魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

33 / 46
第二十九話 ロングピース・ワールド

 

 太陽に照らされた街を見るのは何年ぶりだろう。

 

 零は流れていく街並みを静かに眺め故郷の日本を思い出し、いまいましそうに顔をしかめた。

 

 軽く四年は見ていない。下手をしたらもっと経っているのかもしれない。自分が祖国を離れてからそれほどの時間が経過しているのだ。

 もはや自分がかつて住んでいた日本の情景などとうに忘れた。頭に浮かんでくるのは夕暮れ時の薄暗さの中、人工の明かりで照らされた地下居住区と、真っ暗な天蓋を走るモノレールだけ。

 今見ているのは青い空に向かってそびえたつ高層ビル群と、その合間をぬうように駆け巡る道路網。明るくて、清潔で、それでいて人の営みが感じられる大都市。

 

──日本も、いや、東京もこんな感じだったのだろうか──

 

 思い出そうとするが、できない。祖国のことなどとっくに忘れた。日本語もだんだんと忘れてきている。会話はできるが、漢字のいくつかは忘れてしまっているのかもしれない。

 あの女の顔と同じだ。自分の前から去って行ったあの女。その顔を思い出すことは今ではできそうにない。それと同じで、祖国の情景も自分の中では遠い過去の出来事ととして位置づけられて、思い出す必要がないと脳が判断している。そう判断しているから、思い出せないのだ。零はそう考える。

 

 

「中尉」

 

 隣から聞こえる澄んだ声。雪風だった。

 先ほどまでランチ代わりのオニギリを無心に食べ続けていたはずだが、どういうわけか今はそのオニギリの一つを零に差し出している。しかも食べかけだ。三角形をしたオニギリの上側の頂点がかじり取られている。

 食べろ、ということだろうか。

 

「……全部食べていいんだぞ、雪風。それはお前のだ」

 

 確かこのオニギリは八神はやてが雪風に持たせたものだ。全部で6つ。だから、雪風はその全部を食べる権利がある。現に彼女は差し出しているものを除いてもらったオニギリは全部食べてしまっている。昼食を食べそびれてしまったから彼女も腹は減っているのだろうが、もともと見かけによらず良く食べるのだ。

 

「これは、中尉が食べて」

 

 ふるふると首を横に振って、なおも雪風はオニギリを零に差し出す。出かける前に早めの昼食を済ませていたからそれほど腹は減っていない。だが食べられないわけではない。零は雪風からオニギリを受け取った。オニギリに巻かれた黒い海苔がパリッとした音を立てる。

 はやてが言うには6つのオニギリにそれぞれ別の具を入れたということだったが、食べてからのお楽しみ、ということでそれが何なのかは教えてくれなかった。

 

 米か、零は感慨深そうにその白米の塊を見つめる。オニギリなんて、フェアリィでは食べたことが無い。日本で食べたのが最後だ。いつ食べたのかも、最後に食べたそれがどんな味だったのかも、やはり思い出せない。

 食べたら思い出せるだろうか。おふくろの味、とも言うし味覚はかなり強く記憶に刻まれるというから覚えている可能性は高い。子供のころの味覚は特に、だ。

 

 まあ、おれは母親の手料理の味なんて覚えていないだろうがな。零はそう思いながらオニギリを口に運んだ。

 

 

 そして、祖国の料理の味を思い出すより、雪風がこれを譲った理由を理解して苦笑した。

 

 

 中身の具が、雪風の嫌いな梅干しだったのだ。

 

 

 

 

「なんで雪風のランチをあなたが食べているのかしら、深井中尉?」

助手席に座ったエディスが上半身をよじって後ろを向き、零にいつもの厭味ったらしい表情で話しかけてきた。

「……雪風が食べろというから、食べた」オニギリをかじりながら、零。

「ミドルスクールの子供みたいな言い訳ね」

「あ、もしかして中身の具が雪風の嫌いなやつだったんじゃないですか?」ハンドルを握るフェイトがエディスの方を一瞬だけ見て言った。「雪風って意外と好き嫌いあるし。それで深井さんに食べてもらったとか」

「……まあな」

「何が入っていたんですか?」

「梅干しだ」

「ウメ、ボシ?」日本語の聞き慣れない響きにエディスが小首をかしげる。

「Pickled plumのことさ。梅を酒で消毒して、塩と日本のシソで漬けたやつだ」最後の一口を飲み込みながら零が答える。「かなり酸味が強いからな、雪風はどうしても苦手らしい」

「私も日本で最初に食べたときは驚きましたよ」クスクスとフェイトが笑った。「なのは達が平然とあんな酸っぱいものを食べているのが不思議でしかたがなかったんです。でも、慣れると結構いけますよ」

「で、雪風はそれが苦手なのね?」

 エディスが己の真後ろに座る雪風にむりやり身体をよじって訊く。それに対し小さくうなずく雪風。

「日本人でも梅干しがダメな人はいますよ。深井さんが言ったようにクエン酸が大量に含まれているんで酸味が強烈なんです。日本ではレモンと並んで酸っぱいものの代名詞みたいに扱われていますね」

「クエン酸……かんきつ類みたいな味なのかしら」微妙に違っているのだがそれに気づかず納得したように身体の向きを直すエディス。

「雪風、好き嫌いは良くないよ。身体に良いんだから次からちゃんと食べようね?」

 

 フェイトの忠告に対しそっぽを向く雪風。よほど嫌いなのか、それともフェイトのことを無視したいのか。バックミラーでそれを確認してフェイトはため息をつく。

 

 雪風の味覚はかなり子供っぽい。酸味、もしくは苦味が強いとその食品を拒否してしまう。零かエディスかシャマルが『食べろ』と言えばそれに従ってその食品を食べるのだが、決して自分から食べようとはしないのだ。

 最初のうちは雪風が嫌いな食べ物を拒否するたびにそれを食べろと指摘していたが、一向に進んで食べようとしない彼女に根負けした零とエディスは忠告するのを止めた。

 唯一シャマルだけが雪風への注意を止めなかった。ただしあまり強く言わず、この野菜は身体にとてもいい、だとか、無理に食べなくてもいい、でも少しだけ食べてみなさい、など、小さな子供に対して優しく諭すようなやり方で促していた。

 実際それなりの効果はあるようで、少しずつではあるが雪風も嫌いだった食べ物を注意されずとも自ら食べるようになっていた。それでも残してしまうものの代表格がレモンや梅干しなど強烈に酸っぱい食品である。

 

「子供のうちは好き嫌いがあるのも仕方ないわよ。もともとそういうふうにできているんだから」

「エリオもキャロもそんなに好き嫌いはしなかったんですけどねぇ、ピーマン食べさせようとしたときは少し嫌がっていましたけど」

「わかるわ、それ。私も昔はマーマイトが苦手でね、あの味をおいしいと感じるようになるまで苦労したものよ」

「マーマイト、ですか?」

「ええ、大人になった今では懐かしい味よ」

 

 さらりと言ったエディスの言葉に思わず顔をそむける零。マーマイトはビールの酒粕を主原料とするイギリスの食べ物だ。濃い茶色の粘り気のある液体で、独特の臭気と味を有している。恐らくエディスはイギリスへ留学した際に食べたのだろう。かつて零もブッカー少佐に勧められて口にし、もう二度と食べないと誓ったことのある食物だ。

 イギリスではかなりの人気を持つマーマイトだが、その臭いと味のせいでオーストラリアやニュージーランドを除く全世界で悪評が立っているという。日本でいうところの納豆、スウェーデンでいうところのシュールストレミングだ。

 零はかつて口にしたマーマイトの味を思い出し、少し気分を悪くする。塩辛いし臭いがきつくてまともに食えたものではなかった。少佐があれをトーストに塗りたくって平然と食べていたが、あれははある意味で恐怖映像だった。日本人が納豆を食べる光景も外国人からしたら恐怖映像なのかもしれないが。

 

「マーマイト……。初めて聞きました」

「あったら買っていきましょう。話のタネに食べてみるといいわ」

「はい。どんな味なんでしょう」

「それは食べてみてからのお楽しみよ」

 

