GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
年末まで時間がかかったのは、戦姫と勇者の二重奏シリーズとのコラボ外伝に気移りもあったのですが、何せ原作でもクリスちゃんにとってターニングポイントな回な上に、どうにか原作同様弦さん=司令の言葉で絆させたかったんですよ。
ただ……司令のあの独特のOTONA論がどういう経緯で形作られたのか実のところはっきりしていない以上、どこまで踏み込んでいいのか悩みに悩みまして本当(汗
でもこれでようやく本筋も終盤の第一歩に踏み出せます。
ではどうぞ。
弦十郎とエージェント、そして朱音がフィーネのアジトへ向かうべく蛇の体躯染みた山道を走っていたその頃。
「「失礼しました」」
リディアン高等部校舎内の職員室から、響と未来が一礼して退室した。
あえて理由を明言するならば、響の課題の提出である。リディアンの各授業より生徒に課される課題は、難度も高い上に頻度も多いのだが、今回は響も、未来のサポートもあって何とか期限内に提出できたのだった。
「はぁ~~なんとか出せたけど、次は期末テストか………山の次はまた山な試練……」
しかし、一難を乗り越えればまた一難どころじゃない試練が待っている。
春夏秋冬どの学期においてもその後半の最大の難関である――期末考査。
しかもリディアンだけあり、出題範囲も難易度そのものも半端ないレベルを求められており、学業と言う断崖絶壁がまだまだ続く事実を前に、響の口からは溜息しか零れてこない。
「溜息は今の内に吐いてしまっておこう、私も今回は中間の時よりしっかりフォローするから」
「はぁ~~助かるよ」
親友からのご厚意に、気が緩み過ぎて勢いで抱き付きそうになる響だったが――
「でも自分のも響の成績も下げたくないし、響が心置きなく人助けを頑張れるように、それなりに厳しく行くので、そこのところよろしくね♪」
「う、うん……朱音ちゃんに翼さんだって、私以上に大変なのに、ちゃんと勉強にも打ち込んで人助けを頑張ってるんだもん」
その未来から同時に笑顔で釘を指され、俄然、身も心も引き締まる思いになり、パンパンと頬を両手で叩く響でもあった。
「じゃあ早速この後は図書館で勉強会だね♪」
「ええ~!?」
「〝ええっ!?〟じゃありません、響だってたっぷり遊びたい夏休みにまで学校来て補習したくないでしょ?」
「は……はい」
補習の可能性まで提示されたとあっては、神妙に頷くしかない勉学が天敵な響は――
「その代わり今日の食堂のお昼は奢るから、勿論大盛りOK」
「ひゃっほ~いやったぁぁぁーーー!」
―――お昼のランチなご飯&ご飯を前に、一転大喜びを見せたのであった。
こうして、何とか響のやる気スイッチが押された状態をキープさせて食堂に向かっていると。
〝~~~♪〟
快晴な天気もあって開いている廊下の窓から、山から吹いてくる気持ちいいそよ風と一緒に、音楽校なだけあって全国大会の常連なリディアン高等科の吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。
「~~~♪」
すると響も、演奏に合わせて景気よく、鼻唄を奏で始める。
それも当然で、今吹奏楽部が校舎中に響かせている曲は、奏さんと翼さん――ツヴァイウイングの名曲である、かの……《逆光のフリューゲル》だったからだ。
やっぱり我ながら現金と言うか………あのライブに誘ったばっかりに響を不幸にさせた罪悪感に折り合いが付けられたことと、この間翼さんの歌声を間近で拝められたのもあって、初めてこの曲をテレビで聞いた時の記憶が、中学の頃よりも鮮明に思い出されてきた。
私にとってもこの曲は―――〝思い出の曲〟。
心臓が掴まれるって感覚を、あの時本当に身を以て味わって、ファンになってしまうのに、一秒も掛からなかったよね。
そして、奏さんたちに負けないくらいの衝撃を受けた、入学式の日に、今や恩人でもある……朱音が春風に乗って歌っていた姿と、胸打つあの歌声を思い出す。
