今作はラスト以前の時系列だから前作で『Fin』してても問題ありません。
これは試練だ。
克服し、乗り越えねばならない試練だ。
あまりにも大きな危険性を理解しながらも、ルイズの心はもはや決まっていた。
今日、やる。
才人とおそろいのパーカーを着て、フードをかぶってピンクブロンドの髪を隠す。
地味なジーンズを履き、安物のサングラスをかけて、風邪を引いた時のマスクをつける。
客観的に見れば、確実に不審者だろう。
だがそれでいい。素顔をさらすよりはマシだ。
顔を知られれば、待っているのは恐らく――人生の終焉なのだから。
ポケットに得物を突っ込み、才人に気づかれぬよう平賀宅を出る。
夜の住宅街、人目を気にしながら足早に歩いた。
人気も無い。大丈夫、見つからないはずだ。
遠くでサイレンの音が聞こえる。自分には関係無い。この計画を知る者はいないのだから。
街灯の下でもペースを崩さぬよう気を配って、目的地を目指す。
やや広い通りにさしかかろうとした時、サイレンの音が明らかにこちらへ向かってきた。
ギョッとして建物の陰に身を潜め、高鳴る動悸を必死に抑える。
くる、こっちへ来る。サイレンの音が。
あれは、救急車でも消防車でもない。もっとも警戒しなくてはならないサイレンだ。
通りを睨む。サイレンが近づく。目を見張ってその時を待つ。
きた。
パトカーがサイレンを鳴らして、道路を走り抜けた。
………………行った……か?
よかった、やはり自分には関係無かった。
戸籍無き住人である自分にとって、犯罪行為をしていなくとも警察は関わってはならぬ存在だ。
だが今夜、ルイズは禁忌を犯そうとしている。
もし見つかったら、自分の容姿や国籍など関係無く、捕まってしまうだろう。
やはり……あきらめて帰るか?
いいや、行く。行かねばならぬ。
意を決して大通りへ飛び出したルイズは、目的地を見つけ駆け足で乗り込んだ。
そこに待ち受けていたのは、髪を茶色く染めたガラの悪い男だった。
耳にはピアスをし、かすかにタバコの匂いを漂わせている。
まずい。こんなのを相手にしなくてはならないのか。
もし返り討ちに遭ったら、自分は、この男に弱味を握られる形となり、脅迫されるかもしれない。
建物の奥に連れ込まれ、内緒にする代わりに身体を差し出せと強要されるかもしれない。
男は声をかけてきたが、ルイズは無視を決め込んだ。
パーカーのフードをかぶり、サングラスをかけ、マスクをつけ、駆け足できたため息を乱している自分。
怪しいだろう。男は明らかにこちらに意識を向け、警戒心を高めている。
この怪しい人物の正体が可憐な乙女だと知ったら、どんな蛮行に及ぶだろう!?
恐怖で歯がカチカチと鳴り、慌てて食いしばる。
落ち着け、落ち着くんだ。すでに目的地に入っているのだ。
あとは目的の物を入手するのみだ。
大股で歩いて、目的の物を探す。
無い。無い。無い。無い……あった。これだ。
乱暴に引っ掴んで、先ほどのガラの悪い茶髪男の元へ向かう。
本当はあんな男とカケラほども関わりたくない。だがやらねばならぬ、ならぬのだ。
ルイズはそれを、男の前に無言で差し出した。
男はそれを検分し、こちらの顔をジロリと見る。
そして、ルイズが恐れていた絶望の言葉を吐き出した。
「すいません。これ、未成年の方にはお売りできないんスよ」
「いえ、私、十八歳ですから」
「そーっすか。すいません」
二人の間に置かれている物――それは十八歳未満購入禁止のエッチな本だった。
いや、年齢的にはいいのだ。ルイズはもう十八歳を越えているのだ。
でも証明する手立てが無いし、外見も十八歳未満に見えてしまう。
しかもこんな怪しい格好していたら、そりゃ、年齢誤魔化してエッチな本を買おうとする中学生に見えるだろう。
アルバイトの店員さんはまさしくそのように考え、意外にもなかなかの道徳心を持っていたため、一度は断ってきた。
が、本人が十八歳と言うのなら、まあ、エッチな本に懸ける青少年の情熱というものは理解できるし、慈悲は必要だろう。
店員はレジを打ち、ルイズは千円札を出し、お釣りをもらい、白いビニール袋に入れられたエッチな本を受け取る。
「ありがとーございましたー」
こうしてコンビニから出たルイズは、ビニール袋を胸に抱きしめ、駆け足で平賀宅へと戻った。
玄関の前でマスクとサングラスをしまい、何事も無かったかのような振る舞いでドアを開ける。
「ただいま帰りました」
「あらルイズちゃん、お出かけしてたの?」
「ええ、ちょっとコンビニまで。勉強用のノートを買いに」
「勉強熱心ねぇ。才人もがんばってるし、あとで飲み物持って行くわね」
「はい、ありがとうございますお義母様」
こうして完全に誤魔化し通したルイズは、自室へ戻るとさっそくエッチな本を取り出した。
表紙は見事に肌色だ。
今すぐにでも読みふけりたいが、お義母様が飲み物を持ってくると言っていたし、しばらくの我慢。
とりあえずベッドの布団の中に放り込む。ふふふ、これで誰にも見つかるまい。
カモフラージュのため机に向かいノートを広げて日本語の勉強開始だ!
