化物との初戦闘、魔導師なってしまった日の翌日、昼休みをちょっと過ぎた辺りで、諸々の事情により学校を早めに出る。優等生って訳じゃないが、学業成績が優秀なのはこういう時非常に助かった。先生も特に何も言う事無く帰宅させてくれる。
向かう先は市立図書館。昨日「また明日」と言っていたのだから、そこに彼女は居るだろう。
そう思い訪れれば案の定、車椅子に乗ったはやてちゃんが読書机で本を読んでいた。
「や、はやてちゃん」
「ん? おう、堅一君。なんやえらい早いな」
「ちょっと諸々の事情があってね」
よいしょっと向かいの椅子に座ってはやてちゃんの顔を正面から見る。彼女は声はかけてくるが、本から目を離すことはしなかった。
「ごめんなー。もうちょっと待っとって」
「ん、いいよ。ゆっくり読むつもりだったんでしょ」
「せや。もっと遅いもんやと思っとったからな。キリの良い所まで読ましてー」
「はいはいー」
さすがは読書家を自認するだけあって、はやてちゃんはじっくりと、だが比較的早いペースで読み進める。読んでいる本は文芸小説、歴史系である。恋愛小説とかでない辺り子どもらしくないなぁと思いつつ、はやてちゃんらしいと思う。この子もかなり利発なお子様だ。
数分後、章の区切りまで到着したのかはやてちゃんは栞を挟み本を閉じる。
「ふぅ、これ借りてこ。あ、どっか動く?」
「うん、出来れば。出る時に借りてっちゃおう」
「せやな。んじゃまたヘルパーさんに連絡せんとなぁ」
ポケットから図書カードと携帯を取り出すはやてちゃんの背後に周り、車椅子のハンドルを握る。
「んじゃ動かすよ」
「りょーかい。今日も安全運転でお願いしますー」
押し出す前に一声かけ、昨日と似たようなやり取りに思わず笑みを浮かべる。はやてちゃんも笑顔で「しゅっぱーつ」と号令をかけ、とりあえずは、図書館のカウンターへ向かって出発した。
◇◇◇◇◇
高町家より少し離れた、駅沿いの道を一本入った小道になる『喫茶店 翠屋』のテーブル席でゆっくりとコーヒーを啜る。目の前には甘そうで、だがとても美味しそうなシュークリームが三個、皿に盛りつけられ置かれている。
「コーヒーのお代わりはいるかい?」
「あ、大丈夫です」
ゆっくり飲んでいた自分を見て近づいてきた士郎さんは、「そうか、ごゆっくり」と答えると入り口近くのカウンター席へと戻っていく。
ランチタイムが終了し、これから学生の帰宅時間までの間のアイドルタイム。この時間が一番、翠屋が静かになる時間なのだ。聞こえるのはキッチンで夕方からの仕込みを行っている桃子さんの作業音と、カウンターでコーヒーの調整をしている士郎さんの音。あと、隣でシュークリームを幸せそうに、夢中で食べているはやてちゃんの咀嚼音だけだった。
もぐもぐと実に幸せそうな笑みを浮かべながらシュークリームを食べているはやてちゃん。実に小動物的な可愛さがそこにはある。
「……なぁ。なんで今まで教えてくれへんかな。こんなおいしいお店と知り合いなんて」
「いやぁ、特に言う必要も無かったしねぇ」
シュークリーム一個をペロリと平らげてしまったはやてちゃんは、口元を紙ナプキンで拭きつつ恨めしそうに言ってくる。いやぁ、そんな機会ありませんでしたしねぇ。
「まぁ、えぇわ。んっ……、うわっ、紅茶おいし」
「気に入ってくれたようで何よりです。で、そろそろ話をしようと思うんだけど、いいかな」
「あ、ごめんごめん」
おいしいシュークリームと紅茶に夢中なはやてちゃん、本当に連れてきた目的を忘れてたような気がしてならない。気を取り直すように佇まいを直すはやてちゃんを見ながら、自分はとりあえず、昨日あった小動物からの一連の騒動を説明した。
「ん、なんや……。ごめん、ちょお待って。昨日のフェレットが別世界の人で、堅一君と、昨日あったなのはちゃんが魔法使いになったって事でえぇんか?」
「ま、そういう事。で、これが問題のジュエルシード」
自分は左腕のブレスレットからジュエルシードを取り出してはやてちゃんへ見せる。当然出すのはスティールからで、《排出します》なんてしっかり喋られるおまけ付き。
「うわ、喋った。何もない所から出てきた……。なんや、私夢でも見とるみたいや」
