

 穏健派であることで有名なこのギルドマスターは、どうやら全バルバレハンターの安全を考慮し、狩猟許可を出さなかったらしい。まぁ、体験したからこそ分かるあの危険度だ。みすみす行かせたとしても消し炭になって帰ってくるのが関の山だろう。だからこそ、彼の判断は賢明であったと、俺からしたらそう思う。

 

「ま、結局どっか行っちゃったんだろ? 今更どうこう言ってもな」

「……そうね、過ぎ去っちゃったものは仕方ないか。マスター、他に何か依頼来てない?」

 

 案外あっさりと切り替えた彼女は、たてがみマグロその他盛り合わせの刺身を注文しつつ、マスターに向けてそう尋ねた。その瞳は暇を持て余した狼のようで、退屈しのぎに何か依頼(おもちゃ)を求めているようだった。

 そんな彼女の態度にギルドマスターは苦笑いしながらも、書類の山にその小さな手を伸ばす。どうしたものかと書類とのにらめっこを続けるギルドマスターを横目に、俺は粗茶を飲み干しながらその様子を窺った。

 それにしても、このギルドの粗茶も良い味が出ているな。渋みが強いが、それが舌についた脂を優しく掬い取ってくれるような。

 

「相変わらずここのお茶は熱いわね……。氷結晶使おうかしら」

「――あん?」

 

 熱いから氷結晶を使う、だと? この女はいったい何を言っているのだろうか。

 料理を食べ終わった後の、言わば上がりのようなこの粗茶。ギルドで支給される、おそらくそこまで高級でもない普通のお茶だろうが、ここで重要になってくるのはその温度なのだ。すなわち、熱さ。

 しかしこの女は何と言った? あろうことか、氷結晶を使うだと?

 

「おい、ヒリエッタ」

「……何よ?」

 

 何も考えていないような顔を、気怠そうに俺に向けてくる彼女。

 黒い籠手に包まれた腕がポーチを(まさぐ)ろうと動き始め、俺はその手を掴むことで引き留める。その突然の行動にヒリエッタは驚いたように目を見開いたが、この際そんなことはどうでもいい。それよりも、だ。

 

「……氷結晶を使うだと?」

「何よ。なんか文句ある?」

「お前、なんで熱いお茶が最後に貰えるのか、分かってるのか?」

 

 例えば、孤島地方の魚料理専門店で。例えば、ユクモ村の川魚刺身料亭で。

 魚を、それも生で取り扱う店には、必ずと言っていいほど熱い茶が出される。どんなに暑い夏でも、どんなに厳しい熱波でも。これらの店が熱い茶を出すのは変わらない。これは一種の伝統、守るべき人類の叡智といっても過言ではない。

 何故熱い茶を出すのか? それは生の魚の味の薄さと繊細さが影響しているのだ。このような店は魚本来の味を大切にしているが、それ故に魚の味の薄さが顕著になってしまう。食べ合わせになると、先ほど食べた魚の脂が口に残る可能性があり、それが新たに入れた魚の旨味を阻害してしまうこともあるのを忘れてはならないのである。

 

「……それが?」

「分かんないのか? 熱い茶はその残った脂を熱で溶かして落としてくれる。つまりお前が食べてる刺身盛り合わせとかではなぁ、熱い茶が欠かせないっつー訳よ」

 

 論破したと言わんばかりにそう指摘すると、彼女はお茶と料理を見比べながらも納得いかないと言わんばかりの顔で首を傾げた。

 そうして数秒を思考に費やした彼女は握る俺の手を振り払い、あろうことか俺のその指摘を無視して氷結晶を取り出し始める。この女は一体何を聞いていたのだろうか。

 

「おいおいおい、お前話聞いてたか? だからお茶は熱い方が――」

「うるさいわね、私は猫舌なのよ。そんな細かいこと言われても別にって感じだし、冷たい方が好きだし」

 

