知るかそんなもんって人はスルーするがよろしいですね。
アリスちゃん可愛い! とか言う野郎がいたらエロいこと無いと理解して先に進みなせえ。
ルイズが幻想入りした。
地球に来て、日本で暮らしていたが、なぜか幻想入りしてしまった。
「ここ、どこ」
呆然と突っ立っているルイズの心境を例えるなら、サモン・サーヴァントされた直後の才人のそれである。
平賀宅にいたはずなのに、気がついたら――森。
日本っぽくない。むしろハルケギニアを思わせる空気で、今にもオーク鬼が飛び出してきそう。
パーカーにミニスカートという動きやすいスタイルなのはともかく、靴を履いていない。
太ももまで包む黒いソックスだけでこの森を歩くのはきついものがある。
とはいえ歩かない訳にはいかない。
なぜならもっとも重要なアイテム、杖を、持っていないために。
ちょっと部屋のサイドテーブルに置いて、ベッドの上で横になりうとうとしていたからだ。
うん。
うたた寝していたのだ。
ではこれは、うたた寝している自分が見ている夢だろうか?
いや、夢にしては現実感がありすぎる。
やはり現実か。だがだとしたらどうして、こんな森の中に自分がいるのか。
杖さえあれば虚無魔法の《世界扉》で帰られるのに。
「どうなってるのよ。サイト、いないの? ねえ……誰か!」
返事があったらいいな。
抱いた希望は、その程度の淡いものだった。
だから返事が無かったのは予想できていた。でも。
もふっ。
木陰から、白い毛玉が出てきた。
もふもふっ。
木の葉の裏から。幹の隙間から。石の下から。
森のあちこちから毛玉が現れた。
そしてそいつ等は、ルイズに向かってふわふわと飛んできたのだ。
「な、な、な……」
地面を蹴ってルイズは駆け出す。
「なんなのよぉ~!?」
すると毛玉もあとを追いかけてきて、ルイズの心に明確な危機感が刻まれた。
石ころを踏んで痛い思いをし、木の根に足を取られそうになっても、杖無きルイズには走るしかできない。
もふもふ。もっふもふ。もふふも。もふ。
追いかけてくる毛玉どもは次第に数を増していき、ルイズは目尻から涙をこぼしそうになる。
ああ、サイト、助けて――。
強き願いではあったが、願いがかなえられることはなく、そして願いと無関係に、ルイズは希望を見出した。
前方に小さな家があったのだ。
デザインはトリステイン風。ヴァリエール領やド・オルニエールで見たことのある、平民風の一般家屋。
「たたたすけぇーてえぇ!」
一目散にドアに飛びつき、激しく叩いて住人に呼びかける。
思わずドアノブを握りもしたが、鍵がかかっていて開かなかった。杖があればアンロックで開けられたのに。
ふももふもふふ。もふもふふ。
ああ無情。泣き喚くルイズに向かって、毛玉がいっせいに襲いかかり――。
人形が、降ってきて。
「えっ……?」
ブロンドにエプロンドレスの愛らしい人形が、ルイズと毛玉の間に降ってきたのだ。空から。
なんで、どうして、なにが?
