魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第二十二話 機械のような戦士

 

 

『他人のことなど知ったことか。おれには関係ない』

 

 深井零が言い放ったあの冷徹な言葉を、シグナムは忘れていなかった。

 

 地球防衛軍の所属で、しかも特殊戦という部隊のエースパイロットだった彼、深井零中尉。あのセリフを聞くまで、シグナムは彼を優れた戦士だと信じていた。

 雪風という暴れ馬を使いこなす力量。いかなる状況でも優れた判断を下す冷静さ。それまでと全く異なる戦い方に順応できる頭脳。どれをとっても一級品だった。シグナムを含めた六課の人間は、彼の実力に感嘆した。

 シグナムはそんな彼に惹かれた。──といっても、恋愛対象になった、というわけではなく、同じ戦士として引き付けられるものがあった、ということだ。こいつは最高の戦士だ、私は、こいつに近づいてやる──彼の戦い方を目の当たりにした時から、そういった感情がシグナムの中に湧き上がっていた。見方を変えれば、恋とも言える感情ではあった。

 

 シグナムは彼を理解しようとした。もっとこいつを知りたい、彼の実力、才能、努力、その全てを知りたい。そんな盲目的な衝動に突き動かされ、シグナムは行動した。

 

模擬戦を申込み、その力量を肌で味わった。結果、やはり彼は背筋がぞくぞくするほどの戦闘能力の持ち主だった。

 ほんの数日でこれほどの技術を身につけるとは、鍛練を積めば、こいつの技術は化け物になるかもしれない。シグナムの心は久々の高揚感に包まれた。

 

──そう。私は彼に惹かれていたのだ。戦士として。

 

 シグナムは思う。あのまま彼を『優れた戦士』として認識できていたなら、どれだけ幸せだっただろう、と。

 少なくとも自分が──いやしくも烈火の将たるこの自分が、手放しにすばらしいと認めた戦士が、愚かしい考え方をする人間だとは、あの時のシグナムは微塵も思っていなかった。

 

──だが、それは間違いだった。

 

 彼の本性は『他人がどうなろうと構わない、自分さえ良ければいい』という唾棄すべき思考を持つ、自己中心的な、馬鹿だったのだ。シグナムは怒りに打ち震えた。思わず、腐りきった根性を叩き直してやろうと、彼の顔面に拳を叩きつけようとした。

 正直に言えば、あの時の自分は悲しかったのかもしれない、とシグナムは思う。馬鹿げた考えをするんじゃない、お前は戦士だろう、何かを守るために戦うのだろう、だから、そんなことを言うのはやめてくれ。すがりつくような思いを彼にぶつけようと、あの時の自分は殴りかかったのかもしれない。

 しかし、その思いが届くことはなかった。

 それがどうした、おれには関係ない。お前がどう言おうが、おれの知ったことじゃない。彼は冷酷にシグナムの思いを突き放した。それが当たり前だ、と言わんばかりに。

 

──まさしく、裏切ったのだ。彼は、深井零は。この自分の期待を、思いを。

 

 その彼が、今、自分を援護しに駆けつけた。 信じられない、といった面持ちでシグナムは彼の背中を見つめる。援護、などという言葉とは無縁そうな彼が、どうして、と。

 

「なぜ来た!」気づいた時にはすでに叫んでいた。「お前の援護などいらない! 下がれ!深井!」

「……おれはアンタの援護に来たわけじゃない」零は、シグナムの怒りなど気にも留めず、いつもの淡々とした口調で言った。

「なに!?」

「こいつらを殲滅しに来たんだ」零は右手の刀で、ガジェット群を指し示す。「援護なんて、どうでもいい」

 

 援護なんて、ではなく、お前なんて、と言われていたら、殴りかかってしまいそうだった。だが、こいつなら、言いかねない。いや、言うだろう。そういう男なんだ。こいつは。そうシグナムは思う。

 