私と響を……朱音と巡り合わせてくれた………響以外の子と友達になることを恐れてた自分を踏み出させてくれた……昔以上に、感慨深い気持ちにさせてくれる歌になっていた。
「~~~♪」
気がつけば、私まで一緒に鼻唄を歌って、リディアンの廊下の中を進んでいた。
今日は、このリディアンの〝校舎〟で送る日常(ひび)の、最後の日になるなんて、当然この時の私は、知る筈が……なかった。
時を、弦十郎たちがフィーネのアジトに潜り込む少し前に遡らせよう。
時折鳥の鳴き声も響く山中の、森林と言う自然のビル群の中を、枝から枝へと飛び移って進む影が一つあった。
微風で葉同士がこすれ合う森の中を進みゆく影とは――イチイバルを身に纏った雪音クリスだった。
しかし、その装束(すがた)は、朱音たちとの戦闘時よりも装甲が少ない。
この姿は、初めてイチイバルとの適合に成功した時のものだ。
〝正規のシンフォギア〟には予め、301,655,722種類もののリミッター及びロックが施され、装者の技量、経験に合わせて出力、性能が向上し、装束(ギア)の形状もアームドギア込みで変化していく。
クリスは二課のレーダー網に引っかからぬ様、あえて一切歌わず出力を抑えることで、〝初期仕様〟の姿をその身に纏わせていた。
要は相手に見つからず、身体能力さえ強化できればそれで良いので、その初期設定のまま、生身の徒歩で向かうには無理がある目的地へと急いでいた。
その目的地こそ、一度は戦災孤児の自分を拾いながら………利用した挙句、不条理に切り捨てたフィーネのアジトだった。
草凪朱音(あいつ)に電子の金銭がたんまり入った端末(うでとけい)を渡されたお陰で、今のアタシはどうにか、喰うや食われずの、誰も使ってない廃屋で息を潜めて生活する毎日から解放されていた。
二日に一回は寝床に選んだホテルを変えて、バルベルデのジャングルよりも狭っ苦しいコンクリートジャングルの中を転々としてる、寝食に困らない以外は依然として根無し草な生活だが、一箇所に留まり続ける気にはなれないので苦にはなってない。
それよりも、アタシには拭いたくとも拭えない、別の苦しみってやつがあった。
〝■■■■■■はもう完成している〟
あの日、服着てない方がまだマシと思えるくらい悪趣味で禍々しい色と形になったネフシュタンを纏ったフィーネが、そう言ったのだ。
アタシにはそれが一体どんな代物で、フィーネがそいつを使って一体何をやらかそうとしているのか、皆目見当もつかない。
けど……アタシでもこれだけは分かる。
フィーネはその〝■■■■■■〟とやらを作る為に、アタシを『戦争を無くせる』なんて言葉巧みに吹き込んで篭絡し、体ん中に聖遺物の欠片が入っちまってる立花響(あのバカ)をやれ連れて来いだの、やれデュランダルを奪って来いだのこき使い、アメリカの政府の連中と密談し、アタシが目覚めさせたソロモンの杖で何度も特異災害を起こし。そんでようやく完成にこぎ着けたそいつの為に、もっととんでもないないこと……やらかそうとしていると。
なまじ食う寝るに困らなくなったもんだから………その不安が、日に日に大きくなってきやがっていた。
このままじゃ………アタシは〝恩人たち〟からの恩を、最悪な形の仇にして返しちまう。
そして今日、居ても立っても居られなくなったアタシはフィーネの屋敷に殴り込みを掛けようとしている。
ヤツがソロモンの杖を握っている以上、〝アレ〟のことを誰かに、それこそあのおっさんら特機部二の連中に話そうとすれば………またこの前のようなノイズの大群をわらわらと呼び出すかもしれない。
アタシ一人で、どうにかするしかなかった。
〝私たちは、一人でも多くの命を助ける、貴方も―――その〝一人〟だ〟
自分でも分かってるさ。
アタシがやろうとしていることは、アイツがアタシに送ってきた言葉に唾を吐き、無情に投げ捨てるも同然のことだってくらい。
だけど………私は、アイツらが必死になって助けようしたたくさんの誰かの命を奪おうとし、恩人たちも入れたその誰かたちが暮らしている日常(せかい)に火種をばら撒いて壊そうとした〝咎人〟なのは、拭えない事実だ。
