モンハン飯   作:しばりんぐ

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 前回出てきた旧友のライトボウガン使い。その狩りを描く番外編。





ガレオスの砂流れ

 

 

「なぁ、どういうことだよ?」

「……それは、僕の方が聞きたいです」

 

 熱い暑い旧砂漠。

 真夏のような熱砂で包まれたこの世界は、まるで水分を無くした生地のよう。オーブンで焼いたトーストを彷彿とさせるこの景色。その中でも、特に岩場に囲まれたここ――ベースキャンプでは、二人のハンターの覇気のない声が漂っていた。俺と、もう一人の。

 

「……なんでお前がいるんだ? トレッド」

「一応、任務なんですが」

 

 トレッド。そう呼ばれた目の前の男性は、にこやかな笑顔に汗を垂らしては困ったように頬を掻いた。

 フロギィXシリーズに身を包んだ彼は、見たことのないライトボウガンを背負っている。薄い桃色に彩られた細長い銃。それにも負けない、細く長い目で困惑を表現しては、困ったような愛想笑いを溢した。

 目の前の茶髪の彼は、かつて俺が所属していたタンジアギルドの抱えるハンターだ。それも数少ないG級ハンターの一人で、俺の数少ない友人の一人でもある。

 

「任務だぁ? タンジアから? バルバレまで?」

「えぇ。僕は何かと遠征の仕事をよく任されるもので」

 

 そう言っては、彼は困ったように笑った。

 思い返せば、彼はタンジアギルドに属していながらもミナガルデに赴いたり、ポッケ村を訪ねたりと確かに各地を転々としていたハンターだ。バルバレに来るくらい、何の不思議もない、か。

 

「ふぅん。仕事は順調か?」

「芳しくないですね。以前のように君にも手伝ってもらいたいものですが」

「冗談よせよ。人間の関係にはあんまり首突っ込みたくないんだ。モンスターの相手の方がよっぽど気楽でいい」

 

 何も考えなくていいから、と付け加えては彼の言葉を一蹴した。

 以前はコイツとよく組んでいたが、今となってはそれも昔の話。タンジアを離れた俺には、コイツと狩りに行く理由はもうない――はずなのだが。

 二度目になるが、何故コイツがここにいるんだ。

 

「……で? 何の任務なんだ?」

「正体不明の獣竜種に関する目撃情報がありまして。……もしやと思ってね」

「何だと……。それは本当なのかッ!?」

 

 思わず身を乗り出した。正体不明の獣竜種と言われれば、俺はアレ(・・)しか思いつかなかったのだ。俺の狩人人生に大きく響いた、あのモンスター。俺がハンターをやり続ける所以ともいえる、あのモンスター。

 だが、一方の彼は落ち着いた様子。俺の手を払いのけて、静かに言葉を繋いだ。

 

「安心してください。情報を重ねた結果、君の探してるモノではありませんでした」

 

 そう言っては見せてくるメモ書き。線の細い見た目をしているくせにやたら乱雑で豪快に書かれたその文字の羅列を、俺は目に入れる。

 燃え盛るような甲殻。赤とも青とも言える体色。長大な尻尾。強靭な足腰。

 そのメモには、様々な目撃情報を合わせたらしいモンスターの情報が注ぎ込まれていた。何とも聞き慣れない情報ばかりだ。俺の知っている獣竜種とはほとんど一致しないその情報に、俺は思わず首を傾げてしまう。

 

「これらがそのモンスターの情報です。これに似た記録が、ベルナ村というところで発見されましてね……要は、確認作業のようなものですよ」

「ベルナ……あの高原の村か。チーズが美味くて、でっかいアイルーがいて……」

「そうそう、その村です」

 

 ぼんやりとあの高原地帯のことを思い出しながら、印象に残っているものを口にする。トロトロのチーズに、やけに肥えたアイルー。それくらいしか出てこなかった。

 一方の彼はそのメモ書きをポーチにしまっては、キャンプに開けられた小さな洞窟に向けて歩き出す。小さく、俺にどうするのかと尋ねて。

 