 その態度は、まるで氷結晶のよう。

 呆れたような、どうでも良さそうな態度で彼女は俺の助言を軽くあしらい、とうとうその茶を冷やし始めてしまった。茶に満たされた容器に結晶から伝わる冷気が襲い掛かり、徐々に霜が降りてくる。脂を溶かしてくれるその熱は儚くも霧散していき、溢れ出ていた湯気も徐々に力尽きていった。

 

「あ、あぁ……お前、何てことを……! ウルクススみたいな奴め!」

「はぁー? 私をあんなデブと一緒にしないでくれる?」

 

 俺と彼女の視線がさながら轟竜のように衝突し合い、熾烈な火花が散り始めた。まるで氷結晶のような冷戦状態。氷海の寒波が到来したかのような雰囲気が、ギルドのカウンターを包む。

 このままではいよいよ彼女が氷の鎧を纏いかねない。そう思ったその瞬間、先程まで書類と見つめ合っていたギルドマスターがゆっくり顔を上げ、ヒリエッタに向けてこう告げた。

 

「――じゃあ、そんなヒリエッタ君に。こんな依頼はどうだろうか?」

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「で、調査指令ね。確かに、ちょっと寒いわ……」

「おーい、何で俺まで連れてこられたんだ? なぁ、おい?」

 

 深い深い森。

 鬱蒼とした木々の海がどこまでも広がり、何やら不穏な獣の遠吠えや耳障りな鳥の声に満たされたこの森。ギルドはここを未知の樹海と呼び、現在進行形で調査にそれなりの労力を費やしている。どこまで行っても終わりがない。そんな錯覚するようなこの森は特殊な磁気で覆われているのか、何度足を踏み入れても地形を把握することが出来ない。まるで入る度に姿を変えているのではないか、と有り得ない話だがそう考えてしまうほど奇妙な森なのだ。

 そんな森で行われる調査指令。今回は、急激にこの樹海の気温が低下した原因を探って欲しいとのことだ。何やら凍り付いたモンスターの死体が発見されたり、不自然な結露が発生していたり、不凍湖の筈だった水源が凍り、生息する生物に大きな被害をもたらした――などなど。

 数え切れない異常現象が発覚しており、未知のモンスターの仕業という可能性もあるために、腕の立つハンターに調査してほしいとのことだ。

 

「あっ、確かにこの木も冷気を帯びたような痕がある。……やっぱりモンスターの仕業かしら?」

「なぁ、聞いてる? 何で俺」

「うっさい。どうせ暇でしょ? 二人いた方が調査も捗るんだし手伝いなさいよ」

 

 鬱陶しそうな顔でヒリエッタは俺の愚痴をあしらって、目の前にある奇妙な樹木を見つめた。

 一見するとただの樹木だが、その幹には大きな傷が刻まれている。まるで鋭い氷で引き裂いたような、そんな傷痕だ。木の年輪もうっすらと湿っており、凍り付いた当時は相当な負荷を掛けられたと容易に想像できる。

 まぁそれはともかく、彼女の言い分には少し納得いかないな。俺とて暇だった訳でもないし、あの後用があったのだから。

 

「悪いけどさ、俺だって用があったんだよ。いくら樹海がバルバレの近場だからと言って無理矢理連行するのはどうかと思うぞ」

「へぇ、何するつもりだったのよ? どうせしょうもないことだと思うけど」

「しょうもないことあるか。うちのオトモがもうすぐ誕生日だから、何か贈ってやるつもりだったんだ」

 

 うちのオトモアイルー、イルルの誕生日。それがもうすぐ訪れる。いつも世話になっている身としては、日頃の礼も兼ねて何か贈りたい。

 なんていうささやかな俺の願いは、目の前のこの女によってあっさり打ち砕かれてしまったが。しかも当の本人は悪びれもせず、興味なさげに木から目を離して奥のエリアを覗き始める始末。

 

