狙撃手の人物像が決まりません。
闘いが終わってです。
「藍川さん、おつかれーっす」
聞き覚えのある声が背後からかけられる。自動販売機からペットボトルを二本取り出してから振り返るとさほど多くない親交のある後輩と、もう一人がいた。
「ああ、見てたのか米屋と……緑川君」
「どもッス」
活発そうな雰囲気の小柄な少年がペコリと小さく頭を下げる。やはり以前のことを痼に持っているのか、どことなく態度が固い。
(まあ、それでもコッチと比べたら柔らかい方か)
先程まで一緒に喋っていたのが嘘のように黙りこくるナゴミの方をちらりと見る。
「よっ、灰谷もお疲れさん。藍川さんに勝つなんてスゲーじゃん」
「……ありがとうございます」
フランクに話しかける米屋とは反対にボソリと呟くように返す。知らない人が見たら先程まで二本の刀を手に激戦を繰り広げていた剣士と同一人物とは思えないだろう。事実、緑川は珍獣でも見るかのようにマジマジとナゴミを見ている。
ナゴミからの無言のヘルプサインを視線で受け取り、二人の注意をこちらへと向ける。
「そう言えば、二人とも随分と遅くまで残ってたんだな」
「俺はちょうど帰ろうと思ってたんですけど、モニターを見たら珍しく二人の試合が映ってたんで見学させてもらいました。んで、防衛任務から帰ってきたコイツもちょうど会ったと」
「なるほどな、上の方はあまり居ないって思ったんだけどなぁ」
事前に下調べはしたが、少し誤算だったようだ。
「でもさ、どうせ
見られようが、見られまいがあまり関係ないじゃん、とでも言いたげな様子で緑川が口を挟む。
「まぁ、戦闘だけ見るならね」
「……どゆこと?」
「さぁね。…それじゃあ、二人とも遅くならないように帰れよ」
緑川の問いをあえて流しつつ、ナゴミと共に帰路へと向かう。緑川は、若干不服そうな顔をしていたが、説明したところで実際に感じるまでは理解できないだろう。
行儀悪くペットボトルの中身で喉を潤しながら並んで歩く。また、誰かに会っても面倒なので早足にエレベータに向かう。
「まっさか、米屋とかがいるとはなぁ。ちょっと、飛ばしすぎたか?」
「うーん、でも緑川も気付いてなさそうでしたし大丈夫じゃないですか?多分、新も特に問題にしないと思いますよ」
「良かったぁ、…絶対に何か言われると思ってた」
一応、言われた条件は守ったが、不安であっただけにホッと一息つく。我が隊の
「まぁ、これで
「ああ、……後は狙い目の人達が乗ってくれるか何だけどな」
「それは完全に運ですね。でも何人かはスカウトでいけるんじゃないすか? 」
確かにナゴミの言うことにも一理あるが。
「曰く、こちらから頼むよりも、こちらの力を頼るのを入れる方が後々に使いやすくなる……らしい」
ブレーンのらしい言葉にナゴミは、苦笑を浮かべながら、なるほど、と答える。
「でも、それだと逆に集めるのに時間がかかりそうですね」
「さぁな、そこを上手いこと仕掛けるのが我らがトリックスターだと思うぜ」
恐らく、今頃次の作戦に向けて鼻唄混じりでキーボードを叩いている少年の姿を思い浮かべながら小さく肩を竦めた。
「ハハハッ、いつまでブー垂れてんだよ緑川」
先程から見るからに膨れっ面の後輩の肩を叩く。流石に圧倒的な速さでA級アタッカーの地位まで登り詰めただけあって悪く言えばぞんざいとも思えるような扱いを受けたのは初めてだろ。
「……別にブー垂れてなんていないし」
「まぁ、藍川さんも特に悪気が有ったわけじゃねぇしさ気にすんなよ」
「……あの『お前に興味はありませーん』って態度の何処が悪気が無いのさ」
やり取りを思い出したのか、ムッとした調子で言い返してくる。これで相手が弱ければ鼻で笑える話で落ち着くが、なまじ自分よりも格上なだけに余計にプライドに来るものがあるのだろう。
「なんつーか、親密さが足りないだけだって。俺も最初似たような対応だったし」
「え?よねやん先輩が?」
恐らく、想像だにしていなかったのだろう。意外そうに目を丸くする。
「マジで、今は大分と柔らかくなったけど、昔はもっと酷かったぜ。太刀川さんや出水と一緒にいても俺だけ完全にスルーだったし」
あれはキツかったわー、と当時を思い出して苦笑混じりに語る先輩を見ながら、ふと、あの場にいたもう一人の先輩を思い出す。
今、思えば彼以上に人付き合いが苦手そうな自身の後輩が居心地悪そうにしていたのを終止気にしていたような気がする。
しかし、親交のある後輩(もちろん自分じゃなく目の前の方)に対しても変に気を使わせないように受け答えしていた。
「……親しい人には気を回せる人なんかな?」
「あ?、何だって?」
不思議そうにこちらを見る先輩に何でもないと答える。少しだけ胸の中のモヤモヤとした思いが軽くなった気がした。
ヘッドフォンから流れる音楽に任せて体を揺らす。
多種多様な雑多な旋律が混じりあい生まれる波に身を委ねるが、両手だけは一糸乱れぬ動きを止めることはない。
「……サテと、これで完了かな」
パチンッ、と最後を占めるようにenterキーを打つ。
これで最後の仕上げは完了した。
「ふぅ、どうやら二人とも随分と派手にやったみたいだけど百聞は一見に如かずだから、まぁ、手間をひとつの省いたと言うことで負けてあげるよ」
優に八つはあるであろう画面のひとつ―本来ならばこの場で見ることが不可能なはずのチームメイト二人の戦闘記録が映し出されたそれを見ながら小さく肩を竦める。
「それにしてもセンパイも面白い事を考えるよ」
狙撃手を選別するに当たって隊長から提案されたある条件を思い出してニヤリと笑みを浮かべる。
まぁ、そのお陰であちこちに
「まぁ、ハズレや要らないのも付いてくるかもしれないけど、いよいよ最終選考ってとこかな」
ポツリと呟いてデスクの横へと目を向ける。
監視モニターのように正面の壁一面を覆うパソコンの画面が異質に際立っているのを除けば、驚くほど物の少ない部屋において唯一飾られている写真を見るたびに心に鈍い痛みが走る。
生意気そうに舌を出している中学に上がる前の自分に、それを見て小さく苦笑いを浮かべる大分と今より幼い姿のセンパイ。ムッとした表情を浮かべる従妹。そして― 。
「もうすぐだよ姉さん……未来兄さん」
写真のなかで二人の弟を見守るように柔らかく微笑む二人の男女、既にこの世界には居ない家族に向かって小さく語りかけた。