そして咎人なアタシは……捨て鉢めいたやり方以外のやり方を、知らないんだ。
だから―――刺し違えったって構わない、フィーネが〝争いの大火事〟を起こしてたくさんの人をまた巻き添えにする前に、ヤツとケリを付けてやる。
アタシはその想いを胸に、先を急いだ。
大分近くまで来たクリスはギアを一旦解除して、地面に木漏れ日と草葉でできた影(もよう)が描かれた森の中を一気に走る。
一際逆光がかかった木々を通り抜けると、暗がりに合わせていた目に一瞬の眩しさが差し込んでからの、湖の光景が映り込む。
見上げれば、今やクリスにはいけすかなく見えるフィーネの屋敷(アジト)が変わらず佇んでいた。
屋敷の内部は、まだはっきりと頭が記憶している。裏口側からクリスは忍び足で屋敷内に入った。
実はこの時点で、広木大臣を暗殺した傭兵部隊が強襲を掛けたが返り討ちにされ、遺体は放置されたままフィーネ当人は逃走した後だったのだが、クリスがそれを知る由はなく、またクリスがいる地点からは屋敷が受けた襲撃の爪痕が死角となっていた。
「くっ……」
しかし回廊を進んでいく内に、クリスの嗅覚は否が応にも捉える――硝煙の匂いを。。
忘れたいのに忘れられない、バルベルデの地で味わない日はなかった〝戦火〟の匂いが、何重にもけたたましい銃声たちのフラッシュバックが、母譲りの白銀に彩られる美貌が酷く苦悶で歪む。
咄嗟に耳を強く抑えても、抱えた頭を振って俯いても、一度ぶりかえして荒ぶる〝痛み〟は和らごうとしてくれず全身ごと震えるばかり。
幾重にも脳内で残響する雑音をかき消そうと、靴のヒールをかき鳴らして走り出し。
思わず聖詠も唄いかけた直前。
「あ……」
駆けゆく足の行く先を定めないまま、ひたすら走る内に、ほとんど無意識――まだ割り切れぬフィーネへの縋る想いに駆られるまま辿り着いてしまった。
血も含めた戦闘の傷痕が多く刻まれ、米国の傭兵たちの亡骸が散乱する、屋敷に大広間に。
「なにが……」
視覚が捉えた惨劇な光景を前に、一周回ってクリスの意識は理性を取り戻した。
「どうなってやがんだ……これ……」
死屍累々としか言いようのねえ、変わり果てた蜂の巣と血溜まりだらけの大広間を進み、どうしてフィーネと手を組んでた筈の奴らがここで仏様になっちまってるのか皆目見当がつかない私の耳に、後ろから物音が入ってきた。
身体が反応して振り返って見れば、そこには……広間の扉の方には、草凪朱音(アイツ)と、あの筋肉隆々でガタイがごつ過ぎるおっさん――特機部二の司令官が立っていた。
「ち、違うぅ――アタシじゃない! こいつらをやったのは――」
アイツの手が握っている黒く光る銃も目にした私は、思わず犯人は自分じゃないと叫んで、全身が緊張で身構えた。
すると真っ黒なスーツでグラスを付けた大人の男たちがぞろぞろと入って、私に目もくれず、何やらこの惨状を調べ始めて。
「端から貴方の仕業と思っていない」
銃をホルスターにしまってそう言ったアイツは、黒スーツたちの手伝いに入った。
「待って! よく見て下さい」
スーツの一人が仏の一人の腹に付いていた紙を取ろうとするのをアイツは引き止める。
会話を聞く限り、下手に剥がすと諸共吹き飛ばすトラップだったらしく……一歩間違えば自分は、パパとママと同じ末路で棺桶入りかけてたことに気がつき。
「はっ……」
戦慄で鳥肌出るくらい身震いしたアタシの頭へ急に………ほんわかとした温もりが来やがった。
見ればあのおっさんが、アタシの頭に手をそっと乗せていた。
な、なんでだよ……確かに相手はギアもねえのに鉄火場に飛び込んで助けてくれた恩人の一人だ。
けど同時に、体よく対ノイズ兵器にする気満々だったくせに綺麗事抜かしてきた〝信用できねえ大人〟の一人じゃなねえか……他の連中だったら〝気安く触るな!〟と、さっさと手で振り払って拒絶の意志を突きつけたってのに……どうしてそんな気が起きる気配が出ねえんだ?
