魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第二十三話 戦士に感情は

 

 

「レディCDS。照準をモード・バラージに設定。雪風、地面にいる敵に向けて照射しろ。上には撃つな」

<ROGER…Lt./RDY-CDS/MODE-BARRAGE/TARGET-LOCK>

 

 高速で飛翔する零の視界に雪風からの表示が流れる。

 了解、中尉。CDS用意。バラージモード選択。ターゲットロックオン、と雪風からの応答。

 戦闘の邪魔にならないよう、メッセージが映し出されるのは一瞬だが、零の常人離れした動体視力をもってすれば難なく読み取ることができた。

 自らの上空を飛行する零に気づいたのか、数体のガジェット・ドローンが彼に狙いを定める。ガジェットの火器管制システムが起動。敵位置の確認後、それが対空モードに切り替わる。中枢コンピュータがレーザーでは高速移動中の空中目標に対して命中率が望めないと判断を下し、ミサイル発射フェイズに突入。内蔵ミサイルの制御回路に起動信号が流れる。シーカーオープン。ロックオン。その0.5秒後に推進用ロケットモーターが点火。

 

「深井、いまだ!」

<FIRE>

 

 ガジェットを引き付けていたシグナムの声に応えるかのように、雪風のCDS攻撃。広範囲弾幕型の電磁照射が、地上のガジェット群を捉える。バラージモードでは電磁波が広範囲に拡散するため、精密射撃モードより威力は薄くなるのだが、それでもガジェットの電子回路を吹き飛ばすには充分だった。

 同時に発射寸前だったミサイルが炸薬の発火によって空中に放たれる前に全て爆散する。さらにロケットモーター内の固体燃料が飛び散り、発火。周囲に炎が撒き散らされる。閃光。爆音。零の網膜にオレンジ色の光が焼きつく。

 その光に見とれていると、視界のインジケーターに敵の表示。4時の方向。こちらを狙っているが、まだロックオンはされていないようだ。だが緊急、と雪風が告げている。危ない。

 

「右120度に3機」

「まかせろ!」

 

 零がシグナムに伝える。すると彼女はヒラリと地上に着地し、目標ガジェットに急接近。同時にレヴァンティンを構える。空中の零に狙いを定めているガジェットの火器管制は地上から接近するシグナムには反応できない。

 両者の間が残り3メートルになったところで、ようやくガジェットの視覚センサーとレーダーユニットが高速で接近してくるシグナムの姿を認識。敵接近のパルス信号を中枢ユニットに最優先情報として伝達する。回路を通じて届けられたその情報を中枢コンピュータは高速演算処理、ロックオンの緊急解除行動を選択する。

 だが、ガジェットの中枢ユニットが火器管制ユニットに向けて解除信号を放つ前に、シグナムはその三機をまとめて薙ぎ払っていた。装甲と回路を切り裂く音が空中の零の耳にまで届く。オイルが血潮のように飛び散り、砕けた回路基板が宙に舞う。シグナムはその3機が爆散する前に飛び退き、爆発を回避。

 

「地上に降りるのは良い判断だ。さすがだな」と地上3メートルほどの高さでホバリングしながら、零。

「うるさい。兵は詭道なり、だ。ベルカの騎士としてあまりやりたくはないが、敵の不意を突くのは戦いの常套手段だ」

「ガジェット相手に騎士道をこねるな。ここは戦場だ」

「だから、さっき突いた」

「フムン」

 

 再び2人は進路上にいる敵を剣で切り倒しつつ、低空を高速で飛翔する。2人が通り過ぎた後には無数のガジェットの残骸と炎が散在していく。

 

「もう何体倒した? いくらザコとはいえ、これではキリがないぞ。倒しても倒しても湧いてくる」

「雪風のデータでは2人合わせて88体だ。おれが47体。あんたが41体」

「……6体負けた」

「そんなことはどうでもいい。……だがこれでは、フォワード4人までたどり着くのは骨だぞ」零は進行方向を見ながらつぶやく。「さっきまで気のせいだと思っていたのだが……レーダーで確認したら、やはり新人達のいるところに近づくほど、ガジェットの数が多くなっているようだ」