 それは罠だぜ、と心の中でフェイトに語りかける零。だが口には出さないし念話でも伝えるつもりもなかった。別に彼女達がどんな目にあおうとこちらの知ったことではない。きっとフォス大尉は彼女達の顔が苦悶に歪むのを観察したいだけなのだ。相変わらずひどい女だ。

 

 ただ、隣に座る彼女にはマーマイトを食べさせないようにしようと思い、雪風にだけ念話で『大尉にマーマイトを食べろと言われても、絶対に食べるなよ』と伝えてやった。

 イギリス人にこれを言ったら殴られるかもしれないが、彼女の美しい唇に、あのような悪魔のごとき食べ物が放り込まれるのは零にとってあまり快いものではなかったのだ。

 

 雪風はなにも言わなかった。

 

 

 

 

 

 それはいわゆる『買い出し』という行為であった。

 

 上から支給されないような、六課の隊員達が個人的に欲しているものを街へ出て、買って、持ち帰る。

 零はそれまで買い出しに参加したことは無かったが、いくつか必要となるものが出てきたからしぶしぶ出てきたのだ。

 

 まず一つ。ヒゲソリ。この世界のヒゲソリ、というか支給されてもらっているヒゲソリはどうも零の肌に合わない。零の肌が弱いのかそれともヒゲソリが強すぎるのか、シェービングクリームを使ってもヒリヒリしてしまう。誰かに買いに行ってもらう手もあるが、なのは達はヒゲソリを良く知らないから下手をするととんでもないものを買ってきてしまう可能性もある。自分に合うものは自分で探すほかない。

 

 二つ目は酒だ。これは重要だ。とりあえずビールを飲みたい。風呂上りに飲む冷えたビールは最高なのだ。

 だというのにいつもの買い出しでは誰も買ってきてはくれない。ひどい話だ。もう自分で買いに行くしかない。できればエールがあればいいのだが。

 

 そして最後の一つ。雪風の着る服だ。彼女の服は基本的にシャマルが購入してくる。ところが彼女はリボンだのフリルだのが山ほどついた──ロリータファッションとかいう服をやたらと買いあさってくる。もし10着の服を買ってきたらそのうち5着はリボンとフリルまみれだ。

 確かに雪風の可愛らしい容姿にそのふわふわとした服装はよく似合ってはいたし美しかったが、クローゼットに入れると猛烈にかさばる。おかげで零の部屋のクローゼット内は雪風の服でその8割が占められている状態だ。零のものは上着とスカジャンしかない。残りは全部タンスの中だ。そしてタンスの中も雪風の下着やら何やらで7割が占領されているという有様だ。

 たまには自分が、もしくはフェイトかエディスが買ってやるべきだろうと零は思った。これ以上増やされてはかなわない。自分のものも含めて、通常の服でクローゼットとタンスを占拠してしまえばフリルとリボンの増えるペースも落ちるだろう。女はとにかく服やら靴やらを必要とするのは仕方がないことだ。無理に止めることはできないし、するつもりもない。

 

 

 零達が向かっていたのは、ミッドチルダでも有名なデパートだった。かなり大きくてなんでもそろっているらしい。

 フェアリィ基地の地下居住区にも商業区はあったが、基地あたりの人口が2万程度しかいない上に客層が軍人のみと限られているためか、デパートのような多種多彩な店が詰め込まれたものはあまりなかった。フェアリィに子供はいないし、腰の曲がった老人もあまりいない。

 

 そもそも零はデパートだとか、そういう人が集まるところに足を運ぶのは性に合わなかった。買い物をするのならもっと静かにしたいものだ。客の購買意欲を強制的に引き出すように設計された巨大施設で何かを買うというのは、嫌だ。必要もないのに買うなんてのは、非効率的で、非論理的だ。

 

「どうしたの、中尉。怖い顔して」

「……いや、なんでもない」

 

 エディスの問いかけに思わずFAF語で答えてしまう零。短い単語がさらに省略されたそれはあまりにも早く、フェイトの耳には意味の無い音の羅列にしか聞こえない。それでも彼女には零が不機嫌であることがわかったらしく、ミラー越しの彼の姿を見やっていた。

 

「どうせ、他人と買い物するのが嫌なんでしょ?」通常言語でエディス。「あなたが嬉々として買い物している姿なんて、私には想像もつかないもの。ブッカー少佐に連れられて行くというのならわかるけど」

「そうだ」

「いいじゃない、たまには。あなたには他人の行動に付き合うことの練習が必要よ」

「……それでおれが社交的になることを期待しているのか?」

「とんでもない。あなたがそんな単純な性格をしていないということは、私が一番良く知っているもの。こんな単純な練習であなたが明るくなるんだったら私は精神科医を辞めているわ」

「フムン」

「ここはフェアリィじゃないのよ」エディスは幼子を叱るような口調で言った。「今まで通りの態度で暮らせると思ったら大間違いよ。心の中で周囲をどう思おうがかまわないけれど、せめて表面上はまともな人格を繕った方が良いわよ」

「じゃあきみは、繕っているのか。まともな人格というやつを」

「さあね。自分の本性なんて自分でも気づかないことの方が多いでしょう。これが私本来の性格なのかもしれないし、精神の根本の方では全く異なった性格である可能性もある」

「精神科医の言葉とも思えない」

「精神科の医者が自己を正しく分析できているとは限らないわ。もしできているのだとしたら全員が人生の勝ち組になっているはずだもの」

「なるほど。きみを見ているとそれが分かるな。適切な例え方だ」

 

 零の放った強烈な皮肉に対し、エディスは拗ねたように顔をそむけることで自らの怒りを示した。

 彼女の隣にいるフェイトが呆れたような表情をしつつも内心では笑いをこらえている、というのが零でもわかった。

 

「で、店にはまだつかないのかしら」エディスが拗ねた口調で訊く。

「もうつきますよ。──ほら、あの建物です」

 

 フェイトが指さした先に見えたのは、地球でもよくあるようなショッピングモール形式の施設だった。よく見ると下から何階かが駐車場になっていて、店はその上に乗っかる形になっている。高層ビルがひしめき合う中でだだっ広い駐車場を作ることはさすがにできなかったようだ。

 ロゴマークなのだろうか、青空をクジラが飛んでいる絵が描かれた看板が見える。

 

「ロングピース・センターっていうところです。つい最近できたんですよ」

「駐車場、空いているかしら」

「大丈夫だと思いますけどね」

 

 フェイトはそのまま車を進め、建物に近づく。建物の雰囲気は地球のそれとよく似ていて、パッと見ただけではどちらの世界のものなのか判別できない。どこの世界でも商売というもののイメージは同じらしい。

 車はそのまま緩い傾斜のついた通路をのぼり、建物内の駐車場にたどり着く。ここの雰囲気も地球のそれとよく似ていた。

 駐車場の中に停められた車はまばらだった。すいているわけではないが混んでいるわけでもない。フェイトは適当な場所を探して愛車をそのスペースに入れた。

 

「はい、到着」エンジンを止めてフェイト。それまで車体をわずかに震わせていたエンジン音がふっと消える。

 

 シートベルトを外して外に出ると、ひんやりとした風が頬をなでた。やはり地球のものと何ら変わらない。

 とするならば店の雰囲気も似ているのだろう、と想像してしまい、零は静かにため息をついた。

 

 祖国のことなど思い出したくないというのに、なぜミッドにいても思い出されてしまうのだろうか。

 やはり、この世界も、嫌いだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ私が雪風を連れて彼女の服を買ってくるわ」エレベーターに入る時にエディスは三人に告げた。「フェイトさんと中尉はあちこち回って皆の分を買ってきてちょうだい」

「なんで、俺が」珍しく不服そうな顔でエディスの眼を睨み付ける零。なぜ俺が彼女についていかなくてはならないのだといった表情。

 

 エディスは彼の視線を受けても、どうということもなさそうにフフンと鼻を鳴らし、偉そうに腕を組んだ。彼女の後ろでエレベーターのドアが静かに閉まる。目的階は5階、駐車場階群の一つ上、ショッピング階群の最下層。