「誰も君も仕業だと思ってはいない……」
自分の応じ様に戸惑ってる自分をよそに、おっさんは手を乗せたまま。
「全ては、君や俺達の傍にいた……〝彼女〟の仕業だ」
「え?」
何だか、泣きそうだと思えてくるくらい、目に水気をたっぷり溜め込んだ……悔しそうにも、やりきれなさそうにも……哀しそうにも見える目つきで辺りを見渡して、そう言い表した。
おっさんの心中が今どうなっているのかは置いておくとして、どうやらあたしが告白するまでもなく、口振りから見て特機部二はフィーネの正体ぐらいは見当が付いているらしい。
―――ってアタシってばまた、何しみったれて黄昏てるおっさんの顔をまざまざ見上げているんだ?
ここにフィーネがいないんじゃ、もうここに留まってる理由なんてない。
黒づくめたちの手際の良さを見ても、アタシがわざわざ教えなくたって二課は〝■■■■■■〟って代物何かぐらい自力で掴めるだろうし。
こんなとこに居続けたって、フィーネに捨てられたって忌まわしい思い出って〝痛み〟が、無駄にぶり返されて辛いだけだ。
「待ちなさい」
そう決めて去ろうと足を踏み出す直前に、どうやって気づいたのか、おっさんがアタシを呼び止めた。
「少し、話でもしないか? 多少の暇つぶしには、なるだろう」
そう言って、おっさんはアタシに後ろ姿を見せると、屋敷のテラスにまで自分の足を運ばせた。
丁度雲が、お天道様を遮ってて少し薄暗い空の下、思いっきり無防備な背中を撃って下さいとばかりアタシに見せつけるくせに、ギアを纏った時の熟練のハンターばりの獣じみたあいつ並みに、〝隙〟が見当たらない。
聖詠を歌いきるどころか、走り抜けようとした瞬間、一瞬で喉笛が掴まれそうで。
この〝自称大人〟………なんでこの間は………ああも簡単に振り切れたんだ?
「っ………」
渋々私も、黒づくめたちの現場検証で少々賑やかな広間から、テラスの……一歩手前な、大広間との境界線にまで近寄って、おっさんの〝話〟。
これはただの、ちょっとした暇つぶしだ、気まぐれなんだと………自分に言い聞かせて。
どの道、今さら信用しようにもできない大人の〝言い分〟なんて聞いたところで、どうなるって言うんだ?
それが、どう足掻いても穢れてることに変わりない自分の、何かを変えるなんて………。
もう一歩踏み出せば、おっさんが立っているテラスの中に入れる。
だけどアタシはギリギリ一歩手前で立ち止まったまま、広間とテラスの境界で立ち尽くしたまま、その先を踏み出せずにいた。
おっさんも見上げる空は、一応晴れてるってのに、半端にデカい雲で隠れて、これまた中途半端に薄暗い。
晴れてるのか、曇ってるのか、はっきり判別できない……なんとも煮え切れねえ、中途半端な天気の、空。
「それで、話って……何をアタシに話そうってんだよ?」
自分の、どこにも寄れない宙ぶらりん具合な状態を突きつけられているみたいで、アタシは空から目を逸らす。
小さな体躯(みため)を少しでも高くさせようと見せたい意地の表れでもある、ヒール高めの靴を履く、内股で、肉ばっかりいっちょ前についた脚の先にあって、妙に心細さも付いた、境界寸前の手前で立つ自分の足が目に映った。
「まだ性懲りもなく、やれアタシを救いたいだの、それが自分の役目だのどうの言う気じゃねえだろうな?」
おっさんから目を逸らしたまま、ならいっそとこっちからぶつけてみる。
「まあ、そんなところさ」
するとどうだ?
「これでも俺は、ちょいとばかり―――君より〝大人〟だからな」
自分でも簡単に予想できた返答を、あろうことかこのおっさんは、あのバカみたくバカ正直に返してきやがった。
「おとな……」
そう………〝大人〟って言葉と、自分は大人であると、捻りもなしに堂々と表明するその態度がだ。
どっちもアタシには、アタシの心をかき乱す厄介な代物。
「なら……なら………」
まただ……全身に震えが走る。
震えと一緒に電流が流されたような痺れも走り、段々筋肉が固くなって言うことを利かなくなってくる。
胸に何か押し込まれた圧迫、動悸。
息だってとっくに荒くなっていた。
また来やがった……バルベルデでの地獄から出られてから、何度も現れる、アタシの身体と心の悲鳴(ほっさ)が、忌まわしい記憶と一緒に襲ってくる。
おまけに、目元まで水気が溜まって熱くなってきやがった。
「なら……教えてくれよ」
どうにか残っているなけなしの意地で、どうにか脚を立ったまま踏ん張らせて。
「あんたにとって………あんたの言う〝大人〟って、一体何なんだよッ!」
この〝自分は大人〟と声高に自称する大人に、思いっきり……思いの丈ってのじゃ片付けられない、自分でもぐちゃぐちゃしてるのがはっきり分かる、前々から私の頭と心に侵犯してくる疑問からできた〝熱情〟を、震える全身から。口を通じてぶん投げちまっていた。
目元から、しずくも飛び散って。
だって―――どうしても分からねえんだよッ!