「ああ、まるであの4人を狙っているみたいにな」

 

 2人は水平飛行を止め、小さく上昇。高度10メートルで空中停止。フォワード4人とヴィータがいるであろう方向を見やる。

 そこでは無数のガジェットが蠢いていた。数えきれないほど、大量に。それら相手をしているのが新人達とヴィータだけだというのが信じられない。

 こいつらはまるでハイエナだ、と零は思った。むしろ、砂糖菓子に群がるアリ、と言った方が良いかもしれない。こいつらにとっての菓子は他ならぬフォワード4人とヴィータだ。

 無機的なガジェットでも、これほどの数が集まると気持ち悪い。グロテスク。

 

「どうする? お前のCDSでまとめて吹き飛ばすか?」

「これだけの数相手に精密照準するのは無理だ。時間がかかりすぎる」

「ふむ──ヴィータとシャマルによれば何とか踏ん張ってはいるようだが、このままでは突破されるのも時間の問題だ」

「……ひとまず彼らを撤退させるべきだろう。このままでは最悪、全滅だ」

「深井、その意見には同意するが」とシグナム。「どうやって? 救出するにしても、あれだけいる敵の戦列のど真ん中を突っ切るつもりか。それは自殺行為だぞ」

「……相手はザコだ。問題ない。数だけいたって──」

「ザコでないヤツも紛れ込んでいるかもしれない、としたら、どうする?」

「なんだと?」

「お前が来る前に倒したヤツの中に、何体か、手強い個体もいたんだ。ガジェットのクセに私の太刀筋を呼んでいるみたいな動きをしていた。真っ二つに切っても動くものまでいたんだぞ」

「フムン。CDSで倒しまくってきたから気づかなかった。それは厄介だな」

「今回のガジェットはいつもと違う」真剣な顔でシグナムが独り言のように語る。「そもそも、なんでこんな数を送りこむ必要がある? それも真正面から」

「確かに採算は取れないだろうな」と零。「こちらにダメージを与えるためなら、地下を掘り進んできて奇襲をしかけるなり、Ⅱ型を改造して高空から絨毯爆撃すればいいだけの話だ。人間相手ならそれで殲滅が完了する。新式のガジェットの運用試験だとしても明らかに効率が悪い。戦術面から見ても、だ」

「やはりお前もそう思うか──それとさりげなく不吉なことを言うな」

「だてに軍人をやっていたわけじゃない」

 

 軍隊には常に新しい兵器を開発し続ける宿命がある。そして限られた予算の中で兵器をいかに効率良く開発し運用するか、ということに関しては敏感だ。ことにFAFではその傾向が強い。無駄なものを作っている暇などないし、無駄な戦術を実践するバカはいない。そんなことをしていたらジャムに付け込まれる。無駄を嫌うコンピュータ達にも拒否されるだろう。

 高度な自律ロボット兵器であるガジェット・ドローンを開発したスカリエッティが、そのような愚かな戦略に出るとは考えにくい。なにか別の目的があると考えるのが妥当だろう。このガジェットは実は囮である、とか。

 

「囮だったとしても、だ」と零。「一瞬で全滅させてしまえば問題ない」

「確かにお前のCDSなら一発だろう。CDSバラージ、だったか? あれをガジェットにまとめて打ち込めば殲滅できる」

「だが、それをするにはフォワード達が邪魔だな。彼らのデバイスにまで影響する恐れがある」

 

 それを言うとシグナムはチッ、と苛立つように舌打ちした。ついでに不用意に接近してきたガジェット2体を視線も向けず、無造作に切り裂く。これで43体目だな、と零は心の中でカウントする。

 

「精密照準しようとすると時間がかかり、でたらめに撃つと味方まで巻き込む……便利なのか不便なのかわからんな、その技」

「仕方ないだろう」と無表情のまま、零。シグナムと同じようにガジェット3体をまとめて切り刻む。これで50体だ。

 