 怒りの衝動を抑えているシグナムを無視し、零は再び両手の刀を構える。

 その瞬間、背中の羽の表面に光の円が現れ、そこから無数の光弾がガジェットめがけて打ち出されていく。レシプロエンジンが放つような爆音が周囲の空気を震わせる。

 

 なんの前触れもないその出来事に驚き、シグナムは冷静さを取り戻す。

 あの攻撃はAAMではない、GUN攻撃だ、とシグナムは冷静になった頭でそう判断している。戦闘機の機関砲に似せた、連射性能に特化した射撃魔法。

 それらを打ち出すと同時に四枚の羽それぞれが別の方向を向き、流れるように次々とガジェットを攻撃していった。 一つの目標を集中的に狙うのではなく、一度に多数の目標を射程におさめるマルチロックオンシステムだった。

 

──速い、なんて正確な射撃だ。

 

 一発も撃ち漏らしていない。──このガジェットの密集度からして外す方が難しいかもしれないが、それを考慮しても正確かつ無駄のない射撃制御をあの二人はしている。

 

 射撃が止まった。

 二百五十発前後だ、とシグナムは思う、射撃時間からしてそのくらいの魔力弾が打ち出されたはずだ。二秒以上、三秒はない、二秒半の射撃。

 そのわずかな時間の射撃で、ガジェットのほとんどは被弾していた。攻撃機能に支障が出ている個体がいれば、移動能力が奪われた個体もいる。だが機能を停止しているものはほとんどいない。雪風は目標ガジェット群をいっぺんに撃破するのではなく、一瞬である程度のダメージを与えて機動性と攻撃能力をそぎ落とし、そののちに各個撃破していく、という戦法をとったのだ。

 それが、シグナムにはわかった。そして、その戦法を指示したのが深井零だということも。

 これは、ガジェットを殲滅するには効果的だ。取り逃がす心配が減る上、こちらの被害も少なくなる。戦術的には正しいやり方だ。一秒間に百発という、GUN攻撃の突出した連射能力と、多数の目標を一度にロックオンできる高度な情報処理がなせる技だ。

 

 殲滅するには、だ。

 これは敵を『殲滅する』やり方だ、とシグナムはとっさに、思った。唐突に、頭の中にその思考が浮かび上がった。

 この方法は、追い払ったり、防衛したり、攻めたりするのには向いていない。通常の戦いでこれをやる者はいないだろう。

 

 だが敵を殲滅するとなると話は別だ。

 殲滅とは敵を、それこそ一匹たりとも取り逃がすことなく、そのすべてを血祭にあげることをいうのだ。普通の戦い方とは、違う。

 ガジェットを一匹たりとも逃がさず、徹底的に破壊するには機動力を削ぐのが手っ取り早い。深井零はここにいるガジェット群の、最後の一匹までもを完全に破壊するつもりで雪風に今の指示を出したのだ。

 

 シグナムの背筋を冷たいものが走る。敵を殲滅する。ただそれだけのことなのに、感じる違和感。なんだ、この変な感じは。殲滅戦など、いくらでも経験してきたというのに。

 これは、深井零がやろうとしていることに対する不快感だろうか、いや、そうではない。ガジェットは殲滅すべき敵で、彼が行った手段は至極まっとうなやり方だ。これを人間相手にしたなら非人道的と言われても仕方ないが、相手は心なき機械だ。何の問題もないではないか、とシグナムは思う。そう、なんの問題もない。

 

「全目標の被弾を確認。これより、殲滅に入る」

 

 深井零の機械的な宣言。それが、なぜかシグナムの神経を逆なでした。

 

 

 

 零の指示した通り、雪風はGUN攻撃を四方八方に、乱射。その場にいるほぼ全てのガジェットに損傷を与えることに成功していた。

 

「雪風、電子戦用意。電磁出力のリミッタを解除」

<RDY-ECM/EPL-CANCEL>

 

