魔法少女リリカルなのは 妖精の舞う空   作:スカイリィ

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第九話 新しい空

「……深井さん?」

 

 苦悶の声が止み、落ち着きを取り戻した零を、なのはは心配そうに見つめていた。

 

「……」

 

 零は黙ったままだ。

 

 

──今の苦しみ方は尋常じゃなかった。

 

 

「あの、一応診てもらった方がいいですよ」

 

 なのははそう言うと、零をメディカルルームへ連れて行くべく、その手首を掴もうとする。

 

 なのはは彼が嫌がっても、無理にでも連れていくつもりだった。それも彼女なりの優しさ。

 

 

 だが、それがなされることはなかった。逆になのはの手首が、零に強く掴まれたのだ。

 

「ふ、深井さん!?」

 

 なのはの動揺を無視して、零は言った。彼女が全く予想していなかった言葉を。

 

「このシミュレーター、攻撃目標も出せるか?」

 

 

 

 

 

 

 小休止の間、シグナムは空を見上げ、心を落ち着かせていた。

 

 

──それにしても、今日はイライラする。

 

 

 苛立ちと言うべきか怒りと言うべきか。なんとも言えぬ感情が彼女の中に渦巻いていた。

 

 別に、彼女はフォワード四人に対して苛立っているわけではない。『あの少女』の存在が、シグナムの心を鋭く尖らせていた。

 

 

 シグナムは青く澄み渡った空を見上げ、思う。『あいつは危険だ』と。

 

 

──ユニゾンデバイス、雪風──

 

 元・戦闘機の、謎に満ちた白い少女。

 

 正直に言って、あの少女を六課に入れるべきではない。シグナムはそう思っていた。『奴は危険だ』と、彼女の騎士としての直感が告げているのだ。

 

 

──雪風は警戒すべき存在。

 

 

 それは、今隣にいるフェイトも自覚しているだろう。隊長室の一件を味わって、わからない方がおかしい。

 

 あの時の、雪風の瞳を見ればわかるはずだ。

 

 

 女である自分が、見惚れるまでに美しい雪風の身体。その身体に秘められた殺意は並みのものではない。と

 

 その闘争心を例えるならば『猛獣』。ひたすら『目の前の獲物を食い殺すこと』だけを考える、獰猛な肉食獣だ。

 

 その獰猛な闘争本能が、ジャムとかいう異星体に向けられ続けるなら、いい。『何としてでもジャムを倒す』それが彼女の本分なのだから。

 

 しかし、何らかの理由で──例えば『六課の人間はジャムを倒すのに邪魔、不要だ』と雪風が判断した場合。彼女は我々を攻撃してくる可能性がある。『目的のためならば、立ちはだかるもの全てを殺す』──あの瞳はそういう瞳だった。

 

 雪風のその凶悪なまでの意を感じとり、自分は恐怖したのだ。

 

 

 雪風はこうも言っていた『それができなければ、私は六課も管理局も潰す』

 

 雪風の力量は不明。しかし、たとえ戦闘能力が低いとしても、その時彼女はいかなる手段を使ってでも自分たちを排除しようとするだろう。ためらいなく。

 

 あの時、それを解した瞬間、とっさに自分は彼女を睨みつけた。

 

──こいつは危険すぎる。と

 

──そんな危険な奴と行動を共にするなど、考えただけで虫酸が走る。

 

 シグナムは苛立った。

 

 

 と同時に、そんな危険分子を制御できている男──深井零に対する称賛を、彼女は意識した。

 

──よくもまあ、あのような化け物を制御できるものだ。と

 

 深井零。雪風が信頼を寄せるパイロット。

 

 聞けば彼は、地球防衛軍所属というではないか。

 

 はたから見て、地球を守ろうという使命に燃える軍人には思えないが、何せ地球防衛軍だ。それなりの正義感は持っているだろう。

 

 冷たい雰囲気の男だが、とりあえずは六課に置いても大丈夫だと思う。

 

 それに地球防衛軍という重要な、それこそ星の命運を担う軍隊なら選ばれた存在しか入れないはずだ。特殊部隊にいたのだからエースという可能性もある。戦闘センスは悪いはずがない。あの雪風が彼を信用しているのも、彼が優秀だからこそであろう。

 

 

──そんな男なら、今からでも鍛えまくれば相当な魔導師となるに違いない。

 

 シグナムは口角を吊り上げ、思う。

 

──雪風とは関わりたくないが、深井零を鍛えるのは実に楽しみだ。徹底的に教え込んでやろう──

 

 

 と、そこへ隣のフェイトに通信が入った。なのはからだった。

 

 

「どうしたの? なのは」

 

『えっと、それがね……深井さんが……』

 

 

──深井? あいつがどうかしたのか?──

 

「『フカイさん』て、隊長室にいたあの人ですか?」通信を聞いたスバルがフェイトに質問した。

 