 コンピュータ破壊システムCDSは、何も精密照準しなければ使えない、というわけではない。敵が視界を埋め尽くすほどの数であったり、その付近に味方がいない場合には、精密照準モードとはまた別の攻撃モードが使える。それがバラージモードである。

 弾幕、との名の通り、CDSバラージはCDS攻撃波を拡散させて打ち出す方法である。精密射撃の際のCDS攻撃波はレーザーのように鋭く、カメラのストロボのように一瞬だけ放たれるのだが、バラージモードでの攻撃波はライトの光のように広がり、1秒から2秒ほど持続する。照射時間が長いのは拡散することによって減衰してしまうエネルギーを補うためである。

 精密な照準を必要としない分、CDSバラージは素早く放つことができる。拡散範囲も懐中電灯のような広がり具合から、全方位に拡散させることも可能となる。射程はエネルギーを集中させて撃ち出す精密照準には及ばないものの、魔法による有視界戦闘を行う分には全く支障は出ない。

 

「CDSがガジェットに対して効果があることは判明している。だがデバイスに影響が出るかどうかまではわからん。試してないからな。一時的に機能が停止してしまうかもしれないし、下手をするとスクラップだ」

「自分の使う技ぐらい把握しておけ。そんな状態で現場に出てこられても迷惑だ」

「それは雪風に言ってくれ」再び目の前に現れたガジェットの装甲を内部機構ごとズタズタにする零。もう撃墜数をカウントするのはやめていた。

 

 デバイスに対してCDSが影響を及ぼしてしまうのかどうかは、零も雪風に聞いていた。これが判明しなければ味方を巻き込んでしまう可能性があるからだ。

 CDSがデバイスに対して効くかどうかは、シグナムに言った通り、わからない。ガジェットの制御システムとデバイスは構造が根本的に違うが、コンピュータであることには変わりなく、激烈な電磁波を浴びてしまうことで機能が停止してしまう恐れがあるのだ。

 影響しないのであれば、無差別に撃ち出すことができる。影響するならするで、味方に照射しないよう注意を払うことで被害が出なくなる。

 だが雪風はそのことについて何も答えなかった。

 まるで彼らのことなど、どうでもいい、と言っているように。

 

──雪風にとっては、彼らがどうなろうが知ったことではないのだ。ましてやそのデバイスのことなど──

 

 

(ちょっと、いいか)

 

 何の前触れもなく頭の中に声が響く。念話だ。ザフィーラからの。

 ザフィーラは零ほどではないが無口で、社交的とは言い難い。お互いにほとんど会話した記憶がないのだ。しかし互いが互いの詮索をしないので、好感も持ってないが嫌悪の感情も持っていない。少し驚きながらも、彼からの呼びかけに零も念話で答える。

 

(なんだ、何の用だ。どこにいる)

(ホテルの反対側だ。Ⅱ型が数機いたから迎撃にまわってる。シャマルも一緒だ)

 

 想像したようにⅡ型が来てしまったようだ。やはり爆撃しにきたのだろうか、と零は思う。しかし数機、というのは数の上から考えておかしい。

 

(そのガジェット、どこか変わったところは? 爆弾ぶらさげているとか)

(いや、いつもよりすばしっこい以外は普通だ。──ところで深井零、お前のCDSについて話がある)

(なんだ? なんでアンタがCDSを知っている?)

「すまん。さっきの会話を私が勝手に念話で送っていた」シグナムが数機のガジェットを何食わぬ顔で切り刻みながら答える。「なにか良い意見が出るかもしれないと思ってな」

「……」要は勝手に中継していたということか。こちらと会話しつつ、その内容を同時に念話で送っていたのだろう。

(で、だ。CDSを拡散させて撃つとフォワードを巻き込みかねない、という話だろう?)