「アーティフルサクリファイス」
そんな声が、頭上から聞こえた気がして。
落下中の人形の、輝くブルーの瞳と視線が合って。
ブルーがレッドに輝いて。
ルイズはふいに、ゼロと呼ばれていた頃の自分を思い出し。
爆発した。
「きゃああー!?」
衝撃を浴びたルイズはドアへと叩きつけられ、黒煙が渦巻く向こう側で毛玉どもも爆風によってふっ飛ばされていた。
そのまま毛玉どもは退散してしまい、爆心地にはコゲコゲになった人形が転がっている。
「お嬢さん、うちになにか用?」
その人形のかたわらに、人間サイズの人形が舞い降りた。まるでレビテーションを使ったかのように。
いや、人形ではない。肌に生気がある。
人形と同じ、いやそれ以上に美しく輝くブロンド。空を描いたような眼差しの、飛びっきりの美少女だ。
白いフリルのついたブルーの衣装を着ており、頭には赤いカチューシャをつけている。
「あ、ああ、ありがとう。あなた誰?」
「はい、どうもさま。あなたこそ誰よ、ここは私の家よ」
「わ、私は」
「まあ、とりあえず上がりなさいよ」
土で汚れたルイズのソックスを見て、面倒そうという表情を作りながらも、その美少女はルイズを招いた。
◆ ◆ ◆
「私はルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「……ルイズ・ヴァリエール? フランスの?」
「ふらんす? って、確かヨーロッパの国よね?」
「そうだけど……ヴォージュール公爵夫人が妖怪化して幻想入りした、とかじゃないみたいね」
「……は? 妖怪?」
ぽかんと口を開けるルイズ。
一方、ダイニングへと招いた美少女は、ソファーにゆったりと腰を下ろして紅茶を飲んでいる。
その紅茶を用意したのは、無数の人形達だ。
ルイズはそれをガーゴイルだと判断したので、ハルケギニアのどこかかもしれないと思い、名乗ったのだ。
貴族の名前には歴史があり、名乗ればどこの誰でどういう身分か、相手が貴族ならば通じるものである。
こんなところに住んでいるということは、貴族じゃないんだろうけど、少なくともメイジだろう。
レビテーションを、恐らく使ったのだから。さっきの爆発も、火の魔法に違いない。
「ううん、なんでもない」
何事か納得したようにほほえんだ美少女は、ティーカップをテーブルに戻した。
「私はアリス・マーガトロイド。見てわかる通り、魔法使いよ」
「ええ、それはわかるけど……」
「わかるの!?」
「えっ?」
ガタッと立ち上がって驚く美少女ことアリス。
おかしいな。ここがハルケギニアなら、人里離れた森に隠れ住むメイジがいたとて、おかしくない。
没落した貴族もあり、メイジのすべてが貴族という訳ではないのがハルケギニアなのだから。
だから。
「えーと……アリスさん、メイジなんでしょ?」
「え、ええ」
「杖もマントもつけてないけど、名前を聞けばわかる通り、私もそうだし」
「ん……えっ? なにが?」
「……は? だから、私、トリステインのヴァリエール……」
「……ヴァリエールなんでしょ? フランスじゃないの? トリステインって?」
「だから……ヴァリエールよ! ヴァリエール公爵家!」
「要するに、ルイ14世の愛妾の、フランソワーズ・ルイーズ・ド・ラ・ボーム・ル・ブラン……なの?」
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!!」
どうも受け答えがおかしい。
致命的になにかが噛み合っていなかった。
そのなにかの一端を、アリスが先に示す。
「ええと、あなた、幽霊? 妖怪? それとも……人間?」
「人間に決まってるでしょ」
「えっと……人間で、メイジだから、幻想郷の人?」
「げんそ……なに?」
「じゃあ、どこの人? ここにくる前、どこにいたの?」
「どこって、サイトの実家よ。地球の、日本の……」
「ああ、やっぱり外の人間なのね」
疑問を残しながらも、少しだけ得心したアリスの表情がやわらぐ。
このまま彼女を頼っていいのか、ルイズは少々不安になった。
落ち着きを得るべく、紅茶を口につける。あっ、おいしい。
「日本にまだ、魔女が残っていたなんて驚いたわ」
アリスは嬉しそうに言う。状況を信じるなら彼女もメイジだが、なら、日本を知っているのはなぜ?
ハルケギニアのメイジ……ではない?