 零はそれらを確認すると、雪風に電子戦の用意を指示する。高度な自立兵器とはいえ、装甲に穴の開いたガジェットは電子回路の対電磁シールドに少なからず損傷を負っているはずで、対電磁防御能力が下がっているはずだ。そうでなくとも一部のシステムはむき出しになっているから、そこに強烈な電磁波を照射してしまえば、回路を破壊するのはたやすい。その場から動くことなく、一気に殲滅できる。もともと電子戦に特化していた雪風には特に、だ。

 

「FCSチェック。シーカーオープン。レディ、セットCDS。最大出力。精密照準モード。マルチロックオン。目標、敵ガジェット群」

<FCS-CHECK/SEEKER-OPEN/RDY-CDS/POWER-MAX/MODE-PA/TARGET-MULTI LOCK ON>

 

 零の指示に従い、雪風は電磁的攻撃手段の用意をする。FAF語の高速意思伝達により、FAF軍人と電子知性にしかわからない速度でそれらの命令が雪風へと伝わる。雪風の文字表示のスピードも非常に速く、常人には読み取れない速さのものだが、零にはわかる。

 

「深井、お前、なにを──」

 

 高速のFAF語が聞き取れないのか、背後でシグナムが驚いているようだったが、零はそれを無視。戦闘に集中する。

 

「ターゲットロック。照準完了の後、セイフティを自動解除。電磁指向を最大限に」

 

 視界に複数の照準サイトが映し出され、動きの鈍ったガジェットの群れにそれが重なり、表示が緑から黄色に変わる。照準を合わせている状態のサインだ。 雪風による安全機構が働いているため、照準が完了するまで撃つことはできない。

 

 

 雪風はユニゾンしている際、零の背中に生えた四枚の黒羽と、両足首に付いた小羽から電磁波を発することでレーダーシステム全般を制御している。──これはつい最近、ほんの2、3日前にシャリオが零の訓練データを分析した際に判明した事実だが──そして羽から発せられる電磁波はレーダー波だけではなく、電磁ジャミング波も含まれているらしい。

 

 六課の人間はそれに対してそれほど関心を持たなかった。背中の羽は一番機械的な部分だから、アンテナのように電磁波が出ていても全然おかしくない、とでも思ったらしかった。ようは興味を示さなかったのだ。──唯一シャマルは興味を示していたが、それはまた別の感情によるものだろう。

 魔法による戦闘は基本的に目視領域で行われるため、レーダーはそれほど重要視されていない。無論、ミッドチルダでもレーダーはとっくの昔から実用化されているし、電磁的ジャミング手段もあるようだが、フェアリィのそれに比べればまだまだ未熟だ、と零は思っていた。近代航空機での戦闘は基本的に目視外射程(BVR)にて行われるため、レーダーは必要不可欠だ。加えてジャムとの苛烈な電子戦──ジャムが高度なECM(電磁妨害手段)を開発した時は、FAFはより高度なECCM(対電磁妨害手段)を作りあげ、ジャムはさらにそれに対抗してECCCM(対・対電磁妨害手段)を繰り出し、さらにそれをかわすためFAFは──といった具合のいたちごっこのおかげで、FAFの電子戦闘技術は飛躍的に進化していた。電子戦こそが、勝敗を左右する第一条件なのだ。

 そういった戦闘環境を知っていた零は、雪風のその能力に注目した、誰よりも。そしてそれを情報収集手段や妨害手段としてではなく、攻撃手段や防御手段に転用できないものかと考えた。

 電磁波の力は馬鹿にできない。使いようによっては破壊手段にも転用できる。かつての雪風のレーダー波は人間を焼き殺せる出力を持っていた。通常の電子機器など、一瞬でスクラップにできただろう。

 その考えと共に、『お前の力で電子機器だけを破壊することはできるか』と雪風に伝えると、雪風は『可能だ』と答えた。ECMを限界まで出力強化すれば、目標電子回路を吹き飛ばすことは不可能ではない、攻撃手段として十分使える、と。