「……元々はサボテン採取のクエストだったんだがなぁ。ギルドの管理不足って訳か」

「まぁ、否めませんね。連絡はしてたんですが」

「でも考えてみれば、これはフリーハントに含まれるかも。折角だし俺も同行しようかな」

「……お好きにどうぞ」

 

 フッと笑みを溢しては、トレッドは少し嬉しそうにそう言った。地図を広げながら俺に背を向けるその姿に、俺は懐かしさを感じてしまう。かつて共に狩りに行っていた時のような、そんな気分だ。

 普通、クエストに赴いたハンターが予定外のモンスターと遭遇した場合、事後必ずギルドに報告するという条件でそれを狩猟することが認められている。一般にフリーハントと呼ばれるこの制度。俺も活用してみようじゃないか。

 

「そのモンスターって、喰えるのか?」

「さ、さぁ……」

 

 彼の後に続きながら、俺は何ともなしにそう漏らす。その問いを驚いた様子で聞いた彼は、返答に困ったようなような返事をした。

 何を言っているんだコイツは、とでも言いたげな、困惑に満ちた声だった。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 赤と青の甲殻。

 言葉としてそれを取り入れれば、ただの矛盾の塊でしかない。しかし、その証言は確かに合っていた。目の前のモンスターは、その証言の通りだったのだ。まるで揺らめく炎のような甲殻。物々しい見た目に、俺は思わず歯を食いしばる。

 

「なんッ……だコイツ! 尻尾なっが! 厳つッ!」

「ふむふむ、やはり斬竜――ディノバルド。間違いないようですね!」

 

 ディノバルド。恐ろしい風貌をした奴だ。

 喉奥に光を燈しては力強く唸る奴に対して、トレッドは嬉しそうに声を張った。声を張りつつ、ボウガンのリロードをする。力強く銃を構えては、そのボウガン、『あまとぶや軽弩の水珠』をディノバルドへと向けた。

 細く軽そうなその見た目に反して、どうやら高性能のライトボウガンらしい。何でも、最近ギルドの注目を集めるようになった海竜種のモンスターから出来ているのだとか。

 

「とりあえず、小手調べです!」

 

 構えた銃から飛び出した弾、水冷弾。

 ブレなく飛んだその弾は、奴のその厳めしい頭部に着弾する。炸裂と共に内包された水属性エネルギーが飛び出すが、奴はそんなことも知らんぷりだ。弾一発程度では全く怯まないその風格に、このモンスターの生物としての強さを垣間見た。

 

「水冷弾っつーことは、コイツは水に弱いって訳か」

「えぇ、ベルナの情報ではそのようです。僕はとにかく銃撃しますので!」

 

 そう言って駆け出すトレッド。ガンナーは離れて戦うという暗黙のルールを鼻で笑うその動作に、ディノバルドは雄叫びを上げた。その声と共に体を捻り、その巨大な尻尾を振りかざす。その仕草は、まるで薪割りでもするかのようだった。

 

「ガァッ!」

「おっと!」

 

 それをトレッドは華麗に躱した。錐揉み回転するように、大きく飛び避けた彼は、着地と共に弾倉を切り替える。機械らしい音を立てるその銃を構え直しながら、彼はお返しのように乱射を始めた。

 

「水冷貫通弾か……。見るのは初めてだ」

 

 空気を貫くように飛ぶそれは、着弾と同時に針のように鋭い弾頭を弾けさせる。甲殻に穴を開け、肉を抉り、水属性エネルギーを撒き散らしていく。

 それを何発も連射しては、確実にディノバルドの胴に穴を開けた。音を立てて皮膚が剥がれるその様に、俺は思わず舌を巻く。

 

「すっげぇ威力だな、それ」

「特定射撃強化を施してますからね、負けませんよ!」

 

 打ち切っては弾倉を交換し、レベル別の水冷貫通弾に切り替える。

 その猛烈な弾幕に、ディノバルドは忌々しそうに唸り声を上げた。そうして、その巨大な尾を隠すように引き絞る。先程は薪割りのように振り下ろしてきたが、今度はまるで動きが違う。尾を地面に擦りつけるような、そんな動作だ。

 

「……っ! 何かくる……!」

「あん? ……あ?」

 

