魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第十三話 騎士の価値

 

 

──速いな──

 

 零は急ロール。世界が傾き、倒れ、回る。

 

 背面に入れ、急降下。猛烈な速度で背後からの追撃を振り切る。

 

 周囲の景色があっという間に通り過ぎる。

 

 降下で得た速度のまま大きなビルの陰に回り込み、壁面に沿って飛ぶ。

 

 

 長く平らな壁面が終わったとき、零の強化された視界が目標を捉えた。

 

 左に見えたそれを雪風が自動ロックオン。

 

 

──いつの間にあんなところまで──

 

 

 やつは先ほどまで自分の後ろにいたというのに。

 

 恐らく追い付けないと感じてショートカットし、先回りしようとしたのだろう。

 

 こっちから来るだろうと予想してか、あさっての方向を向いている。残念ながらそちらはハズレだ。まあこちらのスピードが速すぎるせいなのだが。

 

 

 気付かれないうちに目標をロック。ロックオンサイトの正方形の枠が目標を囲む。

 

 表示によれば距離250メートル。AAM射程内。AAM全弾を使う。

 

 

 しかし目標は零が雪風に攻撃指示を出す前に気付き、回避機動。手近なビルの向こう側へと隠れる。

 

 零は舌打ちをした。AAM中止。

 

 あれほどの距離でよくこちらの攻撃を読んだな、と零は感心した。

 

 AAMとGUNは事前のモーションがほとんどない。それなのに遠距離からの攻撃を読んだのはやはり戦士の勘、いや騎士の勘というやつだろう。

 

 

──やつは速い。移動速度はこちらに劣るが、尋常ならざる反応速度でそれを補っている──

 

 相手の強さを再認識した零は、スピードにものを言わせて急上昇。速度エネルギーを位置エネルギーに変換する。上から攻撃すれば死角などない。

 

 

 高度200メートルに達したとき、再び目標を捕捉。ビルの陰だ。

 

 一瞬、目標が何かの動作をしたようだが、零は構わず急降下。装備からして相手は近接が得意なはずだ。間合いに入らなければ手も足もでないだろう。

 

 武装選択モード。確実に仕留めるため威力が高く連射に優れるGUN攻撃モードを選択。

 

 

 しかし射程まであとわずかの距離まで近づいたところで、雪風からの警告表示。

 

<CHECK ON DANGER... Lt.>

 

 警告を確認した零は反射的に攻撃行動を中止。右90度の急旋回。

 

 とたんに目標から猛烈な速さで何かが延びてきて、零がいた空間を貫く。

 

 かろうじてそれを回避できた。

 

 零はヒヤリとした。あのまま接近していたら直撃を食らっていただろう。

 

──なんだこれは……まさか、剣?──

 

 

「甘いぞ!深井!」

 

 その声とともに長い何かがムチのようにしなり、曲がり、零の方へ向かってくる。

 

 

──まずい!──

 

 両手の刀で向かってきたそれを力いっぱい弾く。金属と金属がぶつかり、擦れ合う嫌な音が零の耳に響く。やはり剣だ。

 

 

──離脱を──

 

「だから甘いと言っている!」

 

 さらに攻撃が激しくなる。周囲一帯を覆うように、元の刀身の長さからはありえない程刃が伸びているのだ。離脱できない。なんだこのでたらめな剣は。

 

 

──ならば本体を──

 

「レディ、ガン」

 

<RDY-GUN/FIRE>

 

 零は回避しつつGUN攻撃。4本の光の奔流が目標に殺到する。

 

「くっ!」

 

 目標はかろうじてそれを回避───いや、ロックが不十分で外れたのだ。この体勢からでは正確に狙えない。かすっただけ

 

「はあっ!」

 

 相手はお返しとばかりに手に持った柄を振り回し、ムチ状の得物──無数の刃が鎖で繋がれた剣での攻撃を強める。

 

