正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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第四話

 アレクシアとの対戦の後、ジークフリートの生活に何か大きな変化があったかというと、そうではなかった。実力を認められ軍に採用されるかというと、そのような話もなく、平穏無事に時間が過ぎている。

 貸し与えられたマンションの一室に寝泊りしているジークフリートは、コーヒーとトーストで軽い昼食とする。テレビは戦争の話題で持ちきりで、グレートブリッジ奪取に成功した今、連合の降服は時間の問題であるとの見方が強かった。

 現在、帝国は連合に対して降服するように勧告を出しているらしい。

 敵の中心地であるメガロメセンブリアがグレートブリッジの陥落によって丸裸にも等しい状態に追いやられたことで敵方の中で厭戦気分が高まっている。

 これ以上の不毛な戦いは無意味であるとして、帝国側は兵を北上させず、対話による解決を目指しているとのことであった。

 これについては、様々な意見がある。

 まず、一気呵成に攻め立てて、敵の盟主たるメガロメセンブリアを潰すべきだという強硬姿勢。

 ヘラスの大通りでも、そういった主張を叫ぶデモが何度か行われているのをジークフリートはマンションのテラスから眺めたことがある。

 ――――そのときは、言論の自由というのが保障されていることに少なからぬ驚きがあったものだが。

 強硬論は、北と南の長年の確執に端を発する怨嗟の声だ。

 亜人類を差別する純血主義のメガロメセンブリアとそれに協調する北の人間たち。南の「古き民」は北の人間を「新しき民」として歴史も伝統もない野蛮人と蔑んだ。結局のところはどっちもどっち。戦いの火種がもともとあって、些細ないざこざから一気に噴出したのだ。両者共に民族的な対立感情が内側にあった。戦争が大きくなったのは、今、テレビの前で大声を発する強硬派のような民族至上主義の影響もあってのことだろう。

「戦争は終わったも同然か」

 コメンテーターの会話は基本的に戦後処理の話題になっている。

 この戦争の善悪を論じることもなければ、当然敗北の可能性に触れることもない。

 このまま敵地を攻略しなくていいのか、今までの恨みを晴らさなくていいのか。そういった意見に対して、命を無駄にする必要はない。滅ぼしては賠償すら取れないだろう、という意見が対立する。

 戦争は外交手段であるべきで、恨みを晴らすための戦争は侵略ですらないただの殺戮手段に堕する。となれば、後者の意見こそジークフリートは支持したい。

 ともあれ、このまま事態が推移するのならばヘラスの勝利は確実だろう。

 テレビ画面に表示される地図を見る。

 グレートブリッジの位置とメガロメセンブリアの位置を見れば、そこがどれほど重要な場所だったのかが一目瞭然である。今頃、メガロメセンブリアは戦々恐々としているに違いない。喉元にナイフを突きつけられたような状態だ。これでは、生殺しに等しい扱いだ。

 チャンネルを変えようとしたとき、呼び鈴が鳴った。

 帝国の人間だろうか。

 ジークフリートの家を訪れるのは、現状では帝国の者以外に考えられない。

 玄関の扉を開けると見知った顔があった。

「アレクシア殿か」

「お久しぶりです、ジークフリートさん」

 きりりとした顔立ちのスーツ姿の女魔法騎士。

 テオドラの身辺を警護する三つの警備隊の一つを率いる立場の少女である。

 その後ろにはローブに身を包む二人の魔法使いがいた。個人的訪問ではなく公務としてやってきたということだ。

「何かあったな」

 確信だった。

 彼女は冷厳とした表情ながら、それは決して(ながら、決して/であるが、それは決して)不感症だということではない。ただ、感情表現が苦手なだけだ。その上で判断するのならば、今のアレクシアはずいぶんと思い悩んでいる様子だ。