「残念ながら現実なんですこれ。で、これが海鳴にまだあるから、見つけたら近づかないように。あと自分達に連絡して欲しい」
「了解や。しかしまぁ、普通に綺麗な宝石にしか見えへんなこれ。こんなん危険物なんてわからんで」
「そこが困りどころなんだよね。子供が綺麗な石だと思って拾って行ったら目も当てられない」
「せやなぁ。私も説明されてなかったら普通に拾って持って行くわ。というか警察に届ける」
だよねぇと言いながらジュエルシードを仕舞う。興味深そうに見ていたはやてちゃんはちょっと残念そうだが、話はまだあるのである。今の話題も本題の一つではあるが、もう一つ、はやてちゃんには言わなければいけない事がある。
「それで、ここからもう一つ重要な話がありまして」
「何や。私も魔法使いになれる力がありますー、いう事か? もしかして」
アハハ、と紅茶を飲みつつ笑いながら言うはやてちゃんに表情が素に戻る。いや、ある程度の予測を重ねた上での仮説ではあるんだが、自分は間違いないと思っている。だがここで言い当てられるとは思ってなかったなぁ。
「……え、なんや、ホンマ? いや笑いどころちゃうの? 今のは。ホンマに?」
自分が笑っていない事に気付いたはやてちゃんが焦ったように問いかける。いやまぁ普通だったら笑いどころなんですけどね。中々笑えない状況になっているような気がするんですよ、自分は。
「一応これは、自分の中だけの仮説だけどね。昨日言ってた夢見が悪かったりここ最近の胸騒ぎだったり、正直自分と関連する事が多すぎるんだ。声が聞こえた時にも胸騒ぎが激しくなるって事があったし。今は魔法は使えないかもしれないけれど、自分達と同じように魔導師になる力がある可能性が高いと思ってる」
「いや、うん、まぁ……そう、やけど。え、ホンマに?」
「そう何度も聞かれても答えは変わらないんですよ」
「うん、そうやね……」
焦った顔から一転、アハハ、と非常に乾いた笑みを浮かべつつ、はやてちゃんは背もたれにどっかりと背を預ける。まさか自分も摩訶不思議なゴタゴタに巻き込まれる立場にあるとは思っていなかっただろう、流石に。その衝撃は大きいのだと思われる。だが次の瞬間、勢い良く背もたれから身体を起こし手をテーブルの上に伸ばした。
「アーッ! シュークリームたーべよーおーっ!」
「いや、はやてちゃん……。そんな自棄にならなくても」
「うっさいわぁ! わけわからんわぁ! ボケぇっ! 私の平和を返せーっ!」
両手でむんずとシュークリームを掴み怒涛の勢いで口に頬張るはやてちゃんに、何も言えませんでした。……非常に、鬼気迫る形相だったんだもの。
◇◇◇◇◇
シュークリーム三個目に手をつけた頃にはスピードが落ち、既に幸せそうな顔でもぐもぐ食べているはやてちゃん。怒りはそれほど持続しないとは言うが、甘い物を食べるとこれほど急速に穏やかになるんですね、女の子って。
「なんやもうどうでもええわ。シュークリームうまー」
「このお店の名物だからね。限定商品だしすぐ売り切れちゃうんだ」
「そかそか。もぐもぐ、気ぃ向いたら魔法の話またしてや。あとここ連れてきてな」
「うん、わかったよ」
穏やかになったはやてちゃんとの柔らかい会話。嬉しそうに頬張る彼女の笑顔にとっても癒される気分です、はい。気分はお兄さんなんだけどねこれって。
時刻はそろそろ夕方に差し掛かる頃。普通だったら今頃帰宅時間なんだけど、はやてちゃんに一連の話をする為に今日は早退したもので若干体感時間がおかしい気がする。まぁすぐいつも通りに戻るだろう。
と思った矢先、どこか遠くに、感覚を直接刺激するような強烈な反応を捉えた。
思わず椅子から立ち上がりその方向を見つめる。この感覚は、何となく分かる。ジュエルシードの発動した感覚だ。
向かいに座っていたはやてちゃんは、食べかけのシュークリームを皿に戻し、自分の顔を見つめている。あぁやっぱり、と思う。きっと自分の仮説は、間違っていない。
「今一瞬、胸が騒がしくなった。これがそうなんか?」
「うん、ちょっと行ってくる。士郎さんにお願いしておくからゆっくりしてて」
「きぃつけてな」
