魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第五話 反発

 

 

 

『待っていた。深井中尉』

 

 

 その美しく澄んだ声に零は動揺した。

 

 

──待っていた? このおれを?

 

 

 どういうことだ、いったい。

 

 それになぜおれの名前を知っているのだ。

 

 何を言っているんだ、この少女は──

 

 

 零はぞくりと身体を震わせた。何か得体の知れないものを目にしているように感じたのだ。

 

 

 また、先ほどから感じている感覚。

 

 

『懐かしい』

 

 

 それが自分の心を包みこんでいくことに、零は戸惑う。

 

 

 初めて会ったというのに、なんだ、この暖かくなる気持ちは。

 

 惚れた、とかそういう類のものではない。

 

 この少女が自分にとって、大切な存在だったような気がするのだ。初めて会った気がしない。

 

 

──おれは、こいつと会ったことがあるのか?

 

 この少女は何者なんだ。

 

 わけがわからない──

 

 

 零の困惑は出口のないループへと突入していた。

 

 

「…あなたは、誰ですか」

 

 困惑する零を尻目に、なのはは白い少女に質問する。レイジングハートは少女に向けたまま。警戒は怠らない。

 

 その質問に、少女は再び口を開く。

 

 

 

「──我が名は、『雪風』」

 

 

 

 可憐な少女の姿にそぐわない、凛とした口調で少女は言った。

 

 零の精神に衝撃が走る。

 

 何を言っているんだ──と言いたかったが、それが口から出てこない。

 

 

──雪風だと?──

 

 

 自分の精神の一部が音を立てて崩れ去っていくのを、零は感じた。

 

 

──たしかに、感覚的にはそれで説明がつく。

 

 この少女に自分が抱いている感覚は、まさしく雪風に対するそれだ。

 

 だが、生理的な快不快の次元では、どうしても受け入れることができない。

 

 雪風が生身の身体を持って目の前に現れるという現実。

 

 こんなのは、自分の幻覚だろう、自分がおかしくなったのだ、そう思いたい。

 

 

 

「……そうなのか?」

 

 零はなのはの前に出て、言う。声がかすれていた。

 

 

「深井さん!」危険だ、と言いたいのか、なのはが声をあげる。

 

 

「お前は……あの『雪風』なのか?」

 

 なのはの警告も無視し、零はさらに少女に近づく。

 

 宙に浮かぶ少女との距離は、もう50センチもない。

 

 

 呟くような彼の問いかけに、白い少女は微笑みを浮かべる。

 

 

「私は、あなたを待ち望んでいた」

 

 少女は真っ直ぐ零の瞳を見つめ、その両手でいとおしそうに、包み込むように、彼の頬に触れる。

 

 その動作は優美で、スローモーションのように見えた。静かな動きに、彼女の白銀の髪がユラユラと揺れる。

 

「──深井中尉」

 

 

──それは、ようするに肯定ということだ。

 

 心が震えた。歓喜の予感がする。

 

 

──この少女は、雪風だ──

 

 

 零の中で不確定だったその感覚が、確信へと変わる。

 

 なぜ雪風が人の姿になっているのか、なぜ宙に浮かんでいるのか、などという問いは今の零にはどうでもいいことだった。

 

 

──今ここに、おれのもとに、雪風がいる──

 

 その現実だけで十分だ。零は、そう判断した。

 

 

 それと同時に、言いようのない歓喜が彼の中に満ちていく。

 

 

 零は目の前の、空色の瞳を見つめる。

 

 彼女の姿は『妖精』の名にふさわしく、幻惑的で美しい。

 

 

──風の妖精、シルフィード──いや妖精の女王、メイヴか──

 

 

 かつての雪風の身体『FRX-00 メイヴ』

 

 妖精の女王の名を冠したその『入れ物』を雪風は脱ぎ捨て、今自分の前にその姿を晒したのだ。

 

 

 ふとこれは夢ではないだろうか、と零は思う。妖精に幻を見せられているような気持ちだ。

 

「……雪風」

 

「……深井中尉」

 

 囁くように互いの名を呼び合う。もう他のことはどうでも良かった。

 

 

──雪風がいてくれれば──

 

 

 確かめるように、零は優しく右手で、雪風の頬に触れた。

 

 そっと触れたその肌の柔らかな弾力が、手のひらに伝わってくる。

 