「今日はテオドラ様からの命ではなく、陛下からの命を受けて参りました」

「陛下……皇帝か」

 テオドラの命を救った恩人として勲章を与えられた際に、授与式で見たことがある。立派な二本の角を生やした、精悍な顔立ちの男性だった。

「ジークフリートさんの実力を見込んでということです。……中で話をさせていただいても?」

 中に入れない理由もなく、ジークフリートは三人を迎え入れる。

 不意の客人に出せるようなものはなく、コーヒーくらいしか用意できないのを謝罪しながら、要件を尋ねた。

「わざわざ俺のところに来たのは、相応の理由があるわけだろう」

「はい」

 と、アレクシアは言った。

「ジークフリートさんに折り入ってご相談があります」

「相談……」

「……傭兵として、グレートブリッジへの救援に向かっていただきたいのです」

 非常に言い難そうにしながらも、アレクシアはしっかりとした声で言った。

「グレートブリッジに救援だと?」

 ジークフリートは驚いて、口に出してしまう。

 それもそのはずだ。

 グレートブリッジは帝国が陥落させた軍事上の要衝であり、ここを落としたからこそ帝国の勝利は間近だと喧伝されていたのだ。そこに救援という形で向かうということは、戦況に大きな変化があったということである。

「何があった? 俺が知る限りでは、グレートブリッジは……」

「連合による大規模な反抗作戦が開始されたのです。想定を上回る物量に加えて、グレートブリッジそのものが、連合側に都合よく機能しているとの情報があり、上層部は撤退を決めたのです」

「グレートブリッジそのものが、要塞としての機能を失ったということか」

「そうなります」

 なるほど、確かにグレートブリッジは連合側の要塞だった。帝国側からの攻撃を防ぐのに都合よく機能しても、連合側からの攻撃を防ぐにはその防御力は激減するのだろう。連合側も馬鹿ではなかったということだろう。撤退の際に、反抗作戦で優位に立てるようにいろいろと仕込みをしていたのだ。

「相手も中々の食わせ物だな」

 グレートブリッジを拠点として、戦力を整えようとしていた矢先のことだっただけに帝国側は完全に虚を突かれた形になる。

「連合側はグレートブリッジを取り戻す自信があったのだろうな」

「おそらく。……ずいぶんと反攻が早かったことを考えると、戦術的撤退だったのでしょう」

 ヘラス帝国は大規模転移魔法の軍事利用により連合側の不意をついてグレートブリッジを落とした。連合側の被害も大きかったはずで、だからこそ帝国は勝利を確信したのだ。

 だが、彼らは素早く戦力を立て直し、グレートブリッジに大兵力を投入している。

「現状、グレートブリッジを保持することはかなり厳しい状態です。そこに投入していた兵力を叩かれれば、我等は守りの要を失います。撤退のための時間を、稼がねばなりません」

「船と兵、この両方を可能な限り生かして退かねばならないか」

「連合はグレートブリッジを陥落させた余勢を駆って帝国領内に攻め入るでしょう。その際に対抗していくには、ここで戦力を減らすわけにはいかないと」

「俺の仕事は殿というわけだ。傭兵への依頼とは思えんな」

「ですので、断わっていただいてかまいません。強制力のない、あくまでも依頼として申し上げております」

「そもそも、俺一人ではないだろう。向こうに行くのは」

「はい。基本的には正規兵の救援部隊を四〇〇〇人規模で編成中です。これらでグレートブリッジを側面から救援し、敵軍の足を止めることになっています」

「ならば、それで十分ではないか? 個人の武勇など、大した影響は与えないだろう」

 グレートブリッジに押し寄せる敵の大軍に背中を襲われれば、多大な被害を出すことになる。それを防ぐために敵軍を側面から攻撃し、押し返すことはできないまでも何とか足を止める。その隙に、撤退を終える。となれば、必要なのは敵軍を牽制できるだけの大軍であり、個人は不要だろう。