 

「女が男を買い物に連れて行く理由は二つしかないわ。金を出させるか、荷物を持たせるためよ。今回は後者ね。あなたそんなにお金持ってなさそうだし」

「フェアリィではかなり持っていたんだがな。金を持っていても使い道がなかった」

「さすが特殊戦のエリート。フェアリィにいた間に金をむしり取っておくべきだったかしら」

「きみはあいかわらずひどい女だ」いつものことだがな、と言いたげに零。

「あら、そうかしら。フェイトさんだってそのくらい思うでしょう?」エディスは表向き屈託のない笑顔をフェイトに向けた。「もし男性と仲よくなったら、その男性が歩くATMに見えてくることってない?」

「いやいやいや。さすがにそこまでは」素晴らしく眩しい笑顔に引きながらフェイト。

「男はバカで、女はしたたかな生き物なのよ。それを利用しない手はないわよ。生存戦略というやつね」

「うわぁ」

「フムン。きみはそれを利用して生きているわけだな。どうりでひどい女だと思えるわけだ」

「この世は生存のための戦略を持つものこそ生き抜けるようになっているの。だから、生き残るのはいつも女なのよ。文句ある?」

「別に」興味なさそうに零。目線を下げて、こちらの手を握る雪風の頭を撫でてやる。

 

「……まあいいわ。雪風、こっちにいらっしゃい。可愛いお洋服買ってあげる」

 

 そう言うと雪風は小さくうなずいて彼女に駆け寄った。エディスはその小さな身体を抱き上げて、頭を撫でてやる。その様を見て微笑むフェイトと、特に関心もなくエレベーターの階数表示を見ている零。

 5階に到着。静かにドアが開くと、エディスは零とフェイトに出るよう言い、自分と雪風だけエレベーターの中に残った。

 

「エディスさんはここで降りないんですか?」

「私達は上の階から見てくるわ。二人は下から昇って行くといい。それぞれ上下から進めば所要時間が半分で済むわ」

「フムン」と零。中間あたりにある階で互いに鉢合わせして、そこでお互いに見てきた店の情報を交換するつもりなのだろう。

「わかりました。いい店があったら場所覚えておいてください。それか連絡してください」

「了解。じゃあね」エディスが小さく手を振ると、それに合わせたようにエレベーターのドアが閉まった。

 

 閉まる瞬間まで、雪風が零の姿をじっと見つめていたのが二人には分かった。

 

 

 

 

 

「さて、行きますか、深井さん」フェイトはくるりと零に向き直る。先の方をリボンで束ねられた金髪がふわりと揺れた。「どの店から入ります?」

「……別に、どこだっていい。隊員から頼まれているモノをただ探せばいいんだ」

 

 零は表情を変えずに、淡々とした口調で言った。それを聞いて困った顔になるフェイト。

 

「いや、えっと、そうじゃなくて。深井さんも色々と店を見て回りたいかなぁ、なんて」

「おれが見たいと思った店は、おれが行くだけでいい。別にあんたがついてくる必要なんてない。フォス大尉はおれを荷物持ちだとか何だとか言っていたが、カートだってあるんだ。隊員達の分はあんた一人で充分だろう」

「つまり、別行動ってことですね」はあ、とフェイトはため息をついた。

 

 何となく予想はしていた。深井中尉のような人が誰かとショッピングを楽しんでいる光景なんて、とてもじゃないが想像できない。だがここまで無碍に断られるとは予想外だった。もう少しは人と人との付き合いというものを心得ているものだとばかり思っていた。

 フォス大尉の言う通り、この人の社交性の低さは想像を絶するレベルにあるらしい。それが、フェイトにはしみじみと理解できた。ああ、エディスさんも苦労しているんだな、と。

 

「……わかりました。端末は持っていますよね。一時間経ったら連絡入れますから、それまで自由行動ということにします。もし連絡できなかったらこのエレベーター前で待っていてください」

「……了解」

 

 零はただ一言だけ告げると、すぐさま背を向けて、買い物客でにぎわう空間へと消えていった。

 

 本当に行っちゃったよ、と呆れたような顔で呟くフェイト。

 

<まあ、こうなることはある程度予想していましたがね>私服の胸ポケットに入れた待機形態のバルディシュが何の気なしにそう言った。

「そうだけど──。あそこまでとは思わなかったなぁ」

<むしろこれまで六課の中で彼がそれなりに馴染んでいた方が奇跡なんですよ。ユキカゼとドクター・フォスがいたからこそ彼は目立ったトラブルもなしに生活できていたんです>

「……もしかして、深井さんを一人にしたのって結構まずかったかな」

 

 今更ながら零の歩いていった方向を見るフェイト。だが彼の姿はもうどこにも見えない。

 

<その辺りは問題ないと思われます、サー。彼がトラブルを起こすとしたら、六課のような集団の中にいる時が最も可能性が高いものと推測します。現在のように公共の場で一人になったとしても、これといった問題を引き起こすとは考えられません。彼だって公共の場に出たことがないわけではないのですし>

「まあ、それならいいんだけどね」

 

 安心したのと呆れたのとで、フェイトは本日何度目かわからないため息をついた。

 

<とりあえず、今は隊員の頼んだ商品を探すべきでしょう>

 

 そう言うとバルディッシュはネットワークに己を接続し、このショッピングセンターの公式サイトにアクセスした。そのホームページを通じて、どこで何が売られているのかを一瞬で調べ上げ、買い物リストと照覧し、最も効率よく巡回できるルートを構築した。

 

<サー。まずはこのフロアの北側へ移動してください。今のあなたの向きから、右へ、しばらくまっすぐです>

「ありがとうバルディッシュ。ところで最初は何を買えばいいのかな?」

<キャロ・ル・ルシエ三等陸士が注文した、ポシェットです。『ラカート』というカバン類を扱っている店で販売しています>

「キャロか。あの子ももうブランドもののバッグとか欲しがるようになるのかな。あまり無駄使いしないように言っておかないと。大丈夫だとは思うけど」

 

 腰に手を当ててフェイトが言う。その表情は成長途中の娘を思う母親のそれだった。

 

<サー。それは問題ないと思われます。そしてキャロ・ル・ルシエを心配する必要もありません>

「どうして?」

<ドクター・フォスが言っていたではありませんか。女性がそういった類のものを購入したとしても、その代金を支払うのは──>

「……エリオ、かわいそうに」自然と、エリオを憐れむような声が漏れていた。

<私は、今、人間に生まれなくて本当に良かったと思っています。特に人間の男性として生まれなくて幸運でした>

 

 自らの主に向けてではなく、神か何かに感謝するかのような口調でバルディッシュが呟いた。

 

 

 

 

 

『大人気アクションゲーム「アミシャダイ」好評発売中!』

『新作アドベンチャーゲーム「ファインディング・オットー」近日発売!』

『話題の感動ストーリー!新作RPG「パーフェクト・ティアーズ」予約開始!』

 

 テレビゲームの色鮮やかな広告があちこちに張られている。零はそれらに目をやることもなく、ただ歩いていた。

 予想に反してヒゲソリと酒は早く見つかってしまった。店員に訊くこともなく、五階と六階を見て回るだけでも十分に探し出せた。酒はエール。ついでにドラッグストアでシェービングクリームも買ってきた。

 暇だな、と零は辺りに注意を向けるが、特に興味をそそるようなことはない。それよりもあちこちを家族連れが歩いていてうっとうしい。

 時計を見ても、一時間も経過していない。フェイトと別れてから40分といったところだ。残りの20分をどう過ごすべきだろう。

 フェイトと合流しても意味は無い。他人につき合わされるのはごめんだ。雪風と共にショッピングを楽しむというはありかもしれないが、もれなくフォス大尉がついてくる。それはもっと嫌だ。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと書店が目についた。パッと見たところ品揃えに不足はなさそうだ。

 

──立ち読みでもするか──

 

