魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第二十一話 敵機

 

 

 

 多数のガジェットがホテル・アグスタを襲撃し始めたことをシャマルからの通信で知らされた零は、すかさず雪風とユニゾン。

 ホテルの外へ走りながら、全システム起動のため雪風に指示を出していた。

 

「マニュアルコントロール。フライトシステムと火器管制システムを起動。耐Gコントロールシステムに異常が無ければ、VmaxをON」

 

 高速言語ともいうべきFAF語を使い、一瞬でそれらの指示を出す。

 

<MANUAL CONTROL/FS-ON/FCS-OPEN/Vmax-ON>

 

 零の指示に従い、雪風は全体のコントロールを零に明け渡し、自身はそのサポートにまわる。

 火器管制システムとフライトシステムを同時に起動。フライトパワーのリミッタを切り、いつでも最大出力を出せるようにする。

 

「マスターアームON。FCレーダー、空間受動レーダー作動。移動目標インジケータ表示。ECM用意」

<MASTER ARM-ON/FCR-ON/SPR-ON/MTI-OPEN/RDY-ECM>

 

 全武装の制御システムをONに。続いて索敵システムと雪風の電子戦能力を解放。視界に雪風のレーダーから得られた情報が表示される。

 

「起動した火器管制システムが正常に作動しているのを確認したら、AAMとGUNのセイフティをOFFに」

<SAFETY-OFF>

 

 火器管制が正常に作動していることを確認。雪風は両武装のセイフティを解除。これでAAMとGUNはいつでも撃てる。

 

「自動迎撃システム及び近接防御火器管制の作動権限を雪風に譲渡。危険が迫ったら、自分の判断で作動させろ。おれの許可を得る必要はない。いいな?」

 

 以前、シグナムとの模擬戦で勝手に起動した近接防御火器管制システムの権限を雪風に与える。

 たとえ零が不意討ちに気付かなかったとしても、雪風が気付けば防御は可能だ。

 

<ROGER Lt./I HAVE AIS AND CIWS COMMISSON>

 

 ホテルのエントランスに入る前にそれらの指示を出し終えてしまった。少し早すぎたかもしれない。

 わずか12秒で雪風への指示を終えた零は、ホテル内での高速飛行は危険であるため、出口まで走る。

 

 すでに外では戦闘が開始されているようで、時折爆発音が聞こえてくる。

 フォワードの四人と、ヴォルケンリッターが防衛にまわっているのだろう。視界のレーダー表示には激しく動きまわる点がいくつも表示されている。

 数が多い。少し乱戦気味だろうか。そう思った零は、レーダーを多数の目標を捉えるよう、雪風に指示を出す。

 

「雪風、乱戦に備えてFCレーダーを──」

<ROGER/FCR MODE-PTC>

 

 『了解。FCレーダーを複数目標追跡モードに設定』雪風は即座にそう告げる。零の考えを最初からわかっていたかのように。

 

 雪風の素早い反応に零は面食らった。高速のFAF語による指示を言い終わらないうちに行動するなんて。おれの頭の中をスキャンでもしているのだろうか。

 

 いや、そんなのは当たり前だ、と零は思う。雪風はそれをすでに実行しているのだ、最初から。

 

 基本的な射撃管制と飛行制御の指示権限は自分にあるが、それらの制御は全て雪風を通して行われる。自分はちょうど、戦闘機の中枢コンピュータとしての役割を担っているのだ。

 この目標を撃て、あっちに向かって飛べ、という指示イメージは雪風によって読み取られ、雪風がそれらを制御する。

 射撃の際にどの目標を狙えば良いのかは眼球の動きからでも予測できるだろうが、飛ぶ時はそうもいかない。進行方向とは違う方に視線を向けることだってある。脳内に発生する飛行イメージを読み取り、そのイメージ通りの飛行制御を行う必要があるのだ。

 

 人間のイメージなどという曖昧な情報から飛行制御のための信号を抽出するのは、雪風であっても大変な処理であろう、と零は想像する。

 例えば、ついうっかり、地面に激突するイメージを考えてしまい、雪風がそれを忠実に再現してしまったとしたら、この身は大地に叩きつけられることになる。地面にぶつかるのはまだマシな方で、最悪、敵機やそのミサイルに衝突してしまうことだって考えられる。そうなったら目も当てられない。

 それを防ぐためには、脳内から得たイメージ情報の余計なノイズを除去する必要がある。曖昧かつ膨大な情報から、何を拾い、何を捨てるのかは、他ならぬ雪風が決めることだ。それならば最初から全てを雪風に任せてしまっても問題なさそうではある。すると、ノイズの発生源に過ぎない自分など邪魔なだけだ、必要ない、となる。

 

──なら、なぜ、雪風はおれを必要としているのだ──

 

 自分はただ、魔力の供給源として見なされているのだろうか。あるいは、彼女をサポートするシステムとして見なされているのか。

 