 瞬間、トレッドは再び跳んだ。地上を平行移動するかのように跳び避ける彼に、俺は少し呆気にとられる。そうかと思えば、一瞬にして視界が緋色に染まった。

 

 随分と素っ頓狂な声を漏らしてしまったものだ。そう感じた瞬間には、俺は勢いよく吹き飛ばされていた。防具の端々を燃やしながら。

 

「あっつ……ッ! 何だ!? 火球飛ばしてきやがったぞアイツ!」

「尾の摩擦熱で火を起こすとは。やりますね……!」

 

 見れば、ディノバルドのその巨大な尾は、赤い紅い熱剣へと変貌していた。青くくすんだ甲殻に覆われていた先程までの見た目とは大違いだ。まさか振りかざしたそれで大気ごと燃やしてくるとは。

 一方、それに感づいて躱し切ったトレッドは、感嘆しながらも銃を撃つ手を緩めない。貫通弾に切り替えては、瞬時に弾倉を空にした。

 

「ガアアァァッ!」

 

 それを鬱陶しく思ったのか。ディノバルドはその燃え盛る口内を彼に向けて、紅蓮の炎を撃ち放つ。まるでとろろのような半固体のそれは、一寸の狂いもなくトレッドを穿った。

 いや、正確には、彼がいた空間を。当の本人は、余裕を持ったステップでそれを躱していたのだから。

 

「むっ、しばし地面に滞留しては炸裂する性質をもったゲロですか。厄介ですね……っ」

 

 先程までのにこやかさとは打って変わって、随分と目つきの悪い顔でそう吐き捨てるトレッドは、再び銃を乱射した。空気を切り裂く貫通弾が唸り声を上げる。同時に弾け飛ぶ甲殻の数々に、ディノバルドは大きく顔を仰け反らした。

 

「やるなぁ、俺も負けてらんねぇぜ!」

 

 荒涼とした世界を撃ち抜く銃声の中、俺はディノバルドの足元へと駆け寄った。トレッドの射線を気にしながら、その獣竜種らしい力強い脚へと向けて剣を抜く。腰の剣は風のように唸り、振れば振るほど特徴的な音色を奏で始めた。

 ――にゃあぁん、みゃおん! なぁ~ご~、にゃ、うみゃあ!

 

「シグ、それって……」

「オラァ! 麻痺しやがれ!」

 

 唖然としては銃を撃つ手を止めるトレッド。そんな彼の乾いた呟きも気に留めず、俺はひたすら剣を振るった。

 にゃんにゃんぼう。野良アイルーが持っているようなネコの手の形をしたそれは、振る度にネコの鳴き声のような音を鳴らす。閑散としたこの峡谷の中に、華やかな音色が舞った。

 

「ガアァッ!」

 

 もちろん斬竜もただされるがままなんて、そんな訳もある筈もなく。その口から火炎を漏らしては、俺に向けて牙を振るった。まるで油を差した焚火(たきび)のようなそれが、一心に俺に迫り来る。

 

「おっとぉ!」

 

 それを飛んで躱しては、その勢いのまま奴の腹に剣を浴びせた。生憎甲殻に弾かれてしまったが、気の抜けたネコの鳴き声がその金属音を掻き消した。

 さらにそれを掻き消そうとする、銃撃音。見れば、トレッドが水冷弾を速射しているではないか。

 

「ナイスです、シグ!」

 

 丁度口を開けた瞬間を狙っていたのか、トレッドは俺を喰らい損ねた奴のその口に、連射される水冷弾を綺麗に撃ち込んだ。その度に奴の体内でそれが弾け、何とも苦しそうな声を漏らす。効果は覿面(てきめん)のようだ。

 

「かってぇなコイツ……!」

 

 着地から水平斬りと斬り返しを繋げていくが、奴の甲殻の前ではあっけなくそれが弾かれてしまう。

 その隙を突くように繰り出される尾の薙ぎ払い。空かさず出した右手の盾でそれを受けつつ、体勢を低くしては衝撃を逃がす。それでも、地面を滑ることを余儀なくされたが。

 

「大丈夫ですか?」

「問題ない! ……あれ、盾が」

 