 別に読書したいわけではないが、暇を潰せるならなんでもいい。コンピュータ関連の書籍でもあれば買うかもしれない。この世界のコンピュータ技術はFAFよりはるかに高度だ。もし元の世界に帰ることができるのなら、それらの知識をできる限り持って帰った方が特殊戦にとって得だろう。新兵器の開発に役立つかもしれないし、新しい概念を吸収できるかもしれない。

 

 零はコンピュータ専門書が置かれている場所を探しだし、適当な雑誌を手に取った。この世界の文字を読むのにももう苦労はない。英語と大して変わらないからだ。むしろ日本語の文章の方が読みにくくなってしまっている。

 

 その雑誌は著述支援ツールの特集を組んでいた。ほう、と興味深そうにそれを読む零。

 

 

──CAW-system特集? へえ、著述支援ツールのメインユニットか。AIの一種だ。特殊戦にはなかったがフェアリィにもワーカムという著述支援機器がある。どんな悪文でも作者の意図を読み取り、もっともらしい文章に仕立て上げるツールだ。それがCAW-system Ver.2.3から新型のCAW-system Ver.3.3へ更新されたらしい。

 

 フムン、こっちはC.A.T.システムとやらか。コンピュータ支援思考システム。名前の通り思考を支援するのだ。これの助けを借りて小説やら音楽やら映画製作のためのインスピレーションを得るわけだ。まったくよくできている。これなら自分やブッカー少佐でも面白い映画が作れるわけだ。

 

 エムコン。コンタクトレンズ型の端末らしい。こんなキワモノまであるのか。よく流通できているものだ。自分だったら絶対に着けない。パイロットにとって目に直接何かを装着するのは恐怖でしかない。

 

 マタタビ装置? なんだこれは──

 

 

「キャア!」

 

 女の悲鳴がすぐ後ろで聞こえた。同時に足が引っ張られる感触。ズダン、と何かが床に倒れ込む音。

 零は雑誌を持ったまま後ろを振り向いた。なにもない。

 そこで少し視線を下げてみると、いた。女だ。床に倒れ込んでいる。

 

「アタタタタ……うー、痛い」

 

 顔面から思い切り床に倒れたのか、女の額と鼻が少し赤くなっていた。怪我もないし大丈夫そうだな、と零はそれを見て思い、再び雑誌を読み始めた。さて、マタタビ装置の項目はどこだったろう。

 

「ちょっと、あんた、脚引っかけたクセに何も言わないの?」

「?」

 

 今度は右腕を引っ張られる感触。ぐい、と零は強制的に後ろを向かされた。

 零の腕をつかんでいたのは若い女だった。背は低いが、美人だ。なのはやフェイトとそれほど見た目の歳は違わない。鮮やかな赤毛が腰のあたりまで伸びている。

 

「……おれが?」

「そうよ。あんたの脚に私の脚が引っかかってこけたのよ」

「……あんたが歩いてきて勝手に引っかかったんだろう」

「むう。あくまでも過失を認めない気なのね」

「認めるも何もおれに過失がないのは明白だ。今のあんたは道路で標識にぶつかって、その標識に文句を言っているのと変わらない」

「その標識が歩けるんだから、標識の方が避けるべきなのよ」

「わけがわからん。八つ当たりだぜ、それは」

「むうう」

<ソフィア、今のはあなたが悪い>突然どこからか機械じみた音声が発せられた。<彼に過失はありません。私が客観的に見た場合、それは確実なものです>

「サディアス、あんたはだまってなさい」ソフィアと呼ばれた女はその声に対して反抗するように言い返した。

<確かに書店で立ち読みしているのも、後ろの通路を人が通行する際に少し移動してやらないのもマナー違反ですが、だからといってあなたが転んだことの原因として彼に責任をなすりつけるのはお門違いというものです>

「ぐぎぎぎ」

<さっきからムーだのグギギギだの言って、いったい何の動物をマネしているんですか? どこぞのアホネコのモノマネですか。まったく似ていませんよ。もっと普段みたいにアホ丸出しでいかないと>

 

 サディアスというその声の主が放つ暴言に、くやしさのあまりギリギリと歯をきしませる女性。今にも癇癪を起こしそうな勢いだ。

 

<ああ、これは失礼、アホなサルのモノマネでしたか。普段からしているからいつネタを披露しているのかわからないじゃないですか。いつもお上手ですよね、まるで素からアホみたいに>

「サディアス、あんたねぇ……!」

「……インテリジェントデバイスか」零は彼女の怒りを無視して気づいたことを言った。「それもかなり高度なヤツだな」

 

 このサディアスというインテリジェントデバイスのAIはかなり高度な知性を有している、と零は素直に関心した。まず人間に対して意味のある言葉をここまで饒舌に話せるというのも高レベルの人工知性であることの証だった。レイジングハートやバルディッシュがその例だ。このAIは言語表現に恐ろしく精通しており、しかもそのデータを会話がスムーズに行えるほど素早く引き出し、意味のある文として並べることができるのだ。すさまじい情報処理能力である。

 

 しかもよりによってこのAIは『皮肉を混ぜた罵倒』を彼女に対して行ったのである。皮肉、というのはジョークやユーモアにも似ていて、人間でもある程度の頭の良さがなければ発することのできない表現方法だ。直接的に言うのを避け、相手がその表現を理解できるレベルにまで抑えて遠回しな言い方をしなければならないからだ。これができない奴は人間にもごまんといる。

 悪口を言える、というのはそれだけでなく、どうすればそれを聞いた相手をほどよく怒らせることができるのかも予測する能力をこのAIは有しているということになる。あまり怒らせすぎると己を破壊される可能性もあるし、逆に怒らないのでは罵倒する意味がない。

 

 レイジングハート達のような通常のインテリジェントデバイスが自らの主に対して悪口を言わないのは、こうした微妙なさじ加減が難しいのではないか、と零はその思考の片隅で思った。そもそも人間に対して罵倒を行わないようにリミッターが設定されているだけなのかもしれないが。

 

<おや、どうやらあなたは違いの分かる人のようですね>

「特に言語能力がかなり高いな。こんなデバイスを見たのは初めてだ。饒舌なのといい、口が悪いのといい、言語表象関連のプログラムが通常と違うのかもしれない。スペシャルタイプだ」

<素晴らしい。そこまで推察できるとは>感嘆、ともとれる口調でAIが言う。

「……少なくとも皮肉を使った悪口を言える、というのは高度な証だ。おれはそう考えている。お前は人間並みに高度な知性体だ」

<んー、おしい。実におしい>判断に悩んでいるかのような口調でAI。わざとらしく。<私は人間並みの機械知性などではありません>

「じゃあ、なんだ」

<人間以上の知性体なのですよ>

「フムン」やはりこいつは高性能なやつだ、と零は思った。

 

<なるほど、ということは、ここはソフィアが彼に謝るべきようですね>一拍置いてAIが言った。

「なんでよ」

<私の良さを理解できる人に悪い人間はいません。つまり、ソフィアが悪い>

「あんたの思考回路はやっぱりおかしいわ。交換したほうがいい」

<どこがおかしいですか。あなたこそ、非論理的だ。配線し直すべきです。だいたい、背が低い。胸が小さい。腰のくびれもない。顔はそれなりだけど性格が悪い。食い意地が張っているし、自分の過ちは絶対に認めない。ああ、こんなのにからまれている彼が気の毒だ。あーかわいそ。うーあわれ>

「少し音量を抑えろ。……サディアスだったか、ここは本屋だぜ」零は周囲の視線を感じて言った。

<おっと、これは私としたことが失礼しました。ふむ、あなたはやはり素晴らしい人だ。お名前を訊いてもよろしいでしょうか?>

「深井、零だ」零は少しだけ微笑んで言った。なぜだかこのAIには親近感を持てた。

<私はサディアスと申します。いやはや、やはりわかる人には私がどれだけ人知を超えた知性を持っているのか、一目で理解できるものなのですね。私はそういった方に敬意を持ちます。──ついでに『これ』はソフィアといいます。ソフィア・セラフィーナ・クック。ひどい女です>

「自分のマスターを指して『これ』はないでしょう。このポンコツ」

 