この前〝アイツ〟から今腕に付けている腕時計の端末と一緒に大量のお金を送られたお陰で、食うことに困らず、ふかふかなホテルのベッドで眠れるようになったアタシは、余裕ができことと、学校にも行ってないし労働もしてもいない身なせいで暇だらけの有り余った時間を使って、食い入るくらい必死こいてあるものを集めていた。
生きていた頃の、パパとママの………〝足跡〟ってやつだ。
ホテルのサービスで借りたパソコンで、ネットの動画サイトから、パパたちが歌って演奏しているのを虱潰しに探して見て回り。
自分の足と体力で行ける限り、図書館だの、本屋だの、古本屋だのを周りに回って、二人に関係している本やら雑誌やら新聞の記事やらも探し回った。
何かやってねえと、退屈と――自分が犯してきた過ちで、胸の中をぐちゃぐちゃ回る罪悪感に耐えられなくなって、頭も心も参っちまいそうなのも理由だった。
今だって、アタシを炙り出そうと召喚されたノイズどもに犠牲にされた、誰かの遺灰を握った感触を、はっきり思い出してしまう。
けど……一番の理由は、恩人の一人である〝アイツ〟からの言葉がきっかけでもあったんだ。
本当に久しぶりだった。
涙がぽろぽろ出ちまうくらい心から美味いと思えた、おにぎりだのお好み焼きだのの飯をわざわざ作ってアタシなんかにくれたあの時、アイツはパパとママを〝甘ちゃん〟だと、こっちも全面的に同意できるのに、どこか妙にざわめきも来てもやもやさせられることを言ったと同時に……こうも言っていた。
〝人ほど分けわかんない生き物はいなくて、しいて言えば混沌〟
――だって、その上。
〝そんな人間を見るには、月の裏側を見るくらい〟
――だと。
〝人を見ようとする、知ろうとする努力を忘れてはいけない〟
――なんだとも、言った。
不思議と、あいつのあの言葉の数々はとっさの拒絶が起きないどころか、私の心にすっと沁みこんでくる感じで、頷かされた。
だから………何が正しくて何を信じたらいいか未だ見つけられず迷ってばかりなアタシなりに、やってはみたんだ………〝知ろう〟って、踏み出すことを。
あいつの言う通りなら、私がこの目で見てきた、奴に裏切られて余計に不信が深まった〝醜い大人たち〟の記憶は、ほんの一部でしかなくて、それだけじゃない違う姿があることを見つけられるって。
パパとママの足取りを追いかけていけば、ちゃんと知ろうと努力していけば、小さい頃の自分では分かりようがなかった………二人が〝音楽〟に、何を籠めて、たくさんの人間に向けて送っていたその意味を、その想いを、知ろうって。
必死にくらいつくくらいに………でも、ダメだった。
どうしても、アタシの中の〝大人〟が覆ってくれなかった。
「アタシにとって……大人は余計なことしかしないクズ揃いの大っ嫌いな連中でしかねえんだ!」
なんでパパとママは―――あんな残酷だらけの世界から争いを無くせられる――〝歌で世界を救える〟なんて、信じていたんだ?
「けどそれ以上に大っ嫌いなのは……死んだパパとママみたいな、綺麗言しか吐かない臆病者で夢想家な大人たちなんだよッ!」
どうしてあんな〝夢物語〟を、本当に実現できるって………自分から非情で無情だらけの鉄火場に、アタシも巻き込んで、飛び込んでいったんだ?
分かってる……昔パパから教えられた言葉の一朝一夕でどうにかなるのなら、苦労はしないって。
だけど、この胸の、気が少しでも昂ると張り裂けそうなやるせなさはどうしたらいいんだ?
