一瞬の浮遊感の後に地面の感触を感じる。
眼下を見下ろすと夜の月に照らされた街が広がる。
「……初っぱなから随分と雰囲気のある場所だな」
「はは、同感です」
互いに笑いながら数メートルの間隔を開けてビルの屋上で向かい合う。。
本来であれば、正面から相手に向かうような真似など滅多にしないが、今は話が別だ。
唯の勝負は何時でも出来るが、これ程までに互いに『のった』勝負など早々出来るものではない。
ごちゃごちゃ考えるよりも力と力のぶつかり合いを心の底から欲している。
「…って考えてしまうあたり、だいぶ太刀川さんに毒されているんだろうな」
「…本人が聞いたら泣いて喜びますよ。……弧月を持って」
「心配ない。絶対に言わない」
一瞬想像した不吉な想像図を頭の中から追い払う。
そんな、俺の様子に小さく笑みを浮かべると、スッと目を細める。
これが殺気や闘気と言うものか、トリオン体を通り越して生身の体に突き刺さるような空気を肌身に感じる。
「それじゃあ、遠慮はしませんよ」
ナゴミが背中から自身の得物を引き抜く。闇夜のなかで二筋の光が閃き、刀―というよりも西洋剣のように刃が広めにカスタマイズされた二本の【弧月】を構える。
「当たり前だ。……かかって来いよ」
それに対して、俺も左右の腰から二本の短刀を取り出して各々に半透明の刀身を展開させる。さながら鉈とも形容するべき剣を構えて不敵に頬を吊り上げる。
一瞬、視線が交差した刹那―
俺達は同時に地面を蹴った。
激しい衝撃と共に互いの剣が衝突する。
「っ!!」
僅かに態勢が崩れた隙を逃すことなく放たれた連撃を咄嗟にシールドモードに変形させた【レイガスト】で受け止める。
(コイツ、前よりもかなり速くなっている!!)
以前とは段違いの剣速……いや、それだけではない。一撃、一撃の狙いの正確性もかなり研ぎ澄まされている。
「ッ!!【スラスター】ON!!」
「うおっ!?」
【レイガスト】専用のオプショントリガー―【スラスター】によるシールドバッシュでナゴミもろともビルの屋上から飛ぶ。
重力を肌に感じながら着地地点である地上に焦点を合わせる。
「【
「ッまずっ!!」
焦りを浮かべたナゴミを空中に残したまま瞬時に地上へと移動する。
無防備に地上へと向かうナゴミに
「【
教えを乞うた後輩たちに比べれば粗が目立つだろうが、無防備に落下する体を囲むように放たれた弾丸を防ぐすべはそう多くはない。……普通ならば。
「【グラスホッパー】」
俺の左手に現れた弾丸を見た瞬間に狙いを察したのであろう。出現させた足場によって跳び上がり襲い来る弾丸を回避しようと試みる。
(残念ながら読めてるぜ)
ナゴミへと向かっていた弾丸は軌道を大きく変化させると後続の弾丸と共にナゴミの周囲を取り囲む『檻』を形成する。回避してなお四方八方から襲い来る弾丸に自分の動きを読まれていることを察しなのか、ナゴミの顔に驚きの色が見られたが、すぐさま覚悟を決めたかのように引き締め、空中で二本の【弧月】を構える。
一瞬、何がしたいのか理解が出来なかったが、……本来ならば『有り得ない』としか言い様のないナゴミの意図を理解した瞬間にぞくりと冷や汗が伝う。
「嘘だろっ!!」
「…お返しッ…しますよっ!!」
空中で無数の閃光が閃いた刹那―俺が放った筈の弾丸が周囲の建物、そして俺に向かって放たれる。
右手の盾で弾丸を防ぐと、綺麗に地上へと着地を決めた―空中で弾丸を弾き返すという人間離れの技を見せた後輩を見つめる。
「お前……、まだ成功率は地上でも半分ちょいって言ってただろ」