 盛り上がる土から両脚を引き抜きつつ、剣を構え直す。すると右手の盾が、ぱきょっという小気味良い悲鳴を上げた。

 見れば、まるで剣でも受け止めたかのような傷が盾に広がっており、風に押されるようにその腰を折っていた。ぽとりと、力ない木の板が地に墜ちる。

 

「全く! そんな武器で来るからですよ!」

「お前にゃんにゃんぼうを甘く見んなよ! 採取にはピッタシなんだぞ!」

 

 憂う声を漏らしながら、引き続き水冷貫通弾の弾倉に切り替えるトレッド。そんな彼への文句は、ディノバルドの凄まじい轟音によって阻まれた。

 三連弾。その劫火は、その呼び名が相応しい。トレッドに向けられたその火球は、リオレウスのものよりもずっと早く、彼に飛びかかった。

 

「おい……ッ!」

 

 銃を構えた彼は、そっと半身ずらし、その火球を躱す。躱しながら、水冷貫通弾を放った。入れ違うように飛ぶそれは、ディノバルドの甲殻をその肉ごと剥がしていく。その様は、まるで紙吹雪のようだ。

 続く火球はジャンプで段差を超えるように躱し、宙に漂いながらカウンター狙撃をかます。それはディノバルドの脚を狙い澄ましたかのように穿ち、三発目を放ったばかりの奴の体勢を崩すには十分の威力だった。バランスを崩す奴の様が、それを如実に物語っている。

 

「さぁ、どんどん行きますよ!」

 

 余裕の表情で全て躱し切った彼は、ライトボウガンから青い炎を噴出させた。

 パワーリロード。

 ライトボウガンの技法のそれは、仕込む火薬を少量ではあるがより強力なものに切り替え、弾の威力を底上げさせるというもの。それをこなしたトレッドは、再び水冷貫通弾の弾幕を張った。転倒してはもがく、ディノバルドのその額に向けて。

 

「トレッド、俺は罠を張る! 援護頼む!」

「了解、手早く頼みますよ」

 

 甲高い音を立てるその射線から逃れながら、空いた距離を埋めるように脚を前に押し出した。そうして、苦し気に立ち上がる奴に向けて片手剣を抜刀する。

 その瞬間だ。奴がそっと、その剣を振り上げた。俺にでも、トレッドにでもなく、自らの口に。

 

「……あん?」

「……何か、マズそうです!」

 

 思わず呆気にとられる俺と、慌てて銃を背負うトレッド。そんな二人の獲物に目もくれず、その重厚な牙で尾を研ぎ続けるディノバルド。

 と、思いきや。瞬間、静かな、それでいて豪快な剣閃が走る。まるで音ごと斬り裂くが如く。片手剣のあの狩技を彷彿とさせる、凄まじい剣圧で。

 居合斬りのように振り抜かれたそれは、この峡谷一帯を超速度で斬り結んだ。周囲のサボテンごと、たった二人のハンターを狙って。

 

「ぐあッ!?」

「あうっ……!」

 

 俺は防具に包まれた腹を。トレッドは、掠るように斬られたその肩を。

 これまでとは段違いの衝撃に、思わず悲鳴が漏れた。胴のユクモノドウギ・天には深々と斬り込みを入れられ、その奥の腹からは血が噴き出していた。深く斬られた訳ではないものの、その傷は鋭く、熱い。まるで火傷のように、傷口が爛れている。トレッドのものも同様のようだ。

 

「チッ……くっそが!」

 

 回復薬を一気に飲み込んで、何とか立ち上がる。苦い薬草の味と、何やら生臭いアオキノコの味が鼻腔を占めた。マズい不味いその味だが、喉を滑り落ちるごとに少しずつ体に染み込んでいくのを感じる。回復力を底上げするような滋養強壮効果。傷はまだ痛むが、動けないほどのものでもない。

 そうして斬り付けた、その一太刀。銃創の目立つその脚を抉るように、剣先についたネコの爪が炸裂した。甲殻より、表皮より。その中の肉を薙ぐように、そっと。

 

「おっ……」

 