結局アタシ自身は、どこにも寄る辺を見定められないまま、自分は〝壊すだけの歌しか歌えない〟身のまま、要は自分すらも………大っ嫌いなんだ。
どうすればこんな自分も、変えられる?
恩人(あいつ)の言葉は決して………戯言でも小奇麗な虚言でもない………確かな重みのあるものだってことは、分かっているのに。
フィーネにまで切り捨てられた今となっちゃ、本当にやっと見えた〝光〟だってのに。
「それでも大人だって言うんならな……そんな〝夢物語〟みたいに言うんじゃねえよッ! 良い大人が〝夢〟なんか語ってんじゃねえよ!」
(〝大人が夢を〟………か)
弦十郎は、しばし黙然とした姿勢のまま、クリスからの〝叫び〟を、一言一句聞き漏らさぬ様、粛々と耳を傾け、心に彼女の混沌とした想いを〝大人〟として刻ませていた。
同時に彼の脳裏には、朱音が以前書き記した報告書のある一文が過った。
〝嘆き叫ぶ雪音クリスの姿から、一瞬ではあるが幼い頃の彼女の姿が見えた〟
そして今、彼の眼でもはっきりと目にした。
バルベルデで両親と死別する前後の頃の、泣きじゃくる幼きクリスの姿が。
そうして弦十郎は改めて思い知る………身体は相応以上に成長していても、この少女の心の〝時間〟は、戦火に巻き込まれたあの日より、止まったままであることを。
握られた拳と、噛みしめた歯に籠る力が強くなる。
終わりの名を持つ者――フィーネが彼女を手中に収めなくとも、この少女は自信が憎む一つたる弦十郎たち〝大人〟の都合によって、シンフォギア装者として彼女がもう一つ憎むべき〝戦場〟に立たせていた。
彼女の心象によって忌むべき〝銃〟となったアームドギアを……持たせて。
「っ………」
一度弦十郎は、百獣の如き鋭さを帯びた眼を閉じて、噛みしめる。
この少女にも、〝人類守護〟の重責を背負わせようとしていた自分たちの罪を。
少女が語る〝大人〟もまた、決して目を背けてはならない〝事実〟であることを。
「だから……君から何もかも奪った〝争い〟そのものを絶やそうとしたのか?」
その上で、瞳をそっと見開き。
「そうだよ! 本当に戦争を止めたかったから、そいつを生み出す元凶な奴らを片っ端からぶっ潰せばいい!」
「それが君の流儀か? なら聞くが――」
少女――クリスへと、改めて正面から見据え。
「そのやり方で、君が憎む〝争い〟を無くすことができたのか?」
粛然と、問いかける。
それで本当に、クリス自身の〝願い〟が、果たせたのか?――と。
「っ………それは………」
一転言いよどむクリスには………弦十郎からの問いを投げ返す〝答え〟など持ってはいなかった。
無理もないことで、実際に弦十郎が〝流儀〟と称した彼女のやり方は。
〝貴方の〝戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰す〟やり方じゃ、争いを亡くすことなんてできやしないわ、せいぜい一つ潰すと同時に新たな火種を二つ三つ、盛大にばら撒くくらいが関の山ね〟
自らを利用した挙句切り捨てたフィーネに言われた通り、逆に〝火種〟をばら撒く行為に他ならず。
〝これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟
朱音から、彼女とくと見せられた通り、破壊と惨劇と、悲劇しか生まなかった。
何より〝特異災害〟と言う形で、あれほど憎んでいた筈の争いを招いてしまった、彼女にとって〝屑な大人たち〟のように、生み出す側に立ってしまった。
クリスのやり方は結局……彼女自身を今この瞬間にでも苦しめ続ける、足枷も付いて自らの全身を心ごと縛り付ける〝鎖〟でしかなかったのだ。
「さっき君は、〝良い大人が夢を語るな〟――と言ったな?」
弦十郎は、ここまでの前置きを経て、語り始めた。
「だが俺は――〝大人〟だからこそ――〝夢を見る〟ものだと、信じている」
彼自身がその胸の奥に抱いている、自らの〝流儀〟を、〝信念〟を―――。