「ずっとマフモフシリーズだったしな。モンスターの毛皮とか使って良い装備を揃えてやろうと思ったのになぁ……」

「じゃあその辺で草食べてるケルビの皮でも剥げば良いんじゃない?」

「ケルビって……」

 

 ヒリエッタが覗いていたエリア。普段の樹海なら、そこではケルビ達が和やかに草を頬張っていることでハンターに知られている。

 そこは奥に古代遺跡を思わせる人工物が立ち並び、溢れんばかりの豊満な水が心地良い水流を奏でている、開けたエリア。水源豊富なこの場所でケルビ達はゆっくりと食事を楽しんでいるらしい。立派な角を持ったケルビが一つ欠伸を上げ、そこへ垂れた耳の雌ケルビが首を擦り付ける。

 

「……ん?」

 

 そんな微笑ましい光景が、いつもはあるはずの光景が、ここにはなかった。あるのは、一際目立つ奇妙なケルビ、ただ一匹だ。

 全体的に黒く染まった体毛に覆われた体。他のケルビよりやや大柄で、太く逞しい体。細い脚にはまるで竜の爪のような、(ひづめ)らしからぬ爪先を持つ。そしてその頭には、まるで氷を固めたような鋭い角が、天を貫かんと伸びていた。

 

「……なぁヒリエッタ。あれってケルビか? ドスケルビ?」

「え……何あれ? ドス……ケルビ?」

 

 俺もヒリエッタも、違和感を隠せなかったその姿。

 明らかにただのケルビではないその佇まいは、思わず畏怖を抱きかねない神々しさのような何かを持っている。それはケルビとは本質的に異なる生物であると、厳かに伝えてくるようだった。

 そんな奴の体から染み出てくるもの。地を引っ掻くように優雅に歩く奴から流れ出る、露骨なほどに主張してくるそれ。俺もヒリエッタも思わず身震いしたそれは――冷気だ。

 ただの冷気、されど冷気。ホットドリンクが欲しくなるようなこの寒さをもたらす奴は、先程の樹木や数々の報告を引き起こした原因。俺も彼女も、瞬時にそれを悟った。

 

「おい、まさかとは思うが……あれってもしやキリン――それの亜種か?」

「う、嘘でしょ? ただでさえ稀なキリンの、亜種? そんなのが存在したの!?」

 

 俺や彼女も思わず驚愕した。されど、それも無理はない。

 キリンとは、古龍種に分類された謎の塊のようなモンスターだ。それも幻獣とも呼ばれるほどの神出鬼没性と個体の少なさ、そして解明されない謎を孕んでいる。そんな世にも珍しいキリン、それの亜種だ。

 亜種に分類されるモンスターは目撃例が少なく、ヒリエッタの持つ大剣に使われたリオレウス亜種ですら、遭遇できるハンターなどほとんどいないということで知られている。実際俺も遭遇できたことは一度もない。だが、アレはそれとは格が違う。火竜などとは訳が違うのだ。

 

「この途轍もない冷気……あいつが件の事例の原因と見て間違いないだろ」

「え、まさか……狩る気? キリンは古龍よ、今までのモンスターとは訳が違うわ!」

 

 武器を構える俺に対し、ヒリエッタは声を荒げた。古龍、それは他のモンスターとは一線を画すカテゴライズだ。

 平たく言えば謎が謎を呼ぶ、とても人間が把握することが不可能なモンスターの区分としてそう呼んでいる。まぁ、古龍と認定するにはその寿命や生態、古龍の血など様々な要素があるようだが、今はいいだろう。とにかく、あれは今まで見てきた飛竜種や甲虫種とは段違いの危険度を有しているということだ。それだけに、ヒリエッタが焦る気持ちも分かる。

 だが、それをゆっくり宥めることも、残念ながら叶わないだろう。このエリアに漂っていた空気が、明らかに表情を変えたのだから。

 

「ヒリエッタ、声でけぇよ。……気付かれたぞ」

「えっ――つッ!!」

 