 瞬間、ディノバルドは奇妙な悲鳴を上げた。見上げれば、その厳つい顔を捻じ曲げては、全身を痙攣させている。口からは涎が滴り、手足は随意を失ったように震え始めていた。

 そうか。とうとう、にゃんにゃんぼうの真価が顔を出したのか。秘められた、麻痺薬の効能が。

 

「ナイスです、シグ! いつの間にシビレ罠を仕掛けてたんですかーもうっ!」

「……は?」

 

 先程の大回転によって砂塵で溢れたこのエリア。燃えるサボテンからは煙が溢れ、砂と合わさってはこの峡谷に深い色を付ける。

 そんな視界が霞むこの中から、不可解なトレッドの声が聞こえた。そうかと思えば、数発の銃弾がそのベールを裂いて飛んでくる。苦しむディノバルドの、その腹に向かって。

 

「え───ちょッ、おい!?」

 

 太く、重いその銃弾。着弾すれば、すかさずその巨大な身を破裂させ、中からいくつもの爆薬を散乱させる。

 俗に言うこの『拡散弾』は、ディノバルドの腹で着弾しては一気に爆薬のドームを作りだした。足元で剣を握る、俺をも囲うように。

 

「……あれ?」

 

 連鎖する爆破の華は、俺ごと巻き込んでディノバルドを包み込む。ばら撒かれたいくつもの爆薬が、周りの爆風に感化されたように炸裂し続け、数秒に渡る爆炎としてディノバルドを襲ったのだ。もちろん、その場に居合わせた俺も一緒に。

 

「ぐっはぁッ!」

「あ、ありゃりゃ……。やってしまいました」

 

 視界が紅蓮に染まっては、凄まじい勢いで流れ始める。爆破の色も、空の青色も、峡谷の岩の色も、全て流線的に混ざっていく。それが爆破の衝撃によって吹き飛ばされた視界だと認識するには、少し時間がかかった。

 

「むむむ。今のは罠ではなく、片手剣による麻痺でしたか……。迂闊でしたね」

 

 地面を転がる俺に向けて、淡く光る粉が降り掛かる。重い頭に揺れる視界を動かせば、トレッドの()いた生命の粉塵がこのエリアを漂っていた。火傷に舞い落ちるそれらは、そっとその傷に染み込んでいく。その度に、少しだけ痛みが引いた。

 

「てめぇ、この……ッ」

 

 痛む体に鞭打って、起き上がってはトレッドに詰め寄る。

 すると彼は、困ったように言い訳を垂れ流し始めた。さっきまでの表情とは一変、胡散臭い、へらへらとした笑顔で。

 

「あ、待ってくださいよ!? す、砂が舞い上がってよく見えなかっただけで、シグはもうディノバルドから離れてるかなーって……!」

「うっせぇこの野郎ッ」

「ぐふっ……」

 

 防具に包まれた腕で、未だ喋り続けるコイツの腹に拳をあてがう。そうすることで、やっとトレッドは静かになった。

 細い細い目で苦しみを表現しては、歯を食いしばる。その歯の隙間から漏れ出る唾液。ちょっとだけ、胃酸のような臭いがした。

 

「……申し訳ありませんでした」

「分かりゃあいいんだ、分かりゃあ」

 

 喉仏を鳴らしつつ、トレッドは改まっては謝罪を述べる。それを適当にあしらっては、ようやく爆破の渦が収まったディノバルドの方を見た。一体どれだけの拡散弾を撃ち込んでいたのか、考えるだけで気が滅入ってしまいそうだ。

 その渦中にいたディノバルドといえば、何とも苦しそうな声を上げてはいるものの、麻痺から立ち直っていた。懸命に四肢を働かせ、甲殻の剥がれ落ちた首を動かす。俺たちに、ではなく、泉のあるエリア3に向けて。

 

「逃走、か」

「随分しぶといですねぇ。ま、逃しませんが」

 

 再び影のある笑みを浮かべては、トレッドは弾の調合を始めた。随分の量を撃ったのだ。消耗するのも避けられないのだろう。

 鳥竜種の牙やハリマグロ、ツラヌキの実といったものを並べながら、一つ一つ貫通弾を増やしていくトレッド。その傍らで、俺に向けてその薄い口を動かし始めた。

 

