正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

26 / 30
第二十五話

 アルビレオの転移魔法によって墓守り人の宮殿に突入したナギたちは、そのまま迷うことなく奥へと進んでいく。

 群れを成して襲ってくる影の魔物をいとも容易く蹴散らす様は一種の天災にも見えるだろう。

 少なくとも敵にとっては。

 城塞内部でありながら、大気を震わす雷鳴はそのまま完全なる世界の最後を彩る絶叫となるか。

 無論、抵抗はする。

 追い込まれているように見えても、大局的には一進一退である。ナギたちがどれほど活躍したところで、儀式の発動を防がなければ負けである。また、外の艦隊と召喚魔との戦いも、どちらに軍配が上がるか分からない。召喚魔は実質無限とも言うべき総量であり、艦隊は着実に数を減らしている。時間をかければかけるほどに、ナギたちは不利になっていく。

 だが、だからといって引き篭もって時間稼ぎに徹するかというと完全なる世界はそのような選択は取らなかった。

 『紅き翼』の戦闘能力を考えれば、小手先の罠や策謀は意味がない。手を打つのであれば、奥に近づけないように、最高戦力によって迎撃するしかないのである。

 そうでなければ、完全なる世界は敵をただ儀式場に近づけるだけとなってしまう。それではダメだ。万が一にも、戦闘の余波に儀式を巻き込んではならない。

 両者共に、相手との激突は侵入の直後であると分かっていた。 

 完全なる世界はそうすることを選択し、『紅き翼』はそうなることを予想していた。

 図らずも両者の思考は同一の結論を導き出しており、だからこそ対面した際にも当たり前のようにその状況を受け入れるしかなかった。

 『紅き翼』の五人と完全なる世界の最高幹部五人が大広間と思しき空間で向かい合う。今更召喚魔が乱入してくることもない。ここまで来れば雑兵の召喚魔など空気に等しい。残念ながら、彼らでは状況をプラスにもマイナスにもすることはないだろう。

 戦闘スタイルが酷似していれば、戦いやすい場所は自ずと似てくる。

 大広間というにはあまりにも広大なその場所は、完全なる世界の幹部たちにとっても、『紅き翼』にとっても周囲を気にせず力を振るうことのできるベストスポットといえた。

 大広間に突入してきたナギに向けて、プリームムが酷薄な表情を向ける。

「やあ、千の呪文の男。また逢ったね。これで、何度目だい?」

 幾度となく拳と魔法を交えた相手。

 好敵手と言うほどの好意はないが、宿敵と呼ぶだけの因縁はあった。

「僕たちもこの半年で君にずいぶんと数を減らされてしまったよ。この辺りでけりにしよう」

 五色の魔力に彩られた敵幹部たちが、『紅き翼』に相対する。

「お出迎えどうも! さっさと押し通らせてもらうぜ!」

 ナギは遅延呪文を解放。言葉の通り、即座に勝敗を決しようと封じていた大魔法を叩き付ける。

 千の雷が大広間に轟音を響き渡らせる。岩が焼け、融解し、異臭が立ち込める。

「驚嘆するよ。その歳で、これほどの威力の魔法が使えるんだからね」

 粉塵の先には、無傷のプリームムたちがいる。

 互いの実力は伯仲している。大魔法とはいえ、直撃は難しく簡単には食らってくれないのだ。

「ハッ、いいじゃあねえ。どっちにしてもこれが最後だ。盛大にやり合おうぜ!」

 巨大な剣を片手に、ラカンが前に出る。

 そのラカンの前には、彼と同じくらいの体格の男が踏み出した。炎を背負った壱は、五人の中でもとりわけ高い破壊性能を有している。

「やっぱ、俺の相手はあんたか。そんな気はしてたがね」

 ラカンはにやりと笑って剣を振るい、拳を握る。

 壱は無手だが、その代わりに超高温の炎熱を身に纏っている。ラカンは気で、壱は炎で身を守りながら、両者の守りを突破するべく力を尽くす。

 ラカンと壱は、互いの魔力と気を撒き散らしながら超高速の近接戦を始めた。

 二人の猛烈な殴り合いは、時空を捻じ曲げんとするかの如きエネルギーを発生させる。莫大な力と力がぶつかり合い、周囲はその余波だけで破壊される。しかし、この空間に於いてそれは特別目立つものではなかった。