(そうだ。彼らのデバイスに影響を及ぼす可能性があるから下手に撃てない)

(それを解決する方法があるのだが)

 

 なに? と零はシグナムと一緒に驚く。

 

(どういうことだ)

(簡単なことだ。CDSが電磁波であることを利用すればいい。雪風に言ってCDSの電磁パルスを偏波させ、撃つと同時にそれとは逆の位相のパルス波を出すんだ。これで味方のいるところだけ攻撃波を打ち消すことができる)

 

 逆位相、その言葉に零はハッとなる。そうか、その手があった。

 

(なるほどな。彼らの場所にだけその逆位相の波を通常の攻撃波と重ねて照射して、見かけ上のエネルギーをゼロにするわけか)と零。

(そうだ。二重に照射するのと同じだ。電波をレーザーのように正確に指向できる雪風なら可能だと俺は思う。精密照射するよりは簡単なはずだ)

(……話についていけないのだが)とシグナム。

(携帯オーディオ機器についてるノイズキャンセラ機能と同じだ、シグナム。真逆の波を出すことで波の山と谷が相互に打ち消され、見かけ上はその波が消えたようになる)ザフィーラが丁寧に解説する。

(……余計にわからん)

(まあいいさ)零は両手の刀を構え直す。「これで敵を全滅させられる。──フォワードの全員を一か所に固まらせろ。その方がやりやすい」

「なんで私が──」

「雪風、今の話はわかったな? CDS攻撃波の位相を逆にしたものを用意しろ。それをフォワードのいる場所に照射する。発射タイミングは攻撃用と完全に同期させ、なおかつ出力も完全に同じにする」

 

 シグナムを無視しつつ命令する。すると雪風は数秒の沈黙の後、高速で何かの処理を始めた。視界の一部を流れるように多数のプログラムが表示されては消えていく。素早く目で追うと、それらが電磁波の波長を計算するものであるとわかった。どうやらこちらの意思に従ってくれたようだ。

 

「ああ、もう!」シグナムは自分を完全に無視した零に対し、半ば投げやりになりながら、フォワードの面々とヴィータに念話と通信機で指令を送った。

 

『聞こえるか? 全員、私が合図したら一か所に固まれ!』

 

 

 

 

 

 

 自分は無力だ、とティアナ・ランスターは自身に失望していた。

 

 全然、皆を守れていない。

 全然、皆の役に立っていない。

 全然、戦えていない。

 

 このままでは、ダメだ。惨めな自分ではどうすることもできない。他の皆と違う、凡人の自分には。

 

──やられる!──

 

 

「バカ野郎!」

 

 頭上から降ってきた怒鳴り声と共に、さっきまで自分を追いつめていたガジェット十数体がまとめて薙ぎ払われる。ガジェットの装甲が砕け散り、内部に張り巡らされたコードと電子回路が飛び散る。そしてそれらの間で高圧電流による火花が生じ、周囲の可燃性構造体に引火し、爆発する。腹の内蔵までも震えるほどの爆発音がティアナの鼓膜を刺激する。

 

「ぼさっと突っ立っていないで撃ちまくれ! これだけいれば目ぇつぶってても当たる!」

「りょ、了解!」

 

 ヴィータの激励にティアナは両手のクロスミラージュを構え直し、再び迫りくるガジェットを射撃で屠る。

 数体倒したところで撃破されたガジェット群の後方からまた別のガジェット達が現れ、一斉にティアナにビームを放ってきた。ティアナはとっさに左へ飛び跳ね、すんでのところでそれを回避する。

落ち着け、落ち着くんだ。怖くなんかない。一瞬だけ固く目を閉じて、ティアナは自分に言い聞かせた。自分ならできる。こんな程度で恐怖を感じていてどうするのだ。

 

 右を見ればスバルがリボルバーナックルでガジェット数体をまとめて殴り飛ばし、破壊している。しかしその動きは明らかに精細を欠いている。体力に関しては一級品のスバルでもこの数相手にはさすがに無理がある。

 後ろからはスタミナの尽きたキャロを、エリオが庇いながら戦っている音が聞こえる。まだ幼いあの二人には無理だったか。

 かくいう自分もそろそろ限界だ。クロスミラージュを構える両腕が攣りそうなくらいに疲労が蓄積している。強い焦燥感と共にのどの渇きを覚えた。

 

──いったい、どうして、こんな大量のガジェットを? 何の目的で?──

 

