心地よい疲れがあった。
一日中歩き回り、ジェットコースターやメリーゴーラウンドを堪能し。
いつか読んだ少女漫画のように、観覧車でデートの締めくくりを迎える。
まるで夢のよう。
思えばいつも、思い描いた夢はなかなかかなわなかった。
冒険と戦争、離別と再会を繰り返し、そんな中で得るささやかな蜜月も、些細なことで喧嘩したり、お邪魔虫が現れたり。
でも、今日は違う。きっと違う。
このまま、幸せなまま、何事もなくデートは終わるのだと予感した。
きらきらと光る宝石のような思い出が、完成間近を迎えていた。
観覧車の扉が閉まる。
ルイズは観覧車の外側の椅子にちょこんと座った。
才人は向かい合いに座ろうとしたけれど、服の袖を引っ張られ、振り返る。
頬を染めて隣の席へと目配せすると、珍しく素直に気持ちを察してくれて、隣へ。
肩が触れ合う。
互いの体温を感じ合っていたいという願いがかなえられ、ルイズはやわらかな笑みをたたえて才人の肩に頭を預けた。
不思議と言葉は無かった。
好きって言いなさい。可愛いって言いなさい。私を褒めなさい。
ハルケギニアにいた頃は、ことあるごとにそんなことを命令してた気がする。
才人はいつも好きだと言ってくれた。
『レモンちゃん』なんておかしな褒め方もされたけど、それでもルイズは嬉しかったし、今ではいい思い出だ。
たくさん――本当にたくさん、言葉を重ねてきた。唇を重ねてきた。
でも今は、言葉が要らない。
ゆっくりと上がっていく観覧車の揺れ心地が、互いの熱と心を混ぜ合わせてくれているかのよう。
ルイズは自分の鼓動を喪失しており、代わりに才人の鼓動を胸に抱いている。
じゃあきっと、ルイズの鼓動は今、才人の胸の中にあるに違いない。
気がつけば、椅子の上に置いていた自身の手の甲に、ガンダールヴのルーンが刻まれていた。
そう、これは自分の手。才人の手は自分の手であり、自分の手は才人の手だった。
汗のにじんだ指を絡め合い、ルイズはふと窓の外を見やる。
街が――茜色に染まっていた。
コンクリートだらけの冷たい印象を受けた、あの日本の街が。
日本に馴染めるか不安になった時、瞳に灰色に映った、日本の街が。
ああ、なんて鮮やかな茜色。
白いキャンバスに夕陽が沈んでいく、短い間だけ生まれる幻のような風景。
ルイズは確信した。きっともう、日本の街を灰色に感じることは無いと。
いつになったら日本に馴染めるんだろう? なんてことはもう考えなくていい。
国や法が認めてくれなくても、今はいい。
《世界扉》により無断でやってきた異邦人を今、地球が受け入れてくれたのだから。
茜色の空、茜色の街。
その狭間で今、両者から祝福されている。
胸の奥底から熱いものが込み上がり、その熱く甘い痺れが脳天まで届くや、それに突き動かされるようにルイズは振り向いた。
才人も振りこちらを向いていた。
才人の瞳の中にルイズがいる。
ルイズの瞳の中にも才人がいる。
瞳の中の二人は、どちらからともなく近づき出した。
ゆっくりと、ゆっくりと。
才人の腕がルイズの腰と背中へと回され、ルイズもまた才人の背中へと手を回した。
互いの呼吸を浴びてまぶたを閉じればすぐ、やわらかな時間が訪れる。
頭から甘い痺れが全身へと流れて行き、全身の血液が熱く蕩けていく。
才人の舌に朱唇を押し開かれ、ルイズは震え。歯茎を舐められるやくすぐったい快感がビクンと肩を跳ねさせる。
喘ぐように口を開くと、あっという間に二人の舌先もキスをして、獣が交尾するよう貪欲に絡み合った。
湿った水音が口腔から鼓膜へと淫らに響き、口いっぱいに才人の味が広がった。
息苦しさにのどを鳴らす。日本で体験したどんな飲み物よりも甘い蜜をむしゃぶると、まぶたの裏側がチカチカと光った。
茜色に染められた頬がますます紅潮していき、あごからはどちらのものともつかぬ唾液が垂れる。
くちゅ、ぴちゃ、じゅぷぷっ。
歯茎の裏表、舌の裏すらも丹念に舐め回され、口腔はもはや愛しい男の成分で満ち満ちている。
所有権を放棄し、恋人に悦楽を与えるためだけのモノと化しているのだ。
けれど、それでいい。才人の匂いと味を飲み込みながら、ルイズもまた乙女の蜜を大量に分泌して恍惚に浸っているのだから。
ああ、味わってる――サイトが私の唾液を、おいしそうに飲んでる。
何度も、何度でも、二人はそれを繰り返す。
激しい愛がもたらす悦びを享受し、世界に存在するのは自分達二人のみとして。
互いの唾液をたっぷりと交換した二人は、顔を真っ赤にして唇を離した。
いつしか忘れていた呼吸を荒々しく再開し、目頭から火花を散らせながら見つめ合う。
頬が熱い。
唇が熱い。
胸が熱い。
下腹部が――熱い。
先へ。この先へ行きたいと二人は渇望した。
二人の入った観覧車はすでに四分の三ほど回っており、終わりの時間が近づいていた。
ルイズはハンカチを取り出して自分達の口周りを拭き取り、固く、手をつなぐ。
それから少しして観覧車を降りた二人は、まだ遊ぶ時間が残っていながら遊園地をあとにした。
もはや二人の熱情は止められず、邪魔者もいない。
愛だけがあればいい。
例えそこが破廉恥な行いのための宿泊施設であろうと、祝福された楽園と化す。
二人分の容量を持つやわらかな寝所も、神聖な祭壇と化す。
愛だけがここにある。
室内灯はムードを出すため赤々とした色彩をしており、観覧車で見た茜色の空と街を思い起こさせた。
また、トリステイン魔法学院の女子寮で見た、キュルケの部屋のようでもあった。
茜色の薄明かりの中、甘い香りを漂わせて、キュルケも愛しい男の腕に抱かれているのだろうか?
どんな風にもだえ、どんな声を上げているのだろう?
それを想像して、小さな恐怖がルイズに芽生える。
けれどそれ以上に、悦びによってレモンのような肌を上気させる。
銀色の光を潜って現れた貴方。
神聖な儀式によって出逢った私達。
たくさん喧嘩して、たくさんすれ違って、たくさん怒って、たくさん泣いて。
それらはすべて、眩しき思い出の日々。
初めての口付けから始まった、二人の愛の歴史が今、新たな世界の扉を開いて、その先へ。
――その夜、ピンクの花が散った。
これからも、ずっと一緒に。
愛しいあなたと、幸せいっぱいに生きていこう。
例えそこがハルケギニアでも、例えそこが地球でも。一緒にいられるそこが、そこだけが、二人の楽園となる。
だからきっと、これからもずっと、幸せでいられる。
「そうだよね、サイト」
ルイズちゃん奮闘記
Fin