「ン~ッ! おいしっ」
スプーンを咥えたままご満悦の表情を浮かべているのは、褐色の肌を持つ赤毛の美女。
姓名をキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと言う。
ゲルマニア貴族のツェルプストー家は、トリステイン貴族のヴァリエール家とは犬猿の仲である。
ルイズにとっては家系的にもメイジ的にもおっぱい的にも宿敵だった。
が、それは今や昔の話。
こうしてルイズの《世界扉》を使い休暇を利用して日本に遊びにきて、デパートの屋上のカフェでチョコレートパフェを堪能するくらいに仲が良いし、日本に馴染んでいる。
服も先ほど衣装売り場で購入したばかりの胸元が大きく開いたブラウスと、太ももが丸見えの際どいミニスカートを着用しており、日本男子の視線を釘づけさ。とても要領よく日本に馴染んでいる。苦戦しっぱなしのルイズとは大違いだ。
そのルイズはと言うと、キュルケの対面の席でオレンジジュースを飲んでいる。
服装は色気の無いパーカーとジーンズだ。
フードをかぶればピンクブロンドを隠して目立たなくなるため外出時には愛用しているが、赤毛褐色ボインボイン美女と一緒で目立ちまくっているため、今はフードを下ろしている。だって今さらでしょ?
「ルイズはいいわねぇ、いつも地球の料理やデザートを食べられて」
「普段はもっと慎ましいわよ? 豪華って意味じゃ実家や学院の方がずっと上だし」
カラン。ストローをつまむと、ジュースを混ぜて氷の音を立てさせた。休日のデパートの屋上という喧騒の中、涼やかな気持ちになる。陽射しは高く、多くの人々が生み出す熱気は疲れる。日本は人が多すぎる。特に日曜日のデパートなんか特に。
(慣れないなぁ)
ルイズは心の中でぼやく。才人と一緒でなけりゃ、とてもじゃないがやっていけない
(慣れてるなぁ)
キュルケを見て心の中でぼやく。多分一人で地球に迷い込んでも適応して華々しく生きていけそうだ。
その証拠が、キュルケの足元に並んでいる。
それはデパートでキュルケが購入した衣服やアクセサリー、化粧品、他、様々な小物などだ。
これらをすべて自腹購入だというのだから侮れない。
曰く、稼ぎのいいアルバイトを一日やるだけでウン万円だそうで。
三度アルバイトしただけで六桁の日本円を稼いだそうで。
魅惑の妖精亭みたいなアルバイトに違いない。
ルイズなんかコンビニのアルバイトすら落ちるというのに!
だってこの容貌じゃ目立つし、日本の文化は学んでる途中だし、戸籍無いし。
法的に言えばルイズは不法入国者で不法滞在者なのだ。この問題を解決するにはハルケギニアと地球に国交を持たせねばならず、ルイズの手には負えない。女王アンリエッタから王位継承権まで与えられた身分といえど、異国の壁ならばともかく、異世界の壁は大きいのだ。テファのおっぱいよりも大きいのだ。絶壁のルイズが太刀打ちできる訳がない。
「で、ルイズ。サイトとはどうなの?」
パフェをつつきながらキュルケが意地悪く笑った。どうせなにも進展していないことを承知で訊ねているのだろう。
ムスッとしたルイズは、さて、どう返してやろうかと考えた。
「そういうあんたはどうなのよ」
「ふふん。卒業さえすれば、もはや私達を阻むものは無いわ! 私は今すぐでもいいんだけどね」
今すぐでもよくて、阻むものがなにもないルイズは、ぐぬぬと歯を食いしばった。
なぜだ。なにが悪いんだ。ルイズも才人も、お互いにしようしようとがんばっているのに。
なぜかいつも邪魔が入ったり喧嘩になったりで失敗ばかりしている。
ハルケギニアにいた頃からいつもそうだ。
なんかもうそういう運命に呪われているのかもしれない。
ちゅぷっ。パフェに乗っていたチェリーを指でつまんだキュルケが、キスするようにしてついばんだ。
「くすっ。ルイズ~……あなた、努力が足りないんじゃない? ちゃんと自分を磨いてる? いつだったか、下着のレクチャーをしたことがあったわね。サイトは日本人だもの、ちゃんと好みに合わせた下着をこっちで買ってる?」
「か、買ってるわよそれくらい!」
「そうよね、下着の撮影会をするくらいだものね」
「なっ……なな、なんで知ってるのよ!?」
「ギーシュから聞いたモンモランシーから聞いたわ。写真、男の子達に見られちゃったんですって?」
先週、日本のお土産を水精霊騎士隊(オンディーヌ)の面々に渡した時、紛れ込んでいた写真を見られてしまったのだ。
才人にだけ見せる破廉恥な下着姿を見られてしまったのだ。
あんなに厳しく口止めしといたのに。
ギーシュ、あとで殺す。
「よかったら、あとで下着売り場に行かない? 私がコーディネートして上げるわ」
「えっ、ホント!?」
思ってもない申し出に、ルイズは腰を浮かす。
男を誘惑するという一点において、ツェルプストー家は常にヴァリエール家を上回っている。
歴史がそれを証明している。
ヴァリエール家は恋人をツェルプストー家に寝取られまくった事実が確固として存在するのだから!
