魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第三十七話 彼の地より

 

「お初にお目にかかります。ルテナント・フカイ、ドクター・フォス、ミス・ユキカゼ。私が聖王教会の教会騎士、カリム・グラシアです。本日はお忙しい中、我々の教会にご足労いただき誠にありがとうございます」

 

 金髪の若い女性、カリム・グラシアはそう言って頭を下げた。聖王教会の応接室は日の光が良く入り込むため、彼女の若々しく美しい金の髪が陽光を反射してキラキラと輝く。柔らかい笑みも静謐な雰囲気を醸し出していた。教会騎士という割に体つきは華奢でフォス大尉といい勝負だろう。しかし身体からにじみ出る高貴なオーラは零が見てきた中でもトップクラスの質だった。なお、当然ながら一位は雪風だ。

 

 零、エディス、雪風の三人はカリムの礼に合わせ、ビシリと鮮やかな敬礼を決めた。両足の踵をそろえ、背筋を伸ばしたそれはフェアリィ空軍の模範的敬礼そのものだった。零としては正直、ここまで真面目な敬礼をしたのはこれが初めてだった。後ろに控えているフェイト、なのは、はやての感嘆の声が聞こえる。

 

「地球防衛機構フェアリィ空軍、特殊戦第五飛行隊所属の深井零であります。今は暫定的にミッドチルダ支部所属となっております」

「同じく特殊戦軍医のエディス・フォス大尉です」

「フェアリィ空軍ミッドチルダ支部、総司令官の雪風です。この度はお招きいただきましてありがとうございます。フェアリィ空軍を代表して心よりお礼申し上げます」

 

 三人は順番にそれぞれの口上を述べ、きっちりと同じタイミングで額に付けていた右手を下げた。カリムは3人の統率された動きに感心しているようだったが、後ろの三人娘は騒然としていた。

 

「雪風ちゃんが、挨拶!?」

「そ、それにミッドチルダ支部やと? 雪ちゃんが総司令!?」

「どういうことなんですか、深井さん、エディスさん」

 

 雪風はまともに挨拶したりしない。だがそれは誰かに指示されていない場合の話であって、きちんと指示を受ければ言われた通りにこなすことができる。今回もあらかじめ挨拶として敬礼と、カリム・グラシア及び聖王教会に対する友好の言葉を述べるよう指示しておいた。味方の少ない現段階においては敵対する勢力をできる限り減らした方がいい、との零の判断だった。

 

「司令部も指揮系統も無い軍隊なんてさまにならないからな」肩越しに後ろを向いて零。「おれとフォス大尉と、雪風で結成した」

「ちなみに私はミッドチルダ支部第二基地の司令よ。中尉は第一基地司令。雪風は二つの基地を束ねる総司令ってとこ」

「基地ってまさか、お二人の部屋ですか?」目を見開いてフェイト。

「一部屋だけの基地かいな。その発想はなかったわ」

「とするなら、雪風ちゃんには名目上、中佐以上の権限があるわけだね。曲がりなりにも総司令なんだから」

「階級を与えるのはFAF本部の役割だから、暫定的なものよ」補足するエディス。

「むむむ。私と同じかそれ以上なんやな」

「はやては何と張り合っているのさ」

 

 これはこれは、とカリムが雪風を見て笑顔を浮かべた。三人娘のやりとりは見事なまでに無視していた。慣れていると零は思った。

 

「ご丁寧にありがとうございます、コマンダー・ユキカゼ。聖王教会はフェアリィ空軍に対し友愛の精神をもって交流する所存です。あなた達をお迎えできて心から嬉しく思います」

「感謝します。カリム・グラシア。フェアリィ空軍としても聖王教会とは友好的関係を構築したいと考えております」

 

 にこり、と雪風は柔らかい笑みでカリムに応えた。3秒ほど二人の間には微笑ましい空気が流れるが、その流れは雪風本人が零のスーツの裾にしがみつくことで中断された。それとどういうわけか背後の三人娘が安堵の息をつくのが聞こえた。いつも通りの雪風であることに安心したのだろうか。

 

「……雪風。せめてその場に立ってじっとしていろ」

「大尉と中尉に指示された要件は全て実行したものと判断する。以降、実行すべき要件がある場合、具体的に指示されたし」

「……わかったよ。後でビジネスマナーの本でも読んで勉強しておけ」

「了解」

 

 雪風はそれだけ言って、隠れるように零の後ろに回り込んだ。零の黒いスーツの膝部分が、後ろから引っ張られるように引きつる。雪風はまだ赤の他人に慣れていない。野良猫のように警戒心が強いのだ。ましてや交戦したシスターの上司ともなれば、相当なものになるだろう。

 カリムはそんな雪風の様子を微笑ましそうに見ていた。零はその目が可愛らしい子猫を前に餌付けしようかどうか迷っている人間とどことなく似ていることに気が付いた。

 

「うふふ。可愛らしい司令官殿ですね」

「カリムもそう思うやろ? ああん、もう雪ちゃん反則的にかわええわ。なあなあ、帰ったら一緒にお風呂入らん? 隅から隅まで──」

「はやてちゃん、氷水風呂に頭から突っ込んでみようか? 少しは頭冷えると思うよ」冷え切った目つきでなのは。

「なのはちゃんも一緒に入れたるから。な?」

「雪風ちゃんと入るのは大歓迎だけど、すぐにセクハラしてくるもう1人が余計なの」

「うわぁ、言い切ったよ。理解できるけど」呆れたようにフェイト。

「はやては変わりませんね」懐かしむような笑顔でカリム。「でも同性とはいえ子供に手を出すのは犯罪ですよ?」

「安心せい。私のターゲットは基本、エディス先生みたいにグラマーな人やから」

 