 五人と五人がそれぞれの相手と戦いを始める。戦闘スタイルこそ各々違えど、魔法世界の最上位にいる者たちによる最終決戦である。

 解き放たれる魔力は凄まじいの一言であり、宙に浮かぶ墓守り人の宮殿が振動を止めないことはなかった。

 もしかしたら、この宮殿そのものが崩落するのではないかとすら思える攻防は、そこかしこで行われる。

 詠春の剣は雷の魔法を駆使する拳士とぶつかり合い、アルビレオは重力魔法で召喚士デュナミスと相対する。ゼクトは水を操る使徒と魔法戦の最中だ。

「おおおおお!」

 ナギが吼える。

 視界を覆うほどの石の杭を魔法障壁と機敏なステップで躱し、艦載砲に匹敵する雷の暴風で薙ぎ払う。

 山をも吹き飛ばすナギの魔法は、直撃すればプリームムとて無事ではすまない。

 それを、幾度かの戦いを通じて理解しているプリームムは正面から受け止めるような真似はしない。彼は地のアーウェルンクス。大地の加護を受けるプリームムは、足元の石をめくり上げるようにして幾重もの壁を作り、ナギの大魔法を凌いだ。

「邪魔くせえな、二発目食らえ! 雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!」

 一度はナギの雷の暴風を凌ぎきった岩の城壁も二発目には耐え切れない。

 壁の中心を雷光の一閃が駆け抜け、遙か奥に見える石壁に大穴が穿たれる。生じた爆風や閃光を確認する前に、ナギはその場を飛び退いて魔法障壁を最大展開する。

石の槍(ドリュ・ペトラス)

 ナギの咄嗟の判断が、彼を救った。足元から逆棘状に突き立つ石の槍を、間一髪で回避したのである。魔法障壁で逸らしたものの、ローブの裾が削れてしまった。

 舌打ちしたところを、踏み込んできたプリームムが殴りかかる。

 首を振って回避して、同時に放った膝蹴りは相手の手に阻まれる。

「まったく、呆れた反射神経だよ」

 プリームムが言葉の通り心底あきれ返った風に言う。

 すでに二十回は殺害しているだけの攻撃を放っているというのに、その尽くがナギに回避されるか迎撃されて致命傷には届かない。

 対するナギも強敵を相手に攻めきれず苛立ちを募らせる。精神的にはナギのほうが追い詰められている。何せ時間がない。敵を倒さなければならないナギと違い、相手は引き分けでも問題がない。その差は確かに両者の攻め方に違いを生んでいるだろう。

「相変わらずチマチマとめんどくせえヤツだな」

 プリームムがナギをいなすような立ち振る舞いをするのなら、ナギはとことん正面から当たるだけだ。防ぎきれず、凌ぎきれない猛攻をかけて、相手を叩き潰す。基本的に拳と魔法で敵を薙ぎ払うタイプのナギは、絡め手よりも理不尽なまでの強さでねじ伏せる。

 プリームムが相手であっても、それは変わることはない。むしろ、強敵が相手だからこそ自分のスタイルを堅持しなければならないのだと、本能が告げていた。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 超高度の領域で、竜殺しの剣士と二人の使徒は死闘を演じている。

 速度ではやはりノーヌムとセクンドゥムが勝っている。縦横無尽に空を飛び回り、その超速で以てジークフリートを撃ち落そうとする。それでも、正面からならば大魔法すらも無効化するジークフリートの肉体は傷付けず、拳や蹴りを打ち込んでも逆に斬り返される。