 慌てて大剣の柄に手を掛ける彼女。その視線の先では、俺たちを敵として認知したのか、荒々しい鼻息で足踏みのように地を蹴るキリンの姿があった。

 木々から漏れた光がその勇ましい角の中で乱反射し、幻想的な光を醸し出している。だが、そんな神々しい姿とはかけ離れたような気性の荒さ。それを主張するかのように、キリンは静かな怒気を漂わせていた。

 

「どうしよう、古龍なんて戦ったことないし、うぅ……」

「……まぁ見つかったもんはしょうがない。応戦すっぞ」

 

 いくら自己問答を繰り返してもキリンは待ってくれない。甲高い声で(いなな)きながら、その美しい角を振り翳して突進を繰り出した。鋭い爪で地を駆るその速度は体格もあって非常に早く、ものの数秒で俺たちを隔てていた距離を詰める。

 その鋭い突進をヒリエッタは走り避け、俺は身を翻して避けると同時に背後に回り込んだ。そうして出来た隙を突くように、腰に差した片手剣を引き抜いて――その勢いのままに振り下ろす。

 橙に彩られた派手な装飾の片手剣、テオ=スパーダ。炎王龍と呼ばれる『古龍』の素材から作られた片手剣だ。その鋭い刀身はキリンの皮膚を斬り裂くと、同時に橙色の粉塵をまき散らした。その粉塵は、揺れるように身を擦り合わせながらも徐々に色を赤らめていく。微かに漂うその粒子を鬱陶しそうに振り払うキリンは、再び俺に目掛けてその体を打ち付けようと地を蹴った。

 

「……っと! 危ねぇな!」

 

 すれ違うように避けた。避けたのだが、奴から漂う冷気からは避けられず、その内包された冷気の質には驚かずにはいられない。そう、それはまるで氷結晶の塊のようだ

 一方のキリンは、まるで標的を変えるように首を(もた)げ、警戒するように剣を構えるヒリエッタを見定めた。霜がうっすらと顔を出し、それと共に水滴が凍り付く。

 そんな異常な光景に目を奪われたヒリエッタを睨みながら、キリンはその角を振り回した。いくら立派な角と言っても、両者の間には決定的な隔たりがある。その場で振り回そうと当たるはずはないのだが。

 

「……っ! ヒリエッタ! 下だ!」

「わっ!? 嘘っ!?」

 

 キリンの角と同調するように。大気中の水分を、遠隔操作するかのように。

 突然大気が凍り付き、何もないはずの空間から氷柱が現れる。その数は一つや二つではなく、十数本。それが休みなく連続で現れては消え、消えては現れる。

 その理解不能な光景に俺とヒリエッタは困惑しながらも、危うく回避。再び対峙する様にキリンの正面に立ち直した。

 

「全く、古龍ってのはどいつもこいつも意味分からん力を持ってんな」

「……アンタ、戦ったことあるの? 」

「ジエン・モーランとか、テオ・テスカトルなら。……ま、四人がかりでも撃退がやっとだったけど」

「へ、へぇ……」

 

 剣が収納された大きな盾と、切っ先が伸びた広刃の片手剣。爆炎を司る古龍から作られたこの武器は、素材元らしく爆破属性を持つ。敵を選ばないこの属性は、今回のような未知の調査をする際に打って付けと言えよう。

 一方のキリンは、今の手で俺たちを粉砕できると思っていたのか。思い通りに行かないことを不満に感じるように、これまた奇妙な声で威嚇するような声を上げた。

 

「……どうやら、逃げるのは無理そうね」

「だな。ほっとくのも危険だし、食べてみたいし。狩っちまおう」

「アンタ……。あぁもう、ツッコむ余裕もないわ!」

 

 アイコンタクトで頷くと、それぞれで片手剣、大剣を構える。

 件の原因はここで断つ。そう言わんばかりに戦意を露わにした俺たちに対し、キリンは再び大きく吠えて怒りを露わにした。相当短気なのか、プライドが高いのか。いずれにせよ、討伐には時間が掛かりそうだ。