 八神はやては自分の方を向いている大尉の前に来ると、その胸に手を伸ばした。

 フォス大尉がぎくりと身体を強ばらせる。するとはやてはにやりと笑って「ネクタイがまがっとるよ、エディス先生」と言い、ダイナミックにその胸を掴んで揉みしだいた。絶叫。直後に強烈な破裂音。

 

 今日は変な一日になりそうだな、とそれを見た零は思っていた。

 

 

 

 

 

「強烈やったわぁ、エディス先生のビンタ。まだヒリヒリしとる」

「自業自得ね」

 

 頬に複数の赤い手形が残る八神はやてに対し、不機嫌そうに言うフォス大尉。紅茶に砂糖を一匙入れてティースプーンでかき混ぜる。淹れたての熱い水面から白い湯気がわずかに立ち上る。

 

「あの状況でいきなり胸を触るという行動はいくらなんでも異常よ。後で私の診察を受けるといいわ。鎖で椅子に固定したまま一時間みっちり診てあげるから。覚悟しなさい」

「どー考えてもそれ医者の立場からの意見やのうてエディス先生の個人的理由やんか」

「あらあらうふふ。あなた、女で良かったわね。男だったらタマ蹴り潰してやったのに」

「医者の言葉とも思えんわー」

 

 テーブルの上で交わされる笑顔とは対照的に、その下でフォス大尉と八神はやてがお互いの脚をゲシゲシと蹴り合っているのが音で分かる。はやてはともかくフォス大尉はかなり大人げない対応だ、と零。どこの女子学生だ。はやてより7歳も年上だというのに。

 

「キミ達はいい加減にしないかい」カリムの傍に座った若い男が言った。「部屋に入ろうとドアを開けたら、はやてが連続ビンタ食らいながらエディス先生にセクハラし続けていた最中だったんだぞ。あの時はどんな状況かと思った。これ以上わけのわからない世界を作るのは止めてくれ、本当に」

「心中察します」とカリム。笑いをこらえながら。

「私の情熱はビンタ程度で消えるような生易しいもんやないでクロノくん。見てみい、エディス先生のムチムチエロエロボディ。しかも女医さんやで。これを見て揉まずにいられるか。いや、ない!」

「そんなドヤ顔で言われても困るよ」とフェイト。

「私はまじめな会見があると聞いて来たのよ。胸を揉まれるために来たわけじゃないわ」

「ええ。そうなんですけどね」クロノと呼ばれた男。「すみませんこちらのエロ狸がご迷惑をかけて。ああ、エサはやらないように。人になつくと自然に帰せなくなりますので」

「誰がエロ狸や」

「はやてちゃん以外に誰がいるのかな?」静かな怒りを表しながら、左隣に座るはやての右脚を己の両脚を用いて抑え込むなのは。「それと机の下の攻防は停戦にしようか」

「いつもみたいに場を和ませようとしたのかもしれないけどさ」同じくフェイト、はやての左脚をなのはと同じように抑え込む。「さすがに節度をわきまえるべきだと思うよ」

 二人の連携によりエディスに対し攻撃ができなくなるはやて。「ぐぬぬ」

 そんなはやてを見てニヤリとほくそ笑むエディス。「うふふ」

 

「さて、変態狸が大人しくなったところで改めて自己紹介しよう」黒っぽい灰色の制服に身を包んだ男が紅茶を一口含んでから言う。「僕はクロノ・ハラオウン。次元航行部隊の提督をしています。機動六課の後見人でもあります。あなたがたフェアリィ空軍のことはフェイトやなのはから聞いていますよ。魔法技術が無いにも関わらず非常に高い技術力をもって、侵略者を相手に戦う地球防衛軍だとか。あなた方はその特殊部隊に所属していたようですね」

 

 へえ、と零は少しばかり驚いた。この男はフェアリィ空軍の、知られている限りの情報を正確に把握している。どうやら六課とは強いつながりがあるらしい。なのは達の態度からしてスパイを送りつけているわけでもなさそうだし、フェイトとファミリーネームが同じだ。兄妹か。それなら仕事以外でも連絡を取り合うだろうから情報を入手しやすいはずだ。機動六課の信頼できる後見人にもなるだろう。

 

 見たところ二十代半ば程度だが、時空管理局という組織はこんな若い人間を提督の地位に据えるのだろうか。確かにその物腰には年齢に似合わぬ落ち着きがある。

 しかし、若かろうが提督という高い地位にいることには変わりない。零は思い切ってこちらの思惑を口にしてみることにした。

 

「所属していた、ではない。今もだ」静かに零。「我々ミッドチルダ派遣軍はその駐屯地を六課に間借りしているだけであって、管理局の指揮系統に組み込まれたわけではない。FAF本部から除隊の通知が来ていない以上、我々はフェアリィ空軍指揮下の部隊として活動する。協力はするがな」

「3人だけの派遣部隊、ですか。……なるほど。指揮系統さえきちんと形作ればどれだけ構成人数が少なくても部隊としての体面は保てるわけですね。考えましたね。しかもそれを時空管理局の提督と、聖王教会の騎士の前で公表したということは──」

「おれ達は管理局とも教会とも対等な存在であるということをあんた達に認識させるためだ。どれだけ小さな組織であっても、独立している以上は対等な関係として扱わなければならないだろう。もっと早く伝えることもできたが、機動六課を通じてそれを伝えたのでは六課の指揮下にあるのを認めてしまうようなものだ」

「だから、今公表することにしたと。それなりの地位に就く僕達を相手にして」

「そうだ。心の中で格下の連中と見下すのは構わないが、指揮系統に組み込もうとするのは止めてもらいたい。我々は軍隊だ。無理に組み込もうとするのであれば、FAFの独立性を脅かす存在であるとみなし敵として扱わなければならない」