 そういえば、この四人も隊長室に押しかけていたな、とシグナムは思い出す。

 

「そう、今度うちの民間協力者になる深井零さん。隣にいた白い女の子は深井さんのユニゾンデバイス、雪風」と、フェイトの返答にフォワードの四人が、おお、とざわめく。

 

 ユニゾンデバイスを使用できる魔導師は、管理局にもほとんどいない。それだけ貴重なのだ。

 

 

「で、その深井さんがどうしたんですか?」と、ティアナ。

 

──あいつか、雪風が何かやらかしたのだろうか──

 

 深井零はともかく、雪風はトラブルメーカーだ。何をやらかしても不思議ではない。

 

 

 しかし、なのはの返答はシグナムの予想の斜め上を行っていた。

 

 

『このシミュレーターで、対ガジェット戦やりたいんだって……』

 

 

 

 

 

 

「深井さん、本当に大丈夫なんですか?」

 

 なのはが心配そうな顔で聞いても、零は無言でうなずくのみ。本気らしい。

 

 そんな彼をフォワードである、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人は怪訝そうな顔で見つめていた。

 

 シグナムもフェイトも零の自信がどこから来ているのか不思議に思えた。

 

──いくら何でも、1人でガジェット20体を相手にするのは無茶苦茶だ──

 

 零以外の全員がそう思っていた。

 

 

 深井零は『今日』魔法の存在を知ったのだ。しかも、雪風とユニゾンしたのはついさっき。

 

 元パイロットで、ユニゾンデバイスを使えるとはいえ、完全ド素人だ。むしろ雪風単体の方が戦えるのではないだろうか。

 

──そもそも、飛べるのか?──

 

 

「始めてくれ」シグナムの疑念をよそに、零は両手の日本刀を握り直し、告げる。その合図と共に、ダミーのガジェット群が出現。

 

 零が『できれば対空戦闘に限定してくれ』と申し立てたので、飛行専用機種のガジェット・ドローンII型のみを出現させた。

 

 それが、20機。並みの魔導師1人では太刀打ちできない数だ。

 

 零は、それらを黙って見据える。タカのような鋭い視線が上空へと延びる。

 

──止めるなら今のうちだぞ、深井零──

 

 シグナムは小馬鹿にしたような心持ちだった。

 

 

 それゆえ、零が微笑を浮かべていることに、彼女は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 身体の底から力が沸き上がってくるよう、とまではいかないが、零は自分の中に心地良い何かが満ちていくのを感じていた。

 

 雪風とユニゾンした時の、あの感覚だ。零はその心地良さに、しばしの間恍惚となる。

 

 

 零は、雪風がいきなりユニゾンした理由も、先ほどの痛みの理由も、大まかに理解していた。

 

 零は上空の敵機を見上げ、思う。

 

 

──雪風は、示したいのだ。『自分の力』を──

 

 

 行動せよという雪風のメッセージ。それだけで、彼は雪風がやろうとしていることに気付いた。

 

 自分は今日、初めて魔法というものを知った。

 

 当然なのは達は、自分が魔法に関しては素人だ。と思っているだろう。実際ド素人だ。

 

 魔法をマスターするまでは、戦闘にも出させてくれないだろう。例え、ジャムが現れたとしても、だ。

 

 言うなれば、現段階で自分は六課のお荷物でしかない。

 

 

──それが、雪風は気に入らないのだ

 

 

『私たちは足手まといなどではない』『私の力を見せてやる』

 

 彼女はそういう意気込みでユニゾンしたのだ。

 

 

 確かに、素人である自分が充分な戦闘能力を発揮したとすれば、当然『異常なまでの才能を持っている』か『デバイスの性能が良いのだ』と認識されることだろう。

 

 シミュレータを見て、力を見せつけるのにちょうどいい、と思ったのかもしれない。

 

 彼女は何の理由もなく行動したりはしない。

 

 

 あの頭痛と胸痛だって何らかの理由があるはず。

 

 一番可能性が高いのは『雪風がおれの身体をいじくった』ということ───

 

 

 零の思考を中断するように、視界に彼女から『行動せよ』のメッセージが表示される。

 

<ACTION...Lt.FUKAI>

 

 メッセージが明滅している。雪風が『なにをぐずぐずしているの、深井中尉』と苛立っているかのようだ。

 

 わかったよ、と零は内心、苦笑いした。雪風が腰に手を当てて怒っている姿が目に浮かぶ。

 

 

 零の意志に関わらず、背中の黒羽がゆっくりと開いていく。どうもこの羽の動きは、自分の意志よりも雪風の意志の方が強く出るらしい。

 

──雪風が、もう飛べる、と伝えてきているのだ。

 

 

 最初の『行動せよ』の時、すでに零は雪風の狙いに気付いていた。

 

 ゆえに『おれは魔法なんかわからないぞ』と彼女に伝えた。

 