 

「俺が奴を崩して隙を作る! お前は様子を見ながら溜め斬りを頼む!」

「分かったわ! 粉塵はあるけど、無理はしないでね!」

 

 俺は正面からキリンに斬り掛かり、ヒリエッタは回り込むように走り出す。

 キリンは目の前に迫る俺を見定めるや否や、突進を繰り出してきた。斬り掛かりが角に傷を付けたと同時に俺は横へ転がり、その鋭い突きを躱す。

 一方のキリンは避けられてもその勢いを殺さずに、むしろ隙を覗うヒリエッタに向けて走る脚に力を込めた。

 

「くぅ……こんなもの!」

 

 彼女は慌てながらもそれを何とか転がり避け、キリンの後ろを取る。そうして出来た隙に、大剣の重い一撃を叩き込むのだが。

 直後、まるで金属と金属が弾き合ったような、そんな耳障りな音が響いた。鱗でも、甲殻でもないというのに、キリンの皮は何と大剣の一撃を弾き返したのだ。

 

「えっ!? ど、どうなってんのよ!」

「相当硬化しているってことか? マジで訳分かんねぇなコイツ……!」

 

 弾き返され、大きく隙を晒した彼女と再び牙を剥くキリン。その間に割って入った俺は、奴の顎を剣で斬り上げた。

 今回は弾かれるようなことはなく、うっすらと顎の皮に斬り込みを入れる。どうやら硬化するのは下半身だけのようで、頭部は特に影響ないようだ。

 

「頭は柔らかいみたいだな。ヒリエッタ、頭を狙うぞ」

「そんなこと言われても、こんな動き回る奴の頭なんて……!」

 

 そう絞り出した彼女の指摘の通り、キリンは再び駆け出した。ケルビのように跳躍しながら走り出し、俺たちの目測を掻き乱す。何とか追い付いたとしても、湧き上がる氷柱が壁となり攻撃することも難しい。追っては避けられ、手痛いカウンターを喰らう。小柄な体躯が、そのスパイラルにさらなる拍車を掛けているようだ。

 非常に戦いにくい厄介なモンスター。この凍てつく狩場の中には、ただ焦りと傷と冷気だけが降り積もっていった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「ハァ……ハァ……しぶといなコイツ……」

「ほんとに……。厄介なモンスターね」

 

 一体何回斬り掛かっただろうか。何度冷撃を躱し、防ぎ、彼女と連携しながら戦闘を続行したのだろうか。キリンはその小柄な体躯に似合わぬ耐久力を持ち、苦しい戦いが募っていく。

 確実に奴の体力は削っている。そのはずなのだが、奴からは一向に疲労の色が窺えない。このまま戦い続けたとしても、本当に奴の体力を削り切ることが出来るのか。そんな不安が募っていく。

 

「でも、そろそろ倒れるはずっ! ここは私が行くわ!」

 

 巨大な刀身がもたらす圧倒的負荷。様々な武器の中でも段違いな破壊力を持つその大剣を持ち直し、ヒリエッタは大きく踏み込んだ。

 巨大な刀身を振り回し、地に擦り付ける。そうして溢れる大量の火花を軌跡のように揺らしながら、彼女は唸るキリンに向けて猛然と走り出した。

 

「はああぁっ!!」

 

 危険を察知したキリン。だが、奴よりもヒリエッタの斬撃の方が速かった。

 地盤ごと捲り上げるように振り上げられたその大剣は、絶妙な角度でキリンの頭部を斬り上げる。その余りの威力にキリンは悲鳴を上げ、同時にその美しい角は砕け散った。

 雪が舞うように、煌めく氷河のように。粉々になったその角は光る欠片となり、この樹海の中に溶け込んでいく。

 まさに幻想的な光景だ。それだけなら非常に綺麗で、一種の感動の念を呼び起こす――のだが。かの古龍から発せられる、今までにない怒気がその念を打ち払ってしまった。

 

