すっかり日本暮らしに馴染んだルイズだが、定期的にハルケギニアに帰っている。
だってほら、《世界扉》を使えば簡単なんだし、家族や友人と永遠にさよならっていうのもさみしいもの。
そしてハルケギニアに帰るたび、忘れてはならないのがお土産さ。
日本で買ったアレやコレやソレ。みんな喜んでくれるもの。
今回はちょっと趣向を変えて、ハルケギニアでのお話です。
◆
トリステイン魔法学院、ヴェストリ広場。
かつて平賀才人が、とある生徒と決闘騒ぎを起こした場所だ。
そのとある生徒は今、才人の親友になっている。
なんとも奇妙なめぐり合わせだけれど、それを言ったら召喚した使い魔の人間と恋人になる方が奇跡的なめぐり合わせ。
そう考えると、彼にも妙な親近感が湧くというものだ。
水精霊騎士隊(オンディーヌ)の団長として今日も格好つけているギーシュ・ド・グラモンに。
「やあルイズ! 久し振りだね、サイトは一緒じゃないのかい?」
「ええ。学校で追試があって……」
「またかい? ニホンの学校もなかなかに厳しいところだね」
才人はハルケギニアに召喚され、日本に帰るまで一年以上もかかってしまった。
高校には復学できたものの、当然の如く留年。
一年も勉強から遠ざかっていたため、学力は進展していないどころか大幅に後退してしまっている。
勉学の堪能なルイズも手伝えるものなら手伝いたいが、まだ日本語を学んでいる最中だし、そもそも日本の高校で行われている勉学は内容が異なりすぎてわからないのだ。
ブツリガクってナニよ。魔法で当たり前にできるコトをあれこれ細かくこねくり回して意味不明。
けれど、そういったカガク技術の積み重ねが零戦や戦車といった兵器、そして日本で見た電化製品などを生み出したのだ。
素直に敬意を評したい。
このお土産も、そういった技術の賜物なのだし。
「はい、サイトからの差し入れ」
ヴェストリ広場で水精霊騎士隊の訓練を行っていた男子生徒達は、ルイズが持ってきたそれを見てワッと歓声を上げる。
旅行鞄を広げてみれば、出るわ出るわ、スナック菓子やコーラのペットボトルといったジャンクフード。団子や草餅、葛きりといった和菓子の数々。ボールペンや爪切りなんてのも。
「待ってたぜ! 俺の人生はポテトチップスをつまみながらコーラを飲むためにあったんだ!」
「暴君ハバ○ロ! 君の辛さはボクの【菊の花】を焼き焦がしてなお、愛しく燃え上がるよ!」
「おい、そのボールペンは俺のだぞ。水のメイジらしく水色のをサイトに頼んだんだから!」
「いやあ、こないだ実家に帰ったらさあ、爪切り取られちゃって……待っていたよ新しい爪切り君!」
テンション高いなぁ男子ども。
餓鬼のように群がる彼等を、呆れた目で見るルイズ。
でもまあ、色々すごいもんね、仕方ない。
自分も日本文化や科学の恩恵をたっぷり楽しんじゃってるし。
差し入れも渡したし、とっとと食堂に戻ってキュルケやモンモランシー達とお茶でもしよう。
そう思ってルイズはその場を離れようとしたが、ふと、ギーシュが手に取ったものが気にかかった。
「ねえギーシュ、それなに?」
「えっ」
明らかに狼狽して、ギーシュはそれをマントの中に隠した。
無駄に端整な顔を引きつらせて、後ずさりなんかしちゃってる。
「いや、これは、ノートだよノート。こんな上質な紙にボールペンまであれば、すてきな詩がいくらでも書けるさアッハッハ」
「ノートにしては分厚かった気が……」
そう、ギーシュが隠したものは本の形をしていた。
チラッとしか見えなかったが、表紙は結構カラフルだった気がする。
コンビニで売ってる雑誌みたいな……。
そこに思い至り、ルイズは正体を察した。
才人の机の一番下の引き出しの底に入っているアレと同じ種類のものに違いない。
食卓に上がる運命にある養豚場の豚を見るような目を向けると、ギーシュも悟られたことを悟ったのか、頬を紅潮させる。
「いや違うぞ!? これは決していかがわしい本じゃない、始祖ブリミルに誓って絶対に!!」
言い訳を大声でするもんだから、水精霊騎士隊一同の視線がギーシュに集中するのは自然な流れである。
となれば、ノリのいいアホなこいつ等のことだ。やることはひとつ。
「ギーシュく~ん? 一人でナニを読むつもりなのかな~?」
「いかがわしいものじゃないんだろう? だったらボク達にも見せてくれないかなぁ……是非ッ!」
「ブリミルに誓ったんだろ? 見せろやオラ」
四面楚歌完成。
あれよあれよと言う間にギーシュは取り囲まれ、狼に襲われる子羊のように引き裂かれてしまった。
そして、マントの中から引きずり出されたそれが、丸々と太った豚のような男――マリコルヌによって掲げられる。
男子達が歓声を上げ、すぐに静まった。
「なんだこれ?」
見てみれば、表紙を飾っているのはオシャレな服を着た美青年だった。
「……ファッション誌?」
てっきり女の子の肌色がと思っていたルイズは、雑誌の正体を口にする。
まあ、ナルシストなギーシュらしいオチと言えよう。異世界のファッションにも気を向けてなんやかんやって訳ね。
別にこれくらいのもの、恥ずかしがらなくてもいいのに。
「み、見ての通り、これは異世界のファッション誌だ。美しき薔薇の貴公子としては、異世界のファッションもだね」
早口に言いながら、マリコルヌの手から乱暴にファッション誌を取り返すギーシュ。
これでこのくだらない騒動も終わりである。
パラリ。パラパラ。
と思ったかい?