 ありえない程伸びた刃のムチは零へ波状攻撃のように次々と襲い掛かる。零は強引に身体を捻りながら回避。離脱を試みる。

「逃がすか!」

 離脱させまいと目標の攻撃はより一層激しさを増す。周囲にあるビルは巻き添えを喰らい、次々と破壊されていく。

 

 

──!?──

 

 零の死角、真上から猛スピードで向かってくる長いムチ状の剣。零がそれに気付いたときにはもう遅かった。

 

──直撃コース。命中まで約1秒。回避不能──

 

 

 雪風がそれに反応した。雪風は一瞬でガンサイトを襲いかかる剣の中腹に合わせる。

 

<I WILL TAKE CARE...Lt./RDY-CIWS/RDY-GUN/FIRE>

 

 

 まかせて、中尉。近接防御火器システム作動。バルカン発射。という雪風からのメッセージが視界に流れる。そのあとすぐに自動火器管制システム作動の表示。

 

 ファイア。1秒間の自動発砲。黒い4枚羽の表面に現れた魔法陣から無数の弾が飛び出す。それによる爆音が零の鼓膜を震わせる。

 

 普段よりも魔力弾の直径がいくぶん小さい。しかし信じがたい数の光球が高速で剣にぶちこまれていく。通常のGUN攻撃の数倍、いや、それ以上の数だ。連射速度に比例してか、聞こえる爆音も数オクターブ高い。

 

 わずか1秒間で数百発の弾を食らい、刃のムチは固い壁に衝突したかのようにはじかれる。

 

 

「なに!?」

 

 相手の動揺した声。零にしても今の雪風の判断は予想外だった。こんなでたらめな剣を魔力弾ではじくなど。

 

 動揺した隙に一旦距離をとる。

 

 

「レヴァンティン!」

<Jawohl. Schwert form.>

 

 目標、剣を元の状態に戻す。再び弾かれたら不利になると思ったらしい。明らかに先ほどの刃のムチと剣の長さが矛盾していたが、そこは魔法だ。

 

 

 

 ビルの屋上で目標と相対。互いに攻撃の隙をうかがう。この状態で背を向けるのはお互いに自殺行為だ。

 

 数秒後、相手の顔が驚愕の表情から挑発的な表情に変わった。

 

 

「ふふ……なかなかやるじゃないか……!」

 

 

 そう目標──シグナムは口角を吊り上げ、笑った。

 

 

 よほど闘いが楽しいのだろう、と零は冷ややかに思った。

 

 

 

 

 

 

 零がミッドに来て4日目。現在午前9時。彼はシグナムとシミュレーターで模擬戦をしていた。

 

 朝食のときシグナムが零に『模擬戦、やらないか?』と言ったのが事の始まりだ。

 

 シミュレータを使用しての模擬戦。勝利条件はクリーンヒットを決めるか、相手が降参するか。

 

 無論、零も最初は断った。『そんなことをして何の意味がある?』と。

 

 

 聞いた話ではシグナムは剣を用いた近接戦闘が得意だとのこと。一方こちらは刀は持っているが射撃重視の一撃離脱を得意としている。

 

『高機動格闘戦闘機』と『一撃離脱攻撃機』

 

 戦闘機に例えるなら互いの戦い方はそうなる。全く戦いの形式が違う両者を戦わせるのは意味がない。

 

 それらを説明した上で零はシグナムに言った。『短距離ランナーと長距離ランナーを呼んで「パン食い競争」をやらせるようなものだ。それでもやるのか?』と

 

 するとシグナムはこう返した。『もちろんやる』と。

 

 零はそれを聞いてため息をついた。

 

 こちらの得物が刀である、という点に触発されたのだろうか、彼女の目は爛々としていた。

 

 

──彼女は『バトルマニア』として有名らしい。いくらここで断っても無駄だろう──

 

 

 仕方なく零は模擬戦を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 相手は接近戦のプロだ。どう考えても真正面からぶつかっていくのはリスクが高過ぎる。

 