 魔力の源ならば、こんな自分よりもいい人間はいくらでもいる。なのは、フェイト、はやての三人など、聞いた話では化け物クラスの魔力を持っているらしい。シャマルだって相当なものだ。エネルギー供給の効率ならば、彼女たちの方が優れているに違いない。

 自己のエラーを訂正するサポートシステムとして必要としているなら、納得はできる。自分以上に雪風を理解している人間はいない、その自信がある。だが、それはこの自分が雪風のデバイスになる、ということに近い。それでは立場がまるで逆ではないか。

 立場が逆転したからといって問題があるわけではない。自分が、雪風のサポートにまわるとしても、それは構わない。プライド云々のレベルではないのだ。

 問題があるのは、そのことに気付かず、おれの方が主だ、おれに従え、という意識で雪風に接してしまうことだ。雪風はいかなる存在だろうと、自己以外のモノを自分の主だとは認めたりしないはずだから。

 幸いそのような雪風を見下す態度はとったことはないし、それに対して、立場をわきまえろ、という物言いも雪風はしないだろうが、自分の役割を認識しろ、と注意される可能性はある。

 サポートだろうがなんだろうが、互いにやるべきことをやるだけだ、自分が生き残るために。そこには主従関係という古臭く人間臭い要素など一切含まれてはいない。少なくとも自分と雪風の場合は、そうだ。

 どちらが主なのか、などと考えてはいけない。雪風はおれの主ではないし、おれは雪風の主でもないという、言わずもがなの事実、ただそれがあるだけなのだ。

 

 まるで、おれも雪風もネコみたいだな、と零は思う。ネコでなくてもネコ科の動物、例えばトラとか。ネコには人間やイヌのような上下関係はないし、絶対服従するようにしつけることは不可能だ。こちらの顔色をうかがうことはあっても、それはボスに対する服従の態度ではない。

 そういった例えにおいて、雪風は野生動物とも言える。うまく協調していけるかどうかはこちらの出方次第の、共通した餌を求めている、危うい関係を保った、相棒。互いが互いの、自己流の狩りの仕方を示してくれるトレーナー、戦い方を見習う教師というべきか。無論、そこでも、どちらが教師で、どちらが生徒なのか、などという問いは論外だ。意味をなさない。

 

 以前の雪風は、自分にとっては、自己の一部であって、他者ではなかった。決して自分を裏切らない、自分のまさに片腕に等しかった。しかし、もちろん、現実はそうではない。雪風は独立した意識をもっている。自分は雪風に強制射出されたあの時、それを思い知ったのだ。

 

──それは、今も、変わらない。雪風は雪風で、彼女との関係の深いところは変化してなどいない──

 

 少なくとも、それは確かだ。彼女はずっと雪風であり、これからもそうあり続ける。雪風は変わらない。変わってしまうとしたら、自分の方だ。

 

 その結論に満足感を覚えた零は、わずかに微笑を浮かべ、ホテルのエントランスを出た。それとほぼ同時に、離陸。空をかけ上がる。

 

「行こう。雪風」

 

 零は優しく、雪風に語りかけた。

 

 雪風は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

「もらった!」

 

 シグナムは隙を見せた一体のガジェットをすれ違いざまに切り伏せ、その勢いを殺さず、近くにいたもう一体に剣を突き刺す。ガジェットの装甲にレヴァンティンの刀身が深々と刺さる。

 

「はあっ!」

 

 ガジェットの胴体を思い切り蹴飛ばし、それにより剣を一瞬で引き抜く。

 胴体を貫かれた上、シグナムの鋭い蹴りを食らったガジェットは鮮やかな放物線を描きながら吹っ飛び、後方にいた僚機に衝突。それを巻き添えにしながらクラッシュする。

 止まることなく、シグナムは舞踏のごとき無駄のない動きでさらにレヴァンティンを振るう。憐れな巻き添えのガジェットが爆発する瞬間までに、すでに彼女の手によって別の6体が屑鉄へと変えられている。

 それらが爆散するのを確認することもなく、シグナムは接近してきた新たな機体を袈裟懸けに凪ぎ払う。

 

(シグナム! 右! 右!)

 

 降り下ろした剣を今度は瞬時に切り上げる。右からシグナムに襲いかかろうとしていた一体が丸い胴体を深く切り裂かれ、火花を散らして爆散する。

 

(バカ! 油断するなって言っただろ!)

(さっき2回も奴らの不意討ちを食らいかけたお前に言われたくはない)

 

 半ばあきれながら、ヴィータからの注意を受け流す。

 

(うるせえ! ちょっと気付くのが遅れただけだ! 不意討ちなんてされてねぇ!)