 

 クロノは小さく息をついて、少しだけ考える表情をしてから口を開く。

 

「わかりました。こちらから指示することがある場合は、あくまで『フェアリィ空軍に対する協力要請』という形にしましょう。それならば対等な関係と言えるはずです。指示の対価はあなた方が間借りしている基地の土地代を免除することと、衣食住の確保。あくまで協力体制であって指揮下に入れるわけではないことを約束します。僕個人でできることは限られるが、可能な限りの協力を行うつもりです」

「それでいい。教会側もそれで構わないか」

「はい」頷くカリム。「聖王教会はコマンダー・ユキカゼを総責任者とするフェアリィ空軍ミッドチルダ派遣部隊を承認します」

「大きく出たな。いいのか? 3人とはいえ他所の軍隊が駐留することを認めるんだぞ」

「認めない人が出たら、責任者たるミス・ユキカゼが認めさせれば良いのです」雪風を見つめて、ニコリと笑う。「彼女が、認めてほしい、と言えば大抵の人は理解していただけると思いますよ?」

「フムン」効果的だとは思うがなんとなく悪女の香りがする提案だ、と零は思う。「考えておこう」

 

「確かに、雪ちゃんがおねだりしよったら、誰でも言いなりやわ」とはやて。「雪ちゃん、おねだりするのは構わんけど、大人には危ない人もいるんやから注意せなアカンよ? 変なことされたらかなわんからな。あーんなことやこーんなことされてまうで」

「あんたが言うな」

「雪風、おかしな人には気を付けなさい。そこのヘンタイ・タヌキみたいなのは特に」

「了解」

「むう。私、雪ちゃんに警戒されとる気がするわ」

「気がする、じゃなくて思いっきり警戒されてるんだよ」

 

 フェイトの言葉にはやてはがっくりと肩を落とし、そないなことあらへんよな? と雪風に訊ねるが、雪風は彼女のことを気にも留めず、紅茶に添えられたクッキーをリスのごとくカリカリと齧っていた。はやて、轟沈。皆は呆れた顔でそれを無視する。いつものことだ、と零。

 

「自己紹介と互いの立場の再確認もできたことだ」零は隣に座る雪風の頭を撫でながら言う。はやてのことは無視。「そろそろ教えてくれ。どうしておれ達を呼び寄せた?」

 

 カリム・グラシアは零の言葉を聞いて、飲んでいた紅茶をソーサーの上に置いた。はやての醸し出す空気にシリアスさが追従できていないのを理解していてかあまり真剣そうな顔をしてはいないが、何かありそうだな、とその落ち着いた動作を見た零は思った。あまり深刻な空気を演出されても困るので、この時ばかりは八神はやてを心の中で褒めてやった。情報さえ得られればシリアスさなどどうでもいい。むしろ明るい方が緊張の糸が緩んで聞き出しやすい。

 

「今回の話をする前に、私の持つ能力について説明する必要があります」

「能力? そんなに重要なものなのか?」

「はい。あなた方フェアリィ空軍にとっては信じがたいことかもしれませんが、どうかお耳を傾けていただければ幸いです」

「もしかして、オカルト的な話?」とエディス。

「捉えようによってはそうなるかもしれません。ですが、これから話すことは事実です」

「わかった。できるだけわかりやすく頼む。おれ達は魔法に詳しくないんでな」

「わかりました」

 

 そう言うと紅茶を一口含み、軽く息をついてからカリムは話を始めた。

 

 

 

 

「未来予知、ね」

「信じていただけますか?」はにかむようにカリム。

「にわかには信じがたいと言いたいところだが」ため息をついて零。「妖精世界(フェアリィ)から魔法世界へ飛ばされた時点ですでに意味不明だからな。もはやなんでもありだ。今更驚くことも無い。オカルトマニアが裸足で逃げ出すような状況だ」

「普通の地球人からしたらフェアリィの時点で軽く混乱よ。雪風をはじめとした戦闘知性体の概念なんて、理解できないでしょう」過去を思い出すような口調のフォス大尉。「私も最初はそうだった。理解しにくい事柄なんて、この世にはいくらでもある」

「フムン」

 

 カリム・グラシアの持つ能力について説明された零達は、納得とも怪訝な顔ともとれない表情で顔を見合わせた。『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』。それが、彼女の持つレアスキルなのだという。これから先に発生する出来事の情報を、詩篇形式で得ることができるという予知能力だった。 

 

「未来の記憶を得ている、という解釈になるのか、この場合」と零。

「詩の形式だから得られる情報は限られるわけだけど、因果律とかその辺はどうなるのかしらね」とフォス大尉。「母校の教授達が聞いたら卒倒するわ」

「彼女の能力がいかなる原理によって成り立っているのかに関しては諸説あります」クロノが腕を組んで答える。「だがこの予言で得られた情報にはある程度の的中率が認められることは確かです。占いの範疇ではあるけど、20世紀末の地球で騒がれた『ノストラダムスの大予言』より遥かに当たることを保証しますよ。あれは膨大な文章の中からいくつかそれらしいフレーズを実際の出来事にこじつけて『予言だ』と騒ぐものですけれど、彼女の予言はずっと少ない詩篇で構成されているし、こじつけるにも限界がある」

「そして実際に当たるものは当たっている、と」肩をすくめて零が言う。「当たらなかったものは、管理局がその予言を元に対処したことで予言に示された事件が未然に防がれたことによるものか」

「そう解釈することも可能です」とカリム。

「とするなら」カリムをまっすぐ見つめてエディス。「今回私達がここに呼び出されたのは、単純にその予言とやらでフェアリィ空軍と関連しているのではないかと疑われる記述があった。もしくは私達フェアリィ空軍の力を借りなければならない事態に発展する可能性が高い、とか。そんな感じかしら?」

