機動六課部隊長、八神はやては、部隊長室の自身のデスクに乗った物体を前にして、頭を抱えていた。
数時間前、森林で次元震と共に起きた謎の大爆発。
当初、核爆発かと思われたそれだが、残留放射能は検出されなかった。
爆発地点にいた少数のガジェット。
そして、爆心地にて発見された男性───持っていたIDカードの情報によれば、『フェアリィ空軍 特殊戦 所属の、フカイ レイ中尉』。
それらの存在がはやての心に不安の影を落としていた。
デスクワークも手につかない。
ウウム。と、はやては唸った。
爆発の中心にいたにもかかわらず、ほとんど無傷だった彼。
次元震のあった場所にいたことからして、次元漂流者である可能性が高い。
それに、彼はこの世界では禁止されている質量兵器の一つ『銃』を所持していた。
彼が犯罪者であるなら別だが、管理外世界の軍人なら銃を持っていてもおかしくはない。
だが、仮に魔法技術のない世界である、管理外世界の出身だとするならば、更に謎が生まれる。
広大な森を吹き飛ばすほどの爆発の中心にいながら、魔法を知らない彼が、なぜ無傷でいられたのか。
まあ、どれほどの魔導師であっても核爆発の前ではひとたまりもないだろうが、しかし魔法を知らない一般人よりは防御魔法を行使できる魔導師の方が生き残る可能性は高いはずだ。
検査では、彼にリンカーコアは確認できた。
だがその魔力はCランク。
この程度は一般人にもよくいる。
持ち物からは魔力は検出されていない。『あるモノを除いて』
それが、今、はやてのデスクの上にある物体。
それはもしものときのため、透明なケースの中、厳重に保管されている。
彼女はケースの中のその物体を恨めしそうに見つめた。
ケースの中で彼女の視線を受けているのは、刃渡り25センチほどの、二本の『サバイバルナイフ』
そのナイフからは強い魔力が検出されていた。
なんの変てつもないナイフからだ。
怪しさ全開だった。
ロストロギアの可能性も否定できないので、一時的に六課が回収することになったのだ。『フカイ レイ』を襲ったガジェットはこれを狙っていたのかもしれない。
はやては、ナイフの入っている、『厳重注意』と書かれているケースを指先で突っついた。
──何も起きない。
何も起きない。どう見ても、市販されているようなごくごく普通のナイフだ。この中に膨大な魔力があるなどとは、微塵も感じられない。
いくつものロストロギアを見てきた彼女だが、このナイフは禍々しさなどとは無縁に思える。
ましてや、これがあの大爆発を引き起こした原因である可能性の代物とは思えない。
そして、最大の謎。
彼女はその謎の一部である、ナイフの柄を注視した。
そこには『FAF工廠製 サバイバルナイフ』と書かれていた。英語で。
彼の持っていたIDカードの情報が読み取れたのはその情報が、はやてのいた次元世界『地球』の言語で書かれていたからだ。
とすれば、彼は地球出身なのだろう。
だが、地球には『フェアリィ空軍』、略称『FAF』などという組織など存在しない。
彼はいったい何者なのか。
ウウム…。はやては再び唸った。
「はやてちゃん…」
すると、彼女と同じようにケースを見つめていた、体長30センチほどの少女、はやてのユニゾンデバイスの『リィンフォースⅡ』がはやてを気遣うように声をかけた。
「大丈夫や、リィン。心配せーへんでも大丈夫や」
とたんに、はやては明るい顔で答えた。
しかし、その声には多すぎる謎に対する隠しきれていない不安が滲んでいた。
はやては19歳という年齢で機動六課部隊長になった。
それは自分で望んだこと。
しかし、幾多の修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、まだ19年しか生きていない。
普通の人間ならば、責任と、組織というものの不自由さに耐えられなくなる。
心の支えとなる親友が共にいるとはいえ、それに耐え続けている彼女の心は、まさに鋼。
だが、その鋼の心ですら今回の事件の不安は退けられないでいた。
怖いというわけではない。あまりにも謎が多すぎて不安になってしまうのだ。
さすがにここまで不確定な要素が多すぎると、どれだけ強い心を持っていても恐怖に似た感覚を覚えてしまう。
とりあえず。治療が終わり、今はメディカルルームで寝ている『フカイ レイ』。
彼が目覚めたら、詳しく聞いてみることにしよう。
心のもやもやを紛らわすべく、彼女は再びケースを突っついた。
自分を追いかけてくる無数のジャム。
友の悲痛な叫び。
自分を包み込む、死の白い光。
零は目を開く。
白い。
顔を吹かれている感触。
白いタオルだった。
零はそのタオルを手で払った。
空気は暖かかった。
白い壁。医務室のようだ。
自分の周りにある医療機器は、見慣れないものがほとんどだ。
「あっ……気がつきましたか!?」
目の前にいたのは若い女だ。
亜麻色の髪をポニーテールのように左にまとめた女。
顔立ちからするに東洋系だ。
「どこだ、ここは。あんたは?」
「ここは、時空管理局、機動六課です。私は管理局、教導官、高町 なのはって言います。貴方の名前は?」
フェアリィ独特のなまった英語ではなく、正調な英語で女は答えた。
時空管理局?
零はそんな組織名を聞いたことが無かった。
まだ上手く動かない頭をめぐらせる。
そんな組織、どこに──
いや、自分と雪風が超空間通路を破壊したあと、ジャムが再び通路を作ってくるかどうか警戒するために、
時空管理局という組織が作られた可能性もある。
なにせ『超空間』だ。
それを監視するということから、『時空を管理する』という大それたネーミングになったのかもしれない。
なら、自分が知らなくても無理はない。
勝手に一人で納得した零は、とりあえず、目の前の女──高町なのはの問いに答えてやるべきだろう、と口を開く。
「……おれは、深井 零だ」
「えと、じゃあ『深井さん』て呼びますね。」
なのはは優しく微笑みながら言う。嘘偽りの無い笑顔だった。
FAFの女とは、かなり印象が違う。零は思った。
彼女らはまともではなかった。
正当防衛の名の下に射殺される男が年間一人は必ず出るほどだ。
フェアリィの女たちはしたたかだった。
それに比べ、この、高町なのはという人間は、零の見た限り、かなりまともな部類だった。少なくともこの場で懐から拳銃を取り出して、こちらに向けてくるような人間には見えない。
そこまで考えた零を、なのはは先ほどの柔らかい笑みからは想像つかないほど、真剣な顔つきで見つめた。
「深井さん、今から私が話すことは全部本当のことです。…だから、真剣に聞いてください」
なのはの改まった態度に戸惑いながらも、零はうなずいた。
なんだ、何を言おうというんだ?
まさか『ここは天国です』とでも言うのか?
そんな心持ちの零に対し、なのはが言った言葉は、彼の想像の斜め上をいっていた。
「深井さんは……『魔法』を信じますか?」