軽く頷き、カウンターに居た士郎さんへ声をかけてはやてちゃんをお願いする。すぐに店を出てから、感覚に従って街中を走りだした。
街中でなければ空を飛んで行く事も考えたが、こんな所で飛び出したら人に目撃されて大変な事になりかねん。
方向的には山のある方角である。さて、なるべく早く到着しないとなと思っていたら、頭に声が響いてきた。
『なのは、なのは! ダメだよ、僕がいくまで待って!』
『待てない! 待っている間に、人や生き物が巻き込まれちゃうかもしれない!』
ユーノが念話と言っていた、一種のテレパシーで交わされる会話は、諫めるユーノと突っ走るなのはちゃんの会話だった。どうもなのはちゃんは毎度毎度先行気味な気がするなぁ。まぁ高町家の人そっくりなんだけど。恭也さんなんか特に似てる。
どうやら自分達よりなのはちゃんのほうが現場には近いようだ。なのはちゃんが心配ではあるが、誰かが巻き込まれてしまう可能性というものがある分、ここは頼らざるを得ないか。
『なのはちゃん! 本当に大丈夫か?』
『けんちゃん! うん! レイジングハートも一緒、だから!』
『無茶はしないでね!』
ユーノがやんやと言っているが、とりあえず念話を切る。心配するのも分かる。なのはちゃんが怪我でもしたらどうしようとか思ってしまう。でも、それでも。大事に思っているものがあり、彼女がそれを守る為の力を持っているのであれば、その時は彼女を頼るべきだと考える。彼女を守るだけが、護り方ではないのだ。
だがそれと自分が心配なのはまた別の話で。
「スティール、人気のない場所へ移動した後装着だ」
《既に探索済みです。そこの小道を右手に入って下さい》
全く、優秀な相棒で頭の下がる思いだよ。昨日話したばっかりだと言うのに、すっかり自分の事を理解してくれている。
「よし、行くぞ!」
《了解。準備完了、武装装着します》
言った通り人っ子一人いない裏通りの路地でバトルジャケットを装着し、自分は空へと飛び出した。
◇◇◇◇◇
空を飛ぶ事数分、なるべく人から見えない所を飛んだ為少し遠回りもしたが、走って行くより大分時間は短縮できたと思う。
山に近づくにつれて、自分の目には空に見える黄色い閃光が映った。
「スティール! 何が起こってる!」
《ジュエルシードのものではありませんね。なのは嬢の他に一名、魔導師が存在しています》
「なんで!」
《分かりませんが、恐らく目的はジュエルシードかと。ですが、現在なのは嬢と交戦状態にあるようです》
なんで突然現れた魔導師と戦闘になってんだ!
全く訳がわからない状況だが、一つだけはっきりしている事がある。なのはちゃんが、とても危ない状態にあるという事だ。
「もっと、もっと早くならんのか!」
《既に限界速度で飛行しています。現状ではこれ以上の速度での飛行は無理です》
「あぁもう! 昨日の内に魔法教えてもらっときゃ良かった!」
《後悔先に立たずです》
ご尤もな事を言われてしまいぐうの音も出ない。自分の不真面目に後悔をしてしまうが、現実に目先では閃光が立ち上っている。
ようやく具体的な姿が視認可能な距離まで近づくと、なのはちゃんはプロテクションで飛来した金色の物体を受け止めていた。その投擲主は、魔法の光と同じく、金色の髪を持った、同い年ぐらいの少女だった。
しかしなのはちゃんが受け止めている魔法、感覚的に見て相当物騒なモノに見える。
《あの魔法、恐らく爆散します》
「本気か! 近距離だぞ!」
スティールの言葉にスピードを落とさずなのはちゃんへと近づいていく。だが自分が辿り着く前に、その魔法は爆散した。
「くそっ!」
爆発に巻き込まれ落下していくなのはちゃん。こうなったら、落下を防ぐ為に受け止める軌道に修正するしかない。
しかしあんな物騒なモノをぶち当てた奴は、どうにも許せそうにない。とりあえず顔を拝んでやろうと見てみると、奴は再び魔法を発動させ、唇を動かしていた。
「ごめんね」
確かに唇が動いたのを見て、全身が熱くなるのを感じる。自分が何を考えているのかわからないが、今感じているのは確かに怒りである。
その瞬間、自分は確かに加速した。
「おおおおおっ!!」