「ヒリエッタ! 下がれ!」

「うん――って、ひっ!? 何これ!?」

 

 キリンから発せられる甲高い嘶き。同時に奴の周囲が白く染まる。白兎獣の雪遊びとは段違いなその冷気。それがキリンの周囲を凍て付かせ、この常温の筈の空間に白銀の世界を創り出したのだった。

 至近距離にいたヒリエッタもそれからは逃れられず、武器防具を大きく凍り付かせる。凍傷の問題も勿論あるが、今最も問題なのは――――。

 

「う、動けないっ……!」

「ちぃっ! マズい!」

 

 己の自慢の角を砕いた、憎き人間。そんな彼女を、死をもって償わせようとキリンはその頭部に冷気を集約させた。疑似的に角を創り出すような、そう思わせる程の冷気が鋭い形に研ぎ澄まされていく。それを、奴はヒリエッタに向けて一心に薙ぎ払った。

 我ながら自分の瞬発力を褒めてやりたいものだ。瞬時に気付いた俺は、無防備な彼女の目の前に躍り出て、この頼りない片手剣(テオ=スパーダ)の盾を構えたのだから。

 瞬間、堪え切れない程の衝撃が俺の右手に襲い掛かる。

 

「ぐっ……!」

 

 角から放たれた冷気は、一筋の斬撃となって地を裂いた。

 まるで大地と大気を縫うように放たれたそれは、何本、何重もの刃となって右手の盾に斬り掛かる。その圧倒的な威力と連撃に、俺の右手は大きく軋んだ。同時に盾からは、どこか耳障りな音が響いた。

 

「シ、シガレット!?」

「ちぃ、受け流せ! 盾がもう……ッ!」

 

 そう言うのが先か、不快な破裂音が先か。甲殻が砕けるような、金属が折れ曲がるような嫌な音と共に、右手の盾は音を立てて砕け散る。何とか今の一撃を受け流すことが出来たものの――盾としての機能は失われたと思っていいだろう。

 が、今の衝撃のおかげでヒリエッタを覆っていた氷は砕け、彼女は自由を取り戻した。大した怪我もないようだし、盾の犠牲は無駄ではなかったようだ。

 

「ふぅ、大丈夫か? 何とか無事みたい、だな?」

「う、うん……ごめん、シガレット。盾が……」

「……あーあ、せっかく作ったのにもう壊れちまった。この落とし前は高くつくぜ、ドスケルビ!」

 

 砕けた右手の盾を振り払い――その盾に収納されていたもう一本の剣を引き抜いた。右手に剣を、左手に剣を。

 両手の剣を交差させて構え、俺は自身のスタミナを犠牲に精神を研ぎ澄ませる。順手で持ったそれらを、くるりと逆手に翻いた。

 揺れる視界の中で映った、俺を睨むキリン。そんな奴が怒りのままに俺に向けて突進を仕掛けてくれば。

 

「遅いっ!」

 

 身を翻すように跳躍。そうしてキリンの突進を躱しつつ、すれ違いざまに斬り刻む。

 回転を加えられたその斬撃は、キリンの強靭な上皮を穿つように刻み、同時に赤い血飛沫と大量の粉塵を宙に舞わせた。

 対象を見失ったキリンは、爪を地面に喰い込ませるように急停止。一方で、ヒリエッタは開いた口が塞がらないと言いたげな顔で俺の剣を指差しては、忙しなく顎を動かした。

 

「ア、アンタ……それ、え? 片手……剣じゃなかったの? え、そ、双剣……? な、何がどうなって……」

「ボヤボヤすんな! 次が来るぞ!」

 

 再び鼻息荒く向き直したキリンは、縦横無尽に跳躍。ケルビを思わせるあのステップだが、今度は飛ぶ度に氷柱を交えてきた。

 着地点の大気を急激に冷やし、大きな柱を建てながら迫るその様は圧巻と言えよう。だが、何度も見ればタイミングなんて分かってくるもんだ。

 