 ギロチンのような刃を潜り抜けて背中を打とうとしても、ジークフリートはその動きをしっかりと見切って対応している。

 竜の翼を羽ばたかせて加速するジークフリートは浮き島から浮き島へと飛び移りながらセクンドゥムに追いすがる。

 雷速というのはそれだけで脅威ではある。

 何せこちらからは手出しができない。容易に距離を取ることができる雷速は、勝敗を別つ要因の一つである「間合い」を完全に制することに成功していた。

「ハハハ、遅い。遅いなジークフリート!」

 などと、叫ぶ余裕がセクンドゥムにはできていた。

 剣士の周囲を飛び回り、魔法の矢を牽制に放ちつつ、魔力を充填した拳で殴りかかる。ジークフリートが雷速に対応できるようになろうとも、セクンドゥム自身が一流の拳士である。近接戦闘で後れを取るとは夢にも思わないし、事実確かにジークフリートの間合いにあってもセクンドゥムは渡り合えていた。

 轟然と振り下ろされる剣を潜り抜け、ジークフリートの胸に一撃を加える。その衝撃で大地を割るほどの力を一点に集中した拳である。通常の魔法障壁ならば耐え切れずに肉体そのものが消し炭になっていたであろう。

 だがそれはジークフリートの前には蚊が刺した程度のダメージにしかならない。迸る電流も見た目ほどの効果は期待できず、そのことに驚いていては隙を突かれて首を落とされるだろう。セクンドゥムは攻撃が受け止められたと見るや、即座にバックステップでジークフリートから距離を置く。一瞬で二百メートルは離れたか。音速程度ならば超えることもできるジークフリートもさすがに雷速となると追いすがれない。かといって、遠距離攻撃となると宝具の真名解放が必要不可欠だが、構えと振りかぶりはあまりにも隙が大きい。

「そらそらどうした!? 竜殺しなどと呼ばれている貴様の実力はその程度か!?」

 セクンドゥムの哄笑は留まるところを知らず、圧倒的な速度を生かしたヒットアンドアウェイを繰り返す。声が残響となって残り、不快感を助長する。

 その一方で、ノーヌムは至って冷静だった。

 セクンドゥムと同じように高速機動でジークフリートを圧倒してはいるが、それは彼に付け入る隙を与えないため。近接戦はセクンドゥムに任せて、自分は移動砲台として遠距離攻撃に徹している。

 ジークフリートは足場を大魔法で砕かれた傍から近場の浮き島に飛び移り、その隙を狙うセクンドゥムは弾き返す作業を五十は続けている。

「そろそろ、終わりにしたいところだがな」

 打つ手なし――――ということではないのだ。

 ただ、これは間合いの戦いである。自分の領域での戦闘ならば十中八九ジークフリートが勝利するだろう。それを敵も分かっているからこそ、このような戦い方を演じている。

 しかし、同時にセクンドゥムやノーヌムの遠距離攻撃ではジークフリートは倒せないどころか、止めることもできないだろう。

 ジークフリートは進路を変えた。

 浮き島から浮き島への連続跳躍は変わらぬものの、その目的はノーヌムとセクンドゥムを倒すことではなく、そのさらに上だった。

「何?」

 ノーヌムが突然の行動をいぶかしみ、そしてその進路を見て取って驚愕する。

「まさか、こちらを無視して攻め入ろうというのか!?」

 簡単な話ではある。

 遠距離攻撃でジークフリートを止められないのならば、この場に踏み留まる意味もないというのは。

 ジークフリートとしては彼らの相手をする意味もない。ナギたちが墓守り人の宮殿内部に侵入を果たした以上は、この場にいる必要はなく自分もその後を追えばいいだけだ。

 敵はナギを追いかけることはできない。ジークフリートの戦闘能力を考えれば、決して無視することはできない。

「ああ、間違いないな。上は守りが薄い」

 台風の目のようなものだろう。

 墓守り人の宮殿は上に行くほど魔力障壁が薄くなっているようだ。微々たる違いも積み重なれば大きくなる。渦巻く魔力の乱流は、それだけで脅威ではあるものの、竜と化した肉体にとってはそよ風のようなものだ。

 通り抜ければ幻想大剣で障壁に穴を開けることなく内部に入ることができる上に、ナギたちが突入したところよりもさらに上部から侵入することができる。

 ジークフリートはこの周辺で激闘を繰り広げたことで、墓守り人の宮殿への侵入経路を感じ取ることができたのだ。

「させん!」

「この私を無視するな!」

 もちろん、相手はジークフリートを追い立てるのは見越している。ノーヌムはまだしも、プライドの高いセクンドゥムは食いつくだろう。背中までわざわざ曝したのだ。挑発に乗って、彼らはジークフリートを撃ち落しにかかる。

