本とは知識である!
正しい知識、無駄な知識はもちろん、間違った知識、悪意的解釈による偏見まみれの知識、プロパガンダとして意図的改変をされた知識など、得られる知識は様々であり、なにが正しくなにが間違いか、自身で判断するためには知性が必要である。
知性とは! 知識と知恵の積み重ねである。
生涯これ勉強也。本を己の友とせよ。よく読み、よく学び、人生をよりよきものへと昇華せよ。
という訳で。
ルイズがベッドの上でゴロゴロしながら漫画を読んでいるのは、日本語と日本文化を学ぶ上でこれこそはと選んだものであり、決してダラダラしている訳ではないと! 始祖ブリミルに誓っておこう!
――どうせ本人は結構フランクな兄ちゃんだし、ちょっとくらい誓いを破っても大目に見てくれるって。
「ふーん。これが日本人の考えるメイジの姿ね」
なんて風に読み始めたのだから、ハルケギニア人と地球人、トリステイン人と日本人のギャップを埋める意味で、漫画に登場するメイジの姿というものはとても参考になる。はずだ。
そのついでに、漫画の本来の用途すなわち娯楽としてちょっとくらい楽しんだっていいだろう。楽しく学んだ方が覚えもいいからね。効率的だよ、とってもね。
「マントを着てるメイジは多いけど、ローブだったりもするのね。杖も、使わないメイジの方が多いわ」
杖を使わず、素手で魔法の使えるメイジの多いこと多いこと。
中には剣を振り回すメイジなんかもいる。剣型の杖ならともかく、剣って。
創作にしてもこれは酷い。
「ハルケギニア舐めんな。ファンタジー」
現実の住人であるルイズ・フランソワーズは、地球人の考えるファンタジーの支離滅裂さに苦笑を浮かべた。
まあ、想像だけで描いてるにしては、なかなかいいんじゃない?
ハッタリが利いてて格好いいとは思うよ。うん。創作上のフィクションと割り切ればね。
「それにしても」
地球の漫画におけるメイジは、あまりにも強すぎた。
ヘクサゴン・スペル級の魔法を一人で使いまくるとか、どうよ?
地に足の着いてない描写だ。馬鹿馬鹿しくも思える。
けれど、だとしたら、この(平坦な)胸に宿る熱さはなんだろう?
なんというか……想像上の存在だからこそ、現実を度外視した派手な演出だからこそ。
格好よくない?
うん、格好いい。
フィクションだもん。
変にリアルにするよか、よっぽどいいんじゃない?
デタラメの詠唱。
デタラメの現象。
デタラメの魔法。
うん、すごくいい。
こう、冒険心を駆り立てられるというか、熱情に身をゆだねたくなるというか。
才人との冒険の日々を、思い出すというか。
楽しい冒険だった。いっぱい喧嘩して、いっぱいキスして、いっぱい、いっぱい……。
トリステインを、引いてはハルケギニアを救い、虚無の担い手という伝説と、救世主として栄光を手にしながら、選んだのは愛しい恋人とのささやかな生活。
そう!
ルイズの精神テンションは今、平和ボケした日本では御し切れない高さまでぶっ飛んでいる!
結果、ルイズが忘れていた冒険心を蘇らせた!
スッと立ち上がったルイズは漫画をベッドに放り捨てると、軽やかに床へ舞い降り、手のひらを掲げた。
あえて杖は持たない。
だってこれはリアルじゃなくファンタジーなのだから。
「カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク。灰燼と化せ冥界の賢者! 七つの鍵を持て開け地獄の門!」
ゼロの反動で座学においては優秀だった彼女は、もはやすでに詠唱を暗唱できるようになっていた。
高らかに掲げた手のひらを振り下ろすと同時に呪文名を言い放つ。
「ハーロー・イーン!」
もちろん。
これはファンタジーじゃなくリアルなので、杖も持たず、こんな詠唱をしたって、魔法なんか出ないさ。
豆電球程度の光すら出ないさ。
でもいいんだ。こういうのって、こういうんだからいいのさ。
けれどあれあれ、ルイズちゃん、なんだか不満顔。
「なんか違うなぁ……」
ルイズ・フランソワーズは虚無のメイジである!
詠唱の長い虚無の呪文をちゃんと言える記憶力を備えちゃいるが、呪文を正確に唱えようという習慣のため声量が足りていなかった。迫力不足とも言える。
「もっとこう……」
再び、今度は両腕をかざして、下腹からきちんと声を出して。
「カイザァード・アルザァードォ!」
うん、感じ感じ。
「キ・スク・ハンセ・グロス」
ここは淡々と平坦に。そして不自然な区切りを一拍だけ挟んで次の言葉へ。
「シルクゥッ!!」
カタカナ詠唱のシメはこれでばっちり! ここからちょっと声を低くする。
元から高い声だから、その辺を意識しないと、どうも軽い感じがしちゃうのよね。
「灰燼と化せ! 冥界の賢者……」
静と動! この組み合わせは重要だ。
存在感が増すというか、意志の力が強調されるというか。
うん、魂からの叫びっていう感じがね。するかもしれない?
「七つの鍵を持てぇー! 開けッ! 地獄のぉモォオーン!」
日本語部分ははっきりくっきり発音しつつ、語尾を引かせてしぼり出すような苦しさと荒々しさを表現。
さあきたぞ、クライマックス。
「ハァァァー……ロォオオー……」
あえて区切る、ここで!
息継ぎを挟む。詠唱完了直前にわざわざこんな隙を入れる必要は無い。むしろ入れちゃダメ!
でも、でもでも!
ルイズちゃん、今、すっごく盛り上がってるから!
だからいいよね、溜めちゃっていいよね!
解き放っちゃうからね!
「イィイーイィイイイィイィィィィイイィンンンーッ!!」
イの一文字を振り乱して、時に高く、時に低く、時に強く、時に弱く、彩を持たせる。
そこから生まれる圧倒的迫力はまさしく伝説のメイジとしての貫禄の成せる業。
今、ルイズは最高に輝いていた。
そんなルイズを、覚めた目で見ていた。
誰がって?
才人だよ。
「…………」
呆れた調子で、部屋のドアを開けて、こっちを見ていた。
タイミングで言えば『イィイーイィイイイィイィィィィイイィ』の真ん中くらいでガチャリと開けたのだけど、ルイズの声優の如き声量によって、聞こえなかったの。
まあ、部屋の外には聞こえちゃってただろうけど。
そういったことに気づいて、ルイズは赤面した。
そりゃもう真っ赤に。
彼女をレモンちゃんと言った馬鹿はどいつだ。
これじゃトマトちゃんじゃないか。
「あー、その、なんだ。言いたいことはふたつ」
魔法を放ったポーズで固まっているトマトちゃんに向かって、才人はなんとも歯切れの悪そうに言った。
「魔法の練習は、ハルケギニアでした方がいいと思う。こっちじゃただのイタい子にしか見えないから」
正論であった。
「それからもうひとつ」
才人はスッと右手を上げると、ルイズの後方を指さす。
ルイズが振り返ると、恋人は残酷な真実を告げた。
「窓、開いてる」
三日ほど、ルイズはトリステインに帰省したという。
ゼロの使い魔が、フィクションだと思っている人がいるのに、たまにびっくりする。
ってノボルが言ってた。