魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第四話 妖精との再会

 

 

 なのはに起こされた零は、機動六課の部隊長室へと向かっていた。

 

 起こされた時、なのはに『詳しい話は隊長のはやてちゃんにしてもらう』と言われた。

 

 零にしてみれば隊長が女とは予想外だった。

 

 『はやて』というのがどんな女なのかは知らなかったが、ジャムのこと、FAFのことを説明するのは零にとって面倒臭いことであった。

 

 零が『後で』と答えたら、なのはは零の手首を掴みメディカルルームから引っ張り出した。眩しいくらいの笑顔で。

 

 抵抗しようにも体力の戻っていない零はなすすべがない。

 

 

 なのはは廊下に彼を引きずり出したあと、『じゃあ、行きましょうか深井さん?』と言った。笑顔で。

 

 なるほど高町なのはという女の本性はこうなのか、と零は納得する。

 

 しかしFAFの女に比べれば遥かにマシではあった。零はこれよりずっと酷い性格の女と付き合ったこともある。

 

 FAFの女は扱いが難しいし、下手をすれば殺される。なのははまだ可愛い方だ。

 

 

 それよりも零は、彼女のスレンダーな身体のどこにこんな力があるのかと考えた。

 

 やはり軍人みたいな職業だからか。

 

 

──いや、まだ『おお、神よ』の怒りが残っているのだろう──

 

 

 そうは思いながらも、謝る気はさらさらない零だった。

 

 

 

 

 

 

 零はしぶしぶ、なのはに従いついていく。もう少し寝ていたい気分だった。

 

 

──『はやて』という隊長がどんな女かは分からないが、クーリィ准将のような女ではないだろう。なのはが『はやてちゃん』と言っていたことから、たぶんなのはと同年代か──

 

 零は歩きながら思考をめぐらせる。

 

 

 FAF特殊戦副指令、リディア・クーリィ准将。

 

 一部隊にすぎない特殊戦第5飛行隊を、軍団レベルの地位にまで押し上げた女傑。実質的な特殊戦の司令塔だ。特殊戦は彼女の物と言っても過言ではない。

 

 その有能さと、絶大なカリスマ性、圧倒的威圧感から、隊員たちには『スーパー婆さん』とあだ名されていた。ジャムが、その存在を脅威と考えるほどだ。

 

 

 零には、そんな化け物を『ちゃん』付けで呼ぶのは考えられない。考えたくもなかった。考えただけで吐き気がする。

 

 別に准将が嫌いなわけではない。最終決戦のとき零に出撃命令を下してくれたのは紛れもないクーリィ准将だ。むしろ感謝しているくらいだ。

 

 ただ、圧倒的・破壊的威圧感の塊のような准将を『ちゃん』をつけて呼ぶというのは、零には生理的に受け入れられないことなのだ。

 

 とりあえず威圧感丸出しの49歳熟女に『ちゃん』はつけたくない。

 

 

 また、それとは別の理由もある。彼女はこの自分よりも上の立場である、というのを零は本能的に理解しているのだ。ちょうど飼い犬が家族内での自分の序列を理解しているように。

 

 だから、准将を自分と同等の立場として見なすのは何となく嫌であると感じる。彼女に対する一種の敬意である。

 

 

──普通『ちゃん』付けで呼ぶのは、対象を自分と同等か、下に見ている場合に限られる。なのはがまともな人間である以上、『はやて』とやらはそんな化け物ではないはず──

 

 零はそこまで考えて、やめた。これ以上、妙な先入観を持つのは危険だ。

 

 会ってみればわかる。と

 

 

 

 

 

 

 なのはが、ある部屋の前で立ち止まる。「ここだよ」

 

 零は心の準備をした。『はやて』とやらがクーリィ准将みたいな女だった時に備えて。

 

「高町一等空尉です」なのはは部屋の中に声をかけた。

 

 

 だが、中からの反応がない。

 

なのはは、あれ? と首をかしげた。

 

「いないのかな?」そう言って、なのはは扉を開けようとした。

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 破裂音。それと同時に女の悲鳴。

 

 

 なのはが開けようとした扉の向こう。

 

 そこから爆発のような音と、恐怖に染まった叫びが聞こえてきたのだ。

 

 

 なのはは思わず飛び退いた。零も警戒心を強める。

 

 

 並みの悲鳴ではなかった。例えるなら、殺人現場を目撃した時や、トラックに轢かれそうになった時にあげる悲鳴。

 

 

「ッ…はやてちゃん!」

 

 なのはは、扉が開くと同時にレイジングハートを構え、部屋の中へと駆け込む。

 

 零もそれに続く。

 

 

 部屋に入った二人が見たのは、床にへたりこんだ八神はやてと、床でぐったりとしているリィンフォース。

 

 そして宙に浮かぶ二本のナイフだった。

 