「万全を期すためだ」クロノは強めに言う。「キミ達の力で防ぐことができる事態でも、些細な予言なら特に呼ぶことも無かった。しかし今回の予言はあまりにも大きなもので、最悪の場合この世界の政治経済が根本から崩壊しかねない出来事が記述されているんだ。多くの人命に関わる。その事態が起きないよう、もしくは起きてしまった場合に手を貸してくれる魔導師が一人でも多く必要だったんだ」

「特に、違う世界の技術体系や概念を持つおれ達のような、か?」

 

 そう言う零はクロノの口調が敬語から普通のものになったことに気づいている。きっとその方が楽なのだろう。これが彼の素か。普通の青年にしか見えない。フェアリィにはほとんどいないタイプの人間だ。

 

「理解が早くて助かるよ」

「いったいどんな予言が出たんだ? そんな、よそ者の力を借りなければならないような事態を予測した予言とやらは」

「それもこの場でお伝えするつもりでした」

 

 カリムは一度真剣な顔つきになると目を閉じ、まるで古の唄を諳んじるかのように予言の詩を口にした。

 

 

 旧い結晶と無限の欲望が交わる地。

 死せる王の下、聖地より彼の翼が蘇る。

 死者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち、それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け落ちる。

 

 

「これが」息苦しさから解放されたようにカリム。「今から数年前に記された予言です」

「旧い結晶に……」

「無限の大地、ね」

 

 ピンとこない表情で零とエディスが呟く。

 

「ミッドの文化や政治に詳しくないキミ達にとって、これらの予言が何を示しているのかわからないのは無理もない」とクロノ。「でも彼女達ならある程度予想できるんじゃないかな?」そう言うと高町なのは達を見る。

 

「『旧い結晶』は古代文明の遺物で、まるで宝石のような見た目をしたレリック」と高町なのは。

「『中つ大地の法の塔』は時空管理局の地上本部やな」と八神はやて。

「『数多の海を守る法の船』は時空管理局の次元航行船群、であると予測できます」とフェイト・T・ハラオウン。

 

 三人娘の解説を受けてクロノが頷く。「つまりロスト・ロギアをきっかけとして、時空管理局の海と陸が、両方とも壊滅することを意味するのではないか。我々はそう危惧しているんだ」

 

 時空管理局の陸はそのまま地上部隊を指すが、海はそうではなく次元航行部隊とかいう戦闘艦を操る、宇宙艦隊みたいなものだと説明は受けていた。

 

「時空管理局が機能を失えば、実質的に無政府状態になったのと同じですからね。しかも、この事態が何者かの企みによるものだとするなら事態は最悪です。管理局が機能しなければ、防衛する戦力もなくなってしまう。多くの人命が失われる可能性が高いのです。全次元世界が危険にさらされてしまうことも考えられます」

 

 ふむん。零はおおよその納得を得る。なるほどそこまで大事となれば猫の手も借りたくなるだろう。相当に信頼できる猫でなければならないが。この自分と雪風とフォス大尉は他の世界から飛ばされてきたがゆえに、この世界に存在する各種の組織とは利害関係をほとんど持たない。唯一、機動六課とだけ繋がりがある。だから信頼に値する、と考えられたのだろう。少なくとも利を与え続ける限りは敵対しない者達というわけだ。いきなり他の世界から漂流してきた人間をスパイに仕立て上げるようなことはまずない。コネもないし失うものもないからだ。

 

 そこで気づく。そういえば機動六課の人間は互いに古くからの友人同士だったり、義理の親子関係だったりと、隊の中で身内間の関係がかなり存在している。一つや二つならともかく、隊長やら主要なメンバーが軒並みそうなっているというのは不自然だ。一族が一つの部隊に集まってしまうと、あまりに強い結束のためクーデターを企てられても外部から察知できなくなるといった安全保障上の問題がある。特殊戦ではクーリィ准将とフォス大尉が親戚関係だが、それだけだ。六課は多すぎる。

 

「まさか、六課は……」

「鋭いね。古代遺失物管理部・機動六課の設立はこの予言に端を発している。できるだけ信頼できる者、それも優秀な人材を一カ所に集めていざという時に対処できるよう組織した新しい部隊なんだ。だから身内が多いし、僕のような提督や、カリムが後見人として六課を支援しているわけなんだ。このことを六課で知っているのは、はやてくらいさ」

 

 零が八神はやてに視線を向けると、彼女は『どや、見直したか?』と言わんばかりにニヤリと彼を見つめ返した。なるほど、機密を身内にも他人にも悟らせることなく隠し通せる程度の頭はあるらしい。アホに見えて実はしっかりと狸だったか。それともアホの方が素なのか。たぶん後者だろう。

 

「そこまで準備ができているなら、おれ達にわざわざ機密とも言える彼女の能力を知らせる必要はなかったんじゃないか?」はやてから視線をずらしてカリムを見る零。「フォワードメンバーや、他の隊員には知らせていないんだろう。さっきも約束した通り、おれ達はそちらに協力することになっている。その時が来たら他の隊員達と一緒に、知らせるなり黙ったまま戦わせるなりすればいい。なぜそうしない」

「まったくもって正論だ。本当に勘が鋭い」

「勘の鈍い戦闘機乗りはすぐ死ぬか、辞めるさ」

「なかなかにハードだ」

「今回の話をあなた方にしたのは、今の予言に続きがあることが認められたからなのです」とカリム。「あなた達のおかげで」

「続きだ?」

「その予言がフェアリィ空軍と関係しているんじゃないかと僕は睨んでるよ。エディス先生の挙げた一つ目の予想も正解だったというわけさ」クロノはなのは達を見据える。「今からカリムが話す予言は第一級の機密事項だ。はやてにも今初めて話すことになる」