「くっ……!」

「当たるかそんなもん!」

 

 ヒリエッタは咄嗟に抜刀し、大剣のその広い刀身を盾にして防ぐ。一方の俺は奴の着地を狙い、再び錐揉みの回転斬りを繰り出した。

 今度は脚を集中して斬撃を加え、その細い脚の筋を大きく抉る。並の生物ならそれで体勢を崩しそうなものだが、キリンは健気にもそれに耐え、危うい足取りで着地した。脚に付着した赤い粉塵を鬱陶しそうに見ながらも、再度俺を睨みつける。

 直後に放たれる、天を揺るがすような(いなな)き。耳に残る、嫌な鳴き声と共に、奴は再び、その頭部に冷気を集約させ始めた。

 先程俺の盾を砕いた、無慈悲な斬撃。それを再び放とうとしているのか。

 

「――ふぅ」

 

 だが、今は先程とは違う。俺の背後に守るものは何もない。わざわざ守りに転じる必要なんてない。ただ、攻め込めばいい。そう心の中で言い聞かせ、俺は静かに剣を構える。

 力を集約し終えたのか、キリンは再びその青白い光を振り(かざ)した。瞬間、強烈な冷気が爆発的に散り、同時に耳を劈くような音と共に大地から鋭い氷刃が俺に向けて牙を剥く。

 

「……無駄だッ!」

 

 だが、それも功を奏すことはなかった。その分かり切った斬撃の軌跡は避けるに容易く、避けると同時に距離を詰める。

 そうして迫る斬撃と、着地と同時に繰り出した斬撃が連鎖し、漂う粉塵が火花のように光を燈し始めた。まるで粉塵を引火させるかの古龍のように、連鎖に連鎖を重ねたその光は徐々に赤く染まっていく。

 

「ヒリエッタ! 今だ!」

「っ! 分かったわ!」

 

 直後響き渡る、連鎖するような爆音。それが樹海の木々を荒く揺らした。

 キリンを覆っていた粉塵がとうとう爆発し、それがキリンを包み込む。強烈な負荷を掛けられた奴は、先程の脚の傷も相まって、爆風のままに吹き飛ばされた。

 その落下点には、かつてないほど力を溜めるヒリエッタの姿が。

 

「はあああぁぁっ!!」

 

 大量の熱と、余りある重さが炸裂したその衝撃音。

 最大級の溜め斬りは、先程までの苛烈さとは対極に当たるほど静かに、この戦いに幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……よし、こんなもんかな」

「はぁ、やっぱり食べるのね……」

 

 穏やかな竜車に揺られながら、俺はあのキリンのたてがみあたりから剥ぎ取った肉を捌いていた。

 冷気を操っているだけある、少しひんやりとしたその肉は、ベトつかず、それでいて程よく脂が含まれており非常に食欲をそそる。黒い体毛に覆われていたその肉は鮮やかな赤に染まっており、煌めくような細かい肉繊維が特徴的だ。如何にも肉らしいその見た目だが、意外にも生臭みや不衛生さは皆無と言っていい。古龍という摩訶不思議な生態だからこそ、我々の持つ常識とはかけ離れているのかもしれない。

 

「うん、刺身でいけそうだな。キリン刺し、美味そう」

「刺身? その……タレみたいなのにつけるの?」

 

 ヒリエッタがそう言って首を傾げるもの。それは俺が用意した特製調味料だ。

 光を浴びて優しい色を見せるユクモ大豆製醤油に、おろしたモガモガーリックやまだらネギを薬味として加えたこの一品。さっぱりとした味わいが口いっぱいに広がるだろう。

 そんな魅惑的な液をキリン刺しに滴らせ、ゆっくりと引き上げる。赤い身が薄く醤油の茶とも紫とも言えないあの色に染まり、木々を縫って差し込む太陽光を反射させた。

 

「うんうん、これですよ……。こうやって食べるのがたまらんのだな。んじゃ、いただきます」

 