 自分は魔法を使った戦闘など、全く見当がつかない。そんな状態でまともに戦えるのか、と

 

 

 すると雪風はこう表示した『私が力を全て制御する。中尉はイメージするだけでいい。問題ない。一緒に飛ぼう』と

 

 理由はどうあれ、雪風が『一緒に飛ぼう』と言ってくれることが、零は嬉しかった。

 

 

 

──雪風がそこまでしてくれるのならば、それに応えてやらなければならない。

 

 零は両手の刀を構え、臨戦体制をとる。

 

 

 しかし、どうすれば飛行魔法とやらを発動できるのか見当もつかない。零は試しに、身体を上昇させるイメージを思い浮かべた。

 

 

──背中の羽と足首の小羽に風が巻き付いていく感覚──

 

 イメージ通り、零の身体はふわりと浮かび上がる。

 

 

 六課の面々の驚愕の声は無視。零は、彼女に優しく語りかける。

 

 

「行こう───雪風」

 

 

 雪風はその言葉に呼応し、零の想像を超える速度で急上昇。

 

「……!」その猛烈な加速度に、零は一瞬気が遠くなる

 

 多少にふらつきながらも、なんとか体勢を立て直す。

 

 生身で飛ぶという始めての感覚に戸惑うが、すぐにコツをつかむ。上下左右に自由に移動できた。

 

 

 零と雪風は、風を裂き、新しい空を駆けのぼった。

 

 

 

 

 

 

 シミュレータのビル群のさらに上。全翼機型のガジェット・ドローンⅡ型。それの訓練用ダミー20機編隊が、上空を占位していた。

 

 その編隊のど真ん中に、零は猛スピードで下から突っ込んだ。目についた1機に狙いを定める。

 

<ENGAGE>雪風が『交戦』と宣言する。どうやら彼女はかなり真剣らしい。

 

──この装備では恐らく近接戦闘しかできない──

 

 そう考えた彼は、まず敵編隊をバラバラにすることにした。そうすれば、少なくとも一斉集中砲火を受けるリスクは減る。そのあと、一体一体撃破すれば良い。

 

 右の刀でその1機を切りつける。猛烈な相対速度が上乗せされ、ガジェットの翼は粘土のように易々と切り裂かれた。

 

 零は驚いた。刀なんか使ったことなどないのに、握った刀が自分の身体の延長のようにしっくりと馴染んでいる。

 

 翼を切り裂かれたガジェットは空中で爆散。

 

 零はそれに目もくれず、次の目標に狙いを定める。

 

 ガジェット群は左右に別れ、ブレイク。零に十字砲火を浴びせるべく、旋回。

 

 零は舌打ちした。もう少し隊列をバラバラにしてくれれば楽なのだが。やはり機械だからか。

 

 ガジェット群が左右から続けざまにミサイルを放つ。

 

 零は次の目標に向かうのを中断し、回避機動。

 

 とっさにバレルロールを選択。急加速し、大きめの螺旋を空に描く。

 

 ミサイルを使った戦闘はフェアリィでは当たり前。回避はお手のもの。ミサイルはその急激な機動についていけず、あさっての方向へ。

 

 右旋回。零は左背後から来ていたガジェット群に突っ込む。

 

 真正面から再び数本のミサイル。零は左右へのジグザグ機動でそれを回避。再び一体をすれ違いざまに切り裂く。爆散。

 

 ついでにもう一体、というところで、雪風からの警告表示。背後から狙われているらしい。

 

 零は突発的に左90度の急旋回。そのまま加速。

 

 

 

 零は一度距離をとって、ガジェット群の動きを観察した。

 

──結構やるな──

 

 ミサイルはジャムの方が性能は上。しかし、ガジェットは全体の統制がとれている。いつかテレビで見たイワシの大群のようだ。一つ一つの性能の低さを数と連携でカバーしている。

 

 自分で頼んでおいてなんだが、単独で、しかも近接戦闘だけでこの数を相手にするのは骨だ。

 

 

──このまま近接で一撃離脱しかないのか──

 

 迷っていると、視界に雪風からの表示。

 

 零は、一瞬遅れて、その表示がかつて良く目にしていたものだと気付いた。

 

──武装選択モード?

 

 表示には『GUN』『AAM』の二つ。普通に考えれば、バルカン砲と空対空ミサイルだ。そのどちらかを選べ、と雪風が言っている

 

──魔法で、どうやってバルカン砲とミサイルをやるというのだろう。

 

 戸惑いながらも、零はとりあえずAAMを選択。この場合、遠距離からの攻撃が望ましい。

 

 

 選択すると視界に小さな四角が四つ。

 

 それが、ガジェット4機にそれぞれ重なって表示された。

 

 

 視界の端に<LOCK ON>と<SHOOT>の文字

 

 

 零はそれを見て、『撃て』と雪風に伝えた。

 

 

 

 


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