「知っている人間はどのくらいいるんだ?」

「僕と、僕の母で本局の総務統括官のリンディ・ハラオウン。そしてカリムと、伝説の三提督。あとは片手で数えるくらいしかいない。管理局の中でも知っている人間はほとんどいないよ。そのくらい極めて重要だと判断されたんだ。六課の中でも口外することは控えてもらいたい」

 

 ごくり、と三人娘が唾を飲み込む音が聞こえた。はやてもこの状況で変なことを言うほど空気が読めないわけではないらしい。

 三提督の意味は零にはわからなかったが、要するに六課の後見人の中でも飛び切り偉い立場にいる者ということだろう。

 

「そもそもこの能力において、別の予言が新たに出現するならともかく、既出の予言に新たな予言が後から付属されるということ自体が異常なのです。内容も、出た時はどう解釈すれば良いのかわかりませんでした」

「何者かの干渉を受けた、とか?」

「そこまでは言わない。でもこの予言は、キミ達三人がこのミッドに出現する直前に現れたものなんだ。キミ達フェアリィ空軍と関係している可能性は高い。カリムの言うようにこれは当初解釈不能だったためあえて伏せていたんだが、我々がフェアリィ空軍の存在を知って初めて、解釈できるようになった」

「なに?」

「だから今ここで公表する。論より証拠。実際に聞いてみるといい」

 

 目ふせを受け、一拍置いてカリムが詩の続きを口ずさむ。

 

 

 邪なる神を殺めるは、風を統べる白き精霊。

 聖なる弓は理を覆し、奇跡の下、万象は一つとなる。

 

 

「……風を統べる、白き精霊?」

「そうだ。深井零中尉。あなたはその言葉に心当たりがあるはずだ」

「まさか」零は一瞬、刑事の取り調べを受けているような気持ちになった。後ろめたいことは何もないのに、まるでこれから大事件に巻き込まれてしまうような。顔の筋肉が緊張する。

「……まさか」零と同じように少し強ばった表情でフォス大尉。「『彼女』だというの?」

「そう」クロノはテーブルの反対側に座る少女を見据えた。「この予言には、雪風、キミが示されているんだ」

 

 その場にいる全員の視線が雪風に集まる。雪風はそれに動じる様子もなく、淹れられた紅茶を一口含むとその可憐な唇を開いた。

 

「それに」雪風はクロノをまっすぐに見て答えた。「何か問題が?」

「……否定はしないんだね。つまりキミは、邪な神を殺すかもしれない、と」

「私に対し敵対行動をとるもの、攻撃を行うものは、排除する。ただそれだけのこと」

 

 たとえそれが神であっても。雪風の無機質な瞳はそう物語っていた。感情ではなく、論理で全てを判断する人工知性体の本質がその空色の宝石から湧き出ようとしている、と零は感じた。

 

「少なくとも悪の神を倒すわけですから、正しいことはしています」まるでこの場の全員から雪風をかばうような口調で高町なのはが強く言った。「雪風ちゃんは間違ったことをするわけではありません」

「そもそも雪風が悪事を働くなんて考えにくいな」とフェイト。

「悪しき神、ね。神様が悪いなんて想像できないわ」父親が敬虔なキリスト教徒であったというエディス。

「神を殺すいうても」とそれまで黙っていた八神はやて。「どないなやり方で殺すんや?」

「さてね。でもこの予言が雪風を指しているのだとするなら、雪風は悪を破壊しようとしている正義ということになる。なのはの言う通りにね」

 

 それまでの圧迫するような雰囲気を払拭するようにクロノが言う。肩をすくめ、おどけたように。

 

「だからこの情報を開示した。聖なる弓云々のフレーズはまだ謎だし不確定要素も多い。けど、少なくとも雪風は嘘をついている目じゃない。……雪風、僕はきみを信用するよ」

「そう」雪風はその一言だけ言ってまたクッキーをかじり始めた。無関心。

「……それは少々、突飛じゃないか?」雪風の頭を撫でながら零。「雪風を信頼するのは勝手だ。だが人によってはあんた達の方が悪になる可能性だってあるんだぞ? 正義も悪も相対的なものだ。時空管理局という制度を快く思わない人間にしてみたら管理局が崩壊した方が都合はいい。それと同じで、雪風が何を正義とし、何を悪とするかなんてわかったものじゃない」

「自分が正義であると信じるしかないさ。僕は、時空管理局が崩壊することを正義とは認めない。多くの人命が失われることもね」

「希望的観測か。自分は正義だろうから同じ正義たる雪風と敵対することはない、と」

「正義というのは希望的観測にすぎない。誰だってそうだろう。人類を守ることが、人間以外の動植物にとっては必ずしも正義ではないようにね。フェアリィ空軍中尉殿?」

「フムン」人類を守る気などさらさらなかったが、そう言われると黙るしかない。

「ともかく僕は、雪風が悪を相手に戦ってくれると信じるよ。彼女が彼女である限り」

「そして予言が正しい限り、か」

 

 その言葉に、ニッ、と歯が見えるように笑ってみせるクロノ。まあね、と古くからの友人に伝えるかのように。

 

「……」

 

 零はそれを完全に無視。雪風と同じようにテーブル上の皿に並べられたクッキーをつまむ。もう話すことはない、と言わんばかりに。

 せっかくの笑顔を無視されたことで、クロノはがっくりと肩を落とした。

 