「シグはどうします? まだ戦いますか?」

「……もう爆破されたくないから行かん。あとは勝手に頑張れ」

「やっぱりですか……。ま、にゃんにゃんぼうくらいの戦力が落ちてもどうってことはないですがね」

 

 少し癇に障る言い回し。いつものにこやかな表情が、今では嘲笑のように見える。

 腹は立つ。しかし、否定も出来ない。思わず言い返しに詰まっていると、準備を終えたトレッドはゆっくり口を開いた。静かに、しかし核心的に。

 

「───それじゃ、左目は潰しにくそうですね」

「……あ?」

「シグ。あの武器(アレ)は、もう使わないんですか?」

「……何の話だ?」

「片手剣、じゃないでしょ? 君の武器は」

 

 返答も打ち払うように、そう圧を掛けてくるトレッド。薄ら笑いのために細める目を開けては、その目つきの悪い、されど真摯な眼差しを向けてくる。

 いい加減偽るのはよせとでも言いたげな、ドスの効いた瞳だった。

 

「……俺は」

 

 思わず言葉に詰まった。イルルとも、ギルドマスターとも、あの唐揚げ女とも違うその言葉。俺のことをよく知っているその言葉に、俺は思わず答えを探りあぐねてしまう。

 一方のトレッドは、聞いてきた癖にあまり興味がなさそうだ。早く答えろとでも言わんばかりに眉を(ひそ)めている。

 その時だった。

 

「おーっ、こりゃまた……。サボテンがちょん切られとるわぃ!」

 

 唐突なしゃがれた声。この前、シチューを食べながら聞いていたあの声。

 見上げれば、高台の上からこのエリアを見渡している小さな影があった。小柄な体躯に、薄赤い肌。白い髪に、白い髭。そう、先日世話になったあの山菜ジイさんだ。

 

「……ジイさん、来てたのか」

「おぅ、ハンターさんや。何かモンスターでもおったのかの?」

 

 そこら中に散らばっているディノバルドの甲殻の破片を拾っては、彼は興味深そうにそれを見つめている。初めて見るのか、ご丁寧にルーペまで取り出して。

 一方で、トレッドは態度を急変。冷や汗を垂らしながら、俺に話し掛けてきた。彼にしては珍しい、何とも焦った様子で。

 

「山菜組のご老体ですか。参りましたねぇ……」

「ん? 何だよ、気の良いジイさんなのに?」

「いやぁ、以前彼の前で貰ったボロピッケルを捨てたことがあって……。そしたらもう、ね。……分かるでしょ?」

「……逆に聞きたいが何で捨てたんだよ。それも目の前で」

「だってボロですもん。要りませんよ」

「あっそう……。んで? それで以降関係悪いってか?」

 

 呆れたようにそう聞くと、彼は小さく頷いた。何とも理由が阿保らしい。いつぞや聞いた、貰ったアイルー食券を目の前で売り払ったハンターの話を彷彿とさせるエピソードだ。

 

「……ですので、僕は絡まれる前に去りますね。ディノバルドは僕が相手するので、彼の相手は任せますっ」

「……身勝手な奴」

 

 そんな俺の悪態にも応えず、トレッドはずんずんと歩き出す。山菜ジイさんがこちらに向けて歩いてくる頃には、彼の姿は峡谷の影に消えていた。

 一方の山菜ジイさんといえば、手に持った青い甲殻を嬉しそうに手に取っては、斬り落とされたサボテンを興味深そうに眺めている。こちらに向けて、というよりはこちら側にあるサボテンに向けてと言った方が正しいか? 彼の足取りは、そんな感じだった。

 

「ジイさん、どうしたんだ?」

「……ハンターさん。サボテンカレーには、興味がないか?」

 

 そっと声を掛けてみれば、ニヒルに笑うクエストの依頼人(山菜ジイさん)は、俺にそう問いかけてくる。峡谷の奥で響く銃声を背景に。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 ぐつぐつと煮込まれる、緑色。恐ろしいまでに緑に染まったそれは、香辛料のよく効いたカレー特有の香りを上げていた。

 その中に混じる、ただのカレーにはない不思議な匂い。立ち昇る、色の付いた湯気。これが自らを凡庸ではないと主張するような、そんな力強さだ。

 