 鼻孔を擽るニンニクとネギの香り。そしてそれに包まれたありのままの肉の香り。それを精一杯感受しながら、そっと舌の上にそれを落とした。舌に乗ったそれは、始めこそ特に態度を変えることなく座り込んだものの、じっくりとその形を融かしていく。意外にも人の口内でゆったりと溶け始めたそれは、油脂自体の融点は低いのかもしれない。

 それと同時に、薬味に彩られた肉の味がじわじわと顔を出した。正に味の凱旋。気高き幻獣が闊歩するように、肉の旨みが口の中に広がっていく。先程感じた匂いのように、生臭みはほとんどない。生の肉特有のクセの強さはあまり目立たず、じっくりと溶ける肉の旨みと脂の甘みが強く主張していた。グラビモスの噛み応えのある肉や、モノブロスの独特な歯応えのある肉とは違う、口の中でそっと溶けて舌を優しく肥やしてくれるこの味。甘みに近い、クセの無い味が魅力的な脂はかなりの量だが全く諄くなく、口触りもとても滑らかだ。喉に引っ掛かることもなく、するんと胃袋に落ちていく。

 如何にも肉らしいこの上質な味を、薬味のついた醤油は鮮やかに彩っていた。あの神々しさを持つ幻獣らしい、厳かで、飾り気なく、透き通るような透明度のあるこの味。古龍の肉というものは初めて食べたが、やはり古龍もただの生物なのだろう。食べたら美味い。これが真理だ。

 

「……あー、これは最高だわ。めっちゃ美味い」

「ほ、ほんと? 古龍って食べれるもんなの……?」

 

 舌に残った脂分はこれまた段違いだ。脂分豊富なことで有名なアプトノサーロインステーキにも負けないほどのこの脂。仄かな甘みが残るこの味は、いつまでも楽しんでいたいという欲求に駆られるが、一つ問題がある。

 あまりに強いこの脂。単体で食べるのならば兎も角、他のものとの食べ合わせになると些か問題が生じるな。如何せん舌に脂が残り過ぎる。それを解決するには、あれしかない。それは――――。

 

「あ、あのさ、良かったら私も」

「――熱い茶が欲しい味だな、これは」

「……やっぱ何でもない」

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『キリン刺し』

 

・キリン(たてがみ部位)  ……300g

・醤油(ユクモ大豆)    ……80ml程度

・モガモガーリック     ……少量

・まだらネギ        ……適量

 

 

 





長くなってしまい申し訳ありませんでしたぁ!(ブラキのようなジャンピング土下座)


自身の構成力の無さ、描写の稚拙さ、計画性の無さを痛感しております。長くて読みにくい。何と酷い文章か。反省中です。
 さて、今回はキリン亜種さん。何となく樹海を散歩していたら訳の分からないハンターさんに出くわして食べられるという可哀想な子です。そんなキリンさんに、今回は馬刺しになってもらいました。最近味の描写がマンネリ化してきたというか、ありきたりのものしか書けないというか……飯テロって難しいです。もっと勉強しないと。いつかやった国語の文章題に物凄い飯テロな小説があったんだけど、それをまた読めたらなぁ。タイトル覚えてないなぁ。ちなみに盆土産とは別物の奴です。

そして前書きで言った通り、双剣にハマっております。ブシドー何あれ。無敵じゃないかあんなもの。ノーダメ撃破余裕でした生産機だよ。そんな訳でテオ=スパーダの盾についた剣を使わせた回。前回色々双剣みたいなこと言ってたのはこれのための布石だったりする。まぁ、そんな大した意味はないんだけど。
さて、毎度の如く後書きが長くなりましたが、今回が今年最後の更新となります。次回はいつでしょう? 1月6日あたりに投稿出来たらなぁと思ってます。それではみなさん、良いお年を!

ちゃっかりヒリエッタさんにも狩技っぽい動作させてるんだけど、気付いた人いる?

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