「おにいちゃん、深井さんに正常な反応を求める方がいけないんだよ」

「フェイト、今その呼び方は止めてくれ。よけいに落ち込む」

「大丈夫よ。深井中尉がここまで話をすること自体、めったにないのよ。あなたは貴重な体験をしたわ」紅茶を優雅に飲みながらエディス。

「それは褒めてるんですか、けなしてるんですか、エディス先生」

「両方に決まっているじゃない」

「……フェアリィ軍人の思考は複雑怪奇だ」

「まだ良い方だよ。これで一緒に仕事してごらん? すごいから」

「悪い。僕が悪かった。聞きたくな──」

 

 そうクロノが言いかけた時に、応接室にけたたましいアラームが鳴り響いた。

 

「なんだ」と零。「誰の端末だ」

「私のです」懐から情報端末を取り出すカリム。「……これは、シャッハからの緊急通信ですね」

「シャッハさんから?」となのは。「いったい何が?」

 

 カリムが情報端末を展開すると、画面にシャッハ・ヌエラの姿が映し出される。その緊迫した表情は、彼女が強い焦りと動揺を覚えていることを物語っていた。

 

『会見の最中に申し訳ありません、カリム。急いでお耳に入れたいことが』

「何が起きたの?」

『ミッドチルダの海上で、中規模の次元震を観測しました』

「次元震? 海の上で?」

『それと同時に大型の物体が出現したようです。どうやら水面付近に現れたらしく、押しのけられた海水によって小規模ながら津波が発生しています。警報は発令済みです』

「わかりました。後はこちらで対応します」

 

 カリムはそう言って通信を切ると、端末から顔を上げて機動六課とFAFの面々を見渡した。

 

「まことに僭越ながら、今日の会見はここまでにしましょう。皆さんはすぐに六課へ戻ってください。仕事です」

 

 

 

 

 

 零達が六課に到着すると、出現した未知の物体の解析を行っている最中だった。主に解析しているのはアルト・クラエッタとルキノ・リリエ。二人とも二等陸士で、魔導師としての適性を持たないが優秀な通信士の女性だ、と零は聞いていた。

 

「対象海域において、ほぼ全帯域の通信波が妨害されています。妨害電波による通信障害領域の直径、約500km。しかもランダムに変動していてどこがジャミングの中心なのかわかりません」

「通常レーダーもまともに機能しません。かなり強力な妨害電波が発生しているものと思われます。こんな出力、初めて見ました」

 

 だが、今回はその2人でも難儀する事態に陥っていた。六課のブリーフィングルームでは零やエディスを含めた隊長陣が情報の解析を大型ディスプレイで見ていたが、通信士の二人が苦戦しているのは画面越しでも一目瞭然だった。

 時空管理局のデータリンクと結ばれている全てのレーダーシステムからの情報がそこには映し出されていたのだが、海上の大部分が、まるで巨大な雲に覆われたようにひどいノイズがかかっていた。

 

「なんだ。これ」とヴィータ。

「わからん」とシグナム。「かなり強い妨害電波としか」

「衛星からの映像は?」フェイトがアルトに訊く。

「現在解析中。対象となる物体がどこにいるのか目途が付いていませんので、目ぼしい海域をしらみつぶしに探すしかないのです。電波妨害がひどくて、データの受信が余計に難航しています」

「むう」

 

 六課の隊長達は腕を組んで悩んでいた。

 

 零はそれを冷めた目で見ている。機動六課は聖王教会で聞いた通りならば、極めて優秀な人材が集められた実戦部隊だ。高町なのはは砲撃魔法、フェイト・T・ハラオウンは高速戦闘、八神はやては空間制圧魔法等の、それぞれエキスパートであると聞いていた。恐らくフォワードの4人もそれぞれ輝かしい才能を秘めているのだろう。

 

 しかし、それゆえ電子戦などの補助的戦闘行為を苦手としている、と零は感じていた。魔法に重きを置くあまり、質量兵器に近しいレーダーやECMの知識が不足している上に技術もない。敵が電磁的な攪乱行為を行ってくると、非戦闘員である後方のスタッフに頼らざるを得ない。それは時として致命的な隙を生み出す。後方と前衛の距離が空けば空くほど、敵の付け入る隙を与えてしまうことになる。六課の人間も、六課の後見人達も、それを軽視しているのではないかと思えた。これは、危ない。

 

 フェアリィ空軍や他の現代航空戦闘を行う空軍は、後方で電子戦を行うのはもちろん、前線付近でも電子的サポートが行えるよう電子戦機が飛ぶようになっている。さらに高高度では空中早期警戒機が飛び、敵の位置を正確に把握している。

 

 もしかしたら、と零は想像する。今日、聖王教会で自分と雪風が会見を求められたのは、予言について話し合うだけでなく、六課のサポートを暗に命じられたのではないか。すなわちそれは六課の弱点となりうる電子戦のサポートだ。自分と雪風の力なら、前線で戦いながらレーダーを用いて敵の動静を見極め、通信など味方の支援を行うことができる。クロノ・ハラオウンとカリム・グラシアはそれを効果的に行うよう、こちらに念を押すつもりで呼び寄せたのか。この不審船騒動がなければそれを口頭で言われていたのかもしれない。

 

 そう考えた零は、無意識の内にディスプレイを流れる多数の情報を素早く読み取っている。4年間、フェアリィの空を雪風と共に飛び、彼女の意思をそのディスプレイから読み取ってきた技術はだてではない。零はこうしたデータの読み取りに関しては自信があった。ちなみに現在雪風はブリーフィングルームにはいない。皆の仕事を邪魔しないようにと思ってかシャマルが別室に連れて行った。

 

 画面を眺めていると、その中で『津波警報センターとリンク中』という表示が零の目についた。どういうことだろう、もう津波は無くなったというのに。二人のうちどちらがこのリンクを繋いでいるのかを確認する。ルキノ・リリエが担当しているディスプレイだった。