少女が発動していた魔法を射出する前に落下していくなのはちゃんを空中で抱きとめ、こちらに射出された二つの魔力弾を右腕で打ち払う。
なんだ、やればできるじゃないか。
《相棒。昨日の今日で無茶はやめて下さい》
「あぁ、悪かったよ」
胸元から不満そうな声と共に忠告してくる相棒に軽く言い、なのはちゃんの様子を見る。
「あ……、けんちゃん」
「怪我はそんなになさそうだね、なのはちゃん。飛べる?」
「あ、うん」
軽く様子を見た限り、なのはちゃんは大丈夫そうだった。自分の言葉にあっさりと再び浮かび上がり、自分の脇に立つ。
うん、問題無さそうだ。
「さて……。事情はよく分からんし、聞いても答えてくれないんだと思う。なのはちゃんから君を攻撃したって事は中々考えにくいからね」
「……新手の魔導師」
自分が少女に向き直ると、彼女は再び先ほど打ち出した魔力弾を準備し、こちらへ向けてくる。
全く、こんなに好戦的な奴が、しかも魔導師がいるなんてユーノから聞いていない。恐らく、何らかの目的があって、ジュエルシードを収集しに来たのだと思う。ユーノの協力者ではあり得ない。
となると、自分のするべき事は一つだ。
「生憎、自分はそれほどお人好しなつもりはないんでね。君が彼女にした事、謝罪してもらおうか」
「…………私とジュエルシードに、関わらないで」
恐らく警告のつもりなのだろう。こちらを威嚇する姿勢を崩さず、彼女は静かに言う。全く、そんな訳にはいかないんだっての。
「謝罪は求めた。そちらは威嚇するのみ。交渉は決裂だな」
《全く会話が成立していませんでしたが》
「そりゃそうだ、話すつもりが無いんだからな向こうに」
静かに拳を構え、空中で腰を低くする。いつでも飛び出せる体勢を作り、問答無用で攻撃する。
「さて、それじゃ……」
自分の意思に気付いたのか、少女は静かに警戒し、自分を睨みつけてきた。
だがその一瞬に、思いっきり飛び出す!
「はっ!」
「っ!!」
一瞬で相手の間合いに入り拳を突く。少女は驚きながらも反応し、後ろへ下がると同時に構えていた魔力弾を射出してきた。
同時に三発の射撃、だが来るコースが見えていれば避けるのは容易い。
「セェッ!」
「つっ、この!」
真横へ移動してからすぐに直線で相手へ詰めより、右足からの蹴りを見舞う。それを持っている杖で防御した少女だが、その衝撃までは逃がしきれなかったようで僅かに横へ下がる。
そのその隙を見逃さず、一気に詰め寄ろうとした所で、彼女は再度魔力弾をこちらへ射出してきた。
「おっと」
「当たれ!」
連続で撃ってくる魔力弾を避けつつ少女へ近づく隙を伺うが、どうやら少女は遠距離からの攻撃に集中するつもりらしく、体勢を整えながら後方に引き、魔力弾を打ち続けてきた。
自分の近距離戦闘の適性を理解したのだろう、中々状況判断が的確だと思われる。
正面からの突破は難しいと判断し迂回しようとしても、少女は的確な判断で回避行動を取りつつ魔力弾を雨あられの如く浴びせてくる。
左右のみではない、上下も駆使した三次元的回避・攻撃行動とその的確な判断に思わず舌を巻く。
「くそっ。素早い上に判断も的確かっ!」
「はぁっ!」
口を開いた隙を狙った少女からの斬撃。
それを紙一重で避けてからカウンターを狙おうとしたが、少女は獲物を振り切る前に素早く加速上昇し、頭上から再び魔力弾を放つ。
「チッ、巧い。あいつ空中戦とかの経験があるな」
《彼女は戦闘訓練を受けた魔導師のようです。使用する魔法、戦術共に的確です》
「分かってるって。何か状況を打開するアイデアないか?」
《一つ、今の相棒にもできる手段はあります》
彼女の弾を避けつつ検討していると、相棒から一つのアイデアが提示された。それは余りにも安易なものであるが、現状では確かに有効だろう。今、この時限定だが。
「まぁそれしかないな。奇を衒った作戦だが、上手くいくと思う」
《この戦法が通用するのは一度のみです。それだけで、確実に相手を打ち倒す攻撃をして下さい。躊躇いは敗北に繋がります》
「わかってる!」
相棒の声に気合を入れ、覚悟を決める。必ず成功させなければジリ貧になるのは眼に見えている。魔法技術では相手が上なのだ、躊躇いなどしている余裕もない!