 女が鮮やかな赤毛を逆立てながら胸のあたりに向けて言った。恐らく胸ポケットかどこかに待機状態のサディアスが入っているのだ。どんな形状で、どんな機能を持っているのだろう、と零の中に好奇心が少しだけ湧き出た。やはり人間よりも機械の方がいい。

 

「それに、あんたが優れた知性体だって言うなら、女性に対して敬意を払うべきよ」

<女性には常に敬意を持って接するのが紳士の条件であることくらい私も心得ています。でもそれはあなたが普通の女性である場合でしょう?>

「私が普通の女でないというの?」

<あなたが普通の女性であると世間が認めたとしたならば、それはこの世の破滅を意味しています>

「ひどい言いようだ」他人事のように、零。実際他人事である。

「むぎぎぎぎ、ポンコツのくせに」

<おや、あなたがいつもうまく犯罪者を捕縛できているのは誰のおかげだと思っているのですか?>

「あんたのおかげではないことは確かね。この腐れデバイス」

<私は腐りません。機械ですから>

「管理局員か」意外そうに、零。「デバイスを持っている時点で気づくべきだったかな。しかし……とてもそうには見えないな。どちらかと言えば逮捕される側だ」

<あなたとは話が合いそうですね。──あなたももしや、局員ですか?>

「なぜそう思う」

<デバイスに関する知識の多さ、ですかね。一般の人々はそういった情報をあまり持ち合わせていませんから。まあ局員でなくても技術屋という可能性もありえますが>

「フムン。良い論理回路を持っているな」零は手に持っていた雑誌を元の位置に戻しながら言った。「おれは局員じゃないが、魔導師だ。属託職員と言った方が近いかもしれない。専用のデバイスも持っている」

「ふん。そんなろくでもない性格じゃ正規採用なんて夢のまた夢ね」置いてけぼりにされている女──ソフィアが拗ねたように言った。「私はこう見えても三等陸尉なのよ。どう? 三・等・陸・尉なのよ。あんたじゃ背伸びしても届かないわ」

<あなたが言っても何の説得力もありませんがね、ソフィア。あなたが正式な局員になれたことの方が私には信じられないことです>

「同感だ」零は言ってやる。

 

 陸尉、ということは戦闘能力こそ高いが空戦技能が低いことを意味している。空中戦ならばこちらの方が自信はあるし、雪風だっている。

 なによりFAFにおける自分の階級は中尉だった。つまりこちらで言えば二等空尉だ。今頃FAFでは自分は戦死扱いされているだろうから、二階級特進で少佐になっているかもしれない。

 つまり、このソフィアとかいう女が己の階級を自慢しているのはお門違い、というわけだ。そもそも階級でその能力を判断しようというのは意味がない。彼女は丸っきりむだなことをしている。

 

 零は笑いをこらえながらそう考えたが、そのことを彼女には教えなかった。これ以上彼女に何か言っても癇癪を起されるだけで余計に面倒なことになりかねない。からかうのはこのくらいでいいだろう。零は静かに歩き出した。

 

<おや、もう少し話をしたかったのですが。何か用事でも?>

「連れを待たせているんでな」

「どうせ女でしょう」ソフィアが粘着質についてきて言った。間違ってはいなかったので零もそれを否定しなかった。

<なるほど。それではまたいつかお会いしましょう。あなたは素晴らしい人だ、ミスター深井>

「ちょっと待ちなさい。私の話はまだ終わってないわよ」

 

 ソフィアはまだ怒っているようだった。

 面倒くさい女だ、と零は思った。逃げよう。

 

 都合が悪い空域から離脱するのはフェアリィでもお手の物だった。零は書店の出口まで来ると、彼女から逃げるために走り出した。

 

 

 

 

 

「それで必死にまきながら逃げてきたっていうの?」クスクスと笑いながらエディスが言った。「想像したら猛烈におかしな光景ね。滑稽だわ」

 

 零は彼女の笑いを見ないで、無表情にビフテキを口に運んだ。フォス大尉の笑い声と違って、ミディアムのほどよい肉質が実に心地よかった。テーブルを挟んで真正面に座る彼女の顔は小悪魔のようだ。

 

「その女性、どこの隊に所属しているんでしょうね」フェイトがサラダのトマトを噛み潰しながら言う。

「わからん。だが二度と会いたくないというのは確かだ」

<後で管理局のデータベースに検索をかけてみますから、彼女の名前を教えてくれませんか>とバルディッシュ。

「しなくてもいい。もうあの女の顔を見るのはうんざりだ」

 

 面倒だったから彼らには彼女の名前を言っていない。赤毛の女、とだけ教えている。下手に関わりを持って、また変なことになったらたまったものじゃない。

 

「不細工だったのかしら?」とエディス。「それともその女性の赤毛が気に入らなかった?」

「いいや……しかし整ってはいたが、今思えばまるで個性のない不思議な顔立ちだったな」

「ふうん」エディスはフォークでフライドポテトを10本まとめて突き刺しながら言った。「ま、雪風の美貌に比べたらたいていの女の顔なんてまるで印象に残らないでしょうけど」

「かもしれん」

 

 零の隣に座る雪風を見ながら、三人は妙に納得したような表情を浮かべた。三人の視線に対しキョトンとした表情を浮かべる雪風。それでもクロワッサンをもぐもぐと食べ続けるあたりが彼女らしい。

 雪のような、という形容詞がしっくりくるほど白くて艶のある肌に加え、シルクと見まごうばかりの美しい髪。そして目を合わせると吸い込まれそうなほど透き通った空色の瞳、筋の通った鼻、薄く鮮やかな桜色の唇、それらが絶妙な形と位置を保ち、彼女の容姿を宝石のように際立たせている。人間とは異質な、妖精のように尖った耳でさえ彼女の美しさにアクセントを加える要素でしかない。

 

「上の階じゃ大変だったのよ? みんながみんな雪風に見とれちゃって、1フロアの客全部の視線を受けているみたいだったわ」ポテトを咀嚼しつつ、エディスが苦笑いを浮かべて言った。

「フムン」

 

 零はその様子を思い浮かべようとして、あまりに想像しやすかったので逆に考えるのを止めた。確かにこうしてレストランでランチをしていても、周りの視線が気になる。

 

 四人はロングピースセンターの10階にあるレストランで早めのランチをとっていた。『Ares』というファミリーレストランだ。

 フォス大尉はギリシャ神話の軍神の名前を冠したこのレストランが気に入ったようで、零とフェイトの二人へここに来るよう連絡したのだった。

 

「そんなにすごかったんですか」とフェイト。

「それはもう。店員まで雪風見たらボーっとしちゃう有様だったのよ。──まあ、雪風のおかげで安く買い物できたんだけど」

 はあ? と怪訝な顔をする零とフェイト。

「だから、うまいこと雪風の可愛さをアピールして、値引きの交渉をしていたのよ。ちょろいもんだったわ、中には半額にしてくれたお店もあったんだから」

「相変わらずきみはひどい女だ。安心した」そう言いながら零はコーヒーをすする。うまい。

「美しさはそれだけで力になるわ。雪風の美貌には抗いがたい魔法のようなものでもかかっているのよ。普通の人間じゃあ逆らえない」

「同感です。私だって、雪風にねだられたら断りにくいですもの」トマトを飲み込みながらフェイト。

「あらそう? ……じゃあ雪風、フェイトさんに『ここの会計は全部あなたに任せる』っておねだりしてごらんなさい」

「?」よくわからない、といった表情で雪風が首をかしげる。

「変なこと吹き込まないでくださいよエディスさん。……まあ雪風の分くらいなら私が払いますけど」

「そう言わないで私の分もお願いできないかしら」

「い・や・で・す」

 

 冗談交じりに笑い合うエディスとフェイトを無視して、零は雪風の口元に付いたクロワッサンの食べかすをそっと拭ってやる。目の前で交わされるガールズトーク──片方は『ガール』と呼ぶべきではない──はもう単なるBGMだ。どうでもいい。