 ティアナは考える。明らかにおかしい。普段ならこんな量のガジェットが出現するなんてことはありえない。異常な数だ。オークションに出品されているロストロギアに反応して襲撃してきたのだとすれば、こんな大挙して押し寄せてくるはずがない。目立つ上に、非効率的だ。

 それに、圧倒的数であるのに、その割には攻撃の度合いが少ない。通常の攻撃頻度からすれば、とっくに自分達は全滅しているはずだ。なぜか今回のガジェットは自分達を攻撃せず、こちらの出方をうかがうような行動をとっている。こちらを攻撃することが目的ではないかのように。

 そう、これではまるで……

 

──まるで、私達の戦い方を観察しているみたい──

 

 そう思った瞬間、手元のクロスミラージュがけたたましい警告を発した。

 ギョッとして一瞬、動きを止めてしまった。すぐさま我に返り、その場から飛び退く。すると次の瞬間には、自分のいた空間をガジェットのビームが貫いている。攻撃の度合いが少ないとは言え、わずかでもその場に留まっているのは危険だった。防御してもいいのだが、これだけのガジェットの放つビームを受け止める自信などなかった。常に動き回っていなければすぐにやられる。それを意識してティアナは戦慄した。訓練でもシミュレーションでもこれほどの敵を相手にしたことはない。耐えきれるのだろうか。

 

 その事実から目をそらすように、彼女は自身のデバイスの警告を聞く。なんだというのだ、こんな状況で。現状よりも悪い知らせがあるというのか。

 

<警告。上空より強力なレーダー波の照射を確認。強い電磁波がこの戦域一帯を覆っています>

「どういうこと?」

 

 ティアナは予想もしていなかったその情報に驚いた。強力なレーダー波、だって? 戦いながらティアナは自身の相棒にその詳細を訊ねる。

 

<どうやらこれは何かの攻撃照準波のようです。我々に向けて照射されています>

「狙われているってこと? 私たちが?」

<いえ、ガジェットにも同様に照射されているようです。かなり上空からの照射です。戦闘中ということもあって光学認識できません>

「敵? それとも味方? いったい誰が?」

<不明、しかしこの周波レンジはガジェットの放つものではありません>

「いいわ。とにかく、紛らわしいそいつを撃ち落とす。方向はどっち?」

 

 そう言ってティアナはクロスミラージュを構える。ガジェットにも照射しているというのは気になるが、自分達に照準を定めているのは確実のようだ。

 ならば、敵だ。ティアナはそう決めつける。この状況では味方かどうかわからない存在は敵である、と判断した方が良い。敵ならば撃ち落とすまでだ。

 

<待ってください。今、レーダー波に紛れて信号のようなものが来ました。……解読───いけない! マスター、下がってください! 早く!>

 

 突然、クロスミラージュが声を荒らげる。そのあまりの気迫に訳も分からずティアナはバックステップで急いで後退する。いったいどんな危険が迫っているというのであろう。

 

<あの二人のいる場所まで後退してください!>

 

 首を動かし、背後を確認する。二人、とはエリオとキャロのことだろう。理由は後で訊くとして、クロスミラージュの言う通り、急いで彼らのもとに行かなければ。

 迫りくるガジェットに応戦しながら、ティアナは2人のもとに駆け寄る。2人とも疲れ切った表情をしていた。

 

「ティアナさん? なんで──」

「あんた達、怪我は?」エリオに対してぶっきらぼうに尋ねるティアナ。「なんだかわかんないけど、クロスミラージュが『後退しろ』って言うものだから」

「僕たちのところまで?」

「そうよ」

「どうして」

「そんなの私が訊きたいわよ!」正面から来るガジェット数体を撃ちながらティアナが言い放つ。「で、どういうことなのクロスミラージュ。ちゃんと説明しなさい」

<はい、先ほどのレーダー波の中に、ある信号を感知したのです。それを解読──というほど難解なものではありませんでしたが──読みとってみると、それにはこうありました。『貴君らは現在、我のコンピュータ破壊システムの射線上にいる。その場所は貴君らにとって危険である。ただちに全員で密集隊形をとれ』と>