 雷撃が背後から襲ってくる。それを、剣と尾と羽で撃ち落す。魔力を伴う以上、目を瞑っていたところで迎撃できる。ジークフリートに限ったことではなく、この世界でも上位の者は視覚以外の感覚でも外部を認識することは可能だ。ジークフリートほどになれば、見ずとも撃ち落せるほどになる。

「おのれッ!」

 ノーヌムがジークフリートに向かって駆け上がる。

 一陣の稲妻は、その背中を打ち抜かんとする。下から上へ。自然界ではありえない動きをする雷は蛇のようにジークフリートに迫った。

 魔法で撃ち落せないならば、自らの拳で打つより他にない。至近距離から背中を狙って攻撃を加えるのが、最も確実な方法である。

 しかし、ノーヌムはここで致命的な選択をしたのである。

 ――――雷の魔法を撃ち落せるということは、雷に変化したノーヌムを斬り捨てることもできるということを失念していた。

 いや、考慮してもその可能性を深くは考えなかっただろう。良くも悪くも自らの性能に自信を持っているのはノーヌムも同じであり、これまでの戦闘でジークフリートの身体に一撃を加えることもできている。彼は雷ではあるが意志を持つ雷だ。ジークフリートの反撃にも、その速度を以て対処できる。

 雷速の相手にいちいち思考していては対応は間に合わない。 

 今、この場には魔法世界全土から集められた魔力があり、ジークフリートの心臓は呼吸するだけで無限の魔力を生み出す魔力炉である。一呼吸で、必要な魔力を発生させたジークフリートは身体中に瞬時にそれらを行き渡らせる。

「霊基再臨第四段階解放」

 その言葉をノーヌムは聞き取れたかどうか。

 雷の速度で迫ったノーヌムは、雷の速度のまま二つに分かれて飛び去っていく。

 雷光の煌きは、そのまま弓なりに失墜して雲の中に落ちていった。

「ッ……馬鹿な……!?」

 上下に分断されたノーヌムの末路を見て、セクンドゥムは再び距離を取った。

 竜の翼と角、そして尾。

 見た目の変化はないが、さすがに理解できる。存在そのものの階梯が、さらに一段階上に上がったということが。

 雷速をカウンターで斬り伏せるほどの運動能力と感覚を備えた怪物。まるで、巨大な邪竜の前に立ち、為す術なくその顎に頭から貪りつくされる直前であるかのような恐怖にも似た諦観が襲ってくるのだ。

 ジークフリートとしては懐かしい感覚である。

 世界が広がったかのような錯覚を覚える。体内を駆け巡る竜の血が、以前と異なり正しく循環し力を漲らせてくれる。

 ダーナの世話になる前のジークフリートは、肉体的には再臨を果たしてしない状態でありながら、能力値だけがこの状態に跳ね上がっていた。

 それは、四十レベル程度の出力しか出せない身体で無理矢理限界値の二倍の力を引き出していたようなものであり、身体がついていかず自壊しそうになってしたというのが真実だったのだが、今は違う。