「ま、いいわ。ちょっと混乱したけど、外の人間なら幻想郷のことを話しておけばいいだけよね。
ここは外の世界、日本のどこかに結界で隔離された異世界よ。名は幻想郷。
人間、妖怪、神仏や幽霊……魔法使いなんかが住む……しっちゃかめっちゃかな場所。
たまに迷い込むのよ、あなたみたいな外部の人間が。
ルイズも魔法使いというのなら、存在を忘れられて幻想郷にきてしまった可能性もあるけれど。
帰りたかったら、博麗神社ってところに行けば帰してもらえるわ。
まあ、よくわからず迷い込んだなら、よくわからず帰れちゃうかもしれないけど」
サモン・サーヴァントで才人を召喚した前例。
《世界扉》でハルケギニアと日本をつないだ前例が無ければ、信じがたい突飛な話だった。
だから、ルイズが話を信じることができたのは幸いと言えよう。
「幻想郷……そんなの、あるのね。魔法使いがいる世界……」
「外から迷い込んだ人間は、妖怪に食べられちゃうかもしれないし、そろそろ日も暮れるわ。今日は泊まってきなさい」
「いいの?」
実のところ現状を正しく把握している訳ではないルイズだが、アリスの言葉を信じれば明日には帰れるはずだ。
その博麗神社とやらに行けば。
「それにしても、あなた綺麗ね」
品定めするようにアリスは視線を這わせた、ルイズの頭の先からヒップのラインまで。
危険を感じてスカートを押さえると、アリスはくすりと笑う。
「私、人形メインの魔法使いなのよ。うちにいる人形はみんな私が創ったの」
くいっと人さし指が持ち上げられると、そこから延びる魔法の糸がきらめいて、部屋にいた幾つもの人形が飛び上がった。
「シャンハーイ」
「ホウラーイ」
「フラーンス」
「オルレアーン」
どれもあの爆発した人形と同じデザインで、実に愛らしく、爆破されないか心配になってしまう。
幻想郷の魔法使いの人形ということは、ハルケギニアのガーゴイルとは似て非なるものかもしれない。
「で、ルイズ。そのスレンダーな体系といい、愛らしい顔立ちといい、なにより……」
ビシッと頭部を指さして。
「日に焼けた天然のピンクブロンド!! 実にすばらしいわ。創作意欲が駆り立てられる」
「えっ、と、創作意欲って?」
「あなたをモデルに人形を創るわ」
創ってもいい? ではなく、創るわ、である。
もはや決定事項のようで。
しかしまあ恩人だし、それくらい許しても――。
「だから、身体を触らせなさい!」
変態かもしれないこの人。
その後、十分ほどアリスの弁解が続いた。
あくまで人形製作のためのデータ取りであり、やましい気持ちは皆無であり、お礼もするからモデルになりなさいと。
そんな風に頼まれちゃっては、アウェーであるルイズとしては断りにくい。
下手したら夜の幻想郷に放り出されちゃうかもしれない。
とまあそんな訳で。
「ふふ、ふ、服の上からよ! 肌は見せないんだから。サイトにしか見せないんだから!」
という訳で。
平坦な胸も、ほっそりとした腰も、子供を産む時に苦労しそうな小さなお尻も。
アリス・マーガトロイドに撫で撫でされてしまうのだった。
くすぐったい思いの中に、才人とイチャイチャしたせいで開発された肉体が反応し、少々やましい気持ちに……。
なんてのは絶対にナイショだ。知られたら失踪物だ。ルイズちゃん恥ずかしい。
「よーし、だいたいわかったわ! じゃ、さっそく製作に取りかかるから適当に休んでて」
熱中するタイプなのだろう。
トリステイン魔法学院の教師、ジャン・コルベールのハゲ頭を思い出しながら、作業部屋に駆け込むアリスを見送る。
残されたルイズはソファーに横になって、ぐったりとした。
コントロールを失って動かなくなった人形が一体、テーブルの上に置かれていて、ルイズと目線が合う。