「コンピュータ破壊システム? それってどういう──」

『聞こえるか? 全員、私が合図したら一か所に固まれ!』

 

 突如として響くシグナム副隊長の声。念話と通信機をいっぺんに使っているのだろう。頭の中と通信機の両方から聞こえてくる。

「なんだってんだよ、シグナム」と通信機で訊き返すヴィータ。「こんな場所で一か所に固まれ、だって? アホか。狙い撃ちにされるだろうが」

『いいから! 説明は後だ。とりあえず、あと40秒くらいで合図を出すからそれと同時に密集隊形をとれ』

 

 ティアナにはシグナムの言っていることが理解できた。クロスミラージュが言っている、謎の信号と同じだ。

誰かが、コンピュータ破壊システムとかという攻撃方法で周囲のガジェットを撃破しようとしているのだ。そして、それは下手をするとこちら側にも害を与えかねない代物であり、味方が散らばっている状態では使いづらいものであるということも。そうでなければわざわざ狙われやすい密集隊形をとれ、などとは言わないだろう。

 おそらく、コンピュータ破壊システムとやらを使うのは深井零だ。実際に制御するのはその相棒たる雪風なのかもしれないが、彼らは傍目から見ても心が通い合っているから、その意思はほとんど同一と見ていいだろう。

 彼らならそんな想像の斜め上を行く技など、平然とやりかねない。

 しかし、正直言って危険な賭けだ、とティアナは思う。自分は、今までコンピュータ破壊システムなど聞いたことも見たこともない。なのは隊長やフェイト隊長、シグナム副隊長といった面々すら、その存在を知っているような雰囲気は無かった。

 つまり、深井零はそのシステムの存在を隠していたということだ。これは、危ない。

 

 だが、それはこちらにとっては周囲のガジェットをまとめて壊滅させられる、千載一遇のチャンスでもある。やるしかない、迷っている暇はないのだ、ティアナはそう決める。

 

 ティアナはシグナムとクロスミラージュの指示に従うことにした。深井零と雪風の指示ではなく、シグナムとクロスミラージュの、だ。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、大丈夫なようだな」地上のシグナムは通信のスイッチを切り替え、上空にいる零の方を見る。「お前の方はどうだ、深井そろそろ撃てるか?」

『もう撃てる』と零。「雪風、用意はいいな。CDSバラージ、レディ」

<EVERYTHING IS RDY-OK...Lt./RDY-CDS/MODE-BARRAGE>

 

 零の視界に二つの円が表示される。一つは赤い線、もう一つは緑の線で表示されており、大きな赤い円が小さな緑の円を囲んでいる。零は雪風の説明を受けなくてもこの表示の意味がわかった。この赤い円はCDSが照射される範囲を示していて、緑の円は攻撃波を打ち消すための電磁波が照射される部分を表しているのだ。されにその周囲に五つの白い光点が存在する。これは味方を示す表示だ。つまり、この点全てが緑の円の内側に入った時にCDSバラージを放てばいいわけだ。

 

 光点の最後の一つが緑の円に入る。空中を移動していたから、これはおそらくヴィータだろう。他の四人をかばうように戦っている。

 零はそれを見届けるとすぐに雪風へ指示を出した。

 

「CDSバラージ、ファイア」

<FIRE>

 

 今度はすぐさま反応が返ってくる。

 雪風が背中から突き出た4枚の羽全てを目標に向ける音が聞こえる。同時に足首の小羽も微妙に稼働させているようだ。それらの動きは瞬きする間ほどの時間で行われた。

 次の瞬間、それら計6枚の羽から強力な電磁波が吐きだされる。零は気づいていなかったが、両手に握り締めた刀からもCDS攻撃波が放出されていた。

 8つのアンテナから飛び出した攻撃波は互いに干渉しあい、あるものは強まり、あるものは弱めあって消えていく。CDS攻撃波は羽から撃ち出される際、すでにかなり強い指向性を持っているのだが、これら複数の発信源から放たれることでよりその指向性を高めることができた。