「その通りです。……ただ、今日は何となくいけそうな気がしましたし。……それに【両防御】を使って藍川さんに隙を晒すことの危険性は俺が一番知っていますから」
「はは、『何となくいけそう』で済めば警察なんていらねぇよ」
笑ってふざけたことを言いながらも内心でタラリと冷や汗が流れる。
(つまりコイツは、絶好調の絶好調ってわけか)
接近戦では分が悪いと思い、瞬時に間合い外からの攻撃―それも念には念を入れて不安定な空中を狙った攻撃に切り替えたが、にも拘わらず僅かばかりのダメージすら与えることもかなわなかった。
「前回と前々回の『真剣勝負』は、負けましたけど。……今日こそ勝ちますよ」
あれほどの離れ技を見せつけたにも拘わらず油断も隙も露程も見せない。
「……さてと、どうするかな」
両手の【レイガスト】を握りながら小さく呟いた。
個人戦のフロアでは小さな騒ぎが起こっていた。
「ちょっ!!、アイツ【
「あの【レイガスト】の方も小さい奴と渡り合っているぞ!!」
「なんだよあの二人、A級にあんな奴らいたか!?」
普段ならばボチボチ人が引き揚げる時間帯にも拘わらず、モニターに映る一つの戦いに多くの者が釘付けになっていた。
防衛任務から帰還した後、何となくフロアにやって来たら普段以上に人が残っていることに驚いた。
しかし、残っている数に比べて個人戦の様子を映すモニタはいつもよりも少ない位だった。
理由を聞こうと知り合いを探そうと思った矢先に良く知った声が自分の名前を呼んでいるのが耳に入った。
「よぅ、緑川。いま帰りか?」
「うん、そうだけど、……なんかあったの?」
自分の疑問に特徴的なツンツン頭の先輩は、ひとつの画面を示すと小さく笑みを浮かべる。
「お前も随分とツイてるぜ。あの二人のガチバトルなんて滅多にお目にかかれないからな」
首を傾げながら示された画面を見た瞬間、そこに映し出された光景に驚き目を見開いた。
「……これって、藍川さんと…よく一緒にいる先輩だよね?……ちょっと暗めの」
時々、見かける女子のように細い姿を思い出す。自分と同じ攻撃手だとは噂に聞いていたが、いままで個人戦で戦っている姿を見かけたことは無かった。
「まあ、アイツ結構人見知りだからなー。京介とかタメの奴にも固いし」
「……やっぱり、あの先輩だよね」
信じられないという正直な思いが言葉にも顔にも出ていたのか隣の先輩が小さく吹き出す。
ムッとして睨むと笑い混じりに、悪い、悪い、と小さく謝ってきた。
「でも、お前の気持ちもわからないことはねぇよ。俺も初めて見たときは正直かなり驚いたし」
「でもさ、改めて思うんだけど、あの人達って何でランク戦に出てないの?……あんだけ強かったら何処でも引っ張りだこでしょ? 」
画面に映る戦闘を見ながら、至極自然な疑問を問いかける。以前に戦って―残念ながら完敗を喫した藍川さんはともかく、あの先輩も自分以上…―いや、上位ランカーに匹敵する実力は十分にある。にも拘わらず、ランク戦で姿を見たことがないのは、不思議なくらいだ。
「まあ、二人ともあまり社交的なタイプじゃないしな。藍川さんは、ちょっと前までは時々、個人戦に姿を見せてたけど灰谷がB級に上がってからは基本的に知り合いと作戦室でしか戦わねぇし」
「ふーん、だから前はよねやん先輩達の部屋だったってわけか」
「そゆこと。……まあ、今回ココを使ったってことは、もうすぐなんだろうな」
「へ?」
一体何が、と問いかけようとした、その時、画面の中から小さな爆発音―そして、一瞬遅れてギャラリーの歓声が周囲に響く。
「おっ、どうやら終わったみたいだな」
そして、無機質な機械音声が勝者の名前を告げた。