 

 

 

 

 

 八神はやては『深井 零』に関する報告をなのはから受けた後、普段のデスクワークを再開していた。今回の事件の報告書も作成しなければならなかったが、零自身から直接話を聞かないことには始まらない。

 

 なのはは一時間経ったら連れてくると言った。それまで、ナイフのケースを突っついているわけにもいかない。隊長ともなれば、処理すべき書類の数も多いのだ。

 

 はやてとリィンフォースは黙々とデスクワークを続けていた。

 

 

 作業を始めて一時間ほどたった時、それは起きた。

 

 仕事のために机の隅に押しやったケース。その中のナイフが、突然、何の前触れもなく光始めたのだ。

 

 

 二人はその光に目を丸くした。

 

 少し眩しい程度の白い光。

 

 

 普段の彼女たちならこの異変を察知した時点で身構え、戦闘体勢に入っていただろう。

 

 だが、今回はそうはしなかった。

 

 ナイフの光が、あまりにも美しかったのだ。

 

 

 それは、慈愛や、友情といった言葉を連想させるような、暖かく、優しい、聖母のような光だった。

 

 危険などという言葉とは、まったく正反対の光。

 

 二人は、扉の向こうからの声に気付かないほど、その光に魅了された。

 

 

『聖なる光』その言葉がしっくりくる。

 

 ずっと見ていたかった。こんな暖かい光が、この世にあったのか。と

 

 

 突然、光がおさまった。

 

 二人は恍惚としていた意識を覚醒させる。

 

 

 何だったのか、今のは、二人は顔を見合わせた。

 

 

 しかし光が消えた直後、二人を予想外の出来事が襲う。

 

 ナイフが入っていたケースが、いきなり砕け散ったのだ。

 

 

 はやてとリィンフォースの悲鳴が部屋に響きわたる。

 

 

 ケースの砕ける音の前に、バンッという破裂音がしたことから、ケース内部から衝撃波のようなエネルギーが発せられたらしい。

 

 その強烈なあおりを食らって、はやては椅子から転げ落ち、リィンフォースは壁に叩きつけられ気絶してしまった。

 

 

 床に尻餅をついたはやての目に見えたのは、ケースの残骸から、ふわりと浮上する二本のナイフ。

 

 ナイフは、まるで意識を持っているかのようにその鋭い切っ先をはやてに向ける。

 

 

 

 

──!──

 

 吸い込んだ息が喉の奥で音を立てる。

 

 足が凍りつく。動けない。瞬きひとつできない。

 

 圧倒的な恐怖。そして殺意。

 

 自分はここで死ぬという確信。

 

 恐怖が心臓から這い上がってくる。

 

 

──殺られる!──

 

 はやては身体を強張らせる。

 

 

「はやてちゃん!」なのはの声。

 

 不意に呪縛が解けた。

 

 扉の方を見ると、レイジングハートを携えたなのは。そしてその後ろには長身の男性。

 

 

 二本のナイフは人が振り向く時のようなゆっくりとした動作で、切っ先をなのはと男性の方に向ける。

 

 その動作になのははレイジングハートを構え直す。

 

 

──こちらを狙っているのか──

 

 零も警戒する。

 

 

 再び、ナイフが光った。先ほどの優しい光とは違い、歓喜を体現したような激しい光だ。あまりの光量に気絶したリィン以外の三人は目を腕で覆う。

 

 

 

 

 

 光が収まり、三人は目を開けた。

 

 見ると、さっきまでナイフのあった位置に何かが浮かんでいた。

 

 三人はそれを注視する。

 

 

 それは白い少女だった。

 

 

 歳は7、8歳くらい。雪のように白い肌と、白っぽい銀の長髪。

 

 その真っ白な髪が窓から漏れる陽光を反射して、きらきらと輝き、彼女自身が光を纏っているように見える。

 

 髪の隙間から覗く耳は、人間のものではなくエルフのような尖ったもの。

 

 少女ならではの細く起伏のない身体は、淡い光沢を放つシルクのようなワンピースに包まれている。

 

 

──美しい──

 

 

 その一言に尽きる。

 

 その顔、その姿は、神が持てる情熱を全て注ぎ込んで完成させた芸術作品そのもの。

 

 三人は警戒することも忘れ、その少女の美しさに見とれた。

 

 ただ口をぽかんと開けて、その美に魂を奪われるのみ。

 

 

 はりつめた空気がわずかに揺らぐ。

 

 

 少女は空色の澄んだ瞳で男性を見据え、微笑みながら薔薇色の薄い唇を開く。

 

 

 

 

「待っていた。深井中尉」

 

 

 

 

 小さな身体には不釣り合いな、凛とした美しい声だった。

 

 

 

 

 

 

───それは天駆ける風の妖精───

 

 

 

 

 


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