 肉体の限界値を取り払い、その存在が出せる最大出力にも耐えうる身体となったことで竜の血すらも完全に支配した。

 今のジークフリートの能力は、単純計算でこの世界に渡ってきたときのおよそ二倍である。

「この、私が……造物主(ライフメイカー)の使徒の中で最強を誇るこのセクンドゥムが臆するなど――――ありえん!」

 対するセクンドゥムはさすがである。常人ならば、彼の前に立つことすらも儘なるまい。それでも立ち向かえたのは、彼がそういうふうに設定されているからであろう。

「ならば、来るがいい。俺に傷をつけることができるというのなら、存分に力を振るうといい」

「ほざけ!」

 雷と化したセクンドゥムがジークフリートの周囲を旋回する。その軌跡は連なり、一つの雷光の円を描く。

「雷の暴風!」

「千の雷!」

「雷の槍!」

 雷光の円の中心に向けてほぼ同時に雷撃魔法が放たれた。

 その円は死の檻であり処刑場の縁取りだ。その内部は超高温の雷撃によって焼き尽くされ、破壊されて何一つ残ることはない。

 その絶対死の雷撃を、押し退ける光があった。

「な……に……!?」

 膨れ上がる魔力は忽ちにして爆発し、雷撃の檻を弛ませて黄昏色に世界を染める。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 振り下ろした宝具の一撃を以て、セクンドゥムの雷撃の尽くが蒸発する。魔力と魔力のぶつかり合いは接戦にすらならず、まるで内側から風船が破裂するようにして雷光は消え去った。

「そんな、馬鹿な……そんな出鱈目な魔力が……!」

 信じられないのも無理はない。もとより宝具は常識の外にある神秘の結晶である。常識の内側にあるものほど、神秘の結晶の前には為す術なく食い殺されるものである。さらに、その宝具をジークフリートという希代の傑物が振るえば、周囲には草木も残らぬ不毛の地を生み出すことすらも容易となろう。

 ここが空でよかった。

 ここならば、周囲に配慮して宝具を控える必要もないからであり、それはセクンドゥムたちにとって最悪の地理的条件であるとも言えた。

「私は、造物主の使徒! この偽りの世界に終止符をうち、世界を正しく導く者だ! 貴様のような出自も知れぬ一介の剣士に後れを取るなど、認めん!」

 セクンドゥムの意地だった。

 狂気すらも生ぬるい衝撃の中で彼はただ只管にジークフリートを打倒することのみを考えた。遠近中のどれを取ってもジークフリートには劣る。唯一速度のみで彼に勝るが対応されては勝機はない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 セクンドゥムが加速する。

 ジークフリートは我武者羅に突っ込んでくるセクンドゥムを一太刀の下に斬り捨てる。

「――――ぬん!」

 さらに斬り上げた刃が、その後ろから迫ってきたセクンドゥムの首を落とした。

 雷の分身だった。

 一体目も二体目も、雷を編んで生み出した(デコイ)だったのだ。 

 気がつけばジークフリートの周囲は無数のセクンドゥムの囮が取り囲んでいて、それが入れ代わり立ち代わりジークフリートを攻め立ててくる。

 剣と拳と尾を駆使してそれらを捌く。思考に先んじる肉体の反射を信じ、背中以外を狙う攻撃は無視する。ほんの数秒に満たない世界の中で、果たして何回剣を振るっただろうか。両者の攻防は、最早常人の認識の埒外にある。

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト。イグドラシルの恩寵を以て来たれ、貫くもの――――」

 加速する身体と思考。

 口にする呪文がセクンドゥムの魔力を雷に変換し、さらにそれを束ねて一振りの長槍を生み出した。

轟き渡る雷の神槍(グングナール)!」

 雷が凝縮した大槍は、穂先だけで三メートルを越え、その石突までで十メートル以上に達した。

 その槍を掲げた手の平の上で浮遊させ、穂先をしっかとジークフリートに定める。

「雷系呪文の中でも最大の突貫力を有する魔装兵具だ!」

 最後の囮を斬り払ったジークフリートは、その槍を見てらしくもなく感慨にふける。

 雷の豪槍が、不意にかつて刃を交わした黄金の槍兵を思い起こさせたのだ。

 おまけにその槍は名をグングナールと言うらしい。

 それは北欧に伝わる最高神の宝具の名。おそらくは、その神話から名付けたのであろうが、ジークフリートが有する幻想大剣(バルムンク)と縁のある魔剣グラムを叩き折ったことでも有名だ。

「なるほど、確かに不吉な名だ」

 だが、この局面で相対するには相応しい名でもある。

 ジークフリートは剣を掲げた。

 如何にも大仰に。

 絶大なる魔力を込めて。

 柄に取り付けられた青い宝玉が煌いて神代エーテルを増幅、黄昏の帳が降りる。

 ジークフリートの戦い方は至ってシンプルだ。屈強な肉体で敵の攻撃を無効化し、その膂力と切れ味抜群の剣で敵を斬る。そして、必殺の対軍宝具で一帯ごと焼却する。それ以外には必要ない。その二点で以て、彼は遠近中のあらゆる距離で絶対的な戦闘能力を発揮できるのだ。