 

「おい」

 

 は、はい!? ルキノが零の呼びかけに驚く。

 

「どうして津波警報なんかにアクセスしているんだ。津波の被害はほとんどないはずだろう」

「え、えっと。……解析完了までの間、津波ブイで得られたデータを用いて津波の発生源を予測できないかな、と思ったんです」零の鋭い雰囲気を怖がるようにルキノ。「ある程度位置が分かれば衛星画像から探す手間が省けます、から」

「ほう」零はルキノのアイデアに感心した。地震の観測時間から震源地を割り出すのと同じ要領で、彼女は津波の波紋の広がり方から波の発生源を突き止めようとしているのだ。「それで、おおよその検討はついたのか?」

「はい。だいたい、この辺が発生源だと予測しています。まだ解析中ですが」

 

 ルキノはディスプレイ上に緑色の円を表示させた。ジャミングでノイズが走る巨大な円の、陸に近い側を示していた。その大きさは直径100kmほどだが、かなり絞り込めている。この調子なら、すぐに位置を特定できそうだった。

 

 しかし簡単にはいきません、と彼女は続けた。「波というのは海が浅くなれば遅くなり、海底の地形に大きな影響を受ける上、潮の満ち引きや海流、風の影響を受けるため全ての海域において一様な速度とは言えないのです。今回のモノは陸地からかなり離れているようで解析に手間取っています。──あ、津波の解析が完了しました。アルト、このデータをミッド海洋観測データベースの津波記録と照合してくれる?」

「ん? わかった。えーと、海洋観測のデータをこっちに入れて……」

 

 アルトが手早く操作をすると、ディスプレイにそれまでとは比べものにならないデータと演算式が流れ出す。そのデータ群がアルキメデスの原理と波動の伝達速度計算式の2つを示していることをすぐに悟った零は、このルキノとアルトの2人がなかなか優秀な頭脳を持っていることに感心した。

 

「ルキノ、解析結果出たよ。そっちに出すね」

「やっと出た。──うわぁ、スゴイ大物」

「ひとまずわかっとることを報告してや」ちょっと不安そうに八神はやて。

「は、はい!」はやてに応えるべくルキノ。「対象が水上に浮かぶ艦船であると仮定した場合、排水量は少なくとも10万トンは下らないことがわかりました」

「10万トン!?」なのはが目を見開いて驚きの声を上げる。

「排水量っていうと……」聞き慣れない単語にヴィータが首をひねる。

「簡単に言えば船の重さを表す単位です」ルキノが解説する。どういうわけかその目はわずかに輝いているように見えた。「船を水に浮かべた時に押しのけられる水の量は、その船の重さと同じになります。その水の量がどれだけなのかをトン数で表現したものが、排水量です」

「排水量くらい勉強しておけヴィータ」と呆れたようにシグナム。「風呂に入れば実感できるぞ。目いっぱい湯を張った湯船に浮かんで、その時溢れ出た湯の量を測ってみろ。それがお前の排水量だ」

「うっせー。……じゃあその現れたヤツは重さが10万トンもある化け物みたいな船ってことかよ」

「それが次元震によって対象海域に一瞬で出現した、と仮定した場合です」

 

 冷静にアルトが言う。

 

「今回起きた津波は規模の大きさから次元震によるものと考えるのが自然ですが、それでは計算が合いません。海上で発生した次元震による津波は過去に観測例があるので、次元震のエネルギー量を解析すれば津波の規模も予測できます。今回の次元震のエネルギー量は管理局側で観測していますし、この規模の次元震で発生する津波の大きさもすでに予測されていました」

「しかし今回はそれを上回る量の海水が押しのけられているのです。次元震から予測された津波と今回の津波を比較して解析したところ、その上回っている分は大規模タンカーに匹敵する物体が水面下、あるいは水面に出現したことによるものではないかと予測しました」とルキノ。

「10万トンというと、アフラマックス並みね」オイルタンカーを基準に物体のおおよその大きさを導き出すフォス大尉。「そうなると全長250m、横幅40mはあるはずよ。タンカー以外ならそれより大きくなるけど全長500mにはならない。衛星画像には確実に映っているわ」

「了解です。津波の解析が不十分でも、それならかなり絞り込めます」エディスに軽く会釈してアルト。「では衛星画像に映る全長250m未満の物体は解析から除外し、それ以上の大きさを持つ物体を捜索します。上限は500m」

 

 大型統合情報ディスプレイにミッドチルダの海上を記した地図が表示され、そこに数十個ほどの黄色の光点が現れる。零はこれらがアルトの言った条件に該当した物体であると理解した。

 

「ここから島嶼と、登録されている航路のものは除外して……」アルトの言葉と共に黄色の光点が次々と消失していき、最後に一個だけが残って赤くポイントされた。「……出ました。これです」

「ほぼ間違いなく艦船です」アルトの言葉を引き継ぐようにルキノ。「陸地から100マイル(約185km)ほど離れた海域を15ノット(約28km/h)で航行中。どういうわけか出現直後から同じ海域を時計回りに周回するコースをとっているようですね。周回半径はおよそ3マイル(約5.5km)」

 

 おお、とその場がざわめきたった。電磁的な観測がほとんどできない状況で、発生した波から対象物の位置を導き出したことに対する感嘆の声だった。

 

「ここを重点的に撮影するよう衛星に指示を出します。えっと……。ルキノ、マイルじゃなくてキロメートルで言ってくれないとわかりにくいよ。陸と海じゃあマイルの大きさが違うんだから」とアルト。

「海ではノーティカルマイル(海里)とノット。1852m。これ常識」

 