 撃ち出される波は極めて急峻な波形を持つパルス波。ちょっとした電子機器ならかすめただけで影響が出るほどの出力だ。雪風はそれを毎秒100発という、人間には感知できないほど短い間隔で断続的に放出する。

 同時に雪風はそれとは真逆の波形を持つ攻撃波を、フォワード達がいる場所に向けて撃ち出す。ザフィーラから提案された、逆の位相を持つ電磁波である。

 打消し用の電磁波は攻撃波と全く同じタイミングでフォワードのもとへと到達する。

 ザフィーラの読み通り電磁波の谷と山、山と谷が完全に重なり合い、干渉を引き起こしたことで攻撃波はほとんど無力化され、彼らのデバイスには影響が出なかった。もちろん彼らはそのようなことが自分達の周囲で起こっているなど知る由もない。

 

 一方、通常の攻撃波は光速でガジェットの装甲を突き抜け、コンピュータを覆う電磁シールドに到達する。シールドは最初の0.03秒まで耐えたものの、あまりに強すぎる電磁波により、その直後に破損という形で機能を失う。

 シールド到達から0.04秒後には、攻撃波が内部コンピュータを直撃、同時に膨大な電流を生み出す。その電子の奔流は中枢コンピュータ内に満ちていたプログラムを全て掻き消していく。

 0.05秒後、再びの直撃を受けた中枢コンピュータ内に更なる電流が発生。先の攻撃波によって生み出された電流と重なり、より大きな電圧となる。

 そして0.06秒後、みたびの直撃により生じた電流は、中枢コンピュータの電子回路をいとも簡単に焼切った。中枢コンピュータの機能は完全に消滅する。

 中枢コンピュータの崩壊と同時に火器管制ユニットとレーダーユニットが破壊される。火器管制ユニットもレーダーユニットも強いレーダーを利用するその特性上、電磁波への耐性を付与されていた。しかし、中枢コンピュータとつながっている以上、攻撃波の力から逃れることはできなかった。その回路は突如として流れた大電流により全て破壊される。ガジェット内部のコンピュータ群は崩壊した。

 砲火は一瞬にしておさまった。全てのガジェットが沈黙した。全てのコンピュータ群が破壊された。火器管制、中枢機能、兵装、すべて。

 

 突然沈黙したガジェット群に、フォワード達はあっけにとられた。今まで自分達を追いつめていた敵が、一斉に動きを止めたのだ。いきなりのことに彼らは即座に認識することができない。

 

 だがその沈黙はガジェットの爆発により破られる。強力な電磁パルスを受け続けたガジェットの電子回路は全て吹き飛び、それによって発生した放電現象で内部構造体が発火。装甲を突き破るほどの爆発を引き起こしていた。

 

 フォワードとヴィータを取り囲んでいたガジェットは全て爆散した。

 

 

 

 

 

 

もう彼らの周辺に敵はいないようだ。

 

 地上を見下ろしながら、零は雪風のレーダーに『ENEMY』の表示が無いことを確認する。視界にも敵を示す表示は見当たらない。どうやらCDSの範囲外にいた個体はシグナムがつぶしたようだった。地上を見ると、ここからでもシグナムの周りに多数のガジェットの残骸が散らばっているのがわかる。しかもそのほとんどが見事に真っ二つになっていた。

 零はしばらく考えた後、ゆっくりと地上に降下。いまだ周囲を警戒中のシグナムのもとへ降り立つ。

 

「深井か。まだ他に敵はいるか?」シグナムが零に尋ねる。

「……レーダーには特に反応が無い。殲滅した、と見て間違いないだろう」

「ステルスがいるという可能性も──」

「ステルスごときでは雪風のレーダーから逃れることなどできない」零は言ってやる。

 

 雪風にはステルスなどという時代遅れの技術は通用しない。例え相手が光学迷彩を使っていたとしても同じことだ。空気を押しのけて移動している限り、彼女の空間受動レーダーはそれを認識することができる。