「サボテンって、何か味気ないな」

「そうじゃの。そのまんまじゃ、あんまし美味しくはないのぅ」

 

 デデノパールと呼ばれるそのサボテンを、山菜ジイさんは見事な手付きで捌いていた。もともとディノバルドによって焼き落とされた部位であるため、彼による加工は棘落としと切り分け程度のものだったが、やはりその手付きには目を見張るものがある。

 そんなこんなで、一部分をスティック状にカットしてもらい、それを食べてみたのだが、これが予想以上に味がない。ゴーヤのような、濃い苦味を想像していたのだが、無味といっても過言でないような、そんな味だった。

 

「ちょっと……酸っぱいか? でも、薄いな」

「サクサクとしとるのに味がないとは、面白い食材じゃのぅ」

 

 ポリポリとそれを頬張りつつ、山菜ジイさんは嬉しそうに笑う。

 そんな彼が掻き混ぜる鍋には、緑色と化したカレーが漂っていた。その細かくカットされたデデノパールと、挽肉状に溶かしたディノバルドの肉を混ぜたカレーが。

 

「……肉少ないかな」

「甲殻についてたのを剥いだだけじゃからな。やや物足りんかもしれん」

 

 少し寂しそうな顔で、彼はそっとカレーをお玉で掬い上げる。濃厚な緑色と、それを吐き出す細かなサボテン。そのとりまきのように漂う小さな肉たちは、カレーに身を任せるように流れ落ちていく。

 斬竜ディノバルドの肉。トレッドが放った弾で剥げ落ちたそれらにくっ付いていた小さな肉を、丁寧に剥いだ貴重な肉だ。未だ研究の進んでいない獣竜種。一体どのような味がするのだろうか?

 

「もう十分とろみがついたと思うんだが」

「……そうじゃの。そろそろか……」

 

 ぐつぐつと音を立てるそれを掻き回しながら、彼は満足そうに頷いた。

 気付けば、この旧砂漠で鳴り響いていたあの銃声は、もう聞こえていない。モンスターの怒号も聞こえず、ただ荒涼とした風の音だけが響いている。

 トレッドはあのモンスターをもう仕留めたのだろうか? そう考える程度には時間が経っていた。それだけの時間を、このカレーの製作に掛けていたのだ。俺ではなく、山菜ジイさんが、だが。

 

「よし、もうええじゃろ。ハンターさんや、そこの鍋のご飯を盛り付けておくれ」

「任せろっ」

 

 背後にあった鍋から蒸かされた米を器によそいつつ、それを山菜ジイさんに手渡していく。このベースキャンプの一角に、まさか米まで用意していたとは。感心通り越してむしろ恐れ入る。

 そんな、おそらくそこらのハンターよりよっぽどベースキャンプを有効活用している彼は、渡された白米にとろりと、そのサボテンカレーを注いでいく。白と深緑のコントラストが、何とも美しい。

 

「さぁ、食べようかの」

「よっしゃ。いただきます!」

 

 カレー特有の鼻につく香り。荒く、それでいてさばさばとしたその香りは、いつものカレーそのものだ。だが、そこに混じる淡い匂い。先程食べたあのサボテンのように無臭に近い、されどうっすらとした酸味を感じさせるこの匂い。何だか、こそばゆい香りだ。

 そんな一口を、そっと俺は口に入れた。辛味。甘味。そして酸味。口の中で弾けたそれらは、一瞬にして様々な味を弾けさせる。まるで味の雑貨屋。まるで味の属性強化。

 スパイスのよく効いたこの風味。鼻腔を突き抜けるその風味は、まるで飛翔する竜のように辛さを振り撒いた。さながら某古龍の粉塵のよう。そうして塗りたくられるその辛さは、舌の細胞を細かく刺激する。辛い。辛いのが美味い。辛味が別の味に絡まって、それがまた楽しい。

 ルウ自体は辛くとも、控えめな甘さをもっていた。辛さで冷や汗を垂らす口内をそっと落ち着けるような、そんな甘味。味にすれば、中辛といったところか。辛さに溶け込む甘さが、カレーの風味を底上げする。混ざり込んだ斬竜の挽肉もひとまとめにしたその味。ぽろぽろと噛みやすく、その度に肉の脂を引き出すその味は、カレーによく合っている。挽肉を入れるカレー、中々相性がいいようだ。