 少し不機嫌になりながらルキノがのたまった。さっきの喋り方と目つきからして、もしかしたら彼女は船が好きなのかもしれないとそれを見た零は思った。空軍でありながらメートル法を使っていたFAFとしては口出しできないが。

 

「それにしても同じところを回っているなんて。パニックにでもなっているのか?」とシグナム。

「先ほどから全帯域で呼びかけているのですが、応答がありません。そもそもこのジャミングの中でどれだけ届いているか……」

「付近を飛ぶ航空機と航行する艦船に退避勧告を」とフェイト。「相手はジャミングどころか無線封鎖までしているんだ。何をしてくるかわからないよ。ミサイルや艦砲を搭載しているかもしれない」

「すでに衛星からのレーザー通信で勧告済みです。ついでにあの不明船にもレーザー通信を試みましたが、相変わらず反応ありません」

 

 おかしいな、と零は思った。普通の船であれば未知の世界に放り出されたことで不安になり、周囲へ向けて救難信号なりコンタクトをとろうとするはずだ。自分自身も同じ目に遭ったのだから気持ちはよく分かる。

 それをしないということは、あの船が無人であるか、それとも何らかの軍事機構に所属する艦であり、ジャミングを必要とする戦闘中に突如としてこちらへ飛ばされたのかもしれない。ひょっとしたら核攻撃を受け、その反動でこちらに飛ばされたのか。

 

「目標海域の衛星画像、出ます」

 

 アルトの言葉と共に衛星画像がディスプレイに表示される。波立つ海面上に、ぽつんと灰色の細長い物体が映っている。その後ろには航行で発生した白い波が続いていた。

 

「なんだこりゃ」とヴィータ。

「大きい船ですね。衛星からの観測によれば、全長約400m。全幅約100mはあります。表面の塗料が特殊なのか、大きさの割にレーダーの反射率が低いですね」

「横幅がかなり大きいです。エディス先生が予測した数値の倍はあります」顎に手を当ててルキノ。「でも航行速度と波の広がり方からして、喫水はそれほど深くありません。せいぜい10から15mってところですね。きっと船の上面だけ横に広いんです。何かを運ぶ船ではないかと」

「映像を拡大。もっと詳しく見せて。何を積んでいるかでどんな船かわかるかも」となのは。

「り、了解」

 

 ピピピ、とルキノが操作面を叩く音が響く。それまで画面の真ん中で小さく映っていた船の姿は、その全長が画面高の10分の1程度になるまで大きく拡大される。そこでようやく船そのものの形が明確になった。

 

「なんやこの船。けったいな形しとるな」

 

 はやてはその船の形の不可思議さに口をへの字に曲げた。真上から見た形はビール瓶を横に倒したようだ。瓶の口を船首側にして、その側面にいくつも装甲板のようなものがついている。

 

「ただの輸送船では、ないね。特に積んでいるものもなさそうだし」となのは。

「あれ本当に水上船か? いくらなんでもでかすぎだろ」とヴィータ。

「あの色、自衛隊の船のやつと似てるよ?」

「じゃあ、どこかの世界の軍艦か?」

「だとしたらこのジャミングも説明できるね。電子戦を担当する艦なんだよ、きっと」

「軍艦なら、そこに本物の軍人がいるだろ。聞けばいい」

 

 ヴィータが親指で深井零を指し示す。だが、零の表情は、まるで幽霊でも見たかのように青ざめていた。その視線はディスプレイの映像に釘付けになっている。

 

「あれは……冗談だろ?」

「深井さん?」茫然と立ち尽くす零の顔を覗き込むなのは。

「……そんな、こんなことって」

「エディス先生も、二人そろってどうしたんや?」

「どうしてあの艦が、ここに?」震えた声で、エディス。「そんな、どうして? ありえないわ!」

「落ち着いてください。知っているんですか、エディス先生。あの船を」

「……私より、深井中尉の方が詳しいわよ。きっと」

「どういうことですか」

「だって深井中尉は、あの艦に乗ったことがあるんですもの」

 

 なんだって。その場にいたほとんどの人間が驚きの声を上げる。

 

「そうでしょう、中尉」

「ああ。おれにも信じられないが、あの独特の艦影、間違いない」

 

 彼の言葉を聞いたルキノはとっさに衛星画像を操作し、その船の最大拡大画像を別ウィンドウで映し出した。表示された船体上部は見事なまでに真っ平らで、艦橋と思わしき部分は進行方向右側に著しく寄っている。さらに表面には斜めに滑走路のようなラインが引かれ、船首には地球で一般的に使われている数字、アラビア数字が白く大きく刻印されていた。

 

「……?」その数字の意味が分からず首を傾げる高町なのは。「あれは船の識別番号ですか?」

 

 違う。と零は言った。「あれそのものが、艦の名前なんだ」

 

「数字が、名前?」どこか思い当たるものがある様子のシグナム。「地球の戦史で、確かそんな人物がいたような……」

「数字が名前なんて、どんなやつだよ。一郎、次郎とかか? そんなの日本にいくらでもいるだろう」とヴィータ。

「いや、そんな当たり前の名前じゃなくてだな、もっと変わった名前だった。確かヤマモト……、なんだったかな。初見では読めない名前だ。すごい人物であることは覚えているんだが」

 

 零はシグナムの言わんとしていることを理解していた。彼女が思い出そうとしている歴史上の人物こそ、この映像に映っている艦の名前になった軍人で間違いなかった。それに該当する人物は地球の歴史上、一人しかいない。真珠湾攻撃を提案し、帝国海軍の連合艦隊司令長官を務めた稀代の名将。

 

「深井さん。あれは、いったい、なんて名前の船なんですか」

 

 なのはに訊かれた零は、戦慄しながら、言った。

 

 

「……アドミラル56(イソロク)。おれの国の、空母だ」

 

 

 


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