ここからが本番だよ!
雑誌のページの隙間から、薄っぺらいなにかが何枚も舞い落ちた。
ギーシュは悲鳴を上げながらそれをキャッチするが、全部拾い切るよりも早く、男子達はそれを取り正体を確かめる。
ルイズの足元にもひらりと一枚やってきたので、拾ってみると。
そこには仲睦まじく身を寄せ合うギーシュとモンモランシーの姿が!
「なにこれ、写真?」
にしては薄っぺらい。日本文化に多少理解のあるルイズの目から見ると、作りがどうにも素人っぽい。
そういえば才人がデジカメを持っていたなと思い出す。
「ああ、サイトからデジカメ借りて撮影して、プリントしてもらってきたのね」
一部の言葉は男子諸君には伝わらなかったが、なにを言っているかは伝わった。
「なんだつまんねーの」
「はいはいご馳走様。末永くもげろ」
「死ねばいいのに」
写真を拾ったみんなはすっかり興味を無くし、ギーシュに向けて放り渡す。
ギーシュは地面に膝をつけてそれらを拾い集めた。
アホらしいなぁと思いつつも、同情してしまうルイズ。
でもまあ、お茶を飲みながらモンモランシーをからかういいネタが入ったなとほくそ笑む。
そんな中、マリコルヌだけが写真を放らず、凝視していた。
「ん? どうした? ……うおっ!?」
一人の生徒がマリコルヌの後ろから覗き込み、声を上げる。
そこへまた別の男子がやってきて、写真をサッと取り上げて内容を確認し「なんと!」と叫んだ。
面白そうだと他のみんなもワッと群がって、写真を見ては声を上げる。
ああ、可哀想なモンモランシー。やっぱりからかうのはやめて上げようかしらと思い直すルイズ。
「や、やめろ! 返せ!」
どんな内容の写真かはわからないが、これ以上恥をさらしてなるものかとギーシュが飛びかかる。
押し合いへし合い、風が吹き、写真は彼等の手を離れルイズの手元へ舞い降りてきた。
丁度いいから、素直にギーシュに返してやろう。
「まったく、たかが写真で大騒ぎしないの」
と言いながら、ついつい内容を確かめちゃう。
仕方ないよね。条件反射みたいなものだもん。
悪意があった訳じゃないの。
果たしてそこに写っていたのは!?
下着姿のルイズが、ベッドの上でポーズを取っていた。
ちっちゃな胸を覆い隠すのは、フリルのついた淡い色のブラジャーだ。
バストサイズの合ったブラをつければ胸の成長にもいいと聞いて、奮発して購入したもののひとつである。
そしてこの写真は先週、才人で【ニャンニャン】しようと盛り上がった時に、なにを血迷ったのかレモンちゃん撮影会なんてやらかした時の一枚だ。結局その後、色々あって【ニャンニャン】できなかったけど。
この写真を、こいつ等に見られちゃった。
ハルケギニアにはブラジャーは無いが、踊り子の服に似たようなのがあるし、エロスは存分に理解できる!
恥ずかしげなはにかみ、興奮して紅潮した肌。
両手を頭の後ろで組み、背中を反って少しでも魅力的に見せようとしている。
白く艶やかな肌はブラとショーツ以外すべてさらけ出し、瞳は雌の色に濡れて輝いていた。
右足は体育座りの形で膝を立てており、左足は正座をちょっと崩した感じになっており、どちらもやや内股気味になっているため、ショーツの中央に縦のしわがくっきりと寄っていた。
扇情的なラインを描く太ももや、美しい腰のくびれ、小さなへそや鎖骨のくぼみや、興奮によりしっとりと汗の浮かんだ脇さえも、技術大国日本が誇るデジカメによって鮮明に写っている。
妖精のように可憐な、きらめく裸体、いや、下着姿を。
才人にだけ見せて上げる、とっておきを。
見られちゃった訳で。
「……ルイズ。君はサイトとこんなことしてるのかい?」
呆れた調子のギーシュに言われる。言われてしまう。
こんなもの、才人が他の男に見せようとする訳がないし、多分、ギーシュとモンモランシーの写真にこの一枚が混ざってしまったのだろう。悪いのは才人だ。それはわかる。
しかしだ。
写真とはいえ、ルイズの痴態を目撃してしまったこの水精霊騎士隊の畜生どもを、生かして返す道理はあるだろうか?
ずばりあるはずがない!!
ルイズは写真を握りつぶし、杖を抜いて、詠唱を始めた。
戦争やらなにやらでその威力を知っているギーシュ達は大慌てになって止めようとしたが、女の子に乱暴するなんてできる訳がなく。
詠唱が完成して、杖が振り下ろされる。
「エクスプロージョン!!」
あふれんばかりの怒りが、白き光の塔と成りてヴェストリ広場を包み込む。
トリステイン魔法学院は新しい治療用ポーションを補充したばかりだというのに、その日のうちに品切れになっちゃったとさ。
はてさてルイズが日本に戻ったら、天才的撮影を果たした才人さんはどんな目に遭うのかな?