 その心地よい感触と温もりは、まさしく現実のものだった。

 

 

 雪風は暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 その後、騒ぎを聞き付けた六課の面々が隊長室に押し掛けてきた。

 

 その光景を見て、零は現実感のない頭で考える。

 

 

──皆、自分と雪風を見ると警戒心をむき出しにした。

 

 中には入ってくるなり、自分に剣を突き付けてきたピンク髪のポニーテール女もいたほどだ。なのはが制してくれなければ、自分に斬りかかっていたかもしれない剣幕だった。

 

 彼らの言動からするに、へたりこんでいたこの女が、はやてで間違いないようだ。しかし、なのはと同年代だと予想してはいたが、こんなに若いとはな、少し意外──

 

 その思考の途中、はやてのそばにいたものを見て、零はドキリとした。

 

 

 それは、床で気絶している小人。体長30センチにも満たない少女だ。

 

 零は声が出そうになるのをこらえる。

 

──こいつは妖精なのか?──

 

 魔法のある世界だとは聞いたが、妖精までいるとは予想外だ。

 

 信じるか、信じないかなどという自問は意味を成さない。今、自分の目の前にそれがあるのだ。

 

 なんてことだ。

 

 

 

 

 

 

 彼はその衝撃から逃れるように、視線をずらした。

 

 扉の方ではなのはとはやてが詰めかけた隊員達をなだめていた。

 

 よくよく隊員達の容姿を観察すれば、皆、髪の色や瞳の色が個性的だ。オレンジとか青とか、ピンクとか。少なくとも、自分はそんな髪の人間を見るのは初めてだ。

 

 

──流行りなのかもしれない。『この世界』の。ここは異世界なのだ──

 

 そこでは妖精がいるかもしれないし、モンスターがいるかもしれない。

 

 自分の常識など通用しない。零は、自分が今異世界にいるのだ、ということを意識した。

 

 本当に何でもありなんだな、この世界は──

 

 

 心を落ち着かせ、零はいまだ黙って自分を見つめている雪風に向き直った。

 

 作りこまれたCGのような、完璧な輪郭とシルエットを持つ顔

 

 雪のように白く、健康的な肌

 

 膝裏まで届く白銀の髪

 

 すらりとした両腕には、銀色のブレスレット

 

 ワンピースの裾から細く美しい足が伸び、そんな足を可憐に彩る、白いサンダルをはいている。

 

 

 雪風は美しかった。

 

 

 いや、美しい、という言葉が陳腐に思えるほどに、神々しい美貌を纏っていた。

 

 その輪郭からは光輝じみたものが立ち上ぼり、触れてみたいような、触れがたいような、どこかこの世のものではない、彼岸からきたもののごとき妖しい魅力を醸している。

 

 

──まさしく、風の妖精──

 

 

 

「深井さん」

 

 なのはに呼ばれ、零は思考を中断し、視線を向ける。

 

 いたのは、なのはと、はやて、先ほど剣を突き付けてきたピンク髪女、金髪ロングの女、そしていつの間にか目を覚ましていた小人。それ以外の人間は仕事に戻ったのか、いなかった。

 

 その5人が、真剣な目付きで零と雪風を見ている。

 

「どういうわけなんか、説明して欲しいんやけど」

 

 はやてが独特の訛りがある口調で零を問いただす。

 

 以前、軍法会議にかけられたときもこんな空気だったな、と零はため息をついた。

 

 

 零は仕方なく話すことにした。自分と雪風のすべてを。

 

 

 

 

 

 

 お互いの軽い自己紹介の後、5人は深井零の話を聞く。

 

 それは自分たちの知っている地球とは違う、パラレルワールドの地球の話

 

 

 33年前、突如地球侵略を始めた異星体『ジャム』のこと

 

 その脅威に対抗するため、人類が創設した『フェアリィ空軍』のこと

 

 自分の隣にいる少女は、フェアリィで自分が乗っていた戦闘機『雪風』であること

 

 30年以上の泥沼の戦いの最後、ジャムの猛反撃により、フェアリィ空軍が撤退したこと

 

 そして自分は雪風と共に、超空間通路を核で破壊したこと

 

 その後、気が付いたらこの世界にいたこと。

 

 彼はその話を、感情のこもっていない声で淡々と語っていく。

 

 

 それらを聞いて、なのは達は絶句した。

 

『宇宙からの侵略者と地球防衛軍との戦い』

 