 そんなことよりも、できることならば早くこのショッピングセンターから逃げ去りたい気分だった。またあのソフィアとかいう女に出くわしてしまったら面倒なことになりかねない。早々に退散するに限る。こんなレストランでのんびり食べていたら見つかってしまうかもしれない。

 

「中尉」くいくい、と零の袖を引っ張る雪風。「どうか、した?」

「……いいや、別に」

 

 零は黙って彼女の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 会計を済ませレストランから出ると、フォス大尉の言っていた『周囲の視線』とやらが零とフェイトには痛いほどわかった。それも、並大抵のレベルではない。

 注目される、といっても普通ならば、ささやき声やら、指を向けられたりする感覚やらをひしひしと味わうものだが、これは違う。それすら無い。雪風の姿を見た者は、その場で魂を抜かれたかのように動きを止めてしまうのだ。

 

 ある中年男性は手持ちの買い物袋を落として中身のウイスキーと何冊かの本をおじゃんにし、ある緑髪の若い女は見とれたせいでエスカレーターの段差につまずき高級なプラチナの髪留めを下の階に落としてしまい、ある銀髪の老人などはその場で跪いて涙を流し、天から降臨した天使を前にしたがごとく雪風を拝み出してしまったほどだ。

 

 こここまでとは思わなかった。零もフェイトも、フォス大尉が上階で味わったであろう状況を想像し、彼女を称賛した。よくもまあ、こんな状態で買い物などできたものだ。もしかしたら二手に分かれてのショッピングを提案したのはこれを考慮してのことだったのかもしれない。

 

「す、すごい」目の前で広がる光景に唖然としつつフェイト。「これなら確かに、半額にしてもらえそうですね」

「でしょう? さっきのレストランも半額にしてもらえば良かったかしら。ね、雪風」

「変なことを教えこまないでくれ」かばうように雪風を抱きかかえながら、零。「とにかくもう買うものは買ったんだ。もうこのセンターに用はない。とっとと帰るぞ」

「もう? もっとショッピングを楽しみましょうよ」とエディス。それを見て苦笑いするフェイト。

「きみの神経がこの状況で買い物ができるほど図太いとは知らなかった」そう言って周りを見渡す零。

 

 猛烈な視線の雨が自分達四人に浴びせられているのが良くわかる。特に雪風を抱きかかえている零にはまるで銃弾が降り注いでいるようにも思えた。

 

「ま、別に今日で世界が終わるわけでもありませんから。また来ましょうよエディスさん」笑顔でフェイト。相変わらず澄んだ笑顔だ、と零は思う。フェアリィではこんな純粋な笑みを浮かべる女などいなかった。

「しょうがないわね……。じゃあ中尉、今度私がショッピングに行くときは雪風を貸してくれるかしら」

「雪風はクーポン券じゃないぜ」

「じゃあ、これあげるから、ね?」

 

 エディスはフェイトが押しているショッピングカートに載せられた紙袋の、その中の一つを手に取ると零に手渡した。紙袋の表面に印刷された広告は流行りのゲームタイトルだった。先ほど見かけたゲーム屋にもあったタイトルだ。玩具店で買ってきたものだろう。

 

「なんだ、これは」

「あなたにぴったりのオモチャよ。プレゼント」

「交換条件として提示されるものをプレゼントとは呼ばない」

「とにかく開けてごらんなさい」

 

 ほら、と急かされる零。しかたないので受け取る。両手が雪風を抱きかかえるためふさがっているので、雪風に袋を開けてもらう。雪風はほっそりとした手で袋を閉じていたテープを丁寧にはがし、中を探るように手を突っ込んだ。一つしか入っていなかったのか、雪風はすぐに何かを掴んだようだった。

 

 雪風の小さな手に掴まれて出てきたのは、ビニールに包まれた、くの字型をした全長50cmほどの木板だった。

 

 だが零には一目でそれがただの板切れでないことが分かった。

 

 飛行機の翼と同じ、下が平らな流線形の断面。手でつかんで投げるのに適した滑り止め。そしてビニール袋に印刷された青空の写真。

 

「ブーメランよ」エディスはいつもと違う、優しい顔付きで零に語りかけた。「たまにはそれで息抜きしたらどうかしら?」

「……」

「深井さん?」ブーメランを見つめたまま何も言わない零を不思議に思ったのかフェイトが顔を覗き込む。

「……ああ、そうだな。ありがとう、フォス大尉」

「どういたしまして」ふふ、とエディスは微笑んだ。

 

 

 

 まるで友人に誕生日プレゼントを渡して、その友人にとても喜ばれた時のような表情、のようにフェイトには見えた。ふと零の方を見ると、彼も普段からは想像できないほど優しい表情になっていた。いつもは冷酷な眼差しを向ける目もずっと穏やかになっている。

 ブーメラン一本でいったいどうしてこんなことになるのだろう。フェイトは戸惑った。

 

「だがこれと雪風は無関係だ。勝手に買い物へ連れていくのは許さない」すぐさまいつもの顔付きに戻って零が言った。

「なによ、ケチね。減るものじゃないんだし、別に良いじゃない」

「ダメだ」

 

 ああ、またいつもの二人に戻った、と喧嘩腰になる二人を眺めながらフェイトは安心したような落胆したようなため息をついた。急に優しい空気になったと思ったら、また口喧嘩だ。本当にこの二人の頭の中は理解できない。主に深井中尉の方が。

 

「じゃあ返しなさい」

「これはおれへのプレゼントなんだろう? 渡してすぐに返せというやつがあるか」

「いいから返しなさい」

「拒否する」

 

 だんだんと本格的な口喧嘩になってきた。周りの目線による痛みがより鋭さを増してくる。

 

 喧嘩するにしても、もう少し場所を考えてほしいな、とフェイトは思うが二人にその心は伝わらない。

 いづらくなるのはこちらだというのに。これではまるで昼のドロドロしたドラマではないか。自分が深井中尉と浮気してショッピングを楽しんでいたら、妻のフォス大尉が娘を連れているところへばったり会ってしまって、修羅場になった──そんな感じのシナリオで周囲の人に認知されかねない。

 

 逃げよう、とフェイトは思った。とりあえず雪風も連れて。

 フェイトはさりげなく、しかし素早い動きで零に接近すると、彼に抱っこされている雪風をそっと抱きかかえた。彼女の手からブーメランを抜き取ると、零の手にそれとなく握らせる。零もエディスも喧嘩の方に集中していてフェイトと雪風の存在にまで気が回っていないようだった。 

 

 手に持ったブーメランで叩かれることも覚悟したが、雪風は特に抵抗することもなくフェイトの腕の中に収まった。ふわり、と白銀の髪がフェイトの金髪と混ざり合う。こちらに慣れたのか、とフェイトは嬉しくなったが、よく見れば雪風は満腹になってウトウトしているだけのようだった。可愛らしい頭がコックリコックリと動いている。

 

「……」

 

 雪風の美しい顔を見ていたフェイトは思わず、いつもシャマルがやっているように頬ずりをしてみることにした。すりすり、と滑らかな感触が頬を撫でる。気持ちいい。これはクセになる。

 

 それはさておき、どうするかな。フェイトは雪風を落ちない程度に軽く抱きしめながら考える。とりあえず荷物は二人に任せて、自分達は車に戻ることにしようか。うん。それがいい。

 

「雪風、先に車に行っていようね」

 

 そう言いながらそっと頭を撫でてやる。

 

 雪風は何も言わなかった。寝ていたから。

 

 

 

 

 

 雪風を抱きかかえたまま駐車場に降りたフェイトは、ふとある車を見つけた。ミッドチルダではほとんど見ないような形式の車だった。思わず注視してしまう。少し暗い駐車場の明かりでもわかるほど赤い車だった。

 

 それを見たフェイトは、まるでサンドバギーだ、と思った。横から見るそれは、短めのボンネットは太めの嘴のようで、キャビンのところでいったん低くなってシートへの乗り降りがしやすいようになっていて、そこから後部にかけてまた尻上がりになっている二重の楔形だ。

 どこか、猫が獲物を狙って飛びかかる寸前の姿勢を連想させる。ボンネット部分が頭で、ウィンドシールド、いわゆるフロントグラスの部分が、耳のようだ。実際にそのボンネットに大きな黒猫が居座って──

 ──黒猫?