「いっくぞぉぉっ!」
声と共に魔力弾を避ける軌道から一転、弾の雨を掻い潜り、少女へと全力で突貫する軌道へ切り替えた。もちろん魔力弾は可能な限り避けるが、被弾してしまいそうなものは腕に付与した魔力で弾き飛ばす。
「くっ、そんな無茶なんて!」
少女は自分の突貫を無茶と断じ、魔力弾をより密集させて射出してくる。確かに傍目かた見れば無茶かもしれないが、自分にはこの手段しか思いつかなかったし、一発勝負なんだ。この程度の無茶は重々承知している!
気合で降り注ぐ弾幕を避け、弾きつつ彼女へ近づくと、距離を取ろうとした彼女が後ろへ下がる。その瞬間が、好機!
《今です!》
「おおおっ!!」
自分は腕に力を込め、拳を突き出す。もっと、もっと先へと願いながら。その願いは魔法の力で叶えられ、突き出した右手の拳から、一つの魔力弾が射出された。
これが相棒の考えた作戦。未だ自分との戦闘に慣れていない彼女へ通じる唯一の戦術。自分すら認識していなかった魔力弾の射撃を、今この瞬間に成功させたのだ!
「そんなっ!」
恐らく少女は自分が近距離のみの戦闘能力者であると思っていただろう。まぁ自分も現状はそれだけだと思っていたので仕方がないが。
そこへ来て、いきなりの魔力弾での攻撃だ、浮き足立つのも当然の事。彼女は慌てて回避行動を取り、射線上から若干大きく離れた。それと同時に、意識も一瞬回避行動へと向く。
そんな瞬間を見逃す訳も無く、自分は彼女の横へ回りこむと、魔方陣の足場を作り、一気に足を踏み出した。
「セリャァッ!!」
「くうっ!」
足場からの左後ろ回し蹴りを放つ。上手く隙を突けたようで、彼女は回避できずに自分の足を持っている杖で受け止めた。
だがそれも予想しうる一手の内の一つ。足は、二本あるんだよ!
身体を支えている右足のみでジャンプし、左足を捻るようにして杖を横へ流す。そうしてガラ空きになった側頭部へ、右足を叩き込む!
「おおぉっ!」
ガツン、と思いっきり米神へ魔力を付与した右足を、そのまま打ち下ろす。
勢い良く打ち下ろされた右足に巻き込まれ、少女は思いっきり、地面へと落下していった。
ドン、と下方より若干鈍く聞こえてきた音に、全身の緊張を解く。結構厳しい戦いだったが、何とかなったようだ。もう同じネタは使えないけれどな。
なんて考えていたら、相棒が小さく喋った。
《……少々やり過ぎかもしれません》
「え、マジで?」
《もう少し自身の戦闘能力を理解して下さい。先ほどのは物理ダメージに加え魔力ダメージが上乗せされ、半端な実力の者であれば気絶じゃ済まない破壊力が乗っていました》
「ちょぉお! 行こう、助けに行こう!」
《自分がしたんでしょうに……。相棒は戦闘になると大雑把になる嫌いがありますね。それでも戦術をきっちり成立させるのは血の力か才能か……》
ブツブツと胸元で喋る相棒を放って、先程少女が落下したと思われる地点へと急いで向かう。
周囲を慌てて探すと、少女は横になって倒れていた。そしてその2メートルほど前に地面が陥没している所。そこから少女へと繋がる引きずったような跡。ドン、と地面に衝突してから2メートルほど地面を擦って移動したのか……。
慌てて少女へ近づき、顔を起こす。苦しそうに目を瞑る少女は中々の美少女ではあるが、その米神から軽く血を流しているのを見て自分の血の気が引く。だが胸が動き、口も呼吸ができているようなので、とりあえずは生きているようだ。
《大丈夫のようですね。接触している地点より生体スキャンをかけましたが脳震盪を起こしているようです。それと、頭部からの出血は相棒の蹴りによるものです》
「そっか、良くはないけどとりあえず大事にならなくて良かった」
《デバイスが優秀なのでしょう。その三角形の板が、彼女の被害を最小限に食い止めたようです》
なるほど、彼女の横を見ると金色に煌く三角形の板が転がっている。これが先ほど自分の蹴り足を受け止めた杖か。
《意識のない内に回収しておきましょう。それと、彼女をどこかへ運ぶ必要があるかと思います》
「そうだな……」
光る三角形の板を回収し、さて彼女はどうしようか……。と思っていたら、上空よりなのはちゃんが降りてきた。一緒にユーノを連れて。