「大人になれば背も伸びるし、力も強くなる、ポケットに入った財布そのものも、中の小遣いだって、ちっとは増えるし………何より、子どもの頃は見ているだけで精一杯だった夢を、実現するチャンスが大きく、たくさんできるもんさ、大抵の人間は………大人な歳になる頃には、忘れさせられちまうし、目の前で転がってるに見逃してしまう、困ったさんなところもあるがね………〝夢〟ってヤツはな」
それを形作るのは、決して〝綺麗言〟だけでないことも付け加え、自嘲気味な笑みをこそばゆそうに、弦十郎は一度精悍な表情(かお)に浮かべ。
「だが、これだけは言える」
再びその貌を引き締め直して、クリスの瞳を見据え直した。
「君の両親は、ただ〝夢を見る〟為に、戦場に行ったのか? 違うだろう、歌で世界を平和にする、その〝夢〟を本気で実現する為に―――覚悟の上で、自ら望んで、この世の生き地獄へと、踏み込んだんじゃないのか?」
雪音雅律とソネット・M・ユキネのことは、弦十郎でも直接雪音夫妻を対面した経験はなく、多くの市井の人々同様、テレビやPCの動画越しでしか拝見したことがない、ゆえに二人が胸の内にどんな〝信念〟を持って、〝音楽〟を手に戦地へ赴いたか………本当のところは、今となっては故人な本人たちのみぞ知るものであり、他者は生前の記録たちを下に、想像するしかない。
それでも、同じ〝夢を持って生きる大人〟として、雪音夫妻が胸中に抱いていた〝夢〟は、嘘も偽りもなく、心から本気であったと、弦十郎は揺るぎない確信を持っていた。
「だったら………どうして……」
言葉にしようとして、途中でぐっと飲み込み口を噛み締めて途切れたクリスの声。
弦十郎は、その先を――彼女が何を言おうとしていたか、読み取っていた。
ならどうして、夢を形にする為に向かった先が紛争地域で、その頃の自分は紛争の戦火が絶えない国で現地の〝友達〟と呑気に野原を遊び回り、大地に咲く花たちを摘み、世界の現実なんて知るわけもなかった幼い自分をまでバルベルデに連れてきたのかと………先に逝って、置き去りにしたのかと………。
小さき我が子を連れ戦地に赴いた点に於いては、歳の離れた友人たる朱音より〝甘ちゃん〟とはっきり言われた弦十郎でさえ、雪音夫妻の見通しは、少なからず甘かったと認識している。
政府が戦争状態を当たり前とする国で、それを止めようと反戦を広めると言うことは、争いより利益を得ている連中にとって邪魔者以外の何者でもなく………事実夫妻は。表向きNGO活動中に内戦に巻き込まれた、されど実態はバルベルデ政府そのものより〝謀殺〟された。
国連軍の介入で保護されるまで、ずっと生き地獄の中を彷徨い生きて来たクリスが、両親をはっきり〝大っ嫌い〟だと〝口では〟吐き捨ててしまうのも、無理はなかった。
「どうしても、見せたかったんだろう……」
一歩、また一歩と、少しずつ弦十郎はクリスに歩み寄る。
「〝夢〟は実現できる、叶えられる―――〝揺るがない現実〟の一つだってことを、大切に想い………愛していた君にな」
そうまでして、雪音夫妻が幼い愛娘――クリスに見せたかったもの。
今は亡き当人たちに代わり、弦十郎の言葉から、ようやく彼女に伝えられた。
受け取ったクリスの瞳が、目じりに溜まっていく潤いに覆われにじむ中。
「今さら遅いってことは………俺も、何より両親も……承知の上だろうが………それでも言わせてくれ」
弦十郎は、その逞しく隆々を極めた両腕で。
「君を巻き添えにして……君を助け出すまでここまで時間がかかって………本当に、すまなかった」
花びらを両手でそっと包み込むように、クリスを抱きしめた。
これがきっかけとなり、クリスの目じりから、ついに涙が流れ出す。
泣いた………口では〝大嫌い〟と言いながらも、根は縁(えにし)を捨てきれなかった両親の想いを知った彼女は、数え歳の小さな子のように、思いっきり咽び泣いた。
さっきまで踏み出せなかった………〝境界線〟を、踏み越えて。
それは、父(パパ)と母(パパ)と死に別れて以来、ずっと止まっていたクリスの心の中の時間が―――ようやく動き出した、瞬間でもあった。
空を見上げれば、陽を遮っていた雲が流れ去り、光が彼女の心を解かそうとするばかりに、照らしていた。
つづく。