本来なら不倶戴天の怨敵。だが和解した今となってはこれほど心強い味方がいるだろうか!?
「それと避妊具も買わないとね。ハルケギニアなら実家の援助があるからともかく、日本で出産や子育てとなると、色々大変でしょう? サイトはまだ学生なんだし、これ以上彼の家に負担をかけるのもね。付け方、わかってる?」
「うぐっ……そんな生々しい話、こんなところでしなくたっていいじゃない」
真っ赤になったルイズは、頭を冷やすためオレンジジュースをズズーッと吸った。
それを見てキュルケは満足気。アドバイスは本物だが、どちらかというとからかうのが主目的だったようで。
というか。
知ってるのか、付け方。
「フフッ。これくらいで機嫌を損ねないの。女に余裕が無くっちゃ、殿方だって遠慮しちゃうわよ。ほら、機嫌直して」
スッと、パフェの中のチョコレートアイスをすくったキュルケは、身を乗り出してこちら側へとスプーンを向けた。
これはあれだ。
あーん。
って奴だ。
ルイズも才人としたことがある。
キュルケにそんなことされたって嬉しくもなんともないが、パフェは食べたい。
お小遣い節約のためオレンジジュースしか頼めなかった身としては、一口でもいい、パフェ食べたい。
「し、仕方ないわね。謝罪の証として食べて上げるわ」
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
パクリ。
ひやり、そして甘っ!
蕩けるような味わいにルイズちゃん感激。
もっと食べたい。
ペロペロしたい。
ちゅっちゅしたい。
パフェちゃん最高!
もう、いいんじゃないかな?
今月のお小遣い、奮発して使っちゃってもいいんじゃないかな?
下着を買うお金は、ほら、キュルケに借りたりすればいいんじゃないかな?
「……いつまで咥えてんのよ」
ハッと正気に返ったルイズは、慌ててスプーンから口を離した。
危ない。もうちょっとでお小遣いをパフェに変えてしまうところだった。
椅子にお尻を戻したルイズは、小さく呼吸を整える。
「まったく、お子様なんだから。色気より食い気ね」
「むうう~っ……」
今は反論できない。
色気と食い気の天秤が大きく傾いちゃってるもの。
「ねえ君達、俺もここいい?」
ふいに、男が声をかけてきた。
見れば、髪を金髪に染めて銀のアクセサリーをチャラチャラさせた男が、自分達のテーブルの間近に立っている。
舐めるような視線がキュルケの褐色の谷間に向けられており、好感を持てる要素がなにひとつ無い。
ナンパの経験ならルイズも幾度かあるが、才人がいない時には断るのに結構苦労してしまう。変に騒ぎになったら戸籍の無い異世界人の自分にはとてもとても面倒なことになってしまうし、平賀家にも迷惑をかけてしまうからだ。
だがキュルケはまったく臆することなく、ツンとすましている。
こういった手合いはゲルマニアでもトリステインでも飽きるほどあしらっているし、日本でも当然ナンパされ慣れている。
「あら、テーブルならまだ空いてるでしょう?」
「へぇ、日本語上手だね。どっからきたの?」
「ゲルマニア」
正直に答えた。
ゲルマニアという地名は地球にもあるが、古代ローマ時代のものだ。今はだいたいドイツあたりにある。ゲルマン民族の血を引いているから当然と言えば当然か。
だがそんな地名、知っている日本人の方が少ないだろう。男も一瞬眉をしかめたが、あっさり流して勝手に椅子に座る。
「日本にはなにしにきたの? 観光? それとも留学? よかったら案内するよ」
「結構よ。優秀なガイドがついてるし」
才人のことである。
人の恋人をガイド呼ばわりとは、おのれ。
というかさっきからこの男はなんだ。キュルケばっかり口説こうとして。
ルイズには目もくれないだと?