 

 零は雪風のそれをCDSと名付けた。コンピュータ破壊システム、と。

 

 CDSは名前の通り、コンピュータだけを破壊する技だ。

 背中の四枚の羽と両足首の小羽から照射される強い指向性の電磁波で、対象となる電子システムの回路に強烈なサージ電流を発生させ、内部機構を破壊する。

 

 精密照準に時間がかかるのと、照準しないで撃つと周囲の電子機器にまで被害が出てしまうのが難点だが、照射してしまえば光の速さで打ち出されるし、電波であるゆえ機械だけがダメージを食らい、生体にはほとんど被害が出ない。人間を殺せない技なのだ。時空管理局の打ち立てている『非殺傷設定』に準じているため、使い勝手はよい。

 しかしこの攻撃を受けたコンピュータは致命的な損害を受けるため、デリケートな電子機器を使用している飛行機や、病院などの近辺では使えない。 一応、強い指向性を持たせてはいるから、狙った目標以外のところには飛んでいかないのだが。それでも周囲への被害を避けるため、正確に狙う必要がある。そのためにGUNを乱射し、ガジェットの動きを鈍らせたのだ。

 

 照準サイトの色が黄色から赤に変わる。照準完了。ファイア。

<RDY-CDS/FIRE>

 

 その表示と同じくして、零の背中から突き出た四枚の羽から不可視の攻撃が四方八方に散らばり、正確にガジェットに命中していく。CDSの強烈な電磁波は装甲損傷部と電磁防御シールドの穴から内部回路へと侵入。人体に影響のあるマイクロ波を取り除いたCDS攻撃波が回路に達する。到達とともに激烈な電流を発生させ、制御回路内の信号を掻き消していく。

 さらに発生した高圧電流が回路を流れ、電気抵抗により瞬間的に膨大な熱を発生。回路を基盤ごと焼いていき、ガジェット・ドローンの電子的機能を完全に破壊した。

 搭載ミサイルの信管制御回路にも例外なく爆発的な電圧が生じ、偶発的に信管が起爆される。超音速の燃焼が炸薬に到達し、爆発。

 

 照射してから一秒とたっていなかった。ガジェット群がまとめて爆散した。オレンジ色の爆炎が吹き上がり、周囲に高温の熱風が撒き散らされる。

 

「くっ!」

 

 熱風を浴び、わずかに呻くシグナム。とっさに手で顔を覆う。熱い。激しい衝撃。強烈な閃光が収まったのをシグナムは恐る恐る確認する。

 

 ガジェット群はすべて粉々に破壊されていた。黒い煙があたりに立ち込める。

 シグナムは何が起きたのかわからなかった。しかしガジェットは全滅した。深井零がやったに違いなかった。見えないなにかで、ガジェットをまとめて吹き飛ばしたのだ。

 

「CDSセイフティ、ロック。電子戦モードのまま索敵を続けろ」

<ROGER...Lt.>

 

 誰にもわからない雪風とのやりとりを終えた零は辺りを見回すと、静かに両手の刀を下す。CDS攻撃は成功だ。ガジェット群は沈黙した。初の実戦使用だったが、思いのほか上手くいったものだ、と満足していた。

 

 

 

 

 

 

「今のは……何をやった?」

 

いまだ混乱しているような様子で、シグナムが訊く。あまりに突然の出来事が続けて起こったため、零に対する怒気がすっかり削がれていた。零は周囲にガジェットの気配がないことを確認してから、両手の刀を静かに腰の鞘に納め、口を開く。

 

「電磁波でガジェットの電子回路を破壊しただけだ。大したことじゃない」

「電磁波、だと? ……その背中の羽から出る例のヤツか」

「そうだ」

「羽から電磁波が出るのは聞いたが、そこまでの出力があるとはな」とシグナム。零が刀をしまったのを見てから、シグナムは敵がいないことに気が付く。「だが危険だぞ。間違っても人間には当てるなよ。電子レンジに入れた生卵と同じことになるからな」