 零の言葉を聞いて納得したのか、そうか、と言ってシグナムは構えていたレヴァンティンを下げた。敵がいないから安全だ、と言われても剣をしまわないのが彼女らしい。

 敵が全滅したのかをすぐに確認できないのは少々不便だ。こういう時にレーダーやIFF(敵味方識別装置)があれば便利なのにな、と零は少し思う。

 

「それにしても」シグナムはフォワード4人とヴィータが無事なのを遠目で確認する。「本当にうまくいくとはな。あれだけの敵を一瞬で」

「やったのは雪風だ。おれは大したことはしていない」

「ガジェットを50体以上倒しておいてどの口が言うか」珍しくおどけたようにシグナムが言う。「CDSの分を除いても、これだけの戦果は初陣で出せるものではないぞ」

 

 初陣、か。零は聞き取れないほど小さな声で呟く。フェアリィでは味方から『死神』だとか『特殊戦のエース』だとか呼ばれたこの自分が、ここでは初心者か。

 なんとも奇妙な話だ、と足元に転がったガジェットの破片──おそらくCDSによって破壊されたコンピュータの残骸──を足で軽くつつく。CDSの直撃をもろに受け、相当な高温にさらされたのだろう。爆発により焼けただれた破片は零のつま先が少し触れただけでガサリと崩れてしまった。ボロボロのそれはもうケシ炭にしか見えない。

 

「おいおい、あまり壊すな。後でこいつらの破片を調査するんだからな」

「フムン」零はシグナムの忠告を聞き入れ、足を引っ込めた。ついでに両手の刀を腰の鞘に納める。「破片を調査するなら先に言え。知っていたらもう少し加減していた」

「下手に手を抜いて死んだら本末転倒だろう。──でも意外だな」

「何が?」零は彼女に顔も向けず、背を向けたまま尋ねる。

「いや、今になって少し驚いたんだ。お前があんなことを気にするなんて」

「破片の調査のことか? それくらい──」

「すまん、それとは関係ない話だ」シグナムは少しリラックスしたように零に言う。その瞳には先の鋭さは無くなっていて、代わりに優しさを帯びた視線を零に向けていた。「新人達を守ってくれたことについてだ。お前のことだから、無視してあいつらごとCDSで吹き飛ばしたかもしれない、と思ったんだ。だが、お前はちゃんと彼らのことも考えてCDSを使った」

「……」

「意外と優しいんだな、深井」

「……おれが?」零はシグナムに向き直り、いぶかしむように見つめる。「あれは当たり前のことをしただけだ」

「それを当たり前、と言えるのは優しい証拠だ」

「溺れかかった人間が目の前にいたら、おれでも手を差し伸べると思う。助けるべく。それは感情問題ではない。とっさに出る身体反応だ。……それと今回は同じだ」

「照れているのか? それこそお前に似合わんぞ」

「他人のことなどどうでもいい」

「助けた後に言っても説得力がまるで無いな」そう言ってシグナムはフフン、と軽く鼻で笑う。「見直したぞ、深井」

 

 そう言われた零は、黙ったままシグナムに背を向けた。

 シグナムはそれを見て、からかい過ぎたかな、と思う。でも怒っているようには見えない。こいつの思考はどうもよく分からない、とシグナムは心の冷静な部分で考える。至極まっとうな人間性を持っているように見えたり、雪風への執着のような異常な面を持っているようにも見える。掴みどころがないのだ。

 

「怒ったか?」

 

 シグナムはとりあえず謝っておこう、と思った。後で彼にへそを曲げられてしまっては厄介だ。せっかくまともな感じになったというのに。シグナムは零に近づくと、その肩を軽くつかんだ。

 

 

 肩を掴まれた零は振り返りもせず、言った。感情の無い声で、無表情に、静かに。ただ一言。

 

「怒るべきなのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 怒りとは論理的思考を邪魔するエラーである

 

 彼にとって怒りとはそれ以外のものではなかった

 

 彼は怒りを意識しない

 

 戦いに感情は無用だ

 

 怒りも、悲しみも、喜びも

 

 

 

 

 

 

 


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