「そんなガイドより俺のが役に立つって。どう? 楽しいトコ、いっぱい知ってるよ。そっちの子も一緒にさ、遊びに行こうよ」
そっちの子って、ついでかよ。
ルイズはうんざりとし、オレンジジュースをぶっかけてやろうかと思案を始めた。
だがキュルケの右手がスプーンを置いて、テーブルの下に潜るのを見ると、その必要は無いと悟る。
「ふぅん、楽しいトコねぇ。それってカラオケできたり、テレビが見れたり、シャワーも浴びれたりするトコのコトかしら?」
「やだなぁ、そんなつもりじゃないよ。でも、ご希望なら案内しちゃうかも」
下心見え見えすぎて酷い。
こんな質の悪いナンパはルイズも初めて見る。
まあ、ルイズとキュルケでは誘ってくる男も違ってくるのは当然のこと。
頭の悪い男が引っかかりやすそうなエキゾチック・エロティック・ボディだもの。
(抜いた)
絹のすれるような音がし、ルイズはこの男がもうすぐ逃げ出すと確信する。
キュルケは隠し持っていた杖を抜いたのだ。
『着火』程度の魔法なら騒ぎにはならないし、仮に疑われても、自分達はマッチもライターも持っていない。
とはいえ、警察沙汰になって困るのは自分達だ。
不法入国者だの不法滞在者だの言われてしまう。
止めるべきか。いや、キュルケは馬鹿じゃない。ほっといてもうまく片づけてくれるはず。
『微熱』の二つ名に反するよう、キュルケの瞳が冷たく揺れる。
唇が『着火』の詠唱をしようと動き出した瞬間――。
「やあ、遅くなってすまない」
キラリと、太陽光を反射するハゲ頭が現れた。
途端にキュルケは情熱の炎に身を包まれ、蟲惑的なほほ笑みを浮かべて立ち上がった。
「ダーリン! 遅いじゃない!」
現れたハゲの名はジャン・コルベール。
トリステイン魔法学院の教師で、ギーシュと並ぶ才人のよき理解者であり友人だ。
おっさんで、ハゲで、ひょろそうで、ダンディズムのカケラもないオッサンっぽくはある。
だが彼の明晰さも、魔法の腕前も、そして人柄も、ルイズ達は知っている。
コルベールは両手いっぱいに荷物を抱えており、その後方では同量の荷物を抱えた才人が疲れた顔をしてたたずんでいる。
「ああもう、そんないっぱい買っちゃって。半分持つわ」
「いや、これは個人的な買い物だからね。私が持つのが道理だ」
「やぁん、なんて高潔なのかしら! でもいいの、私が持ちたいの。喜びも苦しみも分かち合いたいの」
強引に荷物を奪ったキュルケは、そのたわわな胸元をコルベールの腕にすりつける。
頬を染めて困り顔のコルベールは、身をそらしつつ、テーブルに同席しているナンパ男に目を向けた。
「ん? あちらの方は?」
「気にしないで、ただのナンパよ。あなたの太陽のような輝きの前では、あんなの眼に映らないわ。だから安心して。さっ、行きましょ」
と、チョコレートパフェがまだ残っているのにキュルケはコルベールを(胸で)押して歩き出す。
はぁ、とため息をついたルイズも、オレンジジュースを残して立ち上がった。
「じゃあ、そういうことだから」
呆然としているナンパ男にそう言い、自分も才人の元へ駆けて行く。
荷物の重さよりも、子供のようにはしゃぐコルベールの面倒を見るのに疲れ果てているのだ。
「サイト、私も半……少し持つわ」
さすがに半分は持てない。ルイズは非力だし体格も小さいので。
それでも才人は「助かる」とほほ笑んでくれた。
疲れを知らないかのようにはしゃいでいるコルベールとキュルケを見て、下着のアドバイスはまた今度になるなとルイズは思った。
ノボル先生に哀悼の意を表します。
ゼロの使い魔を世に送り出していただき、ありがとうございました。