幻想大剣(バル)――――」

 幻想大剣を大きく振りかぶったジークフリートに対して、セクンドゥムは雷槍を投擲――――しなかった。

 剣を振り上げて宝具を解放しようとしたその隙を突いて、セクンドゥムは天下る。再出現した場所は、ジークフリートの背後だった。

「もらったぞ、ジークフリート!」

 長大な槍が至近距離からジークフリートの背中に突き立てられる。そのほんの一瞬前に、黄昏を纏ったギロチンがセクンドゥムの身体を袈裟切りにした。

「あ、な……!?」

 ぐらり、と視界が揺れたと思った。

 轟き渡る雷の神槍(グングナール)があらぬ方向に射出されて、飛んでいくのが見えた。

 何が起こったのか、まったく理解できないままに、セクンドゥムは最後の音を聞く。

「――――天魔失墜(ムンク)!」

 セクンドゥムの足元から吹き上がる黄昏色の光に飲まれて、瞬く間に意識が消失する。思考する間などなく、ただの斬撃で積層多重魔法障壁を斬り裂く宝剣の真の力を受けては一溜まりもない。セクンドゥムは、肉片の一片すらも残さず消滅する。後に残ったのは遠く響く、黄昏の残響のみだ。

 セクンドゥムはジークフリートの隙を生み出し、それを突いたように思っていただろう。無数の囮による幻惑と挑発にジークフリートが乗ったものと錯覚した。しかし、実際には宝具の真名解放こそがジークフリートの用意した罠であった。

 背中以外に攻撃が通らないのであれば、最終的に相手が狙ってくるのは当然背中となる。

 セクンドゥムが生成した武具が突き刺す形状をしているのなら、どれだけ速く動き回ろうとも最後の最後には必ず背後に現れるだろうと予測はできる。剣の間合いに入ろうが入るまいが関係がない。幻想大剣の真名解放は、発動した方角を広範囲に渡って焼き払う対軍宝具だ。雷速で動き回っていれば別だが、まさにジークフリートを攻撃しようとしている最中に発動されては避けられまい。

 まして、セクンドゥムは確実を期すために剣の間合いに踏み込んだ。端から背後を攻撃するつもりでいたジークフリートにとっては、飛んで火にいる夏の虫だったのだ。

 背中は敵がジークフリートの唯一の弱所であると同時に、高速で動き回る敵の出現場所を限定する目印でもあった。

 後はどちらが先に叩き込むかの勝負。雷速に対応可能な肉体を持ち、端から迎撃の準備を進めていたジークフリートが先んじるのは当然であろう。

 セクンドゥムはジークフリートとの駆け引きに負けたのだ。

「貴公は強かったが、如何せん経験不足は否めなかったな」

 強大な力を与えられた人形であるということはジークフリートも理解しているところではある。だが、それに胡坐をかいていては自分より弱い相手を倒すことしかできないだろう。

 しかし、――――。

造物主(ライフメイカー)か」

 セクンドゥムが度々口にしていた何者か。

 プリームムと同じ外見をしているところからして、プリームムもまたその造物主という者によって生み出された人形ということになるだろう。

 完全なる世界の真の黒幕が、その造物主に違いない。

「急がねばならんな」

 造物主の存在をおそらくナギたちは知らない。

 プリームムという司令塔はあくまでも現場の指揮官でしかなかったのだ。

 ジークフリートは勝利の余韻に浸る間もなく、墓守り人の宮殿へと足を踏み入れていったのだった。

 

 




グラムがグングニルに折られたって聞くけど、実際には折られた後にグラムと名付けられたのだから、エクスカリバーと同格のグラムは恐らくは打ち直された後のシグルドが持ってるグラムだろうなと思う。
カリバーン=折れる前
エクスカリバー=打ち直された後
というような理解。

後よくよく考えたらニーベルンゲンの歌にファフニールなる竜は出てこないじゃないか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。