 

「サボテン、どうじゃ? カレーに染まっておるじゃろ?」

 

 サボテン。そう、カレーに入れられた細いカットサボテンは、見事にカレーの味に染まっていた。

 あの無味に近い味とは程遠い濃厚な味。よく煮込まれたことによって食感を柔らかくしたそれは、噛む度にカレーの味を染み出してくる。そのカレーに、ちょっとサボテン由来の酸味をかけて、それがまた美味い。この酸っぱさがまた、香辛料の辛さを引き立てた。

 

「ん、美味いなこれ」

 

 辛味。甘味。そして酸味。

 肉の脂も相まって、これらの味は芳醇な旨味をより深く引き出している。とろみに溶け込んだような旨みとコク。米に絡んだこのカレーが、何とも美味しい。スプーンが止まらない。

 

「そうじゃろそうじゃろ? さぁ食べなさい」

「おっ、センキュ」

 

 平らげてしまった器に、再びカレーを注ぎ直してくれる山菜ジイさん。その快い態度に感謝しながら、俺はおかわりにありつく。辛さによって、丁度良いくらいの汗が噴き出してきた。暑いところでの辛い飯ってのも中々悪くないぞ。

 

「しかしなんだ、依頼人がわざわざ出向いてくるとは思わなかったよ」

「現地で食えればそれが一番じゃろ? そのためとあれば十分価値のある行為じゃとわしは思うよ」

「……ま、俺は有り難かったけどさ」

 

 ぱくりとカレーを含みつつ、そう返す。山菜ジイさんらしいその行動に、少し笑ってしまった。俺にサボテンを集めるように依頼した彼が、待ち切れず米を炊きつつもあのエリア4へ訪れるとは。

 全く、こんな面白い人物と仲互いするなんて。トレッドは本当に無駄なことをしているな。丁度良い交友関係を築けば、この通り美味い飯を作ってくれるというのに。

 

「……俺は目の前でボロピッケルを捨てたりしないからな」

「おぉ、そうか。もしそんなことしたら、このカレーに毒けむり玉を仕込んでやるわい」

 

 全く目が笑っていない顔でそう笑う山菜ジイさん。

 冗談っぽい響きだったが、そう言った彼の荷物からころりと転がってきた毒けむり玉が、妙に印象的だ。俺の頬を垂れる汗が、本当に辛さからの汗なのか、分からなってきた。

 

「それか毒生肉でも混ぜようかの?」

「……どっちにしろ殺す気じゃんか……」

 

 

 

 

~本日のレシピ~

 

『デデサボテンカレー』

 

・山菜組式スパイス粉   ……1パック

・カレー粉        ……大さじ1杯

・小麦粉         ……大さじ1杯

・斬竜挽肉        ……160g

・ココナッツオイル    ……大さじ1杯

・ブレスワイン      ……少量

・水           ……600cc

・デデノパール      ……70g

・モガモガーリックソース ……適量

 

 






山菜ジイさんからもらった小タル爆弾を彼に向けて爆破させるのは日常茶飯事ですよね。


サブタイトルの元ネタは、河童の川流れということわざです。名人でも失敗することはあるということで、如何に凄腕ハンターでも拡散弾ぶっぱしちゃうこともあるよっていう意味合いだったりする。ところでこのタイトルで判断されたのか、どこかのブログで「ガレオスを料理したり~」と紹介されてました。ガレオスは料理……してないぞっ!

という訳で、唐突な過去回想回。さらに新キャラトレッドさんの登場回。彼はこれからも出てくる重要人物なので、これからの活躍にご期待あれって感じかな? ディノバルドの動きと、ボウガンの描写もしてみたい回でもあった。そしてさらっと伏線も混ぜていくスタイル。
して、サボテン。とっても栄養があって健康にもいいサボテンですが、あれってそんな感じの味がするんですねぇ。世の中って訳が分かりません。サボテンカレー、不思議な響き。

 閲覧有り難うございましたっ。


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