「相手がただの軍であれば、それでも大丈夫なのです。ですが、一騎当千の大魔法使いがいる場合、大型の戦艦が寧ろ的にされる場合もあります」

 そう言ってアレクシアはカバンからA4用紙に写真がクリップ止めされた資料を取り出した。

「これは?」

「敵の真の主力と目される者たち――――『紅き翼』を名乗る傭兵チームです」

「傭兵チームか」

 ジークフリートは資料を眺めた。

 目にも鮮やかな赤毛の少年ナギ・スプリングフィールド。

 鍛え抜かれた肉体とふてぶてしい表情の巨漢ジャック・ラカン。

 優美な顔立ちの優男で如何にも魔法使いといった服装のアルビレオ・イマ。

 旧世界出身のサムライマスター青山詠春。

 外見は子どもだが、卓越した魔法技能を有するゼクト。

 詳細な調査結果があることからも、かなり以前から帝国が脅威として認識していたことが分かる。

「二度に亘るオスティア攻略作戦の失敗も彼らが主要な働きをしたからとされています」

「ほう」

 興味深い相手だ。

 戦争が一個人の武勇ではなく、数と兵器の質に左右されるようになった時代にあって、燦然と輝く個の力を示すというのは難しいことなのだ。多少の達人は圧倒的な火力の前に塵も同然。唯一無二の達人よりも平均的に戦果を上げることのできる兵器を取り揃えることが勝利の近道だからだ。

 しかし、大魔法使いと呼ぶに相応しい頂点の実力者は個人で軍隊を相手に戦えるという。となれば、連合の戦力は『紅き翼』の存在だけで数倍――――いや、精神的支柱であると考えれば、士気もあってさらに戦力は上昇するだろう。

 ジャック・ラカンなどは元々帝国が彼らに送った刺客だったのに、いつの間にか帝国の依頼を忘れたかのように振る舞い『紅き翼』の一員になってしまっている。とてつもない損失だろう。性格から考えて、正規兵にはならなかっただろうが、帝国からすれば一軍を上回る実力者が敵になってしまったようなものだ。ジークフリートを傭兵として雇って大丈夫なのかどうか、という話が遅々として進まなかったのも、この裏切りの前例があるからではないだろうか。

「俺の仕事は、彼らの足止め。可能ならば撃破といったところか」

「危険な任務になります。まして、南北の猛者を集めても最上位に入るであろう五人が集ったチームです。正直に言えば、無謀に過ぎるものです」

「俺のほかには?」

「帝国は国力に優れていますが、個の武勇となると……残念ながら彼らに匹敵する者を集めるだけの時間もなければ、兵の厚みもありません」

 帝国の主要な兵器は鬼神兵と空中戦艦。

 個ではなく、軍としての近代化を目指した結果「魔法使い」という原点を積み上げたような者に対して相性が悪くなった。

 だが、それは帝国が悪いと言うわけではない。

 そもそも、『紅き翼』がおかしいだけなのだ。

 単独で戦艦を撃沈できるなど非常識にもほどがあるというものだ。

 そして、それにジークフリートをぶつけようというのだ。帝国側もかなり切羽詰っている。このような非常識な依頼をしてくるのも、事情があるのだろう。

 正規兵を失いたくない。

 しかし、『紅き翼』を押さえるには大人数と相応の兵器の消耗を覚悟しなければならない。

 それでは、まったく意味を成さない。ここを乗り切っても、後々敵の反抗を抑えられず国が傾くこともありえる。何とかして一兵でも多くを逃がし、武装を温存するために、『紅き翼』の足止めができる個人をぶつける必要があった。

 それが、傭兵を使い潰すような非情な作戦であったとしても、取り入れなければならないほどの危機的状況ということだろう。

 あるいは、これを好機としてテオドラに近いジークフリートを排除しようという宮廷内パワーゲームの結果だろうか。

「分かった」

 ジークフリートは眺めていた資料を机の上に置いて、言った。

「この依頼、引き受けよう」

「あの……正気ですか?」

「何にしても俺の力が必要なのだろう。それに、俺も彼らには興味がある」

「興味?」

「武を志した男として、強い相手に興味を抱くことは不自然か?」

「いえ。ですが、意外でした。そのようなことを仰るような、熱い方とは思いませんでしたので」

「熱くはないな」

 ジークフリートは机の上に広がる資料を見下ろしてコーヒーを口に含んだ。

 すっかり温くなってしまったコーヒーに眉を顰めた。

 まだ見ぬ敵手――――『紅き翼』。

 果たして彼らは、黄金の槍兵のように死力を尽くして戦うべき相手なのかどうか。

 それが気になっているところなのだ。

 