しばらくして、ドアがノックされた。
どうぞと言うと、才人がジュースを持って入ってきた。
「勉強が一区切りついたし、なんか飲もうと思って台所行ったら、これ持ってけって言われてさ」
とのこと。
才人が机にコップを置いてくれたので、ルイズはにこやかにお礼を述べた。
そして才人は「あー疲れた」と言って、ベッドに向かう。
あ、ちょっと、どこ行くの。
才人としてはちょっと一休みする程度の気持ちだったのだろう。
ベッドにごろんと寝転がって、布団の中の妙な感触に気づく。
ルイズは慌てて立ち上がった。
「あ、ああーサイト、疲れてるなら肩揉んで上げようか?」
「え? いや、いいって。ルイズも勉強がんばってるんだろ?」
「いいから! ほらこっちきてこっち。ねっ?」
露骨にベッドから遠ざけようとする態度に、才人は眉を潜め、そしてニヤリと笑った。
「ナニ隠してんだ?」
「ナナナ、ナニも隠してなんかいにゃいんだから」
噛んだ。恥ずかしい。
「ふーん? じゃあ、ここにあるのはなんだろなーっと!」
バサッと布団をめくる才人。
そこにあるのは――先ほど買ってきたばかりの――。
「ひゃあああっ!」
悲鳴を上げながらルイズは飛びかかった。
エッチな本を視認するよりも早く、才人の頭を力強く抱きしめる。
「むがっ!?」
「ダメダメ! 見ちゃダメなんだから!」
言いながら才人の顔面に胸をこすりつける。
すでにパーカーは脱いでおり、今着ているのは普通のシャツだ。
才人が抵抗して暴れたため、ボタンがプチンと飛んでしまう。
そうなればもちろん胸元がはだけてしまう訳で。
才人の歯がなにか硬い物に引っかかった。
「イヅッ!?」
鋭い痛みにのけぞった拍子に、ルイズは振り払われてしまう。
「きゃんっ!」
床の上に尻餅をついたルイズは、腋の下をシュルリとなにかがすり抜けるのを感じた。
ハッとして見上げてみれば、才人の口からはピンク色のブラジャーが垂れ下がっていた。
ルイズは自身の胸元を見下ろした。
シャツは左右にすっかりはだけてしまい、ブラジャーすらも抜き取られている。
レモンのようにすべすべで、雪のように白く美しい肌が露出していた。
そして、ルイズの鳶色に輝くふたつの瞳は、ふたつのピンク色が映る。
ピンク色のブラジャーが無いのに?
ピンク色のブラジャーが無いからだよ!
それはもちろん、才人にもバッチリ見られている訳で。
すでに何度かベッドを共にしようとしたり、裸を見せ合ったりしてる訳だけど。
なんの覚悟も無く、また、トラブルとしてこういった事態になれば。
「ひゃあッ!?」
ルイズはリンゴのように真っ赤になって、慌ててシャツを胸元に寄せた。
「ごご、ごめん!」
ブラジャーを咥えたままの才人も慌てて顔をそらす。
それはとても紳士的な行為だ。
うん。
ルイズの柔肌を見たり、ブラジャー咥えてるのは事故だし、全然紳士的じゃない光景だけど、精神的には紳士だ。
でも。
目を背けた先にあったのは、ルイズが一大決心をして入手してきた戦利品であった。
つまり。
「こ、こーゆーの、好きなのか?」
ちょっと興味があっただけの、アブノーマルなそれを、ルイズの性癖だと勘違いされてしまって。
たまらなくなって、泣き出してしまう。
女の涙にゃかなわない。
才人は慌ててルイズを慰めた。
後日。
才人がこの時の本の真似をしようとして、ルイズに蹴られてムードぶち壊しになり、大失敗に終わったとさ。
つー訳で今後もなにかの間違いが起きれば続きます。