その人形はルイズのボディスタイルの計測を手伝った人形で、デザインはやはり金の髪と蒼い瞳のエプロンドレス。
計測中、アリスはこんなことを言った。
『あ、モデルになってくれたお礼にこの子を上げるわ。量産タイプだけど、昨日創ったばかりの子で、名前もまだ無いの』
量産タイプと言っても、ヴァリエールの実家でも見ないほど高品質な人形だ。
何気なく抱き寄せると、人肌とは異なるあたたかみが伝わってくる。
人形なのに、優しい気持ちを持っているように思え、切なさが込み上げてきた。そして。
「疲れた……」
マイナスの言葉を呟いた瞬間、部屋に一人きりになったのも手伝って、不安やさみしさが湧き上がってくる。
訳もわからないまま幻想郷とかいう場所に迷い込んで、サイトも、こんな気持ちだったのかしら。
ちゃんと帰れるのかな、サイトのところへ。
ルイズはそう考える。心から。
もはやルイズの帰るべき場所は、トリステインでも日本でもない。
才人の隣。
ただ、そこだけが。
◆ ◆ ◆
「ん、起きたか?」
ふいに才人の声が聞こえ、ルイズは跳ね起きた。
ガツンと額に痛みが走る。
「んごっ!?」
悲鳴が聞こえ、顎を押さえた才人がベッドの上に引っくり返るのが見えた。
「さ、サイト!?」
信じられないとばかりに名を呼ぶが、才人はそれどころではない。顎を押さえて転がっている。
「いちち……し、舌噛みそーになっ――ごはっ!?」
追い討ちをかけるように、ルイズは才人にのしかかった。
抱きついたと言うべきか。
ベッドの上で、才人の胸に身を預けて、震えている。
夢じゃ……ない?
才人は、ここにいる。
夢……だった?
アリスは、ここにいない。
ここは才人のご両親が用意してくれた、ルイズの部屋だ。
「ど、どうしたんだよルイズ」
「夢……見てて……」
「夢?」
「ごめんねサイト……召喚して、突然異世界で、離れ離れにしちゃって、怖かったよね。さみしかったよね……」
「……お前なあ」
ポンと、ルーンの刻まれた左手がルイズの頭に置かれる。
「おかげで、こうして一緒にいられるんだから……いいだろ?」
その言葉がたまらなくて、胸にキュンときてしまって。
ルイズの鳶色の瞳から、いっぱいの涙があふれてきて。
顔を上げると、照れ笑いしている恋人の顔が間近にあって。
眼を閉じると、頬を涙が伝った。
唇に、大好きな才人の感触が伝わった。
そんな恋人同士の甘い光景を、ベッドの端から見ていた。
誰がって?
金の髪に青い瞳で、エプロンドレスの人形さ。
◆ ◆ ◆
「で、その外のメイジをモデルに創ったのがこいつか」
白黒衣装のいかにもな姿の魔法使い、霧雨魔理沙が持ち上げた人形は、輝くピンクブロンドをしていた。
スレンダーなボディをしており、どこぞのお姫様のような美しさだ。
けれどパーカーにミニスカートと、太ももまで包む黒いソックスというラフな服装をしている。
「毛玉すら追い払えないへっぽこメイジだったけどね」
ダイニングにて紅茶を飲みながら答えたアリスは、突然現れ、いつの間にか消えていた外のメイジを思い出す。
結局、彼女はなんだったのだろう。
うたた寝している間に幻想郷の夢を見て、意識だけで迷子になっていたのかな、なんて突飛な考えが不自然に浮かんだ。
まさか、ね。
「で、そのへっぽこメイジの人形ってことは、こいつ、なんて名前なんだ?」
「そうね……」
聡明なアリスは、彼女の長ったらしいフルネームをすぐに思い出した。
それを全部つけるのも、人形らしくないし、短い方が。
フッとほほえんで、歌うような声色でアリスは答えた。
「ルイズ人形でいいんじゃない?」
ノリだけで書いた。
ルイズ人形をご購入希望の方は幻想入りしてください。