 

 

「ねえ、おねえさん」黒猫が口を開いて、喋った。思春期くらいの少年の声だった。「おれとイイコト、しない?」

 

 赤いボンネットに黒いシルエット、そしてその黒に浮かび上がる深紅の弧。その猫がニヤリと笑ったのだ。

 普通の地球人であればパニックを起こすか、驚きのあまり硬直するような光景であったが、別段フェイトは動じることもなくその黒猫に返答した。

 

「あなた、使い魔? どうしてこんなところに?」

「ペットは入店禁止だっていうんでさ」黒猫は後ろ足で無造作に身体を掻いた。「マスターに置いていかれたんだよ。ひどい話だぜ」

「人間形態になればいいのに」

「ふん、あいつ、おれが付いていくとショッピングが楽しくないんだってさ。ペット禁止っていうのは単なる方便だよ」

「それは、ご愁傷様」どうやらこの黒猫使い魔は主人との仲があまりよろしくないようだ。

「で、暇だからこうして女の子引っかけているんだ」

「あんまりいい暇つぶしとは言えないね」

「でも、たまにあんたみたいに話してくれるのがいるから、退屈じゃない」ペロリ、と前足を舐める黒猫。「うー腹減ったー。ソフィアのやつ、まだ来ないのかよー」

「ソフィアって言うんだね、君の飼い主」

「なんだよそれ、まるでおれが飼われてるみたいじゃないか」むう、とエメラルド色の瞳を怒らせる黒猫。

「冗談だよ、半分」

 

 少しいたずらめいた口調でフェイトが言う。飼い主、という言い方は高い知性を持つ使い魔にとってふさわしくない。もちろんわざとだ。

 

「むむむむむ、じゃあ残り半分のおれはあいつに飼われているのか。むう、気に食わん。食っちまうぞ」シャー、と警戒行動をとっているネコのように毛を逆立てる黒猫。

「ごめんごめん──きみ、名前は? 私はフェイト」

「おれはカール様だ。この世界の主人公なんだぞ。世界はおれを中心に回っているんだぜ」

 

 カールと名乗った黒猫は器用に直立姿勢をとり、えらそうに腰に手を当てた。えへん。

 

「ふふ、そう、カールくんね」その様子がおかしくて思わず笑ってしまうフェイト。どことなくぬいぐるみのようで可愛らしい。「そっか、きみが主人公なんだね」

「そうだぞ。おれがこの世界の神様なんだ。一番偉いんだぞ。人間なんかよりずっと高等なんだ」

「へえ」

 

 言っていることは無茶苦茶だけど、可愛い。フェイトは何だか幼稚園くらいの小さな男の子を相手にしているような感覚を覚えた。どうやら子供っぽい使い魔らしい。

 

「ところで、その子はなんだ。お前の子ども?」前足で雪風を指し示すカール。「若いくせに、そんな大きな子どもがいるのか」

「違うよ。この子は仕事仲間のユニゾンデバイス。雪風っていうんだ」

「へえ、ユニゾンデバイスか、珍しいな。──食ったらうまいかな」じゅるり、と舌なめずり。

「……そんなにお腹空いているの?」少し引きながらフェイト。

「はらへった。飢え死にそうだー。ソフィアーまだかよー」

 

 カールはひっくり返って腹を見せ、ごろごろとボンネットの上を転がり出した。その間にもぐぎゅるぐぎゅると黒い毛におおわれた腹から腹の虫が鳴いている。

 

「うーん、買ったものの中にお菓子か何かあったような……でも荷物は二人に任せちゃったしな。今から戻ってもどうせ喧嘩しているだろうし」ううん、と悩むフェイト。

「むぎぎ、ソフィアのやつ、どうせ胸もないくせに男引っかけているんだ。胸もないし背も低いから彼氏なんてできっこないのに」

「胸がないからってモテないとは限らないよ。背が低くてもモテる人はいるし」

「あいつは性格も最悪なんだよ。くそう、なんであんなやつの使い魔になっちゃったんだろう、おれ」

「ははは」

 

 使い魔とは魔導師が作成し、使役する魔法生命体のことだ。動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で造り出している。基本的に主となる魔導師からの魔力供給で生体活動を行っているから、魔導師が死亡したり、供給が何らかの形で絶たれた場合は即座に死亡してしまう。

 

 使い魔はその性質上、高い知能を持つなど、高性能になればなるほど多くの魔力供給を必要とする。だから、このカールのような人間並みの知性を持っている使い魔を従える魔導師はそれだけ優秀ということになる。恐らく彼の主たるソフィアという女性はなかなか腕の立つ魔導師に違いないのだ。

 

「私にもね、アルフって使い魔がいるんだ」フェイトは雪風の頭を撫でながら語る。

「へえ、もしかして可愛い猫?」

 

 カールの尻尾がピンと立つのを見てフェイトは吹き出しそうになった。

 

「残念、狼」

「ちっ」唾を吐き捨てるような動作で舌打ちするカール。へにゃりと尻尾が垂れる。「狼も犬も嫌いだ。あいつら、ちょいと餌食っただけでワンワン吠えたり追いかけてきやがってさ」

「……それ、自業自得って言うんだよ」

「あー、お前もそれ言うのか。自業自得って悪口なんだろう。ソフィアのやつがいつもそれ言うんだ」プンプン、と怒りながらカール。

 

 

「あんたは自業自得以外のなにものでもないでしょうが!」背後からきこえたその大声と共に、なにかがフェイトと雪風の横を猛スピードで通り過ぎた。びゅん、と風のなる音。

 フェイトの胸の中ですやすやと眠る雪風の頭上をかすめ、その飛んできた何かは車のボンネットに乗るカールにぶち当たり、彼の身体を鮮やかに弾き飛ばした。ギニャン、というカールの悲鳴。吹っ飛ばされたカールは車のフロントガラスにひらりと着地し、投げつけられた何かをキャッチした。

 

「うー、痛いよソフィア。サディアス投げつけてきて、食えってか? こんな固いの食えないぜ」

 

 ガヂガヂ、と投げつけられたそれ──地球製のショットガンに似た金属製らしき物体をかじるカール。

 

<こら、かじらないでくださいカール。あなたの唾液が付くでしょうが>

「腹減ったんだよーメシよこせよー」

<私はあなたの食糧ではありません>

「この駄猫、また通行人に食べ物ねだってたのね」

 

 突然の展開についていけず、フェイトは一拍遅れてその飛んできた物体がインテリジェントデバイスであることに気づいた。慌てて背後を見やると、車の色と同じくらい見事な赤毛をした女性が速足でこちらに向かってくるところだった。左手には買い物をしてきたのだろうか、いくつもの紙袋が下がっている。

 

「いいじゃないか、腹減ったんだしさー」とカール

<断食する、と言ったのはあなたじゃないですか>カールに持たれたデバイスが答えた。<それ以上太ると危ないですよ? 動脈硬化に高血圧、脳卒中、腎不全・・・>

「うるせー。気が変わったんだ。食いたい時に食うのがおれの信条なの」

「だまれクソ猫。アンタのせいでうちの家計は火の車なのよ。少しはダイエットしなさいよ!」赤毛の女性がその髪をなびかせながら叫んだ。鮮やかな赤が風にあおられ、まるで炎のように見える。

「うー、ソフィアがいじめる。ねえフェイトさん、助けてよー」

「他人に助けを求めるんじゃないわよ」赤い車の所まで来た女性がカールの首根っこを掴んで持ち上げた。

「わー暴力反対―」じたばたと四足を動かすカール。

「ホントにもう──ごめんなさいね。うちのバカ猫が迷惑かけちゃって」

「あ、いえ。ただ私は話をしていただけで」

 

 カールを掴んだ女性が謝ってきたのでフェイトも軽く会釈して返した。もしや、この女性がソフィアなのだろうか。

 

「さあ、カール今日は帰ったらみっちり説教してやるからね。八つ当たりもかねて」

「ひでえ、ロクデナシ! 鬼女!」

「うるさいわね、だいたい、ここ最近ずっとついてないのはアンタのせいに決まっているのよ。この前なんていきなり道路の真ん中に転移してきた女性をはねちゃって、それの治療費と慰謝料を払わされたせいで家計が燃え上がって、それでもって今日は変な男に脚引っかけられたの。しかもその男が逃げたから追いかけて、そしたら万引きに間違われて、さっきまで警備室で取り調べ受けていたのよ。そのせいで安売りセールに間に合わなくなって、結局欲しいもの買えなかったのよ。あれもこれも全部あんたのせいよ」

「しらねーよ。そんなのその女と男が悪いんだろう。完全に八つ当たりじゃないか」

「うちの家計が大炎上中なのはあなたが食べまくるせいじゃない。だから、八つ当たりじゃないわ」

「うわー助けてよーフェイトさーん」

 

 

──いきなり転移してきた女性をはねた? それでもってその女性に慰謝料をふんだくられた?