「あ、なのはちゃん」
「けんちゃん。ジュエルシード回収しておいた」
地面へ降り立ったなのはちゃんは静かに、そう、静かに言うと連れてきたユーノを肩から降ろした。
あれ、なんだろう。どこか怯えられているような、でもそれだけではない、何か普段と違う感じをなのはちゃんに覚える。
「あ、あぁ、ありがとうなのはちゃん」
「ねぇ、けんちゃん」
何だかよく分からない感覚に戸惑いながら感謝を述べるが、なのはちゃんは相変わらず静かに次の言葉を述べる。
「けんちゃん。さっき、その子の顔、蹴らなかった?」
静かに、そう、静かに言うなのはちゃんの瞳には、明らかに軽蔑の色が見て取れた。
◇◇◇◇◇
どうやらグーなら良いらしい。というのが高町家女性陣糾弾会で自分が得た答えである。
まぁ確かに、殴るより足蹴にするほうがより外道な感じではあるが、何もそこまで糾弾せんでもいいんではなかろうか……。なのはちゃんを助けた訳だし。
「うん、それはその、嬉しいんだけどね。やっぱり女の子の顔を蹴るのはいけない事だとなのはは思うの」
「いや、直接蹴ったのは米神でして。顔に関しては自然と脛が当たってしまったので」
「どちらにしても良くないと思うわ、桃子さんも」
高町家リビングにて、ソファーも椅子もあるのに床に正座させられる状況が早一時間。未だにお説教は終わる気配を見せません。
女性陣の中で美由希さんは連れてきた少女をソファーに寝かせて看病している。米神の傷やらも美由希さんが応急処理をしてくれた。
「あたしの顔が木刀で殴られた時、恭ちゃんとお父さんがそんな感じだよ」
「何の慰めにもなってないんでやめてくれませんか、そういうの」
自分の言葉にあははと本当に楽しそうに笑う美由希さんに若干イラッとする。なんだろうこの感覚。
そんな最中も桃子さんとなのはちゃんの糾弾は止まらず、女の子に乱暴はいけませんとかデリケートなんだからとか、通常であれば至極尤もな事を言われ自分は黙って頷く事を繰り返す。
あー、早く終わらないかなーと思っていたら、リビングに恭也さんと士郎さんが入ってきた。恭也さんの肩にはあの後連絡により二人の元へ向かったユーノが。……士郎さんは巨大な赤い犬を肩に担ぎながら。
「ただいま。いやー中々重かった」
「おかえりなさい……。何、ソレ?」
美由希さんに指さされた犬はドサッと若干乱暴に床に下ろされた。見ると全身を鈍く光る糸に雁字搦めにされ、さらに緑色に光る輪っかがこれでもかと括りつけられている。
「恭也さん達が見つけたジュエルシードを封印していたら、襲ってきたんです。言葉を喋っていたので、もしかしたらその子の使い魔かもと思って」
「路地裏での戦闘だった。狭い空間で戦っている以上、御神流に負ける要素はどこにも無かった」
ユーノの言葉に続けて、恭也さんが誇らしげに自らの流派の勝ちを語る。しかし、こいつも魔法を使った戦闘を繰り広げていたらどうなっていたのか。
「いや、ありえないんですよ。魔法も使わず物凄い速さで移動して魔力弾を避けるし、ビルの間を飛んで相手の制空権を抑えるなんて。普通できないんですよ魔導師でもない人に……」
「それを可能にするのが御神流だからな。しかし、恭也は若干神速に頼る嫌いがある。そこは今後矯正していくとしよう」
「よろしく頼む」
なんだか、えらいもん見てしまったというように項垂れる小動物と、その横で爽やかに親子の談笑をしている高町男子。ほんと、この一家は規格外も良い所だな。なのはちゃんと桃子さんも含めて。
しかし、問答無用で襲ってきた少女と、言葉を話し問答無用で襲ってくる犬。両方狙いはジュエルシード。
繋がりを疑うなというのが無理そうな話である。
「しかし、余計厄介な話になってきた気がするな……」
「けんちゃん、まだ話は終わってないわよ?」
「はい、すいません桃子さん。反省してます」
現状に対する憂いを述べても桃子さんは許してくれない。
これから小一時間、自分は少女が目を覚ますまで、正座を強制させられる事となってしまいました。
ほんと助けてくれよ士郎さん……。