 

 

 時間があろうはずもない。

 グレートブリッジはすでに敵勢の波状攻撃に曝されており、撤退しようにも攻撃の手が止まなければ迂闊に兵を下げることもできない。

 現状ではグレートブリッジの防御力に頼った篭城戦によって辛うじて敵の勢いを押し止めているだけなのだ。

 ジークフリートが仕事を引き受けると、その一時間後には船に乗せられていた。

 船と言っても悠然と水の上を行く船ではない。

 魔法世界の戦争は空中にまで広がっている。ここでの船とは即ち空中戦艦。駆逐艦、巡洋艦などである。

 送り込まれる兵たちはこの信じ難い負け戦を受け入れることができずにいる者がほとんどである。敵を撃ち滅ぼし、帝国に勝利を届けるための出兵ではなく、敗退した味方の退路を確保するための出兵になるなど思いもしなかっただろう。

 ジークフリートですら、昨今の報道を見る限りでは連合に勝ち目などないと思っていた。

 それほど、帝国は優勢に戦争を進めていたのだ。

「不自然なまでの立て直しの速さだったな」

 グレートブリッジの陥落を予見していたかのような手際のよさだ。

 資料を読む限り、グレートブリッジという巨大な餌に帝国が引っかかったとも取れるほど、事態は連合に有利なように進んでいる。

「考えても栓ないことか」

 ジークフリートがいるのは、巡洋艦の中である。

 すでに首都を発して一時間。グレートブリッジまでの船旅の中で、ジークフリートは船内に漂う絶望的な雰囲気を感じ取っている。

 戦争が終わると誰もが手放しに思い込んでいた。

 末端に行くほど、戦場の厳しさを知っているだろうし、だからこそ先の見えなくなった泥試合に恐怖と不安を隠せない。

 ジークフリートは傭兵だ。

 船内を自由に動き回るような権限は与えられていないが、武器を格納する格納庫には立ち入りが認められている。

 というのも、ここにはテオドラがジークフリートへのお礼として用意してくれた武器が置いてあるからだ。

 プロトタイプなので銘はない。製作者等の間での愛称はアスカロン。

 刃渡り一メートル五十センチ、刃幅五十センチにもなる両刃の大剣である。

 西洋剣によく見られる輝かしい飾りの類はなく、柄は黒く染まっており、刀身も鈍い鉄色で全体的に暗い印象を受けるが、込められている魔力は類希なる逸品であることを窺わせる。

 魔力によって精製されたものではなく、金属を以て形を作り、様々な魔法的加工を施したものだそうだ。本来は帝国軍の正規兵に与えられる予定だったが、使用に莫大な魔力を必要とするためにお蔵入りになった欠陥品。その力は武器ではなく兵器に例えられるほどだという。

 宝具では、少々過剰火力だと思っていたところだったので、加減ができそうなこの世界の武器というのはありがたかったりする。

 宝具は真名開放をするまでもなく、存在そのものがこの世界では異質だ。

 使用するにしても、ここぞというときに取り出すくらいがちょうどいいのだ。

 この戦いは敵を殲滅するためのものではなく、守るための戦いだ。

 ジークフリートの戦い次第では、死傷者に差が出るかもしれない。そう思えばこそ、気持ちも入るというものだ。

 




本当はモードレッドで構想していたのだ。
ナギと同じように馬鹿やりそうだったから。けれど、女として扱われても男として扱われても不機嫌になるという史上空前の扱いにくさは如何ともしがたいのである。

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