(それを『不意討ち』と言うんだ)

 

 念話でヴィータと話しながら、さらにガジェットを数体切り伏せる。

 

 すると、そのうちの一体がシグナムの攻撃をヒラリとかわし、こちらにビームを放ってきた。驚くほど滑らかな動きだ。

 しかし、その程度の攻撃にシグナムは動揺しない。自分を狙ったビームを冷静に避け、間髪入れず敵機に急接近。剣に力をこめ、叩き斬る。

 

 シグナムの圧倒的な速さに対応できず、ガジェットは斜めに切り裂かれ、電子的機能が完全に破壊される。

 だが、機能が停止したはずなのに爆発する気配がない。真っ二つにされた状態のまま、地面に転がる。

 

──なんだ? コイツらは──

 

 シグナムは疑念を抱く。今までと違い、この自分の太刀筋を読んでいるような動きをとる個体がいる。それも一体だけではない、さっき破壊した敵の中にも、何体かいたのだ。

 そしてその少しばかり手強い個体は、殺られても、爆発しないのだ──無論、激烈な攻撃を食らった場合は例外だ。ヴィータのグラーフアイゼンによる攻撃がそれにあたる。

 それのような例外はあるが、斬る、突くなどの単純な攻撃では爆発しない。

 中には半壊した状態でも、しぶとく攻撃を繰り出す根性のある個体も存在する。まるで打たれても打たれても向かってくるゾンビだ。

 

 スカリエッティがガジェットのプログラムか何かを改良したのだろう、とシグナムは思う。あるいは設計を見直したとか。

 いずれにせよ手強い相手だ。何よりこの数。倒しても倒しても減らないではないか。

 

(数が多すぎる!)

(んなこと言ってもこいつらは減らねぇよ。手ぇ動かせ!)

(動かしているさ)

(じゃあ無駄口叩くな!)

(ヴィータこそ、口を動かすより手を──そうか、念話だったか、これは。フム、口は動かしてないな)

(アホ!)

 

 お前に言われたくはない、と返答しながらシグナム、同時にガジェット4機を吹き飛ばす。

 軽口を叩きながらも、シグナムの太刀筋は揺らぐことがない。それはヴィータも同じだ。

 

(シグナム! ヴィータ! 聞こえる?)

 

 と、そこへシャマルからの念話。少しばかり安心する。

 

(シャマルか、なんだ? 今忙しい。手短に頼む)

(スターズがちょっとピンチみたい。救援に向かってあげて。あなた達二人のどっちかでいいから)

 

 スターズというのはスバルとティアナのコールサインだ。スバルがスターズ3、ティアナがスターズ4。

 

(ライトニング2、了解。これより救援に向かう──まて、ここはヴィータが行くのが筋だろうが)

(まあ、そうだな)

(どっちでもいいから早く!)とシャマル。

(スターズ2、了解。二人の救援に向かう)

(ここは任せろ。アリ一匹通さん)

(アリの一匹ぐらい通してやれよ)

(ならガジェット一匹だ)

 

 シグナム、目にも止まらぬ鋭い突きを繰り出し、ガジェットの一機をレヴァンティンで串刺しにする。

 

(お前一人で大丈夫か? こいつら普段より手強いぞ)

(烈火の将をなめるな、紅の鉄騎)

(あいよ──ん? おい、シグナム、安心しろ。お前のところにも救援が行くぞ)

(何?)先ほどと同じ要領でガジェットを蹴飛ばし、剣を引き抜きながら、シグナム。(私は救援などいらないぞ。誰だ? 高町か? テスタロッサか?)

(今さっきすれ違ったんだが。お前のところにくるのは──)

 

 ヴィータが告げようとする前に、唐突に、シグナムの周囲にいたガジェット十数体がまとめて爆発した。跡形もなく、粉々に。爆発の衝撃波が腹に響き、鼓膜が震える。

 シグナムはいきなりのことに呆然となった。とっさに身構え、剣を握りしめる。なんだ、何が起きた? 誰かの射撃か?

 

 動揺した彼女の前に、漆黒の影が音もなく、フワリ、と舞い降りた。シグナムは思わずそれを注視する。

 

 影から突き出た四枚の黒い羽。それが、機械的な音を立て、さながら獲物を捜す肉食獣の目と耳のように小刻みに動いている。

 両手に保持した日本刀には、たった今切り刻んだガジェットのオイルがべっとりと付着していた。血振りの動作でそれらのオイルが地面に飛び散り、連なる血痕のような跡を残した。

 

──死神──

 

 ふとそう思ったシグナムはゾクリと震える。恐怖から来る震え、というよりは、人外の、この世のものではない何かを目の当たりにした時のような、反射的な震えだった。

 

 ようやく目の前の光景が現実味を帯び始めた時、真っ黒なその背中の、白く美しい漢字がシグナムの目に止まる。

 

『雪風』

 

 その繊細な中に芯の強さを感じさせる文字を認識した瞬間、シグナムの舌打ちが鳴った。救援とはこいつのことだったのか。よりによって、一番来て欲しくない奴の助けを借りることになろうとは。

 

 そう、こいつは──

 

 

(『ブーメラン1』だ)

 

 ヴィータがそう言うのを、シグナムは苦い顔で聞いた。

 

 


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