 

 彼女も電子レンジの原理は知っているようだな、と零は足元に飛んできていたガジェットの破片を軽く蹴飛ばしながら、思う。生卵を電子レンジに、か。悲惨だな。もしかしたら六課の誰かがそれをしでかしたことがあるのかもしれない。料理が下手というシャマルとか。

 

「……危険な波長は除去してある。人間に照射しても即座に水蒸気爆発は起きない」

「マイクロ波はない、ということか」

「……ああ。それに指向性を高めてレーザーのようにしてあるから、周囲への被害は出ない、はずだ」

「なんだその言い方は。自信がないのか?」

「……おれはそんな物理学には精通していない、だから人体への影響なんかはよくわからない。それに制御するのは雪風だ。おれじゃない」

 

 ふむ、そうか、とシグナムは再び周囲を見渡す。辺り一面、スクラップにされたガジェットで埋め尽くされていた。「しかし便利な技だな。これだけの目標を一瞬で」

「雪風だから成せる攻撃だ」

「だろうな。──最初のGUN攻撃も雪風の制御か?」

「まあな。おれには無理だ」

「あれぐらい高町は普通にやっているぞ」

「……?」

 

 零は怪訝そうな顔でシグナムの顔を見た。そんな零の表情を見て、シグナムは一つため息をつく。

 

「まあ、高町は別格だから、気にするだけ無駄だ」

「……気にする、だって?」と零。シグナムに対して真正面に向かい合う。「おれが? 何を?」

「だから、高町の戦闘力を、だ。雪風はともかく、お前よりずっと魔法による戦闘経験はあるし、強い。──それに嫉妬したわけじゃないのか?」

「……バカバカしい」

「なに?」

「……おれは、高町なのはの強さだとか射撃能力の高さだとか、そんなモノに興味なんてない。今のアンタの思考にあきれただけだ」

「はあ?」

「あんたが、おれと雪風、高町なのはを比べたことにあきれている、と言っているんだ」

「? なぜだ」

「戦場において、万能に使える指標など存在しない。純粋な戦闘力の比較など意味がない、ということだ。力のパラメータなんて、それこそ時と場合によってまちまちだ。測る意味なんてない」

「お前が言いたいのは、『勝負は時の運』だとか『相性』ということか? そんなことぐらい──」

「そうじゃない。例えるなら、輸送ヘリと戦闘機の比較だ」

「ヘリと戦闘機?」

「戦闘機は確かにヘリよりも速く高く飛べるが、その二つの性能を比較するようなバカはいないだろう。それと、同じだ。輸送ヘリは『どれだけの物資を運べるか』でその性能を測るし、戦闘機は『どれだけ多くの敵航空機を殺せるか』で性能を測る。性能を測る基準が違うのに、その二つをむりやり比べる、というのは無意味なんだ。あんたは、それをやった。だから、おれは、あきれた。それだけだ」

「? まて、それはおかしいぞ」零の論理に反論するべく、シグナム。「お前の言いたいことはわかる。だが私が言いたいのは、魔導師としての実力の話だ。輸送ヘリと戦闘機の話とは違う。同じ土俵の上での話だ。お前と雪風には悪いが、純粋に射撃能力の──」

「戦場に『純粋な』とか『絶対の』などという言葉はありえない」シグナムがなかなかこちらの言わんとすることを理解できないことに苛立った零は、少し乱暴に言い放つ。「彼女とおれでは、戦いの形式が違う、と言っているんだ。前にも言ったはずだ。『短距離ランナーと長距離ランナーを呼んでパン食い競争をするようなものだ』って。兵器としての性質が違うんだ、高町なのはと、おれたちは。戦い方の性質が全然違うのにそれを比べるのはバカバカしい、ということだ」