 

 今日ここで、男性に脚を引っかけられて、逃げられた?

 

 

 あれ、もしかして、まさか、この人──

 

 

「フェイトさーん、荷物持ってきたわよー。先に行くなら先に行くって言ってくれればいいのに」

 

 

 そして愕然とするフェイトの背後から、大いなる悩みの種二つが近づこうとしていた。

 

 

 




<今回の話に出てきた神林作品ネタ>


『ロングピース・センター』
>リリカルなのは本編ではこんなショッピングセンターは存在していない。オリジナルキャラの登場と神林ファンのために私が捏造した謎の施設。タバコのロングピースではない。
 中に存在しているモノ全てが妄想の産物であり、この建物自体が神林ワールドへの入り口に近い何かである。
 この中ではリリカルなのは本編の常識など通用しない。もしかしたらこの施設の中はあの世かもしれないし、火星のどこかかもしれない。あるいは巨大な宇宙空母の中かもしれないし、未来と過去の境界なのかもしれない。そもそもこの建物は零、もしくはエディスが生み出した架空の存在である可能性もある。つまりカオスとカオスとカオスとカオスしかない。
 ちなみに建物の構造はロサンゼルスにあるビバリーセンターを参考にした。


『青空をクジラが飛んでいる絵』
>『死して咲く花、実のある夢』より『空飛ぶクジラ』。降旗少尉がハンドキャノンでその肉をかすめ取って食った。醤油をかけて食べたくなるらしい

 あたいそんなことより、おはぎ食べたい


『生き残るのはいつも女なのよ。文句ある?』
>『敵は海賊・短編版』収録の『わが名はジュティ、文句あるか』より女海賊マーゴ・ジュティの言葉「生き残るのは、つねに女なのだ。文句あるか」を引用。神林作品は精神的に強い女性が多いです。

 うほ、いい女


『ラカート』
>『敵は海賊』シリーズより火星連邦首都『ラカート』。超高層ビルが並び立つ大都会。海賊課のトリオはここでちょくちょく暴れていたりするので、上空に黒い宇宙フリゲートが現れたら逃げた方がいいだろう。

 ヒトは一時絶滅した。地球人は。遠い昔。 By……
/<can not continue/break in system monitor>/この文章は何者かによって破壊されました//


『アミシャダイ』
>『帝王の殻』『膚の下』より機械人『アミシャダイ』。カッコいいやつ。名前がどこかのゲームと似ていると思ってしまうのは私だけではないはず。

 そんな装備で大丈夫か?


『ファインディング・オットー』
>『死して咲く花、実のある夢』より大鳥井首相の飼い猫『オットー』。アメリカ大統領から送られた猫であり「全人類の脅威、未来を左右する情報」をその脳に入力されている。

 おまえ、ためしに死んでみろ By知念軍曹


『パーフェクト・ティアーズ』
>『完璧な涙』のタイトルを直訳してみた。たぶんミステリアスな美女を連れて、追っ手の戦車から逃げながら過去と未来を行き来するゲームだろうな、と妄想してみる。

 あの戦車の名前は……


『CAW-system』
>『敵は海賊・海賊版』より著述支援ツール『CAW-system』。ロングピース社製。ワーカムという似たようなものが雪風世界にもあって、ジャクスン女史も持っている。

 さてここでクイズ。『ロングピース』の意味は?
正解は皆さんご存知……
/<can not continue/break in system monitor>/この文章は何者かによって破壊されました//


『C.A.T.システム』
>『敵は海賊・猫達の饗宴』よりコンピュータ支援思考ソフト『CATシステム』。タイプ86が強力すぎて禁止されているらしい。

 にゃーにゃにゃにゃーごろごろにゃーにゃーにゃーふーにゃーにゃー


『エムコン』
>『我語りて世界あり』より『エムコン』。コンタクトレンズ型の端末。作中ではこいつを外すと捕まる。

 ちなみに私はコンタクトでなくメガネ派


『マタタビ装置』
>『死して咲く花、実のある夢』より『マタタビ装置』。ネコのオットーを探すために使われた謎の機械。極低温域で作動するらしい。

 ネコにもマタタビ好きなやつとそうでもないやつがいるよね


『レストラン・アレス』
>『敵は海賊』シリーズより火星の街サベイジにある『バー・軍神』。ギリシャ神話における軍神はアレスであるためこの名前にした。マスターは元海賊のオールド・カルマ

 アララララララララララララァァイ!!(軍神アレスの加護あらんことを!!)


『ある中年男性』
>『ライトジーンの遺産』より菊月虹。ライトジーン社が作り出した人造人間。サイファと呼ばれる特殊能力者でもある。ウイスキーと本をこよなく愛する。

 だから友よ、生の酒を飲め (作中に登場する詩の一節)


『ある緑髪の若い女』
>『敵は海賊・海賊版』よりシャルファフィン・シャルファフィア。ランサス星系人なので血が青く肌の色も青白い。フィラール王家の王女に仕える首席女官。プラチナの髪飾りには王家の紋章が象られている。

 Act4.7 enter # 1,3,9のジュビリー、ちょっと私と代われ。あと一発殴らせろ


『銀髪の老人』
>『完璧な涙』より『白翁』。二百年以上生きている謎の老人。ヒロインである魔姫の父親。あまりに長生きしすぎたため涙の出が悪くなっており、泣く時は生理食塩水の目薬で涙を流す

 白髪じゃなくて銀髪。これがミソ


『赤い車』
>『魂の駆動体』に登場するクルマ。人類が滅んだ遠い未来に翼人たちによって製作された。

 マニュアルはクラッチ操作が難しいです


<オリジナルキャラクターの解説>

>ソフィア・セラフィーナ・クック
 女、19歳。身長150cm。瞳の色は緑。髪は赤色のロング。貧乳。
 一言で言えばいい加減で自分勝手な性格。でも正義感はそれなりにある模様。
 実はミッドチルダに転移してきたフォス大尉を車ではねた張本人。そのせいでフォス大尉に慰謝料と治療費をふんだくられた。今回零に言いがかりをつけていたのはそのせいで家計が火の車になりイライラしていたから。

>サディアス
 ショットガン型インテリジェントデバイス。全長120cmほど。AIは男性型。自尊心が高く少しヒステリックな性格。基本的に人間を見下している。ただしかなりの高性能らしい。見た目はレミントンM870に良く似ている。

>カール
 黒猫型使い魔。鮮やかなグリーンの瞳を持っている。かなりの食いしん坊。
 比較的高度な使い魔で、人間と会話することも可能。


 この一人と一機と一匹のトリオ、神林ファンならどこかで見たような組み合わせですよね。
 ええ、そうです。『敵は海賊』の海賊課トリオを思いっきりマネしました。
 でもこいつらはかなり重要なキャラクターになる予定です。できれば生暖かい目で見てくださいな。

 余談ですがサディアスという名前は、私が書いたオリジナル短編小説に登場する戦車搭載型AIからとりました。
 あちらの小説ではそれなりの活躍をしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。