 そんな一昔前のSFみたいなことが、現実に起きている世界。まさかそんな次元世界が存在するとは夢にも思わなかったのだ。

 

 

 

「おれ達のことは、これで全部だ」

 

 しばしの沈黙のあと、零が切り出した。

 

「で、おれと雪風の処遇はどうなるんだ?」

 

 

 零にとって、今はそれが最重要課題だ。

 

 もし、何らかの事情により雪風と離ればなれにされるというのならば、死を覚悟で抵抗するつもりだ。

 

 

 雪風と共にいられるのであれば、それに従う。

 

 雪風と共にいたい、ただそれだけだ。

 

 

 

 零の質問に、はやては少し悩んだのち『この機動六課に協力してもらうことになるかもしれない』と語った。

 

 

 零には、唐突な話題の変更にも思えた。どこをどうすれば、そんな話になるのか。

 

 はやては、そんな零をお構い無しに説明した。

 

 

 雪風は、ナイフの姿から人の姿に変身したことからユニゾンデバイスである可能性が高い。

 

 ユニゾンデバイスであるとすれば、相棒であった零を待っていたこと、零にリンカーコアが確認されたことから零がマスターであることは確定的。

 

 ユニゾンデバイスを使える魔導師は貴重であること。

 

 常に人材不足の管理局からすれば、是が非でも手に入れようとするのは必死。

 

 まだ力量も把握してはいないが、管理局としては欲しい人材、しかし次元漂流者となると扱いが難しい。

 

 なら手元に置けて、問題が起きても対処しやすい場所に入れるのが手っ取り早い。

 

 

「それが、この部隊。というわけか」

 

 

 零は戸惑いながらもそう答えた。『デバイス』という単語の意味は、なのはから聞いていた。

 

 デバイスとは、魔導師が魔法を使う際にその補助をする機械だ。言うなれば魔法の杖。

 

 別にそれが無くても魔法は使えるが、それだと著しく魔法の質が落ちてしまう。ということだった。

 

 そして『ユニゾンデバイス』というのがどんな代物なのかは、はやての肩に乗った小人、リィンフォースⅡが自己紹介した時に教えてもらった。

 

 文字通り魔導師と融合するデバイスで、人の姿をしているという。

 

 

「それで、おれは、雪風と一緒にいられるのか?」

 

 

 零は、雪風がそんな代物になった、ということには無関心だった。

 

 雪風と一緒にいられるのであれば、他のことはどうでもいい。

 

 はやてはキョトンとしたあと、微笑みながら返した。

 

 

「もちろん。深井さんと雪風ちゃんはペアやしな。衣食住も保証するし、悪いようにはせーへん」

 

「フムン」

 

 ならば問題はない。

 

 

「でも、はやて、深井さんは……」

 

「そうです、はやて。深井零は魔法に関しては素人です。それでは……」

 

 足手まといになる、というように、金髪ロングの少女、フェイトと、鋭い目付きの女、シグナムがはやてに注意する。

 

 

「大丈夫や。これからうちらが手取り足取り、とことん、深井さんに魔法を教えるんやし」

 

 その言葉になのはとシグナムがニヤリと笑う。

 

 はやてのその自信ありげな発言に、なぜか零は背筋が寒くなるのを感じた。

 

 

───魔法が使えるようになるのは嬉しいが、なんだ、この嫌な予感は──

 

 

 なにやらこの少女達から、異様なオーラが立ち上っているのを零は感じ取った。

 

 

──多少不安はあるが、良しとしよう──

 

 とりあえず零はうなずいた。

 

「なら、決まりだね」

 

 なのはが握手のため、零に手を伸ばす。

 

 

 

 

 だが、その手を遮った者がいた。

 

 

 雪風だ。

 

 

 今まで沈黙を守っていた雪風が、どこからか二本のサバイバルナイフを取りだし、その切っ先をなのはに向けたのだ。

 

 部屋の空気が、一瞬にして凍りつく。

 

「雪風……?」

 

 零は雪風の行動に戸惑う。

 

 なのはは呆然としている。

 

 

 雪風の、呑み込まれるような深い色合いを宿した空色の瞳が、真正面からなのはを捉える。

 

 

「私は……あなた方を認めない」

 

 

 容赦なく、天空を引き裂くような雪風の言葉が、なのは達に突き立てられた。

 

 

 


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