 そう考えた零は開始早々、GUNで手近にあった廃ビルを撃ちまくり、粉砕。巻き上がったビルの破片や粉塵を煙幕代わりにして離脱した。遅れてシグナムがそれを追撃という形になり、冒頭に至る。

 

 

 

 ビルの屋上にて対峙する二人。互いの距離は15メートルほど。相手の出方をうかがい、集中していた。

 

 しかし唐突にシグナムが口を開く。

 

「……あまり、驚かないんだな」

 

「……何がだ」と冷ややかに零。警戒は緩めない。

 

「…さっきのレヴァンティンの形態に、だ」

 

 シグナムは少し期待はずれ、といった様子だ。こちらが仰天すると思っていたのだろうか。まあ多少は驚いたが。

 

「……せっかくだから教えておこう、さっきの形態は『シュランゲフォルム』。蛇腹剣とも連結剣とも言われる形態だ」

 

「フムン」零はそんなことどうでもいい、とばかりに受け流した。

 

 

 

 シグナムは零の出方をうかがいつつ、その顔を見る。

 

 

──動揺していないな、こいつ──

 

 まさかシュランゲバイゼンをあんな形で防ぐとは思ってもいなかった。むしろこちらの方が動揺したくらいだ。

 

 やはり深井零の力量はかなりのものだ、とシグナムは零に対しゾクリとするような感覚を覚える。

 

──こいつは天才的な戦士だ。高町やテスタロッサとはまた違う、まさしく戦士となるべく生まれてきたような男だ──

 

 先の見事な迎撃を天才的、と言っているわけではない。深井零の目の動き、挙動、反射神経、冷静な態度、判断力。それら全てが一流の戦士のものだ、とシグナムの騎士としての直感が告げているのだ。

 

 

──下手をすれば彼は高町やテスタロッサなど足元にも届かないほどの存在かもしれない───いや、それは言い過ぎか──

 

 いくらなんでも、あの二人を超えるのは無謀だ。

 

 だが彼は『魔導師』としては劣っていても『戦士』としては勝っている。それは間違いない。だからこそこの模擬戦を申し込んだのだ。

 

 

──こんな素晴らしい戦士は他にいないだろう──

 

 今なら雪風の気持ちもわかる。零を選んだその判断は正しい、とシグナムは興奮ぎみに思う。

 

 

 シグナムの胸の高鳴りがさらに加速する。

 

──さあ、戦いはまだまだこれからだ──

 

 

「レヴァンティン! カートリッジロード!」

<Explosion>

 シグナムははやる心を抑えながら、自身のデバイスに命じた。

 

 

 数秒後にはこの戦いが終わってしまうとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ガシャン、とシグナムの剣から薬莢が排出される。

 

 なるほど、さっきの刃のムチが展開される前にシグナムが何か動作をしたように見えたが、これだったのか、と零は思う。

 

 薬莢が排出されるとともに、剣の刀身が炎に包まれる。

 

──どう見ても大技を出す兆候だな、これは──

 

 大抵こういうのは何か大技を出す前動作だ。というか、わかりやすすぎではないだろうか。

 

 今自分にある選択肢は、先手を打つ、迎撃、回避、この場からの離脱。しかし相手が繰り出そうとしている技が判明しない以上、どれもリスクが高い。

 

「……行くぞ深井、気を抜くなよ」とシグナム。

 

 

──来る──

 

 

 その言葉により一層警戒を強める零。

 

 と同時に、頭の中に一つの考えが浮かぶ。今の状況を打開する考えが。

 

 フェアリィにいた時は何度かやったことのある『それ』だが、こっちでは実行したことがない。できるかどうかわからないが、すかさずその考えを実行に移す。

 

「雪風……」

 

「紫電一閃!」

 

 猛烈な速度で斬りかかってくるシグナムをよそに、零は雪風に語りかける。

 

 

「…You have control」

 

 

<I HAVE CONTROL...Lt.>

 

 

視界が暗転した。

 


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