「……」

「高町なのはの射撃センスがおれより優れている、というのは認めるが、それはあくまでこれと同じ状況下での話だろう。もし敵が煙幕や対視覚兵器を使ってきたらどうなる? 完全に視覚がダメになったら? ……この場合、強力なレーダーを持っているおれと雪風が有利だ。目では見えなくとも『感覚上は見える』し、狙いをつけるのは雪風だ。おれがだめでも、雪風なら、やれる」

「だが、それは、レーダーが使えなくなったら──」

「そう。敵が強力なジャミング手段だけを使ってきたら、逆の状況になる。この場合は彼女が有利だ。──言っただろう、戦場に『絶対の』だとか『純粋な』とかいうものは無いんだ。ただ単純に『どちらの性能が優れているか』などと比べるのはおかしい。そんな行為は無意味だ。おれはそう言いたかったんだ。そんなふざけた思考などする暇があったら、索敵をしていた方がまだマシだ」

 

 なるほど、そういうことか、とシグナムは零の苛立ちの理由を理解し、納得する。要はこの男は、高町なのはと自らを比べられたことに怒りを覚えたのではなく、この自分が、全く別の対象を比べるという考え方を持ったことにあきれたのだ。そんなバカバカしくて無駄な思考などするな、ここは戦場だ。そう言いたいのだ、彼は。

 確かに一理ある。なのはと零は、飛び方から戦法まで全く違っている。その二つを単純に比べるのはいささか無理がある。零になのはのような戦い方はできないし、なのはに零のような戦い方はできない。他の人間に対しても同じことだ。比べるだけ、無駄なのだ。そうシグナムは理解する。

 

「そうか、すまなかった」

 

 シグナムは素直に謝った。こういう時は自分の非を認めてしまうのが手っ取り早いのだ、という思いは、その後で意識した。

 零はシグナムをチラリと見た後、別に、と呟いた。

 

「おれは謝罪など要求していない。あんたが勝手に聞いてきたんだろう。おれは別に、どうでもいい」

 

 男らしいのか自分勝手なのか、よくわからない発言にシグナムは、むっとなる。なんだ、せっかく謝ったのに。やはりこの男は相当な自己中心的性格なのだろうか。

 

 雪風も、この男の影響を色濃く受けたにちがいない、突然シグナムはそう思いついた。なんだかこの二人は似ている。関わっていると、こちらがイライラする。

 二人とも、積極的に相手とコミュニケーションをとろうとしない。それが、こちらを苛立たせる。無口なら、それでいい。そういう人間も世の中にはたくさんいる。しかし二人は、それ以上の、こちらを苛立たせる何かを持っているようにしか見えない。

 エディス・フォスによれば、雪風を育てあげたのは深井零だ。彼がパイロットとなり、雪風に自身の戦い方を教えこんだ。そして雪風は彼の行動を学習し、やがて自立行動ができるほど高い知性を獲得した、らしい。エディスの話ではそんな流れだった。おそらく彼の行動様式や戦闘経験、思考パターン、優れた戦闘勘を雪風はそのまま取り込んでいる。もしくは彼の全てを受け継いでいる。つまり、雪風は深井零の娘であるわけだ。

 なるほど、似て当然だ、と今更ながらシグナムは思う。子は親の背を見て育つ。親が自己中心的なら子も自己中心的だ。

 ならば、二人がこちらを苛立たせる要因の根源は、深井零にあるはずだ。あとで深井零を問い詰めてみよう、なにか分かるかもしれない。ガジェットを彼が殲滅するときに感じた、あの妙な寒気も含めて。シグナムはその思いつきを頭の片隅に留めておく。

 

 

「いくぞ。フォワードの四人の所にはまだガジェットが残っている。全て殲滅するまで安全が確保できたわけではない」と零。

「わかっている。私に命令するな」

 

 そのやりとりを終えた瞬間には、もう二人ともフォワード四人とヴィータが防衛している場所へ猛スピードで向かっていた。

 

 

 

──深井零